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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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派閥の雄

 ノルヴィス神学校には大聖堂が存在している。それは非常に巨大な施設であり、その収容人数は千人ではきかないだろう。

 だがその大聖堂には、教会や神殿に設けているそれとは一線を画する特徴があった。それは、装飾や飾り気がほとんどなく、ただただ広い空間であるということだ。

 統督教は各宗派によって様々な風習や様式を持っているため、何かしら特有の設備や装飾を設けることは別宗派の否定に繋がりかねない。
 自然崇拝や植物信仰が盛んな森妖精エルフ族などは特にその傾向が顕著であり、彼らはあくまで『大聖堂』ではなく『集会場』と呼んでいるくらいだ。

 そんな無機質な石造りの建造物ではあるが、何かしらの行事が行われる時にはその様子が一変する。

 整然と並べられた数百脚の椅子には神学校の全学生が腰掛けており、正面には歴史を感じさせる大きな教壇が配置されている。さらにその斜め後ろには来賓用の椅子が置かれており、大きな存在感を放つ者たちがそこに座していた。

 そんな堂内の様子を確認すると、入学式の司会を押し付けられた苦労性教師マーカス・アルテインは、拡声魔法のかかった魔道具に向かってお決まりの口上を発声した。

「……それでは皆さんお集まりのようですので、ノルヴィス神学校入学式を執り行います。まず、ミゲル・シュライデン学校長からご挨拶を申し上げます」

 マーカスが口上を述べると、白髪白髭の男が厳かな足取りで教壇に立つ。もう六十歳を超えているはずだが、その動きに老いは感じられなかった。彼は集まった神学校の生徒たちをゆっくり見回してから、その口を開く。

「ノルヴィス神学校で学校長を勤めているミゲル・シュライデンと申す。新しく当校に入学した皆に対して、あらためてお祝い申し上げる。
 さて、君たちはこうして統督教の下に集まった同胞だ。大いに仲良くやってもらいたい。そして、この場で多くを語るつもりはないが、皆に一つだけ心に留めておいてほしい事がある。
 ……それは、『宗派間で争わない』ことじゃ。

 これこそが、統督教において最も重要な教義と言ってよい。君たちの周囲には、自分とは異なる様々な宗派を信奉する同期生たちがおる。となれば、ものの考え方も違ってきて当然じゃし、意見が衝突することも必ずある。それはよい。
 だが、だからと言って相手を非難するような態度を取ってはならない。我々は皆同胞なのだ。それぞれの在り方を受け入れ、共に生きていく気持ちを忘れないでくれたまえ」

 ミゲルは粛々と語ると、もう一度生徒たちを見回してから壇上を下りた。列席している四人の来賓に頭を下げ、自らの席へと戻る。マーカスはその様子を見届けると拡声魔道具を構えた。

「次に、ご来賓の方々から祝辞を頂戴致します。それではまず、クローディア王国教会バルナーク・レムルガント大司教にお言葉を頂きたいと思います」

 マーカスの声に応えて立ち上がったのは、実に存在感のある男だった。年の頃は五十を超えたかどうかといったところだろう。長身だが、それに見合うだけの筋肉を備えており、精力的な一面を窺わせる。少なくとも、聖職者らしい見かけとは程遠い男だった。

 だがマーカスは知っている。彼こそは次期総大司教とも目される、教会派でも屈指の一大勢力を束ねる男だということを。
 そもそもクローディア王国教会の大司教といえば、この国の教会派ポストとしては最高位にあたる。そのような地位にある男が、ただの筋肉馬鹿であるはずがなかった。

「クローディア王国教会の大司教を拝命しているバルナーク・レムルガントだ。諸君らの入学を心よりお祝い申し上げる」

 その声は拡声魔道具なしでも大聖堂によく響いた。その朗々たるバリトンボイスからは、彼の溢れる生命力が感じられた。

「さて、こうして神学校へ入学した諸君らも、いずれはこの学び舎を巣立ち、各々の信奉する神に仕えるべく各宗派の門を叩くことになるだろう。その日まで学業を修め修練を積み自己を高めてほしい」

 そう言って、バルナークは一度言葉を切った。

「現在、我ら人類の版図はモンスターの跳梁跋扈等により縮小の一途を辿っている。つい最近も、とある村がモンスターに占拠され、村人は自らの住居を捨てて王都へ避難してきている。

 このような時、人々には何が必要か? ……それは信仰だ。身に降り注ぐ全ての理不尽を一人の人間が受け止めることなど、できようはずがない。我々は弱く、脆い。なればこそ、我々は神のもとに集い、その偉大なる御心と共にあることで、苦難を跳ねのける力を得るのだ。

 我々はこの大陸で最大の信徒数を擁している。その責任は重大だが、信仰を必要とする者たちに寄り添い、手を差し伸べる機会も数多いことだろう。
 ……ノルヴィス神学校の諸君。俺は君たちを待っている」

 それは、さながら演説会のようだった。バルナークが教壇を去った後も、その圧倒的な存在感と影響力が場を支配する。だが、それを苦々しい思いで見つめる者もいた。

「……やってくれますね」

 小声でぼやいたのは、他ならぬマーカスだった。

 神学校へ入学すると、通常は十年近くの歳月を拘束されることになる。だが、それでも彼らが神学校の門を叩こうとする理由の一つは、各宗派が彼らを幹部候補生として登用しようとするためだ。

 もちろん教会や神殿等で下働きから始め、頭角を現して聖職者の位階を授かった者も多く存在する。しかし、他宗派に対する理解や人脈を持ち、神学を専門的に修めた神学校卒業生はそれにも増して得難い存在なのだ。

