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  †*聖璃架*† 作者:天使
七日目◆前:心友
 明けたばかりの島の朝は、もやに包まれて清々《すがすが》しい。湿った空気の粒子は、太陽の日差しを受けて弾けて光る。

 総助は毎日早朝の剣の鍛錬をおこたらない。
 朝の空気は胸に涼しくて気持ちが良いし、静かで自分に合っていると思う。

 島に来たばかりの頃は勇作と歳朗も共に鍛錬を行っていたが、すぐ一人になってしまった。
 総助の勤勉さは軍一だ。その努力故、最年少で元帥げんすいを任されているのだろう。

 空気を吸い込むと刀のつかに手を掛けて、数本立ててある丸太を目に見えぬ刀(さば)きで連斬する。――全ての丸太がゆっくりずれて倒れた。

 そして総助が見据えたのは、刀の刃。



 聖璃架の花のような笑顔がある。泣いたり、驚いたり、落ち込んだり――聖璃架の見せる豊かな表情――――

 ――聖璃架。俺は、おまえが…………
 はっと歳朗は目を覚ました。

「…………」

 起き上がって歳朗は思う。
 なんであいつの夢なんか……俺は何を言おうとした?



「お兄ちゃんおはよう」
「おはようっ!」

 ガイアに挨拶されて、朝食の支度中のネイキッドは元気良く返した。
 今日は調子が良い。聖璃架の持ってきてくれた風邪薬を飲んでおいてよかったと思う。聖璃架に感謝しないと。

