十日目◆前:危機
解っている。全部解っている。
いけない事をしたのは自分だって解っている。
こうなったのも、何もかも自分のせい。
嫌で嫌で、ずっと避けてきた。
でももうそんな事を言っていられない。そんな事を言っている場合じゃない。
もう逃げてなんかいられない。避けられないんだ。
これ以上、華蓮ちゃんを困らせたくない。華蓮ちゃんに嫌な思いをさせて嫌われたくない。華蓮ちゃんに見放されたら、あたしはどうなるの……?
そんなの嫌だ。華蓮ちゃんはたった一人の大切なあたしの友達だ。絶対に失いたくない。
こうなった原因は自分なんだから。
全部そう、何もかも解っている。
――……あたしが、恋をしてしまったから。
鼓動がどくんと高鳴って、箒がすぅと消えかける。
……もう、箒を維持する程の魔力も残ってない。
絶望感を感じながら、聖璃架は道に着地して歩き出した。
行き先は決めているつもりだ。そこしか、思いつかない。
「聖璃架じゃないか」
かかった声に聖璃架はびくんと竦んで振り向くと、総助だった。
「何、一人で散歩?」
笑顔で歩み寄ってくる総助に、聖璃架は恐怖で動悸がして額から冷や汗が流れてきた。
――嫌だ。この人とはもう会いたくない。見たくもない。
「少しは男に慣れた? 君、かわいいから放っとかれないだろ?」
「…………」
「この前のことは忘れてさ、僕ともう一度やり直そうよ」
「い、嫌です」
聖璃架に断られて、総助はため息をつく。
「固いこと言うなよ。お礼だって言ったくせにデートを中断された僕の身にもなってみろよな」
「…………」
「もう処女じゃないんだろ?」
総助の言葉に聖璃架はまたもぽかんとしてしまって。
「セックスしたんだろ」
「してません!」
「ふーん。じゃあ僕がいろいろ教えてあげるからさ」
総助に手を握られて聖璃架は竦むが振り払う。
「ごめんなさい!」
言って森へ走っていった聖璃架に、総助はつまらなそうにため息をつく。
「なんだよケチ」
家の前で聖璃架は唾を飲み込んで覚悟を決める。動悸はずっと治まらない。――でも。
迷ってなんかいられない。もう、後には引けないんだ。
ドアを開けたのはシーマで、聖璃架を見るなり不快げに眉を寄せる。
「なんの用だ」
きつい目で睨まれて、聖璃架は更に動悸が速くなった。
「おいシーマ誰が来たんだ?」
出てきたのはローレルで、聖璃架を見てすぐ顔をにやつかせる。
「聖璃架ちゃんじゃな〜い。どうしちゃったの? そっちから来てくれちゃうなんてさ。俺に会いたくなったわけ?」
「…………」
何も言えなくて、聖璃架は俯くしかなかった。
「ま、入れよ」
ローレルに促されて入った家は不快だった。
床には酒瓶が散乱して悪臭が立ち込めていて、思わず噎せそうになった。
「頭お客さんすよっ。カワイコちゃんっ♪」
「あ?」
昼間から酔っ払ったハーレーが振り向いて、聖璃架は恐怖で震え始める。
「よく来たじゃねぇか、歓迎するぜ」
酒瓶を手にハーレーが口の端を上げて言った。
「で、野郎の巣に来たからには聖璃架ちゃん覚悟できてんだろうな」
いやらしく笑うローレルに言われて、聖璃架は俯く。
解っている。勿論そのつもりで来たのだ。
聖璃架は手をぎゅっと握って口を開く。
「……あの……あたしと……交わってください」
聖璃架の口にした言葉に、三人は呆気に取られた。
「交わる?」
「それってつまりセックスだよな?」
言ってしまった……
本当に後には引けなくなって、聖璃架は顔を伏せた。
「なんだよ聖璃架ちゃ〜ん。溜まってたのかぁ? それならそうと早く言えよな」
「ヒッ」
聖璃架の尻を撫で回すローレルをハーレーは睨む。
「おらローレル! 先に手ェ出すんじゃねぇよぶっ飛ばすぞ」
「すッ、すいませぇん」
「まず酒だ。こっち来いやねーちゃん」
ハーレーに手招きされて、額から冷や汗が流れるのを感じながら聖璃架は歩み寄る。
怖くて足が震えるが、もう引き返せないのだから。
隣に腰掛けるとハーレーに肩を抱き寄せられて、むっとする酒の臭いが聖璃架の鼻を突いた。
気分が悪くなる。それはとっく。この家に入った時からだ。
「ほらねーちゃん飲めよ」
「な、なんですかそれ」
酒瓶を突き付けられたが、聖璃架は見た事がなくて解らなかった。
「酒だよ知らねぇのか? 飲みな、気持ちよくなれるぜぇ」
ハーレーに酒瓶を口に当てられて、されるがまま聖璃架は酒を飲む。その飲みっぷりに三人は目を見張って、ローレルは口笛を吹いた。
「やるねぇ、かなり強ぇ酒だぜそれ」
