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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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侵食

 とある小国にある、主人不在となった貴族の館。国王より譲り受けたその建物の中では、男が部下の報告を受けていた。

「ふむ……やはり辺境はガードが固いか」

「はっ、特に転職ジョブチェンジの神子は、『辺境の守護者』を始めとした有力者との繋がりが極めて強く、権力者の線から追い詰めることは非常に困難です」

 その報告に彼は苛立つ。なぜ同じ能力を持っていながらこうも違うのか……彼は頭を振ると、なぜか湧き出た思考を吹き飛ばす。

 配下の報告を改めて頭の中で転がし、彼は少し考え込んだ。

「ならば、民衆はどうだ?」

「恐れながら、辺境の住民の間では根強い人気があります。特に古くから辺境にいた者ほど、神子に好意的な傾向にあるかと」

「だが、辺境には多くの人口が流入しているはずだ。相対的に神子に好意的な者の数は減っているだろう。民衆というものは、餌を与えれば簡単に飼い主に牙を剝くものだ」

 その言葉に、配下の男はしばらく考えてから口を開く。

「辺境で神子の悪い噂を捏造して撒いたことがありますが、引っ掛かるのはそれを望む他国のスパイ程度でした。生半可な餌では難しいかもしれません」

「ほう……」

 ならばどうするか。彼の頭の中をいくつかの策が巡る。いつでも、クルシスは手を焼かせてくれる。

 彼が()()()()()のは、たかだか千年前のことだ。半神半人の先祖返りとして生まれた彼は、古代魔法文明の発達した世界においても非常に厄介な存在だった。

 しかし、文明にとってありがたいことに、彼には権力欲や征服欲といったものがなかった。そのため、彼は先祖返りという特別な存在として、警戒されながらも気ままな生活を許されていた。

 だが。そんな暮らしをしていた彼の下に、偶然持ち込まれた書物があった。それは神の降臨について記された書物であり、そこには儀式の方法だけでなく、神という存在についての考察が細々と書かれていた。著者は変死したとの話だったが、それも頷ける。そんな内容だった。

 そして、その書物を読み耽った彼は、ふと一つの興味を持った。

 ――自分が神になることはできるだろうか。

 初めは、純粋に知識的な欲求だったのかもしれない。もともと権力欲などない人間だ。神となって人々を跪かせたいわけでもないし、永遠の命に憧れていたわけでもない。ただ純粋な興味だった。
 基本的に気紛れで飽きっぽい彼が、この時だけ粘り強く挑戦できたのも、ひょっとするとそれが理由だったのかもしれない。だが、次第に興味は執着に変貌していった。

 そして、その過程で彼は様々な困難に直面した。何より閉口したのは、神の力の源だ。物質を由来としない神の多くは、人種族等の祈りによって存在する。敬虔な信者を集める必要はないが、そういった超越的な存在として認識されることが重要なのだと、彼は悟った。

 だが、当時の世界で「我を崇めよ」と言ったところで、鼻で笑われるだけだ。ただでさえ信仰が薄く、また文明が発達した社会だ。彼が半神半人としての力を振るったところで、ただの凄い『人』でしかない。
 また、何かを司るという形で存在する神は非常に多数存在しており、もはや司る者のない事物など彼にも思いつくことはできなかった。

 恐怖や嫌悪といったものも神の力となり得るものの、そのためには『犯罪者』ではなく『超越的な存在』として認識される必要があるため、これまた非常に困難と言わざるを得ない。

 そこで、彼は一計を案じた。神々を次々と降臨させ、その中に紛れ込んだのだ。彼は自ら儀式を行い、自分でも驚くほどあっさりと肉体を捨てた。もともと半神半人であり、世界の構造がそれなりに見えている彼にとって、肉体からの解脱は難しいことではなかった。

 そして、神々の一柱として紛れ込んでいるうち、流通させた書物への小細工が功を奏し、神々が一柱、また一柱と消滅していった。こうして神々を減らしておかなければ、恐怖を用いて神気を集めようとしても、現存する神々に滅ぼされた可能性が高かったのだ。

