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一章 狸と狐と教師と少年
3


 本堂の隣りに有る家の居間に入って待っていると、引き戸が開き、神宮寺さんと先生と輝月が入ってきた。
「お待たせしました」
 神宮寺さんはそう言って、テーブルを挟んだ、俺たちの向かいに座る。先生もそれに続き、輝月は壁に凭れ掛かった。
「先生」
「なんだ?」
「土産」
「ああ……。ほい」
 先生からコンビニの袋を貰う。そして、紙袋と一緒に神宮寺さんの前のテーブルに置いた。
「これ、手土産です。受け取って下さい」
 神宮寺さんは紙袋を覗き込み、口を綻ばせた。
「三日月屋の饅頭ですか……。有難う御座います」
「ねぇ、そっちの袋はなに~?」
「これは、コンビニの袋ですね。中は……メロンパンと鮭お握りです」
「メロンパン!? ねぇ、食べていい?」
「良いですよ。はい」
「わーい!」
 メロンパンを包む袋をとり、至福の表情でかぶりつく環。その様子を見ていると、神宮寺さんが話し掛けてきた。
「で、今日はどういったご要件で?」
「あー……。特に用は無いんですが……」
「そうですか。では、丁度良いですね」
「……? 何がですか」
「ええ。実は頼みたい事が有るんです」
「神宮寺さんが俺に、ですか」
「はい。厳密に言うと、私では無く友人の頼みですが」
「友人?」
「ええ……。すいません、環さん、輝月さん、美里さん。席を外して下さいませんか?」
「ふみ? わかったよ~」
「……承知した」
「あーいよ」
 輝月は凭れ掛かっていた、壁から背を離し、先生はポケットから、煙草と携帯用灰皿を輝月に見られないように取り出し、環はメロンパンをくわえながら立ち上がった。
戸の前で先生が言う。
「んじゃ、終わったら呼べよ」
「解りました」
 戸が閉まる。
 俺と神宮寺さんは話し始めた。


 ふと、空を見てみる空は赤くなり始めていた。私はそれを見ながら煙を吐く。
「何度言えば解る。ここは禁煙だ。」
 突如聞こえてきた声に振り返る。
 輝月が居た。手には鮭お握りを持っている。
「輝月か。環はどうした?」
「アイツなら自分の部屋で寝てる」
「そうか」
 輝月に見付かってしまったので、煙草は仕舞う事にする。携帯用灰皿に吸い殻を放り込んでいると、輝月が鋭い目つきを私に向け、話し掛けてきた。
「おい、不良教師」
「何だ、キツネ」
「オマエ、怖く無いのか?」
「何がだよ」
「……未来が、だよ」
「ハァ?」
 戸惑い、輝月を見る。
「俺は怖いんだよ。この先も今の生活が続くとは限らない。いや、もしかしたら明日、父さんが死ぬかもしれない」
「……」
「もう一度聞く。アンタ、怖く無いのか?」
「……バーカ」
 私は輝月の頬にデコピンをかました。
「何すんだよ」
 不機嫌そうに顔をしかめる、輝月。私はその問いには答えず、言う。
「未来が怖い? それは一体どこの宗教だ」
「オマエに何が……!」
「解るかって? ああ、解るさ、解ってるさ。アンタの気持ちはよ~~く解る」
「嘘を吐くな」
「いーや。嘘なんかじゃねぇ。経験だよ。大体、テメェ誰に生意気な口叩いてる?私の職業は餓鬼に色んな事教える教師なんだよ。教えるセンセイと書いて教師。てめぇみてえな青臭い餓鬼の悩みなんてもう何十回何百回聞いてると思う?」
「……アンタ、まだ教師になって五年も経ってないだろ」
「だから、さ。「最近の若者のは……」とか言ってる歳喰ったジジイよりはマシって思って相談に来る奴が沢山居るんだよ」
「フン。まあ、そいつらの判断は確かに正しい。最近の若者は成っとらんとか、そりゃテメェらの子供の育て方が悪いんだろうが。もっと言うとテメェらの育て方が悪い」
「まあ、それについては私も同感だね」
「まあ、そいつらの判断に一つ悪い事を言うとアンタに頼んだって所かね」
「どういう意味だ」
「不良って意味だよ。まあ……ありがとな」
「……礼には及ばない。私は唯、私が言いたかった事を言っただけだ」
「……だが、それでは俺の気が済まない」
「んー。……どうしてもって言うならこの質問に答えてくれ」
「ああ、いいぞ」
「お前、環の事どう思う?」
「どう思うって……どういう事だ?」
「恋愛対象として見てるかって事だよ」
「ああ、なるほどね。んじゃあその問いには質問で返そう。お前は妹とかに欲情する人間をどう思う」
「あーまあ、そりゃ変態だなって思う。ゲームとか小説とかにゃそんな物も有るらしいし、逆も有るらしいがね。ま、義妹だったら別に構わないが」
「……俺もそうだ。妹みたいに思ってはいるが、恋愛対象としてはこれっぽっちも思って居ない」
「そうか。なら良い」
「何がだ?」
「そ、それは……」
 私は言い淀む。打開策を考えていると、後ろから壱ノイチノミヤの声がした。
「すみません、長引きました」
 その声に私は心底ホッとして、後ろを振り向く。
「遅かったな」
「ちょっと長引きまして」
「ふーん。んじゃ帰るか?」
「そうですね」
「……そういう訳だ。じゃあな!」
「おい、ちょっと待て! 答えを聞いてないぞ!」
「そりゃ、また今度の話しって事で。……まあ、私が覚えていたらの話しだけどな……」
「テメエ、はぐらかす気満々じゃねぇか! おい待てコラ!」
 その言葉を聞き流し、私は早足で境内を出た。


