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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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封印

「本来、転職ジョブチェンジとは転職師ジョブコンダクター転職ジョブチェンジ希望者が心を合わせて行うものです」

「心を合わせて、ですか……?」

 その言葉を聞いて、俺は手に持っていたお茶のカップを机へ戻した。

 ここは、古代都市内に存在する旧クルシス神殿の宿舎だ。エリザ博士やミレニア司祭の研究により、宿舎内の魔道具をある程度使いこなすことができるようになった今、この建物は非常に使い勝手のいい空間と化していた。

 ほとんどホテルに近い造りをしているおかげで部屋数は多いし、ちょっとしたイベントができる大きなホールが地下にあるのも見つかった。
 昇降機の動力を復活させるのには手こずったが、そのついでで宿舎全体にエネルギーが行きわたるようになったらしく、今や快適な古代文明生活が体験できるのだ。

 俺とクルネの前で湯気を立てているお茶も、ここの設備で作ったものだ。もちろんエリザ博士が一番この宿舎を熟知しているのだが、前の世界と似た雰囲気のあるこの建物は俺にとっても使いやすいものであり、エリザ博士に「カナメ君は当たり前のように魔道具を使うね」と言われたくらいだ。

 そんな一室で、俺はクルシスの巫女から転職師ジョブコンダクターの話を聞いていた。

転職師ジョブコンダクターの基本です。特に初心者の転職師ジョブコンダクターは、自分の能力だけでなんとかしようとして失敗するケースが多かったんですよ」

「あれ? じゃあ、相手を同意なしで転職ジョブチェンジさせることはできないんですか?」

 そう質問したのは俺ではなく、隣にいたクルネだった。初めは幽霊ゴーストのルーシャとお互いに溝があったようだが、俺と一緒にこの遺跡へ来て、そして話を交わすうち馴染みになったらしい。

「そんなことができる転職師ジョブコンダクターはほんの一握りです。数百年に一人のレベルでしょうね」

 ルーシャはそう答えてから、呆れたように俺を見る。

「……まさか、カナメ司祭がその数百年に一人の転職師ジョブコンダクターだったなんて」

「あれ? 分かるんですか?」

 尋ねると、ルーシャは小さく笑い声を上げた。

「今までの話の流れで分からないと思いますか? そもそも、司祭の神気はそれくらいやってのけそうなレベルですから」

「ですが、その神気とやらが戦いの役に立ったことはありませんしね……」

「神気を扱えるのは神々だけです。転職師ジョブコンダクターは魔力の代わりに神気を使って人を転職ジョブチェンジさせると言われていますが、それが唯一の神気の使い方でしょうね」

 あ、そうなんだ。あっさり衝撃の真実を口にする人だな。そう思いながら、俺は話を元に戻す。

「それじゃ、相手を『村人』に転職ジョブチェンジさせることは?」

「……相手を同意なしに転職ジョブチェンジさせる力があるなら、もちろん『村人』にすることもできるでしょうね」

 その言葉を聞いて、俺はふと思いついたことがあった。そう言えばずっと気になっていたんだが……。

「相手が意識的に転職ジョブチェンジを拒否した状態だと、転職ジョブチェンジはさせにくいんですか?」

「そのはずです。……クルシス神殿へ来る方は転職ジョブチェンジ希望者ばかりですから、あまりそういったケースに遭遇することはありませんでしたけれど」

 なるほど、それは重要な情報だな。相手が警戒していると、村人転職が使えない可能性もあるのか。

「となると、そういう意味でも人に村人転職の能力は知られたくないな。数少ない切り札なのに、そんなことで備えをされても困る」

「とは言え、私もそう聞いているだけですけれどね。……もし可能なら、クルネさんに試してもらえばいいんじゃありませんか?」

「え?」

「クルネさんが転職ジョブチェンジさせないよう強く念じている状態で、カナメ司祭が彼女を転職ジョブチェンジさせる。いつもと同じようにはいかないと思います」

 そう言われて、俺はクルネと顔を見合わせる。彼女が頷くのを確認して、俺はその資質に力を伸ばす。クルネはぎゅっと拳を握りしめて転職ジョブチェンジに抗おうとしているようだった。

