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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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進展

「それでは、ここを使ってもらって結構です」

「いいのですか?」

「ええ。私にできることはこれくらいだから……」

 古代都市にある建物の一つ。その建物の中に案内された俺たちは、きょろきょろと中の様子を見回していた。

 ここへ案内してくれたのは、もちろん遺跡の住人であるルーシャだ。一度は姿を消してしまった彼女だったが、俺たちが去ろうとした段になって、再び姿を現したのだ。

 あの時の最後の質問が尾を引いているのか、俺との会話がぎこちない面はあるが、彼女と友好的な関係を築くことは非常に大切だ。
 そのため、あの質問には触れないようにしていたし、彼女も俺がその話を持ち出さないことにほっとしている様子だった。

「ここは、クルシス神殿が所有する建物でしたから、中心部にあるクルシス神殿からの操作が可能だったんです」

 そう言ってルーシャは微笑む。まるで名残惜しむかのように現れた彼女に、俺が図々しく要求したもの。それは、遺跡内の安全エリアだった。
 今後の遺跡探索の根城は必要だし、この遺跡を衛星都市として登録するための必須要件である『人が住んでいる』状態を達成するためにも、それは重要課題だったのだ。

 ……まあ、駄目で元々のノリだったから、本当に願いが叶うとは思ってなかったけどね。

「助かります。ここを拠点にして、人が住めるエリアを増やしていきたいと思います」

 案内されたこの建物は、他のクルシス神殿から来た神官や、重要な来客を泊めるための施設だったらしい。十階建てのなかなか大きな建物であり、部屋数は百近いようだった。正直なところ、俺の目にはホテルにしか見えない。

 そして、建物に付きものの警備システムはルーシャが操作してくれたため、人間には反応しないようになっていた。……まあ、キャロの登録には少し時間がかかったみたいだが。

「認識阻害結界を解いたということは、今後はモンスターが侵入してくる可能性も高いですからね。外周部の防衛システムは動いていないようですし、この建物を使わせてもらえるのは非常にありがたいことです。本当にありがとうございます」

 クリストフが嬉しそうに礼を述べる。遺跡開発の責任者である彼からすれば、この建物の存在は非常に大きなものだろう。

「けど、ちゃんと掃除しないと、さすがに住める雰囲気じゃないわね……」

 そう呟いたのはアニスだ。彼女は積もった埃に顔を近づけると、かわいらしくくしゃみをした。

「まあ、千年も放置されていたんだからな。建物に目立った損傷がないだけで充分だろう」

「そうだね、掃除するだけで遺跡内での安全地帯が確保できるなら安いものだよ。……それに、遺跡の中で暮らせると知ったら、率先してここに住みそうな人がいるしね」

「あー……」

 俺たち三人は、同時にエリザ博士に目を向ける。彼女は辺境の住民ではないが、住民登録と引き換えに、ここで暮らしながら研究していいと話を持ち掛ければ、まず断られることはないだろう。

 もともと彼女は帝国生まれだが、その帝国の古代文明学会を追われた身だ。今さら所属にこだわることはないはずだ。

「もちろん、博士だけじゃ外に出られないし、この建物だって絶対に安心とまでは言えないからな。それなりに腕の立つ人間を常駐させておく必要はあるだろうな」

「そうだね、最低限の戦力と、この建物の維持管理や運営ができる人間を置くべきだろうね。それに、食糧なんかも定期的に供給しないと」

巨大怪鳥ロック便はどうするんだ? 場合によっては引っ張りだこになるんじゃないか?」

「二羽のうち一羽は、遺跡とルノールの往復にかかりっきりになりそうだね。安定した収入は見込めそうだし、定期的な運航も視野に入れているよ。……できることなら、もう一羽か二羽ほど巨大怪鳥ロックを連れてきたいところだけど」

「マデール商会の名前で依頼を出してみたらどうだ?」

「そうだね、試してみようか」

 この遺跡を産業として利用するためには、どんな整備を行うべきか。そんなことをクリストフと話し合う。どれだけ知恵を絞っても、何かを見落としているんじゃないかと不安になるが、その辺りは問題が起きてから対処していくしかないだろう。

