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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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会談

 もはや馴染になりつつある、クルネやその仲間が根城にしている宿屋。その一室で、俺は懐かしい人間と顔を合わせていた。

「カナメ、そんなに懐かしそうな顔をしないでほしいな。最後に会ってからまだ一年少しだよ? それとも、僕の存在感はそれほど薄いのかな」

 顔を合わせるなりそう口にしたのは、このクローディア王国の第十二王子リカルド・ゼノ・クローディアだった。彼は長らく王国南部にあるリビエールの街を本拠としているのだが、何やら王都へ来る用事ができたらしく、こうして久しぶりに顔を合わせることになったのだった。

「そんなことはないが、王都へ来てから色々あったからな」

「まあ、君からの手紙に書いてあった事柄だけでも、大変だっただろうことは分かるよ。……どうやら、それ以外にも色々あったようだしね」

 そう言うと、リカルドは俺の隣にいるクルネの方へ視線を向けた。記憶力のいいリカルドのことだ。隣にいるクルネが、かつて辺境の転職ジョブチェンジ屋にいた店員兼護衛の剣士ソードマンであることは覚えているだろう。そして、彼女の分まで王都行きのチケットは用意できないと言ったことも。

 俺がリカルドに手紙で伝えていた内容は、そう詳細なものではない。岩蜥蜴ロックリザード討伐やベルゼット元副神殿長に関する一件にしても、そこに関与した冒険者の名前や素性までは触れていない。そのため、リカルドが驚くのも無理はなかった。

「……リカルド殿下、お久しぶりです。今は冒険者として王都で活動しております」

 リカルドの視線を受けて、それまで沈黙していたクルネが口を開いた。その言葉を聞いて、リカルドが目を丸くする。

「冒険者としてかい!? ……いやいや、なるほどね。たしかにそれなら王都に滞在することもできるか。君の腕なら冒険者稼業も難しくはないだろうし」

 言いながら、リカルドは一人で納得した様子だった。そして悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「僕も、彼女のように一途で情熱的な女性を妻に娶りたいものだよ」

「え!? わ、私は……」

 リカルドの言葉を受けて、クルネがしどろもどろになる。楽しそうにニヤニヤ笑っているリカルドに対して、俺は言い返してやることにした。

「女性と見れば甘い言葉を囁こうとする人間リカルドとは相性が悪いんじゃないか? 後ろから刺されるぞ」

 そう言うと、リカルドはおどけた表情で肩をすくめるが、その顔にはかすかに苦笑が浮かんでいた。どうやら、多少は心当たりがあるらしい。
 そんな残念王子に対して、俺は声の調子を落として言葉を続けた。

「ところでリカルド、王都へ来た用事ってのは済んだのか?」

「君に会うことも用事の一つなんだけどね……」

 俺の言葉に、少し呆れたような口調でリカルドが返してくる。そして、意味ありげな瞳をこちらへ向けると、薄く笑みを浮かべて口を開いた。

「それに、そんなに他人事のように構えていてもいいのかな? ……リビエールの街で君に頼まれていた案件も関係あるんだけどね」

「頼んでいたこと……?」

 あれ、そんなことあったっけ。王都に着いてから色んなことがありすぎて、何だか記憶が薄まっている気がするな。正直思い出せない。
 そんな俺を助けてくれたのは、隣に座っていたクルネだった。彼女は悩んだ様子もなく口を開く。

「ひょっとして、ジーク君を罠にはめた案内人の関係ですか?」

 彼女の言葉を聞いて、俺はようやくその内容を思い出した。そういえば、シュルト大森林のモンスター異常発生の真相を知っていそうな人物として、リカルドに捜索を頼んでいたんだっけ。
 異常発生の原因を作ったと思われる一団の案内人を勤めていた男。さすがに名前までは思い出せないが、たしかに重要な話だった。

「その通りだよ、クルネさん。……実を言えば、その案内人を見つけ出すのはそう難しくなかった。だが、彼の裏に何者がついているか分からなかったからね。あくまで監視するに留めていたんだが、今回彼に動きがあってね」

