七日目◆後:友情
総助の目に見えぬ突き――それを歳朗はかわしながら移動する。
滅多突きは総助の得意技だ。今までどれだけの数がこの突きの餌食になった事か。食らったら一溜まりもない。こんな速い突きを出せるのは総助くらいだろう。息も乱さず突いてくる様は流石だ。
――くそ、避けるのに手一杯で反撃が出来やしねェ。鍛錬を怠けていたツケが回ったか。
必死で歳朗はかわし続けるが、総助はまだ突きを止めない。自分より体が小さい割に総助は体力がある。
このままでは自分が先に体力が尽きてしまいそうだ。
やばいと思った矢先――突然体が動かなくなった。
上から圧が掛かって押さえ付けられるような、全身の痺れる感覚に見舞われた。
――何だこれは。
このままでは総助の突きにやられると思ったが、総助も突きの構えで止まっている。というより同じように痺れているようだ。
――どうなってるんだ。何だ一体。
痺れはどんどん強まっていく。まるで何かが近づいてくるような。
「お前が、聖璃架を傷つけたのね」
その声は静かに、冷たく響いた。
気づいたら総助の横に居た。気配もなく、瞬きの瞬間現れたように。
思わず心臓が跳ねた。只者でない事は瞬時に察知出来た。
その女は長い銀髪をうねらせて、冷酷な紫色に光る目で総助を凝視している。体から発するのは不気味な黒いオーラ。総助からは女の姿が見えず、只ならぬ者の気配だけを感じているだろう。
このままでは総助が。
制止の声を上げるにも口が動かず声が出ない。体の痺れは痛いくらいに増していて。
どうすれば、と思ってはっとする。
――俺は総助を斬るつもりでいた筈だ。
だが今は違う。突然現れた得体の知れない女に手を掛けられる様なんて見たくもない。
見開いた華蓮の瞳がかっと発光して、歳朗と総助は吹き飛んだ。倒れて尚も圧は掛かって。
黒いオーラを発しながら、華蓮は総助に歩み寄る。
「人間の分際でよくも聖璃架を。許さないわ」
静かに、だが怒りを秘めた声音で言うと瞳が発光した。
一気に圧が強まって、地面に亀裂を入れながら歳朗と総助の体が沈んだ。途轍もない力が頭から爪先まで、満遍なく押し潰してくる。
息が吸えず呼吸が出来ない。瞬きさえも出来ない。内臓が飛び出そうな程苦しいが、声も出ない。
……畜生。どうにも、ならねェのか。
抵抗出来ない自分が歳朗は不甲斐なくて。総助は憎たらしいが、今は助けたい。腹の底から――――
「お前達なんて千切れて死ぬがいいわ」
華蓮の周囲にあらゆる刃物が出現した。
「死になさい」
冷酷な声と共に刃物が振り下ろされようとした時――
「華蓮ちゃん!」
呼ばれて華蓮の瞳の光が消えた。
振り向くと腹の傷を押さえた聖璃架が、辛そうによろけながら歩いてくる。その後を聖璃架を心配しながら勇作も。
「聖璃架」
周囲の刃物とオーラが消えて、華蓮は聖璃架に駆け寄る。
――体が、軽くなった。
歳朗と総助に掛かっていた圧が治まった。
今にも倒れてしまいそうな聖璃架を華蓮は支える。
「聖璃架、大丈夫?」
「華蓮ちゃん。ダメだよ、こんなことしちゃ」
それを聞いて聖璃架を心配していた華蓮の表情は冷たくなる。
「何を言っているの聖璃架。貴方を傷つけた人間でしょう」
「でも……」
はっとして聖璃架は目を見開く。
華蓮の背後から刀を手にした歳朗と総助が斬りかかろうと迫っていた。
咄嗟に体当たりして、聖璃架は華蓮を突き放す。
歳朗が目を見開いた時には既に遅く――聖璃架は二人の刀に裂かれた。
飛散する黒い血飛沫。真っ黒な冷たい返り血を歳朗と総助は顔に浴びて、鼻を突いたのは――昨日総助から感じたのと同じ濃い血の匂いだった。
ぼたぼたと夥しい量の血を地面に落としながら、聖璃架はうつ伏せに倒れ込む。
