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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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準備

 王都クローヴィスでは、年に一度『合同神殿祭』という祭りが催される。七大神殿ばかりではなく、眷属神の神殿も参加するこの祭りは非常に盛大なものであり、地方に比べれば娯楽の多い王都といえども、それを楽しみにしている人々は少なくない。

 それはこの国に限ったことではなく、この大陸の主だった国の首都では必ず、年に一度神殿派全体の祭りが行われている。だが、この王都クローヴィスには七大神殿のうちの二つが所在していることもあり、それらの祭りの中でも一際賑やかなものであることは有名だった。

「合同神殿祭のことなら僕たちも知っている。街の人々がよく話題にしているからな」

 そう口にしたのは、もはや馴染となった冒険者パーティーのリーダー、アルミードだった。なんだかんだで付き合いが続いているおかげか、かつての俺を敵視するような雰囲気が多少薄まってきているのはいい変化だろう。
 そのアルミードは、貴公子然とした顔に怪訝な色を浮かべると俺をじっと見つめた。

「だが、僕たち冒険者をわざわざ警備に雇いたいなんて……合同神殿祭とはそんなに危険なものなのか?」

「いえ、そんなことはありませんよ。ただ、今回のクルシス神殿の演し物が多少変わったものでして……」

「変わったもの?」

 つられたように聞いてくるアルミードに対して、俺は引き込むように一呼吸おいてから、真面目な表情で言葉を発する。

「クルシス神殿は、近々転職ジョブチェンジ事業を開始します。それを合同神殿祭で発表する予定なのです」

「「……は?」」

 そう言ったのは誰の声だろう。彼らは一様に目を丸くしたり瞬かせたりして、言葉の意味を反芻しているようだった。しばらくの間、ざわついた沈黙が場を満たす。

「……な、なあカナメ、それは教会の転職ジョブチェンジの『聖女』と同じことをやるって、そう言うことか?」

 沈黙を破って、最初に口を開いたのは盗賊特技(スキル)を持つノクトだった。基本的に冷静な男だが、様々な情報を集めることが好きな性質であるようで、こういった話をすると必ず首を突っ込んでくるのだった。

「ええ、ノクトさんの仰る通りです。……といっても、あんな高額なお布施を頂く予定もなければ、神殿に対する莫大な貢献を求めるつもりもありません」

「なんだと……!」

転職ジョブチェンジの奇跡が……?」

 そんな俺たちのやり取りを聞いて我に返ったのか、他のパーティーメンバーが口々に話し始める。
 そんな中、彼らの最後列にいるクルネだけは妙に嬉しそうだ。俺と視線が合うと、まるで悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべる。

「僕もクルネのように固有職ジョブを宿すことができるのか……? カナメ、どうしたら転職ジョブチェンジできるんだ!? クルシス神殿へ行けばいいのか!?」

転職ジョブチェンジ事業を開始するのは、合同神殿祭で正式にそのことを発表してからです。今クルシス神殿へ行ってもどうしようもありませんよ」

 物凄い勢いで詰め寄ってくるアルミードにちょっと驚きながらも、俺はなんとか言葉を紡ぎ出す。

「……それに、この話はまだ極秘事項ですからね」

「アルミード、今日のカナメさんは依頼主なのですよ。少し落ち着いてください」

 俺の言葉に続けて、参謀役のマイセンがアルミードを宥めてくれる。俺たち二人の言葉を聞いて、アルミードは我に返ったようだった。

「む、そうだった。今日の君はクルシス神殿を代表して来たのだったな。……すまない、話を続けてくれ」

「ありがとうございます。……クルシス神殿は、神殿ごとの演し物の一つとして、この転職ジョブチェンジイベントを行う予定です。言ってみれば公開転職(ジョブチェンジ)ですね。……ですが、この事業を快く思わない存在というものも、残念ながら存在します」

「教会か?」

「色々な可能性が考えられます」

 俺は、アルミードの言葉に曖昧な笑顔を返した。間違いなく教会は警戒対象だが、敵は彼らだけではない。なんせ仲間であるはずの神殿派内ですら信用が置けないのだ。それ以外の宗派の動きも軽視するわけにはいかないし、王国や貴族の横槍も警戒する必要があった。
 そのことを伝えると、弓使いのカーナがうぇ、とでもいうような顔で首を横に振った。

「なんでそんなに足を引っ張り合うんだか……ほんと、お偉いさんの考えることが分かんないわ」

「だが、納得はできる。つまり、そのイベントを台無しにしたり能力者を拉致しようとする者たちを捕まえればいいんだな」

 そんな彼女の言葉に対して、アルミードが決意に満ちた様子で答えた。どうやら依頼を引き受けてくれそうで一安心だ。警護という意味でもそうだけど、彼らが敵対組織に雇われて、イベントの妨害側に回るようなことがあると大変だからなぁ。

 彼らが露骨な犯罪依頼を受けるような人間じゃないのは分かってるけど、それでも巧妙に騙されることはあり得る。そういう意味でも、彼らに警護依頼を受けてもらうことは重要だった。

