挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

33/144

カプリス、再び

神々の遊戯(カプリス)だと?」

 クローヴィス本教会の執務室で、教会の長たるバルナーク大司教はそう聞き返した。

「はい、アステリオス枢機卿がクルシス神殿に対して申し入れを行いました」

 部下の報告を聞いて、バルナークは顔をしかめた。

 枢機卿とは、教会派の最高責任者に対して助言を行い、時にはその行き過ぎた行動を制止するための役職だ。
 終末戦争が終結し、神殿派と共同で統一宣言を出した時に、その覚悟のほどを示すためオルファス教は最高位であった教皇の位を廃した。そして、教皇を選出する枢機卿も同時に役目を終えるはずだったのだが、政治的な事情により、各国で教会を統括する大司教の補佐として、その役職は存続することとなる。

 だが、それは大司教に次ぐ権力を持つことと同義であり、大司教の補佐は行わずに、自派閥の拡大や行っている事業のみに腐心する者も少なくない。そして、アステリオス枢機卿はまさにそのタイプだった。

 神々の遊戯(カプリス)は元々、諍いを起こした宗派同士が不満を溜め込み大事件を起こさないための、一種のガス抜きのようなものだ。少なくともバルナークはそう理解している。

 だが、この教会でバルナークに次ぐ権限を持つアステリオス枢機卿は、神々の遊戯(カプリス)を我を通すための手段として使用する傾向にあった。もちろん、相手が応じなければそれまでの話だが、かの枢機卿は教会の権勢を利用して神々の遊戯(カプリス)を拒否しづらい盤面に持ち込むことが多い。

 しかも、こと神々の遊戯(カプリス)となれば、教会には無敗を誇る人物がいる。たとえ神殿派最強と目されていた魔法剣士マジックナイト、ベルゼット元副神殿長が相手だったとしても、神々の遊戯(カプリス)で彼女に勝利することはできないだろう。

 そんなバルナークの思考を追いかけるように、部下の報告は続く。

「そのため、『聖騎士』を神々の遊戯(カプリス)に派遣するよう、枢機卿より要請が来ています」

「『聖騎士』以外の参加予定者は聞いているか?」

魔術師マジシャンの『聖女』メヌエット様を初めとして、かなりの人数を揃えるつもりのようです」

 その言葉に、バルナークの眉間の皺が深くなった。やはり、本気で勝ちに行くつもりらしい。
 宗派として、どうしても譲れないことを対外的にアピールするために神々の遊戯(カプリス)を行うことはままあるが、それぞれの得意なルールで競うというシステム上、引き分け以外の結果はほぼ生まれない。

 だが、それも教会の豊富な人材を以てすれば覆すことができる。そんなことを続けていれば統督教内で不和を生み出すのは明らかだが、アステリオス枢機卿はそのあたりに無頓着だった。それどころか、意図的に行っているのではないかとすらバルナークは疑っていた。

「……仕方あるまい。『聖騎士』には俺から伝える」

 そんな枢機卿に自らの懐刀たる『聖騎士』を預けるのは非常に不満だが、彼をないがしろにすると面倒なことになるのは間違いなかった。
 バルナークは大司教という教会トップの地位にあるが、その組織力や資金力を比較すると、アステリオス枢機卿の方に軍配が上がる。彼が首を横に振ると、立ち行かなくなる事業はいくつでもあった。

 そこまで考えたところで、バルナークは重要なことを確認していないことに気付いた。そもそも、枢機卿とクルシス神殿が神々の遊戯(カプリス)を行うに至った経緯とはなんなのか――

「クルシス神殿は新規に転職ジョブチェンジ事業を行うそうです」

「なに……!?」

 それはバルナークにとっても青天の霹靂だった。そして、その事実に驚愕すると同時に、アステリオス枢機卿が本気の布陣で神々の遊戯(カプリス)に臨む理由を理解する。
 転職ジョブチェンジの儀式は彼の派閥にとって重要な資金源だ。転職ジョブチェンジのお布施だけでなく、その可能性を仄めかすだけで幾らでも資金を引っ張ることができるのだから、その価値は計り知れない。

