五日目◆後:探索
日暮れが近くなって、太陽の傾きだした青空は黄色みがかる。
聖璃架さんは無事に帰れたのだろうか…………
窓から空を眺めて思ったネイキッドは、こほんこほんと小さな咳が聞こえて振り向くとガイアが咳をしていた。
「どーしたガイア」
「さっきからのど痛くて……」
と咳をする。
「ほらガイア」
ネイキッドに喉飴の詰まった瓶を差し出されて、ガイアは一粒取ると口に含んだ。
そしてネイキッドは大きな籠を背負ってガイアに言う。
「食料集めに行ってくるけど、今日はオマエはゆっくりしてろ」
「……うん」
とガイアが頷いた。
調べた辺りの幹に十字傷を刻んで進んだ森は、葉の合間から橙色の木漏れ日が射して徐々に暗さを増してきた。
「おい、もうすぐ日が沈む。今日のところは切り上げて」
言って歳朗は振り向くとぎょっとしてしまった。何故なら聖璃架が涙を流していたからだ。
「お、おい。何故泣くッ」
「……手伝っていただいたのに竜の石が見つからなくて申し訳なくて……」
それを聞いて歳朗はなんだと思ってため息をつく。
一日で見つかればそれは良いが、そんな事は思っていなかった。
「んなこた気にするな。とにかく今日はこのへんにしてまた明日探そうぜ」
なんて言い出した歳朗に聖璃架は顔を上げる。
「そんなっ、明日もなんてっ」
森を行くネイキッドは、話し声に気づいて向かってみると愕然とした。聖璃架と歳朗が居たからだ。
「今日手伝っていただいたのに明日もなんて、そんなわけにいきません。一人で大丈夫ですから」
「また奴らが襲ってきたらどうするつもりだ」
歳朗に言われて聖璃架は思う。
そうか心配してくれてるんだ。嬉しいけど、あたしだって魔女の端くれ。自分の身は自分で護らなきゃ。
「なんとかなります大丈夫ですっ」
「大丈夫だという保証なんかねェだろ」
「……でも、なくしたのはあたしの責任ですから、あたし一人で探します。土浦さん、今日は本当にありがとうございました」
聖璃架が深々とお辞儀した。
「フン、そうかよ。そこまで言うなら俺ァもう知らねェ」
言って歳朗は歩き出す。
木陰から二人を見ていたネイキッドは、向かってくる歳朗にはっとする。
刀の柄に手を掛ける歳朗。
一瞬で木が倒れて、刀を鞘に収めた歳朗をネイキッドは睨んだ。
「ネイクさんっ」
と聖璃架が驚きの声を上げた。
「この島の連中は覗き見が趣味のようだな」
「覗き見なんかじゃッ! オレはたまたま通りかかっただけで」
ふん、と横目でネイキッドを見やって、歳朗は聖璃架に向き直る。
「家はどこだ、送ってやる」
「えっ、だ、大丈夫です」
「言っただろ、大丈夫だという保証はねェ。もしものことがあったらたまんねェからな。子守の兄さんにゃ頼れねェし」
さり気なく歳朗に嫌みを言われて、ネイキッドはむっとする。
「土浦さん。そんなにあたしのこと心配してくださるなんて優しいですね」
「なッ!」
聖璃架の言葉に歳朗は顔が真っ赤になってしまって、慌てて背を向ける。
「馬鹿野郎ッ!! 俺ァ鬼の副官と呼ばれる男だぜッ!! 優しくなんかねェッ!! 二度とそんなこと抜かすんじゃねェぞッ!!」
大声で歳朗に怒鳴られて、聖璃架は変な事を言ってしまったんだと思って竦んだ。
聖璃架には背を向けているがネイキッドには歳朗の赤い顔が丸わかりで、明らかに動揺している様子に不快になる。
「ご、ごめんなさい」
「おら行くぞ」
背を向けたまま歳朗が聖璃架を促した。
「あ、あのでも箒で帰りますから。お気持ちだけで、本当にありがとうございます」
「……だったら勝手にしろ」
言って歳朗は立ち去った。
「それじゃあたしも」
聖璃架がネイキッドにお辞儀した。
「待ってください。聖璃架さん、やっぱ島出れませんでしたか」
「えっ?」
「この島は竜の石の力で脱出不能なんです」
「……それ、ジムニィさんも言ってました」
えっ、とネイキッドの目が丸くなる。
「会ったんすかアイツにッ!」
「え、あ、はい」
あっちゃーと片手で顔を覆うネイキッド。
ハーレー達とは別の意味で奴には会わないでほしかった。だがこんな小さな島では無理もないか。