「動き?」

「彼は今、この王都に来ている。だが普通に考えて、一介の辺境案内人が王都に来る用事などあるはずがない」

「ただの物見遊山の可能性は?」

「今、辺境は少し賑やかになっていてね。彼ら辺境案内人にとって今は稼ぎ時なのさ。そのタイミングでわざわざ王都へ出かけるというのは、あまりにも不自然だ」

 辺境が賑やか、という言葉に俺とクルネがぴくりと反応した。だが、それも気になるが、まずはその案内人の目的だ。正直なところ、あんまりいい予感はしないな。同じことを考えたのか、クルネが少し固い顔で口を開く。

「それで、今あの男はどうしているのですか?」

「王都の外周の外れにある安宿に泊まったきり、動きは見せていないな。せいぜいが近場の店を見物する程度だ」

「そうですか……」

 クルネはほっとしたような、残念なような表情を浮かべた。たぶん俺にも同じような表情が浮かんでいることだろう。動きがないのはありがたいが、目的が分からないのは不安で仕方がない。けどまあ、ここで男を問い詰めても仕方ないしなぁ。

「とりあえず、動き出すまでは待つしかないな。……ところでリカルド、さっきの話で気になったんだが、辺境が賑やかだというのはどういうことだ?」

 俺が話題を変えると、クルネも頷いて身を乗り出した。辺境に半年しか住んでいなかった俺でも気になるのだから、十七年間そこで暮らしていた彼女からすれば、気になるのは当然だった。

「いや、大したことじゃないんだけどね。このところ、辺境に興味を持つ人間が増えているんだよ。誰かさんたちの活躍で、辺境に棲息している貴重なモンスター素材が出回ったことが原因ではあるんだが……」

 リカルドの言葉には心当たりがあった。俺たちが地竜アースドラゴンを倒した時のことだろう。あの時売った銀毛狼シルバーウルフの素材なんかは、かなりの高値で売れたらしいからな。
その関係で行商人あたりが辺境を訪れる頻度が上昇した頃は、俺もまだルノール村にいたし、そのあたりは理解できる。けど、一過性のものとしていずれ鎮静化すると思っていたんだけどな。

「その後も定期的に辺境産のモンスター素材が市場に供給されたため、リビエール辺りの大商会も動き出してね。大きな隊商が来るようになっただけでも劇的な変化だけど、それに伴って辺境に留まる者も出始めたんだ」

 リカルドの言葉は、俺にとって意外なものだった。こう言ってはなんだが、辺境は危険だし、王都では蛮族みたいな扱いを受けるしで、あまり人が住みたがる土地ではないように思うんだけどな。

「辺境が忌避される最大の理由がモンスターの襲撃だが、このところモンスターによる大規模な被害は確認されていない」

 その言葉を聞いて、隣のクルネが嬉しそうな顔をする。冒険者として王都へ来ているものの、やはり辺境の治安は心配なのだろう。固有職ジョブ持ちとして辺境の防衛戦力の一角を担っていた彼女ならなおのことだ。
 そんなことを考えていた俺は、リカルドの次の言葉に目を点にした。

「これについては『辺境の守護者』の活躍が大きいね。シュルト大森林で鷲獅子グリフォンを手懐けた彼は、その機動力で辺境を縦横無尽に駆け回っているらしい」

「……誰だそれ」

「ねえカナメ、それって……」

 思わず俺は半眼になった。いや、何となく想像はついてるんだけどね。クルネと二人で微妙な表情を浮かべながら、俺たちはリカルドの言葉を待つ。

鷲獅子グリフォンに乗った筋骨隆々の偉丈夫が空を舞う姿は、すでに何人もの吟遊詩人が歌にしているくらいさ」

……やっぱりラウルスさんだったか。俺はクルネと視線を交わすと、お互い納得したように頷いた。鷲獅子グリフォンってたしかA級モンスターだったよな? ラウルスさん、なに手懐けちゃってるんですか……

 戦士ウォリアーたるラウルスさんが機動力を得たなら、辺境の安全性はたしかに向上するだろうなぁ。あの人の安心感って半端ないし。
 それにしても、ラウルスさん二つ名持ちになったのかー。しかも『辺境の守護者』て。似合いすぎだろ! いや、いっそ『守護神』とかでもいい気がしてきたな。