「しかし、それは……ふむ」

「考え方によっては、枢機卿の力を削ぐ機会とも言えます」

 考え込んだバルナークをどう思ったのか、部下がそんな一言を付け加える。そういったことを考えていたわけではないのだが、わざわざ否定する必要もないだろう。

「かと言って、『聖騎士』に手を抜けと言うわけにもいくまい」

 バルナークはそう言うと軽く笑った。あの真っ直ぐな『聖騎士』のことだ、顔を真っ赤にして抗議してくるに違いない。

「大司教直々のご指示であれば、『聖騎士』様も断ることはないと思いますが」

「『聖騎士』が出る神々の遊戯(カプリス)の演目はいつものやつだろう。あれは客観的な数字が出るせいで、そういった手心がすぐバレるからな」

 アステリオス枢機卿に打撃を与えられる可能性はあるが、それと引き換えに彼の派閥との全面対決になることもまた間違いない。勝率は五分五分。そんな分の悪い賭けをするつもりはなかった。

 報告を終えた部下が退室するのを見送ると、バルナークは机に積まれている書類の処理に取りかかる。教会の長ともなれば雑事にまで目を通すことはないが、それでも教会の規模が規模だ。その量は膨大だった。

 そんな中、超人的な速度で書類を捌いていたバルナークは、ふと思い出したように呟いた。

「プロメト神殿長は慎重な性格だと思っていたが、なぜ神々の遊戯(カプリス)を受けたのだ……?」

 アステリオス枢機卿が色々と脅しにかかったのは間違いないだろうが、事業の内容が内容だ。脅しを無視して神々の遊戯(カプリス)の申し入れを断っても、得られるものは多いのではないか。

 そんな問いかけを頭の片隅で行いながら、バルナークは書類を片付けていくのだった。



――――――――――――――――――――



「神殿長がなぜ神々の遊戯(カプリス)をお受けになったのか、私には分かりません」

 クルシス神殿の神殿長室に響いたのは、ミレニア司祭の声だった。彼女にしては珍しく語気が荒いな。その声を聞いて、俺はそんな感想を抱いた。
 教会との話し合いから帰ってきた二人に、神殿長室へ来るよう言われたのが先程のこと。ノックしても返事がないため、軽く扉を開けて中の様子を窺うことにしたのだが、そこで聞こえてきたのが先刻の台詞だった。

「……カナメ君か、入りたまえ」

 俺の姿に気付いたプロメト神殿長が招き入れてくれる。その言葉に従って俺は室内へ足を踏み入れた。

「あら、気付かなくてごめんなさい」

 ミレニア司祭が少し決まり悪そうな表情を浮かべる。彼女は前のめりになっていた姿勢を正すと、俺に声をかけてきた。

「お気になさらないでください。……教会との話し合いの結果も大体分かった気がしますし」

 俺がそう言うと、ミレニア司祭が少し視線を逸らした。自分でも少し感情的になってしまったと思っているのだろう。

「カナメ君、君が察した通りだよ。教会との交渉は決裂した。アステリオス枢機卿は我々に対して神々の遊戯(カプリス)を申し入れるそうだ。彼らが勝利した時の条件は『転職ジョブチェンジ事業については彼らの指揮監督を受ける』ことだそうだ。
……よくて教会と同等、悪ければもっと厳しい条件を転職ジョブチェンジ希望者に課すことになるだろうな」

 沈黙したミレニア司祭の代わりに、プロメト神殿長から説明がなされた。神々の遊戯(カプリス)という響きに懐かしいものを感じながら、俺は最小限の言葉を返す。

「そうですか」

「もしクルシス神殿が神々の遊戯(カプリス)を受けない場合、このクローディア王国を始め、大陸中の国々の王族や貴族にクルシス神殿の転職ジョブチェンジ事業がもたらす危険性を説いて回ってくださるそうよ」

 少し皮肉な口調でミレニア司祭が情報を付け足す。教会の影響力でそれをされると、けっこうシャレにならないだろうからなぁ。結局、受けても受けなくてもロクな結果が待っていないわけだ。こうなってくると、この神々の遊戯(カプリス)制度の存在意義が疑わしくなってくるな。

「王国政府や貴族からの横槍は、我々が教会以上に警戒しているところだからな。そこをついてくる辺りは、さすがアステリオス枢機卿といったところだろう」

 だが、むしろ称賛するような口調で、神殿長は感想を口にした。それが余計に不可解だったようで、ミレニア司祭が首を傾げながら尋ねる。

「ですが、市井の人々を味方にしてしまえば王族貴族もそう手出しできないはずです。今度の合同神殿祭で転職ジョブチェンジ事業のお披露目をするのも、それが狙いなのでしょう?」

