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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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統督教会議

 細工師アルティザンであるミレニア司祭が経営するノクトフォール工房。もう店じまいの時間にもかかわらず、その工房には複数の人影があった。

「方向性は違うけれど、クーちゃんの魔剣に迫るスペックね……ありがとう、カナメさん」

「カナメ君、ありがとうございます……!」

 そう口を開いたのはミルティとミュスカだ。ミルティの手には腕輪ブレスレットが、ミュスカの手には首飾りが握られていた。

「お礼ならミレニア司祭に言ってくれ。俺は素材を提供しただけだし」

「その素材が一番……ううん、なんでもないわ。それより二人とも身に着けてみてちょうだい」

 ミレニア司祭は、実に楽しそうに二人を促した。魔道具と言うよりも、細工物が好きな人だからなぁ。自分の作った装飾品を人が身に着けてくれるのが一番嬉しいらしいし、ここは思う存分楽しんでもらおう。

 ミルティの腕輪ブレスレットは、一般的なものよりも少し大きいが、それは中心に嵌まっている小さな竜玉を核として作られたものだからだ。
 だからと言ってデザイン性が損なわれているわけではなく、美しいラインや精緻な細工は、俺が見ても素晴らしい出来栄えだと分かった。

 そして、ミュスカの首飾りもまた、小さな竜玉を中心に据えられており、こちらは細かい金属の鎖と、小さいながらも非常に手の込んだペンダントトップで構成されていた。
 ミルティの腕輪ブレスレットと比べて控えめなのは、『聖女』の正装をすることも多いミュスカが、こっそり服の下に隠すことができるように、という配慮でもあった。

「本当に素敵です……!」

「とってもお洒落ですね! まさか、こんな形でこちらの工房の装飾品が手に入るなんて……」

「ふふ、そんなに喜んでもらえて嬉しいわ」

 二人が嬉しそうに作品を眺めるのを見て、ミレニア司祭はとても楽しそうだった。

「そして、もちろん魔道具としての機能にも全力を注いだわ。鍛冶師ブラックスミスのフェイム君との合作なんて、面白い試みだったわ」

「お手数をおかけしました……」

 その言葉に、俺は思わず頭を下げる。

 事の始まりは、辺境の戦力向上のため、そして『名もなき神』への対策のため、彼女たち二人に地竜アースドラゴンの杖を送ろうとしたことだった。

 だが、ミルティもミュスカも杖を使わないスタイルだし、杖を四六時中持ち歩くのは大変だ。そこでどうしようかと悩んでいたところ、フェイムから「魔法職の武器なら装飾品の形でも製作可能だ」との朗報がもたらされたのだった。

「ミルティさんのほうは、『魔力強化』『魔力制御』『高速詠唱』の三つがメインね。それに『魔力貯蔵』が中レベル、『魔力回復』も低レベルだけど付与されているわ。
 ミュスカちゃんの首飾りは、『魔力強化』『魔法抵抗』『魔力貯蔵』が高レベルで、『広域化』が中レベル、『魔力回復』が低レベルね」

「付与効果が多すぎて、何がなんだか分からないな……」

「あの二人の反応からすると、とてつもないレベルなんでしょうね」

 俺の呟きにクルネが頷く。二人の人間性は信じているけど、危険な奴の手に渡ったら目も当てられないだろうなぁ……。

「……いいな」

 そんなことを考えていると、クルネの口から言葉が零れた。そして、俺が注目していることに気付くと、彼女はわたわたと弁解するように両手を振った。

「ち、違うのよ! ノクトフォール工房のアクセサリーはとても人気が高いから……」

「そうなのか?」

「だって、辺境にはあんまり宝飾店がないもの。そんなところに、王都でもやっていけそうな腕前のミレニア司祭が来たんだから、人気になるに決まってるじゃない」

 なるほどなぁ。ミレニア司祭は細工師アルティザンだけど、趣味として魔道具じゃない細工物もちょくちょく作っている。
 魔道具に比べれれば安いものの、それでも結構な値段のものが多く、俺なんかは遠巻きに見るだけだったのだが……そんなに人気だったのか。