「……あれ?」

 だが、俺は拍子抜けした。彼女はあっさり剣士ソードマンに戻ってしまったからだ。

「あ……なんだか懐かしい感覚ね」

 クルネはさっと立ち上がると、身体をあれこれ動かし始めた。それを見て俺は首を傾げる。

「ルーシャさん、たしかに微かな抵抗は感じましたが、あまり気にならないレベルでした」

「あら、そうなのですか?」

 ルーシャは困ったように考え込むと、やがて苦笑を浮かべた。

「……分かりました。すみません、私の人選ミスです」

 そして、今度は不思議そうなクルネに微笑む。

「クルネさんはカナメ司祭をよっぽど深く信頼しているのですね。たとえ固有職ジョブが剥奪されても、必ず司祭が固有職ジョブを返してくれると信じているのでしょう」

「え……」

 だから、抵抗力のテストにはなりません。そう告げたルーシャの言葉に、クルネはしばらく言葉を失っていた。だが、やがて顔を赤くしてボソボソと呟く。

「それはまあ、カナメだから……そもそもこの固有職ジョブだって、カナメがいなければもらえなかったし」

「もちろん、お二人の信頼関係は大切です。ただ、転職抵抗のテストには不向きでしょうね」

 その言葉を聞くと、俺はクルネの固有職ジョブ剣匠ソードマスターへ戻した。……なるほど、本気で実験しようとしたら、俺と仲が悪い固有職ジョブ持ちを探す必要があるのか。さすがに面倒だなぁ。とは言え、僅かながら抵抗を感じたのは事実だし、それなりに効果はあるのだろうが。

「ああ、そうだ。ところでルーシャさん、一つお伺いしたのですが……」

「なんでしょうか」

 にっこり微笑む彼女に、俺は真面目な顔で問いかける。むしろ、今回彼女を訪れたのはこっちが本題だ。

「貴女が幽霊ゴーストになった理由を教えて頂いても?」

「ちょっと、カナメ?」

 あまりに不躾な質問に、クルネが慌てて俺の袖を引っ張る。だが、俺はただの好奇心でそれを口にしたわけではない。

 ルーシャが沈黙しているのをいいことに、俺は言葉を続ける。

「本来、幽霊ゴーストとは怨念や未練が募って、その魂を負の生命体に変容させるものだと聞きました。ですが、そもそもルーシャさんはクルシスの巫女。そう簡単に負の生命に変じるとは思えません」

 彼女は以前に、自分の身体を「幽霊ゴーストに近い」と言っていた。それはつまり、幽霊ゴーストではないということだ。

「……私は、ただクルシス様のお帰りを待っている巫女です。それが未練と言われればそれまでですが……」

 ルーシャは寂しそうな眼差しをこちらに向ける。だが、それで引き下がるつもりはなかった。

「もちろん、ルーシャさんの信仰を疑うつもりはありません。……ですが、それならなぜこの街から離れられないのですか? この地でクルシス神を待つというお気持ちは分かりますが、離れられない理由にはならないはずです」

「それは……」

 口籠もるルーシャに、俺は切り口を変えて迫る。

「ところで、最近のことなのですが、千年前の真実について新しい事実が分かりまして……」

「新しい事実、ですか?」

 ルーシャの瞳が訝しげに細められる。

「今の世界に固有職ジョブ持ちが少ない理由は、クルシス神が施した封印のためだそうですね?」

「……!」

 ルーシャは目を見開いた。隠し事がバレたとでもいうような焦りの表情が浮かぶ。あの時、ルーシャが封印のことを語らなかったのは、やはり意図的だったのだろう。

「その話を聞いた時に思い出したんです。『名もなき神』と戦うために中心部のクルシス神殿のシステムを操作した際、神格の迎撃以外に不思議な選択肢があることを」

 その言葉を聞いたルーシャがさらに動揺する。それを見て、俺は推測を確信へと変えた。

「――あのシステムを使えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「どうして……!? カナメ司祭に設定した権限では分からないはずなのに……」

 呆然と呟くルーシャに、俺は神妙な顔を作ってみせる。

「……『名もなき神』をシステムで迎撃した時、消費エネルギーの設定で私は迷わず最大出力を選択しました。ですが、結果は不許可。理由は『最優先プログラムに支障有』というものでした」

