三日目◆対決
「おや」
「子守の兄さんじゃねェか」
椅子に縛り付けられて項垂れていたネイキッドは、聞こえた声に顔を上げた。
何故椅子に縛り付けられているかって? それは家に来るなり由子に捕まって無理矢理連れ出された挙句、椅子に縛り付けられてそのまま放置プレイだ。全く何なんだ、奴が何を考えているのか訳が解らない。
「アンタ達は」
軍服姿の三人だった。真誠軍の近江勇作、土浦歳朗、沖野総助だ。
正直余り会いたくない。自分はヴァーミニオンを抜けたとはいえ、こいつらにとって自分がヴァーミニオンであるには変わりない。いつ命を狙われても可笑しくはないのだ。
「ネイキッド君も由子に呼ばれたのかな?」
角刈りで強面だが、物腰は穏やかな勇作に問われてネイキッドは苦笑する。
「呼ばれたというか強制的に」
まあこの島で二年も過ごす内に世間話出来るくらいになってしまったのだが。
「こんな所に呼び出しやがって伊藤の奴、一体なんだってんだ」
「まあまあ土浦さん。どうせ暇なんでしょう?」
不愉快そうな歳朗に言うのは総助だ。
さら、とした胡桃色の髪で、にこにこと笑みを絶やさない爽やか美少年の彼は、無愛想な歳朗と違って抜群に人受けが良い。年少ながら真誠軍一の剣の使い手で、その笑みは戦闘になると冷えたものに変わる。それ故か腹では何を考えているか解らないと、一部の兵士からは恐れられている。
「暇じゃねェ。剣の鍛錬とかいろいろだな」
「そんなこと言って、この島に来てから怠けているのは誰ですか」
「んだと総助ッ」
額に青筋を浮かせて歳朗が睨んだが、総助は笑んだまま無視する。その態度が歳朗の怒りを更に煽る。
「二人とも喧嘩はよさぬか」
勇作が止めたが、さほど大した事でもない様子。どうやら二人はいつもこんな調子らしい。
歳朗は十も下の総助に悪態つかれては腹が立つ。まあ自分も総助くらいの頃はそんな時があったかもしれない。若気の至りだと思って仲良くしようと試みた事があったが、総助には益々《ますます》疎まれる始末。同年代の兵士とはうまくやっているようだし、勇作に対しては慕って懐いているのに何故自分だけ、何かしたのだろうかと思ったがもう考えない事にした。気にしていたら身が持たない。
「よう」
かけられた声に一同が振り向くとヴァーミニオンの三人が居た。
更に嫌な奴らに会ってしまって、縛り付けられたままネイキッドは冷や汗をかいて身を竦ませる。
自分はヴァーミニオンを抜けたつもりでいるが、ハーレー達は認めてくれない。だから避けているのだが、島に居る以上顔を合わせてしまう事もある。こいつらだけはガイアに近づかせたくない。勿論聖璃架にもだ。
「そなたらも由子に?」
「まあな。暇だったから来てやったぜ」
勇作に問われてハーレーが答えた。
真誠軍とヴァーミニオンは敵同士の筈だが、顔を合わせてもいがみ合う訳でもなく、本当に馴れ合ってしまっているようだ。
「揃ったようじゃな」
少し離れた舞台に偉そうに腕組みした由子が現れて、一同は振り向く。
「今からオノレらにゃァ審査員をやってもらうわい」
「審査員?」
「なんのだ」
「女のプライドをかけた一世一代の勝負じゃァッ!!」
「女のプライドをかけた勝負ゥ?」
目に炎を灯して勢い込む由子にネイキッド、ハーレー、ローレル、歳朗が顔を顰めた。
「女なんてどこにいるんだ?」
「俺には珍獣がいるようにしか見えねぇな」
「勝負ということは相手がいるんだろ?」
「そのとおーり」
答えて由子はステージ裏に目を向けて言う。
「出てくるんじゃ」
するとおどおどした様子で聖璃架が姿を見せて、男共は注目する。またもや男共の視線を集めてしまって、聖璃架はたじろぐ。
「ウチらが女のプライドをかけて勝負するわいッ!」
再び勢い込んで言った由子を無視して、ローレルは口笛を吹く。
「可愛いぞー! ねーちゃーん」
「応援するぜー」
と言うハーレーとローレルに由子は不機嫌になる。
「やかましわッ!!」
「勝負は三つ。料理、母性、もう一つは最後のお楽しみじゃ。オノレらはそれぞれの対決で優れていると思う方の札を挙げるんじゃ。合計の多かった方の勝ちとする」
由子がルールを説明した。男共はそれぞれ聖璃架、由子と書かれた札を手にしている。
