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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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招待

「カナメ、お疲れさま」

 空は夕暮れへと差しかかり、来殿者の数も減ってきた頃。明日の転職ジョブチェンジ業務に備えてチェックをしていた俺は、そんな声を聞いて後ろを振り返った。

「お疲れさま、クルネ。見回りは終わったのか?」

 そう返事をすると、護衛たる剣士ソードマンの少女は首を横に振った。

「ううん、今はちょうど転職ジョブチェンジのブースを見て回っているところ。そしたら、怪しい人影が見えたから声をかけてみたの」

「怪しい人影って、俺かよ……」

 俺のそんな呟きを聞いて、クルネは楽しそうに笑った。そして、わざとらしく姿勢を正すと、口を開く。

「神官様、現在のところ神殿内に異常はありません」

「……よろしい、引き続き神殿内の巡回に務めるように」

 敬礼をせんばかりのクルネに対して、俺はできるだけ鷹揚に答える。

 そうなのだ。たしかに、転職ジョブチェンジ能力者たる俺の護衛として、クルネは雇用されたわけだが、さすがに神殿内で危険な目に遭うとは考えにくい。そこで、神殿内で俺が安全そうな場所にいる時には、彼女は神殿全体の巡回・警備をすることになったのだった。

 そのため、人手不足に困っていた警備部門の長、アルバート司祭などは飛び上がらんばかりに喜んでいたものだ。こうして、戦士職等の来殿者が多く、ちょくちょく揉め事が発生するクルシス神殿は、非常に心強いボディーガードを手に入れたのだった。
 残念ながら威圧感はゼロだから、「お客さん、困りますねェ……」みたいにすごむのは無理だけど、彼女が実力行使に及べばその力の差は歴然だ。

 受付部門にいるマイアさんの話では、クルネにひねられるために、わざと揉め事を起こしていると思しき輩が出現しているそうだが……まあ、そのへんは気にしないようにしよう。

「うん、カナメも仕事がんばってね!」

 そう言うと、クルネは巡回に戻るつもりなのだろう、身を翻して一歩踏み出す。

「……あ、そうだ。カナメ、神殿長さんから、後で神殿長室に二人で来るように、って伝言があったよ」

 一歩踏み出したクルネは、今思い出した、というような顔でこちらを振り返ると、口を開いた。その言葉を聞いて、俺は首を傾げる。

「二人?……俺とクルネの二人、ってことか?」

「たぶん……」

 問い掛けに、クルネは自信のなさそうな顔で頷いた。それはそうだ。警護担当のアルバート司祭ならともかく、彼女と神殿長の間には接点がほとんどない。何の用だろうと思いながら、俺は彼女の予定を尋ねた。

「クルネ、今から神殿長室に行かないか? もちろん、巡回を終えてからでも構わないが」

「巡回の方は大丈夫よ。何かあれば、これが知らせてくれるし」

 そう言ってクルネが取り出したのは、ミレニア司祭お手製の魔道具だった。受付にあった光の魔道具を改良したもので、光の色によって、どの部門がクルネを呼んでいるか分かるという優れものだ。

 長い間、古代遺跡からの発掘品に頼っていたクルシス神殿の魔道具事情は、ミレニア司祭の転職ジョブチェンジによって、大いに前進していた。……というか、下手をしたら最先端を行ってるんじゃなかろうか。俺も調子に乗って、前の世界の便利道具をミレニア司祭に再現してもらったりしてたしなぁ。

 たぶん、他の神殿が知ったら注文依頼が殺到するんだろうな。けど、ミレニア司祭って、元々宝飾品とかを作るのが好きな人だから、クルシス神殿以外のために、わざわざそれ以外の魔道具を作ったりしないような気もするが……。まあ、それは彼女が考えることか。俺はそんな思考を頭から振り払うと、クルネに声をかける。

「それじゃ大丈夫だな、行こうか」

「うん!」

 そうして、俺たちは神殿長室へ向かった。






「二人とも、急に呼び出してすまなかったな」

 俺たちが神殿長室のソファーに腰を下ろすなり、神殿長は口を開いた。

「いえ……」

 控えめに答えたのは、隣に座っているクルネだ。彼女はプロメト神殿長とあまり接点がない上に、相手がクルシス神殿のトップだということで、少し緊張しているようだった。

 そんな彼女と、そして俺に少し視線を向けた後、神殿長は一枚の書状を取り出した。この距離では文言までは読み取れないが、署名や、家紋らしき印章の押印までされているあたり、なにかしらの正式な文書なのだろう。

 俺たちがその書状に視線を注いでいると、神殿長は書状を俺たちの目の前に広げた。それに目を通そうとする俺の耳に、神殿長の言葉が聞こえてくる。

「――これは、パーティーへの招待状だ。今、話題の転職ジョブチェンジ能力者へ向けた、な」

「うわぁ……」

 その言葉を聞いて、思わず出てきたのはそんな言葉だった。転職ジョブチェンジ能力者の正体を明かした以上、いつかは来るだろうと覚悟していたけど、いざ現実の話となるとやっぱり気が重くなるなぁ。
 ごく平凡な日本人で、ごく平凡……じゃないにしても、貴族的素養のないただの神官が、いきなりパーティーに出席するとか、どう考えても失笑の的確定だし。