「でも、私はカナメにもらったこの剣があるもの」

 そう言って、クルネは腰に吊るした魔剣を撫でる。……なんだか照れるな。

「剣と装飾品は別物だろうし、クルネにも作ってもらおうか?」

 それは半ば照れ隠しだったが、俺が贈った剣を大切にされて嬉しくないはずがない。クルネが望むなら、本気でミレニア司祭に頼むつもりはあった。

「えっ!? ……だ、大丈夫よ。それに私は戦士職だから、あんまり装飾品をたくさん着けるわけにもいかないし」

「ああ、それはそうだよな。あんまり邪魔にならないものだと……」

 耳飾りは激しく動いたら飛んでいきそうだし、ミルティと同じ腕輪ブレスレットだと剣を扱う時に邪魔になりそうだな。後は……。

「指輪くらいか?」

「ゆびっ!?」

 そう呟くと、クルネが変な声を上げた。そして、一拍遅れてその理由に気付いた俺は、慌てて言葉を取り繕う。

「あ、いや、別に他意はないし、押しつけるつもりもないんだ。ただ、戦いの邪魔にならない部位を考えて……」

「え……? あ、うん、そ、そうよね」

 なんだかしどろもどろになった俺たちは、そこで会話を切り替えることにした。

「それにしても……これで辺境の実力者には、みんな地竜アースドラゴンの装備が行きわたったことになるのか」

「そうよね、地竜アースドラゴンを倒した時のみんなは、もうフェイム君に作ってもらったんだし」

 クルネは俺の言葉に頷く。

 辺境の戦力向上のために、と地竜アースドラゴンの素材を提供したのは、なにもここにいる三人だけではない。ラウルスさんはだいぶ前に鎧を作ってもらっていたが、その他のメンバーにも地竜アースドラゴン討伐の分け前として、今更ながら素材を提供していたのだった。

 そのため、アデリーナは杖としても使用できる魔槍を作ってもらっていたし、エリンが弓矢を発注したのも当然の流れだった。

 ジークフリートに関しては、防衛者ディフェンダー固有職ジョブの特性上、防具か杖が望ましいという意見もあったものの、本人の強い願いにより、やっぱり剣を打ってもらっていた。
 それでも彼なりに考えていたのか、武器の付与効果は『魔力強化』や『防御力強化』、『自動回復』など意外と攻撃系以外のものが揃っていた。

 それ以外で言うと、ラウルスさんが盾を新たに発注したくらいだろうか。ラウルスさんは鎧に次ぐ二つ目の地竜アースドラゴン装備になるが、悪用するとは思えないし、問題はないだろう。

 本当に辺境全体の戦力強化を狙うなら、もっとたくさんの地竜アースドラゴン装備を作って人々に持たせるべきなのだろうが、奪われたり悪用されたりした時のことを考えると、特に信用できる仲間以外に渡す気にはなれなかった。