「どうだ、うめぇだろ」
ハーレーに言われたが、美味しいかどうかなんて聖璃架には解らなかった。
只急に視界が霞んで見えなくなって、頭が重くなりぼーっとしてきた。体もだるくなって力が抜けて。
「おっと」
わざとらしくハーレーに酒を掛けられた聖璃架は、頭を大きく回すと倒れてしまった。
「さすがに潰れちゃいましたね。そろそろ本番いきましょうよ頭っ♪」
「おう」
「次、俺でいいよな」
「好きにするがいい」
ローレルに問われてシーマが答えた。
聖璃架は目を開けたが半分しか開けられなくて、酒のせいなのか体はだるいまま力が入らなくて動かなかった。
霞んでぼんやりする視界の中、ハーレーに服の胸元を引き裂かれて恐怖で聖璃架は強く目を閉じる。
……怖くない、怖くない。
心で何度も繰り返したが、それでも恐怖は増すばかりで。
「おうおう、こんな酒零しちまってもったいねぇな」
言ってハーレーは聖璃架の白い乳房を舐め上げる。聖璃架は目を閉じたまま必死に耐えるだけ。
早く、お願いだから早く終わってほしい。
“交わる”がどれだけ時間のかかるものか解らないけれど、聖璃架はそう願うしかなかった。
舌と指で乳房を弄んで、ハーレーは何の反応も示さない聖璃架に不満になる。
「おいねーちゃん寝てんのか? 泣いて喘いでくんなきゃつまんねぇじゃねぇかよ。それとも、こっちの方が好きなのか?」
聖璃架の太ももを撫でて、ワンピースの裾に太い指を潜り込ませた時――家の壁に無数の切れ目が入って崩れ落ちた。
「!?」
何事かと三人が振り向く。
煙の向こうから現れたのは総助だ。
「テメェはッ! なんの真似だッ!?」
「だって、この中で聖璃架がおっさん達に犯されてると思うとなんか我慢できなくなっちゃってさ」
「……それは俺のことかぁ」
ハーレーが怒りの形相で睨んだが、総助は無視してため息をつく。
「僕を断ってこんなむさいおっさんだらけの所に乗り込むなんて、聖璃架の気が知れないよ」
「言ってくれんじゃねぇかガキィ!」
「――なんの騒ぎだッ」
その場へ歳朗と勇作が駆けつけてきた。
崩れた壁の向こうに立つのは総助。――その手には刀。
刀はあの時とは別の物だが、仮にも一度惚れた女を斬ってよく手にする気になると歳朗は思う。問うと「僕には剣しかありませんから。“情けは無用”の鬼の副官がそれでいいんですか」と逆に言われてしまった。返す言葉もない。自分は今までそうやって軍を動かしてきた。
総助の奥に目を向けると歳朗は驚愕した。――家の中で横たわる聖璃架の姿を発見して。
そしてぷつ、と切れた。聖璃架の胸が露になっているのを見てしまったからだ。頭に血が一気に逆流して烈火の如く噴き上げる。
「テメェェッ!!」
懐から拳銃を取り出して銃口を向けると、ハーレーは素早く聖璃架を抱き寄せて盾にする。
「土浦さん、聖璃架は自分からここへ乗り込んだんですよ」
総助に言われて歳朗は我に返る。
「――な…んだと?」
信じられない言葉を耳にして、歳朗は衝撃を隠せなかった。
――聖璃架から乗り込んだ? 嘘だろ。
何故だ。聖璃架がそんな馬鹿な真似をするなんて考えられない。訳が解らない。
「そうよ、ねーちゃんの方から俺らの所に抱いてくれって来たのよ。それでも文句あっか!?」
――本当なのか。聖璃架、おまえは何を考えている?
歳朗は聖璃架の思考が理解出来なかった。解ったのは、昨夜と同じ激痛を胸に感じた事だった。
「全くいいところ邪魔すんじゃねぇよ。ヘナっちまったじゃねぇか」
「年っすからね、頭」
「何か言ったかローレル」
指をぱきぱきと鳴らすハーレーにローレルは怯えた。
「聖璃架から乗り込みようがなんだろうが、このまま事が進むのを黙って見ていられないよ」
低い声で言って総助は冷えた表情で刀を身構える。
「やんのか!? おう、おめぇらやっちまいな!」
「はい、頭」
「一人で俺らを相手する気かぁ総助ちゃん」
と中指を立てるローレル。
「私も加勢しよう」
言って勇作が刀を引き抜く。
「俺も忘れてもらっちゃ困るぜ」
「なんでぇ、二対三かよ。ま、かまわねぇけど」
「おめぇら外でやれよ家が壊れんだろうが」
「もう壊れてます頭」
とシーマが冷静に言った。
「近江さん、総助。二人の相手を頼む」
「トシ、お前は?」
「――俺の相手は、奴だ」
勇作に問われて、歳朗が見据えたのは聖璃架を抱き寄せるハーレーだった。
【後編へ続く】
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