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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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下準備

「……ん? なんやあの子」

 神学校での授業も終わり、コルネリオが珍しくまっすぐ寮へ帰ってくると、入り口で寮の女性管理人と少女が揉めているのが目に入った。

「……そういった質問には答えられません」

「そんな! 手紙だってもらってたし、ここに住んでいるのは間違いないんです!」

 その様子を見て、コルネリオは少女に同情した。彼女が話している相手は、この寮管理人の中でも一番融通がきかない堅物だ。
 悪い人物ではないのだが、その融通のきかなさと説教の多さから苦手とする寮生は少なくない。

「それでもです。私には寮生の安全を守る義務があります」

「そうですか……」

 きっぱりと断られて、少女はしゅんとしたように視線を落とした。そして諦めたように振り返ると、ちょうどそれを見ていたコルネリオと目が合う。

「おお……」

 正面から少女の顔を見たコルネリオは、思わず声を上げた。紅玉ルビーのような瞳にすっと通った鼻梁、形のいい唇、そして均整の取れた手足と、彼女は王都でもなかなかお目にかかれないような美少女だったのだ。

 彼女はコルネリオの様子を少し訝しんだ様子だったが、やがて彼に笑顔を向けて話しかけた。

「こんにちは! すみません、一つ聞きたいことがあ――」

「なんでも聞いてくれや! ついでにお嬢さん、君の名前も聞かせてくれへんか?」

 思いがけない向こうからのコンタクトに、コルネリオは勢い込んだ。こんな美少女に話しかけられるのであれば、早い帰宅も悪くない。いや、むしろ非常によい。
 そんな事を考えながら、コルネリオは彼女の言葉を待った。

「あ、私はクルネ、クルネ・ロゼスタールです。……この寮にカナメ・モリモトという人が住んでると思うんですけど、ご存知ありませんか?」

 クルネと名乗った少女の言葉に、コルネリオは一瞬固まった。またか。またこの展開なのか。コルネリオは世の理不尽さを呪った。

「おのれカナメぇぇぇぇぇ!」

 寮中に、コルネリオの叫び声が響いた。



――――――――――――――――



「もう、まさか二人ともいないなんて……」

 クルネは公園のベンチに腰掛けると、空を見上げながら一人呟いた。

 王都に着いて、真っ先に訪れたのはカナメの住んでいる寮だ。だが、寮では彼に会えるどころか、そこに住んでいるかどうかも教えてもらえない始末だった。

 偶然通りかかった青年がカナメの知り合いだったため、彼に伝言を託してその場を去ったのだが、その次に訪れた幼馴染のミルティも、これまた留守だと同居人の少女に聞かされたのが先程の話だった。

「……そうだ、先に宿を決めちゃおうかな」

 誰にともなく呟くと、クルネはベンチから立ち上がった。すると、そこへ見覚えのある人影が現れる。

「……クルネ。探していた」

 現れたのは、つい数刻前までパーティーを組んでいた仲間の一人だ。王都に着くまでの臨時パーティーだったとはいえ、クルネが辺境から王都へ来るまでの半年間を一緒に過ごした仲であり、寡黙な性質ではあるが信頼できる人物だった。

 だが、彼女を引き留めようとするリーダーと違って、彼はクルネがパーティーを抜けることに理解を示してくれていた。その彼がなぜ自分を探していたのか、クルネには今一つピンとこなかった。

「グラム、どうしたの?」

 クルネはそう言うとグラムの方へ歩み寄った。彼はなかなかの巨漢であり、クルネと並ぶとその厚みが余計に目立って見えた。

「……ある依頼を一緒に受けてほしい。冒険者ギルドへ、来てくれないか」

「冒険者ギルドへ?」

 グラムの答えは、クルネにとって少し意外だった。 

 この世界には、冒険者ギルドと呼ばれる組織がある。……いや、あったという方が正しいかもしれない。元々は、モンスター退治や護衛、遺跡の発掘などを行う『冒険者』を支援するために発生した組織だと言われている。

