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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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不安

「……つまり、クルシス神殿の神子を拉致するということですかな?」

「拉致とは人聞きが悪いですな。お招きしたいだけですよ」

 自治都市ルノールの評議員、アンドリュー・レイム・メルハイムの館は、辺境ではそれなりの規模を誇っている。それは評議会の権勢を示すものというよりは、帝国の人間に侮られないためという意味合いが強い。

 帝国と辺境を繋ぐ存在として、また帝国から来る人間の窓口となるには、その程度のはったりは必要だった。……特に、こういった手合いの存在には。

「それで? もし正式な手順を踏んで転職ジョブチェンジの神子を招待したいといういのであれば、もちろんお手伝いしますが……」

 そう言いながらも、アンドリューはどこか意味ありげな笑みを浮かべてみせる。皇位継承権を持っていたとは言え、彼の人生は順風満帆から程遠いものだ。
 そしてその経験があれば、心にもない表情を浮かべる程度は容易いことだった。

転職ジョブチェンジの神子は、あまりこの辺境から出たがらないようですからな。あの能力は、全世界を巡ってこそ価値があるというもの」

 男はニヤリと笑う。男の本当の目的は分からないが、狙い通り、彼はアンドリューを仲間として考え始めたようだった。

 ――帝国の手先になると見せつつ、辺境の利益を図る。

 かつての教え子である帝国貴族、ハロルド侯爵の頼みはなかなかに困難を極めていた。帝国の軍事力の中枢を担う古代文明研究・魔道具開発部門のトップとして君臨していた彼が、辺境の義勇軍との戦いに敗北し失脚したことは記憶に新しい。

 出世してからはあまり顔を出さなくなったが、ハロルドはアンドリューの下で古代文明について学んでおり、子供のいないアンドリューの館に時折顔を出していたものだった。

 その彼が、決死の表情で頼み込んできたのが『辺境の評議員への就任』だった。ハロルドは、辺境の利益を優先し、評議員を解任されないようにと言っていたが、その真の目的が辺境にある古代都市との繋がりであることは明らかだ。

 彼の政界復帰のために辺境へ赴いてもいいと言うくらいには、アンドリューは彼をかわいがっていた。

「なるほど、お話は承りました。気になるのは具体的な手段ですが……」

「厄介なことに、神子にはあの『剣姫』が付いていますからな。彼女と正面から衝突しても勝ち目はありませんし、表立って動くことで、統督教全体を敵に回す愚は避けねばなりません」

「ふむ、ごもっともですな」

「そのためにも、まずは『剣姫』を引き離すか、彼女がいないタイミングを狙う必要があります」

 その言葉にアンドリューは頷く。だが、本心では溜息をつきたいくらいだった。彼は『剣姫』に目がいって、神子の傍らにいる別の護衛に気が付いていないらしい。
 あの外見から想像することはできないだろうが、それにしても眼前の男の調査は甘いと言わざるを得ない。

「そこで、です。神子をなんらかの催しに招待して、『剣姫』を遠ざけたいのですよ。そうすれば、戦闘力のない神子一人程度はどうとでもなります。
 そうですな……男性だけの集まりなどであれば、彼女も無理に付いてくることはないのでは?」

 妙案だとでも言うように、男はしたり顔を浮かべた。そんな男に対して、アンドリューは興味深そうな表情を浮かべながら探りを入れる。

「それで、戦力はどの程度集めておいでですかな?」

固有職ジョブ持ちは集めていません。神子は資質を視ることができるのでしょう? 固有職ジョブ持ちを見て警戒されては困りますからな」

 男は得意気に語る。だが、アンドリューの苦い表情を目にしたのか、彼の表情に少しずつ不安が混ざりはじめる。
 その表情の移り変わりを見極めながら、アンドリューは口を開いた。

「……かつて、この辺境に地竜アースドラゴンが現れたことを知っていますかな?」

「はぁ……まあ、噂ぐらいは聞いていますが」

 話をはぐらかされたと思ったのか、男は少し不満顔だった。

「私の調べでは、地竜アースドラゴンを倒したのは神子自身の力によるもの。貴殿は上位竜を屠ってのける存在を、『村人』だけで取り押さえられるとお思いかな?」

「なんですと……!?」

 衝撃的な言葉に、男の目が見開かれる。だが、この件で何よりも恐ろしいのは、この話がはったりではなく真実であることだ。
 アンドリューがその情報を得たのは、辺境に住む狩人からだ。だが、古くからルノール村で暮らしている人間に尋ねれば、同じ答えが返ってくるだろう。

