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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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決着と現状

「カナメ・モリモト君。次は君の番です。神々の遊戯(カプリス)の演目を指定してください」

 辺境を毛嫌いするシュミットと、辺境出身である俺の諍いに端を発した神々の遊戯(カプリス)は、後半戦に差し掛かろうとしていた。
 演目には神話や伝承を模した競技、それも自分に有利になりそうなものを指定するというのが神々の遊戯(カプリス)の基本的な戦術だ。そして、俺には確実に相手に勝てる切り札があった。

……のだが。

「マーカス先生。不勉強で申し訳ないのですが、私はあまり神話や伝承の類を存じておりません。どのように演目を決めればよろしいのでしょうか?」

 むしろ問題はそっちだった。虎の威を狩るようで少し気が引けるが、規格外の能力を誇る妖精兎フェアリーラビットを活躍させられる演目を用意できれば、こちらの勝利はまず間違いない。ただ、それに適した演目があるのかどうかが、さっぱり分からなかった。

「なるほど、それは困りましたね。ですが、私が演目の決定に関わるのは立場上まずいんですよね……」

 そう言うと、マーカス先生は顎に手を置いて考え込んだ。

「……そうだ、引き続きフレディ君に頼ってみてはどうですか? 神殿派の彼なら、色々な神話を知っているでしょう」

 たしかにそれはいい手だと思えた。なんだかフレディに借りを作りまくっているような気がするけど、現時点ではそれが最善だろう。



「……ああ、構わないとも。カナメはどういった競技を指定するつもりだい?」

 フレディは、俺の「知恵を借りたい」という依頼をあっさり引き受けてくれた。神殿派には教会派とは比べものにならないくらい神話や伝承があるからね、と心強いお言葉までくれる。

「動物を使役して何かを破壊するとか、そういう類の演目はあるか?」

 キャロには持久力がないから、さっきの俺みたいに長距離を走るような競技は向いていない。ここはやはり、一瞬で片が付くタイプの競技を用意するべきだろう。

「動物? ……そうだね、あるよ。『ロンバルトの解呪』なんてどうかな」

 俺が指定した条件に少し驚いたようだったが、フレディはすぐに答えを返してくれた。なんでも、大地神グラシオスの啓示を受けた勇者ロンバルトが、かの神が遣わした神獣の協力を得て、呪いの石板を粉々に破壊したという伝承があるらしい。
 よし、こっちが指定する演目はそれにしよう。

 俺が演目を『ロンバルトの解呪』にしたいと申し出ると、マーカス先生は少し悩んだ様子だった。何かまずいことを言ったのだろうか、と不安になる。

「さすがに巨大な石板なんてありませんからね。石……壊してもいい巨大な石……」

 どうやら舞台設備が大掛かりすぎたらしい。たしかに、そんな巨石がそうそう転がっている訳はない。しばらく悩んでいた先生だったが、やがて思いついたように顔を上げた。

「そういえば、旧校舎を取り壊した際に廃棄し忘れた建材がありましたね。手配してきますから、その間にパートナーの動物を手配しておいてください。……あ、ちなみにもう昼休憩の時間ですから、ここへ再集合するのは午後の鐘が鳴ってからでいいですよ」

「分かりました、ありがとうございます」

 マーカス先生に頭を下げると、俺はキャロがいる預り場へと足を向けた。






「ふざけないで!」

 広大な神学校の敷地をさまよって十数分は経っただろうか。ようやく預り場へ到着した俺の耳に聞こえてきたのは、何かを言い争うような声だった。その声になんとなく聴き覚えがある気がして、俺は急いで預り場の中へ入った。

 そこにいたのは、朝に出会った獣人族の少女と、竜を連れてきていた銀髪の少年だった。そして、なぜかシュミットもそこにいる。

「女は黙っていろ! おいお前! 俺の神々の遊戯(カプリス)を手伝わせてやろうと言ってるんだ! さっさとその竜を差し出せ!」

 ああ、なるほどなぁ。たしかに蒼竜ブルードラゴンならキャロといい勝負ができるかもしれない。とはいえ、わざわざ神学校まで連れてくるような竜だ、おいそれと人に預けられるわけがないだろうに。