 だが、固有職ジョブ持ちを貴族たちが召し抱えるようになって以来、モンスターを確実に屠ることができるような冒険者は激減した。もちろん『村人』の中にも冒険者を志した者は多くいたが、ただの『村人』がそう簡単にモンスターを倒せるわけもなく、冒険者の死亡率は跳ね上がった。

 結果として、そんな危険を冒してまで冒険者になろうという者は少なくなり、気が付けば冒険者ギルドは街の片隅にひっそりと、小さな町や村では宿屋や居酒屋の軒を借りて肩身の狭い思いをしながら、なんとか存在する零細組織になってしまっているのだった。

 そんな冒険者ギルドに、クルネの助力を必要とする依頼が舞い込むようには思えない。

「……今日、師匠に会ってきた」

 グラムは突然、まったく関係のなさそうな話を始めた。だが、彼はこの場面で的外れな事を口にするような人物ではない。それをよく知っているクルネは、黙って言葉の続きを待った。

「その時に、協力を依頼された」

「協力って?」

 グラムが師と仰ぐ人は、たしか神学校で武術を教えていたはずだ。彼が持つ特技スキル衝撃強化グレートインパクトもその人から習得したのだという話を、クルネは思い出した。

「二十日後に、北の村を占拠した岩蜥蜴ロックリザード石蜥蜴ストーンリザードの群れを殲滅するらしい」

 その話を聞いてクルネは驚いた。岩蜥蜴ロックリザードといえば、鱗の固さと石化の魔眼が厄介なことで有名なモンスターだ。
 剣士ソードマンたるクルネにとっては、石化さえ気を付ければ充分倒せるレベルだったが、そこに石蜥蜴ストーンリザードが集団でいるとなるとさすがに厳しいものがある。
 固有職ジョブ持ちの存在を前提としていなければ、あり得ないような討伐計画だった。

「依頼主は教会だが、討伐隊の指揮権は師匠が持っている。……治癒師ヒーラーが派遣されるそうだ」

 その言葉に、クルネは少し納得した。治癒師ヒーラーがいるのであれば、最悪の事態になる可能性は低いだろう。
 ただ、それにしても討伐隊の火力が低すぎるように思えたが、グラムのお師匠様はそんなに強いのだろうか。口には出さないものの、そんな疑問がクルネの脳裏をよぎった。

「弟子として、そして神学校の卒業生として、俺は師匠の力になりたい」

 グラムの瞳には決意の色があった。

 現実的に考えれば、彼らのパーティーと治癒師ヒーラーを含んだ討伐隊は、それだけで岩蜥蜴ロックリザードたちを殲滅できる可能性を持っている。

 だが、それはある程度の犠牲者を前提としての話だ。全員が特技スキル持ちの『村人』という異色のパーティーである彼らについては、よもや死ぬことはないだろうが、一般人に被害が出ることは想像に難くなかった。

 彼は、責任者たる師匠のためにも被害を軽くしたいのだろう。治癒師ヒーラーの能力にもよるが、クルネがアタッカーとして参戦すれば、おそらく被害は最小限で済むはずだった。

「うん、分かった。……グラム、もうしばらくの間よろしくね」

「……感謝する」

 そう言って歩き始めたグラムに向かって、クルネはふと気になったことを尋ねた。

「ねえグラム、あなたのお師匠様から頼まれたのなら、別に冒険者ギルドに行く必要はないんじゃないの?」

「アルミードがこだわっている」

「あー……」

 その一言で、クルネは大体のところを察していた。とかく冒険者の地位を向上させようと躍起になっているパーティーのリーダーは、たまに妙なこだわりを見せることがある。

 おそらく、「冒険者として依頼を受けるから、お師匠様に冒険者ギルドへ依頼を出すよう言ってくれ」とでも言ったのだろう。

 だが、あまり難しいことは分からないが、教会が主導するモンスター討伐であるからには、あまり大っぴらに冒険者ギルドで人を集めるわけにはいかないのではないか。
 そんなクルネの考えを読んだのか、グラムは口を開いた。