「私も最初は信じられませんでしたな。それならば、わざわざ『剣姫』を護衛につけるまでもない」

「その通りですな。その情報は何かの間違いでは? 噂では、上位竜を屠ったのはクルシス神の奇跡の光だとか……ですが、実際にはあの『辺境の守護者』が竜を討ったのだと私は考えています。
 奇跡の光というのは、あくまでクルシス神殿が宣伝目的で作り上げたデマの類でしょう」

「私としても、その結論のほうが心穏やかでいられるのですがね。しかし、事実は事実。自治都市セイヴェルンでも、空を舞う黒飛竜を撃ち落とし、『剣姫』の戦いを助けたという情報が入っています」

 アンドリューは自信を持ってそう告げる。その噂が流れはじめた頃は、アンドリューもまだ帝国にいたため、近くにある自治都市の噂を手に入れるのは容易だったのだ。

「そこで、私はこんな結論に達したのですよ。……神子は上位竜すら打ち滅ぼすことのできる強大な力を持っている。しかし、あまりに強大すぎるため、使えば街が消し飛びかねないのだ、とね」

「たしかに、それは……」

 動揺しはじめた男に、アンドリューは追い打ちをかける。

「ですが、いよいよ身に危険が迫ったとなれば、神子も力の解放を躊躇うことはないでしょう。そうなれば、この街が壊滅するかもしれません。私としてはそれだけは避けたいところですな」

「む……」

 次第に男の顔面が蒼白になっていく。どうやら怖気づいたようだった。そこで、アンドリューは優しい声色で言葉をかける。

「今のままでは、成功しても周囲に凄まじい被害が出るでしょう。……どうでしょう、もう少し確実なやり方を探されてはいかがですかな?
 私も皇帝陛下から辺境の諸事を任されている身。私が赴任している間は、辺境でそのような大事件など起こってほしくはありませんし、多数の死者が出るところも見たくないのですよ。……どうしたものでしょうなぁ」

 アンドリューはそう告げると、黙って男の反応を待つ。

「今回は……」

 やがて、男は渋い表情を浮かべた。

「アンドリュー殿が仰る通り、計画は少し延期しましょうぞ。辺境に多大な損害を与えては、アンドリュー殿に申し訳ありませんからな」

 そう言いながらも、彼はどこはほっとした様子だった。

「そうですか。私へのお気遣いまでしてくださるとは痛み入ります。その代わりと言ってはなんですが、また計画を思いついた際にはぜひともご連絡ください。一緒に検討させていただきましょう」

「おお、それは心強いですな。……それでは、その時はまたお願いしますぞ」

 そう言って男は立ち上がる。

「……それでは、お気をつけて」

 男を門まで見送ったアンドリューは、その姿が見えなくなると館へと戻る。すると、穏やかな微笑みを浮かべた妻ノルンに出迎えられた。

「あなた、お疲れ様でした。……そのお顔からすると、あまり楽しい話ではなかったのでしょう?」

「まあ、そうだね」

 あまり顔に出ているとは思えないが、そこは長年連れ添った妻だ。アンドリューの心情は筒抜けであるようだった。

「協力した暁には、私の皇位継承権を復活させてくれるそうだよ」

「あら、私たちのことをよくご存知のようですね」

 その皮肉にアンドリューは苦笑を浮かべた。基本的に穏やかな妻だが、自分の意見ははっきり持っている。皇族としては立場が微妙なアンドリューと結婚したのも、その芯の強さがあってこそだろう。

 もともと、アンドリューの継承権は低い方ではない。むしろ上から数えたほうが早かったと言える。……それも、皇位を狙うことが可能な程度には。

 だが、そのことが災いし、幼いアンドリューを担ぎ上げようとした一派が致命的な事件を起こして失脚すると、当然ながら彼の立場は微妙なものになった。
 彼は当時五歳であり、まともな判断力もなければ意思を示すことも難しい。だが、それで無罪放免になる世界ではない。むしろ、処刑されなかっただけマシというものだろう。