「合同神殿祭についてはその通りだ。……だがミレニア君。君は一つ、大前提について勘違いをしている」

「勘違い……ですか?」

 オウム返しに問いかけるミレニア司祭に向かって、プロメト神殿長は淡々と答えを返した。

「君はなぜ、我々が神々の遊戯(カプリス)で敗北すると思っているのかね?」

「……教会には、様々な技術を持った人材が揃っています。私たちの指定する神々の遊戯(カプリス)の演目ですら、彼らに勝利を奪われる可能性は低くありません。
 現にここ十年ほど、教会申し入れによる神々の遊戯(カプリス)の勝率は七割を超えています。しかもその間、彼らの敗北数はゼロです。」

 突然の問いかけに、ミレニア司祭はすらすらと答える。すごいな、ちゃんと調べてるんだな、と俺は密かに感心した。
……それにしても、教会の勝率って七割超えなのか。お互いが得意な演目を一つずつ指定する神々の遊戯(カプリス)の特徴を考えると、それは驚異的な数字だった。

「そこまで把握しているとは、さすがミレニア司祭だ」

 だが、ミレニア司祭の話を聞いてなお、プロメト神殿長には余裕があった。掛けていたソファから少しだけ身を乗り出すと、彼は言葉を続ける。

「であれば、教会の必勝パターンについても調べはついているのだろう?」

「かの『聖騎士』は、演目『カルデウスの剣』において他者に敗北したことがありません。その時点で、教会が神々の遊戯(カプリス)に敗北することはあり得ないと言っていいでしょう。
 その上で、魔術師マジシャンの『聖女』や、その他各方面に優れた教会所属の人材を集めて、相手の演目でも勝ちを狙うのが教会、特にアステリオス枢機卿の常套手段です」

 ミレニア司祭の説明を聞いて、神殿長は満足げに頷いた。

「その通りだ」

「でしたら……」

「ミレニア司祭、クルシス神殿には、教会を相手どった神々の遊戯(カプリス)に勝利できる人物が二人いる」

 ミレニア司祭の言葉を遮って、プロメト神殿長が口を開いた。その内容に彼女の目が見開かれる。

「まず、一人はここにいるカナメ君だ。彼は演目『カルデウスの剣』で『聖騎士』に勝利することが可能だ」

「カナメ君が!?」

 彼女の視線が俺に注がれる。その表情は半信半疑といったところだろうか。全疑じゃないだけマシかな、と俺は密かに考えた。

「『聖騎士』が『いつも通りの力』で『カルデウスの剣』に出場することが前提ですけどね」

 俺は真面目な表情でそう告げた。今までの神々の遊戯(カプリス)の履歴を見る限りでは、その組み合わせで出てくる可能性はかなり高い。だが、絶対にとはいかないのが辛いところだった。

 本当はシュミットの時みたいにキャロに出てもらえばいいんだけど、キャロはクルシス神殿の一員としては認められていないんだよね。庭でごろごろさせてもらう許可は得たけど、それだけだ。さすがに『この兎はクルシス神殿の所属です!』と連れて行くのは無理があった。
 あと、教会だったら対抗してドラゴンとか本気で連れてきかねないしな。

 そんなことを考えている間にも、プロメト神殿長がもう一人の重要人物の名を発表する。

「そして、教会に対して神々の遊戯(カプリス)で勝利を収めることができる二人目の人物についてだが……」

 その言葉を聞いて、俺の方に向いていたミレニア司祭の視線が神殿長へ向けられた。プロメト神殿長は珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべると、彼女を真っ直ぐ見て宣言する。

「それは君だよ、ミレニア・ノクトフォール筆頭司祭」






 神々の遊戯(カプリス)の会場は、意外なことに俺もよく知っている場所だった。

「懐かしいわね……だいぶ校舎は建て替えられたみたいだけれど」

 ミレニア司祭が懐かしそうに目を細める。それは彼女だけの話ではなく、まだ卒業してから数か月しか経っていない俺も、なんだか古巣に帰ってきたような感覚を覚えた。
……そう、今回の神々の遊戯(カプリス)は、クローヴィス神学校で行われることになっていたのだった。