「その通りです。引き受けて頂けますか?」

「ああ、この依頼を受けさせてもらおう」

 そう言うと、アルミードは深く頷いた。よし、これで契約成立だ。詳しい話を詰めるとしようか。そんなことを考えていると、横合いから声が掛けられる。

「なあカナメ、クルシス神殿の転職ジョブチェンジ事業ってのは、どれくらいの機密レベルなんだ?」

「ちょっとノクト、いきなり何言ってるの?」

「いや、だってよ。合同神殿祭のイベントで発表するってことは、事前にそういう噂を広めておいた方がいいだろ? 先にバレると効果がなくなるような演し物ならいざ知らず、転職ジョブチェンジの奇跡だぜ? せっかくのお披露目で客が少ない方がよっぽど勿体ないだろ」

 カーナの咎めるような声に対して、ノクトはさも当然だという体で答えを返した。それを聞いて俺は苦笑を浮かべる。
 自分で言うのもなんだが、転職ジョブチェンジ事業の話はなかなか面白いネタのはずだ。彼なら、この情報を使って別の情報を仕入れることもできるだろう。そして、それは俺が期待していることでもあった。

「ノクトさんが仰る通り、まったく噂が出回らないのは困ります。ただ、噂に真実味がありすぎて、真に受けた方々がお祭り前にクルシス神殿に殺到するような事態は避けたいですね」

「だろう?」

 俺がそう答えると、ノクトは嬉しそうに口を開いた。

「そこで俺っちの登場だ。……なに、『眉唾だと思うが気になる』ぐらいの濃度で、その噂を王都中にばら撒いてやるよ」

「あんた、ホントそういうの好きよね」

 そう言って胸を張ったノクトに、カーナが少しからかうような口調で声をかける。それを聞いた彼は、ふっと気障そうに笑ってみせた。

「情報戦は男のロマンだぜ」

「性別は関係ないでしょうに……」

 そんなやり取りを耳に挟みつつ、俺は細かい打ち合わせを開始するのだった。






「大役ね……。私に務まるかしら?」

 ミルティはそう言うと、目の前のパフェに匙を伸ばした。彼女にしては珍しく、少し緊張した表情を浮かべている。

「大丈夫だよ。ミルティには落ち着きがあるし、何より華がある。きっと舞台映えすると思うぞ」

 そんな彼女に対して、俺はけっこう真面目に説得を試みていた。彼女に依頼しているのは、祭りの転職ジョブチェンジお披露目イベントで、実際に転職ジョブチェンジする役回りだ。既に転職ジョブチェンジ済の彼女ではあるが、看板に偽りはない。

 いくら実際に人を転職ジョブチェンジさせられるとはいえ、残念ながら俺の転職ジョブチェンジ能力には華がない。奇跡の光が降り注ぐこともなければ、神々しい音色が聞こえることもない。つまり、地味なのだ。それはイベントとしては致命的だった。

 そこで思い浮かんだのがミルティの存在だ。彼女が転職ジョブチェンジした直後に大きな魔法の一つも放てば、場が盛り上がるんじゃないか。そう思ったのだった。
 それに、彼女は美人だからな。身も蓋もない言い方だが、やっぱり美人が及ぼす影響というものは馬鹿にできない。……って、なんだか教会の『聖女』みたいな話になってきたなぁ。

「あら、カナメさんが褒めてくれるなんて、珍しいことがあるものね。……下心が見え透いていなければ、もっと嬉しいのに」

 そう言うと、ミルティは悪戯っぽく笑った。そんな彼女に向かって、俺は少し肩をすくめてみせる。さて、どうやって説得したものか……

「いいわよ」

「え?」

 いきなり了承の返事が飛び出すとは思っていなかった俺は、ついその言葉を聞き返す。そんな俺を見て、ミルティが楽しそうにもう一度繰り返した。

「いいわよ、って言ったのよ。……もう、カナメさんは相変わらず自覚してないみたいだれど、人を転職ジョブチェンジさせるって本当に凄いことなのよ? これで固有職ジョブをもらった恩を少しでも返せるのなら、悩むことなんてないわ」

 そう言うとミルティは再びパフェに匙を突き入れた。そして、はっと何かに気付いたような表情を浮かべる。

「どうかした? 嫌いな果物でも入ってたのか?」

「違うわよ。……ねえ、もしフェネラル先生がそのイベントを見ることになったら、ちょっとややこしい話になるんじゃない?」

「あー……」

 ミルティに指摘され、俺はとある爺さんの顔を思い浮かべた。はったりを真に受けて、俺たちを王国の裏組織の人間だと思い込んでいる魔術師マジシャンの大先生だ。裏組織の人間と偽って彼を騙したこともある俺としては、なかなか面倒な話だった。だが……

「心配する必要はないんじゃないか?」

「そう……?」

「『裏の仕事』のために、表の立場を変える必要ができた、とか言えばまたころっと信じてくれる気がする。『分かるぞ若人よ、裏の仕事は何かと大変じゃからな』とか言いそうだ」

 心配そうな表情を浮かべていたミルティだったが、俺の似ていない声真似が面白かったらしく、その口から笑い声が上がる。彼女はひとしきり笑った後、俺に問いかける。

「フェネラル先生はそれでいいとして、具体的にはどんなことをすればいいのかしら?」

「ああ、まずは流れから説明するよ」

 そう言うと、俺は手元の資料を取り出した。






「えーと……この辺だよな?」

 俺がそう呟いたのは、王都の最西端エリアに着いた時だった。今までの整った街並みとは異なり、急場しのぎ、という言葉を彷彿とさせる簡素な仮説住居が所狭しと立ち並んでいる。
 そんな仮説住居にかけられた、これまた簡素な表札を片っ端から見て回った俺は、やがて目的としていた名前を発見する。