「……」

「もちろん、最優先プログラムが何を差すのかは教えてもらえませんでしたが、システム起動時に意味の分からない選択肢があったことを思い出したんです。
 幸い、念話機能が組み込まれていたおかげで、一番最後の箇所だけは感覚的に意味が分かりました。それが『解放』という言葉です」

 ルーシャは視線を逸らす。だが、この場から去るつもりはないようだった。

「当時は何を解放するのかさっぱりわかりませんでしたが、こうなってみれば一目瞭然です。あれだけ凄まじい神気を用いた『名もなき神』への迎撃ですが、あの攻撃に使用した神気はたったの三.六パーセント。
 当初の残量が九十パーセント以上あったことを考えると、あのシステムに蓄えられた神気の大半は、別の目的のために存在していたと考えられます。

 そして、そんな膨大な神気を消費しなければならないプログラムともなれば、それは世界を相手取る何かであるはず。……当初はクルシス神の復活を目指すプログラムか何かだと思っていましたが、こうなると固有職ジョブの解放しか考えられません」

「まさか……それだけの理由で辿り着いたのですか……」

 信じられない、というようにルーシャは俺を見つめてくる。その視線から湧き起こる罪悪感をねじ伏せながら、俺は神妙な顔を作り続けた。

 実のところを言えば、確証があったわけではない。確信したのはルーシャの反応を見たからであり、言ってみればカマをかけた格好だ。ただ、それを素直に伝えるとルーシャとの関係がこじれそうだからなぁ。ここは一つ、洞察力に優れた人物を演じておいたほうがいいだろう。

 だが、それが真実なら、ルーシャの存在理由にも説明がつく。

「そしてルーシャさんの役割は、固有職ジョブの封印を解放してもいいかどうか。その判断を下すことではありませんか?」

 もしクルシス神が『名もなき神』に破れた場合、この世界の固有職ジョブは封印されたままになってしまう。それを懸念したクルシス神が、万が一に備えて残した装置の管理者。そう考えると、彼女が幽霊ゴーストもどきになった理由にも納得がいく。

「……私は反対しました」

 と、ルーシャから嗚咽交じりの声が上がった。

固有職ジョブの封印と解放はあまりに大きな奇跡です。封印はともかく、解放するための神気まで消費してしまっては、『名もなき神』との戦いが不利になるのは目に見えていました。それでも、クルシス様は……」

 しばらく、部屋に彼女のすすり泣く声だけが響く。そして、やがて顔を上げた彼女は透明な微笑みを見せた。

「ごめんなさい、取り乱してしまいました。……カナメ司祭、貴方の想像通りです。私はクルシス様から、封印された固有職ジョブの解放を託されました。
 けれど、クルシス様と『名もなき神』の戦いと前後して各国間での戦争が起こり、魔力汚染によってこの街は廃棄。私に外の世界のことを知る術はなくなりました。元々は、定期的にクルシス神官が派遣される約束になっていたのですが……クルシス神殿も色々あったようですから」

 まあ、内部分裂やら追放やら色々あったもんなぁ。その過程で忘れ去られたか、ひょっとするとジュネの言っていた「連絡の取れなくなった仲間」がその約束相手だったのかもしれない。

「じゃあ、やろうと思えば固有職ジョブを解放することができるんですか?」

 クルネが問いかけると、ルーシャは申し訳なさそうに首を横に振った。

「それは……できません。『名もなき神』が現存していると知った以上、かの神の力を増す固有職ジョブの解放を行うわけにはいきませんから」

 そして彼女は付け加える。

「……貴方たちと出会った時、私もそのことを考えました。文明レベルは極端に低下し、固有職ジョブ持ちが希少な存在となっている。まさか、ここまで希少になるとは思っていませんでしたし、すぐにでも固有職ジョブを解放するべきかと考えていました」

「そこに、アレクシス……『名もなき神』が現れたわけですか」

 俺の言葉にルーシャは頷いた。

「結果論になってしまいますけれど、あの時早まらなくてよかったと思います。もし固有職ジョブを解放していたら、『名もなき神』の力はあんなものではすまなかったでしょう」