 結果として、彼の皇位継承権は最下位に設定され、権力のあるポストに就くことは実質的に禁じられた。
 ただし、彼に使い道がなかったわけではない。皇族の誰もが出たがらない危険な催しや、皇族の名前だけが必要である退屈な閑職など、あまり楽しくない使われ方は幾らでもされてきた。他の皇族から見れば、「ああはなりたくない」という典型だっただろう。

 だが、そんな中でもアンドリューは潰れることなく、古代文明研究を趣味として今までやってきたのだった。

「せっかく赴任した辺境だ。ハロルドに便宜を図るのならともかく、あのような人間に素直に協力する気にはなれないね」

「それに、あの子たちを気に入っているものね」

「ああ、そういうことだよ」

 アンドリューは妻の指摘に全面的に同意する。彼らは、かつては蛮族の地とすら呼ばれていた辺境を、存在感のある自治都市にまで押し上げた。
 その中心となった若者たちは今も精力的に活動しており、アンドリューはその姿勢に好感を持っていた。

 長らく政治に関わることを禁じられていた自分が、まさか帝国から離れた自治都市の評議員になるとは夢にも思わなかった。
 だが、彼らと共に辺境を発展させていくのは非常にやり甲斐のある話だ。いくら帝国の人間とは言え、この街を引っ掻き回すことを認めるつもりはない。

「まさか、この年齢でやり甲斐のある仕事に巡り合うとはね」

「なんだかんだで、最近のあなたは楽しそうだもの」

 突然話が飛んだにもかかわらず、ノルンは話を合わせてくる。どうやらアンドリューの考えはお見通しだったらしい。

 彼らは少し眩しそうに、窓から見える辺境を眺めていた。






 ―――――――――――――――



「おお……! これは美味いな……!」

「本当に、ミルティは凄いわね……」

 ルノールの街の中心部にあるフォアハルト邸。ルノール村であった頃には、賓客を招くこともあった建物だが、村が自治都市となった現在では、そういった用途で使用されることは少ない。

 だが、かつてはそんな用途が存在していたため、その厨房設備は一般的な家庭のものとは比べ物にならない。もともと料理にあまり拘らない辺境ではあったが、さすがに村長邸だけは、それなりの設備が揃っていたのだった。

 そして、この家の住人であるミルティは、王都帰りの知識を生かして、その設備をフル活用していた。

「ふふっ、ありがとう。私の腕と言うよりは、花実羊バロメッツの素材の良さのおかげだけれど」

 俺とクルネの賞賛を受けて、ミルティは嬉しそうに頬に手を当てた。

 ルノールの街の特産品として期待していた花実羊バロメッツの家畜化計画は、概ね順調だった。最初は六頭という少数から始めた牧畜だが、段々とその数は増えていたし、各国の美食家が噂を聞きつけて買い付けに来ることもあったくらいだ。

 ミルティは花実羊バロメッツの世話をしているわけではないが、定期的に魔力を補わなければ衰弱してしまう花実羊バロメッツのために、魔力供給の魔法陣やその魔法陣への魔力の注入を通して牧畜に貢献しているおかげで、こうして希少な食材である花実羊バロメッツの肉を手に入れることができるのだった。

「一昨年の技芸祭は花実羊バロメッツの肉を使った屋台がいくつも出ていたけど、そのどれよりも美味いと思うぞ」

「もともとのお肉が美味しいからこそ、それ以上の味に仕上げるのって難しいよね」

 けっこう食い意地の張っている俺とクルネだが、今回は心からミルティの腕前を褒めていた。
 まるでビーフシチューのような仕上がりだが、それでいて肉の味が引き立っている。トロトロになるまで煮込んでも味が抜けていないのは、花実羊バロメッツの特性なのか、それともミルティの技量が卓越しているのか。
 なんにせよ、俺がこの辺境で口にしたすべての料理の中で、一番美味しかったことは間違いなかった。