――ロンメル・ワイト。そう書かれている表札を再度確認すると、俺はノッカーを鳴らした。無骨な音が来客の意を伝える。

「……どちら様だい?」

「ロンメルさん、お久しぶりです」

 俺はそう言うと、扉を開けてくれた家の主に笑顔を向ける。筋肉で盛り上がった体格に、いかついスキンヘッド。この王都で初めてできた知り合い、鍛冶屋のおっちゃんことロンメルさんは、俺の姿を見て目を丸くした。

「お……? 兄ちゃんは……!」

 よかった、忘れられてはいなかったようだ。彼は驚いた様子ながらも、笑顔で家に上がるよう勧めてくれる。俺はその言葉に甘えると、彼の家にお邪魔することにした。

「いや、久しぶりだな。いつぞやの教会の凱旋パレード以来か?」

「そうですね、ご無沙汰していました」

 懐かしそうな顔をするロンメルさんに対して、俺は軽く頭を下げる。そんな俺を見て、彼は豪快に笑い声を上げた。

「よせよ兄ちゃん、そんな改まるようなことでもないだろ」

 そう言うと、ロンメルさんは自分の背後を振り返る。見れば、奥さんのリドラさんがちょうどお茶を持ってきてくれたところだった。

「お久しぶりですね」

 相変わらず物静かな感じのリドラさんは、穏やかな微笑みを浮かべながらお茶を出してくれる。俺はそのことにお礼を言うと、お茶に口をつけた。

「それにしても、本当に驚いたな。扉を開けたら神官様が立っているなんて初めての体験だったぜ。……兄ちゃん、その法服はひょっとしなくても……」

 ロンメルさんの視線が俺の服装に向けられた。……そう、今日の俺はクルシス神殿の神官服を着こんできているのだ。プライベートでは法服を着ることのない俺だが、今日はちゃんとした用件がある。

「ええ、今はクルシス神殿に勤めています」

 そんな俺の言葉を聞くと、ロンメルさんは破顔した。そして、しみじみと呟く。

「この王都へ来た時はあんなに思い詰めてた兄ちゃんが、そんな立派な姿になるとはな……! 人生、まだまだ捨てたもんじゃないな!」

 あ、相変わらず俺のイメージはそれなんだ。まあ、わざわざ誤解を解くほどのことじゃないか。そう考えた俺は曖昧な笑みを浮かべる。
 と、相対しているロンメルさんの顔が少しだけ真面目なものに変わった。

「ところで、本当にどうしたんだ? ……いや、別に用事がなくたって歓迎するが、その格好を見せに来ただけじゃないだろう? まさかとは思うが――」

「誓って、宗教の勧誘ではありません」

 先制して俺が放った言葉は、どうやら正解だったらしい。ロンメルさんは明らかにほっとした表情を浮かべていた。……まあ、ただの知り合いが、突然神官服に身を固めて現れたりしたら、まずはそれを疑うよなぁ。
 そんなことを考えながら、俺は言葉を続ける。

「もちろん、ロンメルさんたちはどうしているかなぁ、という気持ちがあったのも事実ですが、それだけではありません」

 俺の言葉を聞いて、ロンメルさんは静かに頷く。

 と、そこで俺はわざとらしく周りを見回した。その仕草を見たロンメルさんが声をかけてくる。

「ん? 兄ちゃん、どうかしたか?」

「いえ、お子さん……フェイム君とキャロルちゃんはお元気ですか?」

「ああ、フェイムは近くの鍛冶屋で働いている。キャロルは……その辺を遊び回っているんじゃねえか?」

 その答えに俺は驚いた。ロンメルさんたちはモンスターに襲われて崩壊したメルーゼ村の難民だ。彼らが王都民の職を奪うようなことがないよう、難民の就労は禁止されていると聞いていたのだが……

「難民の中でも、若いやつの就労はある程度認められるようになったんだよ。俺のように、村で本業を持っていたような人間については、相変わらず就労制限があるんだがな」

 そう言って、ロンメルさんは肩をすくめた。……なるほど、まだ独り立ちできない若者の就労を受け入れる程度なら、王都民の職が奪われることはないという判断か。

「……前にも話したかもしれねえが、難民の中でも若いやつはメルーゼ村へ戻りたがらない傾向にある。あんな恐ろしいところへ帰れるものか、ってな」

 ロンメルさんはお茶を一気に飲み干すと言葉を続けた。

「かといって、このまま王都にいても干上がっちまう。今は王国からの支援金とフェイムの稼ぎで食っているんだが、いつまでもそういう訳にはいかねえ。現に支援金の額はどんどん目減りしてきているしな」

「そうだったんですか……」

 俺がそう口にした時だった。背後で、扉の開く音が聞こえた。

「……ただいま」

 ぼそっと呟かれた声。俺はその声を聞くと、内心で笑みを浮かべた。

「あらフェイム、お帰りなさい」

 扉の開いた音に気付いたのだろう、リドラさんが奥から出てくると、帰宅したフェイム君に声をかける。
 俺が後ろを振り返ると彼は驚いたようだった。それはそうだろう、ほとんど見覚えのない神官服の人間がリビングにいるのだ。驚かない方がおかしい。