「もーすぐ飯できるぜ」
「じゃあお姉さん呼びに行かなきゃ。もしかして総助さんと一緒だったりしてー」

 ガイアの言葉に、考えたくなかったネイキッドは妄想が膨らんでしまう。
 嫌だ。それだけは嫌だ。



 森を行く歳朗は煙草の煙を吐いた。

 最近ではこんなに早く起きる事はなくて、朝の散歩も久し振りだ。
 靄で白い森は木々の香りが強いが悪くはない。聞こえる小鳥のさえずりも、久し振りだからか新鮮で。

 道に出ると歩いてくるネイキッドとガイアに気づいた。

「あー歳朗さん。おはよう」

 ガイアは笑顔で挨拶したが、朝から嫌な奴に会ってしまってネイキッドは不快になる。

「よう、オメェらも朝の散歩か?」
「ううん、お姉さん捜してるの」
「……聖璃架か?」

 普通に聖璃架を呼び捨てにしている歳朗に、更に不快になってネイキッドはむっとする。

「昨夜、総助さんとデートに行ったきりで帰ってこなくて。もしかして歳朗さんちにいるー?」
「いや、いねェよ」
「じゃあどこにいるんだろー」
「――……」

 突然歳朗が思い立ったように走り出して、ネイキッドとガイアは驚いた。



「聖璃架――――」

 幹にもたれて項垂うなだれて座る聖璃架の耳に声が聞こえた気がした。
 ……今、誰か呼んだ?
 気のせいかもしれない。

 だけど今度はもっと近くで聞こえた。

「聖璃架――! どこだ――!」

 ――あの声は、土浦さん……? どうして?
 思って聖璃架は顔を上げる。 

「聖璃架――!!」

 声がもっと近くなった。自分を必死で捜すような歳朗の声に、思わず聖璃架は声を上げてしまう。

「ここです!」
「聖璃架ッ!!」

 かなり近くに居たのだろう、すぐ歳朗が現れて聖璃架の横でしゃがみ込んだ。

「聖璃架、おまえずっとここにいたのか」

 昨日とは違うやつれた聖璃架の顔を見て、歳朗は胸が痛む。――たった一日でこんなに変わるものなのかと、まるで別人だ。

「土浦さん、どうして……?」
「おまえが帰ってないと聞いて」
「……そうなんですか……」
「なんでこんな所に、全く」

 心配させるな、と思ったが言えなかった。勝手に自分が心配してしまっている。

「土浦さん。もう帰りますから。大丈夫です。心配かけてごめんなさい」

 言わなくても言われてしまった。

 微笑む聖璃架は無理しているのが解りすぎて、更に歳朗の胸を痛めた。
 ――馬鹿、そんなに窶れた顔して大丈夫なものか。

「俺の家に連れていく」
「え?」

 抱えようと歳朗が聖璃架に触れた瞬間――

「触らないで!!」

 聖璃架が叫んで歳朗はけ反るくらい驚いた。こんなに強い聖璃架の声を初めて聞いて。

「な、なんだよ」
「ごめんなさい。一人で帰れますから放っておいてください」

 うつむいて聖璃架に言われて、歳朗は腹が立つ。
 まただ。何故こんなに苛々《いらいら》しているんだ、自分は。

「だったら帰ってみろ」
「…………」
「ほら早くしろ」

 俯いたまま動かない聖璃架に歳朗が言い放った。
 そして両腕で腹を隠しているような聖璃架に疑問を持つ。
 ――まさか。
 瞬時に直感した。
 昨日総助から感じた匂いは、聖璃架の。
 聖璃架の両手を掴み上げて歳朗は目を見開く。

 腹には横に裂けた傷。紅赤色の服は黒く染まって出血は止まっているようだが、かなり深手だった。

 傷を見られてしまった事に聖璃架は顔を背ける。
 知られたくなくて、ここで身を潜めようとしていた。数日耐えれば傷は癒える。それなのに……

「……おまえ。そんな傷負っておきながら放っとけと抜かしたのかよ」

 怒りで声が震えて歳朗は呼吸が荒くなる。今は怒っている場合ではないが、何故なんだと。

「だって、迷惑かけたくなくて」
「馬鹿野郎ッ!!」

 聖璃架を抱えて立ち上がって歳朗は走り出す。

「やだ! 降ろしてください!」
「怪我人は黙ってろッ!!」

 思わず声を荒げてしまう。
 頭の中が熱くて真っ赤に焼けているかのようだ。
 昨日から自分は、可笑おかしい…………



 帰宅した歳朗は聖璃架を布団に寝かせた。

「これは、刀傷か」

 聖璃架の傷を見て、勇作が険しい表情で言った。

「出血は止まっているようだが。娘さん、一体何があったのだ」
「…………」
「総助に違いねェ」
「――何!?」

 聖璃架に代わって答えた歳朗を、勇作が驚きの表情で見た。

「馬鹿な。総助がそんなことをするはずが」
「いや、間違いねェよ」

 と歳朗が断言した時―― 

「近江さん、朝食できたんですか」

 涼しげな総助の声が聞こえて、聖璃架はびくんと竦む。

「あれ?」

 帰宅した総助が、顔を背けて震える聖璃架に気づいた。

「君、生きてたんだ」

 総助が発した言葉に一同が凍りついた。声音でそれはがっかりから出た言葉だと解って、歳朗の腹の底で怒りの炎が燃え上がった。

「よかった。やっぱり君を死なすのは気がとがめるからさ」

 今度は安心したように総助が言ったが、聖璃架は聞かないように両耳を塞いで震えた。怖くて、もう総助の声は聞きたくなくて。

 総助はすら、と刀を抜く。

「君の血、拭っても拭っても取れないんだ。どうしてくれるのさ、僕の大事な刀が錆でもしたら…」

 さえぎるように歳朗の刀が横から総助の首に突き付けられる。

「その無駄口を閉じな。永久に黙らせるぜ」
「ト、トシ」

 怒りを秘めた低い声音で言う歳朗に、冷や汗をかいて勇作が慌てる。

「質問だけに答えろ。何故聖璃架を斬ったッ」
「答えは簡単ですよ。彼女が僕に攻撃したんです」
「なんだとッ!?」
「僕、攻撃を受けると無意識に反撃しちゃうの知っているでしょう? 土浦さん」
「聖璃架からそんなことをするとは思えん。おまえが何かしたんじゃねェのか」
「キスしただけですよ」

 と総助がさらりと答えた。

「何ィッ!?」
「キスくらいで嫌がるなんて、これだから初は困るんですよねー」

 ため息をつく総助に、歳朗は怒りで体を震わせた。奥歯がぎり、と鳴る。

「わかっていたが、テメェがそこまで浅はかな野郎だったとはな。見損なったぜ。――そんな奴は真誠軍にいらん。斬ってやる。表に出ろ」

 爆発しそうな怒りを抑えて歳朗は言ったが、呼吸は荒くなって。

「いいですよ。でも簡単には斬らせませんから、せいぜい抵抗させてもらいますよ」

 そんな歳朗に物怖じせず、総助は笑顔で涼しげに言った。

 

