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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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抵抗

 辺境で最も有名な商会と言われるマデール商会は、魔獣使い(ビーストマスター)の兄と槍使い(ランサー)の妹がその中核を担っており、従業員の数も非常に多い。

 その商会の一室で、マデール兄妹は何事かを考え込んでいた。そして、卓を挟んで彼らの向かいに座っているのは、ルノール評議会の筆頭と目されているリカルドだった。

「リカルド君の計画なら、乗らないわけにはいかないね」

「でも、そんなに上手く行くの?」

「……例の教団の本拠地は、ここから遠く離れた小国だからね。普通に手紙を託したところで、馬車じゃ時間がかかりすぎて意味がない。鳥に頼る可能性は高い」

 アニスの問いかけに、リカルドは自信を持って答える。

 彼がマデール商会に……と言うか、クリストフに持ちこんだ話はこうだ。

 ――教団のスパイを発見した。現行犯として捕えたいので、協力してほしい。明日はカナメが広場で演説を行う予定であり、それを受けてなんらかの情報を伝えようとする可能性が高い。

 『名もなき神』によってカナメが陥れられていることには、クリストフもアニスも深い憤りを抱いていた。だが、彼らがいくら説得したところで、その言葉が届くのはほんの一握りだ。

 そのため、リカルドの「カナメを助けるために協力してほしい」という頼みを聞いた時、彼らは即座に頷いたのだった。

「つまり、リカルド君が考えているのは、僕の能力によってスパイが飛ばした伝書用の鳥を捕まえて、本人に突きつけようということだね?」

「その通りだよ。……そして、できることなら、明日のカナメの演説後は、当日はもちろん、翌日くらいまでは不審な伝書鳥がいないか見張っていてほしいんだ」

 その言葉で、クリストフはリカルドが懸念していることに気付いた。

「それは、他にもスパイがいる可能性を考えているのかい?」

「さすがに一人と言うことはないだろう。ただ、カナメの演説を受けて行動を起こさないとは思えない。犯人を突き止めることができればベストだが、少なくとも通信は妨害したい。どうせ、飛び立った鳥のその後なんて、スパイには分からないだろう」

「あいつ、明日のカナメ君の話が上手くいったら、また邪魔しに来そうだもんね」

 リカルドの言葉を聞いて、アニスは納得したように呟く。彼女も『名もなき神』の禍々しい気配を味わったはずだが、そこに恐れの色はない。

「……それで、できそうかい?」

 問われて、クリストフはしばらく考え込んだ。通常ならなし得ない依頼だが、魔獣使い(ビーストマスター)なら話は別だ。鳥の群れを操って、広大な警戒網を空に敷くことは可能だった。

「伝書用の鳥なら、戦闘力は低いだろうからね。質より量を優先して警戒網を敷くよ」

「お兄ちゃん、大丈夫? ルノールの街全域をカバーできるだけの数なんて……」

 妹の心配そうな声に、クリストフは笑顔で答える。

「やってみせるよ。久しぶりに全力を使うことになりそうだから、しばらく商会はアニスに任せる」

「……うん、頑張ってね」

 どの鳥を使うのが一番効率がいいだろうか。単一種のほうが操作する分には楽だが、それだけの数を集めることは難しいし、突発的な事態への対応力が落ちるだろう。だが、手当たり次第に集めればいいわけでもない。

