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マギクラフト・マイスター 作者:秋ぎつね

39 拾遺篇

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39-37 トラブル

 大型『魔導投影窓(マジックスクリーン)』に映る場面は、まさに前半の見所といってよかった。
 今回はイオ島を回り込むのではなく、もう一つ先にある『トリュ島』を回ってくることになっている。
 その際、まずはイオ島とトリュ島間を右に回り込み、トリュ島を左回りに巡って、再度トリュ島とイオ島の間を左に回り込んで戻ってくる、つまり『8の字』を描くような航路が設定されている。
 今、8艇の船はそのイオ島目指して疾駆していた。

「ガンバレー!」
「マルシア、負けるな! 俺が付いてるぞ!!」
「リーチェ、今年こそ優勝だ!」
 イオ島にも観客が大勢詰めかけており、思い思いに贔屓ひいきの船と選手に声援を送っていた。
 今の順位は3、1、6、7、4、8、2、5。ゼッケン7、紫色の水着を着たモーブルが順位を上げている。
 彼女の乗る船の水車は、他と比べて幅が広く、直径が小さめだ。駆動しているゴーレムも、なかなか精悍なデザインをしていた。

「あれって、マルシア工房の船じゃなさそうですね」
 特別ゲストとして仁が発言すると、司会者は即反応した。
「ジンさんの仰るとおり、ゼッケン7、モーブル嬢の船は基本設計こそマルシア工房だが、製作したのはセルロア王国の工房だそうです」
「なるほど、だから少し形状を弄ってあるのですね」
 8艇の船は、『ゲート』を危なげなく順に通過し、イオ島を回り込むコースに入った。

*   *   *

「マルシアお姉ちゃん、頑張ってる」
「そうですね。……みんな、凄いなあ」
 ハンナとリシアは初めて見る船のレースに釘付けだ。
「セルロア王国製の船……やっぱり完成度が高い」
 一方エルザは、ゼッケン7の船をじっくりと観察していた。

(確かに、セルロア王国製の雰囲気が散見されるな。しかし一番着目点は材質だ)
 仁もまた、無言でゼッケン7の船を観察、分析している。
(表面は金属。おそらく軽銀だろう)
 木製の骨組みに、軽銀の外装。水の粘性抵抗を減らすにはいい方法だ、と仁は思っている。
 そして、強度と重さを考慮するなら、軽銀は木材よりも上だ。というのも、工学魔法『硬化(ハードニング)』や『強靱化(タフン)』による強度アップの割合は、木材よりも金属の方が上だからである。
 これはおそらく分子構造の違いからくるもの。
 自由魔力素(エーテル)の『(ネット』による強化度合いは、複雑な有機物である木材よりも、単純な金属結合をしている軽銀の方が効果的であるということだ。
 魔法技術の進んだセルロア王国ならではの工夫といえる。
(それに、あの水車の形状……)
 マルシアが作ったものを除けば、非常に洗練された形状である。おそらく何度も試作を繰り返し、最適な形状を模索したものと思われた。
 径が小さめで幅が広いということは、高回転型ということ。
(なるほど、ゴーレムも小さいな。その分軽くなっているんだろう。でも小さくなった分力が落ちる。それをカバーするための回転数アップ、といったところか)
 どちらがいいかは一概に言い切れないので、結果は競技が終わった時に出るだろう、と仁は考えている。
 そして。
(マルシアの船……というより、スクリューにかな? 微妙にブレが出ているような気がするな……バランスが取れていないのかも)
 マルシアが使っているのは4枚羽根のスクリュー。4つの羽根、その大きさ、重さ、捻り角度、表面状態などのバランスが取れていないと、高速で回転した際にブレが生じ、振動したり軸に負担が掛かったりするのだ。
(昨日も調整していたらしいしな……ぶっつけ本番の設定だったんだろう)
 それが少し心配な仁であった。

