六日目◆後:約束
「せっかく手伝っていただいたのに今日も……」
日暮れになるまで竜の石を探したけれど、結局今日も見つからなくて聖璃架は気を落とした。
「気にするな、また明日があるだろ」
歳朗に言われたが、聖璃架は申し訳ない気持ちで一杯だった。
「あの、何かお礼させてください! 特に土浦さんには昨日も手伝っていただいたし」
「そんなもん…」
「お礼? そうだな、じゃあ僕とデートしようよ」
歳朗を遮るように総助がさらりと言った。
「総助ッ!」
「何か問題あります? 土浦さん」
「…………」
総助に問われたが、歳朗は答えられなかった。
只先程と同じ苛立ちが自分を支配しているのが、嫌なくらい解った。
「今夜浜辺で待ち合わせ。いいね? 絶対来るんだよ」
にこ、と笑んで総助が聖璃架に言った。
「は、はい」
「楽しみにしてるからね」
歳朗は物凄く不機嫌だった。
まあ歳朗がご機嫌で鼻歌なんぞ歌っている姿も想像出来なくて、もしそんな事があったらはっきりいって引いてしまいそうだが、戦闘時以外でここまで不機嫌のオーラを発する歳朗も珍しくて、長年苦楽を共にしてきた親友の勇作でさえ声をかけ難い。
見ずとも歳朗のオーラは伝わって、食卓の空気は重くなり食事も不味く感じる。余りの殺気に由子も黙る程だ。
だがそんな空気を物ともしない強者がいた。
「ごちそうさま」
総助だ。箸を置いて立ち上がる。
「総助、早いな」
「ええ、これからデートなんです」
と勇作に答えた。
「ほう、もしやあの娘さんとか」
「そうです」
「やるではないか。頑張るのだぞ」
「はい」
言って総助は不機嫌故食事も余り進んでいない歳朗に目を向ける。
「土浦さん、怒っています?」
解っていてわざと吹っかけるのだ、総助は。
益々《ますます》苛立った歳朗は握る箸に力が篭ってべきっと折れて、勇作と由子は目を丸くする。
「……別に」
低く答えた歳朗にぜってぇ嘘だ、と勇作と由子は思った。
すっかり風邪の良くなったガイアはスープを啜る。
「お兄ちゃんしょっぱいよ!」
顔を顰めてガイアに言われて、ネイキッドはえっ、となる。
「……別に普通だぜ」
スープを啜って答えたネイキッドをガイアは半眼で見た。
……でーとってなんだろ……
思いながらスープを口にする聖璃架にネイキッドとガイアは注目する。
「……お姉さん、しょっぱくない?」
「え? いえ」
「ほらみろ」
してやったりとネイキッドに見られて、ガイアは頬を膨らます。
「あの」
言って聖璃架は皿をテーブルに置いた。
「聞きたいんですけど、でーとってなんですか?」
聖璃架に問われて、え? とネイキッドの目が点になる。
――今デートって言ったか?
間違いなく言ったよな。うん、はっきり聞こえた。
「デート、ですか?」
「どうしたのお姉さん急に」
「あの、総助さんに誘われて」
聖璃架の言葉にネイキッドは心臓を鷲掴みされたような強烈なショックを受けた。
「総助さんにデートに誘われたの?」
「うん」
ネイキッドの頭痛が酷くなって、がんがんと悪化した。
……総助って真誠軍の……
笑顔の総助を思い浮かべた。
ノーマークだった。まさか奴も聖璃架狙いだったとは、とネイキッドは深くため息をついた。
「それででーとって……」
「デートってのは、男女が待ち合わせて逢うことです」
とネイキッドが答えた。
「そうなんですか」
「でもなんで聖璃架さんがソイツと……。聖璃架さんソイツのこと、好きなんすか」
恐る恐る尋ねたネイキッドに、聖璃架はぶんぶん首を振る。
「違いますッ」
「そーっすよねー、よかった……」
「えっ、違うのお姉さん」
「うん」
と聖璃架がガイアに頷いた。
「じゃー行きませんよね? てか行かないでくださいッ」
ネイキッドに頼まれたが、聖璃架は困り顔で俯く。
「……でも、約束してしまったので……」
それを聞いてネイキッドは悲しくなった。
これから聖璃架がデートをすると解っていて、阻止出来ず見逃さなければならないなんて。
しかもデートなら自分が先に約束していたのだ。なのに後から約束した総助に先を越されてしまうのも納得出来なくてショックだった。
今夜は少し雲が出ていて月を隠している。といっても雨が降りそうな雲ではなくて、流れればたまに月が顔を出す。
月明かりを失えば島の夜は真っ暗になるが、常に闇の魔界に住む魔女は目が利くので関係ない。
箒で空から浜辺へ向かうと、海に向かって立つ総助の姿があって側に着地した。
「遅くなってごめんなさい」
どれくらい待っていたのだろう。結構待たせてしまったのかと心配になった。
総助はゆっくり聖璃架に振り向く。
「僕を待たせた代わりに、僕の気の済むまでつきあってもらうよ。いいよね」
と言う総助は相変わらずの笑顔だが、やけに迫力があった。
やっぱり待たせてしまったようだ。お礼なのに自分が遅れてしまった事は悪いと聖璃架は思う。
「待たせてしまってごめんなさい」
「いいよ。じゃあ少し歩こうか」
総助に手を握られて、聖璃架はびくうと竦んだ。
聖璃架の手を引いて総助は歩き出す。速度はゆっくりだが並んで歩く訳でもなくて、前を行く総助の後ろ姿を聖璃架はちら、と見た。
これから何をするつもりなのだろう。
不安になって、怖くなって動悸がする。
――嫌だ。土浦さんといる時と違って居心地が悪い。
え、なんでそんな風に感じたんだろ。
それって、土浦さんといる時は居心地が良いという事……?