「しかし、まさか神学校が神々の遊戯(カプリス)の舞台になるとは思ってもみませんでした。ここって、秘密の催しにはあまり向かない気がするのですが……」

「それが、意外とそうでもないのよ。場所としても中立性を担保しやすいしね。……まあ、私だって実際に利用するのは初めてだけど」

 ミレニア司祭とそんな話をしながら、俺たちは懐かしい神学校の中を歩いていく。俺たちの少し後ろに続くのは、プロメト神殿長と一人の司祭、そして二人の助祭だった。この六人がクルシス神殿の代表として、神々の遊戯(カプリス)に参加、立ち会うことになるのだ。

 俺たちを案内してくれているのはミゲル学校長だ。いちいち卒業生一人一人を覚えていないのか、それとも神々の遊戯(カプリス)の参加者だから余計なことは言うべきではないと思っているのか、学校長が俺に話しかけてくるようなことはなかった。

 彼の先導に従って神学校の内部を進んでいると、やがて見覚えのない黒い建物が目に入る。……ん? 神学校にこんな建物あったっけ。神学校の中はあらかた把握していると思ってたんだけど、全然記憶にない。なにか仕掛けでもあるんだろうか?
 そう俺が首をひねっている間にも、俺たちは謎の建物へどんどん近づいていく。その黒い石造りの建物は、体育館がゆうに二つは収まりそうな巨大な造りをしていた。

「……こちらが神々の遊戯(カプリス)の会場です。教会の方々はすでにお着きですな」

 プロメト神殿長にそう告げると、学校長は建物の中へと入っていく。それに続いた俺たちは、そこで想像以上に広い空間と、そして数十人の人間を目にすることになった。

「お待ちしていましたよ、プロメト神殿長。お姿が見えないものですから、まさか神々の遊戯(カプリス)のことを忘れていらっしゃるのではないかと心配申し上げていたところです」

 入ってきた俺たちを見て、最初に声をかけてきたのは、その集団の中心にいた初老の男性だった。プロメト神殿長に対するこの鷹揚な態度からして、おそらくこの人がアステリオス枢機卿なのだろう。

「お待たせしたようで申し訳ありませんな。では、早々に神々の遊戯(カプリス)を始めるとしましょうか。
……それでは枢機卿、此度の神々の遊戯(カプリス)の内容について、審査官に宣誓を」

 アステリオス枢機卿の挑発をさらっと流して、プロメト神殿長はこともなげに口を開いた。すると、さっと二人の下へ人影が近づいてくる。今回の神々の遊戯(カプリス)の審査官だ。名前は知らないが、聞いたところでは伝承派の神官らしい。
 神々の遊戯(カプリス)が行われる場合は、当事者と同じ、もしくは親密な宗派の神官が審査官に就くことはない。今回であれば、教会派と神殿派は審査官として不適当だと判断されるため、伝承派か土地神派の神官に審査官を依頼する必要があったのだ。

 プロメト神殿長に仕切られたのが気に入らなかったのか、枢機卿は少し不満そうな表情を覗かせる。たが、彼はすぐに柔和な笑みでその顔を塗り潰すと、厳かな声で宣誓を始めた。

「……今回の神々の遊戯(カプリス)はクルシス神殿の転職ジョブチェンジ事業にかかるものです。
私たち教会は、転職ジョブチェンジ能力を安易に使用することで社会に混乱が生じないよう、統督教の一員として、そして転職ジョブチェンジ事業の先駆者として、その事業を指揮監督する権限を持つべきと考えます」

 枢機卿の主張が終わると、今度はプロメト神殿長が口を開いた。

「私たちクルシス神殿は、多くの人々に分け隔てなく転職ジョブチェンジの機会を与えることこそが、人々の安寧および社会の発展向上に資するものと考えます。そのためにも、教会はクルシス神殿と立場を同じくして、クルシス神殿が行う転職ジョブチェンジ事業を積極的に援護するべきものと考えます」

 神殿長は粛々と言葉を紡ぐ。

「……両者の主張は記録しました。それでは、神々の遊戯(カプリス)の第一演目を開始します。教会の代表者は第一演目を指定してください」

 二人の主張を記録した審査官は、落ち着いた様子でアステリオス枢機卿に向かって声をかけた。それに応えて、枢機卿が一歩前へ進み出る。

「それでは、神々の遊戯(カプリス)の第一演目を指定させてもらおう。教会が指定する演目は『カルデウスの剣』とする。
 そして、競技者は『聖騎士』メルティナ・ノルトハイムだ」