 そう思っている間にも、シュミットが少年に詰め寄る。もはや脅しているようにしか見えない構図だった。ある意味では俺が原因だし、放っておくわけにはいかなかった。

「やめろ!」

 俺はシュミットと少年の間に割って入った。少しシュミットを突き飛ばしたのはご愛嬌だ。俺の事を覚えていたのか、泣きそうな顔をしていた少年の顔が、少しだけ柔らかいものになる。

「……はっ、そういうことかよ。辺境の蛮族と未開の部族で仲良しごっこか。どいつもこいつも臭い匂いがするぜ!」

 突然突き飛ばされて混乱していたシュミットだったが、俺の姿を見て勝手に何かを納得したようだった。そして怒気を振りまきながら預り場を出て行ていく姿を、俺は最後まで睨み続けていた。

「大丈夫だったか?」

 俺は少年に話しかけた。少年はまだ気が動転しているようだったが、代わりに獣人族の少女が口を開く。

「助けてくれてありがとうございます。ここでお昼を食べていたら、あの人が突然ルコル君に迫ってきて……」

「竜をよこせっていうから、ダメだっていったんだ」

 少女の言葉をルコルと呼ばれた少年が引き継いだ。怖かったのだろう、まだ目に涙が浮かんでいた。俺はルコルの頭にぽんと手を置いた。

「ごめんな。俺とあいつの神々の遊戯(カプリス)に巻き込んでしまったみたいだ」

神々の遊戯(カプリス)!?」

 俺の言葉に反応したのは少女の方だった。獣耳がぴんと立っているのは驚きのせいだろうか。

「ちょっと色々あってね。キャロと一緒に参加できる演目を指定したんだが、まさか二人に飛び火するとは思わなかった。申し訳ない」

 そう言って俺は頭を下げた。シュミットならこれくらいやりかねないと気付くべきだった。

「そんなことないよ、わるいのはあの人だよ。お兄ちゃん、カプリスがんばってね!」

 そう言って、ルコルはにっこり笑ってくれた。なんていい子だろう。負けられない要素が一つ増えたな。

「あの、キャロちゃんと一緒に参加する神々の遊戯(カプリス)って何をするんですか?」

 そこで、獣耳の少女が会話に入ってきた。俺はさっき聞いたばかりの演目名を復唱する。

「『ロンバルトの解呪』だよ」

「え? あの石を壊すやつですか?だってキャロちゃんを連れて行くんですよね……?」

 少女は驚いた様子だった。まあたしかに、兎をパートナーにするような演目じゃないよねぇ。

「キャロなら大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 そう言って、キャロのいる開放スペースへ向かおうとした俺だったが、なぜか少女に引き留められた。

「あの、私は三百八十二期生のマリーベル・クランです。……お名前を聞いてもいいですか? 今朝は聞きそびれちゃって」

 それで引き留められたのか、と俺は納得した。毎朝顔を合わせそうな相手だし、名前を覚えておいた方がなにかといいだろう。

「私は特待生のカナメ・モリモトと申します。改めてよろしくお願いします」

 俺がそう答えると、マリーベルはくすっと笑った。あれ、何か変なこと言ったかな。

「カナメさん、そんなに畏まらないでくださいね?たぶんカナメさんの方が年上ですし……。」

 マリーベルはにこやかにそう言った。……うーん。社会人になってからは、誰もそんなこと言わなかったからなぁ。こういう時の無難な対応がよく分からない。断れる雰囲気でもないし、修行だと思って頑張ろうか。

「……じゃあ、そうさせてもらうよ。マリーベル、ルコル、昼休みを邪魔して悪かったな」

 そう言って、俺はキャロを迎えに開放スペースへ足を踏み入れた。






「それでは神々の遊戯(カプリス)の第二演目、『ロンバルトの解呪』を開始します。」

 マーカス先生の言葉と共に、俺は破壊するべき目標物に目をやった。そこに置かれているのは、一メートル近い厚みをもつ分厚い石壁だ。縦横もおよそ一メートルといったところで、見た目は石でできた正方体だった。

 当然、対戦相手であるシュミットの目の前にも同じものが置いてある。そちらに視線を向けると、やたら仰々しいとげ付きハンマー――俺も持たされたわけだが――を持て余しているシュミットが立っていた。その傍らに控えているのは軟体生物だろうか、パッと見は半透明の謎生物にしか見えない生命体が蠢いていた。というかアレ、もはやモンスターの域なんじゃないのか……?

