挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

121/144

真実

『辺境の各神殿にも脅迫状が届いていたと?』

『も、ということは、本神殿にも届いているということですか?』

『……その通りだ』

 謎の封書を発見した日の翌朝。俺は本神殿のプロメト神殿長と念話を行っていた。念話ながら、ピリピリとした雰囲気が伝わってくる。

『王都にある統督教の宗派施設のすべてにおいて、同じ内容を記載した封書が見つかっている』

 それはあまり嬉しくない言葉だった。これで一気に、事は大陸レベルの話になってしまうわけだ。ルノール分神殿だけで対応しなくてもいいのはありがたいが、揉め事なんて小さいに越したことはない。

『ちなみに、人体の一部は同封されていましたか?』

 気になったのはそこだった。これで本神殿も特別扱いを受けていた場合、クルシス神殿としては厄介なことになる。

『いや……その様子では、辺境でも同じことが起きているようだな』

 だが、事態は残念な方向へ進んでいた。王都でも辺境でもクルシス神殿のみ脅迫の度合いが弱いとなれば、昨日のガイツ神殿長のように喜び勇んでそこを突いてくる輩は多いだろう。

『はい。こうなってくると、クルシス神殿に対する悪意を感じますね……』

 さすがに、脅迫状の主がクルシス神殿にだけ好意を持っている、もしくは嫌悪の度合いが低いなんてことはないだろう。むしろ逆だとしか思えなかった。

『ですが、目的がどうにも不明確ですね。具体的な要求があったわけでもありませんし』

『……そうだな』

『神殿長? どうかなさいましたか?』

 俺がそう尋ねたのは、プロメト神殿長の雰囲気がおかしかったからだ。すると、今度は慌てた気配が伝わってくる。

『……いや、なんでも『このままではまずいか』ない』

 と、念話が重なって聞こえてきた。プロメト神殿長が表層で別のことを考えている証拠だ。そして、それが伝わっていることに神殿長も気付いたようだった。

『カナメ司祭、すまぬが急用があってな。今日の連絡はここまでにさせてもらいたい。……カナメ司祭を含め、神官の身の安全には気を配ってくれ。『――』ミレニア司祭に協力を求めてもいいだろう』

『分かりました。ありがとうございます』

 俺がそう返事をするなり、念話は唐突に切れた。だが、俺は役目を終えた念話機に手を触れることなく、プロメト神殿長の表層意識から漏れ出た声を思い出していた。

 ――カストル神殿長を招聘せねばならんか。

 カストル神殿長。それは自治都市セイヴェルンのクルシス神殿長であり、ルノール分神殿にいるジュネ司祭の祖父でもある。

 その意味を考え続けた俺は、一つの結論を出すと、神殿長室を後にしたのだった。






「私、何かやっちゃったの?」

 クルシス神殿の会議室の中でも、もっとも使われることのない一角。そのうちの一つに呼び出されたジュネは、戸惑った様子で口を開いた。

「まず、先に言っておく。この会議室はミルティ導師によって完全防音の結界が張られている。扉の前でクルネが待機しているが、彼女にすら何も聞こえない」

「そんな大声で怒られるようなこと、何かしたかしら……それとも、まさか私の身体が目当てで――」

「俺をなんだと思ってるんだ……」

 思わぬ言葉に半眼で応じると、ジュネは悪戯っぽく笑った。

「冗談よ。神子様があんまり怖い顔をしてるから、ちょっと和ませようと思って」

「気遣いは嬉しいが、聖職者の冗談としては駄目だろう」

 そう言いながらも、俺は自分の表情筋を意識的に緩めた。彼女を怖がらせるのは意図するところではない。

 そして、俺は早々に本題を切り出す。

「――要件は、セイヴェルンのクルシス神殿に伝わっている『真の祈り』についてだ」

「なんでっ!?」

 ジュネの動揺は大きかった。もしこれが彼女の祖父、カストル神殿長であれば、あっさりシラを切り通せたかもしれないが、まだ十代半ばである彼女には荷が重すぎたようだった。

 初めて会った時のような警戒心を見せて、ジュネはこちらに視線を向ける。もとより、素直に話すと思っていなかった俺は、用意していた言葉を並べる。

「まず先に言っておく。俺は古代都市で、クルシスの巫女の幽霊ゴーストから当時の経緯を聞いている。神々は相次いで消滅し、最後はクルシス神と『名もなき神』の一騎打ちになって共に消滅した。そうだな?」

「……そうよね。神子様はルーシャ様と親しいんだから、それくらいの情報は持っていて当然よね」

 ジュネは自分に言い聞かせるように呟く。彼女が古代都市でルーシャと言葉を交わしたのは一年近く前のことだ。やはりルーシャは彼女の一族であったようで、その兄がジュネの遠い祖先に当たるらしい。

 まさか千年後の世界で血縁に会えるとは思っていなかったのか、幽霊ゴーストにも関わらず涙をこぼしたルーシャが印象的だったが、彼女たちがどんな話をしたのかは聞いていない。

「ああ。だから、統督教が覆い隠している真実については知っている。分からないのは、なぜその真実がここまで捻じ曲がっているかだ」

 もちろん、ある程度の予想は付く。降臨させた結果とはいえ、自らが奉じている神を消滅させてしまったのだ。隠蔽しなければ、後世まで悪行として語り継がれることは間違いないし、組織の消滅もやむを得ないだろう。