 後の流れは簡単だった。彼は恐怖の象徴として恐れられるようになり、初めは乏しかった神気も充実してきた。また、不思議な縁があり、人以外の眷属も得た。

 だが、その後クルシス神との戦いになり、彼はほぼ相討ちとなった。しかし、元が半神半人であった彼は、先祖にならい、自らを固有職ジョブとすることで、クルシス神の最後の攻撃から逃げ延びたのだ。

「……もう、昔の話だな」

 傍に部下がいることも忘れて彼は呟く。クルシス神の気配を強く持つ人間と接触したことで、少し懐古的になっているのだろう。そう考えた。

 彼は千年ぶりに得た肉体を見つめた。クルシス神の封印は強固なものであったため、固有職ジョブと化した彼に適合する資質持ちが簡単に発生するはずもなく、彼は無為に千年の時を過ごすことになったのだ。

 だが、つい十年ほど前の話だ。ついに彼を固有職ジョブとして宿した人間がいた。それが『聖女』アムリアだ。彼女はその生い立ちのせいか、固有職ジョブ転職ジョブチェンジというものを憎んでいた。

 そして一方、彼はクルシス神を憎んでいた。彼の場合、それは憎しみというよりは、人生で初めて抱いた執着心だったのかもしれないが、もはやその区別はつかない。
 なんにせよ、その共通点こそが彼を固有職ジョブとして宿すための重要な資質だったのだろう。

 だが、そのアムリアはもういない。一つの肉体を二人で使う状態が続いていたが、以前に古代遺跡のクルシス神殿の攻撃を受けた時、彼は力の大部分を失った。

 そして、そのダメージを回復するために、アムリアは自ら融合を申し出たのだ。

 もともと、アムリアはその転職ジョブチェンジ能力を生かして、密かに協力者を増やしていた。十年以上の時間をかけて築き上げた人脈はかなりのものであり、『名もなき神』を奉じる教団として、その存在が大きな土台になったことは疑いようのない事実だった。

 それがなぜ、自らを犠牲にして彼を復活させようとしたのか、その理由はまったく分からなかった。

「ふむ……具体的な手段については追って指示する」

 彼は指示を出している途中であったことを思い出し、そう告げる。

「畏まりました。……ところで、神子以外についてはどう対処しますか?」

「捨て置け。奴以外に興味はない」

 そう言い放った彼は、自分に違和感を覚えた。本人も言っていたが、神子はクルシス神ではない。それはよく分かっている。にもかかわらず、なぜこんなに腹立たしく思えるのか。

 アムリアはすべてを憎んでいたが、その中でも、同じ能力を持ちながら、恵まれた生を送る神子を特に憎んでいた。だが、彼自身はそこに共感しているわけではない。

「……どうした?」

 自らを見つめる配下の瞳に、彼は首を傾げた。目の前の男はアムリアの腹心であり、元はクローディア王国の監察官の地位にあったと言う。能力的には悪くない人間だが、その分彼に対しては警戒心を露わにしていたものだ。それが、最近はやけに協力的だった。

「いえ、我らが神の偉大さに感じ入っております」

 とは言え、その言葉にはどこか含みが混ざっていた。もともと気紛れな彼のこと、本来なら罰の一つも与えるところだが、最近の彼はあまりそういったことに頓着しなくなっていた。寛容と言うよりは、心の振れ幅が小さくなったような気もするが、どうでもいいことだ。

「……ふむ、そろそろ奴の傷も癒えた頃合いか。……今回はアレたちを使う。合図の狼煙を送っておけ」

「畏まりました」

 ……本気で潰す。どうせ辺境に自分の信徒はいないし、全滅したとなれば奴はさぞ嘆くことだろう。

 混ざりあった思考のまま、彼は窓から森のある方角を眺めていた。



 ―――――――――――――――



 人、人、人。ここ最近のクルシス神殿ルノール分神殿は、押し寄せる来殿者でごった返すのが常だった。

「カナメく――カナメ神殿長代理、そろそろ時間ですよ。神像の間に顔を出してもらえますか?」

「ああ、もうそんな時間でしたか。ありがとうございます」

「神殿長代理を見ないと来殿者の目的が果たせませんからね。大変だと思いますが、よろしくお願いします」

 臨時的に増員されたクルシス本神殿の司祭、テイラーさんに促されて、俺は神像の間へと急ぐ。おそらく、そこには大量の来殿者が集まっていて、転職ジョブチェンジの神子が姿を現すのを心待ちにしているはずだった。

