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  †*聖璃架*† 作者:天使
五日目◆前:紛失
 朝、ガイアは期待に胸膨らませて外へ出たが、雪は積もっていなかった。

 夜中の内に魔法は切れて、気温が上がってしまった為に雪は溶けてしまったのだ。

 積もっていたら雪達磨(だるま)やかまくらを作って、雪合戦をして遊びたかったのにとガイアは肩を落とした。

 そして、もう一つ残念な事といえば聖璃架との別れである。

「お姉さん、また会えるよね」

 悲しそうにガイアに言われて、聖璃架は少し淋しい気持ちでうなずく。

「うん、きっと会えるよ」
「絶対だからね。また来てね」
「五日間でしたけど、この島での生活とっても楽しかったです。ガイアくん、ネイクさん。ありがとうございました」

 聖璃架が深々とお辞儀して、たまらず泣き出したガイアの肩をネイキッドは優しく抱く。

「聖璃架さん、ぜひまた遊びにいらしてくださいね」
「はい、お二人ともお元気で」

 箒で空へ飛び立ちながら聖璃架はネイキッドとガイアに手を振った。
 ――竜の石が手に入って本当によかった。華蓮ちゃん喜んでくれるよね。急いで帰らなくちゃ。
 嬉しくて笑顔で聖璃架は空を飛び、眼下の島の風景を眺める。
 美しいこの景色ともお別れなんだ。よく見ておこう。

 景色を目に焼き付けて、このまま島を出る筈だった。
 だが海に差しかかった時――雲一つない空に突如として暗雲が渦巻き出した。それも聖璃架の上空のみで、とても嫌な予感がして聖璃架が何? と思った瞬間には、暗雲から発した稲妻に撃たれて海に真っ逆さまに落下していた。



 目に映ったのは澄み渡った青空だった。端には太陽があって、開けたばかりの目にはまぶしい。

 耳に聞こえるのは打ち寄せる波の音と、何かがぱちぱちと弾ける音。

 何の音か解らずそちらに顔を向けると焚き火が燃えていて、それに向かっている見知らぬ青年の横顔が見えた。頬には斜めに四本、鋭い爪で裂かれたような古い傷痕があって、頭にはバンダナを巻いている。という事はヴァーミニオンだ。

 驚いて飛び起きた聖璃架に気づいて青年は振り向く。

「気ィついたんやな」

 浜辺に座ったまま後退するように聖璃架は青年から離れた。またしても目覚めたら知らない人間が居て動悸がする。

「気分はどーや」
「え、あ……大丈夫です」

 と聖璃架は答えたが、どう見ても大丈夫な様子ではない。

「全然大丈夫やあらへんやん。真っ白やし」

 聖璃架の白い肌は元からなのだが、青年は具合が悪いからだと思ったようだ。

「もう大丈夫ですから」
「ホンマか? そーは見えへんけどな。ビックリしたで。俺が海で泳いどったら、あんさんいきなり落ちてきたんやで」

 ……そうだった。
 魔界へ帰ろうとしていて、それから憶えていない。

「海から上がったらあんさん真っ白なんやもん。やばいんちゃう思って、俺……」

 と言葉を濁す青年に聖璃架はきょとんとする。

「あかん。黙っとこー思ったけど、やっぱ無理やわ。俺隠し事でけへん性格やし。悪く思わんといてな。あんさんを助けるためなんやで」
「なんですか?」
「人工呼吸したんや、あんさんに」
「……じんこー呼吸ってなんですか?」
「知らへんのかい!」

 倒れた青年は起き上がって説明する。

「人工呼吸ゆーんは口から息を吹き込む蘇生法や」
「あ、そうなんですか」

 驚きもせず言った聖璃架に青年は拍子抜けする。
 ……なんや、ぎょーさん驚くかと思ったのに。唇奪った責任取れーとか言われたらどないしよー思っとったけど心配して損したわ。ま、よかったっちゃーよかったんやけど。

 聖璃架は聖璃架で口から息を吹き込むってどういう事だろうとか考えていたりする。よく解っていないだけだ。

「な、俺ジムニィゆーんやけど、あんさんは?」
「聖璃架です」
「ふーん。見かけへん顔やけど、何しとったん?」
「帰るところだったんです」
「そーなん。なら送ってこか」

 とジムニィは立ち上がろうとする。

「え、いえ。自分の住む世界ですので」
「そやかて、この島からは出られへんやん」

 当然のようにジムニィに言われて、聖璃架は目が点になる。
 ――え? 出られないって?

