十一日目◆結愛
「聖璃架、食え。昨日何も食わなかっただろ」
卓袱台の前で正座したまま、全く食事に手を付けない聖璃架を見兼ねて歳朗が言った。
「欲しくないんです……」
掠れた声で言う聖璃架は涙が枯れるまで泣き腫らしたのだろう、赤い目で表情は虚ろだった。
「ウチの飯が食えないんかァッ!!?」
「由子やめぬか!」
目を血走らせて立ち上がった由子を勇作が止めた。
「少しは食わねェと」
「ごめんなさい」
言って聖璃架は立ち上がる。
「聖璃架ッ!」
家を飛び出した聖璃架を歳朗が追った。
裸足で聖璃架は森を走り抜く。着ている浴衣が走りずらくて裾をたくし上げながら。由子から貰って浴衣といっても、前を重ねて帯で結ぶ簡単な部屋着用だ。
硬い石を踏もうがつまずこうが、足が痛いのも顧みずに無我夢中で走った。
立ち止まったら動けなくなってしまいそうで。涙で前もよく見えなくて息が切れて苦しいが決して立ち止まらない。
「聖璃架待てッ」
背後から聞こえた声は歳朗と解った。でも足を止めるなんて無理。
来ないで。もう自分の事は放っておいて。
叫びたくても声が出せない。
足を怪我して早く走れる筈もなく、追いつかれた聖璃架は歳朗に腕を掴まれてしまった。
「離して!!」
せめて抵抗して手を振り払うが、歳朗は強引に聖璃架を捕まえる。
「離してよォ!!」
泣き叫ぶ聖璃架を見るのが辛くて、歳朗はいたたまれなくなる。
「聖璃架落ちつけ」
「もうやだ!! 何もかもやなの!!」
「自暴自棄になるなッ!」
言って歳朗は聖璃架を抱きしめた。
「俺が、俺が側にいる。これからはずっと、俺が側にいるから」
――だからもう泣くな。おまえの悲しみ全て俺が奪い去ってやりたい。
自分の胸で啜り泣く聖璃架は小柄で華奢で、これ以上力を込めると壊れてしまいそうだ。
あれからずっと泣き続けて一晩泣き明かして、そんな聖璃架を放っておけず見ていた。目を離したらどこか行ってしまいそうで怖かった。
こんな悲しい聖璃架は見たくない。涙など聖璃架には似合わない。これからは自分が側で聖璃架をずっと笑顔にさせていたい。――花のような笑顔に。
昨夜考えた。そうするには――
「……聖璃架、こんな時に言うのもなんだが……」
と歳朗が躊躇いがちに口を開いた。
「俺と……二人で暮らさねェか」
それを聞いて聖璃架は涙で濡れた顔を上げる。
「え?」
「夫婦になってほしい……」
真剣な眼差しで歳朗が口にした言葉は、プロポーズだった。
「めおと?」
「俺と結婚してくれ」
聖璃架は頭の中が真っ白だった。何も考えられなくて。
結婚の意味は解らないけど、解った事はある。歳朗に二人で暮らそうと言われて、嫌じゃなかったって事。
それだけ。
それだけでも、そう感じたのなら答えは――
「……駄目か?」
「いえ」
微笑んで聖璃架は答える。
「はい」
「そうか」
歳朗は指で聖璃架の涙を拭った。
「愛してる」
唇を重ねて聖璃架を抱きしめる。
嬉しかった。
だが嬉しい反面罪悪感を感じた。
……俺は最低だ。聖璃架がこんなに悲しんでいるのに、あの女がいなくなってよかったと思っている。それに聖璃架が魔女でなくなった事も。――おかげでこれからは、堂々と愛し合えるからだ。
「そうかそうか! それはめでたい!」
聖璃架と歳朗の婚約を聞いて、笑顔で祝福するのは勇作だ。
「トシは真誠軍の中でも硬派で通ってきた。色恋には無縁の男だと思っていたのだが安心した」
勇作に言われて、歳朗はばつの悪そうにする。
「チェー結局土浦さんに取られちゃいましたよ」
「言うな、総助」
「ウチも早く結婚したいのォ」
聖璃架と歳朗を羨んで由子がため息をついた。
「ネイキッド君がおるではないか」
「勿論そのつもりじゃ」
「由子さん、がんばってくださいね。応援してます」
「オンドレに言われんでも頑張っとるわいッ!!」
血走った目で言う由子に聖璃架は竦む。まだ慣れない。
「して、式は挙げるのか?」
――式、か。
考えていなかったが勇作に言われて、歳朗は挙げたくなった。
「この島では贅沢はできんが、二人が幸せなら質素でも良い式になるだろう。大事なのは二人の気持ちだ」
