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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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説得

「神子様! どういうことか説明してください!」

「あれがアンタの責任だって言うなら、なんとかしろよ!」

 『名もなき神』が姿を現した翌日。クルシス神殿には、数え切れないほどの人々が詰めかけていた。
 今までも人でごった返していたクルシス神殿だったが、昨日までの彼らはお互いを気遣い、混雑しながらも一定限のルールを守っていた。だが、今は違う。彼らの不安や憤りは規律を凌ぎ、クルシス神殿は暴徒の巣窟とでも言うような状況に陥っていた。

「ふむ、どうしたものですかな」

「昨日までは神子様、神子様って言ってたのに……」

 その様子を隠し窓から確認すると、オーギュスト副神殿長は難しい表情を、ジュネは憤りを顔に浮かべた。

「……お手数をおかけします」

 ここは神殿長室……ではなく、ミーティングなどでよく使う会議室だ。鬼気迫る来殿者の様子から、神殿長室に無理やり押しかけて来る可能性が高いと判断し、俺は執務エリアの中にある、一般人が入りにくい場所へと籠もっていた。

「神殿長代理に落ち度があれば責めもしますが、今回は相手が自ら私怨だと証言していますからな」

「そうよ、ここで神子様を吊し上げるなんて、奴らの悪事に加担するだけじゃない。どうしてそれが分からないのかしら……!」

 二人の返事は好意的なものだった。彼らだけでなく、ルノール分神殿のクルシス神官はみんな俺に対して好意的、もしくは同情的であり、それは数少ない慰めとなっていた。

「辺境のために、カナメはずっと頑張ってきたのに……」

 クルネは泣き出しそうな顔で呟く。辺境出身である彼女は、彼らの豹変に殊の外ショックを受けたようだった。昨日、俺と合流した後のクルネは、まるで自分が悪いかのように俺に謝り続けていた。

「まあ、俺が逆の立場なら、同じような反応をしたかもしれないしな……」

 そう言いながら、俺は胸のあたりを押さえる。自分でも意外なことに、この一件は俺に大きなショックを与えていた。心のどこかで、辺境の人々には好かれていると言う思い上がりがあったのだろう。広場で俺に詰め寄る彼らの表情が、昨晩からずっと俺を苛んでいた。

「……当面、神殿長代理は公の場に出ることを避けたほうがよろしいでしょうな」

「そうですね……物理的な脅威はともかく、場に混乱をもたらす行動は控えたいと思います。ただ、心配なのはクルシス神官も同じです。
 他のクルシス神官で憂さを晴らそうとしたり、私の身柄との交換を企む輩がいるとも限りません」

「その点については、ミレニア司祭より魔道具を幾つか借り受けております。固有職ジョブ持ちが相手でない限り、そう簡単に手出しはできないでしょう。
 それから、警備隊のジークフリート殿がクルシス神殿に警備をつける旨の打診をしてきましたが……」

 その報告に、少し胸が温かくなる。ラウルスさんと共にモンスターの群れを調査しに行っていたジークフリートは、帰ってくるなり、俺を取り押さえるべきだと主張する警備兵たちと大喧嘩を繰り広げたらしい。

 なお、評議員の中でも、同じく俺を捕らえるべきだとの意見が相次いだそうだが、こちらはリカルドやコルネリオが撥ね退けたという。

「気持ちだけありがたくもらっておきましょう。ジークフリート自身は信用していますが、警備隊全員を信用することはできません。
 それに、信頼できる固有職ジョブ持ちが何人か協力を申し出てくれています。彼らがいれば当面は大丈夫でしょう」

 それは、王都の頃から付き合いの長いアルミードたちや、オネスティさんやウォルフといった辺境で特に深い関わりを持った固有職ジョブ持ちたちだ。
 錬金術師アルケミストのマイセンなどは、「街の全員が記憶を失うような薬を撒きましょうか」などという提案すらしてくれていた。

「とりあえず、しばらくは現状維持で様子を見ましょう。今は何を話しても聞く耳を持っていないでしょうからね。……まあ、猶予がどれくらいあるかにもよりますが」

「魔物の動き次第ね……」

 クルネがそう呟いた直後、会議室の扉がコココン、と不思議な拍子で叩かれた。クルネは注意深く相手を確認すると、ほっとした様子で扉を開く。

「やあ、カナメ。失礼するよ」

「カナメ殿、無事で何よりだ」

 姿を現したのは、リカルドとラウルスさんの二人だった。信頼できる仲間の姿を見たことで、張り詰めていた俺の気が緩む。自分で言うのもなんだが、やはり今回の件はだいぶ堪えているようだった。