「勝利条件は、相手より先にこの石壁を四分の一以下のサイズまで砕くこと。先に、全ての破片を元の大きさの四分の一以下にした方の勝ちとします」

 俺がよそ見している間に、マーカス先生が細かいルールを説明してくれる。四分の一以下かどうかを見分けるのって、けっこう難しそうだな。ひょっとして重さでも図るんだろうか?

 説明を終えると、マーカス先生は開始の合図を出すべく手を振り上げた。辺りにしん、とした空気が広がる。

「始め!」

 先生が手を振り下すと同時に、俺は足元でごろごろしているキャロに話しかける。

「なあキャロ、頼みがあるんだが、あの石壁を粉砕してくれないか?」

「……キュキュ?」

 いつも不思議に思うんだが、どうしてキャロは俺の言葉が分かるんだろうな。いや、正確に言語として理解しているわけじゃなさそうだけど、言いたいことは大体伝わっている気がする。精神感応能力でもあるんだろうか。

 今回も俺の意思はちゃんと伝わっていたようで、キャロは目の前の石壁に向き直った。全長三十センチの兎がその前に立つと、石壁の巨大さが余計に際立っていた。

「キュゥゥゥゥ……!」

 おや? 珍しいな、キャロが精神集中みたいなことをしてるぞ。まるで修行僧みたいだ。そんな感想を抱いていると、段々キャロの手足が光り始める。

「なんだあれ!?」

 遠巻きに見ていた、特待生クラスの誰かが叫んでいるのが聞こえた。修行僧さながらに精神統一を行い、その身に光輝をまとった兎。ここまでくると、なんだかシュールに思えてきた。

「キュァァ!」

 と、キャロが前触れもなく突然動いた。俺の動態視力ではほとんど認識できなかったが、どうやらキャロが石壁に跳び蹴りを浴びせたようだった。

 校庭に、耳をつんざくような凄まじい破壊音が響き渡る。……一瞬とはいえ、思わず目をつぶってしまった俺が薄目を開けると、眼前にはかつて石壁だったのであろう拳大の石塊が山になっていた。もはや、サイズを測るまでもないだろう。

 俺はまず、対戦相手たるシュミットの方を見た。当然と言えば当然だが、ほとんど石壁は無傷だった。それでも石壁に焦げるか溶けるかしたような痕が見られるあたり、あの軟体動物は酸か何かを吐いていたのかもしれない。面白い着眼点だな。

 と、俺がそんな観察をしている間も、誰も一言も発しようとしない。先生も、特待生クラスのみんなも、そして対戦相手のシュミットも。全員が唖然とした表情で固まっていた。

「あの……先生?」

 ついに我慢できず、俺はマーカス先生に声をかけた。それから数秒後、はっと我に返った先生は大声を張り上げた。

「そ、それまで! ……神々の遊戯(カプリス)の第二演目『ロンバルドの解呪』はカナメ・モリモト君の勝利とします。
よって、カナメ・モリモト君を神々の遊戯(カプリス)の勝者であると認めます!」