 窓から見える空を見上げながら、クリストフは思考の海に沈んでいった。



「クリストフ、彼で間違いないね?」

「間違いないよ。この鳥を放したのは彼だ」

 カナメが広場で演説を行い、窮地を脱した数刻後。予想通りの動きを見せた教団のスパイは、実にあっさりと捕らえられていた。

「くそっ、離せ!」

 二人の警備兵に取り押さえられている男は、それでも抗おうと身をよじって暴れていた。評議場の一室にいるのは、他のスパイに気付かれないためだ。

「そうは行かないね。他国のスパイならいざ知らず、あの教団のスパイだけは見逃せないんだ。ちょっとばかり腹に据えかねていてね」

 そう言ってリカルドは酷薄な表情を浮かべた。それは演技なのだろうが、暴れていたスパイが身を強張らせる。

「……さて、君には色々と教えてもらいたいことがあるんだ。まずは、教団の頭目について、知っていることを喋ってもらおうか」

「ぐ……!」

 リカルドに気圧されていたスパイだったが、ふとその気配が切り替わったことに気付いて、クリストフは声を上げた。

「リカルド君、気を付けて!」

「嫌だああああああっ!」

 まるで獣のような雄叫びを上げて、スパイは取り押さえていた警備兵を振り払う。その顔は、怒りと言うよりは恐怖に彩られていた。
 吹き飛ばされた警備兵がリカルドにぶつかった隙をついて、男は部屋の外へ飛び出した。

「逃がすか!」

 即座にスパイを追って外へ駆けだしたリカルドに続いて、クリストフも部屋を出る。まるで正気を失ったように見える男は、そのまま廊下を走り抜けた。だが……。

「危ない! 逃げて!」

 先の曲がり角から、小柄な女性が姿を見せたことに気付いて、クリストフは声を張り上げた。今のスパイは、錯乱しているためか凶暴性も身体能力も上がっているように思える。ただの女性では太刀打ちできない。

 そう考えた瞬間だった。目の前を走っていたリカルドが、一気にスピードを上げた。女性を守ろうとしたのだろう。彼は目を見張る速度でスパイへと接近し……。

 スパイと二人仲良く、光の壁に衝突した。

「えっ!?」

 その展開に驚いたクリストフだったが、その驚きは、現れた女性の姿を見た瞬間に納得へと変わった。先程は遠かった上に動転していて気付かなかったが、彼女こそ辺境が誇る上級職の一人、癒聖セイクリッドヒーラーミュスカ・デメールだった。

 身の危険を感じて、咄嗟に防壁を張ったのだろう。その反応の速さは、普段の彼女の様子からは想像できないほど素早い。

「あの……大丈夫ですか?」

 ミュスカは、光壁にぶつかって倒れた二人に声をかける。障壁を解除したわけではないが、しゃがみこんで、倒れている二人を心配そうに見ていた。

「あ……」

 それを見て、クリストフは次の展開が手に取るように分かった。

「もちろんです! ミュスカさんの障壁にぶつかるなんて、僕はなんて幸運なんだ……!」

「やっぱり……」

 先程、凄まじい速度でスパイを追い上げたのも、どうせ彼女を見つけたからだろう。溜息をつきながら、クリストフは彼らに近づく。

 スパイは、光壁にぶつかった衝撃で気を失っているようだった。それでもミュスカが障壁を消さないのは、まだ身の危険を感じているから……ではないことを祈っておこうと、クリストフはこっそり考える。