 だからこそ、バルナークはあのような言い方をしたのだろう。彼の言葉は新入生だけでなく、全ての神学校生に向けた教会派への『勧誘』だった。それは各宗派の協調を重視する神学校としては好ましいものではない。

 だが、どうせ抗議したところで「『我々』とは教会派のみならず、統督教全体を指した言葉だ」などと強弁されるだけだろう。マーカスは溜息をつくと、次の来賓を紹介した。

「次に、シグレスタス・アロイ神殿長からお言葉を頂きます」

 次に教壇へ進み出たのは、七十歳を超えていようかという年配の男だった。頭髪はほぼ見られないが、その代わりとでもいうように、豊かな白髭が胸のあたりまで流れている。

 彼はいたずら小僧のような目を神学校生へ向けると、拡声魔道具を手に取った。

「新入生諸君、君たちの入学を心よりお祝い申し上げる。ワシはダール神殿で神殿長をやっているシグレスタス・アロイという。
 誤解のないよう初めに言っておくと、ワシは七大神やその眷属神を代表して、この場へ参ったつもりはない。元来、我々は統督教という一つの宗教組織の中に芽吹いた様々な可能性の一つであり、そこに信仰の優劣など存在はしておらぬ。
 各宗派の些末な事柄に気を取られ、本当に大切なものを見落とさないよう意識してほしい」

 真摯な口調でシグレスタスは語った。だが、その言葉がバルナークに対する皮肉であることは明らかだった。バルナークの方はというと、笑みとも苦笑ともとれる曖昧な表情で目を閉じている。

「……君たちが通うこの神学校では、必ず異なった価値観を持つ隣人と接触することになるじゃろう。
 だが、それを忌避せず楽しんでもらいたい。それこそが、この神学校の最大の目的なのだから」

 言い終わると、シグレスタスはゆったりした足取りで自らの席へと戻った。どっこらしょ、とでもいうようなおどけた仕草で椅子に腰掛ける姿は、とてもあのバルナークに皮肉を飛ばした人間には見えなかった。

「続きまして、ゼノアード・アムス・モルガン様より祝辞を頂きます」

 続いて教壇に立ったのは、バルナークをも上回る巨漢の男だった。その身体つきのわりに秀麗といえる顔立ちをしており、長めの銀髪が背に流されていた。

 その様子を見て、マーカスは彼が伝説の英雄たる竜騎士ドラゴンナイトの末裔だったことを思い出す。それを考えれば、その堂々たる体躯も納得がいった。

「……ゼノアード・アムス・モルガンと申す。モルガナ地方で部族長を務めている。貴公らの入学をお祝い申し上げる」

 そう言うと、ゼノアードは押し黙った。元々、彼らモルガナ地方の住民には寡黙な者が多い。このような式典にくることが珍しいくらいだった。

 たしか、彼の血縁がこの神学校に在籍していたはずだから、その縁で依頼されたのだろう。そうでもなければ、彼らがこの王都にやって来る可能性は低かった。

「先のシグレスタス殿ではないが、俺もいわゆる伝承派を代表してというような口はばったい事は言えぬ。ただ、人間には様々な信仰の形があり、数や優劣に関係なく決して譲れぬものがある。それを理解してくれることを望む。……以上だ」

 聖職者というにはあまりにも異質な彼の気配に、神学校生は驚きを覚えたようだった。モルガン家が部族長を務めるモルガナ地方は、竜騎士ドラゴンナイトの末裔の名に相応しく竜を崇め、共に生きている。
 さすがに上位竜と心を通わせた例はないが、下位竜であればそれなりの数が彼らの部族と共存しており、そのあり方は聖職者というよりは戦士のそれに近い。来賓席へ戻る所作もまた、いかにも隙のない動きだった。

「最後にガナハ・シュトローク座主より祝辞を頂戴致します」

 マーカスは来賓最後の一人を紹介する。その言葉に応えて現れた男は、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせていた。ゆったりしたローブは、聖職者というよりも魔術師のようだった。彼はゆらり、と教壇へ近づく。

「……ご紹介に預かりましたガナハ・シュトロークと申します。この王都ノルヴィスを守護するノルヴァ神を奉じております。そうそう、ご入学おめでとうございます。皆様に心より祝福を」

 そう言うと、ガナハはにっこり笑顔を浮かべた……つもりなのだろうが、どうにも怪しい笑みに見えたのはマーカスだけではないはずだ。

「えー、皆さんある程度はご存知かと思いますが、私たち土地神派は、滅多に信仰する土地を離れません。ですので、皆様にとって私たちはかなり珍しい存在と言えるでしょう。
 私たちは地縁でもない限り、ほとんど社交性を発揮することがありませんからね。

 ……ですがその分、じっくりと真理の探究や修養に時間を使うことができるのもまた事実です。もしそのような事に興味がおありの方がいらっしゃいましたら、いつなりと私をお尋ねください」

 ガナハはゆっくり一礼すると、また独特の歩き方で座席へと戻っていった。

「あれも問題発言といえば問題発言ですが……。まあいいか」

 マーカスが気にしたのは、もちろん勧誘じみたガナハの言葉だった。だが、教会派と違いあまり神学校生の獲得に熱心でない宗派なだけに、彼もあまり目くじらを立てる気にはなれなかった。

 マーカスは手元の式次第に目をやった。この後は在校生と新入生のスピーチがあり、そして閉会の辞へと繋がっていく。何事もなければお昼前には終了するはずだ。それを確認すると、彼は再び拡声魔道具を手に取った。