「……ねえ、カナメ?」

「ん? どうかしたか?」

 クルネの声に振り返れば、彼女は困惑の表情を浮かべていた。

「あのね、ルーシャさんがこの建物は十階建てだって言ってたんだけど……」

「ああ、俺もそう聞いた気がするぞ。二階より上はほとんど宿泊するための個室なんだろ?」

「それが、上のフロアに上がる階段が見つからないのよね。ルーシャさんはエリザ博士とずっと話し込んでるし、カナメなら分かるかな、って……」

 なるほど。心当たりがあった俺は、クルネを伴って一階のフロアを探し回る。そして、やがて目的の施設らしきものを発見した。

「これは……扉よね?」

「多分、これが上のフロアへ行くための……なんというか、昇降機みたいなものだと思う」

 そう答えると、クルネは視線を宙に彷徨わせた後、思い出したように口を開いた。

「昇降機って……セイヴェルンにあった、たくさんの荷物を上に運ぶ装置よね?」

「ああ。そうでもないと、十階の部屋を割り当てられた人間は地獄だろうからな」

「そう言えばそうよね……」

 まあ、クルネに限って言えば、十階までの階段を駆け上がることも容易だろうけど、古代文明の住人がみんな上級職の固有職(ジョブ)持ちのはずはない。

「問題は動くかどうかだが……」

 試しにスイッチらしきものを押し込むが、昇降機が動く気配はなかった。たぶん動力は魔力だろうから、それを補充するだけで動けばいいんだが……。

「……動かないね」

「後でルーシャやエリザ博士、ミルティあたりに聞いてみよう。とりあえず、現状では一階と二階を使えれば充分だろうし、最悪の場合はクルネの『斬れぬものなし(アブソリュートネス)』でちょいと天井を切り抜いてもらえれば……」

「ええっ!? ……そんなことして怒られない?」

「最悪の場合は、だからな。たぶん隠し階段くらいはあると思うんだが、ひょっとすると外部にあるのかもしれないな……」

 そんな会話をしながら、俺たちはみんなが集まっていそうなエントランスへと戻る。すると、みんなが待っていたように俺たちを見た。

「……ん? どうかしたのか?」

「ルーシャさんから、気になる話を聞いたんだ」

 そう答えたのはアルミードだった。

「やっぱり、僕たち以外にもこの遺跡に入った人間がいたらしい」

「あ、そう言えば……」

 しまったな、千年前の話で色々あったせいで、すっかり失念していた。

「たしか時空魔法がどうとか言ってたよな?」

 ノクトがそう応じると、辺境組であるクルネ、ミルティ、クリストフ、そしてアニスの表情が深刻なものへと変わる。みんなが同じことを考えているのは明らかだった。

「――皆さんが防衛用の魔工巨人ゴーレムと戦っている時、もう一人の侵入者がいたようなんです。あの魔工巨人ゴーレムが動き出したのも、その人が中心部へ侵入を試みたためだと……」

「あれ……? でも、ついさっきまで、この街は結界に覆われていたのよね? どうやって見つけたの?」

「私たちの後を尾けていたのかしら……? たしかに、これだけのメンバーが物々しく出発したから、目立ってはいたでしょうけれど……」

 ルーシャの言葉に幾人かが反応する。だが、もはや問題はその侵入方法に留まらなかった。

「それよりも何よりも、問題はその時空魔法の使い手だな」

「ええ、間違いないわね」

「もし奴だとしたら、簡単に諦めるとは思えないが……」

 俺は因縁のある老人の姿を思い浮かべる。奴である可能性は低いはずだが、他に候補がいるとも思えなかった。

「ああ、それなら大丈夫だと思います」

 俺たちの会話に口を挟むと、ルーシャはにっこりと微笑んだ。

「その人は空間魔法での侵入を何度も試みていますからね。その魔力パターンは防衛システムに登録されているはずですから、今度は街に近寄っただけで迎撃されると思います。……それに、今となっては都市の中心部がどこにあるか、結界のおかげで分からなくなっているでしょうし」

「それなら安心か……だが、もし本当に奴なら色々とまずいな。ルノールの街に直接隕石を落とされると一たまりもないぞ」

「それについては……私とミレニア司祭でなんとか考えてみるわ。たぶんカナメさんにも協力してもらうことになるけど……」

「そうだな……ありがとうミルティ、必要ならいつでも言ってくれ」

「……おいおい、一体なんの話をしてるんだよ?」

 そんな会話をしていると、ノクトが怪訝な表情を浮かべて口を開いた。

「取り越し苦労だとは思いますが、実は――」

 そうして、俺はこれまでの経緯を手短に説明した。もちろん、俺が戦争に関与して奴を『村人』にしたなんて話はできないが、あの爺さんの人となりを伝えることくらいはできる。