「それじゃ始めるぞ。まずは料理対決からっ!」
舞台には二つの台所と食材が山盛りに置かれた台がある。
「この中から材料を自由に選んで料理を作るんじゃ。女たるもの料理ができて当たり前ッ!」
「あたし、お料理わりと得意なんですー」
笑顔で言う聖璃架にネイキッドは反応する。
そうなんだ。これは期待出来るかも、と楽しみになるネイキッド。
「フン、料理ならウチも得意中の得意じゃ。テーマは『彼氏をもてなすとっておきの料理』じゃッ!」
――彼氏をもてなす料理。
聖璃架はどんな料理を作るのだろうと、彼氏でもないのにネイキッドはどきどきする。
「あの……」
「なんじゃ」
「かれしってなんですか?」
間抜けな聖璃架の問いに一同はこけた。
「何ボケとんじゃワリャァーッ!!」
「えっ?」
“ぼける”の意味も解らなくて、聖璃架はきょとんとするしかなかった。
「それでは開始じゃっ!」
言うなり由子は物凄い速さで食材を選んで、包丁で切り始める。
結局“かれし”って何だろうとか思いながら、聖璃架はのんびり食材を選ぶ。
野菜を手に取って暫く選んでいたが、自分の知っている食材がないと解って台所に向き直ると両手を開く。
煙と共に謎の物体が幾つも現れた。
「何か出したぞ」
と男共が反応した。
謎の物体を聖璃架は包丁で切り始める。ぶちゅっと気味の悪い音がして毒々しい液体が溢れる。
時間が経過するにつれて、辺りには異臭が漂い始めた。それはとてもじゃないが鼻で呼吸するには耐え難い悪臭で、嘔吐を催しそうな程だ。
「うッ、クッセェ〜」
ぷ〜んと臭ってきた悪臭に鼻を押さえるローレル。
「なんだこの臭いは」
「あそこだけ空気が淀んでいないか」
とシーマが言うのは、聖璃架の周囲だけ空気が黒く淀んでいるのだ。
「聖璃架ちゃん何作ってんのよぉ〜」
鼻から手が離せないローレルが鼻声で言った。
聖璃架と由子の料理が完成して、男共の囲むテーブルには蓋の被せられた二つの料理がある。
「ではまずウチから」
と由子が蓋を外した。
由子の料理は食材の組み合わせが滅茶苦茶で、とても料理とはいえないが無理すれば食べられなくもなさそうな物だった。
「次はあたしですね」
続いて聖璃架も蓋を外した。途端に黒い臭気がもわ〜んと広がる。
「うッ」
皆、目を見開いて凍りついた。といっても本当に凍った訳ではない。見た物の余りの衝撃に硬直してしまったのだ。
聖璃架の料理は……どす黒くて何だか解らない。たまに泡が膨らんでは破裂する。
「……なんっだありゃ」
「俺、吐き気」
言ってローレルは顔を背けて嘔吐した。
「あれ?」
満足そうに微笑んでいた聖璃架が空気に気づいた。
「ダメですか? あたしこれ大っ好物なんですけど。今日は上手に作れたのに」
出来が良くて聖璃架は自信満々だった。
人間の料理が自分の口に合ったから、どうせなら自分の大好物の料理をと思って作ったのだが。この料理は魔女の間でも結構人気だけど、人間には魔女の料理は受け入れられないのだろうか。
「大好物って、これがかよ」
と歳朗は青ざめた顔で口元が引きつった。
「な、なかなか面白い料理ですな」
「そうですね」
フォローしたのは勇作と総助だが、顔はぴくぴくしている。
「それじゃ試食タイムじゃ」
由子が言ったが、しーんとして誰も動かない。
「ダーリンには特別サービスでウチが食べさせてあげるわい」
「うわッ!! やめれッ!!」
箸で料理を運ぶ由子を必死で避けるネイキッド。
「遠慮するなダーリィィーン」
「もがごご」
「哀れだな……」
由子に皿ごと料理を口に突っ込まれたネイキッドを、ヴァーミニオンの三人は哀れんだ。
「では判定は」
ネイキッド以外は由子の札を挙げる。
どちらかといったらの話だ。両方問題外に決まっている、と各々が思う。
「この勝負ウチの勝ちじゃな」
口角を上げた由子に言われて、悲しそうに俯く聖璃架をネイキッドは見ていた。
「お頭」
「あん?」
「ロープ、外してもらえませんか」
ハーレーがロープを外すと、ネイキッドは何をするかと思いきや聖璃架の料理を手にする。
「お、おいまさか」
嫌な予感がして一同は冷や汗をかいた。
皆の予感は的中して、ネイキッドは一気に料理を口に流し込む。一瞬動きが止まったが、ごっくんと飲み込んだ。