―――――――――――



「うう、五臓六腑に染み渡る……」

 ありがたい入学式が終わり、ようやく訪れた昼休みを満喫するべく、俺は食堂でランチをつついていた。

「大げさなやっちゃな。そない喜ぶもんちゃうやろうに」

「寝坊して朝飯を食いそびれたからな。途中で空腹のあまり倒れるところだった」

 コルネリオの呆れたようなツッコミに返事をすると、俺はメインディッシュの揚げ物に手を伸ばした。さくっとした食感が心地いい。

「カナメ、君は朝に弱いのかい?」

 そう聞いてきたのはフレディだ。件の神々の遊戯(カプリス)以来、彼とは友好的な関係が築けているように思う。三人で昼食をとることにも違和感はなかった。

 ちなみに他の特待生のうち、女性陣は三人で食事をとっているようだ。あの三人の会話というものがどうにも想像できないが、それなりに会話は弾んでいるようだった。

 エディは一人で黙々と食事をしており、シュミットは少し年下に見える他クラスの生徒と楽しそうに話しているのが見えた。彼らは昔の知り合いだろうか。

「そんな自覚はなかったんだが……そうかもしれないな」

 フレディの問いに対して、俺は曖昧に答えを返した。実際には、昨日の魔術師フェネラルとの一件で相当疲弊した事が原因だと思うが、そんなことを言う訳にもいかない。

 そんな事を考えながら、付けあわせの野菜にフォークを伸ばした時だった。

「おいお前!」

 突然、後ろから声をかけられた。声に聞き覚えはない。怪訝に思って振り返ってみると、そこには見知らぬ青年が立っていた。何やら興奮しているようだが、俺が何かしたのだろうか。

「どちら様でしょうか?」

「僕は最上級生のクラウス・ファルハイトだ! お前に聞きたいことがある!」

 律儀に名乗ってくれるあたり、そう悪い人間ではないのかもしれない。だが、そうなると余計に声をかけられる理由が分からなかった。

「お前、あの人に何をしたんだ!」

「……はぁ。あの人とは、どなたの事でしょうか」

「名前はまだ知らない! だがこの王都で何度も見かける可憐で優しげな美しい人だ!」

「……」

 そんな情報で分かるかーー! しかも相手は名前も知らない人間て。そう俺が戸惑っている間にも、クラウスと名乗った青年は喋り続けた。

「僕は見たんだ! 昨日、外壁近くの裏路地からお前があの人と一緒に出てきたのを! しかもあの人の服は何か所も切り裂かれていた……!」

 ……ん? ああ、ミルティのことか。ようやく彼の言いたいことが分かってきたぞ。

「カナメ、自分まさか昨日の女の子と……」

 俺にしか聞こえないような小さな声で、コルネリオが問いかけてきた。ちらっと視線をやれば物凄いジト目で俺を見ている。違うって!

 そんなやり取りにも気付かない様子で、クラウスはさらに声を張り上げた。

「知らないとは言わせないぞ! 昨日、凄まじい雷が落ちてすぐの頃だ。答えろ! お前は何をしていた! 返答次第ではただではおかないぞ……!」

 クラウスの顔は真っ赤になっている。神学校とはいえ、恋愛がご法度な宗派は少ないようだから、別に彼の心の動きに文句をつけるつもりはなかった。ただ、濡れ衣は勘弁してほしいものだなぁ。

 第一、服の破れっぷりなら俺の方が遥かに悲惨な状況だったし、俺は上着まで彼女に貸し出してたんだが。恋は盲目というやつだろうか。……うん、何か違う。

 だが、誤解を解く機会は与えられなかった。

「……ほう、お前たちはあの落雷時、現場近くにいたのか」

 横合いから重厚な声が俺たちに降り注いだ。まだ一度しか声を聞いていないが、それでも声の主が誰であるかは分かった。振り向けば、そこにはバルナーク・レムルガント大司教が立っていた。

「あ……」

 思わず声をもらしたのはクラウスだ。彼がどの宗派に属しているのかは知らないが、例えどの宗派であろうとも、この男に対して平常心でいることは難しいだろう。

「俺はあの雷が気になっていてな。お前たちの話を聞きたい」

 その態度は押し付けがましいものではなかったが、有無を言わせぬ迫力があった。かわいそうに、クラウスは半ば顔面蒼白になっている。俺は彼に同情しつつも、似たような精神状態であろう自分に対して、無理やり笑顔を貼り付けた。

「大司教様と言葉を交わす機会を得て光栄です。……ただ、私は落雷のあった時間帯に外出していたに過ぎませんので、突然視界が白く染まり、同時に凄まじい轟音が響きわたった、などという一般的な情報しか提供することができません。お役に立てず申し訳ありません」

 クラウスも先程口にしていたが、あの時ミルティが暴発させた雷は大規模な落雷として認識されているようだ。まあ、誰も地上から天へ向かって雷が昇っていったなんて考えないよなぁ。

「ほう……するとお前は、まさにその現場近くにいたのだな。雷は発生地点に近いほど、光と音が同時に発生するものだからな。王都は広い。実際、俺のいた場所では光に数秒遅れて音が轟いてきた」

