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マギクラフト・マイスター 作者:秋ぎつね

11 ショウロ皇国とカイナ村篇

310/1568

11-12 深井戸

 今回で300話。これもひとえに応援して下さってる皆様のおかげです。
 これからもよろしくお願いいたします。

http://8492.mitemin.net/i93374/
挿絵(By みてみん)
 仁たちは、バニュウの町を出て、街道を西進。クロワスの街で少し早めの昼食を摂り、その日はハタタの街泊まりである。
 1日あたり40キロそこそこの行程だが、もう祖国と言うことで、ラインハルトも焦ってはいなかった。
 むしろ、旅が終わるのを惜しんでいるような向きもある。
 アスントで足止めを喰らっていた時は一刻も早く祖国に帰りたがっていたというのに、人間とは現金なモノ。
 ハタタの街は街道が交差しているので、地方にしては人の出入りが多い街であった。

 春の日はまだ高く、仁はラインハルトに案内され、ハタタの街を見物していた。礼子は黙って伴をしていた。
「昨日のバニュウの街と違って、平屋建てが多いな」
 バニュウは2階建ての家もちらほら見かけたが、ここハタタでは平屋が多かった。
 屋根は軒の出が小さく、仁の目には屋根がやたら小さく見える。窓も小さめである。
「ああ。土地が余っていて人口が少ないからな。わざわざ2階建てにする必要は無いわけだよ」
「確かにそうかもな」
 街道が交差して人の往来が多いとはいうものの、街そのものの規模が大きいため人はばらけてしまい、結果、閑散として見える。
「このあたりは雨が少ない。昨日のバニュウはディバイド川に近かったから水も豊富だったが、このあたりはかなり深く井戸を掘らないと水が出ないんだ」
 それを聞いて、仁は屋根が小さいわけがわかった。日本のように雨が多いと、逆に屋根が大きく、軒が深くなる。
「ああ、だからなんとなく埃っぽいのか」
 埃の侵入を防ぐため、窓も小さいのであった。
「まあな。もう一つ、……ここの料理はあまり期待できないんだ」
 ラインハルトは残念そうな顔をした。
 そんな話をしながら街を見物し、宿に戻ってきたのは午後4時頃。
「お帰りなさいませ」
 宿は珍しい2階建て。この街の例に漏れず、敷地が広いから、庭も広く取られている。
「ただいま、濯ぎをお持ちします」
 玄関番の女の子が元気な声でそう言った。
 濯ぎというのは、埃っぽいこの街で、外出から帰った時に顔や手、足を拭くための水とタオルである。
 宿屋の広い玄関ホール脇には井戸が掘られていて、滑車と釣瓶で水が汲めるようになっていた。
「んしょ、んしょ」
 水をくんでいる玄関番の女の子を見て、仁はかつてのカイナ村を思い出す。ハンナが懸命に水汲みをしているのを見て、ポンプを作ったのだった。
 あの時ハンナは8歳。今、水を汲んでいる子は12、3歳くらいだ。仁は見るともなしに水汲みを眺めていた。
「あっ、いけない!」
 釣瓶を引いていた手が滑ったらしく、滑車がものすごい勢いで回転している。やがてばしゃーんという水音。
 滑車で釣瓶に水を汲む場合、一度でも手を滑らせてしまうと、釣瓶が自重で落下してしまい、手で止めることは難しい。
 案の定、慌てて綱を握った女の子の掌は赤く擦り剥けていた。
「す、すみません! 今、汲み直しますから!」
 その子はそう言って、再度釣瓶を引っ張った。仁はそれを見ていたが、なかなか釣瓶が上がってこないのを見て、さっきラインハルトが言っていたように、ここの井戸がかなり深いことを再認識したのである。
「遅れて済みませんでした。濯ぎです、どうぞ」
 桶に汲まれた水とタオルが差し出された。仁とラインハルトは無言でそれを受け取り、顔、首回り、手、そして足を拭いた。
「ありがとう。さっぱりしたよ」
 ラインハルトはそう言って、その女の子にチップを手渡した。
「あ、ありがとうございます!」
 それを受け取って喜ぶその顔を見た仁は、持ち合わせがないことに気が付く。それで、
「ちょっと手を見せてごらん」
 そう言ってその子の手を取り、
「『治療(キュア)』」
 と、治癒魔法を掛けてやったのである。擦り剥けて血が滲んでいた掌がきれいになった。
「あ……ありがとうございます!」
 嬉しかったのだろう、女の子は深々と頭を下げて仁にお礼を言い、水桶を持って去っていった。

