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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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古代クルシス神殿

「この警報は……!」

「また中心部の防衛ラインに引っ掛かったのか?」

 鳴り響いた警報に、俺は近くにいたミルティと顔を見合わせた。かつて遺跡を訪れた時には、このサイレンの後に防衛用魔工巨人ゴーレムが現れた。……なら、今回はどうか。

「あれは……」

 その答えはすぐに判明した。遺跡の中心部から、全長十メートルほどの巨大な魔工巨人ゴーレムが姿を見せたからだ。

 その造形は、戦車のタンク部分と人の上半身が融合しているような、不思議な形をしていた。人の上半身とは言っても、それは辛うじてそれっぽいパーツに分けることができるというだけで、ほとんど金属の塊にしか見えない。だが、その存在感は尋常なものではなかった。

「え……一体どこから……?」

 いつの間にか近くに来ていたミュスカが、魔工巨人ゴーレムを見て目を見開いた。……そうか、認識阻害の結界が張られているということは、俺以外の人間にとっては、突然現れたように見えるのか。

 それはアレクシスたちも同じようで、慌てて魔工巨人ゴーレムから退避する様子が見えた。だが、そもそもこの魔工巨人ゴーレムを呼び出したのは奴らだ。慌てて退避する必要があるのだろうか。

 そう思う間にも、魔工巨人ゴーレムは俺たちのほうへ向き直る。そして、甲高い音を響かせたかと思うと、かつての防衛用魔工巨人(ゴーレム)と同じように言葉を発した。

「――受理さレた救援要請に従い指定座標へ到着。……探査スキャンの結果、上位竜の存在を確認。排除ヲ開始する」

「まさか、あの時の対上位竜専用ユニットとか言う奴か……?」

 俺は呆然と呟いた。アレクシスたちを見ると、愉快そうに俺たちを眺めている。間違いない。手段は分からないが、この魔工巨人ゴーレムをこの場に引っ張り出したのはこいつらだ。

 恐らくマクシミリアンが何かをしたのだろう。考えられるのは、奴があの時の防衛用魔工巨人(ゴーレム)の通信を再現した可能性だろうか。だが、それにしても単純な話ではない。
 いくら奴が優秀な頭脳を持っていたとしても、古代魔法文明という未知の存在に働きかけるのは厳しいはずだが……。

「問題は、どの程度奴らの支配下にあるかということだな」

 最悪なのは、完全に制御下に置かれている場合だ。この場合、この最悪の魔工巨人ゴーレムと奴らを同時に相手にすることになる。
 だが、もしそうでなかった場合。それはつまり、その場にいる人間を敵味方の区別なく襲い始めるということだ。

 そう考えていると、魔工巨人ゴーレムから生えている砲門の一つが動いた。その標的は……ラウルスさんだった。

集束防壁ピンポイントバリア!」

 ラウルスさんが特技スキルを使用した直後。直径三メートルはありそうな砲口から、極大の光線が放たれた。光はラウルスさんに突き刺さると、凄まじい大爆発を起こす。

「なんて破壊力……」

 ミルティが呆然と呟く。魔工巨人ゴーレム射線上に他の人間はいなかったが、もしいたなら、即座に消し炭になっていただろう。

 だが、地竜アースドラゴンの鎧を纏った守護戦士ガーディアンは伊達ではない。爆発で近くの建物が吹き飛んでいて、未だに地面は沸騰している。そんな中でも、ラウルスさんは攻撃を耐え抜いたようだった。

 ただし、無傷というわけではない。鎧はところどころが欠けたり焦げたりしているし、ラウルスさん自身も軽くない火傷を負っている。グラムが投げた水薬ポーションを受け取ると、ラウルスさんは自身の身体に豪快に振りかけた。

