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  †*聖璃架*† 作者:天使
十四日目◆深闇
 二度と聖璃架を一人にさせないと決めた。――いや、最初から一人になどさせたくなかった。
 手首を切る程の事があったのに、側にいてやれなかった自分が許せなくて腹立だしい。

 そこまで聖璃架を追い込んだのは余程の事だ。だが聖璃架は憶えていないという。自分が薬を取りに家を出てからの記憶がなくなっていたのだ。ショックで忘れてしまったとでもいうのだろうか。だが聖璃架が嘘をついているようには見えないし、疑いたくなどない。

 とにかくこれからは聖璃架から離れなければいい事だ。

 それはそうと、勇作が結婚祝いをしてくれるという事で呼ばれた。



 行くと豪勢な料理が用意されていた。
 流石さすが自分の事をよく理解してくれている。刺身と天麩羅、好物だ。おまけに焼酎も用意してくれるとは嬉しい限りだ。……赤飯は少し恥ずかしいが。

「新婚生活はどうだトシ」 
「順調だ」

 酌されながら勇作に問われた。まあ結婚祝いなのだから聞かれるだろうと覚悟はしていたが、次に勇作が発した言葉には動揺してしまった。

「そうか。それは早く二人の赤子を見てみたいものだな」

 豪快に笑いながら言われて思わず顔が赤くなった。

 聖璃架は解っていないのか、自分の前できょとんとしている。 

 しかもこういう話になると食い付いてくるのは――

「そっちの方どうなんです? 土浦さん。僕でよければ手解きしますよ」

 思った通り総助だ。

 歳朗の額に青筋が浮いて、またこいつはと思って体をわなわなと震わせる。

「なんのことだ」
「だからセ…」
「黙れ」

 総助の言葉を低い声でさえぎった。



 昼間からこんなに食べて飲んだのは花見以来か。――帰る頃には日が暮れていた。

 この前酒を飲まされたせいで聖璃架は酒嫌いになって、(というか聖璃架はどう見ても未成年)自分も程々にしようと思ったが、目出度めでたい席で勇作に勧められて飲んでしまった。酒には強いが調子に乗って久々に飲み過ぎて足元がふらつく。聖璃架に心配されてしまったが、家のドアを開けた瞬間――そんな酔いなど一気に醒めてしまった。

