八日目◆後:発覚
人形達を原形を留めなくなるくらいぼっこぼこにしてやった。日頃のストレスも解消出来たしすっきりだ。本当は聖璃架を狙っている本人共にやらなければいけない事だが。
余り長居する訳にもいかないしそろそろ帰ろうと思ったが、聖璃架に夕食を食べていかないかと誘われた。
今まで沢山ご馳走になったからと思いがけない聖璃架の言葉に嬉しくなって、甘える事にした。
食事も想像した物が食べられるという事で、自分は好物のハンバーガーやラーメンを山盛り食べて、ガイアも大好物のプリン、ケーキを腹一杯平らげて満足だ。
窓のない部屋に居たせいで、外に出たらすっかり夜で驚いた。それ程聖璃架と過ごした時間は早く過ぎて、とても楽しかった。
「お邪魔しました。あとごちそーさまでした」
家の前でネイキッドは聖璃架にお辞儀した。
「お姉さん! すっごく楽しかったよっ」
本当に楽しかったのだろう、ガイアはそれくらいの満面な笑顔だった。
「また来てくださいね」
「うん! また遊びに来るね」
「それじゃ…」
言いかけてネイキッドは思い出す。――そういえばデート。聖璃架を誘うなら今がチャンス。
だが、とガイアに目を向ける。
今はガイアがいるし、出直すしかなさそうだ。
「バイバ〜イ。また明日ね〜」
手を振りながらネイキッドとガイアは帰っていった。
隣で眠る規則正しいガイアの寝息にネイキッドは起き上がる。
ガイアはすっかり夢の中だ。どんな夢を見ているのだろうか。
起こさないようにネイキッドは足音を立てず、静かにそっと家を出た。
木の枝に止まる鴉が走ってくるネイキッドを捕らえて、目を紫色に光らせる。
燭台の蝋燭の灯りで読書をする華蓮は、鴉の鳴き声に顔を上げて宙にぼんやりと映し出されたネイキッドを見た。
「あら、さっきの人間よ」
「ネイクさん」
と聖璃架が強調して言う。
「どうでもいいでしょう。それより何しに来たのかしら」
「確かこの辺だったよな……」
ネイキッドは呟いたものの自信がなかった。見えないのだから仕方がない。
着いたはいいが、どうやって聖璃架を呼び出したらいいのだろう。
考えた挙句解らない。
取り敢えず手を伸ばしてみると家の感触があった。
探りながら徐々にずれていくとドアノブを発見して、開けようと回した瞬間――見えないドアが開いて鈍い音がした。
「え?」
何かが当たった感触に出てきた聖璃架はドアの裏を見ると、ネイキッドが額をさすっていた。
「ネイクさんごめんなさいッ」
慌てて謝った聖璃架にネイキッドは振り向く。
「あっ、いやいーんす。よかった、逢えて」
と顔を赤らめた。
「あの聖璃架さんっ! 今から湖行きませんかっ」
「湖?」
「この前言った星が綺麗な湖です」
「あっ、言ってましたね行きたいですっ」
「じゃー行きましょうっ」
「でも、ガイアくんは?」
首を傾げて問う聖璃架の仕草がネイキッドは好きだ。見る度に可愛いと思ってしまう。
「もー寝てます。子供は寝る時間ですからね」
「そうなんですか。ちょっと待っててください、華蓮ちゃん呼んできます」
「え、待ってくださいっ」
家に入ろうとした聖璃架を引き止めてネイキッドは言う。
「あの、二人で行きませんか」
「えッ。二人で、ですか」
聖璃架の顔色が変わってしまって、ネイキッドはまだ良く思われていないのだと悟ったがめげない。