 まるで勝利宣言であるかのように、枢機卿は競技者の名を高らかに告げる。その言葉を受けて、一人の女性が教会派の集団の中から姿を現した。

 年齢は二十歳くらいだろうか。クルネよりは年上に見えるが、俺と同年代ということはないはずだ。白金髪プラチナブロンドの癖のなさそうな髪を背中まで伸ばしており、頭部には控えめな額冠サークレットを嵌めている。その容貌は、美しいの一言に尽きた。
 そして何よりも特徴的なのは、彼女の凛とした雰囲気だ。彼女が一歩進み出ると、それだけで周囲の空気が静謐なものに変わったかのような錯覚を覚える。

……なるほど、『聖騎士』が『聖女』の一番人気であり続けるわけだ。俺はそう納得していた。容姿で言えば、ミュスカだって決して引けを取らないと思うんだけど、彼女にこの存在感は出せないだろうなぁ。それは別にミュスカが劣っているとかじゃなくて、性質の問題だ。

「クルシス神殿からは、カナメ・モリモト侍祭を出場させる」

 教会側の競技者の発表を受けて、プロメト神殿長が俺の名を告げる。俺は目が合ったミレニア司祭に軽く頷いてみせると、審査官の前へ進み出た。その途中で勝利を確信した様子のアステリオス枢機卿の顔が目に入ってくるが、もちろん無視だ。どうせ「ベルゼット副神殿長のいないクルシス神殿に何ができる」とか思ってるんだろうな。

「それでは神々の遊戯(カプリス)の第一演目、『カルデウスの剣』を開始します。どちらから挑戦しますか?」

 審査官の問いかけを受けて、俺は横にいる『聖騎士』メルティナに視線を送った。見れば向こうも同じタイミングでこちらを向いたようで、俺たちの視線が交錯する。

「私はどちらでも構わない。好きな方を選んでほしい」

 俺が口を開くよりも、彼女が俺に選択権を委ねる方が早かった。

「それでは、先に『聖騎士』様から始めて頂いてもよろしいでしょうか?」

「了解した」

 彼女はそう答えると、再び審査官を見つめた。

「審査官殿、お聞きの通りです。まず私が挑戦します」

「分かりました。第一演目は、この建物の裏口を抜けたところにある開けた場所で行います。半刻ほどしたらそちらへ来てください」

 そう言うと、審査官は建物の裏口へと姿を消す。

 こうして、神々の遊戯(カプリス)の第一演目『カルデウスの剣』が始まったのだった。






 教会が指定した演目『カルデウスの剣』とは、石巨像ストーンゴーレムの群れを制限時間内に撃破するという試練を与えられた神子カルデウスが、これを瞬く間に斬り捨てたという神話を元にした演目だ。

 具体的な内容は単純明快で、等間隔で並べられている石柱百本を全て破壊し、そのタイムを競う。ただそれだけだ。だがそれだけに、小細工が効かない演目とも言えた。

「それでは、教会の競技者は位置に着きなさい」

 審査官の声に従って、『聖騎士』が長剣を片手に移動する。その動作から気負った様子は一切感じられなかった。どうせなら気を抜いてくれると嬉しいんだけど、そういうことをする性格じゃなさそうだ。ろくに会話もしていない間柄だが、なんとなくそれは確信できた。

 審査官が手に持った時間計測用の魔道具を掲げると、静寂が場を満たす。『聖騎士』が長剣を鞘から抜き放つと、しゃらん、という澄んだ音が周囲に響き渡った。

「……始め!」

 その合図とほぼ同時に、『聖騎士』の姿がブレた。凄まじい速さで一本目の石柱へ接近した彼女は、手にした長剣を一閃させる。両断された石柱が地響きを立てて崩れる頃には、既に『聖騎士』は二本目の石柱に迫っていた。

「やっぱり速いな……」

「さすがは聖騎士パラディン固有職ジョブ持ちね」

 俺の呟きに答えるようにして、いつの間にか隣に来ていたミレニア司祭が口を開く。その表情には素直な賞賛の色があった。

「プロメト神殿長、うちの『聖騎士』はいかがですかな? なんと言っても、この大陸に五人といない上級職持ちですからな」

「いやいや、見事なものです。バルナーク大司教に嫉妬してしまいそうですな」

 ふと耳に入ってくる会話に意識をやれば、プロメト神殿長と枢機卿も会話を交わしているようだった。どう聞いても皮肉合戦に聞こえるんだが、偉い人たちは大変だな。……うん、とりあえず放っておこう。