「こんにちは、フェイムさん」

 俺はそう言うと立ち上がった。その意図がよく分からなかったようで、彼は戸惑ったようにその場に佇む。

「あんたは……どこかで会ったか?」

 訝しんだ様子でフェイム君が首を捻った。そんな彼に対して、俺は口を開く。

「最後にお会いしたのは教会のパレードの時ですね。……フェイムさん。実は、貴方にお願いしたいことがあるのです」

 唐突な話に、フェイム君はおろか、ロンメルさん夫婦からも驚いた気配が伝わってきた。そんな三人に向かって、俺は今回の訪問理由を告げる。

「フェイムさん、鍛冶師ブラックスミス転職ジョブチェンジしてみませんか?」



「……にわかには信じられねえ話だな」

 クルシス神殿が新しく転職ジョブチェンジ事業を始めること、そしてフェイム君に鍛冶師ブラックスミス固有職ジョブ資質があること。その説明を聞いたロンメルさんの感想は、極めて妥当なものだった。

「私が言うのもなんですが、お気持ちは分かります」

 俺はロンメルさんに話を合わせた。まあ、「お宅の息子さんには鍛冶師ブラックスミスの資質がありますよ! 今なら無料で転職ジョブチェンジさせてあげますよ!」って言われているようなものだし、むしろ警戒して当然だと言えた。

「これが、前から顔を知ってる兄ちゃんじゃなけりゃ、さっさと話題を切り上げているところなんだがな。……百歩譲って、兄ちゃんの言うことが真実だとしてだ。なんでフェイムをそこまで優遇してくれる? 聖職者になった兄ちゃんに言うのは気が引けるが、何の利益がある?」

 そう言って、ロンメルさんは剃りあげた頭を掻いた。その顔に浮かんでいるのは困惑だ。俺はできるだけ真面目な顔を作って答えを返す。

「先ほども申し上げた通り、金銭的な負担はゼロです。……ですが、もちろんクルシス神殿にも目的があります」

 俺がそう言うと、ロンメルさんの顔が今までに見たことがないほど真剣なものになった。さすがは本職の鍛冶職人というべきか、その眼光は非常に鋭い。その光に怯まないよう、俺は努めて平常通りに振舞った。

「もうすぐ合同神殿祭が行われるのはご存知ですか? クルシス神殿は、そこで転職ジョブチェンジ事業の開始を宣言する予定です。そして、その時に転職ジョブチェンジの実演を行おうと考えています」

「つまり、観客の目の前でフェイムを転職ジョブチェンジさせるということか?」

「その通りです。……生産系の固有職ジョブ持ちは非常に希少です。身も蓋もない言い方ですが、転職ジョブチェンジによって鍛冶師ブラックスミスが誕生したとあれば、その宣伝効果は抜群ですからね」

 俺がそう答えると、ロンメルさんは腕組みをして考え込んだ。隣に座っている当事者、フェイム君も同じように腕組みをしているのを見て、俺はなんとなく微笑ましいものを感じた。

「……フェイム、お前はどうしたい」

 そんな中、ロンメルさんが口を開いた。その言葉を受けて、フェイム君が目の前のテーブルを見つめながら答える。

「……いい話だと思う。鍛冶師ブラックスミスになれば稼ぎには困らないし、みんな食べていけるかもしれないだろ」

 そんなフェイム君の答えを聞いて、ロンメルさんとリドラさんが複雑な表情を浮かべた。まだ若いフェイム君が、家族の食い扶持をまず考えていることについては、色々と思う所があるのだろう。

 しばらく沈黙が続いたあと、ロンメルさんはゆっくりと口を開いた。

「――俺は反対だ」

「親父!?」

 その言葉が予想外だったのか、フェイム君が驚いた声を上げる。

「仕事をしていない俺が言うのもなんだが、フェイムはまだ未熟だ。ようやく形になるものを作れるようになったとはいえ、それだけだ」

「う……」

 そんな父親の指摘に、フェイム君は少し悔しそうな表情を浮かべた。だが、反論する素振りが見られないあたりからすると、彼も同じ見解なのだろう。

「だが鍛冶師ブラックスミスになれば、作品に何らかの魔法効果を付与しただけで莫大な値がつく。制作者を過剰に褒め讃える奴も出るだろう」

 なるほど。俺はようやく、ロンメルさんが心配していることに気付いた。だが口を挟むことはせず、言葉の続きを待つ。

「そうなってしまえば、どうしても心に増長が生まれ、そいつの鍛治職人としての成長は低いレベルで止まってしまう。俺が心配しているのはそこだ」

 ロンメルさんはそう言うと難しい顔でため息をついた。すると、フェイム君が反論する。

「親父、俺が増長しなきゃいいんだろ?」

「俺たちは聖人君子じゃねえ。俺は実際に、身に余る評価を受けたばっかりに潰れた奴らを多く見てきた」

「けど!」

「……フェイム、お前には鍛治の才能がある。真面目に修業を積めば、いつかは俺を超えるだろう。だからこそ惜しいんだ」

「え……?」

 その言葉を聞いたフェイム君は目を見開いた。ひょっとすると、今までそんなことを言われたことがなかったのかもしれない。

「せめてうちの工房で、修業しながらってんならともかく、今お前が働いている所じゃそうもいかねえだろう。
 専用の場所は与えられるだろうが、お前の技術を伸ばすようなことは考えてもらえず、ただオーナーが求めるままに魔法の武器や防具を大量生産させられるのがオチだ」