 だが、だからと言ってそう簡単に隠蔽工作ができるものだろうか。人の口に戸は立てられぬと言うし、そう上手くいくとは思えない。

「統督教が真実を捻じ曲げた理由は、神子様にも想像がつくでしょう?」

「まあ、存在の根本を否定するものだからな」

 そう答えると、ジュネは観念したように語り始めた。

「――クルシス神殿からすれば、千年前の真実はクルシス様の偉大さを示すものだし、隠す必要はなかったわ。……けど、他の宗派にとってみれば致命的な事実。
 そこで、直後に起きた終末戦争のどさくさに紛れて、真実を闇に葬ろうとしたのよ」

「まさかとは思うんだが……その終末戦争も他宗派が引き起こしたのか?」

 そう尋ねると、ジュネは静かに首を横に振る。

「もともと、当時は各国間の緊張が高まっていたのよ。そんな時に神々が降臨なさるものだから、なんとかそれを自国の戦力にしようと国が暗躍していたの。そこで、各国と各宗派は秘密裏に手を組んで、来たるべき時に備えていた」

「うわぁ……」

 思わず声が漏れる。戦争に協力するとか、どれだけ蜜月の関係なんだ。

「というか、降臨した神々は拒否しなかったのか?」

「さあ……そもそも、畏れ多くて言い出せなかった可能性もあるわね。ともかく、そんな緊張状態の中で、神々が突如として消滅し始めた。そして、突然の軍事バランスの崩壊は各国間の緊張状態に大きな影響を与え、世界レベルの大戦を引き起こした。そう伝えられているわ」

「……なるほど、そのどさくさに紛れて事実を隠蔽した?」

 凄まじい大戦だったらしいしなぁ。文明レベルが極端に下がるほどの破壊をもたらしたわけだし、その時の混乱は凄まじいものがあっただろう。

「もちろん、クルシス神殿は反対したわ。けれど、そのうちクルシス神殿にも裏切り者が現れて、他の宗派と同じように真実を隠蔽しようとしたの。

 そして、他のすべての宗派を味方につけていた裏切り者たちがクルシス神殿の実権を握った時、反対派は追放されたわ。戦争で荒廃し、生きるのもやっとの土地に追いやられた。悔しいことに、当時の統督教から差し入れられる物資だけが命を繋ぐ綱だったから、表立って争うこともできない」

 一体どれほど繰り返し聞かされてきたのだろうか、ジュネの語り口調に澱みはなかった。

「そして、反対派の一部はその土地にいることを良しとせず、新天地を求めてこっそり旅立ったの。それが私たちの祖先であり、彼らがたどり着いた新天地こそがセイヴェルンだったのよ」

「そうだったのか……ちなみに、旅立たなかった反対派の人たちはどうなったんだ?」

 そう尋ねると、ジュネは沈んだ表情で口を開く。

「連絡が取れなくなっていたそうよ」

 統督教が事実を隠蔽するために、刺客を差し向けたに違いない。ジュネの瞳は雄弁にそう語っていた。

「そうか……なるほどな、それで納得がいったよ」

 それなら、セイヴェルンのクルシス神殿が俺たちを敵視するのも当然だ。むしろカストル神殿長は仇敵に塩を贈ってくれたわけだ。だが、そうなると――。

「セイヴェルンのクルシス神殿に独立権を認めているプロメト神殿長は、それを知っているのか……?」

 もちろん、代々の神殿長の申し送り事項などで引き継がれてきたのかもしれないが、さっきの神殿長の態度は、何も知らない人間のそれではない。
 少なくとも、あの脅迫状に過敏に反応している以上、なんらかの情報を掴んでいるはずだった。

「さあ……」

 ジュネは首を傾げる。よく考えてみれば、彼女はセイヴェルンのクルシス神官だ。その質問はお門違いと言えた。

「そしてもう一つ。どうしてクロシア家は真実を明かそうとしないんだ? 自治都市セイヴェルンのクルシス神殿を牛耳っているわけだし、それなりの力はあるだろう」

「理由は色々あるわ。真実を公表しようとすれば、また統督教が襲ってきて、今度こそ根絶やしにされるかもしれない。大陸中に根を張っている統督教の組織力の前には、うちの力なんてなんの役にも立たないもの。

 他にも、そもそもこの言い伝えが真実がどうか分からない、ということもあるわね。千年前の言い伝えだし、口伝以外にはなんの証拠もないから。真実を証だてるものが何もない以上、他の人たちに信じてもらうのも難しいし」

 なるほど。初めは好き勝手しているように思えたクロシア家だが、むしろ厳しい事情にあったのか。ひょっとすると、ベルゼット元副神殿長はそれに挑もうとしていたのかもしれないな。

「……よく分かった。ジュネ、重大な秘密を明かしてくれてありがとう」

 そう感謝の意を伝えると、彼女はほっとしたように笑顔を浮かべた。

「……あー緊張した。神子様はいつも薄笑いを浮かべてるから、真面目な顔が怖いのよね」

 その言葉とともに、いつものジュネの雰囲気が戻ってくる。そのことにほっとした俺は、わざとおどけた表情で問いかける。

「ここまで聞いておいてなんだが、今の話を俺にしてもよかったのか?」

「『神子に語るかどうかはお前の判断に任せる』ってお爺様が言っていたもの。神子様は肝心な部分を知っていたんだから、その後のクルシス神官の末路なんてオマケみたいなものよね」