 そうして一通り料理を楽しんだ後、俺たちは食後の飲み物を口にしながら、のんびりと会話をしていた。

「――それじゃ、あの所長さんたちが来るの?」

「ええ、今の魔法研究所を見学したいらしいわ。それに、カナメさんにもご挨拶したいって」

「いや、別に気を使わなくても……」

「もちろん、今すぐにじゃないと思うけれど、あの所長たちのことだもの。カナメさんに会うまでは王都に帰らないんじゃないかしら」

「あの二人はインパクトがあるからなぁ」

「……そうそう、そう言えばエンハンス助祭がうちに来ていたわよ。辺境の歴史を調べたいからって」

「いつの間に……うちの神官が迷惑をかけてすまない」

「辺境の歴史を調査してくれるのだから、むしろありがたいくらいよ。今まで、そういうことに興味を持つ人はあまりいなかったから」

「そう言ってもらえると助かる」

 そんな話を続けてふっと沈黙が訪れた拍子に。クルネは控えめに口を開いた。

「ところで……ミルティ、私まで招待してくれてよかったの? カナメと約束してたのよね?」

「もちろんよ。私とクーちゃんの間柄でしょう? 料理はみんなで食べたほうが美味しいし、それに……」

 クルネの問いに微笑みを浮かべると、ミルティは意味ありげに扉のほうに視線をやった。誰かがそこにいる気配はなかったが、それで大体の意味を察する。

「フォレノさんは相変わらずね……」

「どうしても家のオーブンを使いたかったから……。そうでなければ、魔法研究所の設備を使ってもよかったのだけれど」

 ミルティも苦笑を返す。フォレノさんの娘への溺愛ぶりは相変わらずだからなぁ。彼女がルノールの街へ帰って来て以来、フォレノさん経由で求婚した人も多いらしいが、そのすべてをばっさり切り捨てたと聞いたことがある。

「けど、そのおかげで美味しいものを食べられたんだからな」

「そうね。ミルティ、本当にありがとう」

「お礼を言うのは私のほうよ。まさか辺境へ帰って、こんなに素敵な食材に出会えるなんてね。食事に対する認識の改革や、花実羊バロメッツの牧畜計画のおかげよ」

「単に食い意地を発揮しただけだが……そう言ってもらえると嬉しいな」

 俺は少し視線を逸らしながら答える。なんだろう、最近よく感謝の言葉を向けられる気がするなぁ。おかげで、対応にも段々慣れてきた気がする。
 辺境が発展してきて、みんなに余裕ができてきたのだろうか。だとしたら嬉しいことだ。

 ……だが。

 俺には一つ不安があった。みんなに感謝されるほど、その思いは強くなっていく。それは当然の理であり――。

「カナメさん、もう一杯お代わりをいかが?」

 物思いに囚われていた俺は、ミルティの言葉で我に返る。

「ああ、ありがとう。料理からずっと準備してもらっているんだし、今度は俺が淹れようか?」

「あら、じゃあお願いしようかしら」

「任せてくれ」

 そう答えると、俺はポットに手を伸ばした。



 俺たちがミルティの家を後にした頃には、夜もすっかり更けていた。幾つかの家から漏れ出る光と星明かりを頼りに、俺とクルネは帰り道を歩く。

 クルネが話しかけてきたのは、道程の半分ほどを進んだ時だった。

「ねえ、カナメ……? 何か心配事があるの?」

「えっ?」

「上手く言えないけど……最近のカナメって、よく遠い目をしてるの」

「そうなのか?」

 たしかに思い悩んでいたのは事実だが、人に気付かれるほどだとは思わなかったな。

「長い付き合いだもん。それくらいは分かるわよ」

 そう言ってクルネは笑顔を作った。それは彼女の気遣いなのだろう。

「だから、なんでも相談してね? 放っておくと、カナメは一人で抱え込もうとするんだから」

 その声もまた、底抜けに明るいものだった。その作られた笑顔につられて、俺もかすかに笑う。そうして夜の街並みに視線をやった後、ぽつりと口を開く。

「……俺がいなくなったら、この街はどうなるのかと思ってさ」

「カナメ……それってこの世界から――」

「そうじゃないさ。俺はこの世界からいなくなるつもりはない。けど、俺は不老不死でもなんでもないんだから、いつかは死ぬ」

 早合点してショックを受けた様子のクルネに、俺は慌ててそう説明する。

「この街には固有職ジョブ持ちが多いから、シュルト大森林のモンスターが襲ってきたとしても、充分防衛は可能だと思う。
 ……けど、それは『現在いま』の話だ。俺が死んだ後、緩やかに固有職ジョブ持ちは減少していく。そうなった時に、このシュルト大森林を侵食する形で存在するルノールの街は大丈夫かな、って」

