別視点13 お昼寝中なう(ディルナン視点)
三馬鹿トリオの名前を一部変更致しました。
昼飯を食べ終えるなりウトウトし始めて、危うく机に顔面から突っ込みそうになるユーリ。見かねて抱き上げると、体温が上がっているのかオレの服を握る手が酷く温かい。背中を叩いてやると、そのまま直ぐに眠り始めた。
「え、もう寝ちゃったスか?」
「疲れたんだろ」
オレの腕の中ですやすや眠るユーリに気付き、アルフが目を丸くする。
「うーわ、寝顔、マジ可愛い」
「おー、良く寝てんなー」
「頑張ってたもんなー」
三馬鹿---サム、バース、カインが気持ち悪い程にだらしなく顔を緩ませながらユーリを見る。もしもユーリが起きていたら、どんな手段を行使しても隔離したいと思う表情だった。…冷たい視線を向けられて若干恍惚としているカイン、アルフがドン引きしてるのに気付け。他の二人はユーリに夢中でそれ所では無いらしいが。
オルディマは関わりすら笑顔で拒否してさっさと離れてやがる。
「隊長、用意出来てますよ」
オルディマはいつも発注作業をするスペースでユーリの寝床を確保していた。ブランケットとクッションが用意されていたので、そこへ連れて行く。
「寝かせる前に、少し洗っといてやるか」
午前中、ずっとオル葱を触っていたせいでユーリのコック服や手に匂いが染み付いてしまっている。それを魔術で取ってやってからポーチと前掛けを外してクッションを枕に寝かせ、ブランケットを掛ける。
前掛けを畳んでポーチに仕舞おうとしたら、ポーチはお菓子に占拠されていた。恐らく、犯人はエリエスだろう。
諦めてポーチと前掛けを発注用の机に乗せた。
ユーリを寝かせてから作業中だった四人と交代し、夕飯の準備を進めていく。
四半刻程で四人が戻ってくると、作業に合流する。
「ちっこいの、よく寝てたぜ」
「だろうな。午前中で結構疲れたと思うぞ」
シュナスの言葉に頷くと、オルディマが笑う。
「午前中でオル葱二ケースを殆ど皮剥いちゃいましたもんね」
「は? 二ケースってマジかよ」
「ユーリは思いがけずに戦力になりそうだな。ありゃ慣れればもうちょい皮剥きの速度上げてくるぜ」
「仕上がりも中々の物でしたしね。それに、周りの状況もちゃんと見てましたよ」
「おいおい、驚異的な新人が来たじゃねぇか」
作業に入り、それぞれが手を動かしつつ口も止まらない。
「正直、包丁が使える様になるのに時間が掛かる覚悟をしてたんだがな。ジョットも驚く位に刃の状態の見方が様になってるし、包丁の扱いも悪くない。ただ、あくまでオル葱でだ。この後のタシ芋で本当に包丁を使う事になる。その時にどの位こなせるかが重要なポイントだろ」
「…皮剥きの上達具合によっちゃ、下拵えに加えるのも悪くないってか。ま、まだ先になるだろうが」
「そうなったら、ユーリちゃんの専用のお立ち台が必要ですね。それか、いっそ仕込みと下拵え用にユーリちゃんの高さに合わせた折り畳み式の小さな調理台でも作って貰います?」
「「採用する」」
ユーリの仕事についてシュナスと話していると、オルディマが提案してくる。それに二人揃って賛成すると、野菜を切っていたアルフがギョッと目を瞠る。
「アルフ、お前、マジで気合入れて仕事しろ。ユーリが猛追してくるぞ」
「そんなっ」
「お前と違って、最初から包丁が扱えるんだ。その差はデカイ」
「…まぁ、ユーリちゃんはどう頑張っても下拵えまでが精一杯だけどね。アルフは他の面でどんどん成長しないと」
シュナスがそんなアルフに追い討ちを掛ける。焦るアルフにオレが事実を言えば、オルディマが苦笑してフォローを入れた。
だがいつもと違い、アルフの表情が情けなく歪む事が無かった。それどころか、引き締まる。
「…ユーリはオレにとって初めての下の存在なんス。オレが生まれた集落はオレの後に生まれた子供がいなくて、仕事してからもずっと上の人しかいなかったから。だから、絶対に追い付かせないっス」
「ほー、アルフのクセしてそれなりの面すんじゃねぇか」
「しっかりやれよ、兄貴分」
芯を持ったアルフの宣言に、側で黙々と仕事していたディオガとラダストールが話しに加わってくる。
…オレが思った以上に、ユーリはアルフに良い影響を与えるかも知れん。
「ディルナン、いるかー?!」
夕食の準備と平行して仕込みをしていると、食堂にいきなり大声が響き渡った。これには思わず調理部隊の面々全員で声の主を睨みつけると、声の主ではなく、周りの設備部隊の作業服を身に付けたヤツ等が肩を震わせた。
「ヤエト、静かにしろ。昼寝中の子供が起きたらどうしてくれる」