 そして、魔工巨人ゴーレムが黙ってそれを見ているわけはない。冷却中なのか、今度は別の砲門を調整してラウルスさんを射程に収めようとする。

「この……っ!」

 だが、その直後。クルネの斬れぬものなし(アブソリュートネス)によって、砲身は半ばで断ち切られていた。

 さらに追撃をかけようとしたクルネだったが、何を思ったか突然その場を飛び退く。すると、その直後に魔工巨人ゴーレムの周囲で小爆発が巻き起こった。

「――対象ノ戦闘力を修正。上位竜を二体確認」

 再び、魔工巨人ゴーレムが音声を発する。それを聞いて、俺はアレクシスの狙いに気付いた。

「クルネ! ラウルスさん! そいつは地竜アースドラゴンの魔力に反応してる!」

「そんな……!」

「なんだと!?」

 二人の顔に焦りが見えた。クルネの剣もラウルスさんの鎧も、それが原因だからと言って、すぐに破棄できるようなものではない。それに、地竜アースドラゴンの魔力を感じなくなったからと言って、魔工巨人ゴーレムが攻撃を停止するとは思えなかった。

「これを狙っていたのか……」

 あの時、遺跡中心部への侵入を試みていたのは、やはりマクシミリアンだったのだろう。そして、その時に魔工巨人ゴーレムの警告内容も耳にしていたはずだ。

 そう考え込んでいた俺の耳に、ラウルスさんの大音声が聞こえてくる。

「カナメ殿、この魔工巨人ゴーレムは私とクルネ君で引き受ける! この魔工巨人ゴーレムが私たち二人を狙っているのなら、このまま引き離すまでだ!」

「ミルティ! カナメをお願い!」

 さらに、クルネもそう声を上げると、ラウルスさんと共に場を離れた。宣言通り、魔工巨人ゴーレムを俺達から引き離すつもりなのだろう。たとえ流れ弾でも、あの攻撃を受ければ俺たちにとっては致命傷だ。

 そうして、二人の姿が建物の陰に消えると、アレクシスがおかしそうに笑い声を上げた。

「ハハ、素晴らしい自己犠牲の精神だな。このまま三つ巴でも構わなかったのだが」

 そう嘲る彼を無視して、俺は戦力を分析し直した。クルネとラウルスさんが抜けたことによって、前衛にいるのは騎士ナイト格闘家モンク槍使い(ランサー)の三人。中衛には盗賊シーフがいて、後衛に弓使い(アーチャー)地術師アース・メイジ薬師ケミスト、そして癒聖セイクリッドヒーラーの四人がいる。俺とキャロはとりあえず人数外だ。

 対して、相手はまだ十五人の一般職が残っていて、さらに大神官アークビショップと思われるアレクシスと、時空魔導師のマクシミリアンがいる。

 単純に計算すると、一人が二人ずつを相手取らなければならない勘定だ。しかも、こっちは後衛が多いため、前衛を抜けられると一気に戦況が不利になる可能性があった。

「片付けろ! 全員で攻撃を仕掛ければ、やつらは凌ぎきれん! ……俺を失望させるなよ」

 そう考えたのは、アレクシスも同じだったのだろう。彼は的確に、俺たちの弱点を見抜いていた。

 そうして、十数名に及ぶ固有職ジョブ持ちが俺たちに殺到する。そんな中で、俺一人だけが傍観者でいるわけにはいかない。
 思うように動かない身体に力を入れて、靄がかかった意識を無理やり戦場に集中させる。そして、走り寄る重装備の戦士ウォリアーを『村人』に戻す。

「うぉっ!」

 突然固有職(ジョブ)を失った戦士ウォリアーは、勢いよくその場で転倒した。重装備だったことが災いした格好だ。先頭集団にいた戦士ウォリアーが転倒したことで、揃っていた足並みが乱れる。

剛鉄スタウト! 威嚇メネス!」

 押し寄せる固有職ジョブ持ちに対して、アルミードは一歩も引かず盾を構える。

大地の壁(アースウォール)!」

 さらに、サフィーネが殺到する敵のタイミングをずらすべく地面を隆起させる。そうして足が止まった彼らの中心に、ノクトが何かを投げ込んだ。

 それはバリン、と音を立てて砕け散ると、その中身を辺り一帯に振り撒いた。すると、その場にいた数名が目をこすりながら咳き込む。催涙ガスの類を発生させたのだろう。

 そうして、なんとか飽和攻撃を受けまいとしていた俺たちだったが、足止めはしょせん足止めだ。次第に前衛にかかる負担が大きくなってくる。大地の壁(アースウォール)で回り込むルートを制限しているが、それだって対処法はいくらでもあった。