 そう言うと、ロンメルさんは少しくだけた調子で、最後に一つ付け加えた。

「……とまあ色々言ったが、あくまで俺の意見だ。フェイム、これはお前の人生を左右する重大な話だ。自分で決めろ。お前が自分で考えて選んだ道なら、どっちを選んでも俺はお前を応援する」

 ロンメルさんはそう口にすると、腕組みをして目を閉じる。おそらくフェイム君が口を開くまで、何も話す気はないのだろう。そう思わせるどっしりした姿勢だった。そのため、必然的に視線がフェイム君へと向かう。

「俺は……」

 フェイム君は、目の前の机を睨みつけたまま拳を固く握る。突然訪れた人生の転機だ。悩むのは当然と言えた。

 それからどれだけの時が経っただろうか。やがて、机の一点を見つめていたフェイム君は、意を決した表情で顔を上げた。彼の視線と俺の視線が交錯する。

「……今ここで断ったら、もう転職ジョブチェンジはできないのか?」

「正当な対価を頂けるのなら、いつでもお引き受けしますよ。……ただし、今回のように無料で、とは申せませんが」

「そうか」

 俺の答えを聞いたフェイム君は、どこか晴れやかな顔をしていた。その表情のまま、彼は口を開く。

転職ジョブチェンジはしない。……今は(・・)

「教会ほどではありませんが、転職ジョブチェンジの儀式にかかるお布施は安くありませんよ?」

 その言葉にやっぱりな、という感想を抱きながらも、俺はフェイム君に念押しをする。

「ああ。……俺は、まず一人前の鍛冶職人になりたい」

「そうですか……分かりました、頑張ってくださいね」

 そう言うと、俺はいつもの笑顔を浮かべた。当てが外れたのは残念だが、まだ世慣れていないフェイム君のもとに、様々な下心を持った輩が集まってくるだろうことに懸念を抱いていたのは事実だ。そういう意味では、これでよかったのかもしれないな。

 そんなことを考えながら、俺は次の候補者を頭に思い浮かべるのだった。






「そなたがクルシス神殿の使者か」

「お目にかかれて光栄です。クルシス神殿の特別司祭カナメ・モリモトと申します」

 非常に造りのいい、高級感溢れる料理店の一室。そこで俺が恭しく挨拶をしている相手は、このクローディア王国の第四王子だった。

「アイゼン・ラムト・クローディアだ。……見たところまだ若いように見えるが、その年齢で司祭位にあるとはな。なかなか興味深い」

 アイゼン王子はそう言うと楽しそうに笑った。筋肉がはちきれんばかりというわけではないが、充分に鍛えていることを感じさせる身体と、まだ三十代手前ながらも風格の感じられる容貌は、王族という名に相応しいものだった。

 ちなみに、俺が名乗った『特別司祭』は別に嘘でも偽りでもない。今後、転職ジョブチェンジ事業で方々へ顔を出す可能性が高い以上、神官位の最下級たる侍祭のままでは格好がつかないだろうということで、対外的には特別司祭を名乗ることを許されたのだった。

 とはいえ、それは『対外的』なことに限定されるため、クルシス神殿内での俺の扱いは今までとさほど変わらない。転職ジョブチェンジ事業と先の神々の遊戯(カプリス)での働きを評価されて、侍祭から助祭に昇格したものの、依然俺が下っ端であることに変わりはなかった。

 そんなこともあって、基本的に『特別司祭』という階位を積極的に使う気にはなれないのだが、相手が今回のように身分の高い人間である場合、こういった階位は必須だった。

「クルシス神殿が転職ジョブチェンジ事業を行うにあたり、固有職ジョブ資質を持つ我が配下、ミハエルを合同神殿祭で公開転職(ジョブチェンジ)させたいと。なるほど、非常に面白い話だ」

 アイゼン王子の口調は、その内容の通り非常に楽しそうなものだった。彼は上機嫌な様子で言葉を続ける。

「……カナメ司祭、率直に聞こう。クルシス神殿が行う転職ジョブチェンジ事業の核となる能力者はそなただな?」

 陽気な口調で語る言葉には、探るような色合いはない。それは完全な断定だった。

「申し訳ありません。私にはそのご質問にお答えする権限がありません」

 その言葉に対して、俺はクルシス神殿の序列を盾に黙秘を貫く。だが、王子が気を悪くした様子はなかった。

「ふむ、これは不躾な質問だったかな。だが、クルシス神殿が新たに行うという転職ジョブチェンジ事業、その若さにそぐわぬ特別司祭の肩書き、そして、そなたが持参した我が弟リカルドからの紹介状。……これだけの情報が揃えば、つい結びつけてしまいたくもなる」

 俺が曖昧な表情で沈黙を貫いていると、アイゼン王子はその懐から一枚の書状を取り出した。彼は手にした紹介状をヒラヒラと振ってみせる。

「中でも、リカルドの紹介状だ。あやつは生まれの関係で冷や飯を食わされているが、凡庸な男ではない。この紹介状には『極めて有用な人物』としか記されていないが、リカルドがここまで推薦するとあれば、それくらいの能力を有していると考えるのが妥当だろう」

