挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
マギクラフト・マイスター 作者:秋ぎつね

1000 特別篇

1000/1473

1000回記念 特別篇

ついに1000話達成しました。10話分は資料ですが……。

1000回記念特別篇です。

書いていたら長くなってしまいましたが、連休のつれづれにどうぞお楽しみください。

 ちょっとした用事があったので、仁は蓬莱島から崑崙島へと移動した。
『しんかい』を経由して転移門(ワープゲート)での移動は、ほとんど時間のロスなく行われる。
 礼子とエルザが一緒に付いてきていた。





〈……*******……〉
(……?)
 移動中、何か聞こえた気がした。
 そして崑崙島に出るはずが、まったく見覚えのない場所に、3人は立っていたのである。





 狭い路地。そこから見えるのは、見覚えのない風景であった。
「お父さま、ここは……?」
「ジン兄?」
「………………」
 礼子とエルザの声も耳に入らないかのように、仁は立ち尽くしていた。
 行き交う人々。
「……不思議な町」
自由魔力素(エーテル)はそれなりに存在していますが、空気が澱んでいます。長い時間呼吸すると呼吸器に害を及ぼしそうです」
 道路に溢れた自動車。
「…………」
 立ち並ぶビルディング。
「黒い髪の人が随分いる」
「茶色や金髪の人が多いですが、それでも……」
「……」
 仁はまだ無言のまま。
「……もしか、して?」
「お父さま?」
 仁は初めて口を開いた。
「……日本だ」
「え?」
「……ここは、俺が生まれ育った国だ」
「そう、なの?」
 エルザも礼子も、仁の知識を得ているので、日本語を理解できる。
「……たし、かに」
「……アルスではなさそうですね。でも、何故?」
「……声を聞いた」
 仁が、ぼそりと呟くように言った。
「声、ですか?」
「ああ。確か、『創造主(さくしゃ)からの贈り物だ。束の間だが、故郷を楽しむといい』……と言っていた、気がする」
「創造主様の声を聞いた、の?」
「さすが、お父さまです!」
「……とりあえず、ここが何処なのか確認しないとな。行こう」



 仁たちは歩き始めた。そして、路地から出た途端、どこなのかを悟った。
「……秋葉原だ」
 JRの高架線が架かり、電気店の看板が立ち並ぶ。そして中央通りには人が溢れていた。
「歩行者天国……ということは、今日は日曜日か」
 ある意味、都合が良かったともいえる。3人の格好が目立たないからだ。
 仁もエルザも礼子も、現代日本の標準ファッションとはいささか、いや、かなり異なった出で立ちであるから。

(ねえねえ、あの子かわいいじゃん)
(金髪かー。やっぱり外人はコスプレしても決まってるよな)
(え、あれってコスプレなんか?)
(決まってんだろ? あんな普段着があってたまるかよ)
(ちっこい方もかわいいよな。メイド服か? だけど、あの3人、どんな関係だ?)
(まさか夫婦じゃないよな……)
(それこそねえだろ。野郎はどう見ても日本人だぜ)

 などと、耳の良い礼子でなくても聞こえる声で3人のことが囁かれている。
「……とにかく移動しよう」
 ポケットを探ると、千円札が3枚入っていた。
 これも『創造主(さくしゃ)』からの贈り物か、と、ありがたく使わせてもらうことにする仁。
 すぐ近くの隣の駅まで歩き、そこで切符を買って快速に乗り込んだのである。

「……魔力は感じない。でも動いている。これが、科学?」
 感心するエルザに仁は小声で囁くように注意した。
(魔法とか魔力とか、大声で口にしちゃ駄目だ。この世界には魔法は無いんだから)
(……わかった。ごめんなさい)
 3人はそのまま新宿をすぎても乗り続けた。
 高円寺を過ぎ、吉祥寺も過ぎた。
 そして小さな駅で降りる3人。
 仁は改札を出た時から足早に歩いていたが、その速度は更に速くなっていくのだった。
 歩くこと20分。3人がやって来たのは……。
「……変わってないな」
 そこは孤児院——児童養護施設であった。


 無言のまま佇む仁に、エルザはおそるおそる尋ねた。
「……ジン兄の、家?」
 仁は無言で頷く。仁の目には、うっすらと光るものがあった。
 その時。
「……仁?」
 施設の扉が開いて、中から声が掛けられた。
「仁……やっぱり仁なのね!」
「……先生……」
 出てきたのは60代後半の小柄な女性。髪はすっかり白くなっており、腰も少し曲がっていた。
「……溶鉱炉で行方不明になったって聞いていたけど、無事だったのね、よかった……」
 そして仁に縋り付いた。
「無事だったんなら、なんでもっと早く帰って来なかったの! ここはあなたの家なのよ!」
「先生、ごめん」
 仁もまた、抱きしめ返して涙を流した。

*   *   *

 落ち着いたあと、3人は施設の中に招き入れられた。
「仁、どういう方たちなのか紹介してちょうだい」
「ええと、この子はエルザ。こっちは礼子です。エルザは俺の婚約者で、礼子は娘です」
「……え?」
 婚約者と娘を同時に紹介すれば、混乱されても仕方ないだろう。
「ええと、礼子は人間じゃなくて自動人形(オートマタ)なんですよ」
「……ええ?」
 いつもの調子で自動人形(オートマタ)という説明をしてしまったので、院長先生には更に訳がわからない、という顔をされてしまった。