 それはクルネも同じようで、険しくなりがちな表情が少し柔らかくなる。それを確認すると、俺は二人に向き直った。

「わざわざ来てくれてありがとうございます。……ところで、評議会のトップである二人が、堂々と今のクルシス神殿を訪れて大丈夫ですか?」

 下手をすれば、二人まで叩かれる可能性があるからな。それはできるだけ避けたかった。

「なに、彼らは僕たちが神子を捕縛するために来たと思っているさ」

「そうなると、手ぶらで戻れないだろう?」

「神子には『剣姫』という最強の護衛がいるからね。『辺境の守護者』との激闘は決着がつかず、今日のところは投降を勧告して帰る、という感じで考えているんだけどどうかな?
 幸い、奴は一月の猶予を与えてくれているから、多少はごまかしも効くだろう」

「まあ、その一月の猶予が守られるかどうかは怪しいもんだがな」

 そもそも、なぜ一月もの余裕を設けたのか。辺境民に対する慈悲だとは思えないが……。そんな疑問を口にすると、リカルドは肩をすくめてみせた。

「意外と本当なんじゃないかな? 残した言葉から察するに、奴は君を社会的にも抹殺したいんだろう。時間をかけて、じっくり徹底的に君の評判を落としたいんじゃないかな。
 ただ物理的に殺すだけなら、こんな回りくどいことをする必要はないからね」

 そして、リカルドは俺とクルネの顔を見回す。

「それに、二人ともだいぶ精神的に参っているようだしね。転職ジョブチェンジの神子の社会的抹殺と、信徒たちを裏切らせることでカナメの心を追い詰めること。今回の目的はそんなところじゃないかな。……正直、ここまでくると偏執的だね」

 そうリカルドが語り終えると、今度はラウルスさんが口を開いた。

「シュルト大森林に発生した魔物については、幾つか不審な点がある。例えば、あの群れには多数のモンスター種が混在しているが、自然界ではあり得ぬ話だ。中には捕食者と平然と肩を並べている被食者もあるくらいでな」

「と言うことは、やはり意図的に編成された群れだと?」

「そうとしか考えられぬ。動きに多少のばらつきが出ていることからすると、それぞれの種族のボス格をどうにかしているのだろう。……方法はまったく分からぬが」

 ラウルスさんは腕組みをすると、苦々しい様子で言葉を続ける。

「あれだけのモンスターが一斉に襲撃してきた場合、抑えきることはできぬ。……辺境は広い。ルノールの街だけであればまだしも、あの群れが辺境中に散らばった場合、被害は甚大なものになるだろう」

「……時として、数の暴力は個の武勇を凌ぐからね。同時に異なる場所に存在できない以上、いくらラウルスさんやクルネさんが強くても、限界はある」

 リカルドの言葉に頷く。クルネが俯いているのは、昨日のことを思い出したのだろう。

「その上で、どうするかだ。一番いいのは、あの魔物の群れを撃退することだけど……」

「奴らは千体を優に超えている上に、A級やB級といった凶悪なモンスターも数多い。ドラゴンもかなりの数が確認されている」

「それに、あの黒飛竜もいるものね……」

 クルネは悔しさを滲ませた声で呟いた。

 昨日、俺が広場から逃亡した後のことだ。『名もなき神』はひとしきり人々を焚きつけると、黒飛竜に乗って去ったのだという。
 頭部には断ち割られたような傷跡があり、尻尾もどこかアンバランスだったとの話から、それが自治都市セイヴェルンを襲った黒飛竜である可能性は極めて高い。