「……大丈夫だ。俺たち専用の依頼にしてもらった。他の人間の目には触れさせない」

 どうやら、そのあたりにも気を回していたようだ。クルネは納得したように頷くと、彼の後に続いた。



――――――――――――――――



「え……!? カナメ君も参加するんですか……?」

「と言っても後詰でしかないから、前線とは無縁だろうけどね」

「それでも嬉しいです……」

 討伐隊へ参加することが決まった翌朝。俺は、挨拶がてらミュスカに討伐遠征に参加する事を伝えていた。その言葉を聞いて、彼女が嬉しそうに微笑む。だが、その表情はまたふっと曇った。

 そう、ここ数日の彼女はずっと沈んだ表情をしているのだ。その理由が分からず、俺たち特待生組も、またミュスカ親衛隊も戸惑っていたのだが、遠征の話を聞いた今なら分かる。彼女は遠征のプレッシャーに押し潰されそうになっているのだろう。

 遠征まではあと二十日近くある。このままでは、それまでに彼女がストレスで参ってしまう可能性もあった。

「……遠征の旗印って大変だな」

 ミュスカは元々が引っ込み思案なため、あまり人に相談したり愚痴をこぼすことがない。そのため、ストレスを抱え込みやすい傾向にあるのは明らかだった。
 せめて愚痴の一つも吐き出せば、根本的な解決にはならなくても多少は気が晴れるかもしれない。そう思って、俺は話題を振ってみることにした。

「そんなことありません……その、名誉なことですし」

 ミュスカははっとしたように俺の顔を見たが、やがて目を伏せてそう答えた。その様子は、どう考えても嬉しそうには見えない。

「たしかに名誉なことだと思うよ。……けど、名誉なことでも、大変なことに変わりはないんじゃないか? むしろ、大変な役だからこそ、名誉が与えられるんだと思うぞ。大変だと思うことが悪いわけじゃない」

「そう……でしょうか」

 ミュスカは俺の言葉をしばらく反芻していたようだった。やがて、ぽつぽつと話し始める。

 どうやら、真面目で引っ込み思案なミュスカは、討伐隊に自分しか固有職ジョブ持ちがいないことで、相当なプレッシャーを感じているようだった。

 ろくに実戦に出たこともない少女が、いきなりモンスター殲滅戦などという戦場に担ぎ出されるのだ。しかもただのお飾りではなく、彼女には治癒師ヒーラーとして活躍し、戦いを勝利に導くことが期待されている。プレッシャーを感じるな、という方が無茶な話だろう。

 そんな、いくつかの不安を口に出したミュスカは、多少気が楽になったように見えた。だが、表情が暗いことに変わりはない。思考に空白時間があれば、すぐに遠征の不安が襲ってくるのだろう。
 かといって真面目なミュスカは「遠征以外のことを考えるなんて無責任だ」と考えているフシがあるため、現実逃避することもできそうにない。

「……ミュスカ、討伐対象の岩蜥蜴ロックリザードってどんなのか知ってる?」

 質問の内容が遠征に関わる事だったためか、彼女は一瞬身を震わせた。

「調べた感じでは、鱗が固くて、石化の魔眼があるって……」

「石化の魔眼か……。ミュスカは石化解除アンチストーンは使えるの?」

 これは質問としては意味のないものだった。なぜなら俺は、ガライオス先生から彼女が石化解除アンチストーンを使えることを聞いていたからだ。だが、重要なのは質問への答えではない。自分に対して肯定的なイメージを持つことだ。

「はい……。村の近くに、バジリスクの小さいのがたまに入り込んでくるんです。……だから、逃げ遅れた人たちが石化したのをよく治していました……」

 ……え。ミュスカの村ってかなりヤバいところなんじゃないのか。彼女はさらっと言ってたけど、バジリスクがたまに入り込んでくる村ってどうなんだ。よく村として体を成してたな。