「いや、オマケで片付けるには途轍もなく重かったんだが……」

「そう? 物心ついた時から聞かされてきた話だから、あんまりそんな気はしなかったけど」

 そう語るジュネは、あくまで自然体だった。さて、得るべき情報は得たし、彼女を解放するとしよう。そう思って情報の整理をしていた俺は、一つ聞き忘れていることに気付いた。

「そう言えば、あの部屋はなんだったんだ?」

「あの部屋って?」

「ほら、カストル神殿長に面会する前に通された、やたら不自然な狭い部屋だよ。小さな神像が置いてあった……あそこにあった何かが、俺に憑りついたように思えたんだが」

 そう告げると、ジュネはなんとも不思議な表情を浮かべた。

「憑りついたって……まあ、いいわ。クロシア家の力については知っているわよね? ルーシャ様とお話ししたんだし」

「神の気配が分かるとか言うやつか? 神気とか言っていたが」

「うん、それ。どういう理屈か分からないけど、あの部屋にはその神気が宿っていたのよ。あの場所の神気を感じ取れるかどうかで、クロシア家の直系は司祭位に上がれるかどうかが決まるの」

「ん? それって……」

 俺の顔が少しひきつる。ひょっとして、俺は大切なクロシア家の能力判定器を駄目にしてしまったんだろうか。

 そんな懸念が伝わったのか、ジュネは苦笑いを浮かべる。

「神子様があの神気を吸収したのは見れば分かったわ。そうなった以上、神子様の本質は私たちの教義と同一か、とても近しいもののはず。……今後は、神子様を見て神気を感じ取れるかどうかが昇格基準になるでしょうね」

「それで、転職ジョブチェンジ能力が底上げされたわけか……」

 と言うことは、やっぱりあの変なざわめきはクルシス神絡みだったのか。それにしては、なんだか集合意識っぽかったけど……少なくとも、クルシス神ゆかりのものであれば、最悪の事態に陥ることはなさそうだな。

 最近では、資質を超えた転職ジョブチェンジをした時の乖離感覚も大したものじゃなくなっているし、こうなると嬉しいプレゼントをもらったというところだろうか。

「とにかく、色々と教えてくれて助かったよ。お互い業務に戻ろうか」

「そうね。最近は来殿者も多いから、準備だけでも大変だし。ねえ神子様、もう少し神官が増えたりしないの?」

「プロメト神殿長には要請しているし、そのうち増員されるとは思うんだが……どうにも統督教として懸案事項があるみたいで、ここ半年ほど上層部がバタバタしてるんだよなぁ」

 おかげで、増加の一途を辿る来殿者の応対のために、ミレニア司祭に助けてもらったり、フィロンのような神官ではない職員を臨時で複数人雇ったりしているのだが、やっぱり神官そのものを増員する必要があった。

「この神殿、スペースはまだまだ空いてるし、五人や十人増えてもビクともしないと思うんだけど」

「そうなんだよなぁ。今度、改めて要請書を送ってみるさ」

「神子様、期待してるね」

 その言葉をきっかけに、俺たちは通常の神殿業務へと戻った。






「久々の再会を祝して!」

「「乾杯!」」

 唱和した声とともに、ジョッキが高々と掲げられる。次いで、一瞬のうちにジョッキを空にした男は、実に楽しそうに声を上げた。

「くうーーーっ! たまらんわ!」

「コルネリオ君は相変わらずですねぇ」

 その光景を見て、今回の主役である人物は、昔と同じように穏やかに微笑んだ。

「マーカス先生、学友や恩師に久しぶりに再会したんやで? そら酒も美味うまなるで」

 ……そう、俺たちが同窓会もどきをすることになったきっかけは、神学校の担当教員であったマーカス先生の来訪だった。

 王都で忙しくしている先生が、なぜわざわざ辺境へ来たのか。表向きは「教え子がたくさん集まっていると聞いたから」という理由だったが、もちろんそれだけではない。

 そもそも、この同窓会もどきは、意外なことにフレディが計画したものだったのだ。……とは言え、実質的な幹事の仕事はコルネリオがやってくれたようだが。

「それにしても、よくもここまでこの街に集まっていたものですね」

 そう言うと、マーカス先生は俺たち一人一人を眺めた。

 ここにいるのは、マーカス先生、俺、コルネリオ、ミュスカ、セレーネ、フレディ、ミンの七人だ。厳密に言えばミンはリビエールの教会に務めており、ルノール教会との連絡役になっているのだが、マーカス先生が来ると聞いてタイミングを合わせたらしい。

「さすがにシュミットとエディは集められへんかったけどな」

「シュミット君は王国の北部に赴任したんだって?」

「ええ、もともとシュミット君の実家はあっちにあるから、予定通りでしょうね」

 フレディの問いかけに、律儀に答えたのはミンだ。ミュスカも同じ教会派だが、『聖女』という立場と彼女自身の気質もあって、あまりそういった情報は持っていないようだった。