斬りつけた体勢のまま歳朗が見つめるのは、刃を伝って垂れ落ちる粘りけのある黒い血。その下には地面に染みを広げていく聖璃架の姿。
……嘘だと言ってくれ。
目前で起きた悲劇を受け止めたくなくて、歳朗は心の中で何度も繰り返した。
聖璃架はぴくりとも動かなくて。
震える歳朗の手から力なく離された刀が、乾いた音を立てて地面に落ちた。
……俺は……聖璃架を…………
顔に浴びた冷たい血が自分を責める。聖璃架の血の匂いが鼻を突く。拭うと掌のねっとりした黒い血を見て、狂いそうになった。
全身の震えが止まらなくて、心臓が締め付けられたかのように苦しくて呼吸がうまく出来ない。
聖璃架を見つめる華蓮の体から再び黒いオーラが発して、歳朗と総助、勇作までも吹き飛ばした。
華蓮の紫水晶の瞳がかっと発光すると、宙に幾本もの鋭い槍が出現して三人に降り注ぐ。
「ダメェ!!」
聖璃架が叫ぶと槍は弾かれて周囲に散って、華蓮が振り向いた。
「聖璃架、貴方」
「……ダメ、華蓮ちゃん……お願いだから……」
掠れた声で聖璃架に言われて、華蓮のオーラが消えた。
……聖璃架、貴方はどこまで優しいの。
聖璃架の体が浮いて仰向けになる。斜めにXに裂かれたばかりの傷と、腹の傷が痛々しい。
華蓮が手を翳すと聖璃架の傷と服が塞がった。
「聖璃架、もう痛くないでしょう?」
華蓮に言われて聖璃架は目を開ける。
「うん、ありがとう華蓮ちゃん」
お礼を言って聖璃架は地面に立った。
「さぁ聖璃架、行きましょう」
華蓮は箒を出すと、横向きに腰を据えて宙へ浮く。
「あ」
小さく言って聖璃架は振り向いた。
前に向き直って箒を出すと、華蓮と共に飛び去っていった。
歳朗は今まで聖璃架の姿があった所を見つめていた。
飛び立つ前、一度自分を見た気がした。その目は、何かを言いたそうだった。
自分の気のせいじゃなければ…………
「竜の石をなくしてしまったのね」
と言う華蓮の前で、聖璃架は申し訳なさそうに俯く。
「早く探しましょう」
「うん」
聖璃架が頷くと、華蓮の体から黒いオーラが発して紫水晶の瞳が妖しく光る。
猿、鹿、狼――島全ての動物が黒いオーラに包まれて目が紫色に光る。それは海の生物も同じだった。
やがて海亀が浜辺に上がってきて、口から落とした物は竜の石だった。そこへ鴉が羽ばたく。
羽ばたいてきた鴉に華蓮は腕を伸ばす。鴉は華蓮の腕に止まって、もう片方の掌に咥えていた竜の石を落とした。
「竜の石」
聖璃架の表情が明るくなって、華蓮は竜の石を見つめる。
「これがそうなのね。凄い力だわ」
「見つかってよかった。ありがとう華蓮ちゃん」
「ええ。それでは魔界へ帰りましょう」
「でも、この島からは出られないんだって」
「確かに来た時に力が張られていたわ。この私なら解く事くらい容易くてよ」
「…………」
黙ってしまった聖璃架に、華蓮は疑問を持つ。
「聖璃架?」
「華蓮ちゃん……あたし帰りたくないって言ったら怒るかな」
「なんですって?」
「あたしね、一人前の魔女として認めてもらいたいから竜の石を探したわけじゃない。華蓮ちゃんがこんなあたしのことかばってくれたから、それが嬉しくて華蓮ちゃんの気持ちに応えようと思ったの」
「聖璃架」
「でも華蓮ちゃんは来てくれた。今あたしの側にいる。だったら、魔界に帰る理由なんかないもん。華蓮ちゃんと一緒にいられれば、あたしいいの」
それを聞いて、華蓮は穏やかに微笑む。
「……そうね、私も同じ気持ちよ。貴方といられれば、それでいいわ」
「華蓮ちゃんっ」
嬉しくなって聖璃架は華蓮に抱き付いた。
自分より背が高くて、すらりとした華蓮に抱きしめられると心が落ち着く。