「できたら……ダメっすか」
「…………」
「やっぱ華蓮さんも一緒にっ」
俯いてしまった聖璃架にがーんと思った。
「わあすごい綺麗」
「人界にしては中々ね」
聖璃架と華蓮を唸らせる程の見事な光景だった。
空気の澄んでいる島は夜になれば星がよく見える。雲一つない夜空は満天の星が煌めく銀河が彩りそれだけでも見事だが、その星空を湖の水面が映して視界全体が華やかに輝いて。少し先にある滝には月が映って、青白く流れる様は絹のように美しい。
「今日も一段と綺麗だぜ。お二人がいるからっすね」
とネイキッドが笑顔で言った。華蓮は居るが、聖璃架とこの湖を眺められて凄く嬉しかった。
「貴方、お話がありますの。来てくださる」
「えッ」
突拍子もなく華蓮に言われて、ネイキッドは動揺した。
湖に見入っている聖璃架をよそに華蓮は歩き出して、動揺したままネイキッドも続く。
話って何だろう。聖璃架に近づくなとか言われるのだろうか。絶対そうだろう。
嫌だとネイキッドは考えていると、聖璃架と距離を大分開けた所で華蓮は足を止めて振り返る。といっても聖璃架からは見える距離だ。
「貴方にお願いがございますの」
「え、お願い?」
「聖璃架を、抱いてほしいの」
「――だッ」
華蓮の口から出た言葉にネイキッドは仰天した。
一瞬頭が真っ白になって。
聞き間違いだろうか、抱いてほしいと聞こえたが。でも華蓮の声は静かだがよく響いて耳に届く。決して聞き間違いではないと思う。
……抱くって。そ、それってつまり――そういう事だよな。
「貴方の考えている通りの意味よ」
と華蓮が静かに真っ赤な顔のネイキッドに言った。
「聖璃架は人間を恐れている故まだ交わった事がないの」
――それって、処女?
思わず興奮してしまったネイキッドの鼻の穴が広がった。
「このままでは永久に一人前の魔女になれないわ。私は一刻も早く一人前になってほしいのよ。幸い聖璃架は貴方には慣れているようだし」
それを聞いてネイキッドは意外そうな表情をする。
「えっ、そーすか?」
自身はそんな風に感じない。
「お願い出来るわね」
「……オレに抱かれれば、聖璃架さんは一人前になれるんすか?」
「それだけではないけど、必要不可欠よ」
「そ、そーすか」
「まずは聖璃架の恐怖心を取り除く事から始めて。決して焦らないで」
「わかりました」
とネイキッドは頷いた。
なんだか凄い事をお願いされてしまった。まさか華蓮が自分にそんな事を頼んでこようとは考えもしなくて。絶対逆だと思っていたのに。まあ願ったり叶ったりだから自分としては有難いのだが。
「いたーっ」
聖璃架の声が聞こえて、二人は振り向く。
ここまで走ってきたのだろう、聖璃架は息を切らして。
「もう急にいなくなるからビックリしちゃった。何してるの?」
「この辺りの植物の事を聞いていたのよ」
「ふーん」
「頼んだわよ」
ネイキッドを横切りながら華蓮は静かに言って振り向く。
「それでは私はお先に失礼するわ」
なんて言う華蓮に聖璃架は慌てる。
「えッ!? 帰っちゃうの!? じゃああたしも帰る」
「聖璃架、貴方まで帰ってしまっては失礼でしょう。折角お誘い頂いたのだからもう少しお付き合いなさい」
……それって、ネイクさんと二人きりになれという事……?