 既に『聖騎士』は二十本以上の石柱を切り倒していた。それは、どう考えてもあり得ない速さだった。例えクルネでも、ここまでの動きはできないだろう。

「……あれ?」

 だが、彼女の様子を見ていた俺は首を傾げた。

「カナメ君、どうかしたの?」

 そんな俺の様子に気が付いたのか、ミレニア司祭が声をかけてくる。

「今のペースだと、記録されている彼女のスコアタイムよりだいぶ遅い気がするのですが……」

 見た感じだと、『聖騎士』が石柱に接近・切り倒すのに必要な時間は一本当たり三、四秒といったところだ。だが、それでは神々の遊戯(カプリス)の公式記録に残されているタイムより大幅に遅い。
 まだ七十本ほど石柱は残っているが、俺の計算ではあと二十秒ほどで石柱を全滅させる必要があるはずだ。俺がそう考えていると、『聖騎士』の動きに変化があった。

 彼女は残りの石柱を確認するように首を動かすと、少し後ろに下がった。そして、切っ先を天に向けて長剣を掲げると、その長剣が白く輝き出す。

付与魔術エンチャントか?」

 光を放つ長剣を見るに、おそらく武器の攻撃力を高めたのだろう。それは分かる。だが、今までも一閃で石柱を破壊してきた『聖騎士』に、今さらそんな付与魔術エンチャントが必要だとは思えなかった。

「……どうやら、この演目もこれで終わりのようですな」

 そんな誰かの言葉が聞こえてきた瞬間。

断罪ジャッジメント!」

 凛とした声と共に、『聖騎士』の周囲が眩い光に包まれた。あまりの光量に驚いた声がいくつも聞こえてくる中で、俺は手をかざし、目を細めて彼女の動きを観察した。

 『聖騎士』が掲げた長剣を起点として、長さ二十メートル、幅四メートルほどの光の大剣が形成されている。その様子はクルネやアルミードが使う特技スキル光剣ルミナスブレードによく似ていたが、規模や密度が桁違いだった。

 『聖騎士』がその光の大剣を横に薙ぐ。

……それだけだった。何の重さも感じられない様子で振るわれた光の大剣は、それだけで残る石柱をひとつ残らず破壊してのけたのだった。

「うわぁ……」

 その破壊跡を見て、俺は思わず声を上げた。見事なまでに全滅だ。

「まず手近な石柱を二、三十本切り倒して、残る石柱が全て射程内に収まったらブーストをかけた大技で一掃。……派手ねぇ」

 そんな中で感想を口にしたのは、隣にいたミレニア司祭だ。俺が彼女の方へ視線をやると、ミレニア司祭もこちらを見ていた。彼女は俺と視線が合うと苦笑を浮かべる。

「もう……私のプレッシャーを減らすためにも勝ってね、って言うつもりだったのに、あんなのを見せつけられると言いにくいわ」

「お気遣いありがとうございます。……まあ、なるようになりますよ」

 俺はミレニア司祭にそう答えると、後攻用に設置されていく石柱を眺めるのだった。







「クルシス神殿の競技者は位置に着きなさい」

「はい」

 審査官の言葉に従い、俺は指定された位置へと立った。手に持っている長剣は、プロメト神殿長がツテを使って手に入れてくれた業物だ。切れ味よりも頑丈さを、という俺の要望に合った、重厚なフォルムの剣を抜き放つと、俺は静かに審査官の合図を待った。

「……始め!」

 その声が聞こえた瞬間、俺は自身を転職ジョブチェンジさせた。選択した固有職ジョブ剣匠ソードマスター。上級職に分類されている固有職ジョブの一つだ。
 そういえば、このクローディア王国の初代国王は剣匠ソードマスターだったと言われてるんだったっけか。俺は頭の片隅でそんなことを考えた。

 次いで、俺は手にしている長剣に意識を集中した。先程の『聖騎士』ほど眩しいわけではないが、手に持った長剣が青白く発光する。特技スキル「剣気」が発動しているのだろう。

