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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

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異世界

「貴様、儂が異世界から召喚した若造じゃな」

 王都の中心から外れた路地裏に、マクシミリアンの声が響いた。俺を召喚したあの日と同じく、その姿には自信と傲慢さ、そして狂気が見え隠れしていた。

……落ち着け俺。冷静にいこう。俺は笑顔の仮面を被ると、マクシミリアンに向かって口を開く。

「覚えていてくださっていて何よりです。私のような『期待外れ』のことなんて、ひょっとしたら忘れ去られているのではないかと、そう心配していたところです」

「……自らの失敗を忘れ去るような、愚昧な三流研究者と一緒にするでないわ。まさか、お主がまだ生きておるとは思わなかったがな」

 答えて、マクシミリアンは俺をじろじろと眺めまわした。それは、まるで実験動物を見るような、非常に不快なものだった。俺は丁寧な口調を崩さないよう意識しながら、会話を続ける。

「お陰様で、なんとか生き延びることはできたようです。……ところで先生、よろしければ一つお伺いしたいのですが。……その後、異世界召喚の研究は捗っておいでですか?」

 マクシミリアンの失礼な言葉を受け流して、俺はさっそく気になっていた質問を投げかけた。もしこの男が異世界との行き来を研究し続けているのなら、色々と希望が持てるのだが……。

 だが、その言葉は奴にとって禁忌タブーのようだった。マクシミリアンは突如として忌々しげな表情を浮かべると、俺を睨みつけてくる。

「ふん! 貴様には言われとうないわ。この儂が、長い年月をかけて作り上げた魔法技術の粋を、一瞬で台無しにしおって……!」

 なんだそれ。どうやら、俺は知らないところでマクシミリアンの恨みを買っていたようだった。なんだろう、俺を召喚したせいで魔法陣が壊れたとか、そういうことだろうか。もしそうなら、逆恨みもいいところだ。

 だが、真相がなんであれ、その言葉をきっかけとして、俺たちの間に険悪な雰囲気が漂っているのは事実だった。
……しまったな。奴を怒らせるつもりはなかったんだけど、まさかそんなところに地雷が埋まっているとは思わなかった。

 相手は上級魔法職持ちだし、異世界召喚に関わる情報を持っている唯一の存在だ。怒らせるのは悪手以外の何物でもない。どうやって機嫌をとったものだろうか。

 そんなことを悩んでいると、救いの主が俺の隣へと進み出た。ミルティだ。彼女は丁寧に一礼すると、マクシミリアンに笑顔を向けた。

「マクシミリアン先生。お目にかかれて光栄です」

「なんじゃお主は」

 突然口を挟んできたミルティに対して、マクシミリアンが怪訝そうな顔を向ける。だが、それに動じた様子もなく、彼女は平然と名乗りを上げた。

「王立魔法研究所にて筆頭顧問魔導師の職を務めております、ミルティ・フォアハルトと申します。現代魔法理論の礎を築かれた先生にお会いできるなんて、夢にも思っていませんでした」

「ほう……?」

 マクシミリアンは驚きながらも、彼女に興味を抱いたようだった。奴とて研究者だ。王国魔法研究機関の重鎮が相手となれば、関心の一つも持つのだろう。
 奴は、探るような目でミルティを眺めまわした。

「……ふむ、お主はそこの浅学な男と違って、多少は道理を弁えているようだな」

 マクシミリアンの言葉にイラっとするが、ここは我慢だ。せっかく代わりに話を進めてくれようとしているのに、俺がミルティの邪魔をするわけにはいかない。

「恐縮です。……ところで先生、もしよろしければお伺いしたいのですが、先ほど『異世界から召喚』とおっしゃいましたよね? それは、空間転移テレポートの一種ということでしょうか?」

 と、ミルティがいきなり核心に切り込む質問を口にした。……いやいや、さすがにそんなことを教えてくれるはずないだろう。ほら、マクシミリアンも不機嫌そうな顔をしているし。

「ふん、これだから無学の徒は……。よいか、異世界召喚と空間転移テレポートではまったく話が違う。異世界とは、この世界のどことも繋がっていない、別の世界のことじゃ」

 え、言っちゃうの? マクシミリアンの機密意識の低さに、俺は危うくツッコミを入れるところだった。研究内容をそんなにオープンにしちゃっていいのかな。それとも、どうせ他の誰にも理解できないという自信があるのだろうか。