「けど、中には石化したまま、身体を砕かれてしまった人もいて……」

 彼女はその当時の事を思い出したのか、さらに沈鬱な表情になった。……しまったな。彼女の気持ちを前向きに持っていくつもりが、なんだかトラウマを思い出させてしまった。大失敗だ。

「辛いことを思い出させてすまない……。ちなみに、石化防護レジストストーンは使えるかい?」

 こうなったら次の手だ。俺の質問を聞いて、ミュスカは残念そうに首を横に振った。……よし、これでいってみよう。俺は、彼女に一つ提案をすることにした。

「俺の知人に魔法を研究している人がいるんだが、もしよかったら石化防護レジストストーンが習得できないか相談してみないか?」

 石化防護レジストストーンとは、その名の通り石化の魔力から身を護る防護魔法だ。どうしても後手に回ってしまう石化解除アンチストーンより戦略的な価値は高い。

 ミルティの話では、魔術師マジシャン治癒師ヒーラーも得意分野がはっきりしているだけで、その魔法は同じ理論で説明できるのだという。それなら、ミルティに聞いてみるのも悪くないだろう。

 勿論そう簡単に習得できるものではないだろうが、俺の目的はあくまで「遠征の不安感の忘却」だ。究極的には遠征の下準備であることに違いはないが、遠征の不安に脅えるよりは、魔法の習得に励んでいたほうがまだマシな精神状態を保てるはずだ。

「そんな方がいらっしゃるんですか……!」

 どうやら、今度は賭けに勝ったようだった。ミュスカの瞳に少しだけ輝きが見える。俺が頷くと、彼女はどことなく嬉しそうだった。






 討伐遠征まであと十五日を切った頃。俺はミュスカにミルティを紹介するべく、まずミルティと落ち合っていた。
 放課後だし、ミュスカと一緒に来てもよかったんだけど、そうすると親衛隊がうるさくて仕方がないからな。ミュスカも適度なところで親衛隊をまいて来る予定だった。

「結局カナメさんも遠征に行くのね。ちょっと心配……」

「大丈夫、ただの後詰だって」

 そもそもの前段として、ミルティに俺の遠征参加を伝えていた時だった。突然、聞き覚えのある声が後ろからかけられた。

「あ! カナメ!」

「……え?」

 振り返ると、そこには懐かしい少女が立っていた。赤みのかかった金髪が夕日に映える。その表情は、相変わらず生き生きとしていて魅力的だった。

「クルネ!?」

 俺が驚いたように声を上げると、クルネはこちらへ駆け寄ってきた。だが、俺まで三、四歩の距離まで近づいたところで急ブレーキをかける。
 ……なんだか微妙な距離だな。転職ジョブチェンジ屋を一緒にやっていた頃よりも遠いような気がする。あれかな、パーソナルスペースが広がったのかな。

 そんなことを考えている間にも、クルネの表情がなんだか複雑なものに変わっていく。その視線の先にいるのはミルティだ。
 なんだろう、幼馴染かどうか悩んでいるのだろうか。ミルティは五、六年前にルノール村から出てきたって話だし、見分けがつかなくても仕方がないか。

「ひょっとして……クーちゃん?」

「え……!? ミルティなの!?」

 どうやら、俺が紹介する必要はなさそうだった。というか、俺がさっきクルネの名前を呼んだしな。少なくともミルティの方は気付くか。

「クーちゃん、綺麗になったね……!」

「ミルティこそ、美人になっててびっくりしたわ」

 二人が手を取り合って再会を喜ぶ。……なんだか変な空間が発生してしまったな。居場所がなさすぎてつらいのはどうしたらいいんだろう。
 しかも、美少女二人がきゃいきゃい楽しそうに騒いでいる図はどうにも目立つようで、通行人の視線がこちらへ集中していた。