 そんなことを口にすると、リカルドが楽しそうに笑いながら口を開く。

「カナメ、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の君がそれを言うのかい? 君がそれを公言すれば、ネームバリューはそれどころじゃすまないよ?」

 その内容は俺もすっかり忘れていたものだった。だが、俺は肩をすくめて答える。

「あれは俺だけの力じゃないし、名乗るつもりもないさ」

 名乗ったところで、今の俺にはあまりメリットがない気がするしな。むしろ、竜信仰のルコルあたりに嫌われそうな気さえする。
 それより、と俺は話題を元に戻した。

「辺境の安全性が増したのは分かった。けど、それだけで賑やかになるものか?」

「隊商が定期的に行き来をするようになって、人外の魔境じゃないってことが分かったんだろうね。商会の手の者が連絡役として残っていたり、シュルト大森林の植物やモンスター素材を狙う腕に自信のある人間が増え始めたりね。それに、王国南部でモンスターの襲撃に遭った人の中には、辺境の方が安全だと思って移ってくる者もいるようだ」

 ああ、王国南部なんてリビエールの街クラスでもない限り、王国から討伐軍なんて出してもらえないだろうからなぁ。それなら危険でも防衛戦力のある辺境の方がマシということだろうか。いろんなことを考える人がいるものだ。

「まあ、そんな訳でね。ちょっと辺境は賑やかなんだよ」

 リカルドは朗らかに笑った。抜け目のないリカルドのことだ、それに伴って人脈を広げたりコネを作ったりするくらいはしているだろう。そんな目でリカルドを見ていると、やがて彼は真面目な顔をした。