挫けそうになる度にこうして抱きしめてもらったっけ。本当に華蓮は優しくて、自分の為にここまで来てくれて、何故自分にそこまでと思わずにはいられない。自分も華蓮の為に出来るだけの事をしよう。華蓮はたった一人の大切な友達だ。これからもずっとずっと、一緒にいたい。
華蓮の手の中で竜の石は輝く。
こうなる事を解っていたかのように――……
聖璃架は竜の石を返したいのと、華蓮をネイキッドとガイアに紹介したくて家に連れてきた。
人間に紹介したいなんて言い出した聖璃架に華蓮は驚いたのだろう、聖璃架は「随分人間に慣れたのね」と言われてしまった。
「お姉さん今まで何してたのー?」
開口一番でガイアに言われて、聖璃架は心配かけてしまったと申し訳なくなる。
「ごめんねガイアくん」
ネイキッドは聖璃架の手にある竜の石を見て口を開く。
「竜の石、見つかったんすか」
「あ、はい。返しにきました」
聖璃架の言葉にネイキッドはぽかんとする。
「もう必要なくなったので」
呼応するかのように竜の石が浮いて、ガイアの体へ消えた。
「どーいうことっすか」
ネイキッドに問われて、聖璃架は微笑む。
「紹介したい人がいます」
姿を見せた華蓮にネイキッドとガイアは口が開いてしまった。その余りの美貌に魅了されて。
聖璃架だって美しい。でも聖璃架には愛らしさがあって親しみやすい雰囲気を持っているが、華蓮の美貌は威厳があり聖璃架のそれとは違う。美しいが冷たく、寄せつけようとしない何かを放っている。
「お友達の華蓮ちゃんです」
「お姉さんが言ってた人だね」
「華蓮ちゃん。ガイアくんとネイクさん」
「初めまして。ヨロシクお願いします」
ネイキッドが会釈したが汚い物でも見るように華蓮に瞳を細くされて、すぐ苦手なタイプだと思ってしまった。だが華蓮の肩の黒猫を見て顔を緩める。
「かわいい猫ちゃんすね。名前なんていうんですか?」
尋ねても華蓮の表情は変わらなかった。
気を取り直してネイキッドは聖璃架に言う。
「あの、聖璃架さん朝食は済みました?」
「あ、まだです」
「よかった残しておいて。食べてってください」
「ありがとうございます。華蓮ちゃんもいいですか?」
「モチロンすよ。あの、狭いですけど入ってください」
と少し躊躇いがちにネイキッドは華蓮に声をかけた。
「冗談はよしてくださる」
静かな華蓮の声が響いた。
「この私に、こんな家畜小屋のような所に入れと」
「か、家畜小屋?」
華蓮の言葉にネイキッドはかちんときて腸が煮え繰り返った。
人が一生懸命建てた家を家畜小屋とはなんて失礼な。
「華蓮ちゃんっ」
「聖璃架、もう行くわよ。石を返しに来ただけの筈でしょう」
「でも、ネイクさんのお料理とーってもおいしいんだよっ」
それを聞いてネイキッドは感激する。
「もう頂いたような言い方をするのね」
「うん」
「本当に人間に慣れたものね」
華蓮に言われて聖璃架はうっとなった。
「華蓮ちゃんとこうしてご飯食べれて嬉しいな」
笑顔で聖璃架が言ったが、そこは暗い部屋だった。灯りはテーブルに置かれた燭台の蝋燭のみで、僅かお互いの顔しか見えない。
華蓮が拒絶したのでネイキッドの料理は食べなかった。
そして森に華蓮が魔法で人間には見えない家を出して、今食事を取っている訳だ。
「そう。でも人間を恐れていた貴方が魔界に帰りたくないと言い出したのには驚いたわ」
「あ……」
「まあ、人間を恐れなくなったのは大きな進歩よ」
「まだ怖いけどね」
と言う聖璃架を見つめて華蓮は思う。
聖璃架には、なんとしても一人前になってもらわなくては……
【七日目◆終】
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