・・・
・・


 懐かしい院長先生の部屋で、仁は説明をした。
「……俄には信じられない話ね」
 覚悟を決めた仁は、自分が電気炉の取鍋に落ちた話から、異世界に召喚され、そこで2代目の魔法工学師マギクラフト・マイスターとなったこと、そして繰り広げてきたこれまでのことをざっと話したのである。
「魔法のある世界? 召喚? 仁の口からでなければ、頭がおかしいのかと思ってしまうわ」
「でしょうね……でも、本当なんですよ」
「ま、まあ、信じるわよ」
 長時間の話で座り疲れた院長先生は、座布団から腰を浮かし、背中を叩いた。
「先生、腰が?」
「ええ、ここのところ痛くて。歳よね」
 その時、今まで黙っていたエルザが口を開いた。
「あの、ちょっとそこに横になって下さい」
「え?」
「先生、エルザは向こうでも超一流の治癒魔法士なんですよ」
「……そうなの?」
 まだ半信半疑ながら、院長先生は座布団を並べ、そこに腹這いになった。
 エルザはそんな院長先生の背中をさすりながら診察していく。
「『診察(ディアグノーゼ)』……すこし腰椎が圧迫骨折、気味。……『快復(ハイルング)』」
「え……?」
 エルザの治癒魔法が効いたのだろう、院長先生はびっくりして起き上がった。
「あら? もう痛くないわ」
「でしょう?」
「あ、まだ起きないで下さい。腎臓と肝臓も弱っているので、そちらも治癒、しましょう」
「え? え? え?」
 今度は仰向けに寝てもらった院長先生の腹部に手を当てたエルザは、再度治癒魔法を掛ける。
「『治療措置ハイルフェルファーレン』」
 淡い光がエルザの手から院長先生のお腹に吸い込まれるようにして消えていった。
「これで大丈夫、です」
「……」
 半信半疑だったが、今の妙技を見せられては信じざるを得ない。
「じ、仁、あなたたち、本当に……」
「はい。……それで、いつまでこっちにいられるかもわからないんです」
「本当に、そうなのねえ……私としては、仁にこの孤児院を継いでもらいたかったんだけれど……」

*   *   *

 そのとき、ドアの向こうから声が聞こえてきた。
(ねえ、きこえる?)
(うーん、よくわかんない)
(つかえないやつだな。おれにかわれよ)
(あ、あんまりおさないでよ!)
 ひそひそ話のつもりなのかもしれないが、薄いドア越しなので聞こえてしまうのだ。
「あらあら、みんな、仁が戻って来たのに気づいちゃったみたいね」
「そうか……」
 仁は子供たちに会おうと再び覚悟を決めた。
「礼子、ドアを開けてくれ」
「はい、お父さま」
 礼子がドアを開けると……。
「わあ!」
「きゃあ!!」
「うわっ!」
「いてっ!」
 4人の子供たちが部屋に転がり込んできた。
 それは、仁がよく見知った子供たち。但し、仁の記憶よりも少し成長していたが。
「……じんにーちゃん?」
「やっぱり、仁おにーちゃんだ!」
「仁にーちゃん!」
「おかえりー!」
 4人の子供たちが仁に殺到してくる。仁はそんな4人を受け止めた。
「みんな、ただいま」

*   *   *

 その後仁は、4人だけでなく、他の子供たちとも再会を果たした。
「仁にーちゃーん、どうしてずっと来てくれなかったの?」
「外国行ってたのか?」
「その人、にーちゃんのかのじょ?」
「こっちの子はだーれ?」
 子供たちに理解できるように説明するのはなかなか難しく、仕事で外国に行っていたことにした。
 エルザは黙っていても外国人に見える。だが、礼子は。
「わたくしは礼子。お父さまに拾っていただいたのです」
 ……自分の判断で、仁の養女である、と設定してくれていた。

「みんなー、仁にーちゃんがかえってきたよー!」
「あーっ、ほんとだ! 仁にーちゃーん!!」
「どこいってたんだよー、にーちゃん!」
「仁にーちゃん、あそぼーよ!」
「にーちゃーん、もうどこにもいかないでー」

「えるざおねーちゃん、きれい!」
「きんぱつだー」
「色しろーい」
「かわったふくー。でもすてきー」
「びじんだー」
「でもむねあんまりないね」
 エルザも子供たちに人気であった。一部、心ない言葉が飛び交ってはいたが。

「れいこちゃんていうの?」
「よろしくね!」
「いっしょに、あそぼ?」
「はい、いいですよ」

 その光景は、院長先生がずっと望んで止まないものであった。

*   *   *

 日が傾いて、夕方になった。
 子供たちと遊んでいた仁たちは、一旦休憩している。
「ただいまー」
「あら、義行よしゆきが帰ってきたわ」
「え、義行?」
 院長先生の言葉に、仁は腰を浮かした。
 二堂 義行。
 仁の弟分で、来年高校を卒業する。院長先生が次代の院長に、と願っている子だ。
「先生、ただ今帰りました……って、兄さん!?」
「義行か、大きくなったなあ」
「兄さん、やっぱり生きてたんだ!」
「ぐおっ」
 昔のままの勢いで義行は仁に飛び付いた。
 油断をしていた仁はそのまま畳に押し倒される。見方によってはどこかの腐人が喜びそうなシーンである。
「ご、ごめん」
「……重い。早くどいてくれ」