「後は、カナメの分ね」

「え? 俺はいいよ。前線に出ることはないだろうし」

「でも、あの大きな竜玉ってそのために残してるんじゃないの?」

「あれは使い道がないだけで、俺が使うつもりはないかな。あれを杖の先に取りつけたりしたら、神器クラスの杖ができそうだ」

「間違いないわね……。けどカナメ、鎧は無理だとしても、せめて魔法衣は作ってもらってね?」

「うーん……地竜アースドラゴンの素材って、あんまり魔法衣に向いてなさそうなんだよな……」

「――あら、なんの話?」

 そんな話をしていると、ミルティたちがこちらを興味深そうに見ていた。

「いや、クルネが俺用の魔法衣を作ってもらうべきだって言うんだが……」

「たしかにそれは大切ね。私も言おうと思っていたもの。カナメさんが鎧を身に着けるとは思っていないけれど、せめて魔法衣くらいは着ていてもらわないと心配だもの」

 ミルティはクルネと似たようなことを呟く。

「……それに、身を守るための魔道具も、しっかり持っていてほしいです」

「そうね、カナメ君には色々と渡しておく必要がありそうね」

 さらに、ミュスカとミレニア司祭も頷き合う。どうやら、俺の戦闘能力の残念さをみんなで心配してくれているらしい。なんて複雑な気分だ。

 とは言え、また『名もなき神』と対峙することがあるかもしれないし、『抗呪』系の付与効果のある装備くらいは準備しておくべきだろう。

 そんなことを考えながら、俺はみんなのお薦め装備に耳を傾けていた。






「カナメさん、そんなことを考えていたのね」

「信じられない話だと自分でも思うが……知恵を貸してほしいんだ」

「もちろんよ。ただ、どこまで役に立てるかは分からないけれど……」

 ルノールの街にある魔法研究所ルノール支部。その支部長室で、俺はミルティにとある頼みごとをしていた。

「……それにしても、頭が破裂しそうね。千年前にクルシス神と『名もなき神』が戦って、その際にクルシス神が固有職ジョブを封印した。その後クルシス神と『名もなき神』は相討ちになったけれど、『名もなき神』は固有職ジョブとして逃げのびていて、復活を遂げた。
 固有職ジョブの封印は『名もなき神』の能力を封じることでもあるため、『名もなき神』を倒すまで固有職ジョブの解放はできない。……この理解であっているかしら?」

「ああ、その通りだ」

 さすがはミルティ、理解が早いな。辺境民の例にもれず、あまり信仰心がないミルティは、千年前の真実を聞いてもショックを受けた様子はなかった。

「そして、固有職ジョブの封印を解放するために『名もなき神』を滅ぼしたい。けれど、そのためには『神の存在次元』に届く攻撃を行うとともに、固有職ジョブと化して逃げようとする『名もなき神』を消滅させる必要がある。……難問ね」

 最後にぽつりと呟いて、ミルティは卓上のお茶に手を伸ばす。

「無茶を言っている自覚はある。神殺しなんて、千年どころじゃない太古の英雄譚レベルだからな。ただ、俺やミルティがいる今の時代を逃がせば、もうチャンスはないかもしれない」

「そうね……カナメさんという転職師ジョブコンダクターがいて、私やクーちゃんのような上級職が揃っている状況なんて、たしかに二度とないかもしれないわね」

 そう頷くと、ミルティはふと黙り込んだ。何かを検討しているような雰囲気を感じて、俺は黙って彼女を待つ。
 やがて、彼女はかすかな苦笑を浮かべて口を開いた。

「本当なら、マクシミリアン導師のほうが私より適任なのでしょうけれど……」

「たしかに能力的には頼もしいが、それを補って余りある人間性があるからな」

 俺は即答した。あの爺さんのことだ、ろくなことにならないのは分かりきっているし、そもそも奴は『名もなき神』の陣営だ。現実味がなさすぎた。優秀なだけに性質が悪いよなぁ……。

 と、そう考えた時、俺の脳裏にとある学友の姿が浮かんだ。……そう言えば、マクシミリアンもあいつには一目置いていたな。

「カナメさん、どうかしたの?」

「一人、援軍の当てを思いついた。問題はお互いの立場だが……とりあえず、手紙を書いてみるよ」

 そう答えると、ミルティは笑顔を浮かべた。

「それは心強いわね。カナメさんと二人で考えるのも楽しいでしょうけど、結果が出なければ意味がないものね」

「いや、そこに至る過程も重要だが……たしかに、結果が出るに越したことはないからな」

 すると、ミルティは何度か不思議そうに瞬きをした後、気を取り直したように口を開く。

「責任重大ね……カナメさん、さっそくお願いしたいのだけれど、ジュネちゃんとルーシャさんに――」

 研究者モードに入ったミルティは、様々な検証の準備を始める。自分の研究や支部長の仕事も忙しいだろうに、本当に申し訳ないな。せめて、俺にできることはなんでもやろう。

 そんな決意を胸に、俺は辺境中を走り回るのだった。






 広大なシュルト大森林を挟んで、辺境の東側には商業都市セイヴェルンが存在している。そして、そこからさらに北へ進むと、ミスティム公国という中規模国家に辿り着く。

 その規模だけを見れば、特に目を引くことのない国と言えるが、この国の特殊性は別のところにあった。
 目の前に広がる公国の首都を見て、思わず口を開く。

「これが国民の九十九パーセントが教会派の信徒だという宗教国家か」

 ミスティム公国に国教はない。そのため、法律で他の宗派が迫害されているわけではないし、信教の自由も保証されている。政治とは距離を置くという統督教の在り方からしても、それは不思議なことではない。

 だが、それでも国民のほぼ全員がオルファス神の信徒であり、数少ない例外は他国から来た商人くらいらしい。そして、その商人も商売を円滑を進めるために改宗することが多いと言うのだから凄いものだ。