 あの黒飛竜は、上位竜に近い強さを誇っていた。それは非常に厄介な問題だった。

「その黒飛竜だが……」

 すると、ラウルスさんが厳しい表情で口を開く。その内容はさらに絶望的なものだった。

「黒飛竜の姿は見ていないが、黒いドラゴンの姿を複数確認している。取り越し苦労であればよいが、もしあの黒竜が同程度の能力を備えているなら……」

「たとえ固有職ジョブ持ちでも、一般職では太刀打ちできないでしょうね……今の辺境には、防衛戦力として数えられる固有職ジョブ持ちは何人くらいいるんですか?」

 その言葉に、ラウルスさんはしばらく考え込む。

「……現在、辺境で動かせる固有職ジョブ持ちは五十人といったところだろう。それ以外に、協力を見込める固有職ジョブ持ちが二十人ほどだ」

 それは、自治都市が抱える戦力としては過剰なレベルだった。それどころか、大国でもそれだけの人数を揃えている国家は存在しない。

 だが、それでもまったく足りなかった。

 アルミードたちのような熟練の戦士なら、一人でB級モンスターを仕留めることもできるが、通常の固有職ジョブ持ちはC級モンスターを相手取るのが精一杯だ。
 まして、A級以上のモンスターとなると、複数で戦うか、クルネのような上級職に頼るしか術はない。状況は絶望的だった。

 喧騒に包まれた神殿の中で、会議室だけが静けさを保っていた。






「結局……いい案は出なかったわね」

「仕方ないさ、事態が異常すぎるんだ。ほとんど詰んでるようなものだからな」

 退室するラウルスさんとリカルドを見送った後、残された俺とクルネは暗い顔を見合わせた。

「いっそ、素直に諦めて投降するか?」

「カナメ、そんなこと言わないでよ……」

「……悪かった」

 冗談のつもりだったのだが、クルネは真剣に受け止めたようだった。俺は慌てて話題をずらす。

「それになぁ……もし俺を奴に差し出したところで、すんなりあのモンスターの群れを退散させたりするものかな」

 どんな方法で誘導しているのか知らないが、わざわざ魔物を元の棲み処へ戻すとは思えない。
 現在はそう近くない距離にいるとは言え、肉眼で集まっていることが分かるレベルだ。今の場所で解放された場合、手ごろな餌場としてルノールの街を認識する可能性は高かった。

「あと、俺への嫌がらせのために、逆に目の前で辺境を滅ぼすという可能性もあるしな」

「たしかに……やりかねないわね」

 なんせ、『名もなき神』はやけに俺を目の敵にしている。それくらいはやりそうな理不尽さが、奴からは感じられた。

 どうすればいい。自問自答を繰り返しながら、俺は椅子の背に体重を預けた。座り慣れた神殿長室の椅子とは異なる、硬い感触が背中に伝わってくる。

「『名もなき神』を滅ぼすつもりが、逆に嵌められるとはなぁ」

 神殺しなどという大それた目標を掲げたせいだろうか。それとも、封印された固有職ジョブを解放するという、身の程を弁えない願いを抱いたせいか。なんにせよ、俺の存在は辺境全体を窮地に追いやってしまった。

 自らを取り巻く苦境のせいか、そんな否定的な思考がいくつも浮かんでは消えていく。自分でも弱っていると思いつつも、暗い思考はより深くへと沈んでいった。

 俺はどこで失敗したのだろうか。適切な行動を取ればこの事態は回避できたのか。広場や神殿に殺到していた人々の追い詰められた叫びが、負の感情が俺を飲み込む。

 ……そもそも、俺がこの世界に存在したことが間違いだったのだろうか。それさえなければ、こんな事態にはならなかった。

 神子だのなんだのと持て囃されたところで、俺は所詮異世界の人間であり、この世界のバグでしかない。俺は大人しく消えるべきだったのだ。

「――そんなこと言わないでよ……」

 と、クルネが俺の思考に返事をした。……いや違う、俺の思考が口をついて出ていたのか。天井を見上げていた俺の顔を、クルネが上から覗き込む。

「少なくとも、私はカナメに助けられた。カナメがいなければ、あの日に命を落としていたはずだもの」

 その言葉に、俺は昔を思い出す。右も左も分からないままシュルト大森林へと放り出された俺は、人懐っこい兎と意気投合し……そして彼女と出会った。
 俺がキャロと出会っていなければ、そして自分の能力に気付いていなければ、クルネはシュルト大森林で息絶えていただろう。

「ジークだってそう。カナメがいなかったらメリルと一緒に死んでいたし、アレックス君だって生まれなかったわ。それに、カナメが倒した地竜アースドラゴンはルノール村を襲っていたかもしれない」