 先生がそう宣言した瞬間、いくつかの歓声が聞こえてきた。

「やったねカナメ! まさかこんなにあっさり勝つとは思わなかったよ!」

 最初に賛辞を贈ってくれたのはフレディだった。下手をすると俺よりテンションが上がってるな。仲間意識というやつだろうか。

「おめでとうさん。キャロちゃんはほんま凄いな」

 続いて声をかけてきたのはコルネリオだった。教会派に遠慮して近づいてこないのかと思ったけど、よっぽど興奮しているのか俺の肩をばんばん叩いた。ちょっと痛いくらいだ。

「カナメ君、凄いのね。そのかわいい兎さんにもびっくりさせられたわ」

 次いで現れたのはセレーネだった。多少昂揚しているのか、頬に少し赤みがさしている。それがまた色気を醸し出していて、ここが本当に神学校なのか疑問を抱かせるには充分だった。見れば、隣のコルネリオがデレデレしている。……まあいいや。

「ふむ……。君は、いや君たちは非常に興味深いな」

 そして、賛辞だか何だかよく分からない口ぶりで、横からエディが声をかけてきた。俺とキャロを交互に見ては、何かを考えているようだった。さすがに「兎を転職ジョブチェンジさせました」なんて回答を導き出せるとは思わないけど、なんだか近いところまで迫ってきそうでちょっと怖いな。

さすがに、他の教会派の女の子二人は俺に近寄ってこなかった。まあ、宗派上の分類とはいえ仲間が負かされた訳だし、この世界ではその方が当然なのかもしれない。

「さて、みなさん教室へ戻ってくださいね。まだ午後の部を終えるには早すぎますからね」

 なおも賑やかだった俺たちに向かって、マーカス先生が追い立てるように口を開いた。

……あれ? よく考えたら俺、いきなり初日の授業を半分くらい潰しちゃったんじゃなかろうか。うわぁ、品行方正で目立たない生徒を目指してたのに、のっけから台無しだ。そりゃ、かっとなった俺が悪いんだけどね、うん……。

 俺は預り場へ寄ってキャロを再び預けると、教室へ戻ったのだった。






 教室へ戻った俺を待ち受けていたのは、久々の座学だった。教室内で椅子に座り、机に歴史書のようなものを広げていると、まるで学生時代にタイムスリップしたような気分になる。

「さて、もう午後の部も半分近く終わってしまいましたが、少しくらいは授業をしておきましょう」

 マーカス先生はそこまで言って、何かを思い出したかのように手を打った。

「……ああ、その前に一つ言っておくことがありました。ええとですね、みなさんの中には、何故個人的な神々の遊戯(カプリス)を今、授業時間を潰してまで行ったのか、という疑問を持った人もいることでしょう。その理由を説明しておきます」

 その言葉を聞いて、俺はついシュミットの方へ視線をやった。シュミットの方も同じだったのか、俺たちの視線が交錯し、そして一瞬でお互いに視線を逸らす。

 そんな俺たちのやり取りには気付いていない様子で、マーカス先生は言葉を続けた。

「ここは神学校です。通常の神学校の生徒は十歳くらいからこの学校へ通い、そして十七、八歳で聖職者の階位を得て、信奉する宗派の教会なり神殿なり所属することになります。
開始年齢にはある程度ばらつきがありますが、なんにせよ七、八年かけて統督教の聖職者に相応しい最低限の教養や能力を身に着けてもらうわけですね」

 マーカス先生はいったん言葉を切ると、俺たちを見回した。

「ですが、みなさんは特待生です。特待生として推薦されている以上、皆さんには一般教養が備わっていると見なされます。ですので、一般教養にかかるような授業は基本的にありません。もちろん自発的な修学を否定する趣旨ではありませんので、上級生の授業なら参加してもらっても構いません。上級生は自分で履修する授業を決める単位制を採用していますから、知らない生徒が混ざっていても気にしないはずです」

 なるほど。この世界のことがさっぱり分からない俺の場合、色々な授業を受けておいた方がいいかもしれないな。……あんまり勉強したくはないけどね。

 そんなことを考えている間にも説明は続く。

「……と、話が逸れました。つまり、みなさんは一般的な教養に関する授業を受ける必要はないということです。まあ、その代わりに、統督教にかかる知識や作法を集中して学んでもらうことになりますから、拘束時間は一般の生徒と変わりませんけどね。この特待生専用のカリキュラムを修了すれば卒業となり、聖職者としての階位が与えられます」