「それにしても、クルネが王都に来るとは思わなかったな。どうしたんだ?」

 ようやく二人の語らいが一段落ついたと見て、俺は会話に口を挟むことにした。

「冒険者として活動しながら、この王都まで来たのよ」

 クルネは嬉しそうに答える。その答えを聞いて、俺は改めて彼女を観察した。たしかに、彼女の格好はルノール村にいる時よりも冒険者風の装いに見えた。

 腰に佩いた剣はそのままのようだが、皮鎧は金属製の部分鎧に変わっており、マントの隠しからもそれっぽい小物が顔を覗かせていた。

「おじさんもおばさんも、よく許してくれたわね」

固有職ジョブ持ちになった以上、身の安全は守れるもの。もし剣士ソードマンになれていなかったら、私がどれだけ頼んでもダメだったと思うわ」

 ミルティの質問に答えると、クルネは今度は自分の番、とばかりに口を開いた。

「ところで、二人はこんなとこで何してるの?」

「人を待ってるんだ。ちょっとミルティに会わせたくてさ」

 その言葉に、クルネは少し驚いたようだった。だが、彼女が口を開くよりも早く、別の声が割り込んできた。

「クルネ!」

 俺が声のした方を振り向くと、そこには五人の男女が立っていた。クルネと似たような、つまり冒険者風の装備を身に纏っている。
 その様子とクルネに対する呼びかけからすると、彼女とパーティーを組んでいるメンバーかもしれない。もしそうなら、ちゃんと挨拶しておかないとな。

 そんなことを考えていた俺だったが、クルネに声をかけた男は、あまり友好的な態度をとる気分ではないようだった。

「彼かい? 君が探してたのは」

 そう言って俺をねめつけるように眺めまわすと、男は演技がかった様子で首を振った。

「君というものがありながら、平気で他の女性を侍らせているなんて、男の風上にも置けないやつだ! さあクルネ、これで答えは出ただろう? また僕たちとパーティーを組もうじゃないか!」

 男は、クルネに向かっていきなり熱弁を振るい始めた。……うわ、なんだこいつ。面倒くさいな。それが、俺の偽らざる心情だった。

 そんな心の裡が出ないように気を付けながら、俺は男を観察した。おそらく二十歳は越えているだろう、なかなかの美形で、少し長めの金髪がよく似合っている。
 剣以外の武器が見当たらないことからすると、おそらく剣士なのだろう。だが、能力を使って確認した感じでは、彼の固有職ジョブは『村人』のようだった。

「べ、別に私は――」

「僕と一緒にいた方が、君はきっと幸せになれる!」

 そう言うと、男はクルネに向かって両腕を広げた。それも、まるで背景に薔薇でも背負っていそうな爽やかな笑顔で。
 ひょっとしてクルネはこういう感じが好きなんだろうか。そう思って彼女の方へ視線をやると、どうやらそうではない様子だった。

「ありがとう、アルミード。でも最初から言ってた通り、私はこの王都に来るのが目的だったのよ。だからごめんね、あなたと一緒には行けない」

 クルネは透明な表情に微笑を浮かべると、そう言い切った。……あー、これはクルネがたまに転職ジョブチェンジ屋でやってた表情だな。この顔で穏やかにものを言われると、なかなか二の句が継げないのだ。

 それはアルミードとやらも同じだったらしく、しばらく言葉が出てこなかったようだ。よしよし、これは上手いこと片付きそうだな。黙ってニコニコしといてよかった。

 そう思った矢先だった。収まりかけたこの場に、新たな火種が投入された。

「あの……カナメ、君……?」

 ミュスカだった。この修羅場っぽい雰囲気の中、俺たちに声をかけるのはかなり勇気がいったことだろう。彼女は、いつにもましてオドオドしていた。

「……一人だけでは飽き足らず、複数の女性に手を出しているだと……!」

 おお、二人をすかさず「複数」と読み替えるあたり、この男は意外と頭の回転が速いのかもしれないな。俺がそんなどうでもいいことを考えている間にも、彼は再びクルネに向き直った。