 俺は最前線で戦うアルミードたちを支援するべく、彼らの前に立つ固有職ジョブ持ちを片っ端から『村人』へ転職ジョブチェンジさせていく。

 だが、そうして固有職ジョブを剥奪した敵も、すぐに固有職ジョブを取り戻す。アレクシスが俺の後を追って矢継ぎ早に転職ジョブチェンジさせるからだ。

 そのせいで、俺の役目は「一瞬固有職(ジョブ)を剥奪することで敵の動きを妨害する」という微妙なものになっていた。だが、それも魔法職に対しては強力な魔法キャンセラーになる。

 だが、それは向こうにも言えることだった。

呪怨之海エクステンドカース

聖域サンクチュアリ!」

 アレクシスが広範囲の呪い攻撃を仕掛けてくると、ミュスカがすかさず解呪を行う。それはもはや何度も繰り返された展開だ。
 だが、呪いをかけられた瞬間は、どうしても隙ができる。そのため、アレクシスも嫌なタイミングで呪怨之海エクステンドカースを仕掛けてきていた。

「――ん?」

 そして、十数度目の村人転職を仕掛けた時だった。俺はおかしなことに気が付いた。

 これまでの転職ジョブチェンジ合戦は、すべて俺が攻撃を仕掛けた格好だ。逆に、アレクシスが俺の仲間を『村人』にしたことは一度もない。いくら呪い攻撃があるとは言え、どうにも不自然だ。

 俺はミルティに近寄った。村人転職による魔法の暴発を恐れて、使う魔法を制限しているためか、その表情にはもどかしさが浮かんでいた。

「ミルティ、提案がある」

 俺は前線から目を離さずに、ミルティに話しかけた。その最中にもアニスに襲い掛かった破砕者クラッシャー固有職ジョブを剥奪する。

「……ひょっとすると、奴は『村人』への転職ジョブチェンジはできないのかもしれない」

「どういうこと?」

「さっきからずっと、俺と奴で転職ジョブチェンジ合戦をしているんだが……奴から村人転職を仕掛けてきたことは一度もないんだ」

 もちろん、それはブラフでミルティが大魔法を使おうとするのを待っている可能性もある。だが、俺の勘がそうではないと囁いていた。

「一度、大きな魔法を使ってくれないか? ……その間、俺がずっとミルティの資質を固定しておくから」

 それは、今までやったことのない試みだった。なんせ、他の転職師ジョブコンダクターと遭遇する機会など、つい最近まで皆無だったのだから。

 だが、試しにミルティの賢者セイジの資質に能力を届かせると、資質を彼女の中に押し留めるような感覚があった。もしアレクシスが仕掛けてきた場合、この資質の引っ張り合いになるのだろう。
 そして、今までの転職ジョブチェンジのやり取りから、俺はアレクシスの転職ジョブチェンジ能力が自分より上だとは思えなかった。

「……カナメさん、信じているわよ」

 そう告げると、ミルティから立ち昇る魔力が形を成していく。どの途、このままでは数が少ない俺たちのほうが不利なのだ。それくらいの無理は通す必要があった。

 それと同時に、俺はミュスカに指示を出した。

「ミュスカ! ミルティが魔法を使うまで、聖域サンクチュアリを頼む!」

 ミルティの魔法抵抗力なら大丈夫かもしれないが、念のためだ。

 ミルティの魔法の規模を感じ取ったのか、アレクシスとマクシミリアン、そして二人の魔術師マジシャンと一人の治癒師ヒーラーの視線が彼女に集中する。特に一般魔法職の三人は、顔が青ざめているようだった。