「……ところでカナメ、君の方はどうなんだい? クルシス神殿に転職ジョブチェンジ能力を明かしたところまでは手紙で読んだが」

 その表情からすると、やっぱりこれが本題なんだろうな。俺はリカルドに合わせて、真面目な表情で言葉を返す。

「どうやら神殿長会議は上手く運んだらしい。転職ジョブチェンジ事業は、神殿派公認事業の扱いになるようだな」

「そうか……」

 リカルドはほっとしたように息を吐きだした。だが、すぐにその顔を引き締める。

「それで、教会とはどうなっているんだ?」

 やはり気になるのはそこだろう。だが、俺は首を横に振った。

「まだだ。近々うちのトップが教会に話を通しに行くらしいが、平和に話がまとまるとは思えない、というのがクルシス神殿の見方だな」

「上手くいってほしいものだね……」

 そう言うと、リカルドは手元に視線を落とした。そんな彼の表情を見て、俺はふとあることを思い出した。

「そうだ、リカルドに聞きたいことがあるんだが」

「なんだい?」

「リカルドとアイゼン第四王子の関係は良好か?」

 それはリカルドにとって予想外の質問であるようだった。彼は一瞬きょとん、とした後問いに答える。

「悪くはないかな。アイゼン兄さんは合理主義なところがあるから、家柄を重視する貴族たちとはウマが合わないようだけど、その分能力を認めた人間には好意的だよ」

 ということは、リカルドもアイゼン王子に認められた人間だということか。

「僕の場合は様子見、といったところだろうな。多少は評価してくれているだろうが、なんせ僕には功績を上げる機会がないからね。……大臣たちの狙い通りに」

「じゃあ、多少は役に立てるかもしれないぞ」

 俺は、リカルドが自嘲するのに重ねて口を開いた。この手の話になると、リカルドはどうしても自虐的になるからな。それを見るのはなんだか辛かった。

「どういう意味だい? まさか、君はアイゼン兄さんと付き合いがあるのか?」

「いや、これからできるかもしれない」

 俺のはぐらかすような回答に、問い掛けるようなリカルドの視線が向けられた。それを受けて、俺は言葉を追加する。

「アイゼン王子の配下の騎士に固有職ジョブの資質持ちがいる」

 リカルドはそれだけで察したようだった。納得したように頷く。

「その騎士を転職ジョブチェンジさせて兄さんに恩を売るんだね。そして、そこで僕の名前も出してくれると」

「そのつもりだよ。……もしリカルドとアイゼン王子の仲が悪ければ諦めるつもりだったけど、そうじゃなくてよかった」

 俺がそう言うと、リカルドは嬉しそうに笑った。

「アイゼン兄さんと仲良くしておいてよかったよ。それに、君が僕の立場を気にしてくれていることも分かったしね……後は、教会との話が揉めないことを祈るよ」

「それは俺も同感だ」

 たぶん無理だろうけどな。そんな、喉まで出かけた言葉を呑みこんで俺は頷いた。どう転ぶか分からない話だ。意味もなく不安にさせても仕方ないだろう俺は、数日後に行われる教会との会談に思いを馳せる。

――神殿長、ミレニア司祭、頑張ってくださいね。

 俺は心の中でそう呟いたのだった。



―――――――――――――――――――――



 クローディア王国の王都ノルヴィスには、教会派の中でも有数の規模を誇る本教会が存在する。現在は国力が衰えてきているものの、かつては大陸で栄華を誇っていた頃に建造されたこの教会は、かなりの威容を誇っていた。

「こんにちは、ようこそノルヴィス教会へいらっしゃいました。本日はどのような用件でお出ででしょうか?」

 教会の内部へ入るなり、案内担当であろう女性が声をかけてくる。ミレニアはクルシス神の聖印を切ると、用件を口にした。

「クルシス神殿の筆頭司祭ミレニア・ノクトフォールと申します。神殿長のプロメト共々、アステリオス枢機卿と面会のお約束を頂いているのですが」

「そ、そうでしたか……少々、お待ちください」

 案内役の女性が動揺したのは、面会相手がこの教会の序列第二位だからだろうか。もしかすると、ミレニア自身の役職と見た目の差異に驚いただけかもしれないが、なんにせよ取り次いでもらえるのであれば問題ない。

 やがて、少し年かさの男性がこちらへ向かってくるのが見えた。

「お待ちしておりました。私がご案内させていただきます」

 そう言う彼に続いて、ミレニアたちは教会の内部を進む。非常に大きな建物であるにも関わらず、隅々まで掃除が行き届いていることにミレニアは感心した。あの高い天井はどうやって拭いているのかしら、などと現実的なことを考える。

 やがて通されたのは、造りの良さそうな応接室だった。少なくとも、クルシス神殿で一番格の高い応接室と同等だろう。設置されている調度品を見ても、華美ではないがよい品が揃っていることは間違いなかった。

「おお、お待たせしてしまいましたかな」

 ミレニアが室内を眺めていると、ノックの音と共に初老の男性が入ってきた。彼の名はアステリオス・ラファール・オーディストン。この本教会の枢機卿の一人であり、その権力はバルナーク大司教に次ぐ実力者だ。
 教会派でも有数の名家の出であり、王国貴族との縁も深いと聞く。年齢は六十近いはずだが、その目に年老いた雰囲気は見られなかった。

「わざわざプロメト神殿長がお出でとあれば、本来は大司教がお相手するべきなのしょうが、案件の内容が内容ですからな。本件については、私が対応させて頂くことをお許しください」

 そう言うと、アステリオス枢機卿は向かいのソファに腰を下ろした。ミレニアもプロメトも、彼の言葉に異を唱えるつもりはない。なぜなら、彼こそが教会の転職ジョブチェンジ事業における最高責任者だからだ。

 教会が擁している『聖女』は五人。そのうち三人はバルナーク大司教の派閥に属しているが、残り二人はこのアステリオス枢機卿の派閥だ。そして、その二人のうちの一人こそが、転職ジョブチェンジの能力を持つ『聖女』だった。

「さて、早速本題に入りたいのですが……。プロメト神殿長、頂いた書簡によれば、クルシス神殿は新たに転職ジョブチェンジ事業を開始するとのこと。そのことに間違いはありませんな?」

 枢機卿が用件を切り出すと、突如として応接室の空気が変わった。一見すると柔和そうな笑みを浮かべているが、表情とは無関係に威圧感を与えられる人物のようだった。これが教会派のナンバー2か、とミレニアは納得した。