 ようやく落ち着いた義行にも、仁はこれまでのことを説明した。
「異世界? 魔法!? 知識チート!」
 義行はネットでライトノベルを読むのが好きだったため、仁の言うことを最初から信じた。
「こっちの人が兄さんの婚約者? 綺麗な人だなあ……」
 エルザを見てはぽーっとし、礼子を見ては、
「この子が自動人形(オートマトン)!? 人間にしか見えない……可愛い!」
 と言って抱きしめたそうな目で見つめた。

 その時である。
「院長さん、いるかい?」
 玄関の戸を開けて、誰かが入って来た。
 その者は、どうぞとも言われないうちにずかずかと土足のまま上がってきた。仁たちのいる居間に現れたその男は一目でヤの字の商売とわかる。
「おお、いるじゃねえか。どうだい、出ていく気になったかい?」
「何度も言っているでしょう。出ていく気はありません」
「でもよ、この土地は俺等『○○組』が買いとったんだ。だからあんたたちは不法占拠しているということになる。出るとこ出てもいいんだぜ?」
 そんな男に対し、義行が立ち上がって言い返した。
「こ、こっちは長年ここに住んでいて、居住権というものもあるんだ。施設として、国からの補助ももらっている。裁判になっても負ける気遣いはないんだぞ?」
 少しだけ声が上ずっているが、身長180センチを超える義行の勢いに、男は少し怯んだ。
「ふん、後悔するなよ!」
 お決まりのセリフを残して出ていったのである。

「……ふう……」
 義行がへなへなとくずおれる。
「義行、強くなったな。立派だったぞ」
 仁は褒めた。
「……何言ってんだよ……もうガクブルだったんだぜ……」
「それでもあんな奴に立ち向かったじゃないか。お前はえらいよ」
 再度仁が褒めると、義行は少しはにかみながら微笑んだ。
「……へへ、兄さんに褒めてもらえたのなんて何年ぶりかな」

「先生、いつからあんな?」
 男が土足で上がってきた汚れを雑巾がけしながら仁は尋ねた。
「この夏、元の地主さんがお歳を召されてね。ついうっかり、あの連中に売ってしまったらしいの」
「……」
 証書は正式なものということである。仁は渋い顔になった。
「ジン兄、どういうこと?」
 こちらの事情には疎いエルザが、我慢できなくなって質問してきた。
「ああ、簡単に言うと、この施設の土地は借地で、元の持ち主がうっかり悪い奴らに土地の権利書を売ってしまったんだ。とはいえ、ちゃんとした手続きを踏んでいるから、法的には文句をつけられない状態なのさ」
「……それで、立ち退け、と言ってきているわけ?」
「そういうことだな」
 そこに礼子からも質問が。
「お父さま、別の場所に移動するのは難しいのですか?」
「そうなんだよ、礼子。日本では余った土地なんてものはほとんどないんだ。ここを追い出されたら、行き先がないんだよ」
 それを聞いた礼子は憤る。
「なら、あいつらをつ……」
「ストップ」
 おそらく『潰せばよろしいのでは?』とか何とか言おうとしたであろう礼子の口を封じる。
「この国では荒事は厳禁だ。こっちの立場が悪くなるだけだからな」
「……わかりました」
 渋々ながら頷いた礼子である。


 一旦その話は置いておいて、みんなで夕食だ。
「うわー、今夜はごちそうだね!」
 子供たちが喜んでいるのは、ハンバーグが食卓に上っているから。
「そうよ、今日は仁が帰ってきてくれたからね」
「わーい!」
「エルザお姉ちゃんと礼子ちゃんも手伝ってくれたのよ」
 そう、院長先生と一緒に、2人も夕食の仕度をしたのである。
 その過程で、仁の好みの味付けを伝授して貰ってもいた。
「いただきまーす!」
「いただきます」
「あらエルザさん、お箸の使い方上手ね」
「はい、ジンに……ジンさんに教わりました、から」
「まあまあ、そうなの。ご立派ね。仁のこと、よろしくお願いしますね」
「は、はい」
 院長先生の言葉に赤くなるエルザ。
「あー、おねえちゃん、あかくなったー」
「おねえちゃん、かわいいー」
「こら、年上の人をからかっちゃいけません」
 子供たちがそんなエルザを囃し立てたが、院長先生に窘められて静かになった。