 だが、それでも。彼女が魔法を練っている間、アレクシスがミルティの資質を取り上げようとする気配は感じられなかった。やはり、そういうことなのだろうか。

 そうこうする間に、ミルティの魔法が完成する。

雷霆渦ライトニングヴォルテックス

 前回この遺跡を訪れた時には、魔工巨人ゴーレムの集団に対して放たれた巨大な雷の渦が、今度は敵集団の真っ只中に出現する。

 相手の魔術師マジシャン治癒師ヒーラーが魔法障壁を展開していたようだが、雷撃はそれすらも突き破って一帯を蹂躙した。その過程で、数人の固有職ジョブ持ちが崩れ落ちる。

「何をしている! 数の優位を手放すな!」

 ミルティの魔法に浮足立った戦士たちを、アレクシスが怒鳴りつける。彼らはビクリとしたように背筋を伸ばすと、全力でこちらへ駆けてきた。混戦になってしまえば、雷霆渦ライトニングヴォルテックスは使えないと踏んだのだろう。

「まずいな……」

 追い詰められた彼らは、鬼気迫る勢いで最前線のアルミードたちを突破しようとする。ノクトも前に出て四人で戦線を形作るが、数は減ったものの、未だ倍以上の人数を誇る敵に対処できるとは思えなかった。

 俺の自己転職で凌ぐことはできるが、それは一時的なものでしかない。それに、アレクシスが呪いを多用してこないのは、俺が『村人』に変えた敵を再度転職(ジョブチェンジ)させ続けているからだ。
 俺が転職ジョブチェンジ能力を失えば、ミュスカへの負担が増すことは明らかだった。

「クーちゃんたちが抜けたのは厳しいわね……」

 同じことを考えたのだろう、ミルティが焦りの滲んだ声で呟いた。クルネとラウルスさんの姿は見えないが、時折聞こえる凄まじい破壊音が、彼らの戦闘継続を伝えていた。
 できることなら、早くこの戦いを切り上げて、上級職であるミルティとミュスカだけでも援護に行かせたいところだが……。

「――カナメさん、援軍よ!」

 そう悩んでいると、ミルティが俺の腕を掴んだ。彼女の思いがけない言葉に俺は周囲を見回す。援軍ということは、クルネたちが戻ってきたのだろうか。

 だが、予想に反して二人の姿はどこにも見えなかった。視界の中で動くものと言えば、俺たちと、遺跡に棲みついたと言われる数種のモンスターしか――。

「クリストフか……!」

 大抵のモンスターは、巻き添えを警戒して第三者同士の戦闘には近寄らない。あくまで遠巻きに見つめて、弱った勝者を敗者ごと我が物にするのだ。

 だが、こちらへ向かって駆けて来る六体のモンスターには、明らかな目的意識が感じられた。俺たちの予想通り、モンスターは俺たちを無視して敵集団に襲い掛かる。

「うぉっ!?」

「なんだこいつらは……!」

 突然の展開に、理由を知らない敵たちが混乱する。驚いたのはこちらの前衛組も同じだろうが、そもそも彼らの雇い主こそが魔獣使い(ビーストマスター)なのだ。混乱に陥るはずはない。

 誰よりも兄の能力を信頼しているアニスに至っては、その動揺を利用して眼前の敵を倒してのけていた。

「あれもか?」

 さらに、飛来した虫系モンスターが後衛の魔術師マジシャンたちに襲い掛かる。慌てて戦士職がフォローに戻るが、気が付けば最前線の数の利は逆転していた。

 そして、元より質に勝るアルミードたちのことだ。数が勝れば、彼らに敗北する理由はなかった。モンスターが壁となっている間に、一人、また一人と敵を倒していく。

竜突ドラゴンランス!」

 その発声に意識を向けると、赫光と化したアニスの槍が、戦士ウォリアーの盾と鎧をまとめて貫いたところだった。これで、残る戦士職は二人。
 三人いた魔法職も、虫系モンスターの強襲とカーナとミルティの遠距離攻撃によって、うち二人が戦闘不能に追い込まれている。もはや、戦況は明らかだった。