 もっと言ってしまえば、ルノールの街はなんとかなっているが、世界的には固有職ジョブ持ちの数はまったく足りていないのだ。
 国同士で領土を争っているのだって、モンスターに占拠されたエリアを人種族の領土で賄おうとしている面があるくらいだし、世界的に見れば固有職ジョブ持ちの数は圧倒的に不足していた。

「それは……」

 クルネは口籠った。その現状は彼女も分かっているのだろう。

 当初は目の前の課題をどうにかすることに必死だったが、こうして辺境は順調に発展している。四年後の自治都市連合の会議上で、自治都市ルノールが連合から除名されることはまずないだろうと、そう思えるだけの数字も揃ってきた。

 だからこそ、その後に続く未来を見据えられるようになったのだ。統治者の視点を持っているリカルドあたりは気付いているだろうが、俺が死ぬまでに強固な防壁や魔道具を揃えることで、『村人』だけでも生きていける街を作る必要があった。

 そんな説明をすると、クルネは複雑な表情を浮かべる。

「それは……そうよね。次の世代に転職師ジョブコンダクターがいるとは限らないし、いたとしても辺境にいる可能性は……」

「両方が揃う可能性は低いと思う」

 聞いた話では、千年前の終末戦争以来、転職師ジョブコンダクターは滅多に現れない固有職ジョブだったらしい。そう考えると、この時代にアムリアという転職師ジョブコンダクターが存在していることは奇跡だったのだろう。

「いっそのこと、私たちが生きているうちにシュルト大森林を……」

「いくらなんでも、広大なシュルト大森林のモンスターを全滅させることはできないだろう。中心部には上位竜だっているだろうしな」

「そうよね……どうしたらいいのかな」

 再び考え込むクルネに、俺は軽い口調で話しかける。

「……ま、その辺りを考えるのは政治家の仕事だ。リカルドに丸投げしておけばいいさ」

「たしかに、私がいくら考えても素人考えだもんね……」

 なおもクルネの表情は晴れなかった。しばらく夜空を見上げていた彼女は、やがて俺のほうを向く。

「……ごめんね。辺境の未来もだけど、カナメが死んだ後の話なんてするから、なんだか落ち着かなくなってきちゃって」

「まあ、俺も妙な気分ではあるな。自分が死んだ後の心配なんてさ」

 なんせ、自分がこんなに周りのことを気にする人間だとは思ってなかったからなぁ。

「カナメは周りに与える影響が大きいもの。けど、カナメが死んじゃったら……」

 クルネの瞳が不安気に揺れる。俺は小さく見えるクルネの肩に手を置くと、笑顔を浮かべた。

「クルネが付いてるんだから、いきなり俺が死んだりすることはないさ。それに、この街には癒聖セイクリッドヒーラー錬金術師アルケミストもいるんだからな。一番死ににくい街かもしれない」

 そして、おどけた口調で言葉を続ける。

「それに、俺が寿命を迎える頃にはクルネだっていい歳のはずだからな。後は次の世代に託す気になってるさ」

 それを聞いて、クルネは小さく笑った。

「相談してほしいって言ったのは私なのに……逆に気を遣わせちゃったね」

「そんなことないさ。俺も口に出せて胸がスッとしたしな」

 それは嘘ではない。なんの解決にもならないが、口に出すだけで気は楽になる。問題は、そんな話を聞いてくれる相手がいるかどうかだが、その点で言えば俺は格段に恵まれていた。

「さ、とりあえずは目の前のことを片付けなきゃな。……まずは偽手形問題かな?」

転職ジョブチェンジ可能証明書の偽物が出回っているのよね? ルノール分神殿の印を押すだけじゃ駄目なの?」

「印影は頑張れば偽造できるし、そもそも知らない人には意味がないからなぁ……」

 そんなことを話しながら、俺たちは神殿へ戻ったのだった。






「――これは、本神殿に連絡をとったほうがよろしいでしょうな」

「同感です。ただの悪戯であればいいのですが」

 とある朝。開殿前のクルシス神殿はピリピリした雰囲気に包まれていた。

 その原因は、会議室の机上に置かれている封書だ。神殿の門に貼りつけられていたものだが、その内容は対応に困るものだった。

 ――統督教は信徒を裏切り、組織の利益のために人々を欺いている。その罪は決して許されるものではない。裏切りの徒は裁きを受けるだろう。

「ありがたいことに、不安を煽るだけで具体的な要求がありませんからねぇ」

 俺はもう一度その内容を確認すると、わざとらしく肩をすくめてみせる。一応この神殿のトップである以上、悠然と構える必要があった。

「一応、他の統督教施設に同様の文書が届いていないかの確認もしておきましょうか。文面的に、他のところにも来ていそうですし」

 とは言え、わざわざバタバタ走り回るのも、文書の送り主を喜ばせる気がして気が乗らない。もうじき開催される辺境の統督教会議で、さりげなく話題に出すべきだろうか。それに――。