 ……しまった。俺は自分の失言を呪った。科学的な根拠はないだろうが、雷の光と音の関係くらいは経験則で充分把握できる事柄だろう。バルナーク大司教はにやりと笑った。

「少なくとも、落雷のあった位置を確認することはできそうだな。……人をやって調べさせたのだが、不思議と落雷の破壊跡が見られなくて首を捻っていたところだ」

 なんだか肉食獣に見つめられている気分だった。この人が大司教で本当にいいのかね。俺は八つ当たり気味にそんな事を考えながら、対応を模索する。

「バルナーク殿、それくらいにしておいては如何かな? 生徒が脅えておるぞ。……それに、今は昼休憩の時間じゃ。彼らの貴重な時間を奪う訳にはいきますまい」

 だが、思いもよらぬところで助け舟が現れた。禿頭に豊かな白髭をたくわえた老人は、にこやかな表情でバルナーク大司教を諌めた。

「シグレスタス先生……」

 そう呟いたのは、もちろん俺ではない。見ればいつの間にか立ち上がったフレディが、神殿長に対して頭を下げる。そういえば、フレディは神殿派の中でもダール神を信奉してるんだったな。ダール神殿の神殿長ともなれば、彼にとっては最高位と同義だろう。

「フレディ・ステアリーク君じゃな。……君が再び、ワシらと同じ道を志してくれた事を嬉しく思う。君の成長を楽しみにしておるよ」

 突然立ち上がったフレディに驚くことなく、シグレスタス神殿長は穏やかに言葉を返した。その様子に驚いたのは俺だけではないはずだ。

 ダール神殿の神殿長といえば神殿派のトップだ。その人物に名を覚えられている時点で、フレディもまた只者ではない。会話の内容に引っかかる部分もあったが、それはまた聞く機会があるだろう。

 再度頭を下げたフレディを見て頷くと、神殿長はバルナーク大司教を連れて食堂の奥へ向かっていく。どうやら、来賓に対して神学校を案内していたようだ。学校長が他の来賓二人と共に彼らを待っていた。

「……なんやごっつい迫力やったな」

 周囲が喧騒を取り戻したことを確認してから、コルネリオは疲れたように呟いた。その言葉が、突如現れた二人の統督教幹部のうち、どちらを指しているのかは明白だった。

「たしかバルナーク大司教といえば、神学校の出身じゃない叩き上げの教会幹部として有名な方だよ。現場ではとても人気があると聞くね」

 そう知識を披露してくれたのはフレディだった。どうやらその知識は神殿派関係の知識に留まらないらしい。

「まあ、何にせよ関わらないに越したことはないな」

「またカナメはそういう事を……。考えようによっちゃ売り込むチャンスやで?」

 そんなコルネリオの言葉を聞き流して、俺はすっかり冷めてしまった昼食に手を伸ばすのだった。






「困りますね、授業の妨げです」

「現役の聖職者と言葉を交わすことも、彼らにはよい経験であろう」

 目の前で行われる問答を見て、俺は内心で頭を抱えた。午後の授業が始まるのとほぼ同時に、あのバルナーク大司教が教室に姿を現したのだ。

 この国の教会派としては最高位にある大司教に対して、邪魔者扱いをするマーカス先生に俺は好感と呆れを覚えたが、いかんせん立場上の弱さは如何ともし難い。

「……マーカス君、よいではないか。わざわざ大司教が特待生たちを激励したいというのだ、何も意固地になる必要はなかろう」

 大司教に同行していたミゲル学校長の一言により、さすがのマーカス先生も諦めたようだった。

「そうですね、統督教の幹部たる大司教が、特待生を勧誘して回るなどあり得ませんよね。失礼しました、少々神経質になっていたようです」

 そう言ってマーカス先生は大司教に頭を下げた。だが大司教に釘を刺しておくことも忘れない。いくら神学校が宗教上ある種の治外法権を持っているとはいえ、それは絶対的なものではない。そういう意味ではこのマーカス先生もまた、変わり者であることは間違いなかった。

 だが、バルナーク大司教がその言葉に怒った様子はなかった。それどころか、楽しそうな表情にすら見える。入学式のやり取りでも思ったが、この人は自分に対して挑戦的な人間の方が好きなのだろうか。

 マーカス先生が諦めたのを確認すると、他の来賓の様子を見てくる、と言い残して学校長は姿を消した。マーカス先生は恨めしそうな顔で学校長を見ていたが、学校長はどこ吹く風だ。なお学校長もなんだか癖が強そうな人だなぁ。

「さて、特待生の諸君。さきほど祝辞でも自己紹介させてもらったが、あらためて名乗ろう。俺はバルナーク・レムルガント。大司教を拝命している」

 そう言って、彼はまた笑顔を見せた。それでもどこか獣めいた雰囲気を感じるのは、もはやこの人の特性なのだろう。

「知っている者もいるかもしれないが、俺は神学校に通ったことがない。統督教の幹部の中ではある意味異端の存在だ。
 だからこそ、ある意味では同じ異端の存在である君たち特待生には興味があるのだ。……おっと、異端と言われて気を悪くしないでくれ。俺からすればそれは褒め言葉なのだ」

 大司教の言葉に嘘はないように感じた。そう言うと、彼は特待生一人一人に声をかけて回る。

「ふむ、君がミン・シェラード嬢か。非常に優秀だとリビエールの司教からも聞いている。期待しているぞ」

「ははははい! 光栄です!」

「ミュスカ・デメール嬢。この度はよく我々の要請に応えてくれた。住み慣れた村を離れ寂しい思いをしていることだろうが、君の決断に心から感謝する」

「あの、その……ありがとうございます……」

「エディ・レミングソン君。その思考力には我々も大いに期待しているところだ。学問のさらなる発展に寄与してくれることを願う」

「……そ、そうか。いいだろう、その期待を裏切るつもりはない」

 ミンやミュスカはともかく、あのエディすら大人しくなっているあたり、さすがは大司教の貫禄というものだろうか。いや、大司教云々というよりは、このバルナーク・レムルガントその人のカリスマ性によるものなのかもしれない。

