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マギクラフト・マイスター 作者:秋ぎつね

23 セルロア王国式典篇

784/1565

23-20 同行/身分

 さて、2月18日は、テルルスに足止めを喰らっていたフリッツ一行は、この日にトーレス川を渡れる手筈となっていた。
 そして、リタと別れる日でもある。
 シンシアも、自分の勘違いだったことを悟り、あの日の翌日以降、リタに優しく接していたし、グロリアは意外な面倒見の良さを発揮して、姉のごとく母のごとく彼女の面倒をみていた。
 そしてフリッツはマイペースに過ごしていたのである。

「……?」
 そのフリッツの寝室のドアにいつの間にか張り紙がしてあった。
「なになに……『リタの所有権は消滅、もう奴隷ではない。できれば式典に伴われたく候』……?」
 そしてベッド脇のサイドテーブルの上には証文と首輪を外す魔導具が置かれていた。
「……いつの間に……?」
 もちろん、第5列(クインタ)、レグルス16通称『ティフ』の仕業であるが、フリッツにはそのようなことと知る由もない。
「……本国の工作員か……?」
 と、考えるのが最も妥当であろう。
「ふむ、だとすると、リタを連れて行けというのには何か政治的な意図があるのだろうな」
 おそらくは、各国首脳の前でセルロアの闇を曝く、というような、とフリッツは想像をした。
「まあ、いいだろう」
 ここで放逐するわけにもいかない。本国のお偉いさんに相談すれば、リタの行く末に関しても、いい方向で落ち着くだろう、と考えた。

 そのリタは、この朝限りでフリッツたちとお別れになることを知っていて、沈んだ顔になっていた。
「リタ」
 そんな彼女に証文を見せる。
「お前はもう奴隷じゃない。自由の身だ。どこにでも好きな所に行けるんだぞ」
 そう言いながら、首輪を外してやるフリッツ。
 突然のことに訳がわからず、硬直するリタ。同じく、グロリアとシンシアも固まっている。
「ど、どういうことだ、フリッツ殿?」
 ようやく声を出したグロリアに、フリッツは簡単な説明をした。
「ふむ。……貴殿の国の工作員が、リタを解放してくれた、ということか。……優秀な人材がいるのだな」
 少し羨ましそうに言いながら、グロリアは納得してくれたようだ。
「……で? リタはどうしたい?」
 フリッツとしては、政治の道具にすることはあまり気が進まず、ゆえに彼女の意志を尊重するつもりであった。
「あ……わ、私、は……皆さんと一緒に、行きたい、です。……今、放り出されても、行く所がないですし……」
 おずおずと、遠慮がちに答えたリタ。当然の答えであるし、本国の希望とも一致する。フリッツは笑って頷いた。
「わかった。一緒に行こう。そうだな、俺の従者、ということにしよう。となると服だけは用意しないとな」
 グロリアもシンシアも、リタよりかなり背が大きく、服のサイズが合わないのである。
「ああ、それなら朝食を食べたら急いで買いに行くとしよう。シア、船の時刻は何時だったかな?」
「はい、グロリア様。午前10時発、です」
「そうか。なら十分だな。フリッツ殿、それでいいか?」
「ああ、助かる。お任せしよう」