 その時、玄関からもの凄い音がした。
 ガラスが砕ける音がし、建物が揺れる。
「な、何だ!?」
「まさか……」
 仁と義行は立ち上がると玄関へと走った。そこには。
「うっ……」
「なんてことを」
 10トンクラスのダンプカーが突っ込んでいたのである。
 玄関のサッシはおろか、柱、壁がぐしゃぐしゃである。
 そしてダンプカーにはナンバーが付いておらず、運転手も見あたらなかった。
 関わり合いを恐れて、近所の者も誰一人見に来ていない。
「これって○○組の仕業じゃないのか?」
「……きっとそうに違いないな」
 そこへ、院長先生もやってきた。子供たちには絶対に来るな、と言い置いてきたそうだ。
「……なんてこと……!」
 そして、玄関の惨状を見て、がっくりと手を付いてしまった。
「……ああ……もう、だめかしら……」
 だが仁はそんな院長先生を優しく抱き起こした。
「大丈夫ですよ、先生。今は俺たちが付いてます」
 そう言って礼子に指示を出す。
「礼子、この邪魔なダンプをどかせ」
「はい、お父さま」
 仁の指示を受けた礼子はつかつかとダンプに近付くと、前蹴り一閃。
 轟音がして、ダンプは孤児院の玄関から吹き飛んでいった。
 院長先生と義行は目を丸くしてそれを見つめていた。
「ああ、通行の邪魔だな。小さくしておいてくれ」
「はい」
 仁からの再度の指示を受けた礼子は、道路に転がっているダンプカー目掛け、その拳を振るった。
 一撃ごとにダンプカーは凹み、小さくなっていく。
 5分も経たないうちに10トンダンプは、プレス機にかけられたような鉄塊となって転がっていたのである。
「タイヤは外して積んでおきました」
 他にも、バッテリーは危険物なので別にしてあるし、シートも取り外しておいてある。ちゃんと分別しているのだ。
「ご苦労さん、礼子。……さて、こっちも直さないとな」
 砕けた壁、折れた柱を見ながら、仁は呟いた。
「ええと、あの手を使うか」
 ちょうど夜なので見ている者はいないだろうと、工学魔法を使い始める仁。
「『分別(クラッシー)』!」
 本来は粉末を分別する魔法であるが、仁は破片混じりの瓦礫に用いた。強引な力業である。
「おお、ちゃんとコンクリートとガラスに分かれたな」
 今度はガラスに工学魔法を掛ける。
「『融合(フュージョン)』……おお、うまくいった」
 粉々に砕けたガラスとコンクリートなどの破片を一度一体化してから、ガラスだけ抽出してみたら、思いの外うまく行ったのである。
 かつてゴーレム園遊会(パーティー)の後、エルザへの誕生日プレゼントを作るために、壊れたゴーレムの破片からミスリルを取り出したのと同じ要領だ。
「『抽出(エクストラクション)』アルミニウム。『抽出(エクストラクション)』鉄。『抽出(エクストラクション)』……」
 アルミサッシのアルミニウムと、鉄筋の鉄を抽出。残ったのはコンクリートとわずかな異物、つまりプラスチックやアルミ・鉄以外の金属だ。
「よし、なんとか素材に分別できたな」
 今度は柱・壁・サッシの修復である。
 普通の魔法工作士(マギクラフトマン)では何日掛かっても終わらないような作業であるが、魔法工学師マギクラフト・マイスター仁にとっては少しだけ手間の掛かる仕事になってしまう。
 それでも、無事なサッシを参考にして、玄関のサッシを再生するのには1時間かかった。プラスチックの戸車などで手間取ったせいである。
「あとは壁と柱だな」
 折れた鉄筋は『融合(フュージョン)』で繋ぎ、崩れたコンクリートは『接合(ジョイント)』で再生する。
「色合わせができなかったけど、こんなものかな」
 2時間足らずで、ぐしゃぐしゃになっていた玄関は元通りになっていたのである。
「そして仕上げだ。『硬化(ハードニング)』『強靱化(タフン)』」
 仁渾身の魔法で強化しておく。10トントラックの突進くらいではびくともしないだろう。
「アダマンタイトがあればな……」
 などと言っているが、十分強化されている。

「これでよし、と。先生、直りましたよ」
「……」
「……」
 院長先生と義行は固まっていた。

*   *   *

「兄さん、凄かったよ! さすが生産系チート!」
 義行は手放しで仁を褒め称え、
「仁、本当に魔法が使えるようになったんだねえ……」
 院長先生も半ば感心、半ば呆れたような顔で仁を見つめた。
「それに礼子ちゃん。凄い力だねえ……」
「いえ、あれでも5パーセントしか出しておりません」
「ご、5パーセント……」
 2人ともその発言にドン引きである。

「でも助かったよ、仁」
「だけど、これで終わるわけないよね、兄さん」
「ああ。俺たちがこちらに戻れたのも偶然じゃない。きっと、この危難をどうにかするために戻って来たんだ」
 仁は院長先生の手を取った。
「先生、俺が……いや、俺たちがきっと何とかしてみせますから、安心して下さい」
「仁……ありがとう。でもね、無理だけはしないでおくれね」
「はい」
 その夜は念のため礼子に見張りをしてもらったが、何ごとも起きなかったのである。

*   *   *

「……で、いったいここの土地って、いくらなんですか?」
 翌朝朝食後、仁は義行と院長先生の3人で顔を付き合わせて話をしていた。
 エルザと礼子は子供たちと遊んだり、勉強を教えたりしている。
「1億2000万くらいと言っていたわ」
「なっ! ……高すぎない?」
「兄さんもそう思う? 土地がだいたい300坪だから、坪単価40万。都下にしちゃ高すぎるよね」
「何かあるのかな?」
「それはわからないなあ」
 そもそも1億2000万も出せるなら、もっといい立地条件の物件を手に入れることもできるだろう。
「1億2000万か……」
 仁は考え込んだ。
「兄さん、まさか用意できるとか言わないよね?」
 昨日の仁を見ていたら、それこそポケットからぽん、と出てきてもおかしくない、と義行は笑って言う。その笑いは少し引き攣っていたようだが。
「ああ、いやいや、現金は出せないよ」
「『現金は』なんだね……」
 仁なら、炭素からダイヤモンドを、アルミナからルビーやサファイアを作り出すことができる。しかし、それを売りさばくルートがないのだ。
 下手をしたらどこから盗んできたのか、といわれのない疑いをかけられるおそれもある。