「おっと、ソイツは悪ぃなー」
声の主である設備部隊の隊長であるヤエトに更に睨みをきかせるが、本人は笑って誤魔化そうとしていた。
青い作業服と光に反射するスキンヘッドが目印の北の魔王城でもトップクラスの体格の良さを誇るこの男、無駄に明るくて外見も性格も暑苦しい。ジョットと二人揃えたら最悪だろ。
「噂のチビちゃんを見れると思ってたのに、そうか、昼寝中なのか…」
「貴様が小さくなった所で可愛さの欠片も無いから止めろ。で?」
「注文のチビちゃんの家具類、届けに来たぜ」
約束通り昼過ぎの納品に来たか。気は進まないが、他の面々に後を頼んでホールに出るとヤエトの側へ向かう。
「オレの部屋に運んでくれ」
「マジでか」
「隊員部屋じゃノブに手が届かないから、一人で扉が開けられない。隊長用の部屋なら扉に『承認』させれば押し開きが出来る」
「ホントにそんなにちっこいのか」
「小さくなかったら家具の特注なんかするか」
いまいちユーリの小ささを信用出来ていないヤエト。だが、寝ているユーリを起こすつもりは無い。まして、ユーリの可愛い寝顔を見せる気は一切無い。
「とにかく、部屋の空いているスペースに使える様に適当に置いてくれ。あぁ、それとユーリサイズの折り畳み式仕込み台が必要になる」
「注文追加かよ!」
「こっちとしても想定外の戦力でな。最初から此処まで包丁を使いこなしてくるとは思わなかった。ただでさえ刃物を扱うのに、ポムル箱に立たせて作業させるのは危険が増すから急ぎで頼む」
前掛けを外し、ヤエトを先導しながら部屋へと歩き出す。そのついでに追加注文もすると、ヤエトが少し考える。ヤエト本人は非常に暑苦しくてウザい面があるが、こういう物は鍛冶部隊に頼むより設備部隊の方が質が良い。特に、ヤエトの技術は確かだ。
「そういう事なら正確なサイズを測って作らせろ。家具類は大体で済ませたが、危機管理をするなら完全オーダーメイドがいい」
「……仕方が無いか」
「何でそんなに考えるんだ!? しかも、どんだけ嫌そうなんだよ!!」
誰が無駄に暑苦しい筋肉ダルマを好き好んでユーリに会わせたがるか。
家具類を設備部隊の面々に設置してもらい、食堂に戻る。と、まるでタイミングを計ったかの様にユーリが厨房から出て来た。
寝惚け眼をぐしぐしと手の甲で擦り、微妙に覚束無い足取りで歩いている。前掛けは外している所を見ると、トイレにでも行くつもりか。…見ていると、くぁっと小さな口を開いて欠伸をした。そんな姿も可愛い。
そんなユーリの姿に、設備部隊の連中が驚きの表情を浮かべる。ヤエトに至ってはあんぐり口を開けっぱなしだった。ユーリの見た目は幼児だからな。
「ディルナン!?」
「ユーリだ。可愛いだろう」
本当は紹介なんぞしたくは無いが、仕方が無い。
「ユーリ、おいで」
「あい、たいちょ」
ユーリを呼ぶと、ユーリが答えてぽてぽてと音が出そうに走ってきた。その姿に既に小さく悶えているヤツがいる。調理部隊のユーリは可愛いから当然の反応だな。
だが、ヤエトだけはユーリに泣かれやしないかと緊張してる。その表情が怖くて余計に子供を泣かせると誰か親切なヤツ、教えてやれ。
「この青い作業着は設備部隊で、この馬鹿デカイ図体のハゲが隊長のヤエトだ。お前の調理台を作ってくれるヤツだから覚えておけ」
「ちょ、おまっ!」
「…ヤエトたいちょ?」
一応適当にヤエトを紹介すると、ヤエトが抗議しようとした。しかし、ユーリの呼び掛けにヤエトが視線をユーリに向ける。ユーリは泣きもせず、ヤエトを見上げていた。まぁ、ユーリならそうだろうな。
「こんちはー。ユーリでしゅ」
どこか寝惚けを残しつつも懸命にヤエトを見上げて笑顔を浮かべて自己紹介をするユーリに、ヤエトが抗議の言葉を失ってだらしなくヘラっと笑った。
コイツは子供に散々泣かれてる所為か、条件反射的に子供の前で声を荒げられない。
更に、珍しく泣かない所か笑顔を向けられて嬉しい筈だ。
「ユーリ、トイレに行くんだろ? 早く行って来い」
「あい」
だが、いつまでもユーリをヤエトに見せてやる義理は無い。
ユーリにする筈だった行動を促すと、ユーリがヤエト達設備部隊の連中に笑顔で手を振って食堂を出て行く。そんなユーリにヤエトを筆頭に大の野郎共がだらしなく緩んだ顔で手を振りながら小さな背中を見送った。
落ちたな、ヤエト。
「…あんな可愛らしい子供が怪我をする危険度を減らしたいんだが?」
「直ぐに作製する!」
「結構だ。採寸は明日の朝一、朝食開始前に此処で行うって事でどうだ?」
「承った!!」
熱血馬鹿もこういう時は操縦がしやすくて助かる。