 うーん、この世界の一般教養が身についている自信は一ミリもないけど、学生生活を五、六年分スキップできるのは嬉しいな。ありがとうリカルド。俺はリビエールにいるであろう第十二王子に心の中で感謝を捧げた。

「さて、そんな訳でですね、勘のいい人はもう気付いているかもしれませんが、先ほどの神々の遊戯(カプリス)についても、特待生が学ぶべき必須項目の一つだったものですから、さっそく実習してみたわけです。やっぱり、こういうのは実際に経験しないとピンときませんからね」

 とんとん拍子に神々の遊戯(カプリス)が始まったのには、そういう理由があったようだ。てっきり、シュミットの奴に授業を潰すくらいの権力があるのかと思ってたぞ。

「さて、前置きはこれくらいにして、とりあえず今日の残り時間は神学史にあてましょう。教科書を開いてください」

 先生の言葉を受けて、みんなが一斉にページを開いた。多分、俺以外の特待生にとっては常識レベルの話も多いんだろうけど、俺からすれば全部初見だ。できるだけ真面目に授業を受けることにしようかな。……精神力が許す限りは。



 統督教が誕生した経緯については、以前リカルドから聞いた話の通りだった。

 千年ほど前に、大陸全土はおろか別の大陸までをも巻き込んだ大戦争『終末戦争』が勃発。表向きは国同士の争いだったが、それぞれの国を本拠とする各宗教が影で糸を引いており、代理戦争の様相を呈していたという。

 その中でもオルファス教――今でいう教会派は最大の勢力を有していたが、その勢力の大きさと一神教ゆえの排他主義を警戒した他宗教が手を組むことにより二大勢力として均衡、やがて大陸全土を焦土と化す泥沼の戦いへ突入したのだった。

「この『終末戦争』で失われたものは多く、大陸の文明レベルは大幅に退化したと考えられています。時を同じくして、そんな惨劇を招いた各宗教団体も非常に立場が悪くなり、やがて宗教に対する弾圧が始まります。……この事については、各国の上層部が民衆の不満の捌け口にするため、宗教組織を生贄にしたというのが神学史界での定説ですが、各国政府は絶対に認めないでしょうね」

 そう言うと、やれやれとでも言うように先生は肩をすくめた。俺からすれば、国も宗教もどっちもどっちな気がするけど、統督教的にはやっぱり国が悪者だってスタンスなのかなぁ。

「まあ、そうとでも考えなければ説明がつかないほど、宗教組織の凋落は激しいものだったんです。小規模・中規模の宗教組織はそのほとんどが解体に追い込まれ、大規模な組織でも存続が危ぶまれるレベルでした。
 そこで、最大の勢力を誇っていたオルファス教と、神殿派と呼ばれる派閥の中でも代表格とされていたダール神殿が共同で声明を出したのが有名な『統督教宣言』です。
『各宗教はお互いを害しない。宗教に対する迫害は、我ら全体に対してなされたものとして立ち向かう』というアレですね。
 これはなかなか衝撃的なことだったと思いますよ。元々多神教である神殿派はともかく、一神教の代表格であるオルファス教が他の宗教と手を組むというのは、教義に反しかねないレベルですからね。その実態が宗教連合とでも呼ぶべきもので、たとえ教義のすり合わせが最低限度のものであるとしてもです。それほどまでに、宗教そのものが危機的状況を迎えていたということでしょうね」

 なるほどなぁ。正直変な宗教形態だと思ってたけど、そんな歴史があったのか。そして、シュミットがあんなに偉そうな理由もちょっと分かった気がする。世が世なら、この世界はオルファス教が唯一の宗教になっていた可能性もあったんだな。
 まあ、だからあんな態度をとっていい訳じゃないけどね。それは宗教がどうとかいう問題じゃなくて、人間性の問題だし。