 この国には教会派の総本山があるし、終末戦争後、旧オルファス教の名の下に集った人々が興した国だという経緯も関係しているのだろう。

「あの……わたしまで一緒に連れて来てもらって、ありがとうございました」

 俺が国の成り立ちに思いを馳せていると、ミュスカがぴょこんとお辞儀をした。彼女の視線の先には、二月前の王都行きに引き続き、再び移動手段として大活躍してくれたミルティの姿がある。

 ……そう、数日後に開催される統督教の幹部会議には、ミュスカも呼ばれていたのだ。もちろん、俺のように会議自体に出席するのではなく、あくまで護衛として呼ばれた格好だ。

 ガライオス先生に聞いた話では、以前の大司教会議で『名もなき神』に酷い目に遭わされたため、大司教の多くは神経質になっているらしい。そこで、呪いを解いた実績のある癒聖セイクリッドヒーラーを呼んだのだろう、とのことだった。

 そのため、今回は俺、クルネ、ミルティ、そしてミュスカという豪華メンバーで空間転移テレポートの旅をしていたのだった。上級職三人とか、それだけで国家の戦力バランスを覆す危険な集団だが、幸い咎められることはなかった。

 街の検問に並んでいる間に、俺たちは周囲を観察する。さすがに教会派のお膝元は狙いにくかったのか、これまでに通ってきた街に比べると平和な様子だ。

「あまり住民から悲壮感が感じられないのは、あの教団が入り込んでいないせいかしら?」

「そうだな。だからこそ、今回の統督教幹部会議をこの国でやることにしたんだろう」

 同じことを考えていたミルティに同意を示す。すると、今度はクルネが口を開いた。

「その分、この街なら騒がれずにすみそうね」

「あー……」

 その言葉に、俺を含む三人が苦笑を浮かべる。その理由は、統督教が推し進めているイメージ戦略にあった。

 軽い気持ちで了承した統督教の旗印プロジェクトだったが、どうやら統督教が本気を出したらしく、各宗派が推薦した神官の情報は驚異的な速度と強度で広まっていた。
 それは神が顕現したかのような宣伝文句であり、個人的には凄まじい違和感を覚えていたのだが……。

「二人とも目立っていたものね。みんなが遠巻きに祈りを捧げていたのには驚いたけれど」

「その代わり、凄い視線で睨んでくる人もいたわよね」

「祈りも大切だが、彼らが自分を磨いて、自らの力で平和を勝ち取るという意思も重要ではないだろうか」

 そう口にすると、クルネがおかしそうに笑い声を上げた。

「あ、カナメが神官らしいこと言ってる。そう言えば、立ち寄った街でも頑張ってたわよね。布教してる神官様に見えたもん」

「カナメ君、今から無理していると、会議で疲れますよ……?」

「……ん? そうか、気を付けよう」

 そう言えば、最近は体調が今一つだしな。大人気の神子っぽく振る舞おうと気負いすぎたのか、意識が遠くなることもちょくちょくあったし。

 そうこうしているうちに、検問の順番が回ってくる。ミュスカという教会派最高クラスの有名人がいるおかげか、検問は驚くほど早く終わり、その代わりに彼女が拝まれ続けるという一幕はあったものの、全体としてはスムーズに街に入れたほうだろう。

 こうして、俺たちはミスティム公国の首都オルファンへ足を踏み入れた。






 ミスティム公国で一番巨大な建物は、公王が住まう宮殿ではなく、教会派の総本山であるミスティム本教会だ。その巨大で重厚な造りは圧巻の一言であり、歴史と人の信仰の篤さを感じさせるに充分な威容を誇っていた。

 そんな教会の離れには、これまた非常に立派な造りの建物が存在する。それは、催しや重要な会議を行う時に使用するものらしい。

 その建物内にある大きな会議場の中で、俺は居心地の悪い思いをしていた。

「――彼が真実を知る機会を得たと?」

「いくら転職ジョブチェンジの神子とは言え、俄かには信じがたいですな」

 理由は言うまでもない。教会派の大司教、七大神殿の本神殿長など、ごく限られた宗派のトップしか顔を出すことのできないこの会議に、俺のような若造が顔を出したのだ。しかも、禁忌とされている真実を知っているとあって、お歴々の表情は非常に渋いものがあった。