「……なんとかなりそうだな」

 戦況を見つめながら、ぼそっと呟く。マクシミリアンの出方によっては油断できないが、奴は、らしくもない支援魔法しか使おうとしていなかった。あの時、空間断裂セグメンテイションで自爆したことがトラウマになっているのかもしれない。

 だが、味方の劣勢を目の当たりにしても、その不遜な態度に変化はない。もともと自分の研究以外には無関心な人間だし、いざとなれば空間転移テレポートで逃げればいいと考えているのだろう。

「……カス共が……っ!」

 一方、アレクシスのほうは露骨に態度に出ていた。当初の物腰はどこへやら、ぎらついた眼差しで戦況を見つめており、食いしばられた歯がギリッと音を立てていそうだった。
 彼は俺の視線に気付くと、憤怒の形相で睨み返してくる。何事かを口走っているようだが、聞き取ることはできなかった。

 だが。その直後に奴から立ち昇った魔力は尋常なものではなかった。この魔力に比べれば、さっきのミルティの雷霆渦ライトニングヴォルテックスすら児戯に等しいだろう。

 俺は再び奴の固有職ジョブを剥奪しようとしたが、やはり上手く行かないようだった。
 構成されていく魔法の規模に、敵味方すべての魔法職が青ざめる。なんと言っても、あのマクシミリアンですら目を見開いているのだ。尋常なものではない。

 そして、魔力を感じ取れないはずの戦士職ですら、無形の圧力に何事かを察知する。咄嗟にカーナが加重撃ヘビーストライクを放つが、アレクシスは素手でその矢を弾いてみせた。

「防御魔法を使ったのか……?」

 俄かに信じがたい光景を見て、俺は思わず口を開いた。弓使い(アーチャー)特技スキルの中でも、加重撃ヘビーストライクは破壊力に優れた技だ。それを素手で弾くなど、守護戦士ガーディアンクラスの防御力が必要だ。

 この男は、ただの上級職持ちではない。悪寒が背筋を駆け抜けた。

「――終焉ノ地(エンドオブワールド)

 アレクシスが魔法を発動させると、辺り一面に黒色の靄が立ち込めた。次の瞬間、俺の身体に押し寄せてきたのは、ありとあらゆる苦痛だった。あと数秒この状態が続けば、死ぬか発狂するかのどちらかしか選択肢はない。

 周囲を見回す余裕はないが、方々で上がる苦悶の呻き声からすると、敵味方構わず、場の全員がアレクシスの呪いに蝕まれているようだった。

聖域サンクチュアリ……!」

 そのまま闇に沈んでいきそうな意識を、ミュスカが引き戻してくれる。まだ苦しさは残るものの、今しがたまでの苦痛に比べればないに等しい。

「ミュスカ、ありがとう。助かった」

 声をかけた俺に対して、ミュスカは一瞬だけ笑顔を見せた。だが、その顔はすぐに緊迫したものへと変わる。アレクシスの呪術は強力すぎる上に持続性のある呪術らしく、聖域サンクチュアリを常時展開するミュスカには、相当の負担がかかっているはずだった。

 しかもよく見れば、ミュスカは敵集団まで聖域サンクチュアリの効果範囲に入れているようだった。彼女らしい判断だが、そのせいでミュスカの負担が増していることは明らかだ。このままでは、いずれ彼女の魔力が尽きてしまう。

 どうすればいい。自己転職して、短期決戦を仕掛けるべきだろうか。少なくとも今なら、ミュスカの聖域サンクチュアリの効果を受けることができる。
 だが、カーナの加重撃ヘビーストライクをあっさり弾いたことを考えると、たとえ上級職に転職ジョブチェンジしたとしても、十秒で奴を倒せるとは思えなかった。

