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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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不人気な授業

 神学校の授業は、上級生になると単位制へ変わる。その制度は俺たち特待生のカリキュラムにも一部採用されており、時間が合えば彼ら上級生向けの授業に参加することも可能だ。

 だが、どんな学校にも不人気な授業というものがある。その一例が、たった今俺が受講している「経営学」だ。
 経営学の授業と聞くと、むしろ人気がありそうなイメージなんだが、どうやらこの神学校ではそのような事はないらしい。
「信仰を金儲けの対象として考えるべきではない」という考え方が神学校生の間では根強いようだった。

 ちなみに特待生でこの授業に参加しているのは、俺とフレディだけだった。彼の敬虔な人間性からすると、他の生徒のように不敬だと考えるんじゃないか、と考えていただけに意外な展開だった。

 逆に、大商会の御曹司たるコルネリオは当然受講するものと思ってたけど、「そんなもん、今さらや」とこの授業を選択していない。……人間って難しい。

 そんなことを考えていると、教室に一人の中年女性が入ってきた。彼女は迷いのない足取りで壇上へ登ると、きびきびした声で俺たちに話しかけた。

「いいですか皆さん、ご一緒に! 『宗教とは商売だ』!」

 ……なかなか斬新な第一声だった。個人的には面白いと思うが、敬虔な神学校生たちにはウケがよくなかったようだ。
 あまり前情報を集めずにこの授業をとってしまったのか、俺の近くに座る神学校生たちが渋い顔をしているのが見えた。

 全部で十人ほどしかいないこの教室では、彼らの表情はあの先生にもよく見えていることだろう。だが、彼女はなんら気にした様子もなく自己紹介を始める。

「私がこの『経営学』を担当するジョセフィーヌ・ローレンです」

 女史、という言葉が非常に似合いそうな先生だった。彼女は教室中を見回してから口を開く。

「まず、皆さんにお聞きします。各宗派、つまりそれぞれの教団に必要なものとは何ですか? ……はい、そこのあなた」

 そう言うと、先生は近くにいた男子生徒を指した。突然の指名に慌てながらも、彼はなんとか口を開く。

「信仰……でしょうか?」

「では、そちらのあなたは?」

「信徒です」

 彼らの答えに満足しなかったのか、その後も先生はどんどん生徒を当てていく。そしてついに、俺と目が合ってしまう。

 いやいや、求められてる回答は分かるよ? いくら神学校で純粋培養された生徒だとしても、今までに答えた六、七名の中にだって察しのついた子はいただろう。

 ただ、それを口にする事を躊躇っただけなんだと思う。……まるで踏み絵みたいなノリだけど、たぶんこの先生、分かっててやってるよな。俺は仕方なく口を開いた。

「教団の『経営』について必要なもの、という観点でのご質問であれば『資金』だと思います」

 なので、俺は逃げることにした。いくら俺に信心がないとはいえ、神学校のまっただ中で「宗教は銭や!」と某クラスメートのように言い切る勇気はない。そんな俺の答えに、ジョセフィーヌ先生は頷いた。

「……いいでしょう。その通り、教団の経営にはお金がかかせません。どれだけ素晴らしい教えを説いても、どんなに立派な行いをしても、お金がなければ私たちは生きていけません」

「でも先生、僕の村にいた司祭様はお金をもらったりしていませんでした」

 ジョセフィーヌ先生の言葉に対して、疑問の声が飛んだ。一番初めに当てられた生徒だ。先程の意趣返しのつもりはないだろうが、些か挑戦的な目つきだった。

「では、その司祭様はどうやって生活なさっていたのでしょうね? 穀物は? 野菜は?」

「……村の皆が司祭様に差し上げていました」

「それが『お金をもらう』ということです。穀物でも野菜でも、それは司祭様が教団にかかる仕事と引き換えに得た対価の一部です。

 それに、例えば司祭様が着ていた法服は誰が作ったものでしょうね? 通常なら、法服は教団から支給されます。ですが、これだって職人が無料で作ってくれる訳ではありません」

 質問した生徒にそう答えると、先生は俺たち全員に向かって話し始めた。

「さきほど、私は少し意地の悪い質問をしました。皆さんの中には答えが分かっていても言えなかった人もいたかもしれません。ですが、この授業でだけは『お金が必要だ』と言えるようになってほしいのです。