「あ……クリストフさん、こんにちは」

 カナメや評議会を通じて、クリストフとも接点のある彼女は、その姿に気付くとぴょこんとお辞儀をした。

「こんにちは、ミュスカさん。この男を止めてくれてありがとう」

「あの、障壁にぶつかって怪我をさせてしまったみたいです……」

「もっと凄い速度でぶつかったリカルドが元気なんだから、この人も大丈夫だと思うよ」

 申し訳なさそうに答えるミュスカを見て、相変わらずだな、とクリストフは呑気な感想を抱いた。

「それでも、ちゃんと治してあげようと思います。……あの、この人を寝かせる場所はありませんか……?」

 その申し出には驚いたが、クリストフの中に一つの計算が生まれる。駄目で元々、成功すれば儲けものだ。

 内心でそんなことを考えながら、クリストフは彼らを案内した。



「どうして、あいつがミュスカさんに看病されるんだ……」

 この世の終わりのような顔で呟いたのは、言うまでもなくリカルドだった。

「まあまあ、そのおかげで二重スパイを手に入れられたんだし、良しとしようよ」

 そう、スパイを巡る事態は、大きく変化していた。

 意識を取り戻した後、何かに脅えるようにガタガタと震えていたスパイは、ミュスカの治癒魔法を受け、彼女と何事かを話していたかと思うと、急に泣き出したのだ。

 聞けば、教団による恐怖政治で気が休まる時はなく、いつ頭目の不興を買って殺されるかと怯える毎日だったという。そんな極限状況に置かれていたスパイは『聖女』が真摯に接してくれたことで、教団を裏切る決意をしたのだと言う。

「他のスパイのことも吐いてくれたし、こっちから情報操作を仕掛けることもできる。悪い取引じゃなかったと思うよ」

 懸念通り、辺境には他にも複数の教団のスパイが入り込んでいた。だが、彼らはすでに捕らえているし、放たれた伝書鳥もすべて確保している。
 二重スパイが存在を知らないスパイも紛れ込んでいたが、すべてはクリストフの警備網および追跡調査により発見されていた。

「そうだ、いっそ僕がスパイになれば、ミュスカさんに看病してもらえるんじゃないか……?」

「それだけ顔が売れていて、スパイ活動ができると思っているのかい……?」

 そう口にすると、クリストフはクルシス神殿のある方角を向いた。これで、少しでも彼を助けることができればいいのだが。

 そう思いながら、彼は黒髪の神官の姿を思い浮かべた。



 ――――――――――――――



「これは辺境だけの、まして転職ジョブチェンジの神子だけの問題ではありません。統督教全体の問題でしょう」

 クルシス本神殿長プロメト・スコラディは、臨時で行われた統督教幹部会議において、淡々と、だが力強く語った。

「政治に干渉し過ぎではありませんかな? モンスターに対する防衛は、あくまで国防、政治の領域だと思われますが」

「ほう……? 相手は統督教に与しない宗教組織であり、魔物の群れを集めることで、統督教の神官の身を危険に曝している。『統督教に対する迫害は、我ら全体に対してなされたものとして立ち向かう』べきではありませんかな?」

「む……」

 発言した男性は、帝国教会の枢機卿だ。転職ジョブチェンジの神子の要請を受けたことにより、プロメトは統督教幹部による臨時会議を招集した。

 臨時であるが故に、幹部のすべてが集まることはできなかったが、金銭に物を言わせた移動手段の確保により、召集の数日後には、各派閥の代表やその代理が顔を揃えていたのだった。

「もともと、かの教団は我ら統督教と敵対している。宣伝工作においても、大々的にあの教団を否定している以上、我々が干渉したことを政治介入だと受け取る人間は少ないでしょうな」

「ですが、聞いた話では魔物の群れは一千を軽く超えるとのこと。そこへあの『名もなき神』が絡んでいるとなれば、勝ち目は薄いと思われますぞ」

「たしかに、絶望的と言わざるを得ません。勝機が見える戦いにこそ、統督教の力を結集するべきでは?」

 プロメトの言葉に対して、否定的な見解が相次ぐ。以前に教団の本拠地を襲い、返り討ちにあった記憶が新しい彼らであれば、そう考えるのも無理からぬことだった。

 だが、プロメトはうっすらと笑みを浮かべる。滅多に現れない彼の表情の変化に、会議の出席者の視線が集まった。

「勝機が見える戦い、と仰いましたな。逆にお伺いしたいのですが、今回よりも勝機のある戦いが、この先起きると思っているのですかな?」

「プロメト神殿長、それはどういう意味ですか? 今回の戦いに勝ち目があるような仰りようですが」

 問いかけたのは、王都のグラシオス神殿長だ。本神殿長ではないものの、王都にある神殿の長として親交はあるし、何より理知的な人物だった。

 プロメトは彼のほうを向いて説明を行う。

「辺境には、過剰とも言える戦力が集まっています。『辺境の守護者』『ルノールの聖女』『辺境の賢者』、そして神子の護衛に付いている『剣姫』と、実に四人もの上級職が存在している上に、それ以外の固有職ジョブ持ちも五十名以上いる。これだけの戦力を集めるなど、大国でも不可能でしょう」