「差出人はエメロン侯爵。親神殿派の貴族の中では、かなりの大物にあたる。さすがにこの誘いを断るのは骨でね」

 俺の心の内はバレバレだろうが、神殿長は相変わらず淡々と説明を続ける。

「パーティーは今から一月後に、エメロン侯爵の屋敷で行われる。私も招待されていることだし、そう気負う必要はない。うっかり転職ジョブチェンジ者を紹介する約束でもしてしまうと厄介だが、カナメ助祭なら大丈夫だろう」

「……頑張ります」

 いや、そんな買い被りされても怖いだけなんですけどね。とはいえ、ここで何を言ってもパーティーへの出席は決定事項だろうし、大人しくしておこう。

 次に、神殿長は隣のクルネに視線をやる。

「クルネ君、聞いての通りだ。貴族のパーティーともなれば、何を企んでいる輩がいるか分からん。カナメ助祭の護衛として、パーティーへ同行してもらいたい」

「えぇっ!?」

 その言葉を聞いて、クルネが驚きの声を上げた。

「わ、私が侯爵様のパーティーなんて……」

 彼女の反応も無理はない。辺境には貴族もいないし、元々パーティー文化というものがない。お祭りならあったが、せいぜいそれだけだ。その後王都へ来たとはいえ、冒険者がそうそう貴族のパーティーに招待されるはずもなかった。

「安心したまえ、護衛の人間にダンスをさせるような不作法な貴族はいないはずだ。……まあ、多少話しかけられることくらいはあるかもしれないが、適当に対処しておけばいい」

 クルネに難題をさらっと言ってのけると、神殿長は俺の方へ視線を移した。……なんだろう、つい身構えてしまうな。

「カナメ助祭、我々神官も、ダンスに誘われるようなことはない。我々は彼らのように、日頃から舞踊を嗜んでいるわけではないからな。まあ、助祭がどうしてもと言うなら踊っても構わないが……」

「絶対に踊りません」

 俺は決然とした口調でそう言い切った。すると、神殿長は分かっている、と言うように頷いてから、あらためて口を開く。

「ただ、ダンスに逃げられない分、貴族たちの相手を延々とすることになる可能性がある。そのつもりでいてくれ。私もそうそう、君にばかり張りついてはいられないのでね」

「分かりました……」

 神殿長の言葉に、俺は力なく頷いたのだった。






 エメロン侯爵とやらのパーティーまであと数日といった頃。来客があるとの連絡を受けた俺は、クルネと共に応接室へ向かっていた。

「……やあカナメ、久しぶりだね。元気そうで何よりだ」

「久しぶりだな、リカルド」

 そう、来客はクローディア王国第十二王位継承者、リカルド王子だった。彼は俺の隣に立つクルネを見ると、爽やかな笑みを浮かべる。

「クルネさんも久しぶりだね。噂には聞いていたけれど、本当にカナメの護衛に戻ったんだね。驚いたよ」

「お久しぶりです」

 クルネは軽く微笑むと、ちょこんと頭を下げた。リカルドが何か言いたげな視線で俺を見てくるが、とりあえず無視しておこう。

「ところでリカルド、まだ王都にいたんだな」

 ソファーに腰を下ろした俺は、開口一番にそう言った。もちろん冗談半分だが、冗談だけとも言えない。そんな言葉を聞いて、リカルドは爽やかに苦笑を浮かべる。

「まだ王都にいたのかとは、ひどい言い草だね」

「いや、そういう意味じゃなくてな。帝国と一戦交える可能性があるんだろ? こっちにいたら、前線に送り込まれるんじゃないのか?」

 俺がそう答えると、リカルドは肩をすくめてみせた。

「もう遅いよ。父上から、帝国との間の緊張状態が解除されるまでは、王都に留まるよう勅命を下されたからね。当然、僕の出陣も見据えてのことだろう」

 そう答えるリカルドには、不思議と悲壮感はなかった。ひょっとすると、手柄を上げる好機だと考えているのかもしれない。手柄を上げることができれば、彼の飼い殺し状態にも脱出口が見えるかもしれないのだから。

「……ちゃんと生き延びろよ」

 それでも、そう言いたくなるのは仕方ないことだろう。なんだかんだ言っても、リカルドとはそれなりに長い付き合いだし、色々と恩や縁もある。下手に功を焦って戦死、などということにはなってほしくはなかった。
 ミレニア司祭に頼んで、リカルドの生存率が上がるような魔道具でも作ってもらおうかな。そんなことを考えていると、リカルドが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「カナメに心配してもらえるとは思わなかったな、ありがとう」