「間違いありません」

 だが、それを言うならプロメト神殿長はクルシス神殿のトップだ。彼はその程度の威圧感など全く気にしていない様子で、相変わらず淡々と言葉を発する。

「左様ですか……。それでは、具体的な事業計画を伺ってもよろしいかな? 例えば対象者や頻度、対価についてはどのようにお考えで?」

 枢機卿は早々に核心に触れるつもりのようだった。まずは前哨戦として、もっと迂遠な腹の探り合いが始まるのかと思っていたミレニアは少し意外に思った。

「対象者は希望者の全て、頻度は毎日。対価について詳細は決めておりませんが、一般人でも数年から十年もあれば支払える程度の金額をお布施として頂戴するつもりです」

 その言葉を聞いて、アステリオス枢機卿の表情が少し険しくなる。教会のスタンスとあまりにもかけ離れているからだろうか。彼は言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

「……私たちは、教会に多大な貢献を行った者に限定して、転職ジョブチェンジの儀式を執り行っています。また、お布施についてもそれなりの金額を頂いております」

「存じております」

 それは有名な話だ。転職ジョブチェンジの儀式を受けること自体が栄誉なことであり、もはや転職ジョブチェンジの成功や失敗など二の次であると、そんな雰囲気を作り上げていることもミレニアは知っている。

 通常なら人心が離れてもよさそうなものだが、こと転職ジョブチェンジにおいては、稀に成功する者がいれば充分なのだ。固有職ジョブが圧倒的な価値を誇るこの社会では、ゼロと一の差はあまりにも大きい。希望という名の果実をぶら下げられた人々は、その低い成功率を知りながらも決して諦めることはない。

「私たちがそのような設定を行っているのは、巷で口さがない者たちが言うような、利潤目的などでは決してありません。
 この社会において、固有職ジョブの価値は非常に大きい。そして、現在の固有職ジョブ持ちの人口比を前提とした統治体制が確立されている以上、むやみに人々を転職ジョブチェンジさせることは社会の混乱を招くでしょう。それを避けるための苦渋の決断なのですよ。
 条件をここまで厳しくしておけば、社会に混乱を与えるほど転職ジョブチェンジ者は発生しないでしょうからな」

「なるほど、勉強になりますな。……ところで、それならば教会に多大な貢献を行った者、という絞込みだけで充分であるように思えるのですが、お布施を高額にしたことにはどのような意味があるのでしょうか?」

 それはアステリオス枢機卿からすれば嫌な質問だろう。だが、彼は顔色一つ変えずに答えを返す。

「おお、その疑問はごもっともですな。神殿長がおっしゃる通り、教会の絞込みで対象者を限定することは可能です。ですが、『教会に多大な貢献を行った者』については、ありがたいことに大勢の候補者がいらっしゃいます。
 その中で、さらに対象者の基準を引き上げていくことになれば、『これだけ貢献しても教会に認められないのか』と候補から洩れた方が不満を持つこともあるでしょう。そう捉えられてしまうのは本意ではありません。
 そこで『対象者としては選定可能だが金銭的に転職ジョブチェンジは難しい』という落としどころを設定したのですよ」

 あくまで、私たちの目的は過剰に転職ジョブチェンジ者を発生させないことにあるのですから、と付け加えて枢機卿は口を閉じた。

「……それでは、転職ジョブチェンジの儀式が最低でも数日空けて行われているのもそういった事情でしょうか?」

 プロメト神殿長がそう尋ねると、枢機卿は少しだけ不思議そうな顔をした。その表情を見てミレニアは首を傾げる。

転職ジョブチェンジの儀式は神聖なものです。そう頻繁に行うべきではないでしょう。先程申し上げた、転職ジョブチェンジ者の制限にも一役買っていますしな。……さて」

 そう言うと、枢機卿は鋭い視線をプロメト神殿長へ向ける。

「プロメト神殿長ほどの方であれば、私がここまで転職ジョブチェンジの儀式の内情をお話しした理由についても察しがついていることでしょう」

「……」

 プロメト神殿長は何も答えない。それを見て、枢機卿はさらに言葉を続ける。

「いいでしょう、あえて私の口から申し上げましょうか。
――プロメト神殿長。クルシス神殿の転職ジョブチェンジ事業については、我々と同じ基準で執り行ってもらいたい。希望者全員を、安価な金額で転職ジョブチェンジさせるべきではない」