*   *   *

「抜かれた!?」
 今、ゼッケン6、マルシアの船は、ゼッケン7、モーブルの船に抜かれたのだった。
「やるね! でもこっちも負けないよ。アロー!」
「はい、マルシア様」
 仁が手掛けてくれたゴーレム、アローが負けるはずはないと、マルシアは1段階速度を上げることにした。

*   *   *

「今、全員がイオ島を回り込んでおります! ……ああっと、ゼッケン7、ゼッケン6を抜きにかかりました。速い速い!」
 歓声が上がる。
「抜いた! ゼッケン7モーブル嬢、3位に浮上! だがゼッケン6、マルシア嬢も負けてはいない! 速度が上がっております! 並んだ!! 並びました!!」
 魔導投影窓(マジックスクリーン)にはデッドヒートの様子が映し出され、競技中盤のこの見せ場に観衆は興奮気味だ。
 ゼッケン6と7は並走したままイオ島を回りきり、トリュ島方面へと舵を切った。
 その時。ゼッケン6、マルシアの船が僅かに振動したかに見え、その直後、急に速度が落ちる。
「ああっ! どうした、ゼッケン6!? 急に失速した!!」
(スクリュー軸がいかれたな?)
 仁はその挙動から推測した。

 回転する物体は、バランスが悪いと振動する。これは回転数にも依存し、もっとも振動が大きくなる回転数というのもある。
 電気洗濯機などでの脱水の時、詰め方が悪いと脱水槽がぶれてしまう、あの現象だ。
 このぶれがマルシア艇のスクリュー軸の疲労破壊を招いたのである。

*   *   *

「ああ、しまった!」
 マルシアはスクリュー軸を確認し、臍を噛んでいた。
 昨日、念入りに『横置き水車』=スクリューの調整を行ったのだが、その時にスクリュー軸に僅かな歪みが出ていたのだ。
 それに気づいていながら、何の対策もしなかった自分の迂闊さに腹を立てていた。
「急いで直さないと」
 だが、疲労したスクリュー軸は折れる寸前。
 そしてここには直すための資材がない。
「困ったね……できれば軸は一回り太くしたいしねえ……」
 トルク(回転力)に負けてねじ切れそうになっているスクリュー軸を見つめながら、マルシアはぼやいた。

「マルシア様、一時的にですが、私の左腕を使いましょう」
 そこにアローがとんでもない提案をしてきた。
「な、なんだって!?」
 驚くマルシアに、アローは淡々と告げる。
「私の骨格は軽銀です。それを使えば軸の補修と強化が同時にできます。幸い、スクリューを回しているのは脚ですから、片腕がなくても支障はありません」
「アロー……」
「ジン様がいらしていますから、競技終了後、すぐに直していただけると思いますし」
 そんな会話をしている横を、他の船が次々に抜いていく。
「マルシア様、ご決断を」
「……わかった。アロー、ごめん」
「いいえ、お気になさらないでください」
 アローは初級レベルの工学魔法を使える。
 そして初級レベルで十分に修理は可能なのであった。
 5分も掛からずにスクリュー軸は元通り、いやより強化されて復活した。
「まだ間に合います。急ぎましょう」
 駆動席に座ったアローが言うと、操縦席のマルシアは頷いた。
「もう細かい作戦はなしだ。どうせ最下位なんだから、思いっきり行くしかないしね。アロー、頼んだよ!」
「はい、お任せください」
 アローが駆動ペダルを踏むと、スクリューが勢いよく回り出した。ゼッケン6は弾かれたように飛び出す。

*   *   *

「応急修理が終わったのか、ゼッケン6、再び航行を始めました! だが順位は既に最下位、7位との差は1キロ以上開いております!」
「これからどう挽回していくか見ものですね」
 司会と解説者はそんな言葉を発していたが、仁はアローとマルシアが乾坤一擲けんこんいってきと言える手段に訴えたのを見て取っていた。
(頑張れ、マルシア。アロー、頼んだぞ)
 ゲストという立場上、声に出して応援できない仁は、心の中で声援を送ったのだった。
 いつもお読みいただきありがとうございます。
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