 そんな時だった。

「――カナメ司祭。こちらへ」

 突如として、俺の傍に人影が現れた。

「ルーシャさん!?」

 遺跡の幽霊にして、クルシスの巫女でもあるルーシャは、青ざめた表情ながらも俺に手を伸ばした。彼女にもアレクシスの呪いは影響するのか、差し出された手は震えていた。

「遺跡の中心部へ……この事態を乗り切るには、それしかありません」






 数十階建ては間違いないだろう高層ビル。整然と区画分けがなされていたことを窺わせる、規則的に伸びた通路。そして、主を失った今も仕事に励んでいる、おそらくは都市の管理や整備を行っている魔工巨人ゴーレムたち。
 建造物の至る所から漏れ出る光は、都市機能が今も生きていることを示していた。

「このエリアは現役なんだな……」

 初めて入る遺跡都市の中心部を目にして、俺は感想をもらした。

 突然現れたルーシャに連れられ、遺跡の中心部へ侵入したのはつい先程のことだ。俺が中心部行きを了承すると、彼女は一旦姿を消し、そして都市の中心部へと俺を転移させたのだった。

 あの場から離れることには抵抗があったが、マクシミリアンは予想通り姿を消していたし、アレクシスはあの終焉ノ地(エンドオブワールド)とかいう呪術によほどの自信があるのか、それ以上動くつもりはなさそうだった。

 だが、アレクシスが放った呪術は現在進行形で猛威を振るっており、それに聖域サンクチュアリで対抗しているミュスカの魔力がいつまでもつかは分からない。ルーシャの言う「心当り」とやらを、一刻も早く確認する必要があった。

「……これがクルシス本神殿です」

 真正面にそびえ立つ建物を指して、ルーシャは誇らしげに説明する。手前に見えている神殿然とした建物は、たしかに今のクルシス神殿に通じるものがあった。
 ただ、神殿の後部は巨大な高層ビルに接続されており、全体としては非常に違和感を覚える仕様となっていた。

「急ぎましょう」

 そう言うと、ルーシャは俺を先導して、かなりの速度で走り始めた。霊体なのだから足を動かす必要はないように思うのだが、その辺りは生前のイメージなのだろうか。

 神殿に足を踏み入れると、圧倒的な存在感を放つ神像が中心に据えてあった。セイヴェルンのクルシス神殿も同じような配置になっていたが、その巨大さと、精緻な細工は比べるべくもなかった。

「……こっちへ」

 その神像の間を通り抜けて、さらに奥へと進む。俺の予想が正しければ、そろそろ高層ビルのほうへ差し掛かっているはずだった。

「この昇降機で上層階まで行きます」

 そう言って、彼女は突き当りのエレベーターらしきものを指し示した。そして、その内部に入った俺は、ルーシャの指示通りに昇降機を操作する。

「――昇降機の中でこれ以上することはありません。休んでいてください」

「分かりました」

 ルーシャの言葉を聞くと、俺は昇降機の壁にもたれかかった。ずっと駆け通しだったため、さすがに体力の消耗が激しい。ミュスカの転職ジョブチェンジの件も手伝って、身体の具合は芳しくなかった。

 だが、黙ってじっと体力の回復を待つ気分ではなかった。

「ルーシャさん、助けてくださってありがとうございます。八方塞がりで、どうしようかと思っていたところです」

「気にしないでください。ひょっとすると、クルシス様はこのことを見越していたのかもしれませんから……」

「クルシス神が?」

 聞き流せない言葉に、俺は驚きを露わにする。

「クルシス様と『名もなき神』の経緯は、以前にお話しした通りです。ですが、クルシス様は戦いに赴く前に、この神殿に幾つかの力を残していかれました。そのうちの一つが、『名もなき神』がクルシス様を無視してこの神殿を襲った時の備えです」

 彼女がそう説明すると同時に、昇降機の動きが止まる。開いた扉から出た俺は、眼前の設備に圧倒された。

 科学文明を思わせる大小様々な装置と、至る所に描かれた魔法陣や儀式道具たち。それらが融合して、独特の雰囲気を作り上げていた。おそらく、これこそが古代魔法文明の粋なのだろう。