「俺も出られるか思って何回も試したけど、無理でな。なんや石の力が働いて出られへんのや」 
「石?」
「ガイアの持つ竜の石や」
「それって、これですよね」

 言って聖璃架は胸の下に手をやるが、あれ? と思う。
 服に入れておいた筈の竜の石がなくて血相を変える。

「石がない!」
「なんやて? あんさん石持っとったん?」
「……どうしよう、なくしちゃった」

 またやってしまった。
 本当に自分は駄目な子だ。嫌になる。

「なんであんさんが石持っとるんや。ガイアに拒絶されへんかったか?」

 ジムニィが尋ねたが、聖璃架はショックの余り放心してしまっていた。



 森を聖璃架は這いながら竜の石を探す。
 額から冷や汗が流れて、手にも汗をかいているし気持ちは焦るばかり。
 ――早く、早く見つけなくちゃ。もし誰かに拾われてしまったらどうしよう――――

「なーホンマにこの辺なん?」

 同じく這いながら探すジムニィに問われたが、聖璃架は答えられない。
 そんな事は解らないからだ。小さな島とはいえ石はもっと小さいし探し出すのは至難のわざ。それに島にあるとも限らない。海ではもっと苛酷だ。

 抑々《そもそも》何故ジムニィが居るのか。石探しは一人でいいからと何度も断ったのに、「ええやん」とジムニィはしつこくついてきて、助けてくれて感謝はしているがはっきりいって迷惑だ。

「お〜っ♪ ナイスアングルっ」
「!」

 突然聞こえた声に驚いて二人は這ったまま振り返る。しゃがみ込んだローレルがにやにやと聖璃架の尻を見ていた。

「ヒッ」

 竦んで聖璃架が尻餅を付いて、ローレルは立ち上がる。

「ローレル!」

 表情を強張らせてジムニィも立ち上がった。

「……でさぁ、なーんで“変わり者ジム”が聖璃架ちゃんといるわけぇ?」

 軽蔑の眼差しを向けて言われたローレルの言葉に、ジムニィはかっとなる。

「その名で呼ぶなや!!」
「俺はよぉ前からオメェがデェッ嫌ぇなんだよッ! この島にオメェがいると思うだけでヘドが出るぜッ!」

 表情を歪めてローレルが立てた親指を下に向けると、ジムニィは口角を上げる。

「気ィ合うやん。俺も同意見やで。ほんなら今度こそ決着つけたろか」
「望むところだぜ。くたばれッ」

 睨み合って二人が身構える。

「よせローレル」

 さえぎる声が入って、現れたのはシーマだ。

「そんな奴は放っておけ」
「シーマ」
「私が用があるのはその小娘だ」

 どういう事だとジムニィは思う。何故シーマが聖璃架に。
 こいつら二人に目をつけられるなんて余程の事をしたのか。島に着いてからハーレー達とは別行動を取っている自分には解らない。
 聖璃架に目を向けると、座り込んだまま震えている。
 相当恐れているようだ。関係ないっちゃ関係ないが、このまま見過ごす訳にもいかないだろう。