……ああ、やっぱりこうなったか。それがミレニアの正直な感想だった。事業の撤回を求められなかっただけマシというものだろうか。彼女がそう考えている間にも、プロメトが口を開く。

「それは、固有職ジョブ持ちの増加からくる社会不安等を懸念しての忠告と、そう理解してよろしいか?」

「無論だ」

 嘘をつけ、とミレニアは胸中で叫んだ。彼らが転職ジョブチェンジの儀式で得ている利潤は相当な額に上る。社会不安への懸念もあるだろうが、その主目的がどちらにあるかは怪しいものだった。

「実のところを申し上げますと、枢機卿がおっしゃる社会不安については神殿長会議でも話題になりましてね」

 その言葉を聞いて、枢機卿の表情がぴくりと動く。

固有職ジョブ持ちが増加することは、人種族の勢力の拡大や、モンスターに対する村々の防衛力の向上に直結すると考えています。
 たしかに、固有職ジョブ持ちを集めて戦力の要にしていた王国や貴族にとっては、体制の変更を強いられることになるでしょう。ですが、私たちにとって重要なことは、何が人々の利益になるか、ということです。為政者の都合に合わせて、人々の利益を損ねる必要はないと判断します」

「……それは、神殿派の総意かね?」

「ええ、その通りです」

 プロメトの返答に、枢機卿は押し黙った。厳密に言えば神殿派内で細かい意見のすり合わせを行った訳ではないが、すでに転職ジョブチェンジ事業はクルシス神殿へ一任されている。そうである以上、彼の言葉は神殿派の総意と言っても差し支えなかった。
 そして、いくら教会の序列第二位とはいえ、彼が単独で、神殿派全体に対して横槍を入れるのは難しい話だった。

「……転職ジョブチェンジが一般的なものになれば、転職ジョブチェンジできる者とそうでない者の間に不平等が生じる。それは人々の中に不和の種を蒔くだろう」

 今まで転職ジョブチェンジ事業で荒稼ぎしていた人間がよく言うわね、とミレニアは呆れた。とはいえ、そのあたりを追及しても「規模が違う」と強弁されるのは目に見えている。

「枢機卿のおっしゃる平等とは、誰に向けた言葉でしょうか? たしかに、固有職ジョブの資質を持たない人々からすれば、誰も転職ジョブチェンジできない世界は平等なのかもしれません。
 ですがそれは、固有職ジョブの資質を持つ人々からすれば、本来持っている能力を発揮することが許されない不平等な世界でもあります。持って生まれた知性や家柄を発揮することは肯定されるのに、固有職ジョブの資質だけが許されないのはおかしな話ではありませんか?」

 その言葉に、枢機卿は再度黙り込んだ。そして、じろりとプロメトを睨みつける。

「つまり、クルシス神殿は教会の忠告を無視するという訳ですな」

「ご忠告をくださったことは感謝しております。ですが、クルシス神殿の転職ジョブチェンジ事業については先ほどお話しした通りです。内容の変更はありません」

 枢機卿の怒気を孕んだ声を受けて、プロメトはきっぱりと答えた。その返答に、枢機卿の表情が一段と険しくなる。
 だが、そもそもクルシス神殿が教会へ挨拶に来たのは、先駆者に対する配慮に過ぎない。彼らに転職ジョブチェンジ事業のやり方を非難される謂われはないのだ。

 ミレニアがそんなことを考えていた時だった。突然、アステリオス枢機卿がソファから立ち上がった。このまま退室してくれるのだろうか。そう呑気なことを考えていた彼女は、枢機卿が発した言葉に凍りついたのだった。



「ノルヴィス本教会は、クルシス神殿に神々の遊戯(カプリス)を申し入れる」
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