「エディは?」

「相変わらず王都よ。たまに『これこれの研究をしている神学者がいたら紹介してくれ』って手紙が来るわ」

「あいつはどこまでもマイペースやな……」

「コルネリオ君も人のことは言えないでしょう?」

「俺は相手に合わせるとこは合わせとるで。やっぱ商人たる者臨機応変にいかなあかん。……せや、ところでミンに一つ訊きたいんやけど、リビエールの街って今――」

 そんな会話の横では、マーカス先生がミュスカやセレーネと話している。

「ミュスカさんが上級職に転職ジョブチェンジするとは驚きでした。しかも、ルノール教会の立ち上げにまで関わるとは素晴らしいことですね。
 王都でも、しばらくはミュスカさんの噂で持ちきりでしたからねぇ。ミュスカさんが在学していた時の話を聞きたいというミーハー……もとい、探求心の旺盛な生徒に質問攻めにあったりしたものですよ」

「あの、すみません……」

「いえいえ、担当した生徒が讃えられ、有名になることは教師としても嬉しいことですからね。むしろ私からお礼を言いたいくらいです」

「そう言う先生も、次期学校長の候補に挙がっていると聞きましたわ」

「セレーネ君は一体どこからそんな情報を……。そして、お酒のペースが少し早いのではありませんか?」

「あら先生、ご心配ありがとうございます。酒量は弁えているつもりですし、万が一の時はカナメ君に送ってもらいますから」

「ふぇっ!?」

「……ああ、そう言えばクルシス神殿には神官用の宿舎があるのでしたね」

 そんな光景を眺めながら、俺は近くの揚げ物に手を伸ばした。見たことのない野菜だが、齧るとすっきりした甘みが口内に広がる。

 辺境にシアニス港ができて以来、辺境に流れて来る物資は格段に増えており、少し前までの鎖国状態が嘘のようだった。俺の場合、それを実感するのはやはりこういった食事の場だろう。

「カナメ、何を一人でメシ食ってんねん。同期一番の出世頭のくせして」

 と、一人で料理を楽しんでいると、すっかりできあがったコルネリオが絡んでくる。

「出世頭はコルネリオのほうだろう。なんせ評議員にして辺境最大の商会主だからな」

「なはは! それほどではあるんやけどな!」

「まあ、神学校としては、カナメ君かミュスカのどっちかが出世頭になるでしょうけれどね。コルネリオ君はあんまり神学校と関係ないし」

 さらに、そこへミンが加わってだんだん人口密度が上がってくる。彼女、神学校時代よりも口数が増えたかな。

「うおお、ミンは相変わらず手厳しいで。けど、神学校におらんかったら今の俺はなかったやろうからな。神学校には心から感謝しとるで」

 コルネリオは陽気に答える。その言葉に嘘はないのだろうが……あんまり神学校の本質とは関係なさそうだなぁ。

「カナメ君、心配しなくても君も人気者ですからね。現役神学校生による卒業生の人気ランキングは、一位が『ルノールの聖女』、二位が『転職ジョブチェンジの神子』ですから」

 俺が考え込んでいることをどう取ったのか、マーカス先生がそんな情報を教えてくれる。

「いえ、別にそこを心配しているわけではないんですが……」

「マーカス先生、俺はどないや? 三位くらいには着けてるんか?」

「コルネリオ君は圏外ですね。……まあ、自治都市ルノールの評議員が神学校出身だということ自体、あまり広まっていませんし」

「マジか……」

 コルネリオが大仰に落胆すると、みんなから笑い声が上がる。計算してやっている部分もあるのだろうが、やっぱりこういう場面にいてくれるとありがたいキャラだな。

 そんなことを考えていると、セレーネが悪戯っぽく笑う。

「それにしても、ミュスカとカナメ君がツートップなのね。……ねえ、今度二人で神学校に講演しに行って来たら? 在校生が喜ぶんじゃないかしら」

「え? カ、カナメ君と……?」

「いっそ辺境に来てくれるなら歓迎するけどな。俺にしろミュスカにしろ、簡単に辺境を離れられないものな?」

「……はい」

 そんなやり取りを見て、マーカス先生はなぜか苦笑を浮かべた。

「神学校としては大歓迎ですが、一緒に来るとカナメ君の噂に真実味が出てしまいますよ?」

 その言葉に首を捻る。噂ってなんのことだろうか。心当たりは……色々あって逆に分からないな。

「今更一つや二つデマや誇張が増えたところで、もう慣れた気もしますが……」

 そう答えると、マーカス先生は肩をすくめた。

転職ジョブチェンジの神子の噂話は山のようにありますが、そのうちの一つに『神子は女好きで複数の女性に手を出している』というものがあります。
 真面目な神学校生にはウケが悪いようですが、逆にそこがいいという変わり種の生徒もいるようですね」