何故華蓮がそんな事を言い出すのかと、聖璃架は不安になった。
ネイキッドはネイキッドでこの展開に感激する。
誤解していたが華蓮は良い人だ、とじーんとした。
「聖璃架をお願いしますね」
華蓮に言われてネイキッドは姿勢を正して声を張る。
「はい任せてくださいっ」
箒で華蓮は夜空へ消えていって、聖璃架とネイキッドは二人きりになってしまった。
華蓮が居なくなった途端動悸がして、聖璃架は恐怖を感じ始める。
歳朗となら二人きりでも平気なのに、やっぱりネイキッドだとそうではなくて。
しかも今は夜。この前の総助との事が甦ってきて体が震える。
――嫌だ。耐えられない。
「やっぱりあたしも帰ります」
「聖璃架さん。そんなことしたら華蓮さんに怒られますよ」
それを聞いて聖璃架ははっとなる。――華蓮に怒られるのも嫌だ。
暫く沈黙が続いた。
全く動かず俯く聖璃架を見て、やはり自分と二人きりだと怖いのだとネイキッドは思う。だが森で歳朗と二人でいるのを見かけた時はそんな様子ではなかった。
よくない方に考えてしまって、ネイキッドは首を振る。
まだ解らない。まずは恐怖心を取り除こう。
「あの、聖璃架さんて趣味とかってあります?」
「……趣味、ですか?」
ネイキッドに問われて聖璃架は顔を上げる。
「はい。何するのが好きですか?」
「あたし、歌うのが好きなんですー」
笑顔で答えた聖璃架にネイキッドは嬉しくなる。聖璃架の笑顔は可愛くて、愛らしい花のようだ。
「えっ、そーなんすか」
「華蓮ちゃんのピアノでよく歌うんですよ」
「へーっ! それは聖璃架さんの歌、聞いてみたいなぁっ!」
きっと天使のような歌声なのだろうなとネイキッドは思う。聖璃架は魔女だけど。
「そうですか?」
「ぜひ聞かせてくださいよっ」
「いいですよ」
聖璃架の笑顔が余りにも眩しくて、ネイキッドは鼓動が高鳴った。それは煌めく湖のせいかとも思ったが、そうではない事はすぐ解った。
本当に可愛くて、今すぐ駆け寄って抱きしめてしまいたい。
だがそんな事をしてしまったら聖璃架の恐怖心を取り除くどころか、益々《ますます》怖がられて嫌われて、避けられる事この上なしだ。二度と二人きりになどなれないだろう。折角二人きりでも笑顔を見せてくれる程になったのだから、この笑顔を護りたい。
心地良い夜風が湖の水面を優しく撫でて煌々と輝かせる。水面に映る二人の影が揺れて。
……いい雰囲気だ。やっぱここを選んで正解だった。今度こそ聖璃架さんに、オレの気持ちを。
「聖璃架さん」
「はい」
「好きです、オレとつきあってくださいっ!」
ついにネイキッドは想いを告げた。だが聖璃架の返事は――
「どこへですか?」
「いや、そーじゃなくて……」
気が抜けてしまったが、取り直して口を開く。
「オレの、恋人になってくれませんか」
「こいびと?」
「オレだけの…ものになってほしーんです……」
「えっ?」
ネイキッドのもの? それってどういう事だろう。
聖璃架はよく解らなかった。
「……ダメっすか」
「…………」
「オレ、聖璃架さんのこと護りたいんです」
「え」
「オレのせいで聖璃架さんが危険な目にさらされてるなんて、オレ……」
そんなの耐えられない。ガイアだけでなく、聖璃架まで危険な目に遭っているなんて。しかも自分のせいなのだ。
「あたしなら大丈夫です」
「大丈夫じゃないすよッ! アイツら、とんでもなくえげつねー奴らなんすよ。捕まったら何されるか。あー考えただけで恐ろしいッ!」
と身震いするネイキッド。
「でもこれからはオレが絶対護りますからっ。だからオレの側にいてください」
「心配してくれてありがとうございます。そのお気持ちだけで充分です」
「――…………」
そうか。それが聖璃架の答えなんだ。
……オレでは、駄目なんだ。
ネイキッドは悲しそうに俯いた。
「……そんなに、オレが嫌すか」
「えっ?」
「そこまでオレのこと嫌いなら、しょーがないすね」
「そんな嫌いなんかじゃっ」
「でも……他に誰かいる時は感じねーけど、二人きりになると避けてるよーな態度になるというか」
「ごめんなさい、お気を悪くしましたか」
聖璃架が俯いてしまって、そんなつもりではないネイキッドは慌てる。
「違うんですッ! ただ、なんでかなって」
「それは……」
と言葉を濁す聖璃架。
「ハッキリ言ってください」
「……言えません」
「聖璃架さん……。ハッキリしない奴は嫌いって言ったの聖璃架さんじゃないすか」
「あ……」
「ズルイすよ、そんなの」
「ごめんなさい」
「でも、オレのこと嫌いじゃないってんならオレ、諦めませんから」
「えっ」
「聖璃架さんに好きになってもらえるようがんばりますっ!」
――そうだ諦めない。これくらいで諦めてたまるか。
「そろそろ、帰りますか。送っていきますよ」
「いえ、大丈夫です」
「そーすか……」
箒を出して聖璃架は跨ってネイキッドに向く。
「それじゃ」
「あの……最後に一つだけ聞いていーすか」
「なんですか?」
「まさかとは思いますが、聖璃架さんは……土浦のことが好きなんすか」
「えっ」
ネイキッドの言葉に動揺して、聖璃架の箒が消える。
「…………」
「答えてください」
「……はい、好きです」
迷いのない聖璃架の答えは、ネイキッドの心を痛めた。
聖璃架を諦めないと決めたばかりなのに、もう気持ちが萎えそうになった。
「そ…すか……」
「今日、手を繋いだら怖くないのに胸がドキドキしました。こんなこと初めてで……」
――手を繋いだ?