「しかし、相手は一千を超えるモンスターの群れですぞ? 人の一千とはわけが違う」

転職ジョブチェンジの神子からの情報によれば、時間をかければ魔物の殲滅は可能とのこと。ただ、その間に辺境の街や村が襲われては意味がない。そのために、人員を欲しているようですな」

 それは群れの中にA級を超える魔物が混ざっていないことを前提としたものだが、それ以上の情報を提供するつもりはなかった。

 そして、プロメトは参加者全員の顔をゆっくり見回す。

「今回はたまたま辺境でしたが、これを放置した場合、一千を超える魔物の群れは次にどこを襲うでしょうな」

「……!」

 その発言に会議室は凍り付いた。なんと言っても一千のモンスターだ。どんな大国であれ、壊滅的な損害を受ける可能性は高い。

 そして、統督教の幹部が赴任している街ともなれば、教団が魔物を差し向ける理由は十二分に存在する。

 そんな中、落ち着いた口調で発言したのはバルナーク大司教だった。

「教団と統督教は相容れん。奴らと対決することに異論はないが、具体的にはどうするつもりかお伺いしたい」

「まずは、傭兵の雇用でしょうな。ただ、あまり目立った動きをすると教団が気付く可能性があります。頭目は一月の間は動かないと言っていたそうですが、信用はできません」

 その言葉を聞いて、バルナーク大司教はふむ、と考え込んだ。統督教幹部の中でも一際存在感を放つ男に、出席者の視線が集中した。

「あくまで別件を装ってルノールへ送り込むか。……まあ、傭兵団の中にはそういった運用に慣れている者もいるからな。だが、そのやり方で動員できる戦力には限りがある。それだけで事足りるとは思えんが……」

「そこで、転職ジョブチェンジの神子からもう一つの要請がありました」

「ふむ?」

 バルナーク大司教は、興味を引かれたように声を上げる。

「何かしらの武芸に秀でている人物……つまり、固有職ジョブの資質がありそうな人物を、できる限り辺境へ派遣してほしい。それが神子の要望です」

 その言葉に再び場がざわめく。武芸に秀でた人物は、固有職ジョブ資質が発現する傾向にある。噂として囁かれてはいたものの、それをクルシス神殿が認めるのは初めてのことだった。

 だが、バルナーク大司教は顔色一つ変えずに問う。

固有職ジョブの資質を……それはつまり、転職ジョブチェンジできる人間を集めて戦力を増やそうということか? だが、確率的に考えて、転職ジョブチェンジできるような人材はそうはいるまい。決定的な戦力の増強には繋がらぬように思えるが」

 それは正論だ。だが、その言葉に対して、プロメトが動揺することはなかった。

「神子には秘策があるようですな。……さて、皆さんは『聖戦』という特技スキルをご存知かな? これは転職師ジョブコンダクターに固有の特技スキルですが――」

 プロメト神殿長の話に出席者が引き込まれる。そして、やがて統督教会議は一つの結論を出した。

 ――辺境における教団の行いを統督教への加害行為とみなし、これに実効性のある措置をもって対抗する。

 その統督教の決議は当日中に関係機関に連絡され、彼らは秘密裏に行動を開始したのだった。



 ――――――――――――――――――



『上手く収まったか……カナメ司祭が無事で何よりだ』

『ご心配をおかけしました』

 念話機から伝わってくるプロメト神殿長の声は、少し疲れている様子だった。臨時の統督教幹部会議を招集し、事態を理想的な展開に持って行ってくれたのだ。疲労するのも無理のない話だった。