「信じずとも構いませんが、事実は変わりません。カナメ司祭が真実に至った経緯は先程ご説明した通りです」

 その統督教の最高幹部を前に、プロメト神殿長が遠慮する様子は一切なかった。もちろん、七大神殿の一であるクルシス神殿の本神殿長ともなれば、ここにいる面々と同格と言うことになる。

 さらに、今回の議題は千年前の真実に絡む話だ。クルシス神殿に対して後ろ暗いところのある他宗派は、あまり強気に出られないという側面もあるように思えた。

「プロメト神殿長は転職ジョブチェンジの神子に目をかけているようですからな。考えたくはありませんが、そちら経由で情報が漏れたのではありませんかな?」

「真実を知って、絶望したカナメ司祭がクルシス神殿を去る可能性を考えれば、そのような軽挙はできませんよ」

 プロメト神殿長の言葉に、責め立てていた大司教や神殿長が押し黙った。その様子から、彼らが真実をいかに重く受け止めているかが分かる。

 その沈黙の中、一人の大司教が口を開いた。

「……さて、そろそろ実のある話をしたいのだが、もういいか? 今回の会議で話し合うべきことは山のようにある」

 その鋭い眼光のせいか、彼に反論する者は誰もいなかった。その声の主――バルナーク大司教は、こちらをちらりと視線を向けると、手元の報告書に目を落とす。

「まずは現状の確認だ。件の教団は大陸中に根を伸ばしている。小国はいざ知らず、大国にまで影響が及んでいる。中には、奴らを恐れて、諍いを生む可能性がある統督教の神官を追い出そうという動きすらある。
 また、奴らと手を組んだと見られる貴族も増えているな。教団自体は統督教を排斥する動きを見せていないが、周囲の動きと併せて考えれば、我々を目の敵にしていることは容易に想像がつく」

 その言葉に俺は意外感を覚えた。この教団のトップは『名もなき神』だ。上っ面こそ策士のように見えなくもないが、あの神は基本的に短気で気紛れだ。それはルーシャの証言からも分かる。

 そんな神が、こんなにまだるっこしいやり方を続けるだろうか。そんなことを考えている間にも、会議は進んでいた。

「まさか、今さら『名もなき神』を奉じる集団が現れるとは……」

「しかも、相手には強力な呪術師テイントオーダーがいるようですからな。都合よく要人が変死するなど、奴が関わっているに決まっている」

 会議の参加者が口々に呟く。それを気にせず、バルナーク大司教は言葉を続けた。

「そして、あの()()()()()()()だ。一通目だけでも警戒に値するが、アレは正確に真実を知らなければ書けん話だ」

「二通目の脅迫状……?」

 俺は首を傾げる。ルノール分神殿に届いていた脅迫状は一通しかなかったはずだが、どうやら本神殿や本教会には二通目が届いていたようだった。

 俺は隣のプロメト神殿長に視線を送る。すると、神殿長は前を向いたまま、小さな声を出した。

「……各宗派が神を消滅させたことや、固有職ジョブの恩恵を失ったこと等を民衆に暴露するという具体的な内容の脅迫状が来ている。それが嫌ならば、統督教を解体しろという要求だ」

「はぁ……固有職ジョブを失ったのは『名もなき神』のせいですよね?」

「都合よくまとめるつもりなのだろう。『名もなき神』も転職ジョブチェンジに類似した能力を持っているからな。
 転職師ジョブコンダクターのカナメ司祭には実感しにくいかもしれんが、やはり固有職ジョブの有無というものは大きい。事の真相を知れば、自らの人生の躓きを固有職ジョブの封印のせいにする人間は多いだろう」

 そう解説すると、プロメト神殿長は静かに溜息をついた。

「少なくとも、一定以上の影響力を持つ存在が真実を公表してしまうと、統督教は非常に大きなダメージを受ける。必死になって取り繕ってきた歴史だが、疑ってかかれば穴はいくつでも見つかるはずだからな」

「――プロメト神殿長」

 そんな話をしていると、誰かが神殿長の名を呼んだ。どこかで聞いた声だと思えば、それは風神殿のイルハス神殿長だった。陽気で精力的な人物だという記憶があったが、さすがに表情に陰りがあった。

