挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。

短編

なぞなぞ ~世界はまわる~

作者:麻婆

 世界が終わるとき、“世界の終わりさん”がやってくる。
 しかし必ずではない。彼、もしくは彼女――世界の終わりさんは突然、理屈などないかのように、予兆もみせずやってくる。その世界に存在する人へ一方的な終わりを告げて、またたきの間に逃走する。
 彼、もしくは彼女――世界の終わりさんを殺すことが出来たなら、そのとき終わるはずだった世界は、終わることなく続いてゆく。世界にとって、世界に存在する人にとって、良いことなのか悪いことなのか、それは誰にもわからない。世界の終わりさんにもわからない。尋ねるだけ無駄である。
 世界の終わりさん、世界の終わりさん。今日も気まぐれに、さあ誰の元へ。

 -世界の終わり-



【ある日、仲直りの道行き】

 コジマは車を運転していた。友人の住む、すこし遠くの街へ行くために。喧嘩をしてしまった友人へ、謝罪と共に晩ご飯をご馳走しようという考えだった。
 山道を越えて約四十分、暗がりをハイビームで撫でながら、コジマの車は順調に進んだ。もうすぐ街へ入ろうかという地点、対向車線を車が走ってきた。
 コジマはハイビームをやめ、対向車のライトを努めて見ないようにした。あたりは民家もない田舎道で、街灯はあるもののとても暗い。光に目をやられてしまわないように注意が必要だった。
 しかし、対向車はハイビームをやめない。コジマの目は嫌でもその光を受け取り続ける。あまりの眩しさに彼は舌打ちを堪えられなかった。
 なんだよもう、とコジマはひとり呟いて、ライトのレバーを何度か引いてパッシングを試みた。ハイビームにしたまま戻すのを忘れているのだろう、そう思ったからだった。
 それでもなお、対向車はハイビームをやめない。二者の近づく速度が低下したと思ったら、どうやら対向車は止まったようだった。なにかトラブルだろうかと、コジマも速度をゆるめ、路肩に止まろうか否か、すこしだけ迷う。
 そして、コジマが気を取られた一瞬、派手な衝撃が彼の車をおそい、フロントガラスに何かが覆いかぶさった。ガラスがひび割れるなか、彼は反射的にブレーキを踏んだ。体がこわばり、エアバッグによって視界が閉ざされて息がつまった。衝撃でハンドルを回してしまったらしく、車がぐるぐると回り、遠心力が彼の体を放り出そうとする。折れそうなほど歯を食いしばった彼は、事故を起こしてしまった焦燥を腹に溜め、不快なタイヤの摩擦音を聞き続けた。
 舗装路から外れ、コジマの車はふたたび衝撃を受け、がくりと止まった。
 こんこん、と。こんこん、とノックの音が聞こえた。
 それから、『終わりですよ、世界の終わり。貴方の世界は終わりですよ』と辛気臭い男の声が聞こえた。
 ハッとしてコジマは顔を上げた。首を痛めていたようで、彼は激痛に顔をゆがめた。フロントガラスに痩身の男がへばりついている。こんこん、とフロントガラスを叩いて、終わりですよ終わりですよ、と無表情で言っていた。
 コジマの目が、彼の穴みたいな目と合った瞬間に、くぐもった宣告はとまった。痩身の男はバネ仕掛けの人形みたいに跳ねて、ボンネットへと着地した。
「マジ……、か」
 あれはたぶん、“世界の終わりさん”だ。
 コジマは直感した。みんな知っている。誰もが知っている。誰かに聞いて知っている。でも信じない。実際に会ったと聞いても信じない。百回と聞いても真実味などまるでない。自分が出会うまでは、そんなもの、信じられるわけがない。
 世界の終わりさんは、世界の終わりを告げにやってくる。真っ白な肌を黒いスーツで包み、生気など感じない無表情。唇だけがやけに赤く艶めいている。その不気味な男――世界の終わりさんは、もう一度だけ、「世界の終わりですよ」とコジマに告げた。
 殺せ。
 世界の終わりを殺せ。あいつを殺さなければ、“コジマの世界”が終わってしまう。
 世界の終わりさんは大きく大きくジャンプした。コジマの車はもう動かなかった。
「おい待て――!」
 そして、付近に銃声がこだました。