 そんなことを考えていた時だった。開けっ放しだった会議室の扉からフィロンが顔を覗かせた。

「おはようございます、今日もよろしくお願いします。……あの、お客様がお見えですけど……」

「こんな朝早くに?」

 彼の言葉に俺たちは顔を見合わせる。

「ガレオン神殿の司祭様です。どこにご案内したらいいですか?」

「神殿長室に通してくれるかな。……オーギュスト副神殿長、ご一緒して頂いてもよろしいですか?」

「無論です」

 俺は封書を懐に入れると、副神殿長と共に神殿長室へと向かう。このタイミングで統督教の神官が現れたのだ。恐らくはこの件だろう。

 俺たちが神殿長室へ着くと、すぐに扉がノックされる。声を返すと、フィロンが一人の女性を部屋へ招き入れた。ルノールの合同神殿で火神ガレオンを祀っているラムティエ司祭だ。それなりの年齢のはずだが、さすが戦士の鍛錬を欠かさないガレオン神官だけあって、その仕草はキビキビとしていた。

「カナメ神殿長代理、オーギュスト副神殿長、こんな朝早くから申し訳ありません」

「いえいえ、お気になさらないでください。……それで、何かあったのでしょうか?」

 そう問いかけると、彼女はどこか探るような瞳を俺に向けつつ、懐から封書を取り出す。その様子を見て、俺とオーギュスト副神殿長は密かに視線を交わした。やっぱり謎の脅迫状の件らしい。

 だが、彼女の次の行動は予想外のものだった。もう一つ、今度は手に持っていた鞄から小箱を取り出したのだ。

「今朝、このようなものが神殿の門に貼りつけてありました。それも、丁寧に五つ」

 彼女は小さく息を吐いた。ルノールにある合同神殿では、クルシス神殿とダール神殿を除く残りの五大神が祀られている。ということは、それぞれの神殿に宛てたものなのだろう。

「……拝見しても?」

 尋ねると、彼女はコクリと頷いた。それを確認して、俺は机上の封書へ手を伸ばす。

「……同じですね」

「そのようですな」

「お二人の様子からすると、同様の文書がクルシス神殿にも届いているのですね?」

 俺たちが頷くと、彼女は置かれていた小箱に手をかけて中身を明らかにする。

「これは……!?」

 その中身を見た俺たちははっと息を呑んだ。そこに入っていたのは人の耳だったのだ。何かでコーティングされているようだが、その生々しさは一切損なわれていなかった。

「悪趣味と言うほかありませんな」

 そんな中、オーギュスト副神殿長はあっさりとそう言い放った。おかげで、俺の心も少し軽くなる。

「意味の分からない言い掛かりだけならまだしも、このようなものが同封されているなんて尋常ではありません」

 そう話すラムティエ司祭の語調はかなり激しいものであり、彼女の憤りが窺えた。

「同じように、他の四つの神殿にも人体の一部が届いています」

「なるほど、それで他の神殿はどうか確認しにいらしたわけですね」

 だが、生憎とクルシス神殿に届いたのは封書のみだ。封書を見つけた際に丹念に周りを見て回ったから、見落としているとは思えない。そのことを話すと、司祭は怪訝な表情を浮かべた。

「ここまで手の込んだことをしておきながら、クルシス神殿には封書しかないなんて……」

 彼女の懸念はもっともだった。数が足りなかった可能性もあるが、わざわざ合同神殿に五つの部位を用意しておきながら、クルシス神殿に何もなしというのは納得がいかない。それくらいなら、合同神殿の小箱を減らしたほうが効率的だろう。