 それがなければ、神学校の人気ランキングは逆転していた可能性もあるでしょう、とマーカス先生が結ぶのを聞いて、周りの人間が軽く噴き出す。

「なっはっは、こればっかりはフォローできへんわ! やっぱお天道様は見とるもんやな! 綺麗どころばっか集めとる罰やで!」

 その中でも、最初に口を開いたのはコルネリオだった。なにやら涙まで浮かべてひーひー笑っている。

「そこまで笑うことか……」

「そもそもが、クルネちゃんを護衛にしとる時点で疑われて当然なんやで? あんな美人が毎日傍にいるだけで格好の噂になるわ。しかも、それだけでは飽き足らず、ミュスカちゃんやミルティちゃんとも仲良うしとる。
 他にもアニスちゃんやミレニアさん、ジュネちゃんにマリエラちゃん……そうや、古代都市の幽霊ゴーストもカナメにだけ心を開いているってエリザ博士が言うとったな」

 まるで堰を切ったように、コルネリオの口から人名が飛び出してくる。俺をなんだと思ってるんだ……。

「俺の近くにいる女性を並べただけじゃないか……というか、十歳前後の女の子や幽霊ゴーストまでカウントするなよ」

「あら、コルネリオ君。私はカウントされていないの?」

「ややこしくなるから、セレーネは黙っていてくれ……」

「マーカス先生、上司が反論を封殺してくるんです。助けてくださいません?」

 そんなセレーネの言葉を受けて、マーカス先生が苦笑を浮かべた。

「――カナメ君、たしかに神殿派は神官が家庭を持つことに肯定的ですが、それは異性に対して不誠実であってもいいというわけではありませんからね?」

「いや、元々そんなつもりはありませんが……」

 先生の言葉が本気なのか酒の上での冗談なのか分からないが、非常に不本意な流れだ。どうしてこうなったのか……。

 そんな俺の思いはともかくとして、酒宴は賑やかに続いていた。コルネリオの船旅に話題が移ったことにほっとしながら、俺は会話に加わるのだった。






「カナメ君、今日はすまなかったね。どうしてもカモフラージュは必要だったから」

「いや、同窓会は同窓会で楽しかったからな。これからする話題の重さを考えれば、むしろありがたかったくらいだ」

「フレディ君も苦労しているようですねぇ……」

 俺とフレディ、そしてマーカス先生の声が響く。俺たちが集まっているのは、同窓会が行われた店の二階にある宿泊施設だった。

 同窓会自体はすでにお開きになったのだが、俺たちは話し足りないという()()で、マーカス先生が取っている部屋にやってきたのだった。

「ガイツ神殿長は悪い方ではないのですが、カナメ君を非常に強く意識していますからね。このメンバーで集まったことを知れば、色々と勘繰ってくる可能性がありました」

「今なら、同窓会が盛り上がって、自室で有志の二次会をしているようにしか見えないでしょうね。ミンさんが同じ宿屋に泊まっていることも好材料です」

「しかも、あの三人も女性同士、部屋で飲み直すつもりらしいからな。アリバイとしては非常にありがたい」

 まあ、飲むのは主にセレーネだろうけどね。

「コルネリオ君に頼んで、ミンさんの宿屋を先に手配してもらったんです。彼女は教会に泊まるつもりだったようですが、最近はあそこも人でいっぱいですからね。素直に頷いてくれましたよ」

「フレディが策士になっていく……」

「そんな大層なものじゃないよ。……さて、そろそろ本題に入ってもいいかな」

 フレディがそう切り出した瞬間、俺たちの表情は自然と引き締まる。そんな中、俺は懐からミレニア司祭お手製の魔道具を取り出した。防音結界を張ってくれる魔道具だ。それを起動させると、俺たちは同時に頷いた。

「――それでは、統督教が隠蔽していた真実について、僕が知っていることをお話しします」



 ――マーカス先生を辺境に呼ぶから、一緒に話をしたい。君は真実を知っておくべきだろうから。

 フレディからそんな提案があったのは、あの脅迫状事件があった日の数日後だった。ジュネから千年前の統督教の所業を聞いたばかりだったため、彼の言葉の意味にはすぐに思い当たった。

 ただ、なぜ彼がそのことを知っているのかは、まったく分からなかったが……。

「話を始める前に、一ついいですか? カナメ君は学生時代から真実に辿り着く可能性を感じていましたが、なぜフレディ君が?」

 同じことを考えていたのだろう、マーカス先生が声を上げる。それは、本当に真実を知っているかどうかの確認でもあるのだろう。

「……僕の曽祖父は、ダール本神殿の神殿長でした。すでに高齢であり、また心身に不調を抱えるようになっていたため、僕が()()()()神学校へ通うようになった頃には、上手く意思疎通をすることもできない状態でした」

 ああ、そう言えばフレディは一度神学校を中退したことがあるんだっけか。フレディらしくないと思っていたんだよね。

「ある日のことです。神学校から帰ってきて、日課となっている曽祖父への挨拶をしに行った時のことでした。曽祖父は僕を見ると、珍しいことに反応を示しました。そして、唐突に例の真実を語り始めたんです」

「偶然、と言うことですか……」

「どうも曽祖父は僕を誰かと間違えていたようでした。……ただ、後で知ったのですが、あの日は曽祖父を含め、存命中の歴代のダール本神殿長が集まる日だったそうです」

 となると、その会合に合わせて覚醒するような薬でも使っていたのか? もしくは、単に本人が特定の日や会合の時だけ正気を取り戻せる状態だったのかもしれないが。

「そして、その話を聞き終えた直後に部屋の扉が開きました。聞いてはいけないことを聞いた気がして、僕は咄嗟に隠れたのですが……そこに現れたのは、当時のダール本神殿長です。
 彼は曽祖父に近寄ると、断片的ながらその真実に関係する話を始めました。そして、この話は本神殿長を務めた者にしかできないから、とこぼしていたんです。
 ……やがて、彼らは僕に気付かないまま部屋を出て行きました。にわかには信じられませんでしたが、僕なりに調べたり考えた結果、やはりあの時の言葉は本当なのだと、そう判断したのです」