「遅かったじゃねぇかねーちゃん」

 にやりとハーレーが振り向いて、ヴァーミニオンの三人が酒を飲んでいた。酒瓶が転がって部屋の中は酒臭くて、かなり飲んだ自分でも吐き気がする。

「テメェら人んちで何してやがんだッ!」
「鬼の副官サマの奥サマを待ってたのよんっ♪」

 とローレルがウィンクして、ハーレーはゆっくり立ち上がる。

「おうてめぇら、俺を石にしてくれたんだって? しかも結婚したらしいじゃねぇか。てめぇ可愛いねーちゃん独り占めするつもりかよ。あー?」

 酒臭い息を吐いて歳朗に迫る。

「テメェらみてェな腐ったのがいるから、聖璃架を護らなきゃいけねェんだよ」

 それを聞いてローレルは笑い出す。

「ダッセェ騎士ナイト気取りだぜぇ」
「おう、ねーちゃん。この前の続きをしようや」

 言ってハーレーが聖璃架の肩を掴んで歳朗はかっとなる。

「聖璃架に触んじゃねェッ!!」

 手を振り払われてハーレーは歳朗を睨む。

「おめぇら、相手してやれ」
「はい、かしら

 歩み寄ってくるローレルとシーマに、歳朗は聖璃架を背後にかくまいながら後退する。

「一対二かよ。男じゃねェな」
「フッ、貴様ごとき私一人で充分だ」
「シーマ俺にも遊ばせろよっ♪」

 ローレルが旋風つむじかぜを放って、聖璃架と歳朗を外へ吹き飛ばした。
 飛ばされながらも歳朗は聖璃架を抱いて自分が下になって倒れる。

「油断するな。あの小娘は妙な術を使うからな」

 外へ出てシーマがローレルに言った。

「ああ、だがこの前な〜んもしてこなかったぜ」
「そこが妙なのだ。その気になれば使えるものを」

 ローレルとシーマを睨んで、歳朗はふところから拳銃を取り出す。今の自分の武器はこれしかない。

 奴らはこれからも聖璃架を狙って来るだろう。そんな事はとっくに解っていた。だから自分は聖璃架を護っていくと決めた。

 背後から自分の名を呼ぶ不安そうな聖璃架の声が聞こえる。
 ――大丈夫だ、おまえは必ず護ってやる。

 この二人はヴァーミニオンでも頭に付いているだけあって能力が高い。あの厄介な技を使われる前に決めなければ。
 だがやはり聖璃架をかばいながらでは戦いにくい。

「聖璃架、離れてろ」

 歳朗に言われて、聖璃架はうなずくと木陰に隠れる。

「やっぱ騎士だねぇお姫サマを安全な場所に隠すってか。だが俺らの目的は聖璃架ちゃんなんだよねぇー」

 言ってローレルは聖璃架に向かって走り出す。

「――させるかッ!」

 歳朗に拳銃で足を撃ち抜かれて、ローレルは転ぶ。

「ローレル!」
「あー? 何てこずってんだよおめぇら」
かしら! ローレルがやられました!」

 のそのそと家から出てきたハーレーは、倒れているローレルを一瞥いちべつして歳朗を睨む。

「俺の可愛い部下をやってくれんじゃねぇか」

 突き出したてのひらに気が集中しだして、歳朗ははっとする。
 奴の技が一番まずい。以前死を覚悟した程だ。広範囲を一瞬で吹き飛ばすその威力は半端ない。今まで奴によって壊滅された街を幾度も見てきた。

 技を使われるより先に奴を――
 歳朗がハーレーに銃口を向けて拳銃の引き金を引く。
 刹那――ハーレーは気を放って、歳朗が目を見開いた瞬間――爆発が起こった。

 目前が閃光のように真っ白になって視力を奪われて、聖璃架はまぶしくて目を閉じたが愛しい者の名前を叫ぼうとした。

「と…」

 だがそれは何者かによって遮られた。

 ――歳朗さぁぁぁん――……
 
 その叫びは声になる事はなく、悲しくも聖璃架は愛する者から引き離されていった。



 爆音を聞いて駆けつけた勇作、総助、由子が目にしたのは――軍服もぼろぼろになって血(まみ)れで倒れる歳朗だった。

「トシ!」
「かなり深手じゃのォ」

 と由子。

「聖璃架はどこだろう」

 総助が辺りを見渡したが、聖璃架の姿は見当たらなかった。

「家におれば気づくはず。しかし」
「ウチが行ってみるわい」
「ああ、頼んだぞ由子」



 聖璃架と歳朗の家へ向かった由子はドアを開け放つ。

「やーっと帰…ダアッ!!」

 振り向いたローレルが由子を見て目を見開いた。

かしらッ! 聖璃架ちゃんじゃなくてバケモンが来ちまいましたよッ!」
「……あー、ヤる気も起きねぇな」
「チェンジ、チェンジね」

 片手を上下に振ってローレルにしっしっとされて、由子は顔を伏せた。

「オンドリャァ……」

 ごごごごと地響きが起こった。



「お、どうだった由子」
「害虫がおったわい」
「一暴れしてきたみたいだね」

 戻ってきた由子の顔や所々血の付着した服を見て、爽やかな笑顔で総助が言った。



 日が落ちて冷えてきた。それは今の自分の心境を表しているようで。
 魔女でなくなってから暑さや寒さを感じるようになって、寒いのがどれだけ嫌なものかを知った。でも歳朗が抱きしめて温めてくれて、それで温もりというのも知って嬉しかった。

 歳朗はどうなったのか、無事なのか、ずっと気になっていてどうかそれだけでも知りたい。
 今すぐあの場所へ戻りたいけれど、魔女でなくなって暗闇に目が利かなくなってしまった。

 周囲は濃い青色が支配していて、森に目を向ければ真っ暗で何も見えない。これでは身動きが取れなくて迷うだけだ。

 ……淋しい、歳朗さんに逢いたい。寒い、歳朗さんの温もりが欲しい…………

「あんさん寒いならもっとこっちきーや」

 ぶる、と身震いした聖璃架にかかった声は、聖璃架の望む者じゃなくてジムニィだった。

 川のほとりで焚き火を起こして魚を焼いているのだが、聖璃架はジムニィから距離を置いていて、あの位置では暖は取れないだろう。実際ジムニィは火に当たる位置で体全体が赤く照らされているが、聖璃架は闇に隠れてしまっている。

「ここが川やっちゅーのもあるけど夜は冷えるさかい。火に当たらんと風邪ひいてまうで」

 ジムニィが言ったが、聖璃架は微動だにしなくてため息をつく。
 警戒されているのだろうか。一応自分は聖璃架を助けたつもりなのだが。

 ハーレーが気を放つ瞬間を目撃して、近くに聖璃架が居たのに気づいたら抱えて走っていた。巻き込まれたら無事ではいられなかっただろう。あの瞬間から逃げられるのは俊足を持つ自分くらいだ。
 助ける義理はないのだが、昨日シーマに置いてきてしまった聖璃架が気にはなっていて、引き返して様子を見に行くととんでもない事を始めたのに仰天した。最中にシーマが自分を見て薄く笑んだのにはもっと驚かされたが。覗いていた事にずっと気づいていたのだ。