 次に、大司教はシュミットに近づいた。

「シュミット・ディノ・バスク。……久しいな。お前が謹慎させられたと聞いた時は嘆いたものだ。こうして再び顔を見ることができて嬉しいぞ」

「バルナーク大司教……! ありがとうございます! 俺は必ず、貴方のお役に立つ人間になってみせます!」

「……それは嬉しいが、俺のためではなく、統督教とお前自身のためにも修養に励んでほしいものだな」

 大司教に対するシュミットの態度に、俺は驚かずにいられなかった。自分が一番みたいなイメージを持っていたけど、こういう誰かに心酔するような一面もあるんだな。
 それに、元々二人は知り合いだったようだ。さすがは教会派の名家、顔が広いな。

 そうして教会派の四人との会話を終えると、大司教はそれ以外の面々、つまり俺たちに視線を向けた。だが、さすがに俺たちの名前までは知らなかったようだ。まず、彼はフレディの前に立った。

「お前はシグレスタス神殿長の知己であるようだな。あの方は、神殿派の長として実に素晴らしい指導者だ。彼のように神殿派を背負って立つ聖職者になれ」

「……はい、ありがとうございます」

 きちんと返事をしながらも、フレディの表情は固かった。神殿派の、それもダール神を信奉する彼にとっては、教会派の首魁からの言葉は素直に受け取れないのかもしれないな。……まあ、単に緊張してるだけかもしれないけどね。

 そして、大司教は、コルネリオとセレーネに向き直った。……あれ?

「悪いが、正直に言ってお前たち二人の事はよく知らぬ。だが、この学校の特待生であるからには、何の個性もない有象無象であるとは思えん。どのような形であれ、俺と道が交わる日がくることを願っている」

 バルナーク大司教は、コルネリオとセレーネについては当たり障りのないことを口にした。縁もゆかりもない間柄だろうが、激励に来たという手前、教会派だけに声をかけるわけにはいかないのだろう。

 ……というか、ちょっと待ってくれ。どうせなら俺もその中に入れてほし――。

「クローディア王国教会大司教、バルナーク・レムルガントだ」

 心中で抗議をする暇もなく、彼は俺の前に立った。その強烈な存在感のせいか、ただでさえ巨大な身体がさらに膨らんだように感じられる。


「……カナメ・モリモトと申します」

 くそう、名乗られたら名乗り返すしかないじゃないか。バルナーク大司教は俺の名前を聞くと、面白そうな様子で口元に手を当てた。

「なかなか珍しい名だな。どこの出身だ?」

「辺境のルノール村出身です」

 俺は素直に答えた。辺境の名を聞いてどう反応するか興味があったのだが、大司教は何ら今までと変わらない様子で口を開いた。

「ほう……。かの地には教会や神殿や、その他統督教の施設は一切なかったと記憶している。たまに、どこかしらの派閥が布教へ行っては成果なく帰ってくるのが常の、信仰とはあまり縁のない地域だと思っていたのだがな」

「現実的な方が多くいらっしゃいますからね」

 実際、辺境は「信仰より日々のパンが大事」という気風だ。たしかに布教は難しいかもしれない。

「なるほどな。……ところでだ。お前にも察しがついていると思うが、話の続きをしにきた。……お前は雷が落ちた時分、どこにいたのだ?」

 挨拶はこれまで、とばかりにバルナーク大司教が問いかけてくる。今さら大掛かりな嘘をついたところで、バレる可能性のほうが高いだろう。
 それにあの場所が発見されたところで、俺たちに繋がる手がかりはない。そう判断した俺は、それなりに協力姿勢を見せることにした。

「外壁の近くにいたことは間違いありません。ただ、私はこの街へ来てからまだ数日しか経っていませんので、自分がどこにいたのかよく分からないのです」

「周辺部と繋がっている門付近を除けば、外壁の近くにあるのはほとんどが民家だ。何の用事もなしに外壁に近づいたとは考えられんが」

 む。なかなか突っ込んでくるな。というか、なんでこんなに雷にこだわるんだろう。ちょっと気になるな。

「知人に人気の喫茶店があると誘われたのです。ただ、その帰りに道に迷ってしまいまして……」

「その喫茶店はなんという店だ」

「申し訳ありません、連れられて行ったものですから、お店の名前までは記憶しておりません」

 そう言うと、大司教はふむ、と考え事を始めたようだった。

「……ちなみに、迷っていた時間はどれくらいだ?」

「十分から二十分といったところでしょうか」

 あらかた聞きたいことを質問し終えたのか、バルナーク大司教の視線が幾分柔らかくなった。そして、俺にとっては少し残念なことを口にする。

「情報提供に感謝する。後は……そうだな、お前と口論していた生徒にでも聞いてみよう」

 そう言うと、彼はニヤッと笑った。

「安心しろ、俺はお前が連れの女と何をしていたかに興味はない」

 それが冗談のつもりだったのかどうかは分からないが、少なくともクラス内での俺の評価を下げたことは間違いなかった。……くそ、絶対わざとだな。というか、聖職者として今の発言はいいのか……?