 しかも、教団は相変わらず精力的に活動しており、その対策にも追われているという。

 『名もなき神』が「一月後に来る」と言ったのも、俺に精神的な負荷をかけるためだけではなく、本当にスケジュール的な都合があったのかもしれない。

『ところで、固有職ジョブ解放の件ですが……』

『不特定多数の民衆に固有職ジョブの封印と解放を伝えたという件か。……状況的にやむを得ない部分があったとは言え、他宗派からの追及は避けられまいな。
 だが、今回明かした箇所だけでは、真実に辿り着くことはできまい。固有職ジョブを解放するのであれば、どうせいつかは公表せねばならなかった話だ』

 その言葉を聞いて、俺はほっとする。とある一部分だけを、しかも調整して伝えたとは言え、統督教の隠蔽している真実を無断で公表してしまったのだ。罰則が適用されてもおかしくない話だった。

『人のほうは集まりそうですか?』

『問題ないだろう。未だ半信半疑の者はいたが、そう損をする話ではない。傭兵を派遣するならともかく、あくまで一般人を派遣する形だからな。『名もなき神』にも目をつけられないだろうと、そう思っているのかもしれんが』

『ありがとうございます、できるだけ急いでくださると嬉しいです。『名もなき神』が約束通り、一月をのんびり待つ保証はありませからね』

『当然だ。傭兵についても、心当りに声をかけている。……ああ、それとカナメ司祭に言っておくことがあった』

『なんでしょうか?』

 尋ねると、プロメト神殿長から淡々とした念が伝わってくる。

『マルテウス大司教が折れたらしい。『聖女』アムリアは、正式に教会から破門されることになった。今後は、もしアムリアの姿で現れたとしても遠慮せず撃退が可能だ』

『そうですか。……ただ、できればそんな事態には陥りたくないものですね……』

 そう返すと、プロメト神殿長から気遣うような念が流れてきた。

『カナメ司祭、他にできることは本当にないのだな? 次の一戦は、統督教と教団の代理戦争でもあり、固有職ジョブを取り戻すための戦いでもある。……そして何よりも、カナメ司祭の命がかかっているのだ。遠慮はいらぬ』

『神殿長……ありがとうございます』

 言葉は淡々としているが、念話から伝わってくる感情はとても温かいものだった。そのことが嬉しくて、ひとりでに笑顔が浮かぶ。

『では、お言葉に甘えて……転職ジョブチェンジの神子のイメージ戦略を、これ以上ないくらい大々的に展開してください。それこそ、私が知ったら卒倒してしまうくらいの勢いでお願いします』

『ふむ……? カナメ司祭にしては珍しい要望だな』

 珍しく、神殿長から戸惑った気配が伝わってくる。普段の俺なら絶対にしない依頼だろうからな。

『私もそう思います。……ですが、これが戦いの命運を分けるかもしれないのです』

『ならば、何も言うまい。手持ちの資金を可能な限り回すことにしよう』

 そうして、プロメト神殿長の念話は切れて……もう一度繋がった。不思議に思っている俺の頭に、神殿長の念話が響く。

『カナメ司祭、詳細は戦いの後で聞かせてもらう。……必ず報告に来るように』

『……分かりました』

 そう答える俺の顔には、また笑みが浮かんでいた。






「――もはや、統督教と教団の代理戦争ですね。カナメ神殿長代理には驚かされます」

「左様ですな。教団の頭目に狙われていたかと思えば、迅速に手を回して統督教全体の問題にしてしまうとは……」

 辺境の統督教会議は、呆れとも賛辞ともつかない言葉が飛び交っていた。

「まさか、固有職ジョブが封じられた状態だったとは思わなかったのである! 固有職ジョブが復活した暁には、拙僧もついに神官ビショップ転職ジョブチェンジできるかと思うと、楽しみでとても寝ていられぬな!
 それを妨げるモンスターなど、この神の恩寵を受けた肉体で粉砕! である!」