……よかったなリカルド、意外とアイゼン王子のお前に対する評価は高いぞ。そんなことを頭の片隅で思い浮かべながら、俺は口を開いた。

「過分なお言葉を頂いて恐縮です。そのように評価してくださっていたとは、リカルド様にもお礼を申し上げなければなりませんね」

「私こそ、そなたのような興味深い人材を紹介してくれたリカルドに感謝せねばなるまいな。
……ところで司祭殿、一つ興味本位でお尋ねしたいことがあるのだが、よいかな?」

 と、アイゼン王子が突然話の流れを変えてきた。てっきり能力者の特定をしたがるだろうと考えていただけに、それは少し意外だった。

「私には、固有職ジョブの資質は備わっていないのかな?」

 その言葉を聞いて、俺は内心で苦笑いした。それは、アイゼン王子がありきたりの問いを行ったからではない。彼が能力者の特定を諦めていないと分かったからだ。俺は神妙な表情を作ると、彼の問いに答える。

「恐れながら、アイゼン殿下に固有職ジョブの資質はありません」

「そうか」

 そう言うと彼はニヤリと笑った。当然ながら、自分に固有職ジョブ資質がないと言われて喜んだわけではない。俺が能力者であることを仄めかしたからだろう。
 普通の人間に固有職ジョブ資質は見えない。庶民では滅多に姿を見ることのできないアイゼン王子の固有職ジョブ資質の有無を即座に判断した時点で、「私が転職ジョブチェンジ能力者です」と語っているようなものだった。

 アイゼン王子については、リカルドが紹介状で俺の能力について触れている可能性もあったし、あんまり本気で隠し通すつもりもなかったんだよね。
 どうせなら「口止めされているがあなたにだけ教えます」的な感じを出した方がいいと思って、最初ははぐらかしてみたんだけど、あんまり引っ張ると逆効果だろうし。

「そうか、私に固有職ジョブ資質はないか。……いや、教えてくれてありがとう。これで未練なくミハエルの転職ジョブチェンジを応援することができる」

 そんな小細工が功を奏したのか、王子の表情は晴れやかだった。その視線を受けて、控えているミハエルが恐縮するような様子を見せた。

「それでは、ミハエル様を公の場で転職ジョブチェンジさせることについて、ご許可をくださると?」

「まあ先を急ぐな。その前にいくつか聞きたいことがある」

「どのようなことでしょうか?」

「私の信頼する部下、ミハエルが固有職ジョブ持ちになることは非常に喜ばしいことだ。知っての通り、王族貴族の権勢は、抱え込んでいる固有職ジョブ持ちの数に左右される。逆もまた然りだ。
……だが、私は心配性でね。うまい話を持ちかけられた場合、相手方に発生する利益がどのようなものか、それを把握しなければ落ち着かないのだよ。そなたたちは、どのような利益を見込んでいるのかな?」

 楽しそうな表情はそのままに、その目だけが探るような色を帯びる。そんなアイゼン王子に対して、俺はいつも通りの笑顔を浮かべた。

「ミハエル様は、ほぼ毎日クルシス神殿へお出でになって祈りを捧げ、ご自身の成長を誓っておられました」

「それは私も知っている。ミハエルが貴神殿へ日参していることは有名だからな」

「クルシス神殿へ足しげく通い、祈りを捧げていた人物が、クルシス神殿の転職ジョブチェンジの儀式を受けて固有職ジョブを授かる。その事実を喧伝することが、私たちにとっての利益です」

「そうなればクルシス神殿を訪れる者は増え、信徒の増加も見込める、か」

 俺の言葉を聞いて、アイゼン王子は大いに納得したようだった。悪戯心で「クルシス神の御心次第です」とか言わなくてよかったな。
 俺がそんなことを考えていると、アイゼン王子が次の質問を発した。

「そなたの話では、ミハエルのステータスプレートを観客たちに見せて回るということだったな」

「はい。お名前と固有職ジョブ名を表示した状態で見せて回る予定です」

「……ミハエルが私の部下であることはすぐ知れる。クルシス神殿が新事業のお披露目イベントで私の部下を起用したとなれば、私とクルシス神殿の関係が取り沙汰される可能性もあるだろう。それは覚悟の上か?」

「クルシス神殿が信仰の篤い人物に声をかけたところ、たまたまその人物が王族に仕えていた。それだけのことです」

 この件に関してはプロメト神殿長にも確認済みだ。そのため、俺はそう言い切ることができた。だが、アイゼン王子はその返事に不満顔だった。

「その説明で納得するような者ばかりではあるまい」

「クルシス神殿としては、殿下と当神殿に何らかの繋がりがあるらしい、という噂話が流れたところで、特に困ることはありません。それは殿下のご判断次第です」

 俺の言葉を聞いて、アイゼン王子は少し考え込む素振りを見せた。クルシス神殿が調べたところでは、アイゼン王子が特に親しくしている統督教の宗派は存在しない。
 王族と親密な関係を築いているのは教会派だが、少し癖のある第四王子は敬遠されているのか、他の王位継承者ほど親密な様子はなかった。

「それに、アイゼン殿下は能力で人を評価するお方として有名です。人の成長を司るクルシス神殿としては、共感できる部分もあるのです」

「……選択肢が他になかったとも言えるがな」

 俺の言葉に対して、アイゼン王子はぼそっと呟く。俺は、その顔に僅かながら自嘲の色が混ざっていることに気が付いた。――ああ、そういうことなのか。彼の様子から一つの推測が生まれる。