「○○組ってどこにあるんだっけ?」
「本部は逝袋いけぶくろだけど、事務所がこの町にあるんだ。ここから1キロくらい離れた場所だけど」
「話を付けに行くかな……」
「兄さん!?」
「仁? 危ないことはしないでちょうだい!」
 だが、仁は2人に笑いかける。
「大丈夫、あんな奴ら、俺に指一本触れられやしないさ」
 仁は『守護指輪(ガードリング)』を嵌めた手を見つめた。
「礼子、行くぞ」
「はい、お父さま」
「エルザ、子供たちを頼む」
「ん、ジン兄」
 万が一の時のためにエルザを残し、仁は礼子と共に玄関を出た。

 そして、すぐに戻ってくる。
「義行、その事務所ってどっちにあるんだ?」
「兄さん……」
 仁のうっかりは健在であった。

*   *   *

 施設から西へ延びる市道を辿ること約1キロ。仁と礼子は○○組事務所の前に着いた。
「さて、何と言って入ろうか」
 などと思案していたら、向こうから扉が開かれた。
「何だ、お前は?」
「ええと、孤児院の関係者……かな?」
「何だと!?」
「いえね、どうしてあそこの立ち退きを進めているのか、聞いてみたいと思いまして」
 何か理由があるのなら、そしてそれが、仁に何とかできるのなら。そう思って尋ねてみたのだ。
「お前なんかに教えられっか!」
「まあ、そう言わずに」
「ふざけんな!」
 あくまで下手に出ていたのに、仁目掛けて拳が飛んできた。
 だが。
「あいっ、いってえ!」
 不可視のバリアに阻まれた。
「こいつ! 何をした!」
「何もしてませんよ。殴りかかってきたのはそっちじゃないですか」
 だが、この手の人間は、正論を言っても通じない。
「ざけんな!」
 また別の男が、今度は鉄パイプで殴りかかってきた。
 だが、礼子が30パーセントの力で殴っても持ちこたえたバリアである。鉄パイプくらいでどうなるものでもない。
「ぎゃっ!」
 殴った手が痺れ、パイプを取り落とす男。
「な、何だ?」
「こいつ、おかしいぞ?」
 ヤの字の付く職業の連中がどれほど愚かでも、そろそろおかしいと気付かないわけがない。
「だから、俺はケンカしに来たんじゃないんだって。どうしてあの土地が欲しいのか知りたいだけなんですよ」
「ふざけるな!」
 また別の男が蹴りを繰り出した、が、やはり同じ。仁の手前30センチほどでその足は見えない壁に阻まれた。
「こ、これは……?」
「なんかおかしな魔術でも使いやがるのか?」
 どっちかというと魔法なんだけどな、などと半ばどうでもいい感想を抱く仁。
「教えてくれたっていいだろう?」
「やかましい! こっちだって知るかよ! 上からの指示だ!」
「ああ、そうなのか」
 やはり本部に行く必要があるらしい、と仁は身を翻した。が。
「待てやコラ」
「殴り込んできて無事帰れると思うなよ」
「いや、別に殴り込んではいないと思うんだけど」
「じゃかしい!」
 五月蠅いのはお前だ、と言いたかったが、それを言うとさらにややこしいことになりそうなので仁は口を噤んだ。
「これから逝袋いけぶくろまで行くんだから、邪魔しないでくれよ……」
「るせえ! お前ら、やっちまえ!」
「……ああもう、学習能力のない奴らだな。礼子、障壁(バリア)だけ張って何もするなよ?」
 仁と礼子は耐物理防御の障壁(バリア)を展開し、しばらくそこに佇んでいた。

 木刀、角材、鉄パイプ、日本(ポン)刀。
 様々なもので打撃を加えてもびくともしない障壁(バリア)
「く、くそっ!」
拳銃(チャカ)持って来い!」
 頭に血が上った誰かが叫び、拳銃が持ち出された。
「……あー、面倒なことになりそうだ。礼子、取り上げろ」
「はい、お父さま」
 礼子は風よりも素早く動き、2人の組員から拳銃を取り上げた。
「な、何?」
「ば、ばかな!」
 そしてそいつらの見ている前で。
「こんな玩具、私には効きません」
 と言って握りつぶしてしまったのである。
「ひ、ひいい!」
「化け物だあ!」
 いくら頭が悪くても、目の前で拳銃を握りつぶされては思い知らないわけにはいかない。
 組員たちは蜘蛛の子を散らすように事務所の中へ逃げ込んだのであった。
 これで邪魔者がいなくなった、と、仁と礼子は逝袋いけぶくろに向かうことにした。

*   *   *

 さて、電車に乗ろうとした仁であったが、電車賃がないことに気付いた。
 昨日、秋葉原からここまで来ることで、何故かポケットにあった日本円はあらかた使い切ってしまったのである。
「お父さま、飛びましょう」
「うん、それしかないかな」
不可視化(インビジブル)』を使い、姿を消しつつ『力場発生器フォースジェネレーター』で空を飛んでいくことにする仁。
 もちろん礼子に背負われて、である。

