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マギクラフト・マイスター 作者:秋ぎつね

23 セルロア王国式典篇

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23-12 少女/リタとグロリア

 夕暮れのテルルスの町は煩雑だ。昼の顔と夜の顔が入れ替わる時間ゆえに、混沌としている。
 こういう雑多な雰囲気がフリッツは好きであった。
「取り繕っていた昼の顔が剥がれ、夜の顔が見え隠れし始める時間帯、か……」
 独り言を呟きながら歩いて行くのは薄暗い一角。目的は情報屋だ。
 国外駐留軍としての暮らしが長いフリッツは、こうした町には必ずと言っていいほど裏の情報屋がおり、金で情報を売り買いできることを知っていた。
 そしてフリッツは、昼間、そうした情報屋についての情報……ややこしいが、つまりは情報屋がいそうな場所について、グロリアとシンシアが出掛けた後、こっそりと下見をしていたのである。
『休暇の延長と思ってのんびりするよ』と言ったのは隠れ蓑だったのである。実際の所、フリッツは酒には強いが、飲兵衛ではなかった。
 そもそも、そうした欲求を、ある程度まで抑えられなければ佐官失格である。
「宿の番頭が言っていたのはこのあたりだな」
 いかにも暗がりの多い、退廃感の漂う場所であった。そんなフリッツに声が掛けられる。

「へへへ、旦那」
 来たか、とフリッツは身構えた。
 いかにも外国の軍人です、といった格好でこういう場所をうろつけば向こうから声を掛けてくることが多いのである。
「俺か?」
「へへ、旦那です。……旦那、いい子いますぜ?」
「……な、何?」
 情報屋でなくポン引きだったようだ。一瞬呆けたフリッツだったが、すぐに我に帰り、断りの言葉を口にした。
「……間に合っている」
 関わり合う気はさらさらないフリッツの対応はそっけない。
「へへ、そう仰らずに。今日が初めての初物ですぜ?」
「興味無いな」
「旦那、せめて見るだけでも見てやって下さいよ」
 ポン引きはそう言うと、暗がりから少女を引っ張り出してきた。
「……!?」
 少女は14、5歳。短めの髪、細い身体。
「エル……ザ?」
 いや、その少女はエルザではない、フリッツ自身もそれは分かっている。
 髪の色、瞳の色、肌の色。それら全てが異なっている。
 それでも、その少女が纏う雰囲気が、妹のそれにダブって見えたのである。
「へへへ、旦那、気に入ってもらえましたかい?」
「……」
 フリッツは答えず、少女を真っ直ぐ見据えた。
「……あ」
 少女は身長155センチほど。身長190センチのフリッツに見つめられ、少女は怯えた。
「……旦那?」
「……いくらだ?」
「へっ?」
「この女、いくらだと聞いている」
 フリッツの言葉に、少々呆けていたポン引きの男は愛想笑いを浮かべた。
「へ、へへへ。気に入ってくれましたかい? えーと、今夜が初お目見えなんでね、一晩金貨1枚でさ」
 1万トール(約10万円)。フリッツは懐から3枚の金貨を取り出すと男に渡した。
「よし、それじゃあ3日間、借り切るぞ」
 相場でいえば今夜が1万トールなら明日以降はその半分、5000トール。昼間も少女を借り切るつもりでフリッツは3万トールを支払った。
「へ、こりゃどうも」
 その金額に満足した男は、少女に何事か囁くと、その場を離れていった。

 奴隷が逃げられないように、何重にも対策が施されているのでこういうことができるのだ、とフリッツは知っていた。
 まず首輪。魔導具で、持ち主がその気になれば、首を締め付けることができる。
 鉱山などで強制労働させられている犯罪者が付けている『犯罪者識別の首輪』と同質のものである。
 そして入れ墨。胸元などに入れられており、一目で奴隷であるということがわかる。これがあると、まともな働き口は見つからないのだ。