「『名もなき神』を迎撃するための力……あの男を倒すためとはいえ、そんなものをお借りしてよろしいのですか?」

 まあ、今更嫌だと言われても、拝み倒して使わせてもらうけどね。内心でそう思いながらも、俺は真摯な表情を浮かべて問いかける。普通に考えれば、神を迎撃するための設備なんて、オーバーキルにも程がある。

 しかし、ルーシャから返って来た言葉は予想だにしていないものだった。

「あの……カナメ司祭? 何を言っているのですか?」

「いえ、そのような強大な力を、人の争いに使用してもいいのだろうかと、少し不安になっただけです」

「人の争い……? カナメ司祭、ひょっとしてあなたは勘違いをしているのでは……」

「え?」

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あの場にいた――その言葉の意味を理解した瞬間、俺の全身に寒気がはしった。彼女が示している人物など一人しかいない。それならたしかに、あの無茶苦茶な能力にも納得がいくが……。

「確かに規格外の強さですが………神にしては弱いような気がします」

 その発言には希望が入り混じっていたが、本音であることも事実だ。いくらなんでも、上級職数人で神の力に対抗できるとは思えない。

「クルシス様と戦ったのですから、消耗していて当然です」

「ですが、奴はクルシス神と相打ちになったのでは……?」

 そう尋ねると、ルーシャは泣き出しそうな表情を浮かべていた。

「私だってそう思っていました……けれど、私は巫女です。一度視た神の気配を忘れたりはしません」

 どうやら、ルーシャは最初からアレクシスが『名もなき神』だと分かっていたらしい。今思えば、あの時彼女が震えていた原因はそこにあったのだろう。
 巫女とはいえ、一介の人間が神のやることにちょっかいを出そうというのだ。まして、彼女は『名もなき神』が強大な力を振るっていた全盛期を知っていたわけで、その恐怖は大きいはずだった。

「ルーシャさん、本当にありがとうございます」

 俺は感謝の言葉を口にした。すると、彼女は複雑な表情で視線を逸らす。

「お礼なんていりません。……私は、あなたを利用してあの神に復讐したいだけだもの」

 そう言いながら、ルーシャはとある設備へ俺を手招きする。そこにあったのは、五十センチほどのパネルと、同程度の大きさをした水晶球だった。

 その前に設けられた椅子に腰を下ろすと、何かの作動音と共に、パネルと水晶球がうっすらと光を放つ。

 そして、水晶球に映像が浮かび上がった。予想はしていたが、そこに映し出されたのはアレクシスと、奴の呪いに抗う仲間の姿だった。

 だが、その画面は一転して、今度は俺たちのいるフロアを映し出す。その後は、アレクシスと俺、そしてルーシャの映像へと定期的に切り替わる。

「そのパネルに触れてください」

 言われるままに、俺はパネルに両手を置いた。キーボード画面でも出て来るのかと思ったが、特にそういった変化はない。

 だが、パネルを通じて様々な情報が一挙に流れ込んできた。

 ――システムの起動を確認操作者の権限を照会照合結果司祭カナメ・モリトセキュリティレベルB登録者巫女ルーシャ・クロシア充填率九十三・七パーセントモード選択※▲#&解放神格迎撃管理者専用。

「なんだこれ……」

「幾つか選択肢が出たと思いますが、『神格迎撃』を選択してください」

 選択しろと言われても、そもそも選択の仕方が分からないんだが……。そう悩んでいると、ルーシャが補足してくれる。

「念話機能が組み込まれていますから、強く念じれば伝わります」

 どうやら、思っていたよりも便利な装置らしい。『神格迎撃』を選択すると、新しい情報が脳裏に展開される。なんとなく情報の内容や操作方法に見当がついた俺は、自分の目的へ向かって必死でシステムを操作した。

 ――対象選択候補者数三うち二体に同質存在の可能性有……対象情報申請確認許可登録コード『ネイムレス』映像を投影迎撃選択確認神気消費量設定……不可最優先プログラムに支障有再設定……不可最優先プログラムに支障有再設定……情報請求申請を確認不許可……消費量再設定……可選択キャンセル消費量再設定……可選択キャンセル消費量再設定……不可最優先プログラムに支障有再設定……可選択確認迎撃陣起動準備。