「それでも、殿下とは相性のいい選択肢だったのではありませんか?」

 俺から言葉が返ってくるとは思っていなかったようで、王子の顔に驚きの色が浮かんだ。……いや、それは返事があったという事実よりも、その内容に対しての驚きだろうか。

「……それはどういう意味かな?」

「狭い籠の中から無難な鳥を選び出すよりも、大自然から優れた鳥を探し出す方が殿下の性に合っているようにお見受けします」

 問いかけてくる王子に対して、俺は少しぼかし気味に答えた。

 彼は第四王子だ。当然ながらその権勢は上の三人の王子に劣る。有力な貴族たちは大抵が第一王子か第二王子と親密な関係を築こうとするし、大穴狙いでも第三王子につくのがせいぜいだ。
 そのため、第四王子以降については、有力貴族がバックにつくことは少ない。せいぜい、母親が有力貴族の出だった場合に援助があるくらいだ。となれば、必然的に集める人材が家柄よりも能力を重視したものになってくるのは当然だった。

 と、こう表現すると第一王子や第二王子の方が圧倒的に恵まれた環境にいるように思えるのだが、実際にはそればかりとも言えなかった。なぜなら、有力貴族というものは血筋が重要だ。たとえその当主や跡継ぎが無能だとしても、「あなたは無能だからいりません」とは言えず、色々と配慮をする必要があるのだ。

 また、優秀な人物がいた場合でも、その者より家格が高い者がいる場合には、重要な役職はそちらに取られてしまい、その本領を発揮することはできない。そういった人材の無駄遣いが多く発生してしまうのが、上位継承権を持つ彼らの弱みだった。
 その点、アイゼン王子は能力重視の人事を行っても苦情が来ない。それは一つのメリットだった。

 そう考えた上での返答だったのだが、どうやらそれは当たりのようだった。

「たしかにその通りだな……くっくっくっ」

 そう言うと、なぜか王子は笑い出した。どうしたのかと訝しむ俺に対して、王子は弁解するように口を開いた。

「いや失礼した。リカルドは非常に面白い人物を紹介してくれたものだと思ってな。こう表現するのは失礼かもしれないが、カナメ司祭、そなたは聖職者にしておくには惜しいな」

「はぁ……」

 返答に困った俺は曖昧な言葉を返した。王子はなおも笑いが引かない様子だったが、そのまま言葉を続ける。

「気に入った。ミハエルの転職ジョブチェンジについては、元よりこちらに利がある話だ。断る理由などない。まして、私の部下が固有職ジョブ持ちになったことを公的に広めてくれるなど、願ってもいない好条件だ」

「ありがとうございます。それでは、詳しい打ち合わせについては、ミハエル様と個別でさせて頂いてよろしいでしょうか?」

「ああ、私がいては何かとやりにくいだろうからな。……ミハエル、頼んだぞ」

「お任せください!」

 その言葉に、ミハエルが元気よく答えた。それを見て、アイゼン王子は満足そうに頷く。そんな様子を眺めていた俺に対して、最後に一つだけ聞きたい、と王子が口を開いた。

「カナメ司祭、そのように貴重な能力を持ちながら、伴の一人も連れてこないとは不用心ではないのか? 私がそなたを監禁して能力を使わせる可能性は考えなかったのか?」

 それは、ふと思いついた質問のようだった。そんな彼に対して、俺はにこやかに答えを返す。

「……アイゼン殿下は、そのような程度の低い利用方法しか考えられないお方だとは思えませんでしたから」

 それを聞いたアイゼン王子は、ミハエルが驚くほどの勢いで大笑いしたのだった。






「カナメ助祭、この人員配置図ですが……」

「カナメ君、問い合わせがきてるわよ」

「カナメさん、業者さんが細かい打ち合わせをしたいとお出でです」

「カナメ助祭、イベントの進行表のことなんだが、少し無理がないか?」

 合同神殿祭と、それに合わせた公開転職(ジョブチェンジ)イベントを目前にして、俺の周囲はにわかに忙しくなった。

 本来、こういったイベントの責任者はミレニア筆頭司祭になるのだが、彼女は俺が依頼した魔道具を作るのに忙しくて、陣頭指揮が取れる状態ではない。そしてあれよあれよという間に、俺が公開転職(ジョブチェンジ)イベントの責任者のような立ち位置になってしまったのだった。

 この前なんか、プロメト神殿長が「転職ジョブチェンジイベントのことはカナメ助祭に聞きたまえ」って言ってるの聞いちゃったしな。それを「分かりました」って了承する司祭も司祭だ。普通は「なんであんな若造に!」とかなるものじゃないんだろうか。いや、そりゃ協力的な方がありがたいんだけどさ。

 俺が次々と襲いかかってくる案件にケリをつけた時には、すでに時刻は夕方近くになっていた。

「しまった……昼飯食い忘れた……」

 そこで、ふと俺は自分の空腹っぷりを自覚した。アドレナリンが切れたのか、一気に身体が不満を訴えてくる。しまったな、もう食堂開いてないよな。

「お疲れさま、カナメ君」

 と、我が身の不幸を嘆いていると、聞き慣れた声が後ろからかけられた。

「セレーネもお疲れさま」

 そう言って振り向いた俺は、彼女から何かの包みを手渡された。包みの隙間から見えたのは、小さなサンドイッチだ。俺はセレーネに心から感謝した。

「カナメ君、ずっと忙しそうだったし、ひょっとしたらお昼食べてないんじゃないかって思ったのよ」

 そう言うセレーネに対して、俺はもの凄い勢いで首を縦に振った。なんてありがたい。持つべきものは心優しい同期だな!
 俺がそんなことを口にすると、セレーネは少し苦笑いしながら口を開いた。