それを見て聖璃架以外は真っ青な顔で固まった。はっきりいってドン引きだ。
「おい……」
「おまえ死ぬぞ」
「……聖璃架さんがせっかく作ってくれた手料理を、残すわけにゃーいかねーよッ」
どんな料理だって聖璃架が作ったと思えば食べられるとネイキッドは思った。例え毒が入っていたとしたって、好きな女の手料理なら構わないとも。そう思える程自分はもう聖璃架に惚れ込んでいるのだ。
伏せていた顔を上げるとネイキッドは聖璃架の札を挙げて、思わず聖璃架は感激した。
「ネイクさんっ」
「……やるじゃねェか」
歳朗の言ったそれは感心から出たものではなくて、呆れから出ている言葉だった。
他の男が自分の札を挙げたとはいえ、本命のネイキッドが聖璃架の札を挙げて面白くない由子は不機嫌になって聖璃架を睨む。
「次の勝負じゃッ!」
「次は母性対決じゃ。女たる者いずれ子を産む。母性がないのは女として失格ッ!」
二つの檻の中でそれぞれ獰猛な熊と虎が暴れている。腹を空かせているのか、又は狭い檻の中で窮屈だからなのかは定かではないが、下手に近づいたならその鋭い爪と牙の餌食になるだろう。
「どちらかとより仲良うなった方の勝ちじゃ」
「…ヒヒッ…ヒッ…」
突然聞こえた不気味な笑い声。
男共が一斉に振り向くと、顔を伏せたネイキッドが痙攣しながら笑っていた。
「おいネイク。おめぇ……」
その尋常ではないネイキッドの様子に、冷や汗をかくハーレー。
「人間の色じゃなくなってんぞ」
ネイキッドの体は上半身から、徐々に褐色の肌が紫紺色に変色していっている。
「おいおいネイクちゃんどうしちまったんだぁ」
「さっき食べた料理のせいじゃないのか」
と言うのはローレルとシーマ。
「このままではいかん! 吐き出すのだネイキッド君!」
心配して近づいた勇作の腕をネイキッドは掴んで軽々と投げ飛ばす。
「近江さんッ!!」
叫んだ歳朗に聖璃架と由子が気づいた。すっかり紫紺色に変色してしまった愛するネイキッドの姿を見て由子は目を見開く。
「ダーリンッ!?」
「…ガ…ガガ……」
ネイキッドの目が紫色に光り出した。
「どうしたんじゃダーリンッ!」
血相を変えて由子がネイキッドに駆け寄った。
次にネイキッドの身に起こった事に一同は愕然とする。――鋭い牙と角、背中に蝙蝠のような翼が生えて、ばさぁと広げたのだ。
「ああッ」
ネイキッドを見て目を見開く聖璃架。
「どうしてもうたんじゃダーリンッ!!」
「ネイクさんが魔物化を!」
「なんだってッ!?」
聖璃架の言葉に一同が耳を疑った。
ネイキッドが魔物になんてと思ったが、紫紺色の肌に牙、角、翼を生やして、黒目ではなく目の全体を紫色に光らせたネイキッドは、もうどう見ても人間ではなかった。
発している奇声もネイキッド、いや人間とは思えず、怨霊の無念の叫びともいえるべき不気味で、聞いていると背筋を氷で撫でられたかのような嫌な怖気が走る。
「でもどうして魔物化なんて」
「貴様の料理のせいじゃないのか」
シーマに言われて聖璃架ははっとして振り向く。
「そうなんですか!?」
「こっちが聞いてんだよッ!!」
とローレルに言われてしまった。
ネイキッドが一際高い奇声を発して宙に浮き、大きく足を回して蹴散らした。皆吹き飛んで地面に転がる。
それを見て聖璃架は体が震えた。
……どうしよう、どうしよう。
自分の料理を食べたせいで、ネイキッドが魔物になってしまったなんて。
今度こそ最悪の事態だ。
やっぱり自分は人界に出るべきではなかった。結局竜の石は手に入れられなかったし、大人しく毛虫になっていればよかったのだ。
――ごめんね華蓮ちゃん。駄目な子で。こんなあたしの事庇ってくれたのに……
聖璃架の頬を涙が伝う。
……また泣いてる。本当に駄目だ、あたし…………
「こんクソガキが」
額に青筋を浮かせてハーレーが起き上がる。
「おとなしく寝んねしてろや!!」
殴りかかったハーレーの胸の中央を、ネイキッドは伸びた鋭利な爪で突き刺した。
「ぐッ……」
顔を顰めるハーレー。
かなり奥深くまで突き刺さった爪を、血が伝って垂れ落ちる。左胸でなかったのが幸いだった。心臓を突き刺されようものなら、命はなかっただろう。
鋭い牙を剥き出して、紫色に光る目で自分を凝視する変わり果てた部下の姿。