「ミュスカならともかく、俺を見たってありがたみはないだろうになぁ」

 そんなことを呟きながら、神像の間に姿を現す。予想通り、かなりの広さを誇るはずの空間は人で一杯になっていた。

 その原因は、相変わらず続いている統督教を挙げての宣伝工作だ。少し前に『名もなき神』を追い返したことが評価され、俺とミュスカ、そしてメルティナの宣伝には特に力が入るようになったらしい。

 それは統督教幹部たちの感謝の気持ちなのかもしれないが、『名もなき神』に見逃してもらった感の強い俺たちとしては複雑な気分だった。

「おお……神子様だ……!」

「ありがたやありがたや……」

 神像の間へ足を踏み入れた途端、そんな言葉が耳に入る。俺という存在にありがたみがあるとは思えないが、自分の役割は分かっている。余計なことを言うつもりはなかった。

「皆さん、本日はクルシス神へ祈りを捧げるためにお越しくださってありがとうございます。皆様のお気持ちは、必ずやクルシス神に届いていることでしょう」

 そう言って、聖職者らしい穏やかな微笑みを浮かべる。すると、この部屋にいる人々が一斉に祈りを捧げ始めた。気になるのは、クルシス神の神像ではなく、俺に対して祈りを捧げているような人々も多いことだが、水を差すわけにもいかなかった。

 聞いた話では、ルノール教会でも同じ現象が発生しているらしく、ミュスカを一目見て、そして拝んでいこうという参拝者も多いと聞く。
 クルシス神殿とルノール教会をはしごしている人間も多いというのだから、もはや特定の宗派の信徒に限った話ではないのだろう。

 もちろん、クルシス神官としては悪い話ではない。勤め先の評判がいいことは喜ばしいことだ。だが、その背景にあるのは例の教団の勢力伸長だ。この熱気が社会不安の裏返しだと思うと、素直に喜ぶ気にはなれなかった。

 しばらく場に留まると、俺はゆっくり一礼して神像の間を後にする。

「カナメ、お疲れさま」

 気配隠し(コンシール)を使って、目立たないように後ろを付いてきたクルネが、小さな声で労ってくれる。
 来殿者が多いことはありがたいが、教団のこともあるし、彼らの目的がすべて善性のものとは限らない。人が増えてからというもの、俺が単独行動をすることはほぼなくなっていた。

 クルネを伴ったまま、俺は神殿の関係者専用フロアへ足を向ける。商談の予定があるからだ。

「これから会うのは商会の人だったわよね?」

「ああ、アクセサリー類が主力の商会だな。用件は大体想像がつくが……」

 おそらく、売り捌く装飾品にクルシス神殿の祝祷を、とかその類の話だろう。基本的にそういった話は管理担当のセレーネがあしらってくれるのだが、たまに有力な商会がやってくると、神殿長代理の役職が必要になってくるのだ。

「商会の人って、本当に色々なことを思いつくわね」

 同じ結論に達したのだろう、クルネはしみじみと呟いた。

「商業は判断が難しい。彼らの努力や経験、創意工夫は尊ばれるべきものだが、時としてそれは不正に近づく。交渉術などは真実を覆い隠すものでもあるからな」

 俺はそう言って静かに息を吐く。すると、クルネが不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「クルネ、どうかしたか?」