「それで、フレディ君は一度神学校を中退したわけですか……」

「自分の足下が崩れていくような錯覚を覚えましたよ。組織の存続のために真実を歪める姿は、僕が思っていた統督教の姿からあまりにもかけ離れていましたから」

 マーカス先生の言葉にフレディはゆっくり頷いた。……なるほど、フレディから時々感じる違和感はそれが原因だったのか。真面目なフレディの性格からすると、あまりに衝撃的な内容だったことは想像に難くない。

 だが、そうなると……。

「マーカス先生はどうして知っているんですか?」

 マーカス先生は名家の出ではないはずだ。グラシオス神殿の副神殿長だったと聞いたことはあるが、今のフレディの話からすると、知っているのは本神殿の神殿長のみのはずだ。

「……私の専攻の一つに考古学がありましてね。かつて、カナメ君にあんなことを言った手前言いにくいのですが、私もとある貴重な資料を手に入れたことがありまして、現在の言い伝えに違和感を感じていたのですよ。
 そして研究を進めていたところ、グラシオス本神殿の神殿長から直々に警告を頂きました。『これ以上は君の身に危険が及ぶかもしれない』とね。そして、それでも構わずに研究を続けていたところ、神学校への出向命令が出たのです」

「それって……左遷ということですか?」

 そう尋ねると、マーカス先生は首を横に振った。

「研究さえできれば、私たち大地神の神官はあまり位階にこだわりません。ただ、神学校へ出向するとなれば、神殿の資料を使うこともできませんし、教員としての業務にほとんどの時間を割く必要があります。それからの研究は極秘に進める必要もあったため、遅々として進みませんでしたよ」

「なんというか……二人とも意外と波乱に富んだ人生だったんですね……」

 特待生クラスの中でも、穏やかさで言えば一、二を争うだろう二人だ。彼らにそんな裏事情があるなんて、さっぱり気付かなかった。

「カナメ君ほどじゃないよ」

「カナメ君ほどじゃありませんけどね」

 だが、二人は同時にそう返してきた。

「辺境で地竜アースドラゴンを倒し、転職ジョブチェンジの神子として活動を開始。やがて辺境初の宗派施設となるクルシス神殿の神殿長代理となり、辺境発展の立役者の一人となる。もはや冗談の域です」

 先生の言葉にフレディも頷く。

「そんな君だからこそ、すでに真実に近づいているとは思うんだけど……。なんせ、君は元から現状の矛盾に気付いていたようだし、当時のことを知るクルシスの巫女と面識もある」

 それに、ジュネたちクロシア家の協力を得られたからな。まあ、さすがに彼らの正体を二人にバラすつもりはないけれど。

「たしかに、それなりに知ってはいるつもりだが……ただ、ルーシャ――遺跡の巫女はあまり戦争後のことは知らなくてな。神々が消滅した後の統督教の動きについては、知らない部分も多いんだ」

 ジュネから話は聞いているけど、あくまでクロシア家の主張だからなぁ。どこまで鵜呑みにしていいものかは、まだ分からない。

「肝心な部分を知っているんだから、それ以降の部分なんて枝葉末節に過ぎないさ」

 フレディはジュネと同じような答えを返した。

「じゃあ、僕が知っている流れを話そう。もし先生が違うと思われる箇所があれば、ご指摘頂けると嬉しいです」

「ええ、分かりました」

 先生の返事を確認すると、フレディは少し声のトーンを落として話し始めた。

「神々が消滅するまでの流れは全員が知っているようだから割愛するよ。そして、その後。神々を失って各宗教が混乱している最中に、各国間で戦争が勃発した。それはやがて全世界を飲み込む大戦となり、膨大な数の命と文明が失われた。

 とは言え、人種族が全滅したわけじゃない。当時の人口は今よりかなり多かったようだから、生き残った人々もそれなりの数がいた。だけど彼らには、戦争が終わってもほっとする余裕なんてなかった。

 なんせ、古代文明の技術はあらかた失われてしまったんだからね。今までは大した脅威ではなかった魔物一匹とっても、彼らの命を脅かしかねない存在だった。
 戦争で疲弊し、豊かな生活から一転してサバイバルのような生活を送る羽目になった彼らの精神的負担は計り知れない。

 そんな中で重要になるのは、彼らの精神的な支えだ。崩壊した国に縋ることはできない以上、その役割を宗教が担うことになるのは自然な流れだった」

 ここまではいいか、と言うようにフレディがこちらを見る。俺が黙って頷きを返すと、彼は再び話し始めた。

「だけど、生き残った当時の神官たちも苦悩していた。なんせ、自分たちの手で神々を消滅させてしまったんだからね。どんな顔をして説法すればいいのやら、という話だよ。
 幸い、神々が消滅した真の理由を知っていたのは一部の人間だけだったから、神官が黙っていれば致命的な事実の露見は免れる。