「……ふぅ」

 どうやら、ここで操作はいったん終了するようだった。非常に長いやり取りに感じられたが、時間にすれば僅かだろう。ふと隣を見ると、ルーシャが驚いた様子で俺を見つめていた。

「カナメ司祭、意外と戸惑いませんね……今の技術水準を考えると、もっと色々尋ねられると思っていました」

「ちょっと変わった人生でしたからね……。ところで、一つお伺いしたいのですが、ルーシャさんご自身がこの装置を触ることはできないのですか?」

 それはずっと気になっていたことだった。こんな装置があるなら、わざわざ俺を連れ出さなくても、彼女が自分でアレクシスを狙えば済んだんじゃないだろうか。

「この身体になってからは、扱えるシステムの機能が減ってしまったんです。管理者としては認識してくれるようですが、それ以外の機能は私が呼びかけても反応しません」

 なるほど、そう言うことか。一人で納得していると、パネルからまた情報が伝わってくる。

 ――神格迎撃準備完了対象を再度確認してください……最終確認完了……迎撃陣起動。

「……っ!?」

 システムがそう伝えてきたかと思うと、この建物の下層から凄まじい圧力が放たれる。なんの音もしなければ、建物が揺れるわけでもない。だが、それでも何らかの力が動いたことは間違いなかった。

「みんなは大丈夫なのか……?」

 俺は思わず手元の水晶球を見た。なんの疑いもなく迎撃システムを作動させてしまったが、仮にも神を迎撃するような攻撃に巻き込まれて、彼らは無事に済むだろうか。

「この迎撃システムは、あくまで神に対抗するためのものです。神気をもって神気を打ち砕くだけで、物理的な影響はほとんどないはずです」

 俺の疑問にルーシャが答える。

 たしかに、水晶球に映るみんなに異変はないようだった。ただ一人、アレクシスだけが悶え苦しんでいる。いや、それとも激昂しているのだろうか。さすがに細部までは分からないが、奴に大きな変化が起きていることは間違いなさそうだった。

「ルーシャさん、私にできることはこれで終わりですか?」

「……はい。余剰エネルギーの大半を消費したようですから、これ以上追撃を加えることはできないでしょう」

「それでは……厚かましいお願いで恐縮ですが、私をこの場所へ転送してもらえませんか?」

 そう言うと、俺は水晶球を掲げてみせる。そこには、きょとんとした表情を浮かべた仲間たちが映っていた。

「分かりました。……それでは、その席から降りてください」

 言われるまま、俺は席から立ち上がる。すると、代わってルーシャがパネルに手を重ね合わせた。幽体であるせいか、少し手が沈みすぎている気もするが、パネルは何某かの反応を示しているようだった。

「カナメ司祭……ご無事でいてくださいね」

 ルーシャのその一言と共に、俺の周囲の景色が歪む。転送されたのだ、と気付いた時には、すでに転送は終わっていた。

「カナメさん!?」

「カナメ君……!」

 すぐ傍にいたミルティとミュスカが揃って声を上げる。だが、二人の様子が少しおかしい。俺との再会を喜んでほしい、というわけではないが、他のことに気を取られているようだった。

「二人とも、どうかしたのか?」

 そう問いかけると、二人は揃って俺の後方を指差す。そして、その仕草に俺ははっとした。位置関係的に考えて、後ろにはアレクシスがいるはずだ。二人の顔を見て気が緩んでしまったが、本来ならば何を差しおいても確認しておくべき事項だった。

 俺は慌てて後ろを振り向いて……そして混乱した。

 なぜなら、そこにアレクシスの姿はなく、代わりに一人の女性が倒れていたのだ。この女性は誰で、アレクシスはどうなったのか。

 誰もが沈黙する中。最初に口を開いたのは、意外なことにミュスカだった。彼女は手をきゅっと胸元で握りしめると、震える声で呟く。

「どうして……アムリアさんがここに……?」

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