 そう言うと、クルネは首を横に振った。

「ううん、それだけじゃない。命はかかっていなくても、カナメのおかげでいい方向に人生が変わった人は幾らでもいるもの。だから……」

 ぽつり、と俺の顔に水滴が落ちる。涙声になりながらも、クルネは言葉を続けた。

「存在しないほうがよかったとか、そんなことを言わないで。……それよりも、いつもみたいに口先でごまかそうよ。小細工や隠し玉で乗り切ってよ」

 そう言い切ると、クルネは透明な笑みを浮かべた。

「もし失敗した時は……私も一緒だから」

「クルネ……」

 その瞬間。心の中で、何かが切り替わった。

 ……その通りだ。やれるだけのことをやって、それでも失敗したら。その時にこそ、いくらでも自分を責めればいい。今は悪あがきをするべき時だ。

 不思議なもので、そう考えると様々な可能性が見えてくる。俺は椅子の背もたれから身を起こすと、一つ一つの可能性に検討を加えていった。






 数日前に『名もなき神』が弁舌を振るっていた評議場前の広場は、その時を数倍する人数で埋め尽くされていた。

 その理由は簡単だ。しばらく公の場に顔を出していなかった転職ジョブチェンジの神子が、演説を行うとの情報が流れていたのだ。
 辺境を窮地に陥れた人物がどのような弁解をするのか。大人しく自首する気なのか。もし逃亡しようとした場合、『剣姫』を無力化して神子を取り押さえることはできるのか。

 話は瞬く間にルノールの街全体に広がっていた。

「凄い人数だな……」

 俺は評議場の中から、こっそりその光景を覗く。『名もなき神』の一方的な宣言から数日が過ぎているが、彼らの敵意が収まっているようには見えなかった。

 ……だが、だからと言って放っておくわけにもいかない。俺は慣れ親しんだ笑顔を浮かべると、広場へと足を踏み出した。

「おい! 出て来たぞ!」

「……ったく、どの面提げて来やがったんだ」

「警備隊は何をやっているんだ!? チャンスじゃないか!」

 俺の姿を見つけた途端、方々から非難の声が上がる。中には石を投げつけてきた者もいたが、傍らのクルネがそのすべてを斬り払うと、やがてそれも沈静化したようだった。

 だが、飛んで来る声や野次を斬り払うことはできないし、俺を見て興奮状態に達した人々は、今にもこちらへ詰め寄らんばかりだった。

 そんな中で、俺は拡声用の魔道具を手に持った。

「皆さん、この度はお集まり頂きありがとうございます」

「――うるせえ! さっさと捕まれ!」

「そうよ、いい加減にしてよ!」

 なんの変哲もない挨拶に返されたのは、やはり人々の興奮した声だった。何を話しても聞く耳を持たない熱狂的な空気を前にして、俺は小さく手で合図を送る。

「――」

 そして流れてきたのは、どこからともなく聞こえる歌声だ。

「……ん? 何か聞こえる?」

「歌……か……?」

「なんだって歌が……まさか転職ジョブチェンジの神子が歌ってるわけじゃないだろうしな」

 口々にそう言いながらも、彼らは冷静さを取り戻す。うっすら聞こえる歌声は、いつしか広場に集まった人々を平常の状態へと導いていた。

 期待通りの効果を目の当たりにして、俺は協力してくれたティアシェに心の中で礼を言った。吟遊詩人バードである彼女の呪歌のレパートリーには、人々に鎮静効果をもたらすものがあったのだ。

 もちろん、俺の後ろで彼女が歌っていてはあまりに怪しすぎるため、ティアシェには『広域化』を最大限まで付与した髪飾りを進呈し、広場に面した評議場の一室で呪歌を紡いでもらっていた。

「まず、皆さんにお伝えしておきたいことがあります。数日前、この場所に現れた教団の頭目と、私の関係についてです」

 例の教団は統督教に加盟できない邪教であり、教義の実態は人々の恐怖を吸い上げるものであること。
 彼らは他国において活発に活動しており、結果として誰もが神罰を恐れる恐怖政治のような状態になっていること。
 頭目は強力な呪術師テイントオーダーであり、他にも強力な固有職ジョブ持ちを数人揃えていること。
 そして、頭目は転職ジョブチェンジの神子を憎み、執着していること。

