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マギクラフト・マイスター 作者:秋ぎつね

12 ショウロ皇国錬金術師篇

392/1620

12-42 閑話22 エッシェンバッハ家の事情

 最後の方に、ちょっとグロいかもな描写があります。ご注意下さい。
 エッシェンバッハ家の当主、トア・エッシェンバッハは錬金術師である。その娘、サキ・エッシェンバッハは錬金術師見習いといった所か。

 錬金術とは、鉛などの卑金属から金などの貴金属を生み出そうとする学問で『あった』。もう少し広い視野から言うと、物質の本質を見極め、新たな物質を作り出す術である。
 が、時代を経るにつれ、内容は変容していき、現在ではいわゆる『化学』に相当する学問の一分野となりつつあった。
 その一方で、未だに金を錬成することや、人造人間(ホムンクルス)を作り出そうとする者もいることはいる。
 が、やはり主流は『化学』的な内容に移行していた。現代地球のそれと異なるのは、魔法が介在するという点であったろう。

「サキ様、お食事の時間です」
 エッシェンバッハ家の使用人、ロートンが研究室の外から声を掛ける。
「…………」
 だが、返事は帰って来ない。意を決したロートンは研究室のドアを開けた。
「……!」
 異様な臭気にのけ反るロートン。
 研究室の中央には、黄色い粉が載った鉄板が置かれ、その下で火が燃えていた。サキはそのそばで床にうずくまっている。
「サキ様!」
 ロートンは呼吸を止め、部屋に飛び込むと、サキを抱えて部屋を飛び出し、ドアを閉めた。
「はあ、はあ、はあ」
 荒い呼吸をしているサキ。どうにか意識は保っているようだ。
 5分ほどそのまま様子を見ていたロートンであるが、サキの呼吸が正常に戻ってきたことを知ると、
「サキ様! いったい何をしているのですか!」
 語気に非難を込め、大声で怒鳴った。一歩間違えれば死んでいたかもしれないのだ。
「あ、ああ、すまない、ロートン。……硫黄を燃やした煙に花びらをくぐらせると脱色されるのが面白くて、ついね」

 亜硫酸ガス……二酸化硫黄による還元作用で脱色されたわけだが、同時に亜硫酸ガスには毒性がある。吸い込むと最悪肺呼吸が出来なくなって死に致る有毒ガスだ。
 毒ガスが充満していると思われる研究室は窓を壊し、2日間換気をしてようやく使えるようになったのである。

*   *   *

「エッセさんよお、珍しいもんがあるんだけどなあ」
 桶を持った農夫がドアを叩いた。
 エッセというのはエッシェンバッハ家の略称で、近所の者は皆そう呼んでいる。
「ん? どれだい?」
 ドアを開けて顔を覗かせたサキ。その前に農夫は桶を置く。
「これだよ。珍しい石が湖から出てきたんでね」
 それは透明に近い石で、すこしだけひしゃげた直方体をしていた。それが数個入っている。
「割っても割ってもこの形になるんだあよ」
「ほう、面白いね。買おうじゃないか」
 サキはそう言って、ポケットにあった銀貨3枚を無造作に差し出した。農夫は大喜びでそれを受け取り、桶ごと置いて帰っていったのである。

「ふむふむ、こうして割ると……おお、本当に同じ形に割れた! これは面白い」
 サキは、小さく割った石を何の気無しに、開いてあった本に載せた。
 その本は、サキの父、トア・エッシェンバッハが著したもので『錬金術概論』という。
 家計の足しにと書いたその本は錬金術のベストセラーとなり、時々売り上げの一部がエッシェンバッハ家に入ってくるのだ。
 先ほどサキがポケットから出した銀貨はその一部である。

 それはさておき、載せた石を見たサキは椅子から飛び上がらんばかりに驚いた。
 何故なら、透明に近いその石を通して下の文字が見えているのだが、それが2重になっていたのである。
「こ、これは!? まさか、この石には物を増やす効果があるとか!?」
 それから丸1日、寝食を忘れて石の研究に取り組んだサキであったが、結局何もわからず、最後には作業台に突っ伏すようにして眠ってしまったのであった。

「お嬢様!」
 扉を開けて飛び込んできた使用人のガルトが慌ててサキを助け起こした。
「うーん、眠い……お腹すいた……何か食べたい……」
 ガルトは溜め息をつく。
「眠りたいのか食べたいのか、はっきりして下さい……」