 部屋は大部屋で、寝室が各自別になっている。仁、ラインハルト、マテウス、それにラインハルトの執事クロードが同室だった。
 思うことのあった仁はまずラインハルトに声を掛ける。
「どうした、ジン?」
「話があるんだ」
 仁はラインハルトに、以前作ったポンプの話をした。クライン王国では普及していたが、ラインハルトは知らなかったようで、
「そんな道具があるのか! 非常に興味がある、協力しよう」
 大乗り気だった。
 それで仁とラインハルトは連れ立って宿の主人に会いに行った。
「ここの井戸は深いでしょう? もっと水汲みが楽になる道具を据え付けたいと思いませんか?」
 という仁の説得に加え、『黒騎士(シュバルツリッター)』の製作者であるラインハルトの名前はショウロ皇国ではかなり有名だったようで、主人は二つ返事でポンプ製作を依頼してくれたのである。
「ジン、時間は大丈夫かい?」
「ああ。日も長いからな」
 そんなやり取りを交わしたあと、仁は材料を取ってくるよう、連れてきておいた自分のゴーレム、スチュワードに命じた。
「ハイ」
 短く返事をして歩いて行くスチュワードを見て、ラインハルトは小声で囁くように仁に言った。
「あのゴーレム、見かけ通りの性能じゃないだろう?」
 仁との付き合いもそれなりに長くなってきたし、作品も見てきたラインハルトならではの洞察であった。
「まあ、な。さすがだな、ラインハルト」
 すぐにスチュワードは戻ってくる。青銅製の置物があるというのでそれが材料だ。
 わけのわからない前衛的な置物が3つ。全部で120キロくらいある。材料としては十分だ。
「これ、『テンクンハン』の作品じゃないかな?」
 変な名前を口にするラインハルト。
「誰だ? それ?」
「ジンは知らないだろうな」
 そう言ってラインハルトは、テンクンハンというのは一時期もてはやされた工芸家だが、今はもう飽きられてしまった、本人がどうしているか誰も知らない、と簡単に説明。
 それなら使ってもかまわないだろうと、仁はそれらをあっさりと融合(フュージョン)均質化(ホモゲナイズ)でインゴットにしてしまった。
「相変わらず見事だな」
「さて、これからが本番だ」
 仁がこれから作ろうとしているのは深井戸用ポンプである。
 ここの井戸の深さは10メートルくらいあった。
 普通の汲み上げ式井戸では、大気圧を用いているため、理論上では約10メートル(1気圧=1013ヘクトパスカル時)、実際には7〜8メートルしか水を揚げられない。
 そこで、深井戸の場合は幾つかの方式が考えられている。
 今回仁が採用したのは、作りやすさとメンテのしやすさということで、水中式汲み上げポンプである。
「ラインハルトはパイプを作ってくれ。最終的なサイズは俺が調整するから、だいたい内径8センチで。長さは10メートル」
「よしきた」
 仁は、以前作ったポンプと方式は同じで、よりピストンとシリンダーの精度を上げた物を作り上げた。
 また、ポンプの取っ手はかなり長め。そして、やたらと長い棒も作られていた。
「礼子、スチュワード、設置を手伝ってくれ」
「はい」
「ハイ」
 パイプが長いため、重い。スチュワードの体重は200キロ以上あるので、こういう場合にはもってこいだ。
「あとでちゃんと説明するから」
 ラインハルトにはそう言って、仁はポンプの設置を始めた。
 普通の汲み上げポンプと一番違うのは、ポンプ本体の設置場所である。
 深井戸の場合は、水中にポンプ本体を沈めてしまうのだ。これを水中シリンダー方式という。
 そうすれば、水を『吸い上げる』のではなく、『持ち上げる』ので、力さえあれば、何メートルでも汲み上げることが可能になる。
 但し、これはパイプを打ち込んだ井戸ではだめで、掘った井戸でないと使えない。
「よし、そうそう。押さえていてくれよ……『融合(フュージョン)』」
 パイプが組み合わされていく。ポンプのピストンをさっきの長い棒に取り付け、それを取っ手に取り付けていく。
「お父さま、こちらは私が押さえておきます」
 礼子にも手伝って貰えば、作業は非常に楽だ。初めての深井戸ポンプ設置だったが、15分ほどで終わらせることができた。
「よし、ピストンとシリンダーの摺動具合も良好だな」
 取っ手を動かしてみていた仁は満足そうに頷くと、集まっていた見物人を見渡す。
 異国の魔法技術者(マギエンジニア)が何かやっていると聞きつけて、宿屋の従業員で手空きの者や、泊まり客らがもの珍しそうに集まってきていたのである。
 その中に、仁は先ほどの玄関番の女の子を見つけた。
「あ、いたいた。君、ちょっとおいで」
 仁が手招きすると、その子は少し不安げな顔で出てきた。
「は、はい、あたしですか……?」
 仁は安心させるように笑いかけて、
「うん、君だ。いいかい、この取っ手をこう……こういう風に上下させてごらん」
 深くから水を持ち上げるにはそれなりの力が必要になる。なので、このポンプの取っ手は、カイナ村のそれよりも長めであった。
「はい、こう、ですか……?」
 ゆっくりと取っ手を上下させる女の子。20回、30回。次第に取っ手も重くなってくる。と思った矢先、吐き出し口から水が出てきた。
「あっ!」
 驚く女の子。見ていたギャラリーからも『おおっ!』というような驚嘆の声が上がっている。
「良し、成功だ。君、これからはもう少し楽に水が汲めるからね」
 そう言って仁は。女の子の頭を撫でたのだった。
 シリンダー径を大きくするほど、汲み上げる水の量が多くなり、力が必要になって取っ手が重くなります。

 お読みいただきありがとうございます。
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