「……ううん、なんでもない」

 その言葉とは裏腹に、彼女の表情は疑念から憂慮へ移り変わる。だが、俺が訝しんでいることに気付いたのか、クルネは弁解するように笑顔を浮かべた。

「統督教会議の頃から、カナメはずっと頑張ってるもの。この状況じゃ難しいかもしれないけど、きちんと休んでね」

「ん……? ああ、ありがとう。気を付けるよ」

 まるで自分に言い聞かせるような口調が気になったが、彼女が俺の身を案じてくれていることは間違いない。俺は笑顔を浮かべた。

「とは言え、信徒はもちろんのこと、信徒以外の者とて、真剣に祈りを捧げている以上無碍にはできないからな。なんとか報いたいものだが……」

 その言葉に、クルネの表情が再び曇る。なんだろう、過労死でも心配しているんだろうか。彼女の言う通り、どこかで休みを入れてのんびりしてもいいかもしれないな。

 そんなことを考えながら、俺は専用の応接室の扉を開けた。



「なるほど、クルシス神殿の祝祷つきアクセサリーとして販売する予定ですか」

「はい、もちろん神子様にご迷惑はおかけしません! 祝祷を授けて頂く装飾品は、厳選に厳選を重ねた高品質のものを中心に取り揃える予定です」

 髪に白いものがちらほら混じり始めた男性、マッセさんは、帝国ではそれなりに名の知れた商会の一員だという。聞けば、帝国担当評議員のアンドリューさんが推薦してきた人物であるようだし、それは本当のことなのだろう。

 だが、だからと言って二つ返事で承諾するつもりはなかった。商人の流通経路を使っての認知や布教が見込めるという側面はあるものの、その販路に乗ってしまえば、クルシス神に俗っぽいイメージがつくことは避けられない。
 そのため、もし話に乗るにしても、その時は特別な理由をつける必要があった。

「非常に興味深いお話ですが、事はクルシス神殿全体に関わってきます。まして、マッセさんの商会は非常に大きなところですし、やはりクルシス本神殿に確認をとる必要がありますね……」

「いいお返事ができず、申し訳ありません」

 俺の言葉に続けて、同席していたセレーネが優雅に頭を下げる。商人によっては、このコンボで片が付くことも多いのだが、マッセさんはさすが一角の商会の人間だった。

「なるほど、たしかに仰る通りですね。ご無理を申し上げて申し訳ありませんでした。……それでは、クルシス神ではなく、転職ジョブチェンジの神子の祝福を授かるというのは如何でしょうか? これであれば、神子様の御心次第ではありませんか?」

「なるほど、面白い話ですね……ですが、あくまで私はクルシス神に仕える神官に過ぎません。クルシス神殿を無視してお話に受けてしまうわけには参りません」

「そうですか……カナメ神殿長代理。実を言えば、私はクルシス神の信徒なのです。他宗派の商人であればともかく、私であればクルシス神の価値を下げるようなことはないとお約束しますよ」

 なかなか粘るな。だが、アンドリューさんの紹介とあれば、無理やり話を打ち切るわけにもいかない。どうしたものかなぁ。

「やはり、祝福を授けた護石等は、神殿から手渡しすることが望ましい。さもなければ、人から人へ渡っていくうちに効力が弱まってしまう。真にそれを必要としていた者の下へ辿り着いた時、効力が失われていてはあまりにも不憫というもの」

 そう答えると、商人は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。だが、彼はすぐに笑顔で感情を塗りつぶす。

「そうですか……それは残念です。祝福についての理解が甘く申し訳ありませんでした。また、ご納得頂けるような提案をさせて頂きたいと思っておりますので、その時はまたよろしくお願いしますね」

 そう言って、マッセさんは立ち上がった。彼を扉まで見送った俺は、その去り際に一言付け加える。

「マッセさん。クルシス信徒だと嘘をつかなくても、私は誠実な人間には誠実に対応します。結果がどうであれ、素の貴方でぶつかってきてください」

「へっ!? ……は、はい!」

 その言葉を聞いて、マッセさんは弾かれたように跳びあがると、速足でそそくさと去っていく。それを見送っていると、隣から視線を感じた。

「セレーネ、どうかしたか?」

 だが、彼女は答えずに、訝しげに俺を見つめるだけだった。そうして気まずい時間を過ごした後、セレーネはようやく口を開く。

「……カナメ君、どうしてあの商人さんがクルシス信徒じゃないって分かったの? 露骨にクルシス神の聖印を提げてでもいない限り、外見から判断できないのは誰でも同じことでしょう? 少なくとも、私には区別がつかなかったわ」