 もう用事を終えた、とばかりに教室の入り口へ向かう大司教を見て、俺は一つ聞きたいことがあるのを思い出した。

「バルナーク大司教様」

「なんだ」

 彼は意外にも、足を止めるだけでなく身体全体でこちらを振り向いた。俺は何気ない様子で疑問を口にする。

「つかぬ事をお伺いしますが、なぜそれほどにあの落雷に注目されているのでしょうか?」

「アレはただの雷とは思えん。魔術師マジシャンが放った可能性がある」

 大司教の返答に俺は一瞬固まった。だが幸いなことに、不審がられた様子はなかった。

「王都には何人も魔術師マジシャンがいると聞きましたが、その一人ではありませんか?」

「あのように大規模な雷魔法を扱える魔術師マジシャンなど、この王都にはおらん」

 バルナーク大司教は迷いのない口調で断言した。しかし、それがどうしたというのだろう。少し嫌な想像が脳裏に浮かぶ。

「仮にその雷魔法を行使した魔術師マジシャンが見つかった場合、どうされるおつもりですか?」

 あまり聞くべきではない質問だったが、ミルティのためにもそれだけは確認しておくべきだった。まさか、モグリの魔術師マジシャンは逮捕とか、そんなことないよな……?

「強力な固有職ジョブ持ちの情報は、時として千金に勝る。善性の者であれば統督教として雇用することも考えられるだろう。もし悪性の者であれば容赦はせんがな」

 その言葉を聞いて俺はほっとした。ミルティにはまだ人前で魔法を使わないよう頼んでいるが、ずっとそのままという訳にもいかない。

 少なくとも、俺の地位が統督教の聖職者として確立された後は、固有職ジョブを隠す必要もないし、展開によってはむしろ転職ジョブチェンジ実績として目立ってもらうことすら考えていたのだ。もし教会派に敵対されるとややこしくなるところだった。

「質問がそれだけなら、俺は帰るとしよう。……邪魔をした」

そう言って大司教が教室を出て行った後には、ただ疲労しか残らなかった。最後に余計な質問をした自覚はあるが、そう怪しまれることではないだろう。全体的には、ただ落雷を間近で見た一般人としか考えられないはずだ。

 そう結論付けると、俺は精根尽き果てたかのように机に突っ伏したのだった。






「カナメさん、こんにちは」

 授業を終えた俺が校門を出ると、もはや聞き慣れた気さえする声がかけられた。振り向けば、そこには予想通りミルティが立っていた。

「キャロちゃんも、こんにちは」

「キュッ!」

 ミルティは挨拶を交わすと、キャロを撫でながら俺に話しかけた。

「カナメさん、昨日の約束通り、魔法理論の手ほどきをしましょうか」

「忙しいのに悪いな」

 そう言いながら、俺は辺りを見回した。……大丈夫だ、あの目立つ大司教はいないようだ。その偵察結果に俺はほっとした。ついでにあのクラウス君もいないようでなおよし。

「あら、どうかしたの?」

「いや、ちょっと色々あって……」

 不思議そうに聞いてくるミルティに、俺は曖昧な言葉を返した。わざわざミルティに説明することもないだろう。

 ちなみに、最近お決まりの流れになっている感があるが、俺はミルティにも敬語禁止令を出されていた。
 当然ミルティも敬語ではなくなったのだが、意外と彼女の口調がお姉さんじみているのが面白いところだった。村長の娘という役柄、どうしてもお姉さん役が多くなったためだという。俺、多分七歳くらい年上なんだけど……まあいいか。

 そんな事を考えている間に、ミルティが口を開いた。

「立ち話ですむような簡単な話じゃないし、どこかで座ってお話ししましょ?」

「そうだな」

 とはいうものの、神学校の図書館にミルティは入れないし、魔法研究所に俺が入れるわけもない。必然的に、俺たちはまた喫茶店を選ぶことになった。

「じゃあ、今日は私が気に入ってるお店でいいかしら?」

 そう言って彼女が選んだ喫茶店。そこには予想外の出会いが待っていた。



「ほう……日に三度もお前と出会うとはな」

 ミルティの案内で、ややかわいらしい店内に入ろうとした瞬間だった。店の入り口から姿を現した巨体を見て、俺は頭を抱えた。
 なんでこの大司教は、こんなかわいい喫茶店に入っちゃったんだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。とにかく、ここは逃げることが先決だ。

「カナメさん、あの……この方は?」

「俺はバルナーク・レムルガントという。そこの男とは多少縁があってな」

 そう言うと、バルナーク大司教は人の悪い笑みを見せた。どうせ俺とミルティの仲を邪推しているのだろう。とはいえ、自分の地位をひけらかそうととない態度には好感が持てた。

「ミルティ・フォアハルトと申します」

 そんなことを考えている間にも、ミルティはしっかり名乗りを返していた。しまったな、バルナークが探している魔術師マジシャン本人の名前を知られてしまった。

「ミルティ嬢。突然の質問で悪いが、君は昨日、彼と行動を共にしていたか?」

 む、先手を取られたか。ミルティもその質問に正直に答えていいものか悩んだのだろう、戸惑った顔で俺を見た。だがここで打ち合わせをする訳にもいかないし、俺が答えたほうが矛盾が出にくいだろう。俺は一歩進み出た。

「そうです、昨日は彼女と件の喫茶店へ行きました。……ミルティ、この方は昨日の落雷について調べているんだ。……ほら、喫茶店を出てすぐに凄い雷があっただろ?あれは、王都に潜伏する知られざる魔術師マジシャンの仕業かもしれないそうだ」

 うーん、多少わざとらしい話し方になってしまったな。だがその甲斐はあったようで、ミルティは瞳に理解の色を浮かべると話を合わせる。

「そうなのですか……。たしかに物凄い雷でしたね」

 ミルティは、さも他人事のように相槌をうった。ミルティやるなぁ。バルナーク大司教も不審に思うことはなかったようで、そのまま話を続ける。

「うむ。そこでだ。君が雷を目撃した地点を教えてもらいたいのだ。彼にも確認したが、知り合いに連れられて行ったため、傍にあった喫茶店の名前も場所も覚えていないというのでな」