「今後、奴にも充分気をつけてください。いろんな意味で危ないですから」
「は、はい」
「そーいや、聖璃架さん何かなくしたみたいですけど、何を」
「…………」
ネイキッドにはとてもじゃないけど答えられない。
「ごめんなさい、帰ります」
「え、帰るってどこへ。あっ、家に来てください。ガイア喜びますから」
「遅かったですね、土浦さん。何してたんです?」
帰宅してどっかりと腰を下ろした歳朗に、行儀良く座っている総助が笑んで尋ねた。
「別に、ただ散歩してただけだ」
「誰とですか?」
続けて問われて歳朗は苛立つ。見透かしたような総助の口調が癪に障って気に入らない。
「一人でに決まってるだろッ! 他に誰がいるッ」
思わず怒鳴ってしまいそうになるのを抑えて言う。十も下の総助にいちいち向きになりたくはない。
「そうですねぇ、例えば……とんがり帽子の女の子とか」
総助の言葉に、不快げに眉を跳ね上げる歳朗。
「僕、土浦さんて硬派な方だと思っていたんですけど」
「…………何が言いたい」
静かに、だが迫力のある声音で歳朗が言った。
「土浦さんがライバルじゃかなわないなぁ。僕、潔く諦めます」
「……ふざけてるのかおまえ」
「違うんですか?」
「ったりめェだろうがッ!!」
結局怒鳴ってしまった歳朗だが、総助は笑んだままほっとする。
「よかった。じゃあ僕口説こうかなぁ、あの娘かわいいし。僕と彼女、お似合いだと思いません?」
「――ハッ、まったく伊藤といいおまえといい、色恋沙汰にうつつをぬかすたァ、軍人として自覚が足りねェんじゃねェか?」
呆れて言う歳朗に総助はため息をつく。勿論笑んでいるが、その笑みには逆に歳朗への呆れを含んでいる。
「やだなぁ土浦さん。今時土浦さんみたいな考え方の方が古いんですよ」
言われて歳朗はかちんときた。
夜になって月明かりの照らす道をネイキッドと、その後ろを少し離れて聖璃架は歩く。
立ち止まったネイキッドに聖璃架も足を止めた。
「……あの、並んで歩きませんか?」
振り返ってネイキッドが言うと、聖璃架に嫌ぁな顔をされてがーんとショックを受けた。
「嫌ならいーっす嫌なら……」
前に向き直って涙を流した。
……また嫌な顔した。まだ嫌われてる?
と思うが隣に聖璃架が小走りでやってきて、ちら、とネイキッドを見て前を向く。
そんな聖璃架に感激するネイキッド。
――よく考えたら今二人きりだ。気持ちを伝えるなら今がチャンス!
「聖璃架さんっ!」
「はいッ」
勢い良くかかったネイキッドの声に聖璃架は竦んだ。
「オレ、キミのことが…」
聖璃架に想いを告げようとして、ネイキッドははっとする。
周囲を見渡して、只の真っ暗な森しかない光景に肩を落とした。おまけにBGMは梟の鳴き声ときた。
……なんてムードのない場所だろうか。告白にはシチュエーションも大事だ。どこか良い場所は――……
考えてすぐ閃いた。
うってつけの場所があるじゃないか。この島ではそこしかない! いつかこの島に女が来る事があったら一緒に行きたいとずっと思っていた。昼でも良いが夜なら尚更だ。
「聖璃架さん。あとで湖行きませんかっ?」
「湖、ですか?」
「この島で一番綺麗な所なんすよっ! 空の星が湖にも映って辺り一面輝いて」
それを聞いて聖璃架は両手を組み合わせて嬉しそうな表情をする。
その反応にやっぱり女の子はそういう場所が好きなんだとネイキッドは思う。特に聖璃架は好きそうなタイプだし、そうであってほしい。
「そんな所あるんですか? 行ってみたいですっ」
「じゃー行きましょうっ!」
満天の星々を映して輝く湖を、聖璃架とネイキッドは並んで眺める。
二人だけの世界。ムードは最高潮に高まって、自然と二人は目を合わせて向かい合う。
ネイキッドが頬に触れると聖璃架は目を閉じた。
唇を重ねて情熱的に抱き合う二人。
『オレ、ずっとキミとこーしてたい』
『あたしも……』
『聖璃架さんっ』
「へへへ〜」
妄想に浸りながらスキップするネイキッドに、聖璃架は怯えた。
「ただいまー」
とネイキッドは家のドアを開けたが返事はなくて、どうしたのかと思うとガイアは布団で寝ていた。
「ガイア?」
駆け寄るとガイアは赤い顔で苦しそうに呼吸をしていて、ネイキッドは額に触れてみた。