「クルネ、この事実を目にしても君の気持ちは変わらないのかい?」

 アルミードがそう尋ねた時だった。彼の後ろから女性の声が聞こえてきた。

「アルミード、もうやめておきなよ。クルネがパーティーを抜けることは、前から分かってた事でしょ? そもそもクルネに助けられてなかったら、あたし達は今頃死んでいたかもしれないんだし」

 そう言ったのは、肩で切りそろえたピンク色の髪が印象的な冒険者の女性だった。背中に弓を背負っているからには、弓使いなのだろう。
 こちらにも能力を使ってみたが、やはり固有職ジョブ持ちということはなさそうだった。

「だからこそ、僕らにはクルネが必要なんじゃないか」

 アルミードに引く様子はなさそうだった。黙っていれば好青年に見えるんだけどなぁ。まあとりあえず、俺は黙って成り行きを見守るべきだろう。

 俺の判断は正しかったようだ。そのまま沈黙して彼らを眺めていると、やがて他のメンバーに半ば連行されるようにして、アルミードが離れていった。

「本当にすみませんね、リーダーはクルネの事になると自制が効かなくなるんですよ」

 パーティーメンバーのうち、あまり戦闘職に見えない目の細い男が、去り際に声をかけてきた。フォロー役って大変だなぁ。

 そんなことを考えながら、俺は場に残った三人に目をやった。クルネ、ミルティ、ミュスカ。彼女たちの赤、青、黄色の髪が並んでいる光景を見て、俺はつい信号機みたいだな、と笑いそうになる。

「ねえカナメ」

 ちょっと現実から逸れていた俺の思考を、クルネの言葉が引き戻した。

「アルミードが本当にごめんね。……もう一度しっかり話をしてくる」

 クルネは少し悲しそうだった。それくらい彼らにも思い入れがあるのだろう。半年間共に過ごしたパーティーであれば当然だ。下手をすれば俺と過ごした期間より長いんじゃないだろうか。

 そう言って彼らを追いかけようとしたクルネだったが、何かを思い出したかのようにくるりと振り返った。

「あ、カナメ! 私、今度の岩蜥蜴ロックリザードの討伐遠征に付いていくことになったから、しばらく会えないかも」

「……え?」

 その言葉に反応したのは、俺ではなくミュスカだった。俺はそれに構わず、クルネに返事を返す。

「それは助かるな。俺も遠征に参加することになってるんだ」

「ええっ!?」

 どうやら、今回の遠征には心強い味方がいるようだった。






「は、初めまして、ミュスカ・デメールです……」

「初めまして、魔法研究所のミルティ・フォアハルトです」

 ……自分の知り合い同士が自己紹介をし合うのって、なんだか不思議な感じだな。俺はそんな感想を抱きながら、周囲を見回した。

 今日はいつも行く喫茶店……にいるわけではなかった。周囲を見回せば、大量の本や何に使うのかよく分からない器具がごちゃごちゃと置いてある。その中でも特に目立つのは、壁や床、天井に描かれた魔法陣らしき紋様だった。

 そう、俺たちはミルティの手引きで、王立魔法研究所に来ているのだ。ミルティの専門は治癒魔法ではないため、資料がすぐ手に入れられるこの研究所で話をすることになったのだ。

 もちろん、普通なら関係者以外立ち入り禁止なのだが、ここでミュスカの治癒師ヒーラーの名前が絶大な効果を発揮した。魔法職の固有職ジョブ持ちといえば、魔法研究の実証には欠かせない希少な存在だ。

 魔術師マジシャンと比べれば、得意魔法の相性がやや限定的な分、研究の汎用性には劣るものの、人々の生活向上に直結する治癒魔法の研究に心血を注いでいる者は多い。

 そんな訳で、魔法職の固有職ジョブ持ちに恩を売る機会があるのなら、積極的に売っておけ、とばかりに研究所から使用許可が出たらしい。
 下手をすれば研究所長が挨拶しに顔を出しかねないところを、ミルティがなんとか押し留めたということからも、彼らの本気具合が分かろうというものだ。