【ある日、最後の仕事】

 香ばしい組織の長を抹殺するため、夜の国道に一人の殺し屋がいた。彼は、それを最後の仕事にするつもりだった。
 殺し屋は、組長の乗る車を銃撃し、香ばしい組織同士の抗争であるかのように、その仕事を終わらせようとしている。実際、依頼主が敵対している組織なのだから、おおむね間違ってはいない。
 あらかじめ先回りをし、暗闇に身を潜めていた殺し屋は、組長の乗る車を視界におさめた。彼はハイビームのライトから極力視点を外し、ゆっくりと銃身を持ち上げる。肩からさがる連発式の銃は、ひとまずタイヤを撃ち抜くために構えられた。
 そこへ運悪く、もう一台の車が対向車線を走ってくるのが見えた。ここで実行してしまっては、対向車は目撃者となりうる。たとえ抗争に見えようとも、目撃者はいないにこしたことはない。また先回りし、仕切りなおしても問題はないのだ。
 一瞬の逡巡。決意を迫られた殺し屋は、思いもよらぬ事態により、その目と口を大きく開くこととなった。組長の乗る黒塗りのセダンは、ライトをハイビームにしたまま、急速にスピードを落としたのだ。彼が驚いたのは、そのことだけではない。
 セダンの天井に、殺し屋は奇妙なものを見た。ばさばさと黒髪をなびかせた、真っ白い顔をした女。そのへばりついている女は、左右対称の黒い穴を彼に向け、真っ赤な唇を動かしている。
「――、――。――、――ですよ」
 痩身黒服の女は喋り続ける。言葉はまだ、殺し屋へは届かない。
 黒塗りのセダンは、殺し屋の真横で止まった。彼は全身に冷や汗をかく。穴みたいな目は完全に殺し屋を見ており、仕事の失敗を予感した。そして、彼の頭の中では、仕事の失敗と死がイコールで結ばれた。
 セダンの運転席に座っている若い組員は、焦りで極まった顔を後部座席へと向けている。その後部座席は、スモークガラスのせいで殺し屋には視認できなかった。
「終わりですよ、世界の終わり。貴方の仕事、その世界は終わりですよ」
 あの天井にへばりついている女は、粛々と世界の終わりを告げた。
 殺し屋は理解した。こいつは、気が狂った奴らのたわ言だと思っていた、あの“世界の終わりさん”だと。ついに自分も狂ったのだろうか、そう嘆いたのも束の間、彼は思い出した。そうだ、殺せばいい。
 世界の終わりさんを殺せば、終わるはずの世界も続くのだ。
 殺せ。
 世界の終わりを殺せ。殺して世界を生きてきたのだから。
 痩身の女――世界の終わりさんは、殺し屋にもう一度だけ告げる。
「世界の終わりですよ」
 そして、大きく大きく、人間離れした跳躍力で、世界の終わりさんは逃走を開始した。
「逃がすか……ッ!」
 殺し屋が小さく叫んだとき、大きなブレーキ音がとどろいた。



【ある日、家族をおもう】

 香ばしい組織の組長は、ある会社との会談を終えて帰路についていた。若い組員の運転する車は、暗い田舎の国道をハイビームで照らしながら進んでいる。
 後部座席に座る組長は、背もたれへ身を預けて思案にふけっていた。家族についてである。
 妻と息子をおもう。妻と組長の間では争いごとが絶えなかった。心根の優しい息子は、両親の板ばさみに遭い、いつも暗い顔をしていた。組長は息子を愛していた。妻もそれは同じであった。そこに偽りはない。
 ――あの子の前で……。
 ――お前が始めたんだろう。
 結局、争いはやまない。両者とも頑なで、折り合うべき点を見失ってしまうのだ。
 どうするべきか、どうすることが最良か、組長は頭を悩ませていた。
 そんなとき、唐突に車が揺れた。そして、がくがくと後部座席も揺れ始めた。組長の座る場所、その隣の背もたれが、ばたんと倒れた。
「終わりですよ、世界の終わり」
「な――!!」
 組長は戦慄した。彼の息子と似たような年ごろ、五歳ほどの痩身の少年が、光の射さない穴みたいな目を向け、終わりを告げていた。
「貴方の築き上げた、その世界は終わりですよ」
 若い組員もその存在に気付き、顔色を悪くした。
「組長! そいつ、“世界の終わりさん”ですよ……」
 理解していた。組長もそれは即座に理解した。だが、これを信じてしまえば、本当に終わってしまう気がした。これを殺せば、世界は終わらない。それも知っていた。
 喪服姿に見える少年。真っ白な肌に浮いた、赤い唇を動かして終わりを告げている。
「世界の終わりですよ」
「おい! 車を止めろ」
 組長は若い組員へ、ドスのきいた声を上げた。
 しかし、と組員は焦燥をあらわにする。
「こ、こいつは、このまま殺してしまえば……」
「車を止めろ。こんなやつは、その辺に放り捨てておけばいいんだ!」
 信じるものか、と組長は恐れを飲み下した。こんな存在に、自分の世界をどうこうなど、させてなるものかと。終わるも続くも、自分の世界は自分の意思でどうにかする。当たり前の話だ、と彼は決意する。
 はい、と返事をした組員がブレーキを踏み、急速にスピードを落とした車。同時に、そっと後部座席の背もたれが閉じられる。
「あいつ逃げやがった!」
 若い組員は焦りに顔を引きつらせ、背後を振り返った。
 組員につられて振り返った組長の目には、埒外の力でこじ開けられたトランクがうつった。前方から激しいブレーキ音がとどろくなか――、
「くそ、なんなんだ一体……!」
 と、組長は苦く吐き捨てた。