「良いんですか?」
 遠くなる輝月の声を聞きながら、俺は前を行く先生に尋ねた。
「あー。まあ、な。強引なはぐらかしだったがこれ以外考えつかなかった」
「先生なら他にも思い付きそうな気がしますけど」
「過大評価はやめろ」
「過大評価じゃ有りません。俺は基本的に尊敬する人しか敬語は使わないんですよ」
「……行くぞ。後、お前は素直過ぎだ。これから気を付けろ。気を付けないと後ろからぶっ刺されるぞ」
「……? はい。解りました」


 山のふもとの辺りで先生と別れる。先生は最後まで送ると言ってくれたのだが、俺の家は先生の家の反対側に有るので丁重に断った。
「さて、どうするか……」
 今思っている事はひとつ。神宮寺さんの友人の頼み事だ。
 神宮寺さんの友人―名前は篠庭ササニワさんだそうだ。―頼みは比較的簡単そうで、難しそうな頼みだった。
 娘と友達になってくれと云うのだ。何故かと聞くとその娘さんは生まれた時から病を患っていて、ついこの間完治したらしい。
 それは大変良いのだが、高校に入学が決まった時、彼らは気付いたそうだ。

 ……娘は今までずっと病院にいて人と関わった事が無い。これでは友達が出来るかどうか。いや、それ以前にいじめられるかも知れない。
 そう考えた親は友人に頼む事にした。即ち、「お前の知ってる子に私の娘が通う高校の子は居ないか?」、と。
 一見、他力本願な作戦だったが、その作戦は成功し、今、俺は悩んでいる。

 泡沫のように湧き上がる、考えをひとつひとつ潰しながら暮れかかった空を見、考えを纏める。
――まあ、その時に決めりゃあいいかと言う、ぶっちゃけ前向きなのか後ろ向きなのかもわからない考えだったが、白状すると、これ以外に良い手が無さそうだからだ。
 溜め息混じりに見上げた空には一番星が輝いていた。
変な所があったら是非、教えて下さい。


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