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マギクラフト・マイスター 作者:秋ぎつね

08 統一党暗躍篇

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08-06 セルロア王国へ

 翌日、春4月の6日。
 朝、仁とラインハルトはエルザが泊まっていた部屋を訪れていた。
「…………」
「…………」
「…………」
 誰も口をきかなかった。ただ黙って、エルザが置いていった、あるいは置いていかざるを得なかった品々を眺めるだけ。
 その中に、以前仁が贈った人形、ノンもあった。
 うっすらと汚れが付いていたが、それは放置された汚れではなく、幾度となく撫でられ、抱き上げられた揚げ句に付いた汚れ。
(お前も、置いていかれたか)
 仁は心の中でだけ呟き、そっとノンの頭に触れた。
 短剣も残っていた。仁はそれを見て少しだけ残念であった。
 だが、保護指輪(プロテクトリング)が残されていたのには驚き以上に心配が勝る。
 有用性はわかっているはずのエルザが何故、と仁は胸を痛めていた。せめてこれだけは持っていて欲しかった、と。なので仁は指輪を手に取り、ポケットへ入れた。
 そうしていたら不意にドアが開けられ、エルザの兄フリッツが部下と共に入って来た。
「なんだ、ラインハルト、まだいたのか」
 顔を見るなりそんな台詞。
「もう出る所ですよ」
「ふん、そうか」
 そう言ったフリッツは部屋を見渡して、執事や護衛に向かって言った。
「余計な物は皆処分しろ。お前達はしばらく俺の傘下に入れ。本国へ送り帰すかどうかはあらためて考える」
 そう言ってフリッツはナイトテーブルの上に置かれたノンを手ではたき落とした。
「おっと」
 それが床に落ちる前、仁は受け止める。それを横目で見たフリッツは、
「ふん」
 と鼻で笑い、
「ラインハルト、もう行け。わかっていると思うが、余計な事は言うなよ」
 背中越しにラインハルトにそう言った。
「わかってるよ」
 とだけ短く答え、ラインハルトは仁の肩を叩き、そこを立ち去ったのである。
 仁はノンを抱え、振り返ることなくラインハルトの後を追った。
 執事のアドバーグ、護衛のヘルマンはそんな2人を寂しそうに見送ったのである。

*   *   *

 同日午前10時。仁とラインハルトは馬車に揺られ、セルロア王国に入っていた。
 ラインハルトが手続きを済ませていたため、国境の関門は問題なく通過できた。
 2人とも口数は少ない。やはりエルザの失踪が堪えているようだ。
 午後2時、その日の泊まりになる地方都市テルルスに到着した。

 テルルスはその背後に大河トーレス川が流れ、その向こうが首都エサイアである。
 トーレス川は川幅200メートルを超え、橋はない。渡し船が唯一の交通手段である。そのため、船は予約制である。馬車を乗せられるような大型船が少ないのだ。
「ラインハルト様、3日先まで予約はいっぱいだそうです」
 執事のクロードが済まなそうに言う。
「そうか、まあ仕方ない。宿は取れたんだろう?」
 渡し船待ちの客が多いため、必然的に宿屋も多い。
「はい、まずまずのホテルが空いておりました」
 それでまず仁たちはそのホテルへ。何と10階建てという、この世界においてはかなりの高層建築である。仁達の部屋は6階であった。
「階段で6階というのはしんどそうだな」
 などと仁が思っていると、何とゴーレムが運んでくれるという。
「セルロア王国は広い割に人口が少ない。だからいろいろな場所でゴーレムが使われているんだ」
 とはラインハルトの説明である。
 ゴーレムの腕に座って階段を登るのは仁にとっても初めての経験であった。姿を消して付いて来ている礼子が若干悔しそうな顔をしていたのは当然見ていない。
「ああ、川が見えるな」
 6階ともなると建物の屋根越しに遠くトーレス川が見えている。渡し船が数十隻、行ったり来たりしていた。だがそのどれもが小船である。
「なんでもっと大きな船を造らないんだ?」
 誰に言うとも無しに呟いた言葉をラインハルトが聞きつけた。
「それは王国の方針さ。トーレス川は天然の堀割だからね。川向こうはすぐ王都、エサイアだ。そのために10人乗りより大きな船は民間では所持できないのさ。馬車用の大型船は全部国の管理下だ」
 それを聞いた仁は、江戸時代の大井川みたいなものか、と思った。あそこは船さえ禁止で、人足が旅人を渡していたっけ、といつか見た時代劇の1シーンを思い出す。
「まあ、3日後までゆっくりするしかないさ」
 今回取った部屋は4間続きの部屋。1番の部屋はラインハルト、2番が仁。3番目がクロードたち男の使用人、4番目が女性使用人の部屋に割り当てられた。
 各部屋同士もドアで繋がっており、廊下を経由しなくても行き来が出来る構造だ。
 今、仁とラインハルトは、ラインハルトの部屋で談笑していた。
「ラインハルトは行きにもここに立ち寄ったんだろう?」
「ああ。ここ以外に通る道はないからね」
 セルロア王国の方針で、エゲレア王国への街道はここだけだとラインハルトは言った。
 あと一つ、山中の細い道があるにはあるが、野獣が出たり、賊も出没するようで、たまに軍隊が使うくらいだという。補給できる集落もないそうだ。
「この都市はいいが、川向こうには城壁が5つもあって、許可されない限り1つめの城壁しかくぐれない。普通の旅人は1つめの城壁と2つめの城壁の間にある街道を歩くわけだ」
 ラインハルトの説明を聞く限り、ややこしい国らしい、と仁は思った。
 城壁というのは万里の長城みたいな石造りの壁が延々と連なっているらしい。それが5重。何と言うか労力の無駄遣いのような気がする仁。
「僕は外交官だし、行きにはエサイアにも寄っているので、4つめの城壁までは問題なくくぐれる。どうする?」
「ああ、まあ、無理に奥へ行かなくてもいいよ」
 面倒事は嫌だ、と仁はラインハルトに言う。ラインハルトもそれは同感のようで、
「それじゃあ2つめの城壁内の街道を利用しよう」
 と話を決めたのである。