「別の……世界ですか?」

 その回答は、ミルティにとっても予想外だったのだろう。彼女は目を丸くして驚いていた。

「詳しいことは、そこの若造に聞けばよかろう。魔法の存在しない世界に価値はない。儂の知ったことではないわ」

 その言葉を聞いて、ミルティがこっちに視線を向ける。少しの逡巡の後、俺が黙って頷いてみせると、彼女は驚愕した表情を浮かべて、そのまま固まった。

……こんなことなら、二人にはあらかじめ説明しておくべきだったな、と俺は反省した。これまでずっと、「この世界の別大陸から転移させられた」って説明してたからなぁ。
 今さら言い出しにくかったし、証明する方法もない。そして何より、そうなると棚上げしていた課題を直視しなければならない。そんな理由から後回しにしてしまった、というのが正直なところだった。

「では、先生は異世界の魔法技術を知るために、カナメさ――異世界の人を召喚したのですか?」

 そのせいで、ミルティが頭を切り替えるのには、少し時間がかかったようだった。だが、マクシミリアンにそれを気にした様子はなかった。

「異世界の魔法技術じゃと? はっ、馬鹿を言うでない。この儂のおらぬ世界で、優れた魔法理論など生まれようはずがないわ」

 傲岸不遜に、マクシミリアンはそう言い切った。それに対して、ミルティはきょとん、といった表情を浮かべる。

「それでは、なぜ異世界から人を召喚したのですか?」

「……帝国上層部のひよっこどもが、ちょっとした資料を持ってきおったのよ。はるか昔のお伽話じゃが、異世界から現れた人間が、上級職もかくやと言うほどの、強大な力を振るったというものでな。
 あの阿呆ども、『この話は真実だから、それを再現してほしい』と言うてきおった。おおかた、古代魔法文明の遺跡を掘り尽くして、軍拡の方向性に悩んでおったのじゃろう」

 そう言うと、マクシミリアンは嘲笑うように表情を歪める。それは俺たちに向けられたというよりも、ここにはいない誰かに向けられたものだ。

……それにしても、この爺さん意外とよく喋るな。ひょっとして、研究内容を語るのが好きなんだろうか。死んだ人間扱いされている以上、ほとんどご高説をぶちまける相手もいないだろうしなぁ。
 俺は、ほんの少しだけマクシミリアンを不憫に思った。

 と、俺がそんなことを考えている間にも、マクシミリアンの解説は続く。

「話の通りであれば、その人間はこの世界へ来るまでは、なんの特殊能力も持ってはいなかったという。それが、どういうことか分かるか?」

 突然の質問に、俺もミルティも首を傾げた。いきなりそう言われてもな……。
 俺たちが口を開きそうにないのを見て、マクシミリアンはやれやれ、とでも言わんばかりに溜息をついた。

「たとえ異世界の人間だとしても、別世界へ存在軸をズラされただけで、急に強くなるはずがなかろう。つまり、そやつはこの世界にある、なんらかの法則の影響を受けたのだ」

 なるほど、そういう話か、と俺は納得した。まあ、異世界の重力がこっちの数倍だった、とかなら、そういう展開になる可能性もありそうだが……。

 それにしても、その法則とやらの話は初耳だな。召喚された時は、いきなり色々測定されたり、使えもしない魔法の行使を強要されたり、そして挙句の果てに「期待外れもいいところじゃ。貴様には失望した、去れ」って森へ飛ばされたりと、本当に慌ただしかったからなぁ。

……む。思い出したら、だんだん腹が立ってきたぞ。

「国の軍備などどうでもよいが、その法則については、研究の価値があった。そのために、儂はそこの若造を召喚したのじゃよ。……まあ、期待外れじゃったがの。身体能力は人並み、魔法は使えん。ただの凡人じゃ」

 どうやら、転職ジョブチェンジ能力のことはバレていないようだった。転職ジョブチェンジ能力がなければ、この爺さんの言う通り、俺はなんの特殊能力も持たない凡人でしかない。まあ、正直に能力のことを話す気はさらさらないけどな。

「マクシミリアン先生、その『なんらかの法則』とは、異世界から来た人に、特殊な力を与える法則、ということでしょうか?」

 ミルティがそう質問すると、マクシミリアンは不快げに首を振った。

「くだらん。そんな即物的な事象などどうでもよい。この研究は、儂が長年追っていた『あるもの』の存在を実証するための実験の一環であった。……帝国の阿呆どもは、儂が真面目に異世界召喚の研究をしていると思っていたようじゃがの」