 ……教団の運営にはお金がかかります。お金がなくなると教会などの施設も手離すことになりますし、困難に見舞われた信徒を救う手段も非常に限られてしまいます。
 結果として、それは皆さんが望む教団の在り方からどんどんかけ離れていってしまうでしょう。私は皆さんにそんな思いをしてほしくないのです」

 ……あれ? 第一声でちょっと色眼鏡をかけちゃってたけど、この先生いい人かもしれないな。俺が失礼な感想を抱いている間にも、先生は説明を続ける。

「教団がお金を手に入れる方法は複数あります。例えば、信徒から定期的に頂いている献金や、誕生した子への祝福、結婚、葬儀などを行った際にもらうお布施、裕福な個人や団体からの寄付などが代表的なものですね」

 なるほど。その辺りの事情は元の世界とあまり違わない気がするな。小さい寺社や教会は兼業しないと生活できないって聞いた事があるけど、その辺りはどうなんだろう。

 統督教で一つの財布を持ってる……なんてことはないよな。各宗派がそれぞれ収入を得ていて、収入に応じた上納金を統督教全体に対して納めている、ってところだろうか。

 そんな事を考えていて上の空に見えたのだろうか、ふとジョセフィーヌ先生の視線が俺のところで止まった。

「ではそこのあなた、今言った方法以外で、教団がお金を獲得する方法を挙げなさい」

「別の方法ですか。そうですね……」

 俺は前置きをゆっくり発音することで、考える時間を稼いだ。うーむ、他の方法というと――。

「……副業を営むというのはいかがでしょうか」

 気の利いた回答を思い付かなかった俺は、質問の趣旨から外れた回答を返すことにした。教団じゃなくてもできる話だし、さすがに怒られるかな。

 そんな心配をしていた俺だったが、その答えは意外とジョセフィーヌ先生に好印象を与えたようだった。

「そうですね、副業を行うというのはよい観点です。実を言えば、この神学校も統督教の副業の一種です。こう言っては何ですが、皆さんの入学費や授業料のおかげで、この学校はそれなりに黒字を出しているのですよ」

 おお、結構ぶっちゃけたな。そこまで暴露してよかったんだろうか。周りを見れば、やはり複雑な顔をしている生徒が多かった。

 とはいえ、授業開始時に比べれば、みんなそこそこ真面目な顔で話を聞いている気がする。

「皆さんの中には副業をよしとしない方もいるでしょう。けれど、教団という組織を維持しようとするなら、時にはその覚悟を持つ必要があることも覚えておいてください」

 ジョセフィーヌ先生の言葉には、なんだか重みがあった。この人、どんな人生を送ってきたんだろうな。他の生徒たちもいささか神妙な面持ちになっていた。

 まあ、俺の場合に限って言えば、転職ジョブチェンジの代金を『お布施』としてもらえばいいわけで、正直なところ金銭的な心配はあまりしていない。

 もちろん、巨大な神殿を建立して大量に人を雇う、なんて身の程に合わない事をすると経営は傾くだろうが、ルノール村で営んでいた転職ジョブチェンジ屋の看板を統督教のそれに書き換える程度であれば、まず大丈夫だろう。

 問題があるとすれば、信心ゼロの俺が転職ジョブチェンジの神殿みたいなのを開いた場合、神様に怒られないかということだな。

 そういえばずっと気になってたんだけど、この世界の神様ってどうなってるんだろうな。なんとなく元の世界のノリで、実在しないもしくは実在していても一切こちらに干渉してこない超自然的なもの、って捉え方をしてるんだけど、普通こんなファンタジー世界だったら、人格を持った神様が実在していてもおかしくない気がするんだよね。

 けど、今までの転職ジョブチェンジ希望者の中では、治癒師ヒーラーはいても神官ビショップの資質を目にしたことがないんだよなぁ。やっぱりいないのかな。

 まあ、俺みたいなのが神学校に入っても天罰が下っていないあたりから察するに、神様が実在するとしても、そこまで過干渉するタイプではないのだろう。それはありがたいことだった。

