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マギクラフト・マイスター 作者:秋ぎつね

15 魔族との出会い篇

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15-27 賭け

「ネトロス、あんたは大丈夫なの?」
 心配そうにシオンが尋ねると、ネトロスは床から上半身を起こして頷いた。
「俺は大丈夫です。しかし、俺が到らないばかりに、イスタリス様をあんな目に遭わせてしまいました」
「何があったの?」
 だがネトロスは静かに首を振った。
「それは……言えません。ただ、言語に絶するような仕打ちを受けた、とお考え下さい」
「……」
 仁はシオンの肩を叩いた。
「それ以上、止めておいた方がいい」
 そんな仁を見つめたネトロスが、
「貴殿は?」
 と尋ねた。
「この人はジン。あたしとルカスはこの人に助けられたの。そして姉さまとあんたが騙されて捕虜になったのを聞いたので、あたしが頼んで助けだしてもらったのよ」
 シオンがこれまでのことを簡潔に説明した。
「そうでしたか。ジン殿、感謝します」
 ネトロスとしては、あんな目にあった後なので仁を全面的には信用しきれてはいないという顔だったが、シオンの言うことであるし、とりあえずそれで納得したようだ。
「食糧も分けてくれると言ってくれたし、それより何より、彼は魔法工学師マギクラフト・マイスターなのよ! きっと、あたしたちを救ってくれるわ」
「なんと、魔法工学師マギクラフト・マイスターですって?」
 ネトロスもその称号を知っているようだ。
「かの偉大な……いや、まさか、その人ではありますまい?」
「ああ、それはそうよ。人間はあたしたちよりずっと短命だもの。2代目、だそうよ。……でしょう、ジン?」
 最後のセリフは仁に向けたものだった。仁は大きく頷いてみせる。
「ああ。俺は2代目魔法工学師マギクラフト・マイスターだ」
「なるほど……あんな目にあった後だ、人類は信用できないが、魔法工学師マギクラフト・マイスターなら……信用できる、のかも」
 魔族にとって魔法工学師マギクラフト・マイスターと言う称号は特別な意味を持つようである。
 気にはなったが、今それを追求している場合ではないと仁は思い直した。
「……イスタリスをどうするべきか……」
 大きなトラウマを抱えてしまったようで、気が付いたら再び錯乱するだろう。
 シオンも姉が心配なようで、なぜ自分も知らないうちに姉が人間界に来ているのかとか、聞きたい事があったのを忘れ、心配顔だ。
「時間が忘れさせてくれる、というのが定番なんだが」
 仁はそんな呟きを漏らした。そして自分で呟いた内容にヒントを得た。
「そうか……シオン、姉さんに付いていてやってくれ。俺はちょっと席を外す」
「え? うん。何かいい考えがあるのね?」
「ああ、だが、上手くいくかどうかわからない。あまり期待しないで待っていてくれ」
 そして仁は部屋を出、こっそりと蓬莱島へ飛んだ。

「老君、どう思う?」
御主人様(マイロード)のお考えは実行可能です。ただ一つの問題が解決できれば』
「それは……あれか」
『はい。『知識転写(トランスインフォ)』が効かなかったことから、精神魔法に対する耐性が高い点です』
「だが、人間と変わらない肉体構成をしていて、それはどういうことだ?」
『わかりません。サンプルがまったくありませんので』
「あれば……なんとかなるかな?」
『少なくとも可能性は高くなります』
 このような相談を老君と行った仁は、一旦二堂城へ戻ることにした。シオンと相談するためである。

 客間には、まだ気を失ったままのイスタリスが横たわっていた。
「あ、ジン、どうだった?」
「うん、完全とは保証出来ないけど、なんとかなりそうな方法が見つかった」
「どういう方法?」
「……その前に聞く。君たちには、記憶を消す魔法というのはあるのか?」
「え? ……ある、はずよ。……そうか! 姉さまの記憶を消そうというのね?」
 そう、仁が思いついた治療法とは、禁呪指定した魔法『強制忘却(アムネジア)』を使い、拷問の記憶を消そうというのである。
 この『強制忘却(アムネジア)』は、新しい記憶から順に、古い記憶に遡って消去できるだけで、選択的に記憶を消せるわけではない。
 幸い、捕まってから救出されるまでの間、ほとんど意識のない時間が長かったはずなので、記憶の連続性の齟齬が生じる可能性は少ないと言えた。
「なるほど。拷問を受けた記憶を消してしまえば、あの狂乱状態にもならないだろうと言うのだな?」
 シオンとネトロスは理解したようだ、ルカスはと言うと、よくわかっていないという顔。
「シオン、どう思う?」
「……」
 記憶を弄る危険性について、シオンもある程度は想像がつくようだ。
 もしも、失敗したら。そうでなくとも、仁がわざとイスタリスの記憶を大半消してしまったら。疑えばきりがない。
 ネトロスはといえば、実の妹であるシオンにお任せします、ということであった。
「……決めたわ。ジン、お願い。姉さまの、拷問に関する記憶を消してあげてちょうだい」
「わかった」
 大きく頷いた仁は、ナース・アルファとベータに命じ、担架に乗せたイスタリスを運び出させる。
「ここじゃ治療できないから、俺の秘密の拠点で治療してくる。すぐ戻るから心配しなくていいよ」
「ええ、こうなったらジンに全て任せるしかないものね」
「その信頼には応えたいものだな」