 しかし、信心ゼロの俺が言うのもなんだけど、例え大戦争の引き鉄だったにしても、そこまで宗教ばかりが叩かれるものなのかな。大義名分を得た多数派の凶悪さはどこの世界でも一緒だろうけど、宗教って元々は心の中にあるものだし、江戸時代のキリシタン狩りみたいなことをしたとしてもそう簡単に消滅するものだとは考えにくい。

 俺がそんなことを考えている間にも、先生の話は現在へと繋がっていた。

「現在では、ほぼ全ての宗教が統督教に吸収され、その中で各宗派として独自に活動を続けています。宗派を分類すると、大きく四つに分類されます」

 そう言うと、先生は指を折って数えながら説明する。

「一つ目は教会派。さきほどお話ししたオルファス教とほぼイコールだと思ってください。宗教施設の呼び方はその名の通り『教会』です。現在のところ最大の信徒数を誇っていますね。教会派の幹部クラスを『大司教』、その大司教を統括している最高位を『総大司教』と呼びます」

 たしか、転職ジョブチェンジの儀式をしているのも教会派だったか。同じ転職ジョブチェンジの能力を持つ者として、教会の能力者と話をしてみたい気はするけど、現状では教会にあまりいい思い出がないんだよねぇ。……後回しにしようかな。

「二つ目は神殿派。秩序を司る光神ダールを戴くダール神殿が神殿派の長と見られる傾向にありますが、神殿派は元々が多神教なこともあり、またその教義も実に多種多様ですから教会派ほど結束が固くありません。宗教施設を『神殿』と呼び、神殿には本殿と分殿があります。神殿派の幹部クラスといえば、七大神の神殿長ということになりますね」

 その言葉に、フレディが頷いているのが見えた。そういえばフレディはダール神を信仰しているとか言ってたっけ。今度、七大神について聞いてみよう。

「三つ目は土地神派。その名の通り、神はその土地に宿るものである、という考え方が教義の特徴ですね。信仰対象は山や谷、川といった特徴的な自然地形から、人の住む町まで様々です。その特性上、神のおわす土地を離れることをよしとしませんから、この神学校にも土地神派の生徒はほとんどいませんね。宗教施設は精舎、それぞれの長を座主と呼称することが多いようです」

 日本でいうところの山伏みたいなものだろうか。考え方が意外としっくり来るのは、やっぱり俺が日本人だからかな。

「最後は伝承派です。伝承派と言っても、共通の伝承を元にしているわけではありません。多いのは、それぞれの部族に代々伝わっている宗教ですね。モルガナ地方の竜信仰や森妖精エルフ族の植物信仰、獣人族の神獣信仰が代表的なものでしょうか。伝承派は先に挙げた三宗派のどれにも属さない宗派を便宜上振り分けた、『その他の宗派』のようなものですので、特に宗教施設や幹部に統一した名称や位階はありません。とはいえ、数にすると決して少ない勢力ではありませんから、侮ることのないようにしてくださいね」

 その言葉に、俺は預り場で知り合ったルコルとマリーベルの顔を思い出した。彼らが伝承派で間違いないだろう。そして、先生の最後の言葉はシュミットに向けられたものだ、と思うのは邪推だろうか。まあ、当のシュミットはどこ吹く風だったけどね。

「そして、それらをまとめて統督教と呼びます。みなさんご存知の通り、統督教自体には明確な教義はありません。唯一『人智を越える何かが存在している』という点さえ共通であれば、その他の教義など枝葉末節ということです」

 これまた、思い切った括り方をしたもんだなぁ。とはいえ、それくらい基準を緩めないと、色んな宗教をまとめられるわけもないか。

 そんなことを考えていると、軽やかな鐘の音が聞こえてきた。おお、ひょっとして授業終了の鐘の音だろうか。

「ちょうどきりのいいところで時間のようですね。それではみなさん、また明日お会いしましょう」

 俺の予想は当たっていたようだ。マーカス先生はぱたんと持っていた資料を閉じると、あっさり教室を出て行った。後に残された俺たちは、なんとなく視線を交わし合う。

 そんな中、真っ先に立ち上がったのはシュミットだった。彼は不機嫌さを隠そうともしない態度で鞄を引っ掴むと、むすっとした表情で教室を後にする。それに引き続いて、一人、また一人と帰り支度を始める。……よかった、前の世界みたいに「親睦を深めるためにみんなで飲みに行こう!」とかされたら精神力が尽きるところだった。あ、そういえばこの世界って、お酒は何歳からとかあるのかな。