「うへえ……お前さん、ほんっと面倒な星の下に生まれてやがるな。さすがトラブルメーカーだぜ」

 その理不尽な感想に、なぜかみんなが一斉に頷く。いや、まあいいけどさ……。

「ともかく、身の回りに気をつけろということだな。心しておこう。……ところで、そろそろルノールの街へ戻らなくていいのか? だいぶ日が傾いてきたが……」

「そうだね、今日のところは引き上げようか。……ルーシャさん、お世話になりました。厚かましいお願いで恐縮ですが、これからもよろしくお願いします」

「いえ……その、頑張ってくださいね」

 クリストフの言葉は予想外だったのか、ルーシャは慌てたように返事をする。そして、次に俺へと向き直った。

「カナメ司祭も……もしよかったら、また来てくださいね。その、転職師ジョブコンダクターとしてのお話や、クルシス神殿の教義について力になれるかもしれないから……」

 どこか言いにくそうなのは、隠し事をしているという意識のせいだろうか。とは言え、俺も彼女に訊きたいことがたくさんあったため、ありがたい言葉だった。

 次いで、エリザ博士が彼女に挨拶をする。なんだかんだ言って、ルーシャと一番話していた時間が長いのは博士だからなぁ。……まあ、会話と言うよりはひたすら質疑応答みたいな感じだったけどね。

 そして、彼女と別れの挨拶を交わした俺たちは、今度こそ古代遺跡を後にしたのだった。






 辺境の最南端は、かなりの高度を誇る岸壁を経て海へと繋がっている。水平線を眺めるには絶好の場所だが、転落すればまず命はない。

「風の強い日は、絶対ここに来てはならない。そう教え込まれたものですわ」

 抜けるような青空を見上げながら、赤毛の魔槍戦士マジックランサーはそう呟いた。

「そう言われると、余計に興味をかき立てられるんじゃないのか?」

「否定はしませんわ。最近はありませんけれど、十年に一人くらいはここから転落して命を落としていますもの」

 誰かを悼むように、アデリーナはそっと目を閉じる。

 彼女は辺境最南端にあるシアニス村の住人であり、辺境南部ではラウルスさん並の人気を誇っている。普段はルノールから遠く離れているため、あまり顔を合わせる機会がないアデリーナだが、南部で事業を行うのであれば外すことのできない存在だった。

「そう言えば、アニスさんはお元気かしら?」

 気持ちを切り替えた様子の彼女は、楽しそうに弟子の近況を尋ねる。クリストフの妹アニスが、アデリーナの下で修業していたのは半年ほど前のことだ。

「うん、いつも通り元気よ。この前は狂乱猪マッドボアを一突きで倒してたし、とても強くなってるわ」

「そのアニスさんの手紙には、『クルネさんにまったく歯が立たない』と書いてありましたわよ……?」

「それは、上級職の力が大きいから……」

 クルネが決まり悪そうに視線を逸らすと、アデリーナは楽しそうな笑顔を見せた。

「弟子の仇を討つのは師の務め。クルネさん、後で手合わせをしてみませんこと? 身体能力強化フィジカルブーストをかけた状態で、上級職とどれだけ張り合えるのか、とても興味がありますわ」

「そうね、今日はミルティがいるから、万が一怪我をしても大丈夫よね」

 そう言うと、二人は同行しているミルティに視線を向ける。

「それは構わないけれど……先に用事を片付けてからのほうがいいんじゃない? カナメさんが複雑な顔をしてるわよ」

「うーん……まあ、いいんじゃないか? 今のミルティなら、怪我の一つや二つを治したところで大した影響はないだろうし」

「辺境初の上級魔法職だもんね。治癒魔法まで使えるようになったなんて、本当にミルティは凄いよね」

「私が凄いんじゃなくて、賢者セイジの魔法相性が優れているのよ。今までは分かっていても使えなかった治癒魔法が、あっさりと行使できるもの」

 淡々と説明するミルティだが、どことなく照れくさそうな様子が微笑ましい。

「なんと言うか……お二人を見ていると、固有職ジョブについての常識が音を立てて崩れていきますわね。上級職が二人なんて、どこの国でも例がありませんわよ」

 そんな様子を見て、アデリーナが呆れたように呟く。

 そう、遺跡での激闘を経て、ミルティはついに賢者セイジ転職ジョブチェンジできるようになったのだ。あの時の高度な魔法の同時使用や、資質を超えた転職ジョブチェンジ賢者セイジの能力に馴染んだことが効いたのだろう。