 最後の説明を聞いて、少なくない人数が首を傾げた。なぜ頭目が神子に執着しているのか。その説明がなされていないのだから、それは当然だった。

 その疑問が人々に行きわたった頃合いで、俺は説明を補足する。

「なぜ私が頭目に狙われているのか、そうお思いの方も多いことでしょう。そこで、その理由を説明したいのですが……ここで、皆さんにこの世界の秘密をお伝えする必要があります」

 ごまかすような言葉に、不服そうな表情を浮かべる人間は多かった。だが、それに構わず俺は説明を続ける。

「その昔……この世界には、今より遥かに多くの固有職ジョブ持ちがいました。現在では、一万人に一人の確率で発現すると言われている固有職ジョブですが、本人が望み、きちんと修行をすれば、大半の人間が固有職ジョブを得ることができていました」

 それは、ルーシャに確認した事柄だ。特に戦士職の資質は後天的な要素が多いらしく、幼いころから修行していれば、ほぼ確実に固有職ジョブを得ることができたという。

「ですが、終末戦争の折に事件が起きました。かの教団のせいで、この世界から固有職ジョブが失われてしまったのです。それ以降、固有職ジョブは一万人に一人しか発現しない希少なものとなりました」

 説明には嘘が入り混じっていたが、人々の興味を引くことができたようだった。彼らは先程よりも少し真剣に話を聞いている。それは固有職ジョブという特別なものに対する反応だったのかもしれないし、終末戦争というタブーに反応したものかもしれない。

 どちらにせよ、彼らが真面目に話を聞いてくれていることは事実だった。

「ですが……私は、千年前に失われた固有職ジョブを復活させることができます。今すぐには無理ですが、時間をかければ必ず成し遂げることができます。そうなれば、皆さんの多くも固有職ジョブを宿すことができるでしょう」

「なんだと……」

固有職ジョブが当たり前に……?」

 その言葉は、驚きをもって受け止められたようだった。俺はその流れにこっそり安堵する。

「そして、それこそが私が頭目に狙われる原因です。彼は強力な呪術師テイントオーダー固有職ジョブが希少であればあるほど、その価値は高まります。
 そんな彼の、ひいては教団の優位性を損なう固有職ジョブの復活は、彼らにとってあってはならないものなのでしょう」

 これは嘘だ。頭目の正体は呪術師テイントオーダーどころか、神そのものであり、俺が狙われている理由はよく分からない私怨と言える。

 だが、奴の正体を明かしたところで、人々の恐怖が増し、そして俺をさらに追い詰める結果になることは想像に難くない。それでも事実を教えるほど、俺は人間ができていなかった。

「今、この辺境は歪な状態にあります。ルノールの街を初めとして、辺境の主だった街はシュルト大森林に食い込むような形で規模を拡大していますが、その維持には現在と同じ人数の固有職ジョブ持ちを集める必要があります。

 ですが、現状を見てください。今の固有職ジョブ持ちの数を維持できるのは、私が生きている間だけです。その後は緩やかにその数を減らし、やがては一昔前と同じ数になるでしょう。そうなってしまえば、この街はモンスターの襲撃に耐えられません。
 皆さんの子孫のために、そして辺境の未来のために、固有職ジョブを復活させたい。それが私の願いです」

 俺は広場の人々を見つめる。多少なりとも彼らの心が揺れている様子を見て、俺は声に力を籠める。

「もちろん、皆さんだけに負担をかけるつもりはありません。この件について、統督教は教団の行いを悪と判断し、辺境を全面的にバックアップすることを決定しています。我々は孤独ではありません」

「なんだって……」

「統督教が味方についてくれるのか……?」

 統督教の名前は、俺が考えていたよりも強い力を持っていた。全国的な組織が後ろについてくれる。その言葉は、彼らに大きな影響を与えたようだった。それほどに、彼らは教団の脅威に脅え、心細さを感じていたのだろう。

 実を言えば、俺の発言は真実ではない。プロメト神殿長を通じて依頼しているものの、統督教の上層部がどう判断するかは分からない。だが、その結論を悠長に待つ暇はないし、例え否決されたとしてもごまかしてみせる。