 焚き火のぱちぱちと弾ける音が耳に心地良い。魚が焼けてきて香ばしい匂いがする。そろそろ良い頃だろう。

「セリカはん、魚が焼けたで。こっちきーや」

 だが聖璃架は応答しない。仕方ないので串を持って聖璃架に向かう。

「熱い内に食べや」
「…………」

 今日は勇作達にご馳走を振る舞われて沢山食べたので正直空腹ではないが、持ってこられてしまっては断るのは悪い。
 聖璃架が串を受け取るとジムニィはほっとした。

「早よ火の側に行き」
「……はい」

 ジムニィに言われて、聖璃架は焚き火の側に行く。炎がじんわりと冷えた体を温めていくのが解った。

 少し離れてジムニィは腰を下ろすと、自分の魚の串を取って食べる。
 聖璃架を見ると同じく魚を口にしていて嬉しくなった。何せこの島に来てから一人で行動しているジムニィは人と食事したのは初めてだった。

「うまいか?」
「はい」
「よかった」

 とジムニィは微笑んだ。



 いよいよ闇は濃くなって、辺りはふくろうの鳴く声が響く。

「セリカはん、俺火ィ見とるから休みや」
「いえ、起きてます」

 なんて言う聖璃架にジムニィは疑われてる? とショックを受ける。

「俺はなんもせーへんで!」
「…………」

 それも不安だけどそうではない。
 眠ってしまったら夜明けが解らない。夜が明けたらすぐにでも歳朗の元へ向かいたい。だから眠る訳にはいかないのだが、気持ちとは裏腹に焚き火の暖かさと、ぱちぱちと弾ける音が睡魔を誘って。

 木の枝を焚き火にくべながらふと聖璃架を見たジムニィは、足を抱えたまま聖璃架が眠っているのに気づく。あんな格好では寝ずらいだろう、横たえさせようと思って側に行って聖璃架に触れようとしたが手を止める。

「――っ」

 聖璃架の寝顔にときめいてしまった。

 波打つ金髪は赤い炎に照らされて不思議な艶を放って、伏せた睫毛は長くてカールしていて、よく見ると髪と同じ金色で艶がある。口元は抱えた膝で隠れて見えないが、無垢な寝顔はずっと見ていても平気なくらい可愛くて、自分をそそるには充分で見惚れてしまう。

 そういえば初めて会った時も聖璃架は気絶していたけど、あの時は助けるのに必死で意識していなかった。何故急にどきどきしているのか解らない。

 ――あ、いけない。寝ちゃった。
 つい眠ってしまった聖璃架は目を覚ますと、すぐ側で顔を覗き込むジムニィに竦んだ。ジムニィも驚いて離れる。

「な、何もしてへんで! 誤解せんといて! 寝るなら横んなって寝ーや」
「大丈夫です、起きてますから。ジムニィさんがお休みになってください」
「俺別に一日くらい寝ーへんでも平気やから。休みやって」
「お気になさらないでください」

 寝ようとしない聖璃架に諦めたようにジムニィは息を吐くと、躊躇ためらいがちに口を開く。

「……ほんなら俺の話聞いてくれるか?」
「なんですか?」
「ガイアのことなんやけど」
「はい」
「あの子は、実はこの島に誘拐されてきたんや」
「誘拐?」

 以前ネイキッドから聞いたけど、その事だろうかと聖璃架は思う。

「それに今記憶喪失で自分が何者か全く憶えてへんのや」
「ネイクさんから聞きました」
「ネイキッドから聞いたんか? 騙されたらあかん。奴の言うとることは嘘やで」
「えっ?」

 ――嘘?

「奴が竜の石狙うてガイアをさらった誘拐犯なんやから」

 ――ネイクさんが竜の石を? 誘拐犯? ちょっと待って。

「誘拐犯って言い方はないと思います。ネイクさんはガイアくんを助けるためにこの島に来たって」
「かー! せやからそれが嘘や。大層な嘘つきよってからに、そーやってセリカはん騙して、ガイアにもそー言うて兄貴の俺から遠ざけるんや」
「え、兄?」
「せや。俺はガイアの兄貴でガイア連れ戻しに来たんやけど、俺のこと憶えてへんから嫌がるんや」

 ――えっ、そうだったんだ。ジムニィさんがガイアくんの本当のお兄さんだったなんて。
 ジムニィの言葉に聖璃架は衝撃を受けた。

「セリカはん、ガイアと仲ええやろ。なんとかうまくガイア説得して連れてきてもらえへんやろか。ガイアのためなんや。まだ小さいのにいつまでもこないな島おったらあかんやろ。オトンもオカンも心配しとるし」
「……そうだったんですか……。わかりました、あたしでできるなら協力します」
「おーきにセリカはん」

 とジムニィが感激して言った。

 ネイキッドがガイアを誘拐したなんて、なんだか信じられないけれどガイアの事を考えたら今のままでいい筈がない。明日歳朗の安否を確認したらガイアを説得してみよう。

 夜明けが待ち遠しい聖璃架だが、まだまだ夜は長そうだ。



【十四日目◆終】


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