「え? いや、見れば分かるが……」

「見ただけで……?」

 再び気まずい沈黙が流れる。なんだろう、このすれ違っている感覚は。

 そう考えていると、廊下の向こうから賑やかな声が聞こえてきた。

「カナメ、セレーネ! ちょうどよかったわ!」

 そう言ってバタバタと走ってきたコルネリオに、セレーネは声をかける。

「あら、コルネリオ君。今日は訪問予定だったかしら?」

「いいや? だから丁度よかったって言うたんや。ささ、入ってくれや」

 コルネリオは悪びれもせず、俺たちを出てきた応接室に案内しようとする。その様子に思わず噴き出しながら、俺はセレーネのほうを向いた。

「セレーネ、この後の予定は何かあったっけ?」

「さっきの商談が意外と早く終わったから、多少は空いてるわ。……ほんの少しだけれど」

 セレーネは意味ありげな眼差しでコルネリオを見る。すると、コルネリオは二カッと笑った。

「そない釘刺さんでも、自分らが忙しいんは承知しとるからな。ほんの少しで充分や」

 それならいいか、とセレーネと頷き合うと、俺たちは再び応接室へと戻る。まだマッセさんに出したお茶が残っているが、そこはお互い様と言うやつだろう。

 そして、俺の背後から突然気配が現れる。さっきの商談からずっと後ろにいたクルネだ。

「コルネリオ君なら、別に気配隠し(コンシール)を使わなくてもいいわよね」

「うおっ!? ……なんや、クルネちゃんかいな。びっくりしたで……」

 コルネリオが驚きの声を上げる。あくまで『村人』レベルの知覚能力しかない彼には、突如出現したように思えたのだろう。

 だが、すぐに気持ちを切り替えたのか、コルネリオは早速とばかりに話題を切り出した。

「……ほら、俺のところはセイヴェルンとの間に定期便出してるやろ? その関係なんやけど、セイヴェルンから辺境へのツアーを組もうって話があるんや」

「それは面白そうだが……ツアーが組めるほど、辺境に名所なんてあったか? 古代遺跡は危険すぎるし……あ」

 そこまで口にして、俺はコルネリオの目的に気が付いた。そもそも、そうじゃなければこいつが神殿に来るはずがない。

「お前……クルシス神殿と教会をツアーの旅程に組み込むつもりだろ」

「お、さすが察しがええな! 転職ジョブチェンジの神子とルノールの聖女に会えるツアーや、人気間違いなしやで! もちろん、他にもセフィラさんのとこの工房とか、フェイムが剣打っとるところとか、面白そうなとこを当たるつもりや」

 コルネリオは楽しそうに計画を語る。まあ、それ自体は大丈夫だと思うが……。

「ツアー自体は構わないが、特別な何かをしてほしいと言うことなら難しいぞ。あと、他の来殿者の迷惑になるようなこともだ」

「もちろん、邪魔なんてせえへん。よくおる団体客と同じような感じや。案内は一人つけるけど、変な観光案内みたいな口上は絶対させへん。特別扱いは……してくれるんがベストやけど、そうなるとクルシス神殿に金払わなあかんしなぁ」

「あら、基本的には払わないつもりなの?」

 コルネリオの言葉にセレーネがツッコミを入れると、コルネリオの目が少し泳いだ。

「神殿に来る以上、ツアー客がお布施やら何やらで金を落とすのは確実やし、そこで手を打たへんか? 今はまだ試行錯誤の段階やからな。あまり金額を跳ね上げるわけにもいかんし」