「おお、速い」
 風避け結界を展開して時速300キロで飛んでいく礼子。新幹線並である。
 それこそあっという間に新宿に到着。
「ええと、左に折れて、あっちの線路沿いだ」
「はい、お父さま」
 今度は時速60キロくらいに落とす。通り過ぎてしまってはまずいからだ。
 そして15分ほどかけて逝袋いけぶくろに到着。
「さて、住所は……」
 一応、事務所の組員が落とした名刺を拾ってあったので、番地を調べつつ移動。
「ええと、ああ、こっちだな」
 逝袋いけぶくろとはいえ、繁華街から遠く離れているようだ。高層ビルが遠くに見える。
「ええと、ここらしいな」
『○○組』と書かれた看板が掛かっているので間違いないだろう。
「さて、来たはいいが、どうしようか……」
 相手に合わせて法を破るつもりはない。施設の関係者だと分かれば、迷惑が掛かるだろうからだ。
「……しかし、平和的に解決する方法が思いつけない……」
 路地裏で悩む仁。
「お父さま、わたくしはこの世界のものではありません。ゆえにわたくしはこの世界の法に縛られてはいません。ですからわたくしが奴らを潰せば……」
「却下」
「お父さま?」
「お前は俺の娘だ。お前の言動に俺は責任がある」
 法に触れないなら何をしてもいいと言うなら、魔法を使えばいいのである。
 地球に魔法は存在しないことになっているのだから、その結果との関係性を立証できず、罪には問えないということになる。
「でもそれってなあ……」
 なんとなくすっきりしない。
 いっそ向こうが総掛かりで攻めてくれば、遠慮なくぶっ潰せるのだが、と思う仁。そう、統一党(ユニファイラー)のように。
「要は、土地の権利書をこっちの手に入れられればいいわけだ……」
 盗むか、買い取るか。
 仮に、『不可視化(インビジブル)』で姿を消した礼子が権利書を盗んだとしても、施設の関係者が何かしたと思われてはやはりまずいだろう。
「合法的に買い取るのが一番いいのか……」
 いつまでこの世界にいられるか分からないので、お金を得る手段が考えつかないのだ。
「せめて1年なら1年と期限が切られているならそれなりにやりようはあるのだが……いや、駄目か」
 仁は死亡したことになっているはずで、大きなお金が動くような仕事はできない。
「賭博……違法だ。宝くじ……当たるかどうか分からない。ダイヤやルビー……売る伝手がない……」
 基盤がないということが、これほど行動を阻害するとは思わなかった仁である。
(最近の俺、崑崙君とかいわれて、いい気になっていたなあ……)
 ブルーランドでビーナの手伝いをした頃は、お金を稼ぐことに一所懸命だった。
(初心忘れるべからず、だな……)
 今の状況を好転させることには繋がらないが、最近の自分を反省する仁であった。