 極限状況の中、神への信仰で団結し、なんとか折れそうな心を支えている人たちは多かった。そのため、神官の多くは自らの過ちを封印し、神への信仰と教義を説き続けた。……皮肉な話さ。元々は、信仰が廃れることを恐れて神々を降臨させたというのにね」

 なるほど、そういう見方もあるのか。ジュネの話だと、統督教は我が身かわいさにクルシス神官を追放した強欲の徒にしか思えなかったんだが、そう簡単に論じることはできなくなってきたな。

「そんな中、事実を公表するべきだと主張する宗教組織もあった。それがクルシス神殿だ。彼らにしてみれば当然だろう。彼らは奉じる神の降臨・消滅を回避したわけだし、クルシス神が消滅したのは、人々を救うために『名もなき神』と戦った結果だからね。

 ただ、他教の神官は焦った。クルシス神殿だけは、たとえ神の消滅が明るみに出ても支持を失わない。しかも、クルシス神殿はこれを機に、クルシス神を世界の神々の頂点に据えようという姿勢を見せ始めた。

 そのことを良しとしない他の宗教は、極限状況の中で神の不在を告げることは死刑宣告に他ならないとクルシス神殿の主張に反発。クルシス神殿もそれは危惧していたのか、実力行使に踏み切ることはなかったようだね。

 ……いや、正確に言うなら、実力行使に踏み切る直前に、クルシス神殿を内部分裂させて過激派を追放したんだけどね。そして、『今は人心の安寧が優先だ』と判断した派閥が、今のクルシス神殿さ。

 その後、統督教として一つにまとまった各宗派は、自らが神を消滅させたという事実と、もはや神はいないという現実を闇へと葬り、その後ろめたさで団結した。そして、時間をかけて事実を捻じ曲げていったんだ。

 幸い、資料の類は戦争で大半が消滅している。となれば、後は人々の記憶だ。特に問題だったのは、クルシス神の権能だろうね。それまでは、クルシス神と言えば転職ジョブチェンジが代表的な権能だった。

 だけど、当時の世界にはもう固有職ジョブはなかった。今の世界と同じく、稀にイレギュラーとして生まれ落ちる存在がいるだけだ。この矛盾をどうにかしないと統督教全体の嘘がバレてしまう。

 そこで、統督教は時間をかけてクルシス神の権能を人々に忘れさせた。五年や十年で成し遂げることのできる計画じゃないけど、それも百年、二百年単位となれば別だ。固有職ジョブが滅多に見られなくなったこともあって、人々は転職ジョブチェンジが当たり前であることも、クルシス神が転職ジョブチェンジを司っていたことも忘れていった」

「なるほどな……」

 分裂したクルシス神殿も苦渋の選択だったんだろうな。迂闊な主張をすると人々を絶望に叩き落としかねないわけで。とは言え、人々が落ち着き始めた頃には、もはや統督教としての枠組みがしっかり出来上がっている。今さら真実を公表しようにも、両脇を固められている形だ。

 公表しても他宗派がこぞって否定してくるだろうし、下手をすれば再び賛成派と反対派の内部分裂と追放の憂き目に遭うかもしれないわけで、なかなか強行するのは難しい話だったことだろう。

「……まあ、それでも資料を完全消滅させることは躊躇われたのでしょうね。稀にそういったことを示す資料もありますが、すべて亜流のおとぎ話として登録されていますから」

 マーカス先生が補足する。じゃあ、俺が神学校の図書館で見つけた神話まがいの文献はその類だったのか。

「しかし……フレディはよく神学校に帰ってくる気になったな。俺なら不信感に凝り固まってるところだ」

「僕だってそうだったよ。家族の反対を押し切って神学校を退学して、そして王都や近くの村をわけもなく歩き回った。何が見つかるとも思えなかったけど、あのままじっとしていることはできなかったからね」

 フレディは俺の言葉に大きく頷いた。

「そうして、今まで見たことのなかった色々な人たちの生活を目にするうち、ふと気付いたんだ。……重要なのは、神々が彼らの心の支えになり得るかどうかなんだって。
 真実はどうでもいいなんて言うつもりはないけど、今の僕には当時の神官たちの気持ちも分かる。そう思えた時、自然と神学校に戻ろうという気になれたんだよ」

 その時にはだいぶ歳を取っていたから、特待生枠に入ることになったんだけどね。そう結ぶと、フレディはすっかりぬるくなったお茶を口にした。

「さて、それを踏まえてあの脅迫状だ。ガイツ神殿長は性質の悪い悪戯だと思っているようだけど、あれは明らかに千年前の真実を指している。今頃、本神殿長クラスの人たちは青くなっているだろうね。
 今回の犯人、僕はかつて統督教に追い出されたクルシス神殿の一派だと思っているんだけど、カナメ君はどう思っているんだい?」