 次に、俺はシュルト大森林を指差した。雲霞のように発生しているモンスターの豆粒のような影を見つめながら、人々に語りかける。

「一つ、皆さんに警告しておくことがあります」

 その語調の強さに、何割かの人々が怪訝な表情を浮かべた。

「それはあの教団の、そしてあの頭目の人間性です。彼らは見境もなく、私を陥れようとしました。膨大な数の魔物の集団を引き連れて、襲われたくなければ転職ジョブチェンジの神子を差し出せと、そう言いました。

 ただ私を殺すだけなら、こんなまだるっこしいことをする必要はありません。あの大軍を差し向けられれば、いくらなんでも死にます。
 ですが、頭目が望んでいるのは、信頼している皆さんに裏切られることによって、私が絶望する様を見たい。だからこそ、こんな手の込んだ舞台を用意したのです」

 そう言われて、気まずそうに視線を落とす人々の姿が目に入る。彼らだって、『名もなき神』に理がないことは分かっているはずだ。自分の命や生活を優先しただけで、それ自体は理解できない話ではない。

「そして、です。そんな人間性しか持ち合わせていない輩が、丁寧に約束を守って魔物たちを元いた場所に戻すと思いますか?
 あれだけ夥しい数のモンスターです。生態から何から、てんでバラバラな魔物たちを、律儀に棲み処に返すとは思えません。その場で支配を解いて、後は魔物たちのなすがままに任せることでしょう。そうなれば、あのモンスターたちがどうするかは、皆さん想像がつくでしょう」

 人々の視線が不安そうにシュルト大森林へと向かう。彼らに向かって、俺はさらに言葉を付け加えた。

「さらに言えば、辺境を大切に思っている私を嘲笑う、ただそれだけのために、あの魔物を解き放つ可能性もあります。……つまり、私を引き渡したところで、皆さんの安全が手に入るわけではないのです」

 その言葉にざわめきが大きくなる。俺を引き渡しさえすれば大丈夫だと思い、縋っていた支えが外されたのだ。動揺は当然だ。また、数日前の『名もなき神』の傲慢な物言いも、俺の主張を補強してくれるはずだった。

 『名もなき神』と同じ手段を用いるのは気に入らないが、俺もまた人々を恐怖で動かそうとしていた。

 彼らの反応を確認すると、俺は大声を張り上げる。

「辺境の力を合わせて、あの魔物の群れを撃滅するしか道はありません! 事は皆さんだけの問題ではないのです!
 かの教団に支配された街を見たことがありますか? 誰も彼もが呪いに脅え、神官におもねる街を! そして、固有職ジョブ持ちがいなくなり、モンスターに食い荒らされる辺境を! そんな街を子孫に残すことができますか!?」

 そう叫ぶと、俺は息を調える。その間、野次を飛ばしてくる人間は誰もいなかった。

「先程も申し上げた通り、統督教が皆さんをバックアップします。転職ジョブチェンジの神子として、私もできる限りのことをしてみせましょう。……後は、皆さんの決断だけです」

 俺はそう告げると、広場の人々を見つめ続ける。睨み返す者、目を逸らす者。その反応は様々だが、俺から目を逸らすつもりは絶対になかった。

 そうして、永遠とも思える時間が流れた後。……ポツリと、誰かが呟く。

「――神子様の話に乗るのも、アリかもしれねえな」

「……そうだな、元々辺境は魔物の巣窟なんだ。いちいちビビッてられるか」

「どうせあの魔物に襲われるなら、一緒に戦ったほうが……」

 そんな声が、ちらほらと上がりはじめた。

「怖ければ、その時だけ避難していればいいのよね」

「未来なんて重いモンがくっついてるんじゃな……」

 そして、その声はやがて大きくなっていく。やがて気が付けば、俺に敵意を向ける人間はほとんどいなくなっていた。

「神子様、悪かったな」

「家族を、みんなを守ってください……!」

 そんな声を残して、一人、また一人と人々が去っていく。

 それは、ただ何もしないという選択をしただけかもしれない。モンスターに襲われたくはないが、生贄を差し出すような行為に加担したくもない。そんな消極的な理由も大きいだろう。

 だが、それで充分だった。心の底から信頼してくれなくても、放置してもらえればそれでいい。そうなれば、後はこっちでなんとかしてみせる。

 広場から人が誰もいなくなるまで、俺はその場に立ち続けていた。

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