 そう言うと、マクシミリアンはなぜか愉快そうに笑い声を上げた。

「お前たちは運がいい。ちょうど先ほど、理解者との対話を経て、最新の理論が完成したところよ。
……この王国にも、たまにはマシな人材が生まれるようようじゃな。魔力を感じ取れない『村人』の身で、あそこまで真理に近づくとは天晴れな青年であった。帝国からわざわざ出てきただけの甲斐があったというものよ」

……ん? その青年ってエディのことか? 俺の中に疑問が渦巻いた。じゃあ、マクシミリアンはエディに会うために、わざわざ帝国から出て来たのだろうか?
 エディと言えば、少し前に神学会を紛糾させた論文を思い出す。半ば魔法理論にまで踏み込んだその論文は、色々な意味で画期的だったが……。

「――神とは、方向性を持ったエネルギー体である」

 俺はふと、エディの論文の主題を口ずさんだ。元々神の概念が薄い俺には興味深い内容だったが、統督教として発表するには、あまりにも難しい話だと思ったものだ。

 俺の呟きに、ミルティが不思議そうな表情を浮かべ、そして、マクシミリアンはニヤリと笑った。

「ほう……。若造も知っていたか。然り、そのエネルギー体こそが、儂の求めていたものよ」

 思わせぶりな口調でそう語ると、マクシミリアンは楽しげに言葉を続ける。

「儂はそのエネルギー体を、『万有素子』と名付けた」

「万有素子……?」

 おうむ返しに呟いたミルティに対して、マクシミリアンは深く頷いた。

「お主も魔導師の端くれであるならば、魔力の存在は知覚しているであろう。今までの愚かな魔法研究者どもは、魔力こそがこの世界を構成する重要な要素だと考えていたが、的外れもいいところじゃ。
 魔力とは、人間がこの万有素子を扱えるように、精製加工したものに過ぎんのじゃよ」

「まさか……!?」」

 その言葉に、ミルティが驚きの声を上げた。

「そして、これこそが、お主の問いに対する答えでもある。……おそらくじゃが、異世界の人間がこちらの世界に召喚されると、世界の壁を越える際に構成要素が欠落し、召喚された者の存在情報と現実に構成されている身体に不一致が発生する。その不足を補うために、召喚された人間の身体に万有素子が流れ込むのじゃ」

……えーと。正直、こいつが何を言いたいのか分からないぞ。隣のミルティを見れば、同じく難しい顔をして唸っていた。だが、やがて彼女は口を開く。

「万有素子が、なぜ被召喚者の欠落を補填しようとするのですか?」

「万有素子には、この世界の綻びを修正しようとする特徴があると考えられる。万有素子に目的意識があるかどうかは、これからの研究課題じゃがな。
 しかし、少なくとも異世界の人間を召喚すると、万有素子がその異世界人に流れ込む。それは、そこの若造でも検証済みじゃ。……ほれ、魔力感覚を研ぎ澄ませば、その男から魔力とは異なった、妙な波動を感じるであろう?」

 そう言われたミルティは、俺に向かって意識を集中しているようだった。しかし、しばらくの挑戦の後、彼女は残念そうな表情で口を開く。

「申し訳ありませんが、私には感知できませんでした……」

 その返事を聞いたマクシミリアンは、意外なことに深く頷いた。てっきり、ミルティを馬鹿にすると思ってたのに予想外だな。

「ふむ……。やはり、上級魔法職でなければ、感じ取れぬのやもしれんな。この儂ですら、微かに感じ取れる程度であるからの」

 どうやらミルティの発言は、しっかりマクシミリアンの研究データの一部となったようだった。そうやってしばらく考え込んでいたマクシミリアンだったが、やがて俺のほうを見ると、またもや忌々しげな表情を浮かべる。……いや、だから俺が何をしたと……。

「……とは言え、そこの若造に万有素子が流れ込み、身体の構成要素となっているのは事実。であれば、帝国の文献と同じように、そのエネルギーによって超人的な力を発揮してもよさそうなものじゃった。そうすれば、万有素子の存在を客観的に証明する一助となるであろうと、そう考えたが……」

 眉間にシワを寄せたまま、マクシミリアンは溜息をついた。

「にも関わらず、こやつはなんの力も得ておらなんだゆえ、役に立たぬ」

 そう言ってマクシミリアンは鼻を鳴らした。……勝手に召喚しておいて、随分な言い草だな。さすがにカチンと来た俺は、我慢の限界を迎える前に聞いておこう、と一歩前へ進み出る。