「でも聖璃架はウェディングドレスが似合いそうだから見てみたかったな」
と言う総助に歳朗は想像する。――純白のウェディングドレスに身を包んで、頬を珊瑚色に染める聖璃架を。
確かに似合う。悪くない。
「土浦さん、大丈夫ですか? 降ろしてくれても……」
――これで何度目だ。
足を怪我した聖璃架を歩かせる訳にもいかなくて抱えて歩いているが、一定の間隔で聞いてくる。
大丈夫だと笑って無理して歩こうとする聖璃架に、もっと俺を頼れと言ってやると迷惑かけたくないと言う。惚れた女に頼られて迷惑な事があるか。そんな奴がいたら出てこい。額に鉛を撃ち込んでやる。
俺も腕の傷がまだ塞がっちゃいねェが小柄で華奢な聖璃架だ、抱えてみりゃなんてこたァない。聖璃架が降ろしてと喚くもんだからつい怒鳴っちまったせいで聖璃架から笑顔が消えて、しまったと思ったが。
訪ねてきた聖璃架と歳朗を迎えたネイキッドは、二人が一緒に訪ねてきた事に驚くよりもすぐ聖璃架に違和感を感じた。
可愛さと愛らしさはそのままだし、聖璃架が浴衣姿のせいかとも思ったが、なんていうか雰囲気が自分に近くなった気がするというか。
そんな事を考えながらネイキッドは椅子に腰掛けた二人にお茶を出した。
「お姉さん昨日何してたのー? 遊びに行ってもいなかったし」
「ごめんね、いろいろあって」
事情を知らずふてくされるガイアに、聖璃架は頭を下げた。
「実は報告があってな。俺達、結婚することにした」
「結婚!?」
歳朗の言葉にガイアが目を丸くした。
「えー! 何それ急展開すぎるよ!」
自分は驚いたのに、無反応なネイキッドにガイアは目を向ける。
「お兄ちゃん驚かないね」
ガイアに言われてネイキッドは苦笑する。二人が一緒に訪ねてきた時点で、なんとなくそんな気がしていたのだ。
「……でも、華蓮さん許してくれたんすか?」
話題が華蓮になると二人は表情を曇らせて俯いてしまって、何も知らないネイキッドとガイアは疑問を持つ。
「どうしたの?」
「……華蓮ちゃんは……死にました……」
それを聞いてネイキッドは目を見開く。
「……死んだ?……何があったんすか」
「それ以上、聞かないでやってくれ」
泣き出した聖璃架を歳朗は抱きしめて言った。
島の春はとても美しいという。
辺り一帯に咲き誇る桜並木は、一目見たら暫く動けなくなる程見事なのだそう。
今は緑の並木道を歩きながら、その美しい景色を聖璃架にも見せてやりたかった。もう少し早く聖璃架が来ていればと悔やんだが、来年二人で絶対に見ようと歳朗は言った。
笑顔で答えた聖璃架に、歳朗はやっと笑顔を見せてくれたと微笑んだ。
聖璃架のぱっと咲く花の笑顔は桜よりも、どんな美しい花よりも勝ると歳朗は思った。その笑顔を見られれば、この世に花などなくていい。――おまえは俺だけの、たった一つの花だ。
歳朗の表情は目元が優しくて穏やかで、真誠軍では決して見せる事のない聖璃架だけが知るものだろう。
正直言うと花など興味はないのだが、以前聖璃架は喜んでいたし自分も見ればまあ綺麗だとは思う。それにどうしても来たい目的があった。
花畑に腰を据えて歳朗は器用な手つきで何かを作っていて、それがなんだか解らず聖璃架は尋ねたが「少し待っていろ」と言われてしまった。
暫くして満足そうに口角を上げて歳朗は立ち上がると聖璃架に手を差し出す。足を怪我していては一人で立つのも辛いだろう。
花畑を眺めながら心地良い風に身を委ねていた聖璃架は、歳朗の手を掴んで立ち上がる。
向き合うと歳朗は聖璃架の頭に出来た物をそっと乗せた。
それは花冠だ。白色と桃色の花を基調にして、差し色に赤色と青色の花も織り交ぜた花冠は、聖璃架の艶やかな金髪によく映える。
歳朗は目を奪われた。
太陽の光を一本一本にしたような黄金に輝く髪、白く透ける肌理細やかで滑らかな肌。頬がほんのり珊瑚色の愛らしい顔。――花畑の中に立つ聖璃架の姿は妖精だ。多分聖璃架を初めてこの場で目にしていたら、花の妖精と思ってしまうに違いない。
「土浦さん?」
と首を傾げる聖璃架も可愛くて、鼓動が高鳴った歳朗ははっとする。
「なんでもない」