更に衝撃を受けて、ネイキッドの心は傷だらけになった。
「へー……じゃ、初恋っすね」
言いながら刃物で刺されたように心がずきずきと痛んで、涙が込み上げそうだ。
「はつこい?」
と聖璃架が首を傾げて、こんなに傷ついても聖璃架を可愛いと思ってしまう自分がいて、それでこんな言葉を言わないといけないなんて。
「初めての恋ってことすよ」
「――恋ッ!?」
愕然として聖璃架が座り込んでネイキッドは驚く。
「聖璃架さんッ!? どーしたんすかッ!?」
――恋……? 嘘……あたし人間に恋しちゃったの!?
信じられなくて、戸惑って体が震えた。
……でも、そうなんだ。手を繋いで怖くないのにドキドキしたというのは、恋をしたという事――
どうしよう、どうしよう――――
「聖璃架さんッ!?」
狼狽えてかけるネイキッドの声は、震える聖璃架の耳には届く事なく、虚しく闇に溶けていった。
「お帰りなさい、聖璃架」
「た、ただいま」
視線を落として小さな声で聖璃架は言った。華蓮を見られなくて。見る事なんて出来なかった。
人間に恋をしてしまったなんて知られたら――そんな事を華蓮に知られてしまったらどうしようと、そればかりが頭をぐるぐると回る。
「聖璃架!」
突然華蓮の声音が変わって聖璃架は竦んだ。
「ど、どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ! 貴方一体何があったの!?」
華蓮は滅多にこんな口調にならない。至って冷静な華蓮がこんな口調になるのは余程の事で、聖璃架は不安になる。
「えッ?」
「体から、魔力が抜けていっているわよ!」
聖璃架の体から黒いオーラが抜けていくのが華蓮には見えるのだ。
それを聞いて聖璃架は驚愕した。
「……貴方、まさか……人間に恋したのではないでしょうね」
すぐに悟られてしまって、聖璃架はどくんと鼓動が高鳴る。
「そうなの!? 何馬鹿な事をしているの! 掟を忘れたの!? 魔女が恋する事は禁じられているのよ!」
……そんな事は解ってる。
「私達魔女にそんな感情は必要ないの。今すぐ捨ててしまいなさい! そうしないと貴方は……事の重大さを解っているの!?」
「う、うん。わかってる……」
「貴方って子は……これ以上私を失望させないでちょうだい」
「うん……ごめんなさい……」
……華蓮ちゃん。本当に、駄目な子でごめんね……
「何か、他にもっと夢中になれる事を見つけるといいわ。聖璃架、貴方歌が上手じゃない」
「うん、あたしも華蓮ちゃんのピアノで歌いたい」
「いい?」
「うん」
聖璃架が頷いて、華蓮は静かにピアノを弾き始める。
目を閉じて聖璃架は歌い出した。
聖璃架の美しい歌声は華蓮の奏でる旋律に乗って、真っ暗な部屋に響いてやがて消えていく――――
【八日目◆終】
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