 その少女には首輪と入れ墨、どちらも付けられていた。
「……」
 俯き、震える少女。フリッツが肩に手を置くと、震えは更に酷くなった。
「……来い」
 フリッツは少女の肩を掴み、引き寄せた。
「は、はい」
 消え入りそうな声で返事をする少女に、フリッツは溜め息交じりに言った。
「取って喰うわけじゃないから、そんなに怯えるな」
「はい……」
 そう言われても少女は俯いたまま。フリッツはもうそれ以上構わず、少女の肩を掴んだまま歩き出した。
 その力は強く、半ば引きずられるように少女は付いて行かざるを得ない。
「……」
「お前、名前は?」
「……リタ、です」
「出身は? 東部……リーバス地方か?」
「……はい」
 歩きながら、フリッツは名前や出身地を聞き出す。少女、リタは不安そうな顔をしたまま、訥々と答えていった。
 次第に人通りが多くなっていく。少女はきょろきょろと辺りを見回していた。
「ほら、入れ」
 宿泊している宿にやって来た2人。
「ちょっと訳ありでな」
 とフリッツはフロントに断ると、心付けに銀貨を1枚手渡す。
 フロントに座る、番頭と思しき男は少女、リタをちらと見ただけで、心得ているとばかりににやりと笑うと、何も言わずに2人を通したのである。

 フリッツはリタを連れ、泊まっている部屋へ向かった。2階の奥である。
「ほら、入れ」
 ドアを開け、リタを先に入れたフリッツはドアを後ろ手に閉める。
 部屋の中では、グロリアとシンシアが驚いた顔で2人を見つめていた。
「フリッツ殿、その子は?」
 一番最初に口を開いたのはグロリアだった。
「ああ、名前はリタ。今日から3日間、俺が買った。それで……」
 フリッツがそこまで言いかけた時。
「フ、フリッツ様、不潔です!」
 真っ赤な顔をしたシンシアは一声叫んで椅子を蹴倒すように立ち上がり、自分の部屋へ飛び込むと、叩き付けるようにドアを閉めてしまったのである。
「シア……」
 その後ろ姿を若干呆れ顔で見送ったグロリアはフリッツに向き直ると、真面目な顔で言葉少なに問いかけた。
「フリッツ殿、何か訳ありなのだな?」
「ああ、実は……」
 フリッツは、手短に少女リタのことを説明した。
 リタはと言えば、今のシンシアの剣幕に恐れをなし、部屋の隅で小さくなっていた。
「ふむ、わかった。で、貴殿はこの子をどうするつもりなのだ?」
 グロリアも事情を飲み込んでくれた。そしてフリッツへと質問が飛ぶ。
「それなんだが、正直いい考えが浮かばん」
「はあ?」
「とりあえず、リタ……を風呂に入れてやってくれないか? できれば服も綺麗なものにしてくれると嬉しい。俺じゃあ服を買いに行くのも憚られるしな」
 リタは、薄暗い通りでは分からなかったが、明るい部屋で見ると、かなり汚れた服を着ていた。
 くすり、と笑い、グロリアは頷いた。考えなしに行動したフリッツであるが、その動機は好ましかったからだ。
「わかった。任せてくれ」
(できれば、事情を聞き出してくれるとありがたい)
 小声でフリッツは頼み事を付け加えた。
「うむ」
 グロリアは、リタに向き直った。
「リタ、と言ったな。私と一緒においで。お風呂に入れてあげよう」
「え……」
「心配はいらない。私も、こっちの……フリッツ殿も、リタをどうこうするつもりはないから」
「は、はい……」
 まだ警戒をしつつも、リタはグロリアの指図に従った。
「それではちょっと行ってくる」
「ああ、頼んだ」
 2人が出ていくと、フリッツは飲み残したワインのボトルに口を付け、一気に飲み干した。
「……他国で、俺に何ができるというんだ……」
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