「正確には、そう心配したカムラン君が私に寄越したものよ。……もう、自分で渡せばいいのに男の子は大変ねぇ」

 おお、そうだったのか。あいつ、意外と気を遣ってくれてるんだな。競争心の激しい同期の顔を思い浮かべると、俺は心の中で感謝の言葉を捧げた。

「そうそう、カムランから『今はその能力に一歩譲るけど、本当に重要なのは信仰だ。すぐに追いついてみせる』って伝言も預かっていたわね」

 なんだそりゃ。じゃあ何か、敵に塩を送ったつもりなのか。どちらにせよ、ありがたいから頂くけどさ。あいつのことだ、俺が先に助祭に昇格したことがショックだったんだろうなぁ……。能力由来の出世なだけに、俺は俺で複雑な気分だった。

「……それにしても、カナメ君がそんなに凄い能力を隠していたなんてね」

 そんなことを考えていると、セレーネが意味ありげな瞳をこちらへ向けた。

「神学校のみんなも、知ったらびっくりするわよ。早く誰かに言いたくてたまらないわ」

「セレーネからバレるのは勘弁してくれ」

「じゃあ、せめてミュスカにだけでも……だめ?」

 そう言って、セレーネは俺に流し目を使ってくる。いやいや、俺にそれを使ってどうするよ。俺が半眼になるのに気付いたのか、彼女は悪戯っぽく笑ってその表情をかき消した。
 そんな彼女に、俺は反論する。

「ミュスカのことだ、能力のことを教えたら、秘密にしなきゃってプレッシャーで体調を崩すんじゃないか?」

「体調は崩さないにしても、様子は確実に変になりそうよね……」

 そうなのだ。さすがにクルシス神殿の内部にまで、転職ジョブチェンジ能力者が誰なのかを隠し通すのは無理があったため、しばらく前に、神殿長から内々で発表があったのだった。
 それからしばらくは、ようやく打ち解けてきた先輩や同僚との間にまた壁ができてしまっていたのだが、それも段々と元に戻ってきていた。

「――カナメ助祭、当日の警備体制について確認をしたいんだが、今いいか?」

 と、軽い口調で俺とセレーネの会話に入ってきたのは、存在感のある男性神官だった。彼の名はアルバート・マクスウェル。筋肉がしっかりついていることを窺わせる大柄な身体と短く刈り込まれた灰色の髪、そして左の目尻から頬にかけて走る傷跡が特徴的だった。
 その姿は神官というよりは戦士職に見えるが、彼はれっきとしたクルシス神殿の上級司祭だった。

「ええ、どのようなことでしょうか」

「お前さんが依頼したという冒険者パーティーについてなんだが、戦闘能力はどの程度のもんだ?」

 アルバート司祭は、今回のイベントにおける警備責任者だ。元冒険者という経歴も手伝って、彼はこういった担当になることが多かった。

「去年行われた教会の岩蜥蜴ロックリザード遠征に同行して、その大半を仕留めていますね」

 俺がそう言うと、彼は驚いたようだった。だが、すぐに平静を取り戻すと次の問いを口にする。

「戦力としては充分だな。だが、モンスターの範囲殲滅と違い、人混みの中での戦闘は大技が使えない。その辺りは大丈夫か?」

「大丈夫だと思います」

 確かにアルミードの光剣ルミナスブレードやカーナの貫通ペネトレートは使い勝手が悪くなるが、それを差し引いてもお釣りがくるだろう。俺は自信を持ってそう答えた。
 そんな俺の肩を叩くと、アルバート司祭はニッと笑った。

「そうか、なら後は俺たちの仕事だな。……客席の方は俺たちに任せて、お前さんは自分にしかできない業務をやってくれ。……頑張れよ」

 俺は、そう言って歩き去る司祭の後ろ姿を見送った。すると、その姿が見えなくなるよりも先に、また別の声がかけられる。

「ああ、カナメ侍祭……じゃなかったカナメ助祭。当日の神殿長挨拶なんだが――」

「はい? ……すみません、恐らくそれは私の担当ではないと思うのですが……」

「え? あ、本当だ。なんだか全部カナメ助祭が担当している気がしていたよ。悪かったね」

「いたいた、カナメ助祭。設備を当日まで保管しておく倉庫なんだが、まだ空きはあるかい?」

「あまり余裕はありませんね……。小さなものなら入ると思いますが、どんなものを倉庫に入れるおつもりですか?」

「手の平サイズの石なんだが、なにぶん数が多くてね。大丈夫かい?」

「カナメ君! 頼まれていた光の魔道具はこんな感じでいいかしら? あと、音の魔道具もできたけれど、肝心の音はどこから拾うつもりなの?」

「カナメ助祭、当日のイベント対象者の詳細の確認ですが――」

「お、ここにいたんだね。カナメ助祭、当日の神殿長の予定はもう押さえているのかい?」

「みなさん、申し訳ありませんがお一人ずつ話してもらえますか……?」



 結局、俺が渡されたサンドイッチを口にしたのは、すっかり夜になってからのことだった。
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