 俺は「剣気」を受けて鈍く光る長剣を構えると、目の前に立ち並ぶ百本の石柱を視界に収めた。

――そして、特技スキルを発動させる。

次元斬ディバイド

 俺は手に持った剣を全力で振るった。まるで水中で剣を振るような抵抗を感じながらも、固有職ジョブによって底上げされた腕力を使って長剣を振り切る。

 一拍遅れて、ゴウッという音と共に俺の周囲で風が舞う。すると、その風に薙ぎ倒されたかのように、石柱が次々と倒れ始めた。

「な、なんだ!? 石柱が勝手に!?」

 その声は誰が発したものだったか。俺は剣を手にしてぼうっとしたまま、倒れていく石柱を眺める。

 次元斬ディバイドは切断力と射程に特化した特技スキルであるため、斬られた瞬間に石柱が倒壊するような効果はない。そのことも考えて少し斜めの角度をつけて剣を振るったのだが、やはり時間差は出てしまうようだった。それが、まるで何もしていないのに石柱が倒れていくように見えたのだろう。

 その光景に、その場にいた全員がどよめいた。

「なんだ今のは!?」
「あの子がやったの?」
「なあ、何か見えたか?」
「カナメ侍祭……?」
「どういうこと……なの……」
「馬鹿な……!」

 そして、堰を切ったように一斉に口を開く。その場にいる四、五十人が同時に喋り始めたのだ。途端に、辺りが騒然となる。

「そこまで!」

 そんな中、一人冷静だったのは審査官だ。彼の瞳からも深い好奇心が見て取れたが、それでも彼は職務に忠実だった。

「両者が必要とした時間は、メルティナ・ノルトハイム殿が百二十秒、カナメ・モリモト殿が三十秒でした。……よって、神々の遊戯(カプリス)の第一演目『カルデウスの剣』はクルシス神殿の勝利とします!」

 その言葉に、クルシス神殿側から歓声が上がる。と言っても、俺を除けばクルシス神殿所属の人間は五人しかいないため、その声は非常に小さいものだった。一方教会の面々はと言えば、信じられないものを見たような顔をして、皆一様に固まっている。

 そんな中で、初めに復活したのはやはりアステリオス枢機卿だった。

「『聖騎士』が負けただと……!? 馬鹿な……!」

 彼は少し青ざめた顔で俺を見ると、怒ったような顔つきでこちらへ歩いてきた。……うわ、なんか関わり合いになりたくない顔をしてるな。走って逃げちゃ駄目だろうか。

「貴様、いったい何をした! 『カルデウスの剣』を三十秒でクリアする人間など、この世にいるはずがない! 貴様は何らかの不正をしている!」

 俺の残念な予想は当たった。この人、なんだかものすごい勢いで怒鳴り散らしてくるなぁ。やっぱり、素直に逃げておけばよかったか。
 俺が自分の選択を後悔していた時だった。横手から声が割り込んでくる。

「何事にも初めてというものは存在しますよ。たまたま、今回がそうだったのでしょうな」

 それはプロメト神殿長だった。どうやら助けに来てくれたらしい。部下の危機に助けに入ってくれる上司ってありがたいな。

「奴は何者だ!? あんなトリックを仕掛けるなど、神々の遊戯(カプリス)に対する冒涜であろう!」

 お前が言うな。そんな言葉を呑みこんで、俺はただにこやかに笑う。ここは神殿長に任せてしまっていいだろう。

「彼はれっきとしたクルシス神殿の神官ですよ。何かお疑いでも?」

 しれっと答える神殿長に、枢機卿は怒り心頭といった様子だった。そんな二人の様子を見ていた俺に、後ろから声がかけられる。

「失礼、カナメ侍祭……でよかったか?」

「なんでしょうか?」

 俺が振り向くと、そこに立っていたのは『聖騎士』メルティナ・ノルトハイムだった。何しにきたんだろう。「私の無敗記録を阻んだ者には死あるのみ!」とかだったら嫌だけど、いくら何でもそれはないよね?