「……だそうよ。神殿長代理、どうするの?」

 少し肩をすくめながら、セレーネが問いかけて来る。それは思いがけない提案だったが、悪いことではないように思えた。

「新しい試みに挑むことは、非常に価値あることだ。たとえ結果が出ずとも、自らを信じ目標へ向かって邁進する。その姿勢を持つ者をどうして拒めようか」

 そう答えると、コルネリオは驚いたようだった。

「は? ……お、おう、カナメにそう褒められると変な気分やな。自分も聖職者が板についてきたっちゅうことか。
 ……ほんで、とりあえずオッケー言うことでええな? カナメ、おおきにな!」

 再び人好きのする笑みを浮かべると、コルネリオは元気に立ち上がった。あまり時間を取らせないというのは本当だったらしい。……まあ、コルネリオも多忙を極めているだろうし、あまり世間話をしている暇はないか。

 自らを高め続けて、ふと疲れた時にお互いを支える。それでいい。たとえクルシス信徒でなくとも、そういった関係は守護したいものだ。

 小さくなっていく彼の姿を見送りながら、俺はそんなことを考えていた。そして、今度こそ応接室を後にしようとした俺は、唐突に後ろに引っ張られてよろめいた。

「クルネ、どうしたんだ?」

 なんとか姿勢を立て直した俺は、よろめく原因となった彼女に視線を向けた。その戸惑いの表情とは裏腹に、クルネの右手は強い力で俺の腕を掴んでいる。

「カナメ……少し話したいことがあるの」

「え? いきなりどうしたんだ?」

 そう尋ねると、なぜかセレーネも腕を掴んできて、無言で俺を応接室へと連れ戻す。その表情が、見たことのないほど険しいものであることに気付いた俺は、二人が誘導するのに任せて、大人しくソファへと腰掛けた。

 やがて、クルネが俺の正面のソファに座る。その顔には気遣わしげな表情と、何かを決意した瞳が同居していた。

 一方、扉を閉めたセレーネは、ソファに掛けることもせず、苛烈とも言える視線を俺に向けた。そして、なぜかクルネと頷き合うと、手を白くなるほど握りしめて、その口を開く。

「――カナメ君。……()()()()()()()()?」






「いや、誰だと言われても……俺は俺だろ?」

 セレーネから浴びせられた質問に、俺は首を傾げるばかりだった。その様子を見て、クルネは憂いの表情を、セレーネはさらに険しい表情を浮かべる。

「カナメ君、ここ数カ月ほど自分の言動がおかしいことに気付いている?」

「言動がおかしい?」

 まず口を開いたのはセレーネだった。予想外の言葉に、俺はオウム返しに問いかけるのが精一杯だった。

「……最初は考え過ぎかな、とか、カナメがみんなの期待に応えようとして頑張ってるんだな、って思ってた」

 次いでクルネが口を開く。だが、なんのことを指しているのか、さっぱり心当たりがない。

「……まさかとは思うけど、自覚していないの? さっきだってそう。さっきの商会の人やコルネリオ君に、クルシス神官らしい言葉をかけたり……」

「いや、別に悪いことじゃないと思うんだが……」

 そんな俺の答えに、セレーネは小さく息を吐く。

「クルシス神官としてはね。でも、私の知っている……私たちの知っているカナメ君の行動だとは、とても思えないのよ」

「私……たち?」

 その言葉に、俺はクルネを見つめる。そして、彼女が口を開くより早く、セレーネが言葉を続ける。

「クルネさんもそうだし、ミュスカも同意見よ。……確認してはいないけれど、ミルティさんも同じことを考えているはずよ」

「え……?」

 その言葉は衝撃的だった。俺の身近にいる人間が、揃って俺の行動に疑念を抱いているというのだ。さすがにショックを受けずにはいられなかった。

「カナメ、さっきコルネリオ君に言った言葉を覚えてる? 『新しいことに挑むことは大切なことだ』とか、『目標に向かって邁進することは素晴らしい』とか言ってたわよね?」