 その辺をフレディとかに教えてもらいたいところだけど、「ねえねえ、この世界に神様って実在するの?」なんて聞いたら、さすがのフレディだって怒るだろうなぁ。

 そんな事を考えている間にも、先生の熱弁は続いていた。

「つまり、教団とお金は切っても切れない関係ということですね。さあ、皆さんご一緒に!『宗教とは商売だ』!」

 ……あ、元に戻っちゃった。再び生徒の瞳から光が薄れるのを、俺は生温かい目で見守るのだった。






「あ……! お兄ちゃん!」

 入学式から数えて十日近く経った頃。前回は休講になっていた、とある授業を受けるために校庭へと向かうと、突然横手から声がかけられた。

「ルコルじゃないか。どうしてここにいるんだ?」

 俺の目の前までぱたぱたと走ってきたのは、預り場仲間にして蒼竜ブルードラゴンの飼い主(?)たるルコルだった。相変わらずの美少年ぶりを発揮しながら、ルコルは俺の問いかけに答えた。

「もちろん『戦闘くんれん』のじゅぎょうを受けるためだよ。きょねんも受けてたんだ!」

「じゃあ、俺と一緒だな」

 そう、俺はこれから『戦闘訓練』の授業を受けるのだ。聞くところによると、この『戦闘訓練』はけっこう厳しいらしく、毎年脱落者が出ているらしい。

 ただ運動するだけなら他にも幾つかスポーツ系の授業があるため、必然的にこの授業の受講者は少なくなってしまう。それに加えて「過酷なトレーニングらしい」という評判が立てば、受講者数が少ないのは当然ともいえた。

 ……それに偏見かもしれないけど、神学校に通うような人間は、戦いとかあまり好きじゃなさそうだしなぁ。

「……しかし、ルコルがこの授業を受けていたとは意外だな」

 どことなく楽しそうなルコルに対して、俺はつい本音を口にした。

 この授業は開始時刻が非常に遅い。上級生や特待生の俺たちでも午後の部の一番最後の時間帯にあるし、下級生であればもう下校できるような時間だ。だが、そこにはちゃんと理由があった。

 戦闘技能というものは一朝一夕で身に付くような代物ではないため、下級生の頃から身体を鍛えたほうがいい、というのが担当教員の主義らしく、下級生も参加できるようにこんな遅めの時間帯に授業が設定されているのだ。
 とはいえ、十歳前後であろうルコルが放課後にわざわざ参加する必要はないように思えた。

「父上とやくそくしたんだ。ここで先生としゅぎょうするなら、りゅうがくしてもいいって」

 どうやら、意外と深い事情があるようだ。……まあ、ルコルは王都から遠いモルガナ地方の出身だもんな。何の理由もなく、はるばる王都まで留学しに来たりしないか。

 そんな事を考えていると、誰かが俺の方にぶつかった。その人物を見てルコルの表情が不安げなものに変わる。つられて俺が振り返ると、そこには見覚えのある姿があった。

「……ちっ」

 舌打ちと共に俺をひと睨みして去って行ったのは、他ならぬシュミットだった。意外……でもないか。もし奴が尊敬するバルナーク大司教の戦闘力を知っているなら、この授業を選択する可能性は充分にある。

 奴の人脈と情報網なら、この授業がハードな内容だということくらいは知っていそうだが、大したことはないとタカをくくっているのか、それとも覚悟の上ということか。

 とはいえ、それは俺にも同じことが言えた。この前の襲撃事件で自分の肉体的な能力の平凡さを痛感したことが、俺にこの授業を選択させた理由の一つだった。自分の年齢を考えると大幅な能力向上は期待できないが、それでもしないよりはましだろう。

 それに、ルノール村では自警団の訓練にちょくちょく混ぜてもらっていたから、その延長線上だという意識もあった。

「あ、先生だ」

 と、ルコルが校舎の方に視線を送った。追従して俺もそちらへ視線をやると、ちょうど巨大な人影が現れたところだった。

 俺が今まで出会った人間の中で、一番大きかったのは辺境のラウルスさんだが、その人影は彼よりさらに頭半分ほど背が高いように見えた。
 もちろん横幅もそれに見合うしっかりしたもので、まるで筋肉の壁が迫ってくるようだった。剃りあげて頭髪が一切存在していないことも、その印象をさらに強めている。