*   *   *

 蓬莱島地下の司令室にベッドを運び込み、イスタリスが寝かされている。
「老君、頼む」
『わかりました。……始めます』
 老君の移動用端末、『老子』が、その右掌をイスタリスの額に当てた。
『『知識転写(トランスインフォ)』……やはり、効果がありません』
「うーん、難しい問題だ。何がいけないのか……」
 考え込む仁。
「思考……精神……脳波……脳波? ……老君、魔族が魔法を使ったデータはあったよな?」
『はい、いくつか』
「魔力パターンを確認してくれ。特に周波数に」
『わかりました。データ照合……なるほど、これは……』
「どうだ?」
『はい、非常に周波数が高いようです』
 老君からの答えは、仁を満足させるものだった。
「そうか。もしやと思ったが、想像が当たったな。魔族は魔力パターンのうち周波数が異常に高いんだ。おそらく一桁違うんだろう」
『なるほど、それなら、従来の人間用では読み取れないのも道理ですね』
「ああ。最適周波数を探してみよう」

 ある波形を正しく標本化するには、波形の持つ周波数成分の帯域幅の2倍より高い周波数で標本化する必要があるという。
 CDなどで音楽をサンプリングする際、人間の可聴周波数20キロヘルツに対し、44.1キロヘルツで行っているのが例に挙げられる。
 魔族の場合、魔力や精神波の周波数が人間のそれよりも高かったため、人間用の魔法では正しく読み取れなかったということである。

 この推論に則り、老君は数回『知識転写(トランスインフォ)』を行い、アクセスするための最適魔力パターンを決定した。
『わかりました。これで上手く行く可能性は高いと思われます』
「そうか」
『ですが、記憶を弄るに際し、どこまで遡ればいいか、慎重に行わないと』
「それはネトロスに聞けばある程度わかるだろう。問題は日にちと時間を指定して、ちょうどそこまで処理できるかどうかだ」
『そちらは問題ないでしょう。以前の囚人たちで、ある程度データがありますから、誤差はあっても1時間程度かと』
 実績として、ワルター伯爵の陰謀で、イナド鉱山の囚人がカイナ村を襲った際、全員無力化した後、どのようにして捕まったのかという記憶を消去している。
 その時のデータを生かし、イスタリスの記憶を、拷問を受けた時まで消してしまおうと仁は考えたのである。
『確認してきていただけますか?』
「わかった」
 仁は短く答え、ネトロスに確認すべく、二堂城へ戻った。

*   *   *

『捕らえられたのは8月4日ですね』
「ああ。ネトロスに確認した」
『では、処置します。『強制忘却(アムネジア)』、8月5日……』
 処置自体は一瞬といっていい時間で済んだ。
『記憶がどうなっているか、『知識確認(リードインフォ)』で確認してみます』
知識確認(リードインフォ)』は、『知識転写(トランスインフォ)』から、魔結晶(マギクリスタル)への転写行程を無くした魔法である。一瞬で情報が流れるため、老君くらいの処理能力がなければ使う意味がない。
『では。『知識確認(リードインフォ)』……大丈夫です、8月4日に捕まった記憶以降が消えました』
「そうか、うまくいったか……」
 肩の荷が下りてほっとする仁。
「よし、それじゃあイスタリスを二堂城に連れ帰ろう」

*   *   *

「ジン! 上手くいったの?」
 二堂城に戻るや否や、シオンは仁に詰め寄るように尋ねてきた。
「ああ。8月4日、捕らえられた日の記憶はあるが、それ以降の記憶はないはずだ」
「これで……上手くいくのかしら?」
「それはわからない。だが、辛い記憶がなければ、狂気に囚われることもないだろう」
 人の心は深遠である、思い通りにいかないことも十分あり得る。だが仁はシオンの姉を思う心に賭けた。
「あと1時間もしないうちに目が覚めると思う。そばにいてあげてくれ」
「わかったわ」
「ジン殿、頼みがある」
「ん?」
 ようやく起き上がれるまでに回復したネトロスが仁を呼び止めた。
「俺の記憶も……消してもらえないだろうか?」
 いつもお読みいただきありがとうございます。

 20140718 12時44分 表記修正
(旧)イスタリスの記憶を、拷問を受けた直後まで消してしまおうと
(新)イスタリスの記憶を、拷問を受けた時まで消してしまおうと

 20140719 07時43分 誤記修正
(誤)処置事態は一瞬といっていい時間で済んだ
(正)処置自体は一瞬といっていい時間で済んだ
+注意+
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