「ん? 言われてみれば、そんなことを言ったような気がするな」

 あらためてクルネに言われると、なんだか引っ掛かるような、そうでもないような……。

「ここ数カ月のカナメ君は、そういった発言がとても多いわ。おかしいと思わない? 神学校の中でも、クルシス神殿の中でも際立って現実主義だったカナメ君らしくないわ。……あのオーギュスト副神殿長でさえ、『神殿長代理に何かあったのか』って聞いてきたくらいよ」

「うーん……そう言われてもなぁ。クルシス神殿の教義からすると、間違ってないだろ?」

「間違ってはいないけど……カナメ君はそれでいいの?」

 セレーネはなぜか執拗に食い下がる。いつもは余裕のある彼女だけに、その様子は奇妙に思えた。

「人が努力を重ね、自らを高めることは重要だ。たとえ結果が伴わなくとも、その姿勢を持ち続けた者は美しい。そうは思わないか?」

 俺の口からすらすらと言葉が飛び出す。それを受けて……なぜか、セレーネは感情を爆発させた。

「思わないわよ! 何も考えず努力、努力……それだけで幸せになる世界じゃないわ!」

 応接室に声が響き渡る。初めて聞いたセレーネの怒声に、俺は言葉を失った。

「あの、セレーネさん?」

 それはクルネも同じだったようで、戸惑った様子で声をかける。その声で我に返ったのか、セレーネの表情から怒気がやや薄れた。

「……ごめんなさい。大人げなかったわね」

「それは別に構わないが……どうしたんだ?」

 一瞬で我を取り戻したのか、セレーネは意外と冷静だった。彼女はしばらくじっと俺を見た後、静かな口調で語り始める。

「陳腐な話よ。とある貴族の娘と、その家に仕える庭師の青年の話。……もうそれだけで分かるでしょうけれど、二人は恋仲だったわ。身分差があることは分かりきっていたけれど、彼にはそれを乗り越えようとする熱意があった」

 唐突に始まった話に、俺とクルネは黙って続きを待つ。

「彼は夢見がちというか、大きな夢を掲げる人だった。そして、『努力していれば、いつかは報われる。クルシス神は見ておられる』とよく口にしていたわ」

 どうやら、その青年はクルシス信徒だったらしい。高名な庭師ともなると、芸術家としてクルシス神殿に詣でる人も多いから、分からない話じゃないな。

 そう考えている間にも、セレーネの話は続く。

「……そしてある日。彼は行方不明になった。彼の足跡そくせきを調べた娘は、それが『怪しげな川船に乗った』ところで絶えたことを知ったわ。……それも、自分の家の家紋がついた船で、ね」

「それって……」

 思わず、といった様子でクルネが呟く。

「身分差を越えるために、と散々努力した結果がそれよ。その後、庭師と深い関係にあったことが知られた娘は家から追い出されたようね」

 セレーネはあっさりとそう結んだ。なんと言っていいか分からず、俺とクルネは揃って沈黙する。

「……もちろん、クルシス神の教えのせいだなんて思っていないわ。けど、その教えがなければ、彼は今も庭師として生きていたかもしれない。そう考えるのをやめられないのよ」

 そう語るセレーネの表情もまた、初めて見るものだった。

「それにしても、そんな事情があったんなら、どうしてクルシス神殿を選んだんだ?」

 それは素直な疑問だ。もともと、彼女がクルシス神殿を選んだ理由は不明だったが……。

「それは復讐のため……なんて冗談よ、そんな顔をしないで。ただ、私は確認したかったの。あの人が信じていたものはなんだったのかって」

 本気とも冗談ともつかない顔で、セレーネは俺を見つめる。だが、その瞳に俺が映っていないことは明らかだった。

 だが、その瞳は次第に力を持ちはじめ、そして再び俺を映し出す。

「……ともかく、そんなわけなのよ。だから、カナメ君が結果を度外視して、努力を賛美するようなことを言うと、無性に腹が立つの」

 腹が立つ。彼女らしくない物言いだが、その分、それは本音のように聞こえた。

「けど、それって俺以外のクルシス神官も似たようなものじゃないか?」

「他のクルシス神官はいいのよ。もともとそういうものだと思っているから。……でも、カナメ君は違うわ。神学校の時から知っているし、努力を免罪符にするような人じゃない。
 そんな貴方が、突然クルシス神を気取ったようなことを言うから……」

