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マギクラフト・マイスター 作者:秋ぎつね

40 空間振動篇

1461/1532

40-01 春が来る

 3月15日はエルザの誕生日である。
 場所は蓬莱島、研究所内の大食堂。

「エルザ、誕生日おめでとう」
「ありがとう、ジン兄」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
 蓬莱島では、『仁ファミリー』が勢揃いして誕生日を祝っていた。
 白いテーブルクロスを掛けた大きな卓上にはこれまた大きなバースデーケーキが。
 ペリドたちが苦心の末に完成させた一品である。

 特に苦労したのはスポンジケーキ部分。
 仁も作り方は知らなかったので、何度も試行錯誤を重ねたのだ。
 小麦粉は薄力粉を使うと悟るまで数回。
 小麦粉をふるわないとダマになるし、泡立て方が悪いと膨らまないなど、薄力粉、卵、砂糖の他、バターやミルクを入れてみるまでに数回。
 そしてバターとミルクを入れてから十数回。さらに最適な配合比や焼く温度、時間などを見つけるまでに数十回。

 失敗作は生け簀の魚に食べてもらった。無駄にしなかったのが救いである。

 スポンジケーキの次に苦労したのが生クリーム。
 チーズを作る文化はあるのになぜか、クリームを作っていなかったのである。
 そもそもミルクの脂肪分は通常100グラムあたり4グラム前後(季節で変わる)。であるから遠心分離しても、採れるクリーム分は僅か。
 そういうわけで、アルス世界ではクリームが食べられていなかったのであろう。
 同じ理由でバターもあまり普及していない。

 余談だが、チーズはエリアス王国のモフト村のような山の村を中心に作られている。
 基本は、温めたミルクに酢を入れてタンパク質分を分離させたカッテージチーズ。
 バルクスターターと呼ばれる乳酸菌の種菌を使うと、さらに種類が増える。

 閑話休題。
 今回のケーキは、エルザの好きなエアベール(=イチゴ)をふんだんに使ったケーキである。
 春の香り満載のケーキだ。
「ふーっ」
「お見事」
 蜜蝋でできたロウソクを一息で吹き消したエルザに拍手が贈られる。
「……ありがとう。じゃあ、切るね」
 エルザ自ら、巨大なホールケーキを切り分けていった。

「うん、うまい」
「ラインハルトがそう言うならこのワインは当たりだね」
 ラインハルトは、マルシアが持って来た発泡ワインを一口飲んで気に入ったようだ。
「発泡ワインは甘口が多いけどこれは辛口に寄っているからな」
 アルスでは発泡ワインは女性や子供向けとして甘めに作られることが多いのだった。

「美味しい」
 エルザが飲んでいるのはノンアルコールの炭酸ジュース。
 熟したビチス(=ブドウ)の果汁を炭酸で割ったものだ。
「おいしいね!」
 この味はハンナも気に入ったようだった。

「ううん、こんなワインがあったとは!」
 エゲレア王国ブルーランドの貴族、ルイス・ウルツ・クズマ伯爵も絶賛した。
「これが無名の酒造で作られたものとは!」
 そう、新進気鋭の酒造で作られたワインで、無銘なのである。
「この前行われたアーネスト王子の誕生会で出たワインより美味いな」
 ルイスは、首都で行われた誕生会に出席してきたのだという。
「我が国も、もっと産業を振興していかねばな……」
 そして彼は、産業振興の旗手の1人であるビーナをちらと見やった。

「トポポチップスも美味しいわね」
 妊娠中でアルコール厳禁のビーナはラモンスカッシュ(ラモン=レモン果汁を炭酸で割り、砂糖を加えたもの)を飲みながらつまみ類を食べている。大分お腹も目立ってきていた。
「そうそう、この前はありがと、ジン。教えてもらった、カラメルをまぶしたポップコーン、評判いいわ」
「それはよかった」
 塩味一辺倒ではなく、甘い物も合わせて販売することで、より広い客層に受けているようだ。
 こうした食べ物と魔導具は、エゲレア王国の産業界をいい意味で刺激しているという。

「あとは孫の顔が見たいでしょう?」
「ええ、まあ。でも、これだけはジン様と言えども……」
「それはねえ、授かりものだからなんともいえないやね」
 隅の方ではミロウィーナ、ミーネ、マーサが何やら話している。
 仁は本能的に近付かない方がいいと判断し、反対方向へ移動した。

「ジン、これ美味しいわね!」
「ジン様、おいひいでふ」
「マリッカ、口に食べ物入れたまま喋っちゃ行儀悪いわよ」
 シオンとマリッカはフライドチキン……いや、コカリスクのから揚げを頬張っていた。
 コカリスクが苦手なエルザであるが、今日はお客のために用意しているのだ。
 何種類かスパイスを変えてあるので、香りの違いを楽しめるようになっている。
「食べ過ぎるなよ。まだあとからいろいろ出てくるから」
「うん」

 その言葉どおり、ゴーレムメイドたちがトレイに料理を載せて現れた。
「ほら、来た来た」
「わあ!」
 五目寿司、いなり寿司、かっぱ巻きといった寿司系。にぎり寿司は好き嫌いが分かれるので、今回はなし。
 赤飯、山菜おこわ、マルオン(=栗)おこわといったおこわ系。
 サンドイッチ、ジャムパン、パンケーキ(ホットケーキ)類。
「目移りしちゃうわ」
「好きなものを好きなだけ食べてくれよ。お茶もあるから」
 緑茶、ほうじ茶、玄米茶、テエエ、クゥヘ、ペルヒャ茶。

「この子、お粥が好きみたい」
 ベルチェは連れて来たユリアーナにお粥をスプーンで食べさせている。
「もう立ち上がって歩いたりもするんですのよ」
「目が離せないわね」
「可愛いわあ」
 ステアリーナとヴィヴィアンがそんなユリアーナを構っている。

「懐かしい味だなあ」
 グースは山菜おこわを食べながら呟いた。
「ミツホやフソーにもおこわがあったのか?」
 その呟きを聞いた仁が尋ねる。
「あったよ。ここまで美味しくはなかったけどな」
 米や餅がある文化なので、当然と言えば当然であろう。
「でもマルオンを入れるという発想はなかったなあ」
「そうか」
 栗おこわも好きな仁としては外せなかったのでいささか意外であった。
「あまりマルオンが採れないというのもあったんだと思う」
 グースは自分なりの分析をした。

 皆の楽しそうな様子をカメラに収めていくのは礼子。撮影枚数は、もう100枚を超えているようだ。

 頃合いと、仁はエルザのそばへ行く。
「あ、ジン兄」
 エルザはマイペースでケーキを食べていた。
「今日は、楽しい」
「うん、そうだな」
 仁はエルザを伴って、ちょっと外に出てみる。
 日射しは柔らかく、空は青い。
 北回帰線上にある蓬莱島には、すでに春が来ていた。
 いつもお読みいただきありがとうございます。

 20170312 修正
(旧)ペリドたちが苦心の末完成させた一品である。
(新)ペリドたちが苦心の末に完成させた一品である。

(旧)バターやチーズを作る文化はあるのになぜか、クリームを作っていなかったのである。
(新)チーズを作る文化はあるのになぜか、クリームを作っていなかったのである。

(旧)にぎり寿司は好き嫌いが分かれるので割愛。
(新)にぎり寿司は好き嫌いが分かれるので、今回はなし。
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