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マギクラフト・マイスター 作者:秋ぎつね

36 移動基地篇

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36-05 罠

「ここが目的の階層なのか?」
《そのはずだ》
 仁一行はようやく、この『移動基地』を管理する魔導頭脳があると思われる階層に到達していた。
「さて、何が出るか」
 一行が今立っているのは、来た場所よりは狭いホールであった。
「どっちへ進めばいいのか、まるでわからないな」
 ホールは直径10メートルほどの円形。どちらへ向かっても同じに見える。扉も見あたらない。
 その時、仁の分身人形(ドッペル)(仁D)は、気圧の変化を感じた。
 正確には『低下』を。
「空気が抜かれている?」
 現在の気圧は0.8気圧くらい。1秒ごとに10パーセントずつ気圧が下がっている。
《なかなか効果的……なのか?》
「人間相手ならな」
 一行に人間はいないので、例え真空になっても困りはしない。
「ああ、だが『ヘレンテ』と会話できなくなるな」
 仁Dとランドたちは内蔵魔素通信機(マナカム)で会話できるが、『ヘレンテ』は違う。
 真空中での会話は、接触して直接『振動』を伝えないと成り立たないのだ。
(『ヘレンテ』にも魔素通信機(マナカム)を内蔵しておけば……いやそれはいろいろと無理があるか)
 そうこうしているうちに、気圧は0.2気圧まで下がった。
 が、どうやらそれで終わりらしく、完全な真空になることはなかったのである。
「何とか会話は可能か」
《うむ、そのようだ》
 気圧が低いため声は小さくなっているが、聴力のよい彼等には問題はない。
「罠……とまではいかないが、『人間』もしくは『生物』を排除するための処置だな」
《うむ、おそらくそれで間違いない》
「なら、早くこのホールを出た方がいいな」
《同感だ。まだ他の攻撃が来る可能性が高い》
 仁Dと『ヘレンテ』は簡単な打ち合わせをし、このホールから出ることで意見は一致した。
 が、少々遅かったようだ。
《む!? ガスか?》
 気圧の下がった部屋に、一気に気体が流れ込んでくる。それは『硫化水素』だった。
 人間が吸えば致命的なだけではない。金属類も腐食させるのだ。
《ふむ、このガスなら……『分解(ツェルゼッツン)』》
 『ヘレンテ』が魔法を使った。
 硫化水素の中和は現実では難しいが、魔法でなら可能だ。
 硫化水素は水素と硫黄に分解され、硫黄は固体となって床に堆積した。
「『化合(コンバイン)』」
 仁Dは水素と空気中に残った僅かな酸素を『緩やかに』化合させ、水に戻した。
 これにより、硫化水素は無害化されたのである。

「なかなかえげつないことをするな」
《うむ。急いでこのホールを出た方がいい》
 が、ランド5体の懸命の捜索にもかかわらず、まだ出口は見つからない。
 仁Dはランド隊と共に出口を探すことに専念する。

 そして攻撃の第3弾が繰り出された。
 ホールはあっという間に液体で満たされる。
《今度は……水攻めか? ……いや違う、これは……酸だ!》
 『ヘレンテ』には各種分析機能があるようで、『塩素と水素からなる酸』と言った。つまり、『塩酸』である。
「まったくえげつないな」
 ホールの壁、床、天井は、硫化水素や塩酸では腐食しないよう、アダマンタイトでコーティングされている。
 ランドの外装は軽銀、その酸化皮膜は塩酸には冒されない。
 仁Dも塩酸程度なら問題なく耐えられるが、『ヘレンテ』はステンレス系の外装を持っている。
 そしてステンレスは塩素イオンと相性がよくないのだ。
 つまり塩酸に長く浸かっていると危険である。
「ええと、確か……」
 仁はなけなしの化学知識を思い起こす。
「塩酸……塩化水素HClを電気分解すると水素H2と塩素Cl2になるんだっけかな……ランド、全員『電気分解(エレクトロリシス)』だ!」
「はい、ご主人様」
 ランドたちはその手から雷属性魔法『電気分解(エレクトロリシス)』を放つ。
 雷属性魔法であると同時に工学魔法である。
 ランドの右手にはマイナスの電荷が生じ、左手にはプラスの電荷が生じる。
 右手には水素イオンH+が集まってきて、電荷e−を得て水素原子Hとなり、水素原子同士結合して水素H2の気泡となる。
 一方、左手には塩素イオンCl−が集まり、電荷e−を失って塩素原子Clとなり、塩素原子同士結合して塩素Cl2となる。
 通常の電気分解はそれなりに時間が掛かるが、工学魔法ではイオンの速度を上げて反応を加速する働きも加味されており、短時間で塩酸はただの水となった。
《助かった、ジン殿》
 水中なら声は伝わる。
 礼を言う『ヘレンテ』。が、その身体の表面は艶を失いかけていた。

 そして仁Dは『音響探査(ソナー)』により、壁の向こう側に空洞を見つけた。
「『変形(フォーミング)』」
 これ以上このホールにいる危険を冒す必要はないと、工学魔法により壁に穴を開ける仁D。
 元塩酸だった水はその穴から流れ出していった。
「これを見て、この『移動基地』の管理頭脳はどう思うだろうな」
《わからぬ。『オノゴロ島』の『管理頭脳』は論理的思考が出来なくなっていたからな。ここも似たような状況と考えていいだろう》
「確かにな。そういった思考を推測するのは確かに難しいか」
 やがて水は全て流れ出してしまった。
「向こう側には排水設備があるらしい」
 流れ出した水が床の隅にある排水口らしき穴へ吸い込まれていくのを見て、仁Dはそう推測した。
 水に浮く乗り物であれば、そうした排水設備があってしかるべきだからだ。
「行ってみるしかないな」
「先頭は私が」
 ランド11が名乗り出、仁Dはそれを承認した。
 ランド11、ランド12、仁D、『ヘレンテ』、ランド13、ランド14の順で部屋を出る。
 ランド15は位置を定めず、遊撃的なポジションだ。
 出た先は通路であった。そのまま進む一行。
「これで合っているかどうかはわからないな。逆方向へ向かっている可能性もあるわけだし」
《確かにそうだ。だが、私の持つ『移動基地』の情報と照らし合わせると、完全に逆というわけではないな》
「ん? わかるのか?」
《侵略者が全てを変えてしまったなら別だが、そこまでする必然性はないだろうからな》
 『ヘレンテ』は先頭に立って通路を進み、途中で左に折れた。
《こちらでいいはずだ》
 おおよそ90度逸れていたらしい。
 『ヘレンテ』は慎重に歩いて行く。仁Dはその後ろから付いていくが、その動きがどこかぎこちないのを見てとった。
「『ヘレンテ』、調子がよくないのではないのか?」
《む、大丈夫だ。まだ動作不良を起こすほどではない》
 硫化水素や塩酸の影響を少し受けたらしい。
 外装の継ぎ目などに影響が見られる。もしかすると内部も多少腐食したかもしれない。
《知ってのとおり、私には代わりがいる。心配無用》
 それだけ言うと、『ヘレンテ』は無言で通路を進んでいくのであった。
 いつもお読みいただきありがとうございます。

 20161102 修正
『仁の分身人形(ドッペル)』ですが、その話の最初に出てきた時をのぞき『仁D』と表記することにしました。
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