 その男は、集まっている俺たちの中心に立つと、びっくりするくらい大きな声で自己紹介を始めた。

「拙僧はこの『戦闘訓練』を担当するガライオス・ディーゼルである!」

 その大音声に、空気がびりびりと震える。隣を見れば、ルコルなどは慣れているのか特に反応を示していないが、今回が初授業である生徒たちは、耳へかかる負担に閉口していた。これ、屋内じゃなくて本当によかったなぁ。

「この授業を受けるからには、諸君らには相応の覚悟があるものと考えている。拙僧の授業に真摯に取り組んだ者は、神官戦士にも劣らぬ鋼の肉体を得るであろう!」

 ……えーと。この授業、一応神学校のカリキュラムだよね? どう考えてもこの人異質なんですけど。これに比べたら、この前の経営学の違和感なんて吹けば飛ぶ程度のものじゃなかろうか。

「まずは一つ、自己紹介代わりにデモンストレーションを行って進ぜよう」

 既に充分すぎる自己紹介をしてから、ガライオス先生はいつの間にか手に持っていた三十センチ四方の石の塊を掲げた。それを地面に置くと、腰を落として何かの構えをとる。

「ふんぬっ!!」

 気合いの声と共に、ガライオス先生の拳が目にも止まらぬ速度で繰り出される。

 バガン、という激しい音と共に残されたのは、バラバラになった石塊の残骸だった。

 ……何だそりゃ。俺は思わず、残骸になった石の破片とガライオス先生を交互に見比べる。それは他の生徒も同様だった。そんな視線に気づいたのか、先生は俺たちの方を見ると胸を張った。

「神の恩寵は鍛え上げられた肉体に宿る!これこそ神の奇跡である!」

 そう言ってカッハッハッ、と豪快に笑うミスター筋肉を見て、俺はこの授業選択を心から後悔したのだった。



「それでは、まず個々に応じた訓練内容を定めるのである。訓練内容は身体の鍛え具合と年齢を元にして決定するので、諸君らの年齢を拙僧に教えてもらいたい」

 まず貴公からである、と先生の傍にいた生徒が手招きされるのを皮切りに、受講生は口々に年齢を伝えに行く。そして、俺の番になった。

「……特待生のカナメ・モリモトです。二十四歳です」

 あれ、ひょっとしたらもう二十五歳になってるかもしれないな。まあいいか、二十四も二十五も今さら変わらないだろう。

「二十四歳であるか! 貴公は若作りだな!」

 大声で年齢をバラされて、俺は苦笑した。いや、別に隠すつもりはないんだけどさ。そこまで大っぴらに口に出されると何だかなぁ。先生から離れると、すぐにルコルが寄ってくる。

「お兄ちゃん、二十四歳なの?」

 どうやらそれが聞きたかったらしい。まさかそこまで年齢がいってるとは思ってなかったんだろうな。

「驚いたか?」

「うん。あのね――」

 ルコルは何かを続けようとしたようだが、それより早く彼の年齢申告の順番が回ってきた。そのことに気付くと、彼はぱたぱたと走っていく。

 その間に、俺はガライオス先生に意識を集中した。ひょっとして、あの人は格闘家モンク固有職ジョブ持ちなんじゃなかろうか。そう思ったのだ。

「……うわー。」

 結論からいえば、やはり先生は格闘家モンクの資質を持っていた。……だが、その資質はまだ発現していないようだった。

 ということは何か、あの先生は『村人』なのに石の塊を素手で粉々にしたということか。マジか。

「ただいま、お兄ちゃ――あれ? どうしたの?」

 戻ってきたルコルが、俺の様子を見て首を傾げる。俺は正直に内心を打ち明けた。

「ガライオス先生は、衝撃強化グレートインパクトって特技スキルを持ってるんだよ」

 すると意外なことに、俺の疑問はすぐに解消された。なんでも、あの先生の特技スキル衝撃強化グレートインパクトは非常に有名らしい。
 その破壊力もさることながら、彼の教え子の中には衝撃強化グレートインパクト特技スキルを得た者が複数いるそうで、ぜひ指導をしてほしいと各国の軍関係者から依頼が殺到しているのだと言う。
 もっとも、本人は「この力は篤い信仰の賜物である!」とその依頼を断っているらしいが。