 その言葉で、俺は『名もなき神』との戦いを思い出す。あれ以上強くなられては、どう考えても負け戦だ。そういう意味では、ルーシャの躊躇いはいい方向に作用したと言えた。だが……。

「と言うことは、完全に『名もなき神』を滅ぼすことができれば、固有職ジョブを解放することができますか?」

 俺の言葉を聞いて、はっとしたようにクルネがこちらを見る。

「……もちろんです。理由もなく固有職ジョブを封印するようなことを、クルシス様はお喜びにならないでしょうから」

 その言葉に俺は頷いた。弱っているとは言え、仮にも神の一柱である存在を倒すなどという試みは荒唐無稽でしかない。まさに神話レベルの難易度だ。
 だが、クルシス神を復活させるなどという夢物語に比べれば、具体性の面では遥かにマシだとも言えた。

 それに、相手は古代クルシス神殿の迎撃システムで著しく弱体化しているはずだ。憑りついている先がアムリアというところが厄介だが、彼女がいつまでも統督教の一員でいられるとは思えない。どこかでマルテウス大司教が切り離すタイミングが発生するはずだった。

 辺境の行く末は次世代に託す。いつかクルネに言った言葉だが、俺たちにもまだできることがあるのかもしれない。俺の胸にはいつしかそんな希望が灯っていた。






 王国と辺境はゼニエル山脈を隔てて接しているが、王国最南端にあるリビエールの街は意外と辺境に近い。

 だが、これが王都と辺境の距離になると、まっすぐ馬車で進んだとしても二十日ほどはかかる長旅となる。そのため、王都のクルシス本神殿から辺境のクルシス神殿へ荷物が来ることは滅多になかった。

「これは……考えていたよりも危険な状況なのか?」

 そんな珍しい手段で運ばれてきた手紙には、意外な内容が書かれていた。俺は神殿長室のソファーの背に深くもたれかかる。

「カナメ、どうしたの?」

 すると、ひょこんと俺の目の前にクルネが顔を出した。根が真面目な彼女は、俺が手紙を机に放置していても覗きこんだりすることはない。そこで、俺はその内容を簡潔にまとめた。

「クルシス神殿の旗色が悪いから、本神殿に来てほしいってさ。何か用事があるらしい」

「それって……例の脅迫状絡みよね?」

「ああ。どうやら、平和なのは辺境くらいのものらしい。あの脅迫状と前後して、なんらかの組織が全国各地で暗躍しているそうだ」

「辺境だけなの? ここまで人を送り込むのは難しいから?」

「それもあるかもしれないな……。この街でもそういった手合いを捕まえたことはあるようだから、まったく手が出せないわけではないんだろうが……費用対効果の観点とか?」

「うーん……」

 クルネは考え込むように首を傾げた。すると、コンコンと神殿長室の扉がノックされる。やがて扉から姿を現したのは、オーギュスト副神殿長だった。

「神殿長代理、プロメト神殿長からの手紙はもうご覧になりましたかな?」

「ええ、今しがた」

「左様ですか。……私のほうには、しばらく神殿長代理を借りるため、その間の諸事を頼みたいとの手紙が来ておりましたが」

 マメなことに、プロメト神殿長はオーギュスト副神殿長にも手紙を書いていたらしい。

「しかし……このタイミングで念話機が不調とは、上手くいかぬものですな。このような時こそ連絡を密にするべきでしょうに」

「そうですね、どうせなら故障した念話機も送ってくれればよかったのですが、あれは二度と手に入らない貴重品が核になっていますからね」

 そう答えながらも、俺は内心で別のことを考えていた。俺宛の手紙にも、プロメト神殿長は同じ意味のことを書いていた。だが、それをすんなり信じるよりは、念話機を用いて余計な表層意識が現出することを恐れたと見るべきだろう。

 いくらプロメト神殿長とはいえ、例の真実が焦点になる事件の渦中にあっては、心の声で真実を伝えてしまう可能性が高いはずだ。物事を考えないようにするというのは難しい。そう意識すれば意識するほど、逆にその事が頭に浮かんでしまうのだから。