「先程は見事だった。あれだけの石柱を一薙ぎで全壊させるとは、上には上がいるものだ」

 あ、やっぱりいい人だった。素直に負けを認めるなんて、固有職ジョブ持ちにしては珍しいな、俺はひねくれた頭でそんな感想を抱いた。その間にも、彼女は言葉を続ける。

「ところで、初対面で不躾な問いかけであることは承知しているが、もしよければ教えてもらいたい。貴公の固有職ジョブは何なのだ? そして、先ほどの特技スキルは一体……」

 そう聞いてくる彼女に他意はなさそうだった。自分を負かした能力に対する純粋な興味なのだろう。俺は、そこで色々と考えこんだ。

 実を言えば、今回俺が上級職相手に勝利を収めることができたのは、ひとえに相手が聖騎士パラディンだったおかげだ。

 これはいろいろな固有職ジョブを試したことのある俺にしか分からないことだろうが、聖騎士パラディン固有職ジョブは、竜騎士ドラゴンナイト剣匠ソードマスターなどの他の上級職に比べて能力補正が弱い。同じ上級職が範囲攻撃の大技を放ったのに、聖騎士パラディンの射程の方が明らかに短かったのも、技の性質の差はあれ、無関係ではないだろう。

 それでも一般の固有職ジョブに比べればかなりの優位性を持っているが、どうにも中途半端な性能に思えて仕方がないのだ。もしかしたら、聖騎士パラディンには更なる上位職があるのかもしれない。

 だが、それを彼女に包み隠さず教えるほど、俺は人間ができていなかった。

「申し訳ありません、その辺りは秘密にさせて頂ければと。……ただ、誓って不正な手段は用いておりません」

「む、そうか……」

 俺がそう答えると、彼女は心から残念そうな表情を浮かべた。無理に迫ってこない辺りは好感が持てるなぁ。俺がそんなことを考えていた時だった。

「『聖騎士』よ。この重大な局面で敗北した挙句、自らを負かした他宗派の男に媚を売るとは、少し軽率に過ぎるのではないかな」

 俺と話していた『聖騎士』に対して、地の底から響くような声で語りかけてきたのは、もちろんアステリオス枢機卿だった。語調こそ穏やかなものの、その声の調子と内容から、怒りを押し殺しているのは容易に想像できた。

「今回の神々の遊戯(カプリス)で、私が手を抜いたとでも? 此度の『カルデウスの剣』のクリアタイムは、私の最高記録とほぼ同じです。それが私が全力を尽くした何よりの証でしょう。そして、その私の最高記録をこうもあっさり塗り替えられたとあれば、相手を褒め称えるのは当然ではありませんか?」

 だが、『聖騎士』に怯んだ様子は見受けられない。その様子に、俺は内心で拍手を送った。彼女はバルナーク大司教の派閥に所属しているという話だから、あまり枢機卿には遠慮しないのかもしれないな。

「……この件はバルナーク大司教に厳重に抗議させてもらおう」

 枢機卿はそれ以上食い下がることなく、俺たちに背を向けた。その背中を見送りながら、『聖騎士』はぼそっと呟く。

神々の遊戯(カプリス)とは本来、どちらが勝利するか分からないものだ。私の勝ちを見越して、事あるごとに神々の遊戯(カプリス)を仕掛けることについては、これを機に考え直してくれるとよいのだが……」

「そうですね、ただの弱い者いじめになってしまっては本末転倒です」

 俺がそう答えると、彼女は驚いたようだった。どうやら、無意識に声が出ていただけらしい。少し決まりの悪そうな顔をしながら、彼女は口を開いた。

「私が敗北したから言う訳ではないが、バルナーク様は権謀術数の一つとして神々の遊戯(カプリス)を利用することはお好きではない。
 教会派の全てがあの枢機卿のように考えている訳ではないということだけは、貴公にも知っておいてほしい」

 彼女の言葉に俺は黙って頷いた。まあ、バルナーク大司教に対して、あまり陰湿なイメージは持ってないんだけどね。どっちかと言うと力技で粉砕するというか……って、これはガライオス先生のほうか。

「む? 貴公はバルナーク様にお会いしたことがあるのか?」

 そんな話をしていると、突然『聖騎士』が声を上げた。俺が肯定すると、「その時の話を詳しく聞かせてほしい」と真剣な表情で頼み込んでくる。

「あの、『聖騎士』様はバルナーク大司教の側近ですよね? 私に聞かなくても充分ご存知なのではありませんか?」

「……それはそうだが、私がお供していない時のバルナーク様がどんな行動をして、どのようなお話をされているか、気になる」

 そう言うと彼女は頬を赤く染めた。ついでに、ぷいっと俺から視線を外す。

……え? あれ? これってそういうことなの? あのおっさん何やってるの?

 結局、俺が彼女に解放されるまでには、けっこうな時間がかかったのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