これでもハーレーはネイキッドを可愛がっていた。つい酒を飲み過ぎてしまう自分の体や、身の回りの事を一番気にかけてくれたのは他でもなくネイキッドだった。
ネイキッドがガイアと共に逃亡した時は、まさか文句も言わず自分についてきていたネイキッドが裏切るなど思いもしなくて夢中で追った。
ヴァーミニオンで一番若いネイキッドを、自分はいつの間にか息子のように思っていたのかもしれない。
ネイキッドに、こんな目に遭わされるとは思っていなかった。
そして、手を掛けなければならなくなろうとは――――
徐にハーレーは掌を開く。気が集中し始めた。
ハーレーの必殺技だ。気を一部に集中させて一気に放出させる。
「頭ッ! ネイク死にますよッ!」
ローレルの慌てる声が背後から聞こえる。
当然だ。そんな事は解っていてやっているのだ。
この気を放てば、ネイキッドは苦しまずに一瞬で死ねる。せめて楽に死なせてやるのが、頭としての最後の優しさだ。
――あばよ、ネイキッド。
ハーレーが気を放とうとした瞬間――
「ダーリィィ――ンッ!!」
この場では救世主? ともいえるのだろうか。ネイキッドの背後から由子が抱きしめた。
「ウチの溢れる愛でダーリンを元に戻してやるからのォォ」
腕に血管を浮かせて締め上げると、ごきばきと音が鳴ってネイキッドはふ、と意識を失った。同時に牙、角、翼が消える。魔物化したネイキッドも、流石に由子には敵わなかった。
「…………」
「大丈夫ですか頭」
胸元の傷を押さえるハーレーにシーマが言った。
「たいしたことねぇ、こんなのはよ。ただムカつくのは」
言ってハーレーが聖璃架に目を向ける。
「おう、ねーちゃん。俺の可愛い部下をやってくれんじゃねぇか」
初めて会った時と同じように、口の端を上げて歩み寄ってくるハーレーに聖璃架は竦む。
「ヤッちゃいますかぁ頭っ♪」
「可愛がってやるよ」
楽しそうににやにやと笑うローレルとハーレーに、恐怖で聖璃架は体が震えて後退するが、背中が何かにぶつかった。振り返るとシーマで、聖璃架は腰を抜かせて尻餅を付く。
「逃がさんぞ」
聖璃架は三人に囲まれてしまった。
確かにネイキッドが魔物になってしまったのは自分の料理のせいだ。なら、償うしかない……
今度こそ死の覚悟をして、聖璃架は目を閉じる。
竜の石を手に入れられなかったのだから、帰っても自分は毛虫になるだけ。それなら、ここで死んでも同じ事。
……でも、最後に華蓮ちゃんに会いたかった…………
「やめぬか!」
様子を見兼ねて勇作が止めに入った。
「そうだぜ。大の男三人で寄ってたかってみっともねェ」
「なんだとぉ!?」
言われてハーレーが歳朗を睨んだ。
「ネイキッド君がああなったのは娘さんのせいかもしれぬが、料理を食べたのはネイキッド君の意志であって娘さんが無理矢理食べさせたわけでは、つまり私が言いたいのは」
以下云々としゃべり続ける勇作に歳朗と総助は思う。あ、出たと。
近江勇作のバキューム攻撃。
それは勇作がくどくどと話す事で相手のやる気をなくさせる。やる気を吸い取る事からこの名がついた。立派な必殺技だと歳朗と総助は思っているが本人は思っていないし、そう呼ばれている事さえ知らない。
確かに効果は覿面で、三人は気が抜けた。
「ケッ、やってらんねぇ。帰っぞおめぇら」
「いいんすか頭」
「別に今日じゃなくてもいいだろ」
「そういうことっすか」
ローレルが理解して、ヴァーミニオンは立ち去った。
……よかった、助かったんだ。
ほっとして聖璃架は立ち上がって、勇作にお辞儀する。
「あの、助けてくれてありがとうございました」
お礼を言った聖璃架に勇作は微笑む。
「いやいや、礼には及びませんぞ。では我々も帰るとしよう」
「ウチはダーリンの介抱をするわい」
未だに気絶しているネイキッドを抱いた由子が言った。
「おお、そうだな。そうするがよい」
歳朗は聖璃架に目を向ける。相変わらずの目つきの悪さだが、聖璃架は不思議と今は怖くなかった。
「じゃあな。気をつけて帰るんだぜ」
「あ、はい」
「またね、聖璃架」
総助が言って、真誠軍の三人も立ち去った。
【三日目◆終】
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