「お爺さんかと思ったら、綺麗な人でびっくりしました……」

 自己紹介が終わって一息ついたところで、ミュスカが話しかけた。……自分から話しかけるなんて珍しいな。神学校での半年間は、それなりに彼女を強くしたのかもしれない。

「ふふっ、ありがとう。私も、ミュスカさんのような素敵な人を紹介されるなんて思ってもみなかったから、とっても驚いてるわ」

 なんだか先輩と後輩の会話みたいだな。ミルティの方が二、三歳は年上のはずだし、見た目も多少大人びて見えるせいで、一見すると五歳くらい年が離れているように思えた。……ってミルティに言ったら怒られるかなぁ。

「カナメさん、何を考えているの?」

 そう思っていたのがバレたのか、気付くとミルティが俺を注視していた。俺は慌てて弁解する。

「いや、こんなに本があるの久し――初めてだと思ってさ」

 彼女の後ろに見える魔法書の数々を見て、俺はとっさに嘘をついた。だが、実際にそう思ったのは嘘ではない。この世界には活版印刷技術がないのか、元の世界に比べて本の数が非常に少なかった。これだけの本に囲まれるというのはこの世界では初めてだろう。

 ルノール村だと、ミルティの実家たる村長さんの家に十冊くらい置いてあるのが最高記録だったしな。

「あら? カナメさん、神学校の図書館は使ったことないの?」

 ミルティが意外そうに聞いてくる。

「もちろんあるけど、これほどの規模じゃないな」

 この世界の常識を手に入れるため、俺は神学校の図書館で色々な本を読んでいたため、図書館にはそれなりに縁がある。だが、ここはその比ではなかった。

「まさか、ここに世界中の魔法書があるわけじゃないよな?」

「さすがにそんな事はないわ。それに、市井にも初級レベルの魔法書はたくさん流れているしね。魔法は使えなくても魔法書をコレクションとして持っていたい人が意外に多いのよ。ここにある魔法書なんて、ほんの一部なんじゃないかしら」

 その話を聞いて俺は驚いた。そもそも魔術師マジシャンなんて大した数がいないだろうに、一体どれだけの魔法書がこの世界に存在しているのだろう。

 なんだかアンバランスに思えて、俺は違和感すら感じていた。まあ、それくらい魔法研究者の情熱がすごいという事なんだろうなぁ。そう思いながら、俺は周りに置かれている魔法書を色々眺めた。



「――つまり、石化解除アンチストーンと同じ組成の魔法を対象に付与しようとしても、それじゃ駄目なの。それは石化していない人に石化解除アンチストーンをかけただけだもの。

 そうじゃなくて、石化魔法に特有の組成を理解して、それと反発するような組成を持つ魔力パターンを対象に滞留させる必要があるの。アンチ系魔法が使えてレジスト系魔法が使えなかったり、その逆だったりする人は、ここを混同している事が多いわね」

 ミルティが魔法の話を始めて、もう三十分くらいは経つだろうか。普段はおっとりお姉さん系に見える彼女だが、魔法の話をする時は雰囲気が変わるよなぁ、などと現実逃避しながら、俺は彼女の説明を聞いていた。
 隣に目をやれば、ミルティの説明がちんぷんかんぷんなのか、ミュスカは目を回しそうな風情だった。

「……ごめんなさい、ちょっと根を詰めすぎたかしら。いったん休憩しましょう?」

 そんなミュスカに気付いたミルティが休憩を宣言する。すると、幾分ほっとした様子でミュスカが大きく背伸びをした。

「ミルティさんは、本当に凄いんですね……あの、わたし、自分で使ってる治癒魔法がどういう原理で発動しているかなんて、あまり考えたことがありませんでした……」

 ミュスカの言葉は少し弱々しかった。今まで触れたことのない魔法理論を突然詰め込まれたのだから、当然と言えば当然だ。

「仕方ないわよ。だってミュスカさんは神学校生でしょ? 統督教は魔法を『神の奇跡』と位置づける傾向が強いから、この研究所のように魔法を普遍的なものとして取り扱うことには消極的だもの」