 ルコルの説明に俺は色々と納得した。元々、特技スキルは自分のスペックに比例した能力を発揮する。そのため、『村人』が特技スキルを得ても固有職ジョブ持ちほどの活躍はできないのが常だ。

 だが、あの先生のような、人類の限界レベルまで身体を鍛え上げた『村人』の特技スキルであれば、その辺のモンスターに対しても充分脅威になるだろう。

 『村人』であるにも関わらず、固有職ジョブ持ちに近い攻撃力を持っている男。しかも、その特技スキルは低確率だが教え子にも発現する。引っ張りだこになるのも当然だった。

 ある意味では俺の転職ジョブチェンジ業の付加価値を下げる要因になりかねないが、多分に属人的なものだろうし、あまり気にする必要はないかな。
 とりあえず、あの先生を怒らせることだけは絶対にするまい。俺はそう誓った。






 ガライオス先生の授業は、意外と合理的だった。受講生の身体の発達具合や年齢を加味し、一瞬で訓練内容を決めていく。どんな根性論のトレーニングメニューが用意されるのかと思っていた俺は、内心胸をなでおろした。

 だが、それは訓練内容が楽だという事では決してない。それぞれの状態に応じた、ギリギリの負荷。それを見極めるのが本当に上手いのだ。基礎体力をつけるための走り込みから始まり、護身術や格闘技、棒術など、この先生にはいくらでも引き出しがあるようだった。

「駄目だ……寮まで帰る気力すらない……」

 授業が終了し、ガライオス先生が大声で解散を告げた後も、俺は力尽きた風情で校庭に横たわっていた。見れば、それは他の受講生も同じようで、誰一人その場から動こうとしない。

 そんな中、同じように横たわっていたルコルが話しかけてきた。

「お兄ちゃん、だいじょうぶ……?」

 年少とはいえ二年目の貫禄なのか、ルコルは意外と元気そうだった。小さいころは過度のトレーニングは禁物だっていうし、訓練内容が俺たちより甘いのかもしれない。……というか、そうであってほしい。

「生きては、いるな……」

 呼吸をすると肺が痛む。俺は切れ切れに答えるのが精いっぱいだった。

「ルコルは、すごいな、よく元気だな」

「お家でやってたトレーニングもこんなのだったから、だいじょうぶだよ」

 ……なんだって。俺はルコルの顔をまじまじと見た。それを不思議そうに見返すルコル。

 そういえば、授業の前情報を仕入れた時にコルネリオから聞いたな。『戦闘訓練』の授業を受ける者の比率は、四派閥でいうと『伝承派』が圧倒的に多いらしい。地方の部族宗教などが母体である場合、神官であると同時に戦士として有能であることが求められるからだ。

 ルコルも竜信仰の盛んなモルガナ地方の出身であるなら、厳しいトレーニングを課されていることは充分あり得る話だった。

 と――。

「うわっ!?」

 突然、俺とルコルの間に誰かが倒れこんできたため、俺は思わず声を上げた。

「おい、大丈夫か――」

 そこまで口にすると、俺は沈黙した。なぜなら、倒れこんできたのはシュミットだったのだ。シュミットは俺の顔を見ると表情をしかめたが、そこにいつものエネルギーはなかった。
 疲労困憊しているのは向こうも同じなのだろう。最初はわざと倒れこんできたのかと疑ったが、この様子では本当に足がもつれたと見える。

「蛮族に、言われる、筋合いはない」

 シュミットはそう言うと、よろよろと身を起こして去って行った。

 そんな姿を見て、俺は少し考え込んだ。……いい加減、この険悪な雰囲気をなんとかしないとなぁ。他の特待生にも迷惑がかかってるし、いくら今は学生身分とはいえ、ここは俺が大人の態度をとるべきかもしれない。それが元社会人の矜持というものだろう。

 だが、あれだけ派手に衝突しておいて、そう簡単に水に流せるはずはなかった。おそらく、シュミットは俺の話を聞く耳など持っていないはずだ。

 とりあえず、まずはシュミットの情報収集だな。こういう事は、情報収集に長けているコルネリオに頼むのが一番効率的だろう。俺はコルネリオに払う対価のことを考えながら、もうしばらく地面に横たわっているのだった。
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