 さらにガライオス先生のハイテンションな声も入り混じり、議場はよく分からないことになっていた。

「ですが、本当に勝ち目はあるのですか? 聞くところによると、あの群れの中にはA級モンスターやドラゴンも多数いると聞きましたが」

 そう尋ねて来たダール神殿のガイツ神殿長に、俺はにこやかに答えを返す。

「たしかにそうですが、私たちへの嫌がらせのため、あの魔物たちは自らの棲み処から引き離されたままで、餌も満足に取れていない状況だと思われます。本来の力が出せるとは思えません」

「それは結構ですが、数の差があまりにも圧倒的でしょう。辺境にいる固有職ジョブ持ちは、全部で七、八十名と聞いています。対して、相手は千体以上。一対十どころではない戦力差ですが」

「それについては、なんとかします」

 俺の答えを聞いて、彼の目が細められる。

「なんとかするとは、カナメ神殿長代理が最近ずっと行っている面接のことですかな?」

「ええ、よくご存じですね。……どこに教団の手先がいるか分からないため、詳しくは申し上げられませんが」

 なんだろう、またクルシス神殿を目の敵にしてケチをつけてくるんだろうか。そう思っていた俺は、次のガイツ神殿長の言葉に目が点になった。

「……それで、私たちに手伝えることはありませんか?」

「……はい?」

「今は非常事態です。こんな時に足を引っ張り合っていては、信徒に愛想をつかされてしまいますからね」

 よっぽど顔に出ていたのだろうか、ガイツ神殿長は苦笑を浮かべた。

「それに、この戦いはもはや統督教と教団の戦争になっています。手伝わないわけにはいきませんよ」

「カナメ神殿長代理、私たち合同神殿の神官も同じ気持ちです。今は一丸となって事に当たるべきでしょう」

「その通りである! 権力争いなどは魔物に食わせておけばよいのである!」

 ガイツ神殿長の言葉をきっかけに、他の神官からも声が上がる。てっきり火事場泥棒や足の引っ張り合いが始まると思っていた俺にとっては嬉しい誤算だ。

「それでは、まずお願いしたいのですが――」

 ならば、頼みたいことはいくらでもある。俺は頭をフル回転させると、彼らの内情に応じた仕事を、山のように割り振っていくのだった。






「――今のところ、気付かれてはいねえな。それに奴が来る日も予定通りだ」

「ふむ……それならばいいが」

 ルノールの街にある評議場の一室で、俺たちはほっとしたように頷く。

「なんつっても、あの『ルノールの聖女』が直々に洗脳したんだろ? 嘘はついちゃいないと思うぜ」

「ノクトさん、洗脳って……」

 俺の口から思わず言葉がもれる。今、ここにいるのは、ラウルスさん、リカルド、ノクトと俺の四人だった。

 直に訪れる戦いのために、様々な情報を集め、そして策を考える。ある意味では辺境軍の中枢のようなところだ。俺は成り行きで参加していたが、本来場違いであることは間違いなかった。

「けどよ、『聖女』が相手したら、涙流して改心したんだろ?」

「じゃあ改心でいいと思うんですが……」

 俺たちが話題にしているのは、辺境に入り込んでいた『名もなき神』のスパイのことだ。報告役として置いて行ったのだろうが、ありがたいことに、こちらの陣営に引き込むことができていた。