「こうなると、ダール神殿に小箱が届いているかどうかが気になりますね」

「……それに、教会にもですな。神殿長代理は、ガライオス司教と仲がよろしかったと記憶していますが」

「仲がいいと言うかなんというか……」

 現在、ルノール教会のトップにいるのは、なぜかガライオス先生だ。ミュスカは『聖女』であり組織の枠外にいるため、公式な依頼などは彼に話を通すことになる。

 神学校はいいのかと訊いたことがあるのだが、ちょうど契約期間が終了したらしい。神学校はぜひにと続投を望んだらしいが、バルナーク大司教に頼まれて、しばらくこの街の教会に留まることになったのだった。

「ダール神殿には、フェリネ神殿のモーリス司祭が向かっています。教会の方とはあまり面識がありませんから、そっちの情報収集はクルシス神殿にお願いしたいところです」

「……分かりました。教会には私から確認してみます」

 俺はそう答えると、今日の予定を思い浮かべる。転職ジョブチェンジ業務もあるし、朝一番で聞きにいったほうがよさそうだな。それどころか、今から向かったほうがいいかもしれない。

「結果については……そうですね、今日の晩に合同神殿にお伺いします」

「分かりました。それでは、他の神官にもそのように伝えておきます」

 そう答えると、ラムティエ司祭は火神の聖印を切って退室する。

「ただの愉快犯だといいんだけどなぁ……」

 嫌な予感を覚えながらも、俺は出かける準備を始めた。



「――カナメ神殿長代理、それでは教会にも同様の文書が来ていたのですね?」

「ええ、私もこの目で拝見しました。……それに、神を冒涜するような小箱も届いていたようです」

「一体何が目的なのか分かりませんが、放置しておくには行き過ぎていますな」

 ルノールの合同神殿では、七人の神官が難しい顔をしていた。それぞれ、七大神の神官が一人ずつだ。さすがに教会派は顔を出していないが、それは仕方がない。

「誰も姿を見ていないとなると、犯人はよっぽど慎重に行動していたのでしょうな」

「とは言え、夜間であれば人通りは非常に少ない。封書を貼りつける程度であれば、そう困難ではないはず」

「それでも、実行役と見張り役複数は必要では?」

 神官たちの意見が飛び交い、場は少し熱くなっていた。そんな中で、ダール神殿のガイツ神殿長がぽつりと呟く。

「となると……あの不愉快な小箱が届いていないのは、クルシス神殿だけですか」

 その声は意外とよく響いた。彼の言葉が意味するところに気付いた俺は、内心で眉を顰めた。

「そのようですね。ひょっとすると、小箱を置こうとした時に誰かが通りがかったため、未遂に終わったのかもしれません」

 俺は努めて穏やかな表情を浮かべる。だが、ガイツ神殿長は疑わしそうにこちらを見た。

「ここまで計画的な犯行であれば、そのような事由で遂行を断念したりはしないでしょう。……クルシス神殿にだけ小箱が贈られなかった意味を考えるべきでは?」

「なるほど、そこから犯人に迫ろうというわけですな」

 闇神の神官が同意の声を上げると、他の神官からも控えめながら賛同の声が上がった。こんな時になんて面倒な展開だ。俺は多少の憤りを感じながら口を開く。

「……おや、まるでクルシス神殿が首謀者であるかのような仰りようですね」

「そんなつもりはありませんとも。……ただ、クルシス神殿に近しい存在や後援者という線は考えられますな」

「クルシス神殿にも封書は届いているわけですが」

「それはカモフラージュという線も考えられます」

「そのことを考えられるような犯人であれば、小箱だって人数分用意すると思いますよ」

 俺はガイツ神殿長と睨み合う。本神殿からどんな命令を受けているのか知らないが、この人はしょっちゅうクルシス神殿の足を引っ張ろうとするからなぁ。
 そんなエネルギーがあるなら、ダール神殿を盛り上げる方向で発散してほしいものだ。フレディも大変だろうな。

「……まあまあ、現状では何も分かっていない状態ですし、まずは更なる情報を集めるべきでは? 皆さん、本神殿にもご相談されるでしょうし」

 そう取りなしたのは大地神の神官だった。その言葉に他の神官たちが頷く。

「まあ、現状ではただの悪質な嫌がらせですからね。特に具体的な要求があるわけでもなし、ここで私たちがエネルギーを浪費しても詮無いことでしょう」

 さらに俺も同意を示すことによって、いったん場はお開きとなる。早急にプロメト神殿長に連絡を取ろう。そう考えながら、俺は合同神殿を後にした。

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