*   *   *

「……当たって砕けろ、しかないな」
 何故施設のある土地が欲しいのか、それを聞いてから方策を考えるという当初の案でいくしかない。
 それで、ここでも正面から乗り込むことにする。
「こんにちはー」
 正面の大きな扉から乗り込む仁。
「ん? どちらさんで?」
 本部だけに、あっちの事務所とは対応が違う。
「ええと、聞きたいことがあってやって来たんですけど、そこそこ偉い人に会わせてもらえないでしょうか」
 アルスに行く前なら、絶対にできなかっただろうが、向こうの世界で伯爵や侯爵や公爵や国王や皇帝としょっちゅう話をしている仁なので、それなりの態度を崩さずにいることができている。
「……よくわからんが、どこかの組のものか? 鉄砲玉じゃないだろうな?」
 鉄砲玉が何か、仁も知っている。
「いえいえそんな。ほら何も持ってません。それにこんな子と一緒なんですし」
 両手をひらひらさせ、何も持っていないことを強調、更に礼子と一緒であることをアピールする仁。
「……わけがわからねえな……」
 それは仁にも同意できる。今の自分たちは、こういう業界の人間から見ても浮いた存在だろうから。
「……なんだか面白そうだな」
「あ、社長」
 なんだか偉そうな人が出てきた。60歳前後で恰幅がよく、なんとなく威厳がある。
「話ならワシが聞いてやる。来い」
「は、はあ」
 まあ、計画どおりか? ということで、仁はその人物の後に付いていった。
 行く先々で組員たちが最敬礼をしているところを見ると、かなり偉い人……というより、組長かもしれない。だとすれば『社長』というのは表向きの呼称なのだろう。
「はいれ」
「おじゃまいたします」
 招き入れられた部屋は豪華の一言。ふかふかの絨毯が敷いてあり、重厚そうなデスク、応接セット、高そうな置物。
 痩せて背が高く鋭い目つきの、秘書らしい人物が深く礼をして出迎えた。
「まあ座れ」
 仁はソファに座らされた。礼子もその隣に座る。
「ワシは○○組組長だ」
 やっぱり、と仁は思った。
「で? 何が聞きたい?」
「はい、俺は仁といいます。実は……」
 仁はここへ来た理由を説明した。すなわち、施設の立ち退き理由だ。
「ふむ。……おい、何か聞いているか?」
 組長は、秘書らしき男に尋ねた。
「はい。その土地でしたら、確かに3ヵ月前、その事務所が買い取っているようです」
 ビジネス手帳をめくりながら秘書が答える。
「目的は?」
「特にございませんね。そもそも、観光地でもなく、駅からも遠く、街道が通っているわけでもない。そんな土地をどうして買い取ったのか」
「ふん、だとすると……決まっておるな」
「はい」
 組長は仁に向き直り、訳がわかっていなそうな仁の顔をみて、口を開いた。
「つまりだ、その事務所の者が、金をちょろまかすために1億2千万もの金額で買ったんだろうよ。おそらく実売価格はその3分の1から5分の1くらいだったろう」
「え、つまり……」
「差額分を懐に入れたんだろうな。そもそも、そんな土地の売買なぞ、普通ならワシが関与することはない。だからばれないだろうとたかをくくり、そんな真似をしてくさったんだろうよ」
 話をまとめると、事務所の人間が、3000万くらいで土地を買い取る。そしてニセの証書を書き、本部には1億2千万を要求した。
 差額の9千万は事務所の人間が着服した。と、こういうことらしい。
「なんでそんな見え透いたことを……」
 仁は疑問を口にするが、
「ふん、目先のことに目がくらんだ奴というのは得てしてそういうものよ」
 確かに、犯罪者の心理などというものは仁にはわからない。それに、確かにあの事務所の者たちは頭が悪そうだった。
「まずは礼を言うとしようか。末端で行われていた不正がわかっただけでもめっけものだ」
「は、はあ」
 思ったよりも話が分かる相手で助かった、と仁は内心で胸を撫で下ろしていた。
「報酬はその孤児院の土地の権利書、でどうだ?」
「え、あ、はい」
 願ってもないことであった。
「その代わりにだな、貴様、うちの身内になれ」
「はい?」
「見かけは頼りなさそうなのに、なかなか度胸がある。気に入った」
 なんだか斜め上に話が転がって行く。
「有り難いお申し出ですが、それは難しいですね」
「何故だ?」
「……俺は、この世界の人間ではないからです」
「なんだ、そんなことか。戸籍などどうにでもなる」
「いえ、そうではなくてですね……」
 仁は、応接セットの一つ、クリスタルガラス製の灰皿を手に取った。
「『変形(フォーミング)』」
「な、何!?」
 仁の手の中で、灰皿は形を変え……組長の小さな胸像となった。
「これでおわかりでしょう? 俺は異世界から来た魔導士……魔法使いなんですよ」
「……俄には信じられんが……」
 元は灰皿だった胸像を手に取る組長。
「……本物だ……手品ではなさそうだな」
「信じてもらえますか?」
「待て待て。……もう一度、何かを見せてくれ」
「そうですね……礼子」
「はい、お父さま」
 仁は礼子の肩を叩く。
「この子は人間ではありません」
「はあ?」
 何を言い出すのか、という顔をする組長、と秘書。
「そうですね、壊してもいいような金属製のものって何かありませんか?」
「それなら、このゴルフクラブはどうだ? 曲げてしまって捨てようと思っていたところだ」
 仁はそれを受け取った、5番アイアンである。
「結構です。……礼子、丸めてしまえ」
「はい」
 礼子はアイアンを受け取ると、それがまるで粘土で出来ているかのように、くにゃくにゃと丸めてしまったのである。
「な、なんだと!」
 テニスボール大になったそれを、礼子はそっと床に落とした。
 秘書がそれを拾い上げる。
「社長、間違いなく、これはアイアンだったものです」
「これでお分かりいただけましたか?」
「うむむ……」
 少し青ざめる組長。無理もない。これだけの力がある礼子が暴れたとしたらその被害がどのくらいになるか、想像したのだろう。
「仁、お前は異世界から来たと言ったな、何のためにやって来たのだ?」
「もちろん、孤児院を救うために、ですよ」
 この答えは自然に出てきた。仁自身、それが理由だと心の底から思っているのだから。
「ふん、そうか。……わかった。あの孤児院には金輪際手は出させん。権利書も返そう」
「ありがとうございます」
「一つだけ、頼みを聞いてくれんか? いや、身内になれ、というのではない」
「……何でしょう?」
「礼子というのか? その子そっくりの置物を作って欲しい」
 この組長、礼子が気に入ったようである。危ない趣味なのかもしれない。
「それなら」
 仁は、部屋の隅に置いてある置物に目を留めた。ブロンズの裸婦像である。
「これを使っていいでしょうか?」
「おお、いいとも。貰い物だが、あまりいい趣味ではないしな」
「では。……『変形(フォーミング)』」
「おおお!?」
 見る見るうちに裸婦像はその形を変えていき……ほぼ等身大の礼子像になった。
「ええと、ポーズはどうします? 今ならどうにでも」
「う、うむ、では、微笑んで右手を差し出している感じに出来るか?」
「はい。……『変形(フォーミング)』」
「おお!」
 言われたとおりのポーズになった礼子像。組長は像をそっと撫でてみて、それが本物であることを確かめた。
「うむ、仁と言ったな、礼を言う。土地の権利書は心配するな。ワシの名にかけて約束は守る。……というか、守らなかったらあとが怖い。……そうだな?」
 組長は、その気になれば、仁と礼子が物理的に○○組を壊滅させることが出来ることを薄々感じ取っていたようだ。
「では、俺たちは、これで」
「ああ、ではな」