*   *   *

 フリッツは、『ゴリアス』5体に、ゆっくりと川の中を歩いて対岸へ向かうよう指示を出した。対岸に上がるのは夜になるよう調整して。

 そして船上の人となる4人。
 一行が乗った船は20人ほどが乗れる、大型の乗合船であった。
 商人もいれば、兵士もおり、下級貴族らしい者も乗っていた。
 その一人がぼそりと呟いた。
「ふん、奴隷が一緒とはな。臭くてたまらん」
 胸元の入れ墨を見られたようだ。その言葉を聞いたリタがぴくっとする。
 呟いたのは、セルロア王国の上級兵士に見えた。つまり、下士官クラスだ。
「気にするな。お前はもう奴隷じゃないんだ」
 フリッツがリタの肩をぽん、と叩いて慰める。
「ふふ、奴隷を蔑んでいるようだが、自国の土壌が腐っていることに気がつかないとは愚かなものだな」
 グロリアが聞こえよがしな独り言を口にした。
「何っ!?」
「おや、聞こえたか。耳がいいのだな」
「ふざけるなっ! 聞こえるように言ったのだろう!」
 そこにフリッツが割って入った。
「グロリア殿、やめておけ。……そちらも、船の上なのだからおやめになることをお勧めする」
「う……わかった」
「ふん」
 グロリアは渋々引っ込み、兵士は鼻白んだようにそっぽを向いた。

 それからは何ごともなく、2時間後、船は対岸に着いた。
「あー、やっと着いたか」
 狭い船の上から解放されたフリッツは背伸びをした。
「おい、貴様等」
「ん?」
 フリッツが振り返れば、先程船の上でリタに文句を付けた上級兵士が立っていた。5名ほどの取り巻きもいる。
「何か用か?」
「奴隷如きが我が国の中枢にいることが我慢ならん。早々に出ていけ」
 ここで言う『中枢』とは、トーレス川とアスール川に挟まれた三角地帯、つまり旧セルロア王国の土地、という意味である。
「残念ながら今日はリツに泊まる予定でね」
「何だと?」
「それに、記念式典がある間はダリにいるよ。そもそも、我々は貴殿に指図を受けるいわれはない」
 淡々と述べるフリッツと、怒りを見せている上級兵士。
「貴様……この俺を誰だと思っている!」
「知らんよ。初対面だし」
 フリッツが相手をしている間に、リタとシンシアは遠くへ離れていた。グロリアはそばに居て成り行きを見つめている。
「この俺は地方領主ウラウ侯の……」
「ああ、上司がどうこういう話は聞きたくない。そういうのを『ドラゴンの背に乗るねずみ』と言うんだ」
 日本で言う『虎の威を借る狐』と同義である。
「き、貴様! 侮辱するか!」
「侮辱と取るか、単なる説明と取るかは貴殿次第だな」
「く……!」
 上級兵士が腰のショートソードに手をかけようとした瞬間に。
「そこまでだ」
 声が掛けられた。
 見れば、同じ船に乗っていた下級貴族らしき人物である。フリッツより少し年上か。金髪碧眼、なかなかの美丈夫である。強そうな側近が2名、左右にかしづいている。
「何だ貴様! 邪魔するな!」
 だがその美丈夫は厳しい顔をしたまま。
「ウラウ侯にこのような配下がいるとはな……」
「な、何?」
 上司であるウラウ侯爵を知っている風の相手に、少し不気味さを覚えたようだ。
「貴様、もう下がった方が良いぞ。このお方はセザール・ヴァロア王太子殿下である」
 側近の1人が静かな声で衝撃の事実を告げた。
「へ?」
 間抜けな声を出す上級兵士。
「王……太……子?」
 上級兵士の顔から血の気が失せていった。
「こらこら、カーク、簡単にばらしては駄目だろうに」
「は、申し訳ございません、殿下」
「も、申し訳ございません!」
 ひざまづく上級兵士とその取り巻き。
「ああ、もういい。貴様の上司の名前は覚えた。もう消えるがいい」
「は、はい……」
 さっきまでの勢いはどこへやら、項垂れ、すごすごと去っていく上級兵士を見送った王太子は、フリッツに向かい、軽く頭を下げた。
「我が国の兵士が無礼を働いて申し訳なかった」
 いつもお読みいただきありがとうございます。

 20150515 修正
(旧)このお方はセザール・ヴァロア・ド・セルロア様である
(新)このお方はセザール・ヴァロア王太子殿下である
 ド・セルロアを付けられるのは王と王妃(陛下の敬称で呼ばれる者だけ)ですので。
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