「そう言うアデリーナかてレアな魔槍戦士マジックランサーやし、サフィーネの地術師アース・メイジも珍しいやつなんやろ? つまり、みんなして常識を破壊しとるわけやな。……ま、諸悪の根源はカナメやけどな」

 そう口を挟んだのは同行者のコルネリオだ。彼はポンポン、と手を叩くと声を上げる。

「そしたら、早いとこ用事をすましてもうて、クルネちゃんとアデリーナが心置きなく手合わせできるようにしようや」

「うん、そうだね」

 クルネが同意の声を上げる。すると、一斉にみんなの視線がこっちを向いた。

「ほんならカナメ、港を造る計画っちゅうんを一つ頼むわ」

 その言葉に、俺は静かに頷いた。



「本当に、カナメさんは相変わらずですのね。神殿長代理になって少しは落ち着いたのかと思っていたのですけれど」

 俺の築港計画を聞き終えたアデリーナは、なぜか楽しそうに口を開いた。

「あはは、やっぱりカナメはカナメだよね」

「昔の王国も、ここに港を造ろうとして断念したそうですわね。それもこれも、この断崖絶壁のせいだと聞いていますけれど……」

 そう言えば、そんなことをリカルドから聞いたな。なんでも、けっこうな数の犠牲者が出たらしい。

「人材の質が違うからな。剣匠ソードマスター賢者セイジ魔槍戦士マジックランサー地術師アース・メイジだぞ? このメンバーなら大丈夫だと思う」

 俺は自信満々にそう言い切った。俺自身がまったく役に立っていないことは気にするまい。

「せやな、正規のルートで集めたら一発で破産しかねへん豪華メンバーやからな」

「わたくしは、地術師アース・メイジのサフィーネさんがどんな魔法を使うのか、楽しみで仕方ありませんわ」

「あの、そんなに期待しないでくださいね……? ミルティ先生に比べたら、私なんてさっぱりですし」

 アデリーナが話題を振ると、サフィーネは恐縮したように答える。アデリーナも地竜アースドラゴン退治の英雄譚に歌われている人物であることから、どこか気後れしているようだった。

「何言うてるんや、この前もルノールの農家に大人気やったやん。下手したら拝まれるレベルやで」

「あれは、神子様が下調べをしてくれていたからです」

 サフィーネはそう言いながらも、軽く微笑んだ。

 コルネリオが言っているのは、数日前に依頼した農地の土壌改善計画のことだ。彼女は地術師アース・メイジ特技スキル土質操作アルターソイルを使って見事に土壌を豊かにしてみせたのだ。

 俺が挑戦した時には散々な結果に終わった改善計画だったが、どうやらじっくりと土を変質させていくことが重要だったらしい。
 毎回魔法で土質を調整していては破産しかねないので、これは生産が軌道に乗るまでの特例措置だが、土質が分かる歴戦の農家はこぞってサフィーネを絶賛していたものだ。

 黒飛竜を追いかけたり、モンスターを倒すよりも、彼女にはこっちのほうが性にあっているのかもしれない。そんな気がした俺は、彼女のパーティーが手隙のタイミングを見計らって、築港事業に誘ったのだった。