 おや? ということは、クラウスからは所在地の情報が得られなかったのだろうか。まあ、喫茶店から出てきた俺たちを見つけたならともかく、裏路地から出てきた時だもんなぁ。
 あの辺りは似たような作りで目印もなかったし、彼もよく分からなかったのだろうか。

「ミルティ、俺からも頼むよ。喫茶店を出た後のことは、道に迷ってよく覚えていないだろうけど、あの喫茶店について教えてもらえないか?」

 ミルティが困惑した視線をこっちに向ける前に、俺は早口にそう言った。ミルティなら、俺の意図を組んでくれると信じよう。あくまで友好的な感じでさっとあの喫茶店の位置だけ伝えてもらって、そして笑顔で別れの挨拶をしよう。俺はそうプランを立てていた。

 だが、大司教はそう簡単に逃がしてくれなかった。






「どうしてこうなった……」

 俺、キャロ、ミルティ。そしてバルナーク大司教の三人は並んで通りを歩いていた。最初は喫茶店の位置を伝えるだけだったはずが、あれよあれよという間に同行することになってしまったのだ。

 なんせ彼は、大司教の地位という札を切ってきたのだ。いくら統督教関係者ではないミルティといえど、そんなビッグネームを出して頼まれてしまっては、そうそう断ることはできないだろう。……くそぅ、権力者なんてろくなもんじゃないな。

「お前は面白いペットを連れているな」

 心の中でそんな事を思っていると、バルナーク大司教は突然口を開いた。もちろん、その視線にいるのはキャロだ。

「兎がペットって、そんなに珍しいことでしょうか?」

「その兎は妖精兎フェアリーラビットだろう」

 ……さすがは大司教と言うべきか。この王都で、キャロが妖精兎フェアリーラビットだと見抜いた人間なんてほとんどいない。俺は本気で感心した。

「どうやらそうらしいですね。私も人に言われるまで知りませんでした」

 まあ、キャロが妖精兎フェアリーラビットだと分かったところで、ミルティの正体に辿り着けるわけでもないし、ここは素直に認めておこう。

「いったい――」

 と、バルナーク大司教が不意に言葉を切った。その目が険しく、そして鋭く細められる。

「何者だ」

 バルナーク大司教の太い腕が腰に伸びる。やがて、沈黙に耐え切れなくなったかのように、建物の陰から人影が四つ現れた。

「……」

 彼らは終始無言だった。だが、よからぬ目的で俺たちに近づいてきた事は、彼らが被っている怪しげな覆面からたやすく想像できた。

 どうやら彼らの目的はバルナーク大司教のようだった。無言で短刀を取り出すと、うち三人が彼に向かって詰め寄る。そして残る一人は、俺とミルティの前に短刀を突き出した。

「……っ!」

 咄嗟に魔法を使おうとするミルティを、俺は手で制した。こんな非常時ではあるが、そもそもバルナーク大司教は正体不明の魔術師マジシャンを探しているのだ。ここでミルティが魔法を使ってしまっては、それを白状してしまうようなものだ。

 バルナーク大司教の目的について確信がない以上、それは最後の手にしたい。

「キュ……?」

 同様にキャロが活躍するのも避けたい俺は、キャロの前に立った。キャロが活躍すると、嫌でもバルナーク大司教はキャロに注目するだろう。万が一にも大司教権限でキャロを徴取されるような事は避けたいし、少なくとも、その飼い主とされている俺へ興味を持つおそれがあった。

 俺たちを脅している男はただの足止め役らしく、ぎりぎりの距離で俺たちに短刀を突きつけたまま動こうとしなかった。

 そんな中、俺がバルナーク大司教の方へ目をやると、彼はいつの間にか金属製の棒を手にしていた。俺には武術なんて分からないが、それでも大司教がそういう修練を積んでいることを疑わせない、実に堂に入った構えだった。現に、三人もいる覆面の男が攻めあぐねている。

 だがその様子を見て、俺たちを脅している覆面が焦れてきたようだった。まずいな。これって、俺たちを人質にしてバルナーク大司教を投降させる流れになりそうな気がする。それは勘弁してほしいな。

 そう考えると、おれは覚悟を決めた。そしてできるだけ目立たないような切り抜け方を模索する。

 ……まず、戦士職への転職ジョブチェンジは問題外だ。かといって、この場で魔法が行使された場合、それに俺たちが関わっていないと判断するほどあの大司教は間抜けではない。

 敏捷系の固有職ジョブで目に見えない動きで覆面の男を倒すのも、結果だけを見れば俺たちが覆面の男を倒した事実が残るわけで、やはりどうやって倒したのか、という話になってしまう。

 困ったな。そう思って、俺は視線を上に逸らした。だいぶ年季の入った建物の屋根に、カラスのような鳥が留まっているのが見える。こっちは非常事態だというのに、その態度は悠然としたものだった。

 ――これだ。

 俺は反撃を開始した。



 の眼下に七人の男女の姿が映る。うち覆面は四人。そのうち、一組の男女に刃物を突きつけている覆面に向かって、は急降下した。

 真横から強烈な衝撃を受けて、覆面の男が吹き飛ぶ。そして、男が吹き飛んだ先には仲間の覆面たちがいた。

「うぉ!?」

 仲間に激突されて、バルナーク大司教を取り囲んでいた男の一人がそのまま倒れこんだ。よし、もう一度だ。

 はそのまま、まだ立っている残りの二人に突撃をかける。……いや、かけようとした。だがそこで、は一つ重大な事実を失念していたことに気が付いた。

「そうか、一度飛ばなきゃ充分な加速ができないのか……」

 慌てて空へ舞い上がっただったが、標的を確認している途中でふと視界が切り替わった。……十秒が経ってしまったのだ。突然シンプルになった視界を処理できず、俺の脳は混乱状態にあった。