「それで、神殿長代理はどうなさるおつもりですか? プロメト神殿長直々の要請とは言え、馬車で王都まで行き、そして帰って来るのでは二月近く辺境を空けることになります
 できれば、巨大怪鳥ロック便等でさっと言ってさっと戻って来てほしいところですが」

「そうですね、巨大怪鳥ロック便を使うかどうかは別にしても、馬車よりは速い交通手段で行こうと思います」

 ここのところ、巨大怪鳥ロック便は遺跡の定期運航なんかで予約が埋まっているため、なかなか使用が難しくなっていた。どこからか三羽目の巨大怪鳥ロックを見つけてきたようだが、まだ巨大怪鳥ロック便を任せるには色々と足りていないらしい。

「そうですな、費用など本神殿に負担してもらえばよいのです。なんせうちの神殿長代理をしばらく引っこ抜こうと言うのですからな」

 副神殿長は豪快にそう言い切った。真面目な表情を保っているが、俺を励ましてくれているのだろう。

「ありがとうございます。さっと行って、さっと帰って来ますよ」

 なんせ、王都は厄介ごとの規模が大きそうだからな。長居はしないに限る。

 そう決意すると、俺は効率的な移動手段を模索するのだった。



 ――――――――――――――



「今は……早朝かしら……?」

 とある朝。彼女はふらふらと立ち上がり、そして窓のカーテンを開けた。予想通り、曙光が辺りをうっすら照らしている。外の景色を眺めながら、彼女は虚ろな笑顔を浮かべた。

 ――この子は数百年ぶりの逸材ですぞ……! そうそう、今日止まる宿はもうお決まりで?

 ――そんな……こんなことなら、アンタなんて……

 ――人種族の希望ですな! 私もあやかりたいものだ。

 ――君にはもっと相応しい場所があるよ。こっちへおいで。……ああ、そっちは見ないほうがいい。

 ――三下が身の程を弁えぬからじゃ。授業料は高くついたのぅ。

 ――私腹を肥やす下種な輩どもが。この能力は我々の下で適正に管理されるべきであろう。

 それは幻聴だった。かつて聞いた言葉なのか、それとも妄想の類であったのか。彼女にはもう分からない。数え切れないほど目の前で繰り返される喜劇。少しずつ大きさを変えながらも、物語は同じページへ辿り着く。

 次第に世界は色を失い、彼女は灰色の世界で歳を重ねた。

 そんなある日。彼女にとってはなんのメリットもなかった能力が、彼女自身に力を見出したのだ。彼女がソレに手を出したことは当然と言えた。

 ソレが意思を持っていたことは予想外だったが、おかげで様々なことを知ることができた。だが、それは世界の色をさらに単調にしただけだったし、その正体は彼女を更なる諦念へ突き落とした。

「だいぶ日の間隔が空いたわね……もうそろそろかしら」

 彼女は無表情のままで笑う。人には神秘的と評されることの多い容貌だが、それは彼女の異質さに無理やり言葉を付けたに過ぎない。彼女自身はそう考えていた。

「ひょっとして、私たちは似た者同士なのかしらね。だからこそ、私だったのかもしれない」

 この世界に生まれ落ちた半神半人。神代の時代であれば英雄となり得たであろうその力は、やがてその力を上位存在へと向けた。

 気紛れな性質にはまったく馴染めなかったものの、その姿勢には共感できることもあった。基本的に人に興味を持たない彼女だが、彼に対しては共感と嫌悪があった。
 思わぬ迎撃を受けて弱り切っていた彼は、組織を総動員して手に入れた儀式道具と生贄のおかげで、ゆっくりと復活しつつある。

 彼女は自らの内側に意識を送り、彼の現状を確認する。それを終えた彼女の脳裏に、ふと一人の男の姿が浮かんだ。それは、同じ転職師ジョブコンダクターでありながら、自分とはまったく異なる人生を送っている人物。