 そんなことに思いを馳せていると、ちょうどミュスカが教室を出ていくのが見えた。小声で何か言ってるように見えるのは俺たちに対する挨拶だろうか。
 そういえば、彼女に謝らなきゃならないことがあったな。ふとそんなことを思い出した俺は、机上の筆記用具を慌てて鞄に放り込むと、ミュスカの後を追った。






「ミュスカさん」

 俺が声をかけると、ミュスカはビクッと身を震わせた後、恐る恐るといった感じでこっちを振り向いた。そして声の主が俺だと分かった瞬間、表情を強張らせた。

「カ、カナメさん……なんでしょうか……?」

 ミュスカはなんだか泣きそうな表情だった。いやいや、どうしてそうなる。
……あ、ひょっとして神々の遊戯(カプリス)でシュミットに協力したことを引け目に感じてるんだろうか。そう思った俺は、早々に誤解を解くことにした。

「謝らなければならない事があるんです」

「……え?」

 ミュスカは目を大きく見開いた。彼女の表情が柔らかくなった事から察するに、やっぱり俺になじられたりすると思ったんだろうな。先に誤解を解いておいてよかった。途中で泣き出されたりしたら、俺の神学校生活は確実に真っ暗になる。

「足を止めてしまうのも申し訳ないので、歩きながらでよろしいですか?」

 そう言って、俺はゆっくりと歩き始めた。なんせ、話の内容が内容だ。下手に廊下で立ち止まって話すのは目立って危険だろう。何気ない下校中の会話のように見せかけるのがベストだと考えた俺は、そう提案することにした。
 彼女がつられて歩き始めるのを確認すると、俺は幾分声のトーンを下げて話を続けた。

「実は、神々の遊戯(カプリス)で貴女が魔力不足に陥って倒れてしまったのは、私の責任なんです。本当に申し訳ありませんでした」

「……あの、何のことですか……?」

 神々の遊戯(カプリス)、という単語が出た瞬間に不安そうな表情に逆戻りした彼女だったが、その後の言葉を聞いて、今度は困惑した表情を浮かべる。俺は口で説明する代わりに、懐からステータスプレートを取り出した。いつもは氏名以外の表示を全てオフにしているが、今回は特技スキル欄も表示させている。

「魔力……変換?」

 ミュスカが驚いたように呟いた。元々小声だったおかげで、周りの生徒が聞き取れるようなものではない。俺は念のために、人差し指を立てて内緒だというジェスチャーをとった。治癒師ヒーラーとして色々苦労もあったのだろう、彼女は意外なほどあっさり頷くと、相変わらずの小声で疑問を口にした。

「つまり、わたしの魔力をカナメさんが……?」

「ええ、頂戴しました。シュミットが一周ごとに体力を回復するようでは、さすがに勝てる自信がありませんでしたからね。念のために貴女の魔力を削ることにしたのです。貴女が神々の遊戯(カプリス)の途中で倒れたのは魔力切れからくるものですよね?本当に申し訳ありませんでした。」

 俺は目立たない程度に頭を下げた。それを受けて、ミュスカが慌てたように手を振る。

「いえ、そんなこと……。神々の遊戯(カプリス)に参加する以上は、補助者だって競技者の一部ですから……。その、カナメさんが謝ることはありません」

 ミュスカは小声ながらも、はっきり言い切ってくれた。それが彼女の優しさなのか、それとも元々神々の遊戯(カプリス)とはそういうものなのかは分からないが、俺はその言葉をありがたく受け入れることにした。