「貴様も炎の使い手らしいな」
「……? それ俺に言っとるのか?」

 とジムニィがシーマに問う。

「貴様じゃない。貴様は消えろ」
「そーゆーわけにはいかへん。別にこの娘助ける義理もあらへんが関わってしもーた以上な」

 不快になってローレルはジムニィを睨む。

「テメェ、聖璃架ちゃんに惚れたんじゃねぇだろうな」
「そないんやない!」
「聖璃架ちゃんコイツだけはやめとけよ。性格悪ィし気持ち悪ィから」

 とローレルは聖璃架に言ったが、それが耳に入ってジムニィは腹が立つ。

「なんやと!? おんどれだけには言われとーない!」
「へっ! 女からビビって逃げたくせによぉ。なぁ童貞クン」

 ローレルに嘲笑あざわらわれて、ジムニィの額に青筋が浮く。

「オメェぜってぇこっちだろ」

 立てた片手を逆の頬に当てるローレルに、ジムニィの怒りは爆発した。

「おんどれ許さへ…」
「貴様ら失せろ」

 ドスの聞いた声で言ったが、二人のやり取りにうんざりしたシーマに遮られてジムニィは炎に包まれた。同じくローレルもだ。

 叫びながら火達磨状態で暴れる二人をよそに、シーマは涼しげな視線を聖璃架に向ける。

「私と手合わせ願いたい」
「て、手合わせ?」

 何それ。何を言い出すのだろうと聖璃架は動揺した。

「貴様も炎を使うのだろう」
「??」

 一体何の事? 益々《ますます》解らない。
 全く心当たりのない事を言われて、聖璃架はちんぷんかんぷんで。きっと何か勘違いしているのだ。

「あたしそんなんじゃありません」
「嘘をつくな。ローレルに火をつけたのだろう」
「――あ」

 ローレルにさらわれそうになった時の事を思い出した。
 そうかそれで。

「いつまで座っている。立て」

 シーマに言われて、聖璃架はゆっくり立ち上がる。

「さぁかかってこい。貴様の炎を見せてみろ」

 かかってこいと言われても。
 魔力が暴走したせいで確かに火をつけてしまったけれど、何故こうなるのか。
 それどころではない。一刻も早く竜の石を探したいのに。

「かかってこぬなら私からゆくぞ」

 シーマの広げた片手に小さな炎が見えたと思えば、大きくなって燃え盛った。
 躊躇ためらいもなく聖璃架に向けられたてのひらから放たれた炎は、真っ赤な大蛇のように蜷局とぐろを巻いて聖璃架に迫っていく。
 そう距離は離れていない。目前まで蛇炎が迫ろうとしていた時――聖璃架に背を向けて現れた者がいた。

「ハアアッ!!」

 蛇炎に刀を振るって、なんと気合いでかき消したのだ。裂かれた炎は粉々になって、赤色と熱を残して周囲に散った。

 煌々《きらきら》と光る火の粉が舞い散る中、聖璃架の目前に現れたのは――長身で、黒紅色の軍服姿で、赤墨色の髪の男――――

 この人は、あたしを助けてくれたの……?
 肩幅のある広い男の背中を見つめて、聖璃架は思った。

「――馬鹿な、気合いで私の炎を」
「娘相手にずいぶん派手な技使うじゃねェか。こんな所で火事にでもなったらどうするつもりだ」

 言って歳朗は刀を腰の鞘に収める。

「フッ、いらぬ心配だ。私の炎は標的しか燃やさぬ」
「そうかよ。俺は近江さんと違ってテメェらと馴れ合うつもりはねェ。その気になりゃいつでも刀を抜くぜ」
「面白い」

 再びシーマの片手に炎が燃え盛る。――熱と勢いは先程より激しく。聖璃架の時は多少手加減していた事を表している。

 刀を抜いて歳朗は身構えた。

「おまえは下がってろ」
「え、あ、はい」

 背を向けたまま歳朗に言われて、聖璃架は木陰に隠れた。

「今度は本気でゆくぞ。骨髄まで燃え尽きるがいい」 

 シーマから放たれた蛇炎が蜷局を巻いて、歳朗を飲み込むが如く頭上から迫る。刀を身構えたまま、それを睨みつける歳朗。

「ダメェェ――!!」

 木陰から聖璃架が飛び出した。両手を突き出して。――掌から津波が放たれる。

「――な!?」

 シーマが目を見開いた時にはもう遅く、炎諸共津波に押し流された。

「――……やるじゃねェか」

 歳朗の声に聖璃架ははっとする。無意識に取っていた行動だった。蛇炎が歳朗に迫っているのを見ていたら、じっとしてなどいられなくて。

 流されて幹に後頭部を打ち付けて留まったシーマは起き上がった。
 聖璃架の実力を見誤っていて、自分とした事が圧倒されてしまった。炎だけでなく水も使うとは。
 出直そうと思ってシーマは立ち去っていった。

 シーマが去ったのを確認して、歳朗は刀を鞘に収める。

「奴は大悪党団ヴァーミニオンの一人だ。おまえを狙ってくるとは、まだネイキッドのことを根に持ってるらしいな」

 歳朗に言われて聖璃架は思う。
 それもあった。きっとそっちの方が大きい。この島に居る限り、これからもずっと狙われる。早く竜の石を見つけなきゃ。

「とにかく一人でフラフラしねェことだ。家はあるのか?」
「あたし、魔界に帰るところだったんです」
「? まかい?」
「魔女や魔物の住む世界です」

 そうか魔女はこの世界に住んでいる訳じゃないのか。それもそうだな、と歳朗は思った。
 そしてある事に気づく。

「確かおまえ、探し物があったんじゃねェのか?」
「見つかったので」

 歳朗は煙草を咥えて火をつけると煙を吐く。

「そいつァよかったな」
「でもなくしちゃって……」
「はッ!?」

 と歳朗が呆気に取られた。

「見つけないと、魔界に帰れない……」

 泣きそうな表情で言う聖璃架に、歳朗は呆れてため息をつく。

「馬鹿かおまえはッ! せっかく見つけたのになくしてどうすんだよッ!」
「うっ、ごめんなさい」
「ったく……一体なんなんだ探し物は。この辺にあるのか?」
「……わかりません」
虱潰しらみつぶしに探すしかねェのか。で、探し物はなんだ」
「…………竜の石です」
「竜の石ッ!?」