「本来のエサイアは5つめの城壁の中なんだ」
 夕食まで時間が空いて暇なので、仁はラインハルトにエサイアの城壁について詳しい話を聞いている。
「5つめと4つめの間は広くて、町が1つある。裕福な庶民はそこにいるな。貴族以外の人間にはある意味そこがエサイアと言ってもいいかもしれない」
「つまりラインハルトはそこまでなら問題なく入れるのか」
「まあそういうわけさ。で、4つめと3つめの間、そこは更に広い。だが、それはいざという時に敵を食い止めるための場所でもあるからで、練兵場なんかがあって、あまり雰囲気のいい場所じゃないな」
 そう説明された仁はわかった、と肯いた。
「ああ、だから3つめと2つめの間の街道となるわけか」
「そうさ。2つめと1つめの間は誰でも通れる代わりに治安が良くないという話だ。この目で見たわけじゃないけどな」

 その夜の食事はいつもより寂しかった。エルザ1人いないだけで、こんなに雰囲気が変わるものかと仁は思った。
「エルザ、今ごろどうしてるかな」
 ついそんな声が漏れてしまう仁。
「ああ、そうだな。エルザの幸せって、いったい何なんだろうな」
 ラインハルトも同じようなことを思っていたらしく、仁に相槌を打った。
 仁はラインハルトに尋ねたいことがあったので食後のお茶(テエエ)を飲みながら、
「ラインハルト、1つ聞いてもいいか?」
 と話しかける。
「ん、何だい?」
「エルザの兄さん、フリッツ、って言ったっけ?」
「ああ、そうだよ」
「あれで、昔はエルザと一緒に遊んだり可愛がっていたのかい?」
 デリード町での夜、エルザが言っていた小さい頃に遊んでもらったという兄の像とあまりにもかけ離れていたからだ。
 するとラインハルトは大きく肯いて、
「ああ、そういうことか」
 そう言って説明しだした。
「フリッツが変わったのは、4年前だ。セルロア王国の先王が崩御し、後を継いだ現王の政治基盤がまだ固まっていなかった時期」
 戦争とまではいかなかったが、小競り合い以上、戦争未満という戦いが起こったのだ、とラインハルトは語る。
「その時少尉だった彼は敵……セルロア王国国防軍の捕虜になってね。結局捕虜交換で助け出されたのだが、それ以来人が変わってしまったんだ」
 力至上主義というか力を何処までも追い求めるようになってしまった、とラインハルトは悲しげに言った。
「それまではエルザの事を可愛がるいい兄貴、だったんだがな」
「そう、か。それじゃあエルザにとっても辛かったろうな」
 脳筋、と言って笑える相手だった優しい兄が豹変する。それは正に青天の霹靂であったろう。
 仁はあらためてエルザの幸せとは何か考えるのであった。
 いよいよセルロア王国に入りました。エルザの今後は?

 お読みいただきありがとうございます。


 20130815 20時31分  誤記修正
(誤)2つめと1つめは誰でも通れる代わりに治安が良くない
(正)2つめと1つめの間は誰でも通れる代わりに治安が良くない

 20141124 12時53分 誤記修正
(誤)それは正に晴天の霹靂であったろう
(正)それは正に青天の霹靂であったろう
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