「……あの、魔力変換って、具体的にはどういう特技スキルなんですか?その、わたし、固有職ジョブはあっても特技スキルは持っていないから気になって……」

「周囲の魔力を吸収して、私の力に変換するものですよ。……といっても魔法も何も使えない私の場合は、吸収した魔力の使い道がないせいで、ただ気持ちが悪くなるだけなんですけどね。珍しい割に、あまり使いどころがない特技スキルです」

 少しだけ嘘を交えて、俺は能力の説明をすることにした。実際には時間加速ヘイストの魔法を使った時に吸収した魔力も消費したわけだが、それを説明すると転職ジョブチェンジ能力の話をせざるを得なくなってしまう。それはさすがに時期尚早というものだ。

「そうだったんですか……。あの、わたし、最近まで生まれ育った村で皆と助け合って生活していたんです。そしたらある日、教会の司祭様が来て、治癒師ヒーラーとしてもっと多くの人々を助けてあげてほしい、って……。それで、村を離れることになったんです」

 そう言う彼女の表情はとても寂しげだった。俺は黙って相槌をうつ。

「教会のみなさんはわたしに良くしてくれるんですけど、わたしが治癒師ヒーラーだから、特別な存在だから、ってすごくよそよそしいのが悲しくて……」

 なるほど、最近まではひっそりと村で治癒師ヒーラーの力を行使していたのが、何かの拍子に管区の司祭の耳に入り、スカウトされたということか。
 彼女の性格なら特別扱いを辛く感じるのも無理はないが、教会としては無碍に扱う訳にもいかないんだろうな。

「……だから、カナメさんが特別な特技スキルを持ってるって分かって、とても嬉しいです」

 だから、自分を特別扱いしないでほしい。そこまで口にすることはないだろうが、彼女の真意がそこにあるのは間違いなかった。うーん、こうなれば乗りかかった船だ。

「……じゃあ、私達はちょっと変わった能力を持っている仲間という訳ですね。安心してください、私は元来、その人が固有職ジョブ持ちかどうかで態度を変えるほど器用な人種ではありませんから」

「は、はい……!」

 そう言うと、ミュスカは初めて微笑んだ。途端に彼女から華やかな雰囲気が広がる。……あ。表情のせいで目立ってなかったけど、そういえばこの子ってアイドル並の容姿をしてたんだよね。

 そんな華やかな容姿を持つ少女の、微笑みの影響力は甚大だった。またたく間に周囲の視線が彼女に集中する。

「きゃ……!?」

 その視線に驚いたのか、ミュスカは小さな悲鳴を上げて鞄を胸にかき抱いた。だがその動作がまたウケたのか、視線の集中砲火はいっそう激しいものになっていた。大人しい気性の彼女には、これだけの視線を注がれるのは辛いものがあるはずだ。

「早くここから離れましょう」

 俺は小声でそう言うと、ミュスカを先導して校舎の出口へと向かった。もちろん彼女の手を取るようなヘマはしない。そんなことをしたら、俺の「目立たない」という目標が崩れてしまうのは明らかだ。というか、既に危ない気がする。

 そうして神学校の校門まで来ると、もう彼女に視線を向けてくるものはいなかった。その事実にほっとしたのか、久しぶりにミュスカが口を開いた。

「カナメさん、ありがとう、ございました……」

 かなりの速度で歩き続けたせいか、彼女は息が上がっているようだった。

「あの……カナメさんに、ひとつ、お願いがあるのです」

「何でしょうか?」

 俺は意外感を覚えながら言葉を返した。彼女は人にお願い事をするようなタイプには見えなかったからだ。

「フレディさん達と話すみたいに、私にも、普通にお話ししてください……」

「あー……」

 そのお願いは予想外だった。だが、勇気を振り絞って口にしたのであろう言葉を拒否できるほど俺は心が強くなかった。どんどん接客モードが使えなくなっていくな……。

「分かったよミュスカ。……これでいいか?」

「うん……。ありがとうございます、カナメ君(・・・・)

 彼女はそう言うと、また笑顔を浮かべた。

 そしてまた視線が集まった結果、ミュスカを迎えに来ていた教会のボディーガードに引き渡すまで、俺は彼女の護衛を務めることになったのだった。
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