 その英雄譚を耳にするごとに、憤怒が彼女の心を満たす。この世界は不条理だ。そんなことは知っている。そして、その不条理の象徴こそが――。

「もうすぐね……」

 後は、どちらが勝利を収めるかだ。彼女は薄く唇を歪めると、ゆっくり、そして長く息を吐く。

 初めて、世界に色を見つけた気がした。



 ―――――――――――――――――



「ミルティ、ありがとう。本当に助かった」

 眼前に広がる王都を一望すると、俺は同行者に笑顔を向けた。

「私も時空魔法の練習になったし、お互い様でいいんじゃないかしら」

「ミルティ、本当に大丈夫? 疲れてるんだったら私におぶさる?」

「キュゥッ!」

 すると、ミルティの返事を受けて、残りの同行者であるクルネとキャロが口を開く。

 クルネやキャロはともかく、ミルティが王都へ同行しているのは、予約が取れなかった巨大怪鳥ロック便や、乗りこなすのが難しい風切鷲エアロイーグルでの王都行きを諦めた結果だった。

 もちろん、上級魔法職を移動手段として雇うなんて普通はあり得ないが、そこは俺たちの仲ということで、なんとか手伝ってもらったのだ。

「クーちゃん、その気持ちは嬉しいけれど……多分カナメさんの立場がないと思うわよ」

「え?」

「『女の子に人を背負わせておいて、あの男は何をやってるんだ』とか言われそうだな」

「あ、そっか……」

 そんな話をしながら、俺たちは王都へ入る。なんせ、ちゃんとしたクルシス神官ご一行様だ。検問で止められるようなことはなかった。

 そうして、慣れた足取りでクルシス本神殿へと向かっていた俺たちは、ほぼ同時に顔を見合わせた。

「なんだか、雰囲気が暗くないか?」

「うん、やっぱりそうよね」

「私もそう思っていたところよ」

「キュッ」

 問いかけると、二人と一匹が間、髪を容れず同意した。

「すれ違う人の顔がみんな暗いし、何かに脅えているようにも見える。少なくとも、俺たちが王都にいた時には感じなかった雰囲気だ」

「そう言えば、ここに来るまでに立ち寄った街もどこか変だったわね」

「そうね……初めて訪れる街が多かったから街の特性だと思っていたけれど、たしかに不自然ね」

 二人が頷く。辺境は活気に満ちていることもあって、余計に落差が大きいように感じられるのかもしれないが、それにしてもこれはおかしい。

「あ! カナメ、本神殿が見えて来たよ! 久しぶりだね。アルバートさん元気かな」

「俺としては、あの戦棍メイスを買い替えたかどうかが気になるな」

 そんな軽口を叩きながら、俺は久しぶりに訪れた本神殿の門を見上げる。

 そして、門に足を踏み入れると、キャロがふっと横道に逸れた。考えるまでもない。本神殿にいた頃、キャロがずっと日向ぼっこをしていた定位置へ向かったのだろう。

 俺は二人と頷き合うと、のんびりその後を追う。庭に変更が加えられた様子はないし、キャロの定位置もそのまま残っているだろう。
 ひょっとしたら先に誰かが押さえているかもしれないが、その時はどうしたものだろうか。

 そんなことを考えながら角を曲がると、クルシス神殿の庭の全景が目に入る。それは懐かしい光景だった。

 ……だが。

「せ、聖獣様!?」

「聖獣様、お帰りなさいませ!」

「うおおおおおお! 聖獣様がご帰還なさったぞおおおおお!」

 いつもは静かな神殿の庭が、驚くほど騒がしくなった。どうやらキャロがいなくなった後も、親衛隊は庭に常駐していたようだった。

 見れば、キャロが定位置にしていた場所には結界のようなものが貼ってある。まるで神域だから進入禁止と言わんばかりの物々しさに、俺はクルネたちと顔を見合わせた。

 そして、庭にいた数人がその結界を外すと、キャロは「キュッ」と鳴いてその中央へ進み……そして、いつも通り日向ぼっこを始める。

「あ、いつもの光景に戻った……」

 途端に静まり返り、穏やかなオーラを放ち出した庭の人々を見て、俺は思わず噴き出した。ルノールの街でも王都でも、キャロの周囲はやっぱりこうなるらしい。
 胃が痛くなりそうな神殿長との話は後回しにして、しばらく俺も寝転んでいようかなぁ……。

 そんなことを考えながら、俺は彼らを眺めるのだった。

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