言って歳朗は咳払いすると聖璃架を見つめる。
「二人だけで式を挙げようと思ってな」
「え」
解らなくてきょとんとする聖璃架。
「よく聞いてろよ」
「はい」
見上げる聖璃架の大きくて鮮やかな青玉の瞳が自分の姿を映す。
……俺の瞳にも、愛しいおまえが映っているだろう。
「俺、土浦歳朗は聖璃架を生涯の妻とし、幸せや喜びだけでなく、苦しみや悲しみも全て二人で分かち合い、永遠に愛することを誓います」
はっきりと、よく通る声が聖璃架に響いた。
「土浦さん」
胸が高鳴って聖璃架は鼓動を感じる。少し頬が熱くなる。
「……おまえも言え」
「あ、はい」
命令口調でも歳朗だと不快ではない。心地良くさえ感じてしまう。
「私、聖璃架は土浦歳朗を生涯の夫とし、幸せや喜びだけでなく、苦しみや悲しみも全て二人で分かち合い、永遠に愛することを誓います」
「……左手を出せ」
出した聖璃架の左手の薬指に、歳朗は何かを嵌める。それは白詰草の花で作った指輪。
「すまねェな、こんなのでよ。本物はここにはねェから」
“本物”の意味が解らなかったが、聖璃架は嬉しくて嬉しくて込み上げた涙が溢れた。
「馬鹿、泣くこたねェだろ。いつか本物贈ってやるから。いつになるかはわからねェけど、約束するからそれまでは我慢してくれ」
「土浦さん。そうじゃなくてあたし、嬉しくて」
涙を拭う聖璃架の手を取って、歳朗は指で涙を拭う。
「……馬鹿、わかってる。おまえがそういうことで泣く女じゃねェことくらい。でも本物は必ず贈る。な」
「はい」
歳朗は聖璃架に唇を重ねて抱きしめる。
そして聖璃架の耳元で囁いた言葉は――
『おまえを一生離さない』
優しい風が吹いて花の香りに包まれて、二人の胸には今この瞬間が刻まれた事だろう。
永遠に――……
真誠軍の家の縁側で寄り添って、聖璃架と歳朗は夜空を彩る銀河と満月を眺めた。
「いい月夜だ」
「そうですね。人界の月も綺麗です」
「? おまえの世界と違うのか?」
「はい。魔界の月は黒くてとても大きいんです」
「黒いのか? そりゃ見てみてェな」
「……思い出しちゃった。魔界でも、華蓮ちゃんと月を眺めて過ごしたことがありました。そうだ、歌ってもいいですか?」
「もちろんだ」
「じゃ、歌います」
聖璃架は目を閉じて歌い出す。
〜辛い時あなたが 側にいてくれた だから淋しくなんてなかった
何よりも元気になれた あなたが救ってくれた とても感謝しています
二人で月を眺め過ごした あの日とても楽しかった
あなたといるとすごく幸せ あたしの大切な人だから
こんなあたしの側にいつも いてくれてありがとう
いつまでも永遠にずっと 一緒にいたいよ
これからもずっと あたしの歌声が あなたに届きますようにと
だからあたしは 歌い続ける あなたのためにこの歌を〜
「いい歌だな。おまえの歌は聴いてると心が洗われる」
「ありがとうございます。歌ってると、華蓮ちゃんのピアノが聞こえてきます。この歌は華蓮ちゃんとのことを歌った歌なんですけど、なんか、今のあたし達にも当てはまる気がして……二人とも、あたしの大切な人だから」
言って聖璃架は歳朗を見る。歳朗も優しい眼差しで聖璃架に答える。
――聖璃架。二度とおまえに悲しい思いなどさせたりしない。涙なんて一滴も流させない。
ずっと俺の側で、笑っていてくれ――――
【十一日目◆終】
聖璃架と歳朗が結ばれて、読者様の事を考えましたらめでたくハッピーエンドで終わらせるのが良いと思いましたが、悩みに悩んだ結果続ける事に致しました。
まだ書き切れていないエピソードがございますし、中途半端で終わらせたくないのが理由です。
ですが、この先はドロドロの悲恋の傾向になります。序盤のコメディな雰囲気はどこへやら、て感じです。
なので苦手な方や不快に感じる方はお読みにならない事をお奨めします。お読みになって不快に感じられても一切苦情や中傷は受け付けられません。ご了承ください。
それでもお読みくださる方は、引き続きよろしくお願い致しますm(_ _)m
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