「えっと……とりあえず、この辺りの地面を斬っちゃえばいいの?」

 クルネはそう言うなり、鞘から魔剣を引き抜いた。彼女がその気になれば、宣言通り大地を切り崩すことも可能だろう。

「事もなげに言いますわね……」

 呆れたように呟くアデリーナだが、彼女の破壊力だって洒落にはならない。

「ちょっと待った。とりあえず、この辺りの水深を図ろう」

「おお、任せときや」

 そう言うと、コルネリオは手に持っていた細いロープを崖から下ろす。先に重りが付いているため、スルスルと自重で海の中へ沈んでいく。

「……深さは充分やな」

「コルネリオさん、何をなさっていますの?」

 行動の意図が分からず、アデリーナが首を傾げた。

「港を造るんやったら、ある程度の水深は必須やからな。……ほら、浅瀬やと喫水の深い船は出入りできへんやろ?」

 そう言われてアデリーナは納得したようだった。すると、今度はクルネが困ったように呟く。

「じゃあ、このまま適当に地面を斬るとまずいの?」

「一概には言われへんけど、切り崩した土をそのまま海へ放り込んでも、水深が変に浅なったり、海流に持ってかれる可能性があるからな。やるにしても対策を立てんと」

 大陸最大の港を持つセイヴェルンで生まれ育っただけのことはあって、コルネリオの知識は豊富だった。さらに、この計画のためにセイヴェルンで築港に詳しい人間に話を聞いたり、すでに何人かは引き抜く方向で話を進めているらしい。

「じゃあ、どうしよう?」

「全体的なイメージはさっき説明した通りだ。この断崖絶壁を切り崩して高度を下げるとともに、シアニスの村へ繋がる坂道を形成する。坂道は短くて険しいものと、大回りするけどゆるやかなものの二つを考えている。

 切り崩した土砂については、多少の埋立地と人工的な入り江を形成するのに使う。切り崩した土砂を海に放り込むと同時に、陸地や海底と結合させて表面を固める。あとはそれの繰り返しだ。……そんな感じでいこうと思うんだが、どうかな?」

「どうと言われても……」

「やってみないと分からないですね」

「俺もそう思う。いくら賢者セイジ地術師アース・メイジがいるとは言え、どこまで魔法でゴリ押しできるか分からないからな」

 それに、埋め立てについては、あんまりやると海流が変わりかねないし、そうなれば気温や生態系にまで影響が出るだろう。そう考えると、盛大に工事をするのも躊躇われた。

「けど、もしこの計画が上手く行けば、セイヴェルンを初めとして交易ルートが確保できるはずや。そうしたら山か森を越えなあかん辺境の不便さが一気に解消されるで」

「そうなったら、シアニスの村が賑わいそうね」

 クルネが楽しそうに口を開くが、アデリーナは少し悩んでいる様子だった。

「それは嬉しいのですけれど、港ができると水棲モンスターが新たに襲ってくるのではなくって?」

「アデリーナがいれば大抵のモンスターは倒せるだろうが……もし港の建造が上手く行くようなら、評議会としても固有職ジョブ持ちを派遣するはずだ。……だろ?」

「おお、カナメの言う通りやで。辺境に港を造るんは俺の悲願やからな。いつまでもクリストフの巨大怪鳥ロック便だけに頼っとるわけにはいかんし、評議員として全力を尽くすで」

 俺が水を向けると、コルネリオはいつも以上の熱意でそう宣言する。

「もし水路が確保できれば、ようさんの人間が遺跡目当てで船を使うかもしれんしな。人の出入りが多いっちゅうんは、それだけでありがたいもんや」

「そう言えば、二組ほど冒険者パーティーが宿屋を訪ねてきました。唯一遺跡に入ったことのある私たちに話を聞きたいって……」

「ん? まだ遺跡の探索許可は出してへんのと違ったか?」

 サフィーネの言葉にコルネリオが首を傾げた。

「そのはずだけど、戦力が揃い次第、試験的に探索許可を出すつもりらしいぞ。遺跡はだいぶ危険になってるみたいだから、少人数では行かせられないだろうが」

 俺たちが足を踏み入れた時は、植物は生えていても動物の類は一切存在しない遺跡都市だったが、認識阻害の結界を解いてもらったためか、すでにモンスターが棲みつき始めているらしい。

 何度か遺跡に赴いたアルミードからそう聞かされて、俺はルーシャに心の中で謝ったものだ。近いうちにまた彼女に話を聞きに行くつもりだから、その時には平謝りしよう。訊きたいこともまだまだあるしな。