 聖璃架の言葉に歳朗が目を見開いた。
 この島にあるめぼしい物といったらそれくらいだ。探し物だと来た聖璃架をまさかとは思っていたが、やはりそうだったのか。

「……おまえ、その石がどんな物か知ってて言ってるのか」
「はい。偉大な竜の力を秘めた石です」
「それを手に入れてどうする気だ。おまえもヴァーミニオンと同じ、世界征服とか企んでやがるのか。だとしたら俺はおまえを許すわけにはいかねェ」

 恐ろしい目つきで低い声で言われたが、聖璃架は弾かれたように顔を上げると意志の強い眼差しを歳朗に向ける。

「違います! あたしは…」

 言いかけた聖璃架から視線を外して歳朗は森に目をやると腰の刀に触れた。ちゃき、と鞘が鳴って次の瞬間には刀を鞘に収めていた。

 幹がずれて倒れた二本の木陰から見知らぬ二人の青年が現れた。一人は耳が隠れる長さの飴色あめいろの髪をした美形で、もう一人は涅色くりいろの短髪だった。

「さっきからいるのはわかってたぜ。ヴァーミニオンだな」
「元だ」

 と言う長髪の青年を歳朗は睨む。

「元だァ?」
「ああ、もう俺達は足を洗うことにしたんだ。現に奴らとはつるんでいない」

 確かに二人はバンダナは巻いていないが。

「そう言われて信用するとでも思ってるのか」

 睨んだまま歳朗が言った。

「ま、信じる信じないは自由さ。話を聞かせてもらったけど、そこのお嬢さんお困りのようだね」
「え?」

 と聖璃架が反応する。

「竜の石を探しているんだろ? 暇だし俺も手を貸すよ」
「僕も」
「ふざけるな。テメェら竜の石狙ってるんだろ」

 相変わらず睨みつけて言う歳朗。いや元からこういう目つきなのだが。

「足を洗ったんだ。石なんか興味ない。ただ困っているを見過ごしたくないだけさ」
「そんな、けっこうですから」
「いいからいいから。俺の名はレグナム」
「僕はプレオ」

 関わるつもりなんかないのに名乗られてしまって、聖璃架の表情は曇る。

「聖璃架です」
「…………」

 歳朗は名乗らない。
 元かなんだか知らないが、ヴァーミニオンに名乗る名などない。

「でも君みたいなお嬢さんが竜の石が欲しいなんて意外だな」
「……あたしが竜の石を手に入れたい理由は……」


 聖璃架は事の成り行きを話した。


「そうだったのか……君の気持ち、俺にもよくわかるよ。俺にも親友のプレオがいるからな」
「レグナム」

 顔を見合わせるレグナムとプレオ。

 仲の良さそうな二人を見て、聖璃架は早く竜の石を探し出して華蓮に見せてあげたい思いが強まった。何より、華蓮に会いたい気持ちが溢れて止まない。
 華蓮とこんなに長い時間会わないでいるのは初めてだ。一人になると、華蓮の事を考えてしまう。
 華蓮は魔女の中でもトップの優等生で忙しい身なのに、時間の許す限り一緒に過ごしてくれた。色々な話をして、自分の知らない事を沢山教えてもらった。
 何でも知っていて学のある華蓮は尊敬する人であり、自分の憧れで、自分も華蓮みたいになりたいといつも思っていた。
 ……華蓮ちゃん、元気にしてるかな。会いたいよ……

 華蓮を思っていると、歳朗の言葉が聖璃架を現実に引き戻した。

「どうでもいいが、早く石を探そうぜ。時間がもったいねェだろ」
「あ、はい」

 ――そうだ。華蓮ちゃんに会う為にも早く竜の石を見つけないと。
 聖璃架は気合いを入れる。

「テメェら、もし竜の石を見つけたらすぐ持ってこいよ。妙な真似したら容赦なく斬る」

 据えた目をして迫力のある声音で言う歳朗に、レグナムとプレオは背筋が凍りつく感覚を味わった。

「ああ、わかっている」
「すいません。よろしくお願いします」

 レグナムとプレオにお辞儀して、聖璃架は歳朗と歩き出した。

「……あいつ、おかしらより恐ろしいな」
「さすがは真誠軍の鬼の副官だね」

 と二人が呟いた。



【後編へ続く】


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