 からかうようなリカルドの言葉に対して、今度は俺が肩をすくめる。隣で、クルネがおかしそうにくすっと笑っているが、そんなに変なことを言っただろうか。

「それで、身を守る当てはあるのか?」

 そう訊くと、リカルドは少し芝居がかった仕草で首を横に振った。そして、ちらっと意味ありげにクルネを見る。

「まさか。腕利きの冒険者でも雇いたいところだけど……それは難しい話だったよね?」

「少なくとも、私が所属していたパーティーは、国同士の争いには関わらないと思います。国を跨いで活動することも多い冒険者としては、特定の国に与するのは好ましくありませんし、そもそも集団戦が得意というわけでもありませんから」

「まあ、そうだよね」

 クルネの返答を聞いて、リカルドはうんうんと頷いた。そして、彼は少し雰囲気を変えて俺を見据えると、話題を変えた。

「……ところでカナメ、今日ここを訪れた本題なんだが」

 その態度と言葉を受けて、俺の表情も自然と真剣なものへと変わる。隣を見れば、クルネも雰囲気の変化に気が付いたようで、先ほどまでとは違う表情を浮かべていた。

「君は近々、エメロン侯爵主催のパーティーに出席するだろう?」

 その言葉を聞いて、俺は驚いた。まさかリカルドの口からその話題が出るとは思っていなかったのだ。

「よく知っているな。帝国との緊張が高まっているこの時期に、わざわざパーティーを開く理由が理解できないが、少なくともそんな話になっているぞ」

「戦が近くなれば、軍の編成のために派閥の再確認をする必要もあるし、この時期にパーティーが開かれること自体については、そう不思議なことでもないさ」

 リカルドはそう言うと、少し身を乗り出した。

「ただ、気をつけてくれ。そのパーティーに乗じて、君を何とかしようと考えている貴族の一派がいる。場合によっては、固有職ジョブ持ちを差し向けてくるかもしれない」

 その言葉に、俺とクルネの顔が険しくなった。俺は一拍置いた後、リカルドの目を見て口を開く。

「何とか、というのは誘拐か? それとも暗殺か?」

「暗殺寄りだろうね。貴族子飼いの固有職ジョブ持ちが、転職ジョブチェンジ者が増え始めた現状に危機感を覚えたようだ。そこで、主を唆して事に及ぼうとしているんじゃないかな。ちなみに首謀者は、戦士ウォリアー魔術師マジシャンの二人だと思われる」

「そうか……。しかし、よくそこまで調べられたな」

 リカルドがもたらした情報の精度に、俺は心から感心した。すると、リカルドは複雑な表情を浮かべて、その裏事情を説明してくれる。

「……正直に言ってしまえば、これはアイゼン兄さんから提供された情報なんだよ。『カナメ殿によろしくな』だってさ」

「アイゼン王子が?」

 いきなり登場した大物の名前に、俺は思わず聞き返した。いくらなんでも、そこまでしてくれるとは思わなかったからだ。俺が驚いている間に、リカルドは言葉を続ける。

「まあ、それだけカナメに注目しているんだろうね。君の能力は、アイゼン兄さんにとっても都合がいいから、それなりに気にかけているんだと思うよ」

 そんなリカルドの回答を聞いて、俺は笑顔を浮かべた。

「なるほどな……。ありがとうリカルド、おかげで余裕を持って対処できそうだ」

「……ということは、パーティーには出席するつもりなんだね?」

 そう言いながらも、リカルドの顔に意外感はない。王族である彼には、陰謀や危険が待ち受けていたとしても、そこから逃げられない場面が多々あるのだろう。その様子は、ただの確認のようだった。俺はリカルドに頷き返す。

「ここで欠席して、もっと巧妙な形で狙われちゃたまらないからな」

「そうか。それなら、僕もこうして連絡役を務めた甲斐があったというものだよ」

 そう答えると、リカルドは満足そうに笑った。そして、彼は続けてもう一つの知らせを口にする。

「それと、もう一つ兄さんから伝言だ。『帝国と王国教会が接近している。警戒してほしい』だってさ」

「教会が?」

 思わずそう聞き返すと、リカルドは静かに頷いた。

「帝国の方はともかく、教会については僕らじゃ手を出せないからね。同じ統督教の有力派閥であるクルシス神殿に、何らかの注意を払っていてほしいんだろう」

「いくらなんでも、王国教会が帝国と組んで、クローディア王国を害するとは思えないが……」

 リカルドの言葉を聞いて、俺は正直な感想を口にする。帝国の勢力を伸ばしたところで、得をするのは帝国教会の方だろう。もしあの枢機卿みたいな奴が、裏で何かを企んでいるにしても、あのバルナーク大司教が睨みを利かせていれば、そうそう迂闊なことはできないだろうし。

「時期が時期だからね。このタイミングでなければ、そこまで気にする情報じゃないんだけれど……」

「いや、ありがたい情報だ。リカルド、助かったよ」

「そうかい? 君の役に立てたならよかった。それじゃ、くれぐれも気を付けて」

 そう言って、リカルドは立ち上がった。見送りはいい、と言う彼の言葉に甘えて、応接室を出たところで別れの挨拶を交わす。彼の姿が見えなくなったところで、俺は静かに溜息をついた。

 人生初のパーティーは、どうやらろくでもない展開になりそうだった。
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