「プロメト神殿長はどうお考えですかね? あの脅迫が実行された場合、どういった対策をとるべきだと? ……まあ、クルシス神殿は被害が少なそうではありますがね」

 いつの間にか議場の話題がまとまっていたらしい。そして、質問されたプロメト神殿長は事もなげに答える。

固有職ジョブの解放でしょうな」

「……は?」

 聞き返したイルハス神殿長は、完全に素の口調になっていた。それぐらい唐突な内容だったのだろう。

「我々のせいで固有職ジョブが失われたと言い掛かりをつけてくるのであれば、固有職ジョブを取り戻せばよろしいのではないかな」

 その言葉に、その場の誰もが困惑顔を浮かべる。その中で最初に動いたのは、質問してきたイルハス神殿長だった。

「――いやいやいやいや! だって固有職ジョブですよ?」

「……我々は固有職ジョブの封印を解放する方法を発見した」

 しん、と会議場が静まりかえる。その言葉を嘘だと、そう否定する人間は誰もいなかった。

「もしそれが真実であれば、たしかに有効な対策だが……プロメト神殿長、固有職ジョブの解放はすぐに行えるようなものかね?」

「無理ですな。解放のためには、一つ条件があるそうです」

「と言うと?」

「『名もなき神』を滅ぼすこと。それが叶えば、固有職ジョブを解放できるそうです。……ただ、手段と目的が入れ替わってしまいますから、事後処理の類になってしまいますが」

 プロメト神殿長の答えに、周りの困惑顔が深まった。そして、神殿長の一人がおずおずと口を開く。

「プロメト神殿長、今のお言葉では、まるで『名もなき神』が顕現しているように聞こえるのですが……」

 その言葉を受けて、神殿長は深く頷いた。

「その通り、『名もなき神』は顕現している。……それも、例の教団のトップとして」

「馬鹿な! アムリアはアムリアだろう!」

 弾かれたように叫んだのはマルテウス大司教だった。どうやら、アムリアの偽物だと主張するのはやめたらしい。もしくは、それだけ余裕がないのか。

「彼女が『名もなき神』と同一の存在であることは、()()クロシア一族が証言しています」

「む……」

 どうやら、クロシア家の名前は彼らにとって大きなものらしく、マルテウス大司教は不服そうに黙り込んだ。

 厳密に言えば、アムリアを『名もなき神』だと証言したのはルーシャだけど、そこまで語るつもりはないようだった。まあ、彼女がクロシア一族であることに違いはないか。

「そのため、固有職ジョブを解放するためには、教団のトップである『名もなき神』を倒す必要があります。
 しかし、そもそもあの教団は指導者一人の力によって成り立っているものだ。かの神を倒すことができたのであれば、すでに最大の障害はなくなっていることになりますからな」

 そのため、予防的な意味での対策にはなりません、とプロメト神殿長は言葉を付け加える。すると、ダール神殿のシグレスタス神殿長が口を開いた。

「ふむ……じゃが、教団の本拠地に向かわせた者たちから、襲撃に成功したとの一報を受けておる。仮にも相手が神であるならば、そう易々と成功するものかのう?」

 あ、そうなんだ。特殊職三人を含む豪華襲撃犯は、無事に任務に成功したのか。それはよかった。

「たしかに、私もそう聞いていますな」

「左様、神を僭称していただけではありませんかな」

 方々でそんな声が上がるのを聞いて、俺はほっとした。例の襲撃部隊は様々な宗派の混成部隊であったため、色々な宗派が情報を持っているようだった。ただ、彼らがどこか必死に見えるのは気のせいだろうか。

「たしかに、私の下にも襲撃に成功したとの第一報が入っているが、一つ気になっていることがある。たしかに第一報は届いた。だが……」

 珍しいことに、プロメト神殿長は渋い表情を浮かべた。

「――ならばなぜ、()()()()()()()()?」

 その言葉に、居並ぶ面々の顔色が変わった。彼らはお互いの様子を確認し合うと、さらにその顔色を悪くする。……どうやら、実際にはどこも同じ実情であるようだった。

 たまたま自分の送り込んだ人間が戻ってこないだけで、他の襲撃メンバーは任務を終えて戻っているのだと、そう信じたかったのだろう。

「……少なくとも、私が送り込んだ者たちは誰も姿を見せていない。帰途に時間がかかるにしても、限度がある。何かあったとしか思えませんな」

 その言葉に答える者は誰もいなかった。だが、まるでその質問に答えるように――。

 巨大な爆発音が会議場を揺るがした。

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