気づいて自身で驚く。信じられなかった。
歳朗だって人間だ。初めて会った時は本当に怖くて怖くて、逃げ出したかったのに。
今は、一緒にいても平気だと感じている。
解らない……何故?
「何考えているの?」
「――キャッ!」
突然総助に顔を近づけられて、聖璃架は後退したが繋いだ腕が伸びただけだった。
聖璃架の反応に総助はくす、と笑う。
「君、初だね。もしかしてデート初めて?」
「あ、はい……」
「へぇ、そんなかわいいのに。じゃあ僕が初体験の相手になるんだ、光栄だな」
聖璃架の動悸が激しくなった。体が危険信号を発しているかのように。
早くこの場から去りたいけれど、これはお礼だから。
「……あの、これからどうするんですか?」
「そうだなぁ。僕は朝まで、ううんずっと君と一緒にいたいと思っているよ」
さらりと言う総助の言葉に、聖璃架は仰天する。
ずっとって? そんなの冗談じゃない。
「君はどうしたい?」
「……えっと」
――帰りたいなんて、言ったらいけないよね。お礼だし。どうしよう…………
俯く聖璃架を見て、総助は口を開く。
「僕ならもう始めてもいいけど?」
「え、何をですか?」
聖璃架に問われて、総助はため息をつく。
「決まってるだろ。セックス」
それを聞いて、聖璃架はぽかんとしてしまった。
「まさか、その気ないとか言わないだろ? 君がお礼するって言ったんだから」
…………何を言ってるの?
暗闇でもはっきり見える総助は勿論笑顔だが、紡がれる言葉が怖くて聖璃架は震え始めた。
それが伝わったのか、手を握る総助の力が逃がさないと言わんばかりに強くなって聖璃架は竦む。
聖璃架の額から冷や汗が流れて、動悸が一層激しくなって心臓がどくんどくんと脈打つ。
――嫌だ。
怖いのに総助から視線を反らせない。総助の笑顔の迫力は、まるで凶器のように自分を射抜いてくる。
すると総助の顔が迫ってきて、自分の唇を塞いだ。聖璃架が目を見開くと総助の体に電流が走った。
総助の手の力が緩んで、聖璃架は後退して離れる。
顔を伏せてぴくりとも動かない総助が、聖璃架はまた怖くて。
「……あの、大丈夫ですか」
聖璃架が尋ねたのと、総助が腰の刀の柄に手を掛けたのは同時だった。
総助のさら、とした前髪の合間から冷えた目が覗いた瞬間――聖璃架の腹部が裂けて、血飛沫が舞った。
「――ッ……」
聖璃架の表情が歪んで、両手で腹を押さえてよろめく。
止め処なく溢れてくる血のぬる、とした感触が腹部に広がって、手では押さえきれない。
強烈な激痛に呼吸が乱れて、立っているのがやっと。だがそれも長くは続かない。もう無理そうだ。
総助は刀を一振りして血を払うと、静かに鞘に収めた。
「あーあ。君だけは斬りたくなかったのに、君が悪いんだよ」
と言う総助の表情は笑顔に戻っていたが、恐ろしかった。
雲が流れて月が出て、浜辺を差す月明かりの下、聖璃架は力なく倒れ込んだ。
――――聖璃架。
ずっと頭にあるのは、それだけだ。
あの娘、いつの間に俺を支配しやがった。
あれからも苛立ちは治まらねェ。寧ろ強くなりやがった。腹の底で滾るこれはなんなんだ。この島に来たせいでいかれちまったのか。――それかあの娘が俺に何かしやがったのか。
今頃総助と何をしているのか、そればかり考えてしまっている。
夜空を仰いで煙草の煙を吐いた歳朗は、気配を感じ取って振り向く。総助だった。
「――おまえ」
「フラれちゃいましたよ」
開口一番で総助に言われて歳朗は呆気に取られたが、思わず口元が緩んで煙草を落としてしまった。はっとして咳払いする。
「……そりゃ残念だったな」
「ええ、腹いせに斬りました」
「おい、笑えねェ冗談だ」
嘘のように苛立ちが治まった。何故だ。
そして今は、嬉しいと思っている。
特に気落ちした様子もなく自分を横切った総助からは、嗅いだ事もない匂いがした。
【六日目◆終】
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