 そう、俺は魔獣使い(ビーストマスター)として、近くにいた鳥を操っていたのだ。固有特技スキルである『一体化』を使うと、さっきのように動物を操り、その視点でものを見ることができるのだ。
 これなら俺の仕業だとは分からないだろう。問題は、『一体化』すると二つの視界が重なってしまうせいで、あまりにも気持ちが悪いということだろうか。

「残り二人は!?」

 俺は意識がはっきりするなりバルナーク大司教の方へ目をやった。飛ぶということを甘く見すぎたせいで、覆面二人を残してしまったのは失敗だった。

 だが、そう自省の念に囚われていた俺は目をむいた。

「……修業が足りねえ」

 いつの間にか、バルナーク大司教が覆面二人を打ち倒していたのだ。見れば男二人は完全に気絶しているようだった。……まあ、あの太い腕で振り回される鉄棒とか、固有職ジョブがなくても人を殺すには充分だよな。

 ついでに見ると、鳥の突撃で吹っ飛ばした二人も気絶しているようだった。負傷具合から察するに、バルナーク大司教が追撃したのだろう。……ほんと、なんでこの人聖職者やってるの?

 次に俺は操っていた鳥を見上げた。けっこうな勢いで覆面男に激突した鳥だったが、再び屋根の上でのんびりしているあたり、大したダメージは受けていない様子だった。
『魔獣強化』をかけておいてよかったな。さすがに操った動物を玉砕特攻させるのは後味が悪すぎる。

 そんな事を考えている間にも、バルナーク大司教は次々と襲撃犯を縛り上げていった。予想通りというかなんというか、実に見事な手際だった。四人全員を縛り上げると、彼は俺たちの元へやって来る。

「厄介ごとに巻き込んでしまったな。すまん」

 そう言って大司教は頭を下げた。

「そ、そんな、頭を上げてください」

 その様子に慌てたのはミルティだ。まさか大司教に頭を下げられるとは思っていなかったのだろう。慌てている様子が面白かった。

「そうですよ、みんな無事で済んだのですから。……それにしても、バルナーク大司教はお強いのですね。まさか、あの一瞬で暴漢をのすとは」

 それは俺の衷心からの言葉だった。この人なら、戦士系の固有職ジョブ持ちだって偽ってもバレないんじゃないだろうか……?

「すべてはあの鳥のおかげだ。お前たちを人質に取られていたようなものだったからな。迂闊に動けばそこを突かれると考えたのだが、いい具合に飛んできたものだ」

 そう言うと、バルナーク大司教は屋根の上の鳥を眺めた。真相はどうあれ、たしかに頑張ってくれたよな。ありがとうな、鳥。



「ところで大司教様、彼らはいったい何者なのでしょうか?」

 襲撃された旨を伝えるべく衛兵の詰所へ向かう最中で、俺は気になっていることを口にした。あんな怪しい覆面集団を見て、それが気にならない人間なんてごく少数派だろう。

「それは尋問してみなければ分からん」

 そう答えながらも、バルナーク大司教には心当たりがあるようだった。だが、ここではぐらかすということは、これ以上聞いても無駄だろう。それでも彼らの正体に色々思考を巡らせるうち、衛兵の詰所らしきものが目に入った。

「お話は承りました。後は我々にお任せください」

 バルナーク大司教から話を聞いた彼らは、血相を変えて動き出した。まあ、この国の教会派最高幹部が街中で襲われたとあっては、彼らにとっては一大事だろうからなぁ。衛兵たちがガヤガヤと詰所を出ていく。

「しかし、中心部の検問を簡単に抜けられるとは考えにくいが……やはり内通者か?」

魔術師マジシャンでなかったのなら……」

 彼らの会話に、俺はこっそりと聞き耳を立てた。断片ばかりでよく分からないが、気になる単語がいくつも流れてくる。だが、それだけで真実が分かるはずはなかった。そんな中、大司教が俺たちの方へ近づいてくる。

「俺は彼らと共にあの現場へ戻る。……迷惑をかけたな。お前たちに神の恵みがあらんことを」

 珍しく聖職者らしいことを口にすると、彼は俺たちに背を向けた。

「最後に一つ、よろしいですか?」

 だが、俺はどうしても一つ、聞いておきたいことがあった。俺の声を聞いて、バルナーク大司教が首だけ振り返る。

「なんだ」

「ひょっとして、最初から彼らをおびき出すおつもりだったのではありませんか?」

 俺の問いかけを聞いて、バルナーク大司教の眉が僅かに動いた。考えてみればいくら腕に自信があるとはいえ、一国の教会派最高幹部ともあろうものが、護衛の一人も連れずに街を歩き回る方が不自然だ。
 むしろ、一人になった自分を餌にして獲物を吊り上げようとしていたのではないだろうか。

 魔術師マジシャン探しがカモフラージュだったのか、別の目的があったのかは分からないが、少なくとも襲撃についてはそんな気がしてならなかった。俺たちに対する謝罪は心からのものに思えたが、どこからどこまでが本当なのかよく分からなかった。

「面白い事を考える男だ。……カナメ・モリモト、縁があればまた会おう」

 答えにならない答えを返すと、クローディア王国教会の最高幹部は今度こそ去って行ったのだった。
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