 その二重スパイが送っている情報のおかげで、『名もなき神』は転職ジョブチェンジの神子が人々に裏切られて精神的に弱っていると、そう思っているはずだった。

「まあ、だいぶ戦力は揃ってきているんですけどね。最悪、現段階で気付かれたとしても、絶望的な戦いにはならないと思います」

「現状ではどれくらいになりそうなのだ?」

「百五十は確実です。計画通りに行けば、二百を超えると予想しています」

「そうか……それで、カナメ殿は大丈夫なのか?」

「まあ……なんとかしてみせます」

 そんな会話を交わしていると、リカルドが話しかけてくる。彼は地図を眺めながら、敵の行軍ルートを考えているようだった。

「それにしても、あっちに時空魔導師がいるのは厄介だね。『名もなき神』の呪術と合わせて運用されると、あっさり戦線に穴が開きかねない」

「たしかにな……。救いは、奴自身は空間転移テレポート能力を持っていないところか。となると、どうやって奴とマクシミリアンを引き離すかだな」

 そう答えると、リカルドは不思議そうに首を傾げる。

「うーん……そもそも、マクシミリアンはどうして『名もなき神』に従っているんだろうね。聞いた話からすると、人に従うような人物には思えないんだけど」

「俺もそれは不思議なんだよなぁ……」

 なんせ、傲岸不遜なマッドサイエンティストみたいな人物だからな。相手が神だからと言って恭しく接するはずがない。
 そんなことを考えている間にも、ノクトがリカルドに話しかける。

「なあリカルド、当日の班分けだけどな。新入りは基本的に街の防衛に残すんだろ?」

「そうだが、実戦経験があるならその限りじゃない。少なくとも統督教から派遣される人間は実戦経験がある者ばかりだ。
 その分、統督教から派遣された傭兵を防衛に当てるつもりでいる。軍勢という規模じゃないけど、意外と器用な傭兵団なんかもいるからね」

「へえ……それから、数日前には小さな村はどっか一か所に集まってもらうんだよな? 集まる村の選定は済んだのか?」

「問題ない。こちらから通知済みだ。そこの地図を見てもらえれば――」

 そんなやり取りが続き、次第に当日の動きが決まっていく。『名もなき神』の想定外の行動をも加味して、彼らは策を練り続けるのだった。






「これを……すべて、ですか?」

「はい。クルシス神殿にはお世話になっていますから、奉納品としてお受け取りください」

「あんたには借りが山のようにあるからな」

 ルノールの街が誇る四人の生産職。クルシス神殿の神殿長室には、その四人が勢揃いしていた。

 セフィラさんとフェイムの言葉を受けて、俺は再び奉納品に目をやる。魔剣や魔弓などの武具類や、様々なサイズの魔法衣、戦いに携行できそうなコンパクトな魔道具と、様々な色合いの水薬ポーション
 大量に運び込まれたそれらは、すべてが魔法付与を施されたものであり、この一山でどれほどの金額になるか想像もつかなかった。