「熱があるな」
「風?」
と聖璃架が首を傾げた。本当は風邪。
「はい。昨日一時的に体を冷やしたから」
言ってネイキッドは額に濡れタオルを乗せたガイアを見る。
ネイキッドの言葉に聖璃架はショックを受けた。
「あたしのせいですかッ」
「ああいや、聖璃架さんのせいじゃ……」
ネイキッドが言ったが、俯いた聖璃架の目に涙が溢れる。
またやってしまった。どうして自分はこうなのだろう。いつもいつも人に迷惑ばかりかけて。
涙をぼろぼろと零す聖璃架にネイキッドは慌てる。
「泣かないでくださいっ! 大丈夫ですから」
「ん……」
目を覚ましたガイアを聖璃架とネイキッドは見た。
「ガイア、起こしちまったか」
「ガイアくん」
「…………」
ぼんやりした目でガイアは泣いている聖璃架を見つめた。
「あれぇ……? お姉さん? なんでいるの? 夢?」
聖璃架は涙を拭って微笑む。
「ううん、夢じゃないよ」
「え? お姉さん、ほんとにいるの?」
問われて聖璃架はガイアの手を両手で握る。
「うん、いるよ」
「お姉さんっ」
嬉しそうにガイアはにこ、と微笑んだ。
「ガイア。今お粥作ってやるからな」
言ってネイキッドが立ち上がった。
「え〜、欲しくないよ」
「食欲なくても風邪早く治すには食った方がいーんだぜ」
「ほらガイア、食え」
ネイキッドがスプーンでお粥を差し出したが、ガイアは顔を背ける。
「いらないってばー」
「少しでも食わなきゃ風邪早く治んねーぞ」
「ガイアくん、早く元気になってほしいな」
「……じゃあお姉さん食べさせてくれる?」
「うん、いいよ」
と聖璃架がにっこりと微笑んだ。
「ぼく熱いのダメなんだ。ふーふーして」
ガイアに言われて、聖璃架はお粥に息を吹きかける。
「これでいい?」
「うんっ」
笑顔でガイアはお粥を食べた。
「おいしい?」
「うんっ」
二人を見てネイキッドは悔しくなった。子供に嫉妬してしまっている自分も情けない。
だが聖璃架に構ってほしくてわざと咳をする。
「あれ、なんかオレもちょっと風邪っぽい……」
ネイキッドの言葉に反応して聖璃架は振り向く。
「えッ!? ネイクさんも!?」
「……わざとらしいよお兄ちゃん」
とガイアが半眼で言った。
「お姉さん、ぼくの側にいてね」
「うん、いるから安心して寝て」
ガイアは微笑むと目を閉じた。
「風邪薬切らしちまってるから、明日もらいに行ってこねーとな」
と言うネイキッドを聖璃架は見る。
「どこにですか?」
「山一つ越えた所に、薬の研究をしてるクレスタという人がいるんです」
「研究ですか?」
「元々学者で好奇心でこの島に来たらしいんすけど脱出不能だから。そしたら見たこともない島の植物に興味持ってそのまま研究を始めたらしいです。でも正直助かってますよ、いろいろ発明してくれるから」
ガイアの寝顔は純粋無垢で可愛くて、見ていると癒されるとでもいうのだろうか、なんだかほっとする。
「聖璃架さん、そろそろ休んだ方が」
声をかけられて聖璃架はネイキッドに振り向く。
「大丈夫です。ネイクさんはお休みになってください」
「いやでも聖璃架さんが寝ないのにオレだけ寝るわけにいかないすよっ」
「お気になさらないでください」
「そーいうわけには、オレも起きてます」
「ダメです寝てくださいッ」
ネイキッドに向かって聖璃架は両手を突き出した。
煙と共に出現したベッドにネイキッドはロープで固定される。
がちがちに固定されて身動きが取れなくて、聖璃架の魔法の威力にネイキッドは驚くと同時に諦めてため息をつく。
結局湖に行く事が出来なくて残念だ……まあガイアが風邪では仕方ない。これからまた機会はあるだろう。その時こそ、聖璃架と…………
ネイキッドは目を閉じると、やがて訪れた睡魔に誘われるように深い眠りに落ちていった。
【五日目◆終】
今まで目立たなかった総助が動き出します。
ようやく本格的に恋愛モードに入れそうでホッとしております:*:゜・:+.(*´ω`*).+:。・゜:*:゜
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