「それは残念です。……ところで先生、一つお伺いしたいのですが、元の世界へ戻る方法はあるのでしょうか?」

 それは、俺がこの二年間マクシミリアンを探し続けた理由だった。どこかで、はっと息を飲む音が聞こえる。

 だが、マクシミリアンはまったく取り合おうとしなかった。

「知らぬな。儂が作成した魔法陣は、あくまで異世界の者を召喚することを目的としておった。送還など知ったことではないわ。
 しかも、貴様を召喚した後、魔法陣は起動しなくなってしもうた。新しく作り直しても、ウンともスンとも言わぬ。まったく、いい迷惑じゃ」

 何様だこいつは。俺は、目の前の魔導師の顔をまじまじと見た。この爺さんが、心からそう思っているのは明白なだけに、俺は苛立った。

「……なるほど、先生ほどのお方でも無理でしたか。それなら仕方ありませんね、他の研究者を当たってみます」

 そう返す俺の言葉に棘が混じっているのは、さすがに仕方のないことだろう。マクシミリアンは眉尻を少し吊り上げた。

「ふん、儂以上の魔法研究者などこの世界に存在せんわ。儂は、異世界への送還が『無理』なわけではない。それに見合うほどの『価値がない』だけじゃ」

 その物言いに腹立たしさを覚えて、俺の声が少し硬質化する。

「無理やり異世界から召喚した人間を、元の世界に戻すのは当然の義務ではありませんか?」

「物分かりの悪い若造じゃな。それが『無駄』じゃと言うておる」

「勝手に呼び出して人生を狂わせておいて、元の世界に返すのは『無駄』だと仰る。それは、いくら何でも身勝手だと思いますが」

 そんな俺の言葉を聞いて、マクシミリアンは嘲笑した。そして、俺を見下しながら肩をすくめる。

「貴様のような凡人が、魔法理論の発展の役に立ったのだ。感謝されることこそあれ、非難される謂れなぞないわ。
 儂は忙しい。貴様を元の世界に送り返すために、儂の貴重な時間を費やすなど、人類にとって大きな損失でしかない」

「それでしたら、せめて魔法陣について――」

「――ええい、しつこい男じゃな! 貴様など、転移先の森で死んでいればよかったものを……!」

 どんどんヒートアップしていった俺とマクシミリアンの間に、不穏な空気が流れた。……このあたりが限界かな。俺は自分にそう言い聞かせた。

 ここは王都だ。帝国の、しかも死んでいるはずの人間が真っ当に入国したとは思えない。そのため、俺たちに手を出して、事件を起こすようなことはないと思っていたが、そろそろ危険かもしれない。

 そう考えた時だった。マクシミリアンの背後から、人の声が聞こえてきた。見れば、三人の男が近づいて来ている。その先頭を歩く男はたしか、さっきマクシミリアンと口論をしていた男のはずだ。

 俺の視線に気が付いたのか、マクシミリアンも自分の背後を振り返った。

「……ちっ」

 そして、嫌そうに舌打ちをする。どうやら、あまり仲がいいわけではないようだった。まあ、マクシミリアンと仲良くできるような人間なんて、あんまり思いつかないけどさ。

「先生、探しましたよ! これ以上勝手な行動をとられては困ります!」

 そう口を開いたのは、先頭を歩いていた男だった。もう中年に差し掛かっているだろう男は、苛立たしげにマクシミリアンを睨みつける。

「ふん。『もう知りません、どこへなりと行けばいい』と言ったのはお主ではないか、ワイデン子爵よ」

「……!」

 そんなマクシミリアンの言葉を聞いて、ワイデン子爵と呼ばれた男の顔が露骨に引きつった。……へえ、この男は爵位持ちか。なら、調べれば正体は分かりそうだな。
 俺がそんなことを考えていると、意外な切り替えの早さを見せて、ワイデン子爵は猫なで声を喉から絞り出した。

「その件については、私が短慮でした。本当に申し訳ありません。ですので、どうか私たちについて来て頂けませんか?」

「途端に声の調子を変えおって、気持ちの悪い奴じゃな。……まあよい、ちょうど興も削がれた頃合いじゃ。帝国へ帰るとしよう」

 そう言うと、マクシミリアンは俺たちの存在を忘れ去った様子で、彼らの下へと歩いて行く。マクシミリアンと合流した三人組は、そのまま踵を返して大通りのほうへと姿を消す。