 もちろん、これらをお金に換えるつもりはない。来たる戦いに備えて、固有職ジョブ持ちに貸与するつもりだ。実質的にはリカルドたちに任せることになるだろう。

「評議会に直接恩を売ってもいいのですが、後々ややこしいことになっては困りますからね。有事には無償で協力してくれると認識されては面倒です」

 そう言うマイセンの目の下にはうっすら隈ができていた。見れば、他の三人もだいぶ疲れが溜まっているように見えるし、かなりの無理をしてくれたのだろう。

「自分が作ったものを奉納するのは、なんだか不思議な気分ね……」

 ミレニア司祭がどこか照れくさそうな、そして申し訳なさそうな表情を浮かべる。神官が自らの神殿に何かを奉納することは滅多にないからだ。

「ミレニア司祭からではなく、ノクトフォール工房からの奉納品と言うことで記帳しておきましょうか?」

 その提案に司祭は笑顔を浮かべた。

「そうね、それでお願いできるかしら。さすがに気が引けるもの」

「ミレニア司祭の魔道具であれば、遠慮することはないと思いますけどね」

 そんなやり取りをしながら、俺は近くにある毒々しい色の水薬ポーションを眺める。……これ、回復薬じゃなくて毒薬だったりするんだろうか。

「カナメさん、その薬には気を付けてくださいね。身体能力や知覚能力を大幅に引き上げますが、副作用で翌日はほぼ動けないと思ってください」

「げ……」

 マイセンの言葉に顔がひきつる。大丈夫かそれ。使うタイミングを間違えて長期戦になったらアウトだな。

「マイセン、錬金術師アルケミストになったんだから、副作用のない薬を作れたりしないの?」

「副作用を抑えようとすると、効力が一気に下がりますからね。こんな薬を使わなければならない事態であれば、明日よりも今日を心配するべきです」

 クルネの抗議に、マイセンは平然と答える。そう言えば、昔からマイセンはこっち系の薬を作っていたんだっけ。副作用がひどいと、クルネに聞いたことはあったが……。

「神子様、この魔法衣は地竜アースドラゴンの皮膜と花実羊バロメッツの毛を使用したものです。一着しかありませんから、これは神子様が使ってくださいね」

「そうそう、私もカナメ君専用の魔道具を作ったわ。ちゃんと自分の身を守るのに使うのよ?」

「……一応、あんた用の短剣は作った。使わなければ他の奴に渡してくれ」

 セフィラさんの言葉を皮切りに、みんなが一斉に口を開く。奉納品の山からみんなが取り出したのは、魔力の流れが異常で気になっていた品ばかりだった。

「皆さん……ありがとうございます」

 法服と合わせることを前提としているのか、目立った造りではない。だが、どれも魔力が尋常でない品ばかりで、市場に流通しているものとは一線を画していた。

「この魔法衣に付与した機能ですけれど、以前に神子様が仰っていた呪術耐性を最大まで――」

 そんな説明を聞きながら、俺はみんなの気遣いに心から感謝していた。



 生産職四人が去るのを、神殿の正門まで見送った後。俺は物品管理担当のセレーネと一緒に、奉納された品々を確認していた。

「物凄い数ね……もしクルシス神殿の経営が傾いても、これを売れば充分やっていけるんじゃない?」

「足がつかないルートを見つけるのが大変そうだな」

 そんな信心の欠片もない会話を交わせるクルシス神官は、それこそセレーネくらいなものだろう。そのことに気楽さを感じながらも、その理由を考えると複雑な気分になる。

「カナメ君、どうしたの? 面白い顔をしているわよ」

「いや、セレーネがいると実務が捗ると思っただけだ」

 そう言ってごまかしたつもりだったが、セレーネにはバレていたようだった。

「心配しないでも大丈夫よ。どこかの貴族令嬢ならともかく、私たちは働かなければ生きていけないもの。復讐だとか辞めるだとか、そんなことは考えていないわ」

「それならいいんだが……」

 その言葉に嘘はないように思えた。そして、セレーネは悪戯っぽく微笑みを浮かべる。

「それとも、そんな信心のない女がクルシス神官じゃ許せない? クルシス神が神罰を下すのも時間の問題だって、これでも毎晩震えているのよ。……ねえ、クルシス様?」

 その言葉に、俺はげんなりした表情を浮かべる。統督教の宣伝工作の甲斐あって……ということになるのだろうが、最近では、転職ジョブチェンジの神子はクルシス神が人間の形を借りて降臨した、という無茶苦茶な話になってきていた。

 隠蔽後のクルシス神殿の教義では、そもそも転職ジョブチェンジはクルシス神殿の権能の外だという扱いだったはずだが、俺がクルシス神官として有名になった結果か、その矛盾を指摘されることはなかった。

「もしそうなら、まず俺自身に神罰が下ってるさ。俺が変死したら、次はセレーネの番だと思ってくれ」

 その言葉に彼女は噴き出す。普段の艶然とした雰囲気からは程遠い、屈託のない笑い方だった。

「ええ、覚悟しておくわ。……カナメ君の場合、神罰以外の理由で変死しそうだけれど」

「なんだそりゃ……」

 神官らしくない会話を続けながら、俺たちは奉納品の目録を作成していった。

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