*   *   *

「ローナと申します、よろしくお願いいたします」
 丁寧なお辞儀をしたのは17、8歳の女の子。エッシェンバッハ家に雇われた新しい使用人だ。
「ボクはサキ。よろしくね、ローナ」
 今までは男の使用人だったが、今回は女の子と言うことで、サキも気を許し、いろいろと気を使っていた。……最初のうちは。それが今では……。
「サキ様、起きてください。もうじきお昼ですよ!」
「うーん、もう少し寝かしておいて……明け方まで起きていたんだ……」
 夜更かしして昼まで寝ているというのはいい方。
「サキ様! まだ召し上がってらっしゃらないんですか!」
「あ、ああ、ごめん。ちょっと、この石の性質が面白かったもので」
「何言ってるんですか! 横に置きましたのは昼食ですよ。そしてもう夜です」
 食べるのも忘れて研究に没頭してみたり。
「ローナ、御免。今月、お金が無いみたいなんだ……」
「はあ、またですか。これで先月に続き2ヵ月、お給金いただいてませんよ?」
「ほんとに御免。来月はお金が入るはずだから」
 そう言って謝るサキを見つめるローナは心配そうな顔をしていた。

*   *   *

「ふむふむ、この液体は塗料に使えないだろうかね?」
 桶に入った黒く粘る液体。樹液だというそれは、旅の商人がエッシェンバッハ家の噂を聞きつけて持ち込んだもの。
 曰く、珍しい物に目が無い、という。
 ちょっとだけヘラで掬って、板に塗りつけてみる。粘りがあるようでいて、薄く塗り伸ばせた。ということは、塗膜が薄いと言うこと。
「少しの量でも広い面積に塗れるだろうね」
 期待したサキであったが、翌日、またその翌日になっても黒い樹液は乾く様子を見せなかった。指でつついてみると粘って糸を引くのである。
 何度目かに、サキはうっかりその指で頬を掻いてしまった。慌てて布で拭いたのだが、その夜から顔がむず痒くなる。
「うーん、痒いね。どうしたんだろう?」
 我慢できずに引っ掻くと、その時は痒みが治まるのだが、またしばらくすると痒くなる。そんなことを繰り返していたら、寝ることも出来なかった。
「お嬢様、朝でございま……!!」
 サキを起こしに来たローナは目を見張った。サキの顔の右半分は膨れ上がり、所々に水泡が出来ていたからだ。
 引っ掻いたところには血も滲んでいて、凄惨な有様だった。
「き、きゃあーっ!」
 悲鳴を上げてしまったローナだが、責めることは出来ないだろう。

「ああ、気持ちいいね」
 ローナが用意してくれた濡れタオルを当てて冷やすと少し痒みが治まった。
 だが、そのローナはサキに近寄ろうとしない。サキの顔が腫れたのを、何かの病気だと思っているのだ。
 そして、ローナは辞意を口にする。
「お世話になりました」
「ねえローナ、考え直してくれないかな?」
「いえ、そう言われましても、もう限界です。サキ様、どうかご自愛下さい。旦那様にもよろしく」
 深々と礼をしたローナは、それきり後ろも振り返らずに立ち去っていった。
「……やれやれ、これで3人目だっけ? 4人目だっけ? まったく使用人が居ついてくれないというのは困ったものだねえ……」

 アアルが完成する、3日前のことである。
 ころ柿(干し柿)作りでは、色が変わらないように、硫黄を燃やした煙で燻蒸したりします。ぜったい真似して吸い込まないように!
 なお、マッチを擦ったときのツーンとするような臭い、あれです。
 卵の腐ったような臭いは硫化水素です。
 この二つ、火山の近くではよく発生してますが、ぜったい吸い込んではいけません。致死性の毒ガスです。

 農夫が湖で見つけたという石は方解石です。3方向に完全な劈開(割れる性質)があり、マッチ箱を潰したような形に割れます。
 また、複屈折と言う性質もあって、方向によっては、物が二重に見えたりします。

 うるしに弱い体質というものはあるようです。弱い人は、木の下を通っただけでかぶれるとか。
 強い人は手に付着しても拭き取れば大丈夫。(作者)

 お読みいただきありがとうございます。

 20140319 12時04分 誤記修正
(誤)アアルが完成する、2日前のことである
(正)アアルが完成する、3日前のことである
+注意+
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