 乾いた土を踏みしめて、歳朗と総助は少し距離を取って対峙すると刀を引き抜く。
 瞬間――総助の表情は冷えて戦闘態勢に変わった。

 軍一の剣の使い手である総助は自分より実力が上だ。下手したら自分が深手を負いかねず、歳朗は油断出来ない。

 歳朗の額からつぅと汗が流れる。
 ――にしても、なんだこの暑さは。まだ朝だというのに。
 額から溢れる汗が止まらない。背中にもじっとりとかいているのが解る。

「おい、暑くねェか」
「別に」 

 歳朗に問われて、総助が低い声で答えた。戦闘態勢だと声音まで冷える。

 確かに総助は全く汗をかいていない。これでは自分が冷や汗をかいているようで馬鹿みたいだと歳朗は思う。

 そうではない。今日は夏の陽気で太陽の日差しも強くて気温がぐんぐん上がっている。はっきりいって軍服の厚手の上着でいては暑い。

 我慢出来なくなって、歳朗は上着を脱ぎ捨てた。
 丁度いい。これで思い切り刀が振れる。 

 無駄のない動きで歳朗の身構えた刀が、まぶしい太陽の日差しを反射して強く光った。丹念に研ぎ澄まされた刃を鋭く美しく光らせる。聖璃架の黒い血痕が生々しく残る総助の刃は、鈍い光を放って。

 鋭い眼差しを向ける総助は、微塵も動かず全く隙がない。――隙がないのなら作るしかない。

 蹴られた地面が砂埃を舞い上げる。
 歳朗が動いて斬りかかり、総助は刃を受け止める。刃が激しくぶつかって火花が散り、弾ける金属音が辺りに響いた。

 衝突する二人を空から見下ろすのは、箒に横向きに腰を据えた女の姿。

「まあ、野蛮ですこと」



 歳朗と総助が気がかりな勇作は、由子に二人を止めるよう言った。だが二人に関心のない由子に「どうでもいい」と言われてしまった。

「失礼するわ」

 静かだが響く声が聞こえて、聖璃架の傷の縫合を行おうとしていた勇作は振り向く。

 見知らぬ女だ。
 膝までの真っ直ぐな美しい銀髪は朝露のように艶々で、全く乱れたところはない。鮮やかな紺青色のゴシックドレスは足元まであって、頭と首には同じ色の花をあしらったヘッドドレスとチョーカー。妖しい光を秘めた紫水晶アメシストの瞳と、黒い唇が聖璃架と同じく真っ白な肌に映える。肩に乗せているのも紫色の目をした真っ黒な猫。
 例えるなら、闇に浮かぶ月。そんな印象の、妖艶な大人の美女だった。

「なん…」
「華蓮ちゃん!」

 由子が言うより早く聖璃架が声を上げた。

「聖璃架」 

 歩み寄ってきた華蓮に、聖璃架は信じられない様子で瞳を揺らす。

「嘘、どうして? どうしてここにいるの」
「貴方の消息が途絶えてしまったから心配で来たのよ」

 心配してここまで来てくれるなんて。
 華蓮の優しさが嬉しくて、聖璃架は感激した。

「そうなんだ、ありがとう華蓮ちゃん。でもよく長老様が許してくれたね」
「私を下手物げてものにするならそうして下さいと申したら許してくださったわ」
「えっ、すごーい華蓮ちゃん」

 流石さすが華蓮だと聖璃架は思った。長老様をうなずかせられるのは華蓮くらいだと。

「で、貴方その傷どうしたの?」

 静かに華蓮に問われて、聖璃架は答えられなくて視線を反らす。

「――申し訳ない!」

 と勇作が華蓮に土下座した。

「全ては私の責任だ。どんな償いでもする。どうかここは一つ」

 土下座して言う勇作に目もくれず、華蓮は静かにす、と立ち上がった。



【後編へ続く】
聖璃架の大好きな心友、華蓮がついに登場です♪

ずっと出したくてウズウズしていました。
やっとーって感じで嬉しいです+゜*。:゜+ヽ(*´∀`*)ノ+゜:。*


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