「……ま、そのためにもここでひと踏ん張りしようや!」

 遺跡に気持ちが行きかけた俺たちを、コルネリオの一言が元に戻す。……そうだった、今はこっちの作業に集中しなきゃな。

 そう簡単に事が運ぶとは思わないが、新たな交易路の確保は非常に重要な課題だ。なんとしてでも成功させたい。それが俺たちの思いだった。






 辺境が自治都市となって数カ月が過ぎた頃。ルノールの街の宗教事情は幾らか複雑になってきていた。

 統督教の有力派閥のうち、教会派はすでにルノールの街に新たに教会を建てることが決まっており、七大神殿については、クルシス神殿を除く各神殿がそれぞれ一、二名の神官を派遣する合同神殿を設置することになっていた。

 ……そのはずだったのだが。

「まさか、ダール神殿が本腰を入れてくるとはなぁ……」

「遺跡探索とシアニス港の建設が軌道に乗り出してから、露骨に動きが変わったものね」

 俺はセレーネと顔を見合わせた。七大神殿のうち、光神を祀るダール神殿が「合同神殿には参加せず、独自に神殿を建立する」と言ってきたのだ。
 もともと、合同神殿は強制ではない。あくまで各神殿の費用負担を軽くしようという経済事情に基づいたものであるため、「自前で資金を捻出するから参加しない」と言われてしまえば、それ以上は異を唱えられない。

 他の神殿にとっても、先駆けだったクルシス神殿はともかく、他の七大神殿が独自に神殿を構えるとなれば、面子の問題もある。そのため、各派が独自に神殿を構える可能性が出てきていた。

「まあ、他の五神殿は様子見の意識がまだ強いだろうし、面子の問題さえクリアすればいいだろう」

「どうするつもり?」

「あんまり気は進まないが、王国でもやっていた神殿長会議を、辺境単位でも定期開催するのはどうかな? 合同神殿各派の筆頭神官をこの会議に加えることで、クルシス神殿やダール神殿と同格だという言い訳を用意する」

「組織の内側に向けた言い訳を用意するわけね。……それなら、いっそのこと辺境の統督教会議を開けばいいんじゃない? どうせ教会派を無視するわけにはいかないでしょう?」

 セレーネの言葉には一理あった。辺境に対して、現状で一番影響力を持っているのはクルシス神殿だが、二番手は確実に教会だ。

「ああ、それもそうだな。毒だけだろうが皿まで食べようが同じことだからな」

「あら、毒だとかお皿だとか、ミュスカがかわいそうじゃない」

「そっちかよ……『聖女』は統治組織に組み込まれているわけじゃないし、そういう会議には出てこないだろう。どうせ司教とかの偉い人が来るんじゃないか?」

 会議の場にちんまりと座るミュスカを想像してみるが、あまりにも似合わない。

「まあ、そうでしょうね……そう言えば、その司教さんのポストで揉めているんですって?」

「ああ、そうらしいな。てっきり王国教会の人間が収まるんだと思っていたが……」

「帝国教会も頑張るわね。いくら次期総大司教の座を狙っているとは言え、少し横槍が過ぎるんじゃないかしら」

 そう、辺境に建立される予定の教会なのだが、どうやらその中に収まるのが王国教会なのか帝国教会なのかで揉めているようだった。こっちとしてはミュスカやメルティナのこともあったし、王国教会が管区を広げるのだろうと思っていたのだが、意外と帝国教会が進出に躍起になっているらしい。

 帝国教会の大司教は、教会派の中でもかなりの権勢を誇っているらしく、多少の無茶は通すというのだから面倒な話だ。

「まあ、そっちの話に俺たちが口を出すわけにいかないからな。バルナーク大司教に頑張ってもらおう」

 そう言って気分を切り替えようとした時だった。セレーネが俺の背後へ視線を移動させた。

「……あら? ミュスカじゃない」

「え?」

 言われて振り返ってみれば、そこには顔を蒼白にしたミュスカが立っていた。

「ミュスカ、どうしたの? ……カナメ君をデートに誘いに来たの?」

 そんなセレーネのからかいにも反応せず、ミュスカはぶんぶんと首を横に振った。そのただごとならぬ様子に、俺とセレーネは顔を見合わせる。

 そもそも、教会派の顔である『聖女』が単身でクルシス神殿を訪れているのだ。宗派的にややこしい事態を招きかねない行為だし、それが分からないミュスカではない。

 つまりは、それほどに気が動転する事態が発生したということだろう。緊張とともにミュスカを見守っていると、息を整えた彼女は青い顔のまま口を開いた。

「教皇会議が襲撃されて、メルティナさんが重体らしいんです……!」
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