 そう言ってセレーネは口を閉ざす。じっとりとした沈黙の中、今度はクルネが口を開いた。

「もしカナメが、今後はそういう生き方をしたいって言うなら、セレーネさんには悪いけど……私は止めないわ。
 けど、今のカナメの中には、カナメ以外にもう一人の人格があるように思えるの。なんだか、カナメはそれに気付いていない気がして……」

「もう一人の人格……」

 そう言われて脳裏に浮かぶのは、アムリアと『名もなき神』の関係だ。アムリアは、固有職ジョブとして『名もなき神』をその身に宿していた。

 だが、俺は? そもそも、俺の固有職ジョブ異邦人ストレンジャーだ。間違っても神なんて大層なものじゃない。

 俺は反射的に懐のステータスプレートを取り出した。それは、自分を再確認するための行為。異邦人ストレンジャーが自分のアイデンティティのすべてだとは思わないが、今はその文字を見たかった。

 だが。

『$ク¥*&@#』

 ステータスプレートが示したものは、かつてのクルネと同じ表示だった。

 ……そう。『自分が自分でなくなる』と、『剣神』となったクルネが言っていた時と同じ――。

 それを自覚した瞬間、世界を認識していた感覚が歪んだ。視界は黒く染まり、聞こえている音は意味をなさない。嗅覚も、皮膚感覚も、すべてに厚いフィルターがかけられているようだった。

 まるで無重力空間に放り出されたような浮遊感の中、俺は感覚を取り戻そうとして足掻いた。自律的な呼吸に自分の意識を合わせ、手指を動かそうと全力を振り絞る。
 遅々として進まない身体の把握に恐怖と焦燥感が湧き起こり、俺は動かない身体で叫び声を上げそうになった。

 そんな時だった。あやふやでしかなかった身体の感覚に変化があった。両肩を誰かが掴んでいる。――そう思った瞬間、一気に視界が開けた。

「――ナメっ!」

 まず視界に入ったのは、必死な表情で俺の両肩を掴んでいるクルネだった。次いで視線をずらすと、再び険のある表情を浮かべたセレーネの姿が目に入る。

「俺は……どうしてた?」

 そう呟くと、目の前のクルネがはっとした表情を浮かべた。

「カナメ……なの?」

 その言葉に俺は詰まる。自己同一性の揺らぎを感じつつも、俺は意識的に笑顔を作り上げた。

「定義にもよるが……転職ジョブチェンジ屋を安全に営もうとして、うっかりクルシス神殿に入ったのは『俺』だ」

 すると、クルネはきょとんとした表情を浮かべた後、小さな笑い声を上げた。

「こんな時に何を言うのよ……もう、本当にカナメは……」

 笑いながらも、その目じりにはうっすら涙が溜まっていた。俺が感覚を喪失している間に、何が起こったのか。

 そう尋ねると、ほっとした様子のセレーネが詳細を教えてくれる。

 どうやら、俺が暗闇で足掻いていたのは、五分程度のものだったらしい。なぜそれが分かったかと言うと、その間だけ、明らかに俺の言動が変わっていたと言う。……そう、セレーネが言うところの「クルシス神を気取った」言動だ。

 そして、我慢できなくなったクルネが俺の肩を掴んで呼びかけると、が戻って来た、ということらしい。

「なるほど、経過は分かったが……」

「かなり深刻な事態ね……」

 俺の言葉をセレーネが引き継ぐ。クルネはと言えば、俺の話を聞いて顔を青くしていた。『剣神』の固有職ジョブを思い出したのかもしれない。

「カナメ君、理由に心当たりはあるのかしら?」

「心当りはあるが……理由と言うか、原理がさっぱり分からないな……」

 医者に診てもらうだとか、そう言うレベルじゃないことは間違いない。考え込む俺を、クルネとセレーネが気遣わしげに見つめていた。

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