 ミルティの言葉には実感がこもっていた。もちろんミュスカをフォローする目的での発言だろうけど、あの感じからして、統督教に魔法実証の依頼を断られたこととかあるんだろうな。

「そ、そうでしょうか……。でも、わたし、そもそも理論とか得意じゃなくて、神学校の卒業論文だってどうやって書けばいいのか困ってるんです……」

「あら、カナメさんに手伝ってもらえばいいんじゃない?」

 いきなり流れ弾が飛んできた。てっきりミルティのお悩み相談室が始まるのかと思ってたのになんでだよ。まあ、それはそうとして卒業論文なぁ。……ん? 卒業論文?

「卒業論文なんてあるのか!?」

 俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。なんだそれ。そんな大学みたいな話は聞いてないぞ。いや、それとも聞いていて俺がスルーしていたんだろうか。

「……カナメ君、あの、マーカス先生が初日に仰っていたと……」

 マジか。けっこう重要な話なのに、我ながらよくスルーできたものだな。それにしても神学校の卒業論文か……。信心ゼロの俺は一体何を書けばいいんだろうな。

「わたし達は卒業が早いですから、そろそろ論文のテーマくらいは決めておかないと……」

 初めて卒論のことを考え始めた俺に、ミュスカが追い打ちをかけてくる。神学校に入って半年で卒論のことで悩むとか、なかなか忙しい話だな。

「テーマなぁ……。というか、普通はどういう卒業論文を書くんだ?」

「わたしもよく知りませんけど、自分の所属する宗派の何かしらをテーマにする人が多いと聞きました」

 おおう。所属する宗派とは、卒業論文よりもヘビーな話が混ざってきたな。しばらく棚上げしてた問題だけど、ここで浮上してくるとは。

「そういえば気になっていたのよ。カナメさんって、どの宗派なの?」

 そこへミルティが直球の質問を投げかけてきた。見れば、ミュスカも興味津々といった感じで頷いている。

「まだ決めてないが……。ひょっとして、普通はもう決めてるものなのか?」

「そうとは限りませんけど、そろそろ決まってくると思いますよ? たしか、最上級生と特待生については、もうすぐ宗派勧誘が解禁されるはずですから……」

 宗派勧誘。そっちについては知っている。神学校生には、所属する宗派が決まってない者が意外に多い。もちろん最初から決まっている者もいるが、基本的に神学校へ入学するのはまだ十歳にも満たない頃だ。その時点で信仰が固まっている生徒ばかりではなかった。

 そのため、神学校生を囲い込みたい各宗派は彼らに対してアピールをしていきたいところだが、それについては協定が存在しており、神学校生に対しての宗派勧誘は差し控えることとされているのだ。

 だが、最上級生に対してだけは、一定の時期から勧誘が可能になる。それに伴い、各宗派が神学校へ勧
誘に来たり、逆に最上級生が各宗派の施設を訪れたりして、彼らの所属する宗派が決まっていくのだった。

 しかし、俺たち特待生もそれに含まれていたのか。そこまでは知らなかったなぁ。フレディとかシュミットみたいに宗派の確定している人間が多かったから、特待生は関係ないと思ってた。

「……まあ、がんばってみるよ」

 なんだか妙な返事になってしまったが、それが俺の偽らざる本音だった。なんだか就職活動みたいでちょっと嫌だなぁ。そんなことを思っていると、ミルティが口を開いた。

「ところで、そろそろ続きを始めてもいいかしら? 理論はひとまずこれくらいにして、実技を試してみましょう。実験室の使用許可はとってあるわ」

 ミルティの口調がちょっと嬉しそうなのは、やっぱり魔法実験ができるからだろうか。彼女は魔術師マジシャンだから、治癒魔法の理論は自分で実証するわけにもいかないだろうしなぁ。

 そんな事を考えていると、ミルティが俺の方を向いていい笑顔を浮かべた。

「実験台はよろしくね」

 ……俺が石化して、二度と元に戻れないような事がないよう祈っておこう。
+注意+
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