*   *   *

「……というわけさ」
「……仁、お前はもう、無茶をして!」
 施設に帰り、報告したら、院長先生に泣き付かれた。
「有り難いけど、危ないことはやめておくれ……」
 アルスではもっと危険なことをしたこともあるのだが、それを口にするほど仁は愚かではない。
「はい、院長先生」
 と素直に頷いたのである。

 翌日の昼過ぎ、施設に来訪者があった。それは組長の秘書の男。
「お約束の権利書です」
 との一言を残し、男は去っていった。

 その町の○○組事務所が引き払ったことを仁たちが知ったのは翌日の新聞で、であった。

*   *   *

 そして仁たちが日本に移動してから1週間が過ぎた。
 仁たちはその間、ほとんどずっと施設で過ごしたのである。
 エルザもすっかり子供たちに慣れたし、子供たちもエルザに懐いていた。
 そんな時。
 仁とエルザ、礼子、それに院長先生、義行の5人で話をしていたら。
〈そろそろ時間だ。戻って来い〉
 という声が仁の頭の中に響いたのである。
 エルザと礼子にも聞こえたようで、二人とも身体を硬くしていた。
「仁、どうしたんだい?」
 怪訝そうな院長先生の声。
「先生、どうやら時間が来たようです」
「仁!?」
「世界の『創造主(さくしゃ)』からの声が聞こえました。もう向こうに帰らなくてはなりません」
「兄さん!」
 義行が仁に縋り付こうとして……触れられなかった。
 仁たちの周囲が淡く発光し始めていた。
「義行、院長先生と施設を頼むぞ」
「兄さん……」
「先生、ごめんなさい。でも俺は、こっちの世界では死んでいるんです」
「仁……」
「俺が生きるべき世界は、もう向こうになってしまったんですよ」
 そして仁はエルザと礼子の肩を抱き寄せた。
「俺は向こうで、幸せにやっていますから。先生たちも心配しないでください」
「仁……わかったわ。……エルザさん、仁をお願いしますね」
「はい、先生」
「礼子ちゃん、仁を守ってあげてね」
「はい、この身に代えましても」
「兄さん、元気でね」
「ああ、義行もな」
 次第に、仁たちの輪郭が薄れていく。
「1週間だったけど、会えて、嬉しかった。……ここに子供たちがいなくてよかった。泣き顔は見たくないから。……先生、子供たちにはうまく言っておいて下さい」
「わかったわ、仁。私も、もう一度会えて嬉しかったよ。……エルザさん、いろいろありがとうね」
「先生、お元気で」
「礼子ちゃん、ありがとうね」
 更に薄くなっていく仁たち。
「私はいつもあなたたちの幸せを祈っているわよ!」
 院長先生のその言葉が届いたかどうか。
 最後に見えた仁たちの顔は笑っていた。
 そして次の瞬間、そこには誰もいなかったのである。

「……あれ?」
 義行がぽつりと呟いた。
「今まで誰かがそこにいたような気がするんだけど」
 畳の上には座布団が3枚、出たままになっている。
「本当ね。でも思い出せないわ」
「2人とも同じ夢でも見ていたようですね」
「ええ、ほんとね」
 その時、一筋の涙が院長先生の頬を伝った。
「……あら?」
「先生、泣いてるんですか?」
 そう尋ねる義行の目にも涙が溢れ、今にもこぼれそうだった。
「不思議ね。なんだか胸の中が痛くて、でも温かいのよ」
「あ、僕もそんな感じです……」



*   *   *



 仁たちが出現したのは崑崙島の転移門(ワープゲート)
《ようこそ、御主人様(マイロード)。お待ちしておりました》
 崑崙島を統括する魔導頭脳、『太白』が一行を迎えた。
「……? ジン兄、泣いてるの?」
 同行しているエルザが、仁の顔を見て驚いたように言った。
「え? あ、ああ。……なんだか、涙が止まらないんだ。そういうエルザも泣いているぞ?」
「……ん。でも悲しくて、じゃない。寂しくて、でも嬉しくて……ううん……うまく、言えない……」
 仁はそんなエルザをそっと抱きしめた。
「……ありがとう」
「ジン兄?」
 不思議そうなエルザ。
「何でだろうな。エルザの顔を見ていたら、なんだかこうしたくなったんだ」

 そして礼子。
 礼子は何があったか覚えているのか、それとも覚えていないのか。
 礼子は何も言わなかった。
 ただ、黙って仁に寄り添っただけであった。
 いつもお読みいただきありがとうございます。

 20151122 修正
(誤)「」
(正)「にーちゃーん、もうどこにもいかないでー」
 orz
(旧)切符を買って、快速に乗り込んだのである。
(新)すぐ近くの隣の駅まで歩き、そこで切符を買って快速に乗り込んだのである。
 秋葉原からは快速乗れませんでした orz

(誤)仁たちはその間、ほどんどずっと施設で過ごしたのである。
(正)仁たちはその間、ほとんどずっと施設で過ごしたのである。

 20151123 修正
(誤)施設から西へ延びる県道を辿ること約1キロ。
(正)施設から西へ延びる市道を辿ること約1キロ。

 20151222 修正
(誤)開くまで下手に出ていたのに、仁目掛けて拳が飛んできた。
(正)あくまで下手に出ていたのに、仁目掛けて拳が飛んできた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