 フレディは随分と切り込んできた。まさかジュネがその一派だとまでは知らないだろうが、クルシス神官の俺なら情報を持っていると考えたのだろう。

「その可能性は否定できないが……正直に言えば、その一派については心当たりがある。だが、こんな形で事を起こすような人たちには思えなかった」

 もちろんベルゼット元副神殿長のようなケースもあるが、クロシア家自体が真実の公表に積極的でないからこそ、彼だって出奔してクルシス神殿に潜り込んだわけだろうし。

「……そうですか、やはりカナメ君は知己を得ていましたか。クルシス神殿の本来の教義からすれば、彼らがカナメ君に興味を抱かないはずがありませんからね」

 納得したようにマーカス先生が頷く。まあ、もともとクルシス神殿は転職ジョブチェンジの儀式を行う場所だったわけで、転職師ジョブコンダクターの能力を持つクルシス神官がいるとなれば、そりゃ気になる存在だよなぁ。

 俺がクルシス神殿を選んだのは神の啓示でもなんでもないけど、転職ジョブチェンジ業務を行うにあたって、信徒以外の人間もよく訪れるクルシス神殿は都合がよかった。

 だが、それもそのはずだ。もともと転職ジョブチェンジ業務を行っていたクルシス神殿だからこそ、そういった土壌が残っていたのだろう。

「クルシス神官に転職師ジョブコンダクターが現れたとなれば、クルシス神の固有職ジョブの封印が解けた可能性すら考えられますからね。彼らのみならず、本神殿長クラスはさぞかしやきもきしたと思います」

 フレディは小さく肩をすくめた。なるほど、俺が転職ジョブチェンジ能力を持ったクルシス神官だったから――。

「……え?」

 その瞬間、俺の頭の中を疑問符が飛び交った。今、おかしな言葉が聞こえなかったか?

「カナメ君、突然どうしたんだい?」

 ようやく頭を整理した俺は、問いかけるフレディに尋ね返した。

「クルシス神が固有職ジョブを封印した……?」

 どういうことだ。俺はてっきり、クルシス神と『名もなき神』が相討ちになったため、固有職ジョブの発現が困難になったのだと思っていた。しかし、フレディの言い様では……。

「まさか知らなかったのかい? 『名もなき神』はクルシス神と同じく転職ジョブチェンジに関する能力を持っていた。かの神は転職ジョブチェンジこそしなかったけど、様々な固有職ジョブを通じて、世界の法則を書き換える力を得ていたんだ。まさに神の領域だね」

 え? と言うことは、アレクシスが使っていた転職ジョブチェンジ能力はアムリアのものじゃなかったのか。

「しかも、『名もなき神』はあまり好ましくない方法で自らの神気を飛躍的に増大させていたんだ。こうなると、さすがのクルシス神も勝ち目が薄い。そこで、クルシス神は固有職ジョブを封印する選択肢を人々に提案した」

「当時はだいぶ紛糾したようですよ。なんせ、その状態でクルシス神が敗れた場合、世界から永久に固有職ジョブが失われかねないのですからね。実際、そのおかげで今は固有職ジョブ持ちがこんなに少ないわけで」

 マーカス先生が合の手を入れる。

「ですが、すでに転職ジョブチェンジ済の人間がほとんどでしたから、彼らの世代が困るということはなかったのです。彼らは文明の力があれば固有職ジョブがなくても大丈夫だと判断したのか、結局クルシス神による固有職ジョブ封印は賛成多数により実行されました」

「それじゃ……」

 今、固有職ジョブ持ちが少ないのは封印のせいなのか。それでも生まれつきの固有職ジョブ持ちが現れるあたり、さすがにイレギュラーは発生しているようだけど。

 そんなことを考えていると、フレディが軽く咳ばらいをする。

「……まあ、それはともかく、あの脅迫状にはそれだけの重みがあるということさ。それで、僕は自分の懸念をマーカス先生に相談したんだ。マーカス先生の言葉には、たまに引っ掛かるものを感じていたからね。仲間なんじゃないかと思って」

「フレディ君はボカした内容で手紙をくれましたが、事情を知っている人間には一目瞭然でしたからね。それに、フレディ君はカナメ君を心配していたのですよ」

「俺を?」

 その言葉に、俺は軽く驚く。

「カナメ君の立場と能力を考えれば、あの脅迫の主と無関係でいられるとは思えない。それなら、君は真実を知っておいたほうがいいと思ったんだ。……それに、君なら真実を知っても平然としていそうだったからね」

「そうですね、『人の集団なんてそんなものでしょう』と流してしまいそうです」

「まあ、驚きはしましたけど、それくらいですね……」

 そもそも信仰心がアレだからなぁ……。フレディもマーカス先生も、口にこそ出さないが、俺の信心の程度には気付いているだろう。
 あの真実は、信心深い人間ほどショックを受ける内容だから、俺にはバラしても大丈夫なわけだ。

「まあ、君はほとんど知っていたようだし、余計なお節介だったかもしれないけど」

「そんなことはないさ。……ありがとう、フレディ。それにマーカス先生も、わざわざ辺境までお越しいただいてありがとうございました」

 そう伝えると、先生はにこやかに微笑んだ。

「まあ、活躍している教え子たちに会ってみたかったのも事実ですからね。そう気にしないでください」

「くれぐれも、身の周りには注意してくれ。……まあ、君にはクルネさんがいるから心配はないだろうけどね」

 その言葉に俺は頷く。本当に、俺は周りに恵まれているんだな。二人の穏やかな表情を見ながら、俺はそのことを実感していた。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