「……さて、お前たち」

 と思ったら、ワイデン子爵はまだその場に残っていた。彼は俺たちをじろりと眺めまわすと、尊大な様子で口を開いた。

「あのジジイと何を話したか知らんが、アレは誇大妄想の塊だ。忘れろ」

「はあ、そうなのですか」

 お前の名前は忘れなくてもいいのか? と言いたい気持ちを抑えながら、俺は曖昧に返事をする。だが、子爵にはそれが気に入らないようだった。

「……愚民が。もし言いふらせば、ロクなことがないと覚えておけ」

 凄んだつもりなのだろう、剣の柄に手を当ててそう吐き捨てると、子爵はマクシミリアンたちの跡を追って姿を消した。
 まったく、揃いも揃って腹の立つ奴らだな。帝国貴族、もしくは内通者だと思われるワイデン子爵を、衛兵に突き出したやりたい気持ちはあったけど、マクシミリアンがいる以上、捕縛しようとしても返り討ちにあうだけだろうしなぁ……。

 結局、その姿が完全に見えなくなるまで、俺たちは一言も発しなかった。



「……二人とも、すまなかった」

 マクシミリアンたちの姿が見えなくなってから。俺は開口一番で、そう謝罪した。すると、ミルティが少し困った表情で口を開く。

「別に謝らなくてもいいと思うけれど……。ねえカナメさん、その謝罪は、私たちをここまで付き合わせたことについて? それとも、異世界から来たことを隠していたことについての謝罪なのかしら?」

「……両方だ」

 質問に答えると、ミルティはそう、と小さく呟いた。

「ここへ来たのは、私の意思でもあるもの。謝るようなことじゃないわ。それより――」

「カナメ、本当なの……? 異世界から来たって」

 ミルティの言葉を遮ったのは、今まで沈黙していたクルネだった。突然の問いに対して、俺は神妙に頷いてみせる。

「俺が異世界から召喚されたのは、本当のことだ」

「そう……なんだ……」

 クルネは、俺の予想以上にショックを受けている様子だった。そんなクルネに対して、俺は釈明するように付け加える。

「『異世界から来た』なんて、変人扱いされると思って言えなかったんだ」

「うん……仕方ないよ」

 クルネは力のない声で頷いた。そして、眼差しを伏せたまま、何かを口にしようとしては、思いとどまる。そんなことを何度繰り返しただろうか。俺がじっと待っていると、ようやくクルネが言葉を紡ぎ出した。

「カナメがあの魔導師を探していたのって、異世界へ帰るためだったんだ……」

「それは――」

 言いかけて、俺は固まった。それは答えに詰まったからであり、そして、近づいて来る人物に気が付いたからでもあった。
 その人物は俺たちのすぐ近くまでやって来ると、悪びれずに口を開いた。

「――それは僕も気になるところだね。秘密を抱えているとは思っていたが、まさか異世界の人間だったとは思わなかったよ」

 そこへ現れたのは、王国の第十二皇子、リカルドだった。俺たちが視線を向けると、彼は訊かれたわけでもないのに、ここにいる理由を説明し始めた。

「いやね、僕はエモンドと接触した人物を尾行していたんだよ。そしたら、何故か君たちがいるじゃないか。驚いたね」

 そう言って少しおどけてみせるリカルドの口調に、嘘はないように感じられた。

「尾行していたのは誰だ? ワイデン子爵か?」

「名前は知らないよ。ワイデン子爵というのは、あのリーダー格の御仁だね? そうじゃなくて、彼の部下っぽい人だよ」

「そうか……。で、リカルドはどこから話を聞いていたんだ?」

「話が聞こえる距離まで近づいたのは、君たち三人だけになってからだよ」

 少し決まり悪げに、リカルドはそう白状した。知り合いの話を盗み聞きするなんて、あまり褒められた話じゃないからなぁ。

 リカルドが近づいて来たら、クルネが気付きそうなものなんだけど……どうも彼女は調子が悪そうだし、気付かないことだってあるか。それより、ここは何と答えたものか……。

「カナメ、色々と話はあるだろうが、こんな不用心な路地裏にいるのはお薦めできないな。君にも僕たちにも、考える時間が必要だと思うし、今日はいったん引き揚げて、後日話を再開してはどうだい?」

 まるで俺の思惑を見透かすかのように、リカルドはそんな提案をしてきた。リカルドのやつ、さり気なく自分自身を話の場に紛れ込ませるつもりだな。

 とはいえ、リカルドだって、投資相手がいきなり異世界に帰ってしまうとか、そんな恐ろしいリスクを背負ったつもりはなかっただろうしな。リカルドを利用した身としては、誠実に対応するのが筋というものだろう。

「そうだな、そうしてもらえると助かる」

 どうやら、クルネとミルティにも異論はないようだった。都合を調整してまた連絡する、そう約束して、俺たちは帰路についたのだった。
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