【ある日、世界の行方】

 痩身の女――世界の終わりさんが着地し、駆け出そうとしたときだった。タイヤを溶かしながら道を外れた車が、世界の終わりさんを強くはね飛ばした。思わぬ事故に、世界の終わりさんは砂ぼこりを上げて転がった。
「おい待て――!」
 男の叫び声。そして銃声。
 跳び上がって逃走をはかろうとした痩身の男――世界の終わりさん。思わぬ銃撃により、空中からはたき落とされた。
 殺し屋は戸惑った。世界の終わりさんに気を取られ、飛び出してきた別の人間を撃ってしまった。目撃者の存在を失念していたのだ。
 コジマは瞠目した。機関銃らしきもので世界の終わりさんが撃ち落とされ、いま目の前に転がってきたのだ。
 組長は焦った。世界の終わりさんだけでなく、敵対勢力の襲撃に遭っていると気付いたのだ。
「出せ! 早く車を出せッ!」
 若い組員は、組長に従って車のアクセルを踏みつけた。トランクの扉をガタつかせながら、セダンは走り出した。
 そこへ再びの銃声。
 殺し屋がセダンのタイヤを撃ち抜いたのだ。
 戸惑っている間に世界の終わりさんを見失った殺し屋。彼にとって、もはや道は一つしかない。仕事の完遂だ。目撃者もどうせ殺さねばならなかった。冷静になってみれば、彼としてはあの世界の終わりさんなど、実はどうでもよかったのだと気付いた。
 セダンは正しく走る機能を失い、不測の軌道をたどる。開けられた窓から、組員が拳銃を構えているのが見えた。
 怒号と銃声のなか、コジマは撃たれた世界の終わりさんを見つめていた。
「終わりです……よ、世界の終わり。……貴方の世界は、終わりですよ」
 時折ごばごばと血を吐き出しながら、蒼白の男は終わりを告げている。
「で、でも、君を殺せば……」
 コジマは震える手を世界の終わりさんへと伸ばした。
「終わりですよ、……貴方の世界の終わりは、それで……、終わりですよ。そして――」
 またも、ごばごばと吐血する世界のおわりさん。
 機関銃を持つ男と、拳銃を持つ男の銃撃戦。車が道を削る嫌な音。怒声。怒声。銃声。コジマの車も煙を上げている。目の前には吐血する男。
 迷った。
 コジマは迷ってしまった。助けなくてもいいのか。どうして世界の終わりさんは人の形をしているんだと、やり場のない怒りを感じた。これが馴染みのない形だったなら、迷うこともなかったはずなのに。
 コジマには、世界の終わりさんが死にかけている人間にしか見えなかった。
 でも、でも、とコジマは再び手を伸ばした。
「例えば……このまま放置して、君が死んだとしたら……。それでも、殺したことに、なるのか?」
 手を伸ばしながらも、コジマはやはり迷う。生きるために、この人を見捨てるのか。それは正しいような、間違ってもいるような。
「終わるも続くも……、貴方次第ですよ」
「ふざけるな……」
 こんな滅茶苦茶な終わり方なんてお断りだ。コジマは激しい苛立ちをおぼえた。車も壊れ、友人に謝罪もできず、銃撃戦に巻き込まれた。そんな馬鹿な終わり方は嫌だ。自分に非なんてない。なにが自分次第だ。絶対に、認めたくない。彼はその一心で、世界の終わりに手を伸ばした。
「世界は終わりますよ――」
 激しい爆発を背後に見ながら、痩身の少年――世界の終わりさんは呟いた。そして、追う者もいない国道をひたすら走り、やがて闇へ消えていった。
 同じく吹き上がった炎を横目で見ながら、痩身の女――世界の終わりさんは、足を引きずりながらも逃げ続けていた。
「終わりますよ、始まりますよ、世界はまわりますよ。またね。世界の終わりのその時に、またね――」
 青白い顔に浮き上がる、赤い唇がそう告げた。ゆっくりと手をふった世界の終わりさんは、再会を告げて暗闇へ消えていったのだった。



【その日、終わった世界】

 暴力団同士の抗争とおぼしき銃撃戦があった。襲撃をしかけた人物は見つかっておらず、死体は組長と組員、そしてたまたま巻き込まれてしまった、小島幸広の計三体であった。
 組長の死亡により、五歳の息子を担ぎ上げるか否かで、組織内は揉めに揉めた。その確執は組織の弱体化を招き、とうとう壊滅にまで至った。



 彼にとって、それまでの世界は終わり、まだ見ぬ新しい世界が始まった。
 彼はたまに世界の終わりさんのことを思い出す。あれは一体なんなんだろう。思い出すと、いつもそれを考える。形こそ人のなりをしているけれど、とても人間だとは思えない。では、世界の終わりさんはなんなのか。その答えはいつも、もどかしいほど届きそうで届かない。彼はいつか、また会うことになったなら、そのときは尋ねてみようと思っていた。
 世界の終わりさん、世界の終わりさん。ねえ、あなたは――。

 -世界の始まり-

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