翌朝、私の部屋にて、黒花は『アイテム』のメンバーと顔合わせした。
「初めまして。お嬢様付きのメイドの、黒花沿受と申します。以後よろしくお願いします」
すっと、背中に針金でも入れているんじゃないかと思うほどに背筋を伸ばした黒花は、そう言って腰を曲げてお辞儀をした。どうやってマスターしたのか、どこからどう見ても完璧な『メイドのお辞儀』である。そのあまりのメイドっぷりに、『アイテム』の連中も唖然としていた。
……というか、他でもない私自身も表には出していないものの、唖然としていた。……確か、黒花の前世は(自称)ただのオタクな女性で、今回の人生も土御門(妹)みたいな専門学校に通っていたわけではない……んだよな?
……え?
何でコイツ、こんなに洗練されているの?
私の中の常識がまた一つ突き崩される感覚を感じながら、私は黒花に念話を送る。
『沿受ちゃん、「それ」、どこで?』
『私、こういうのって形から入るタイプなんですよね~』
いや、質問に答えろよ。
そんなことを思った私だが、それ以上に黒花のあっけらかんとした回答に呆れすぎて、何も言い返すことが出来なかった。形から入るタイプって言っても、お前……。
『形』ってレベルじゃないだろう、それ。
***
「へえ、それで剥離要素とやらの実情を探るために、今までスパイに、ねぇ……。何で私たちにまで秘密にしてたのよ? 報告だと、私たちを護衛に指名した理由は能力者のチンピラ集団に絡まれてて命の危機だから、とかいうふざけた話だったけど」
その後。顔合わせを終えた黒花が『剥離要素の組織の体系』『構成員の能力』『ボスの能力のヒント』などについて説明し終えると、『アイテム』の連中……特に、麦野から怪訝な視線が帰ってきた。私のベッドに腰掛けてどこか剣呑な雰囲気を醸し出しつつ黒花問いかけているのも、麦野である。
うん。麦野の違和感はご尤もだ。急ピッチで決めた内容だから、私が昨日の昼間に彼女達について教えたあらましとそこかしこで矛盾が生じていてもおかしくはない。
……だが、そんな『想定内の問題』に対し、これほどの時間的余裕があったのに私が何の対策もしていないというのは有り得ない。
「機密でしたから~。一応念話で報告してはいたんですけど、内容が内容ですし、ね~?」
そう言って、黒花は打ち合わせ通り、瀟洒なメイド姿には到底似つかわしくないような愛らしい仕草で私のほうへ目配せした。重要機密だったから、という理由ならば『アイテム』も納得するだろう。
しかもこれには、その情報を私からではなく黒花に言わせることで、黒花の頭を若干よく見せるという効果も仄かに存在していたりする。……いや、気休め程度のものだが、こういう信頼関係は第一印象が大事だ。第一印象でナメられれば、ちょっとしたことで『やっぱコイツは』と思われたりするし。私も実際そういう風に思ったことあるし。
「本当は、初日の時点で話すつもりだったんだけどね。ちょっと予定が狂っちゃったから……」
そう言って、ジト目で『アイテム』の面々を一瞥する。そう、そもそも最初は色々な事情説明は親船邸で行う予定だったのだ。……まあ、それは今回の黒花の存在を秘匿していた件には一切、全く関係ないのだが、そういうことにしたら色々と辻褄が合うし、丁度いいので利用させてもらうことにした。
「うっ……」
私の言葉に、『アイテム』の誰ともなくそんな呻き声をあげた。これで、黒花に不信感を抱かれる心配はあまりないだろう。自分勝手な事情で話の進みを遅らせたという罪悪感が連中にはあるので、尚更だ。
一応の信頼を獲得したところで、黒花は早速話を切り出す。これで『アイテム』の連中を説得して、与謝野が幻想御手事件に不用意に介入しないように牽制しないといけないからな。
「それで、その案件で重要な情報なんですけどね~。『幻想御手』事件。その解決に、与謝野が乗り出しているんですよ~」
「剥離要素のボスが? 結局どうして?」
「幻想御手事件を解決して女の子を囲むとかなんとか。私には良く分かりませんでしたね~」
黒花は、のほほんと、飄々としたような態度でフレンダの質問に答える。フレンダの聞き方からも分かるとおり、『アイテム』にとって与謝野が事件に介入する動機なんてどうでもいいものだろう。重要なのは今回の依頼人の敵がどこに現れるかという問題のみで、動機の説明まできちんとする必要はない。
証拠に、明らかにどうでもよさそうな調子で話を聞いていた麦野はつまらなそうに溜息を吐いて、
「へぇ、剥離要素が『幻想御手』事件に……ねぇ。じゃあ、私たちは攻める必要ないわね」
「え? なんで?」
そんなことを言った。
……うん? どういうことだ? 与謝野の能力を聞いた後ならば、少なからず介入の必要性を感じなくてはいけないだろうに。まさか警備員が与謝野を撃退してくれるなんて都合のいい希望的観測を麦野のような暗部の人間が並べ立てるわけもないし。
「『幻想御手』事件の主犯……木山春生だっけ? アイツの始末、もともと『アイテム』が任されてたのよねぇ」
麦野は、そう言うと依頼の内容を思い返すかのように虚空に視線をさまよわせ、そして表情を軽く苦々しげに歪めた。……ああ、不愉快な依頼だったのか。
それにしても、木山の始末が『アイテム』に任されていたというのは原作を知っている私からしても初耳だった。アニメ版超電磁砲では触れられていなかったが、漫画版か何かの設定資料で登場したのだろうか? 生憎、私はそこまで禁書のメディアミックスについて行っていた訳ではないのでそこまでになると詳しく分からないのだが。
ただまあ、これに関してはまだ想定の範囲内である。
何せ、一万人もの無辜の学生(いや、中には暗部関係者も居たかもしれないが……)を巻き込んだ、学園都市の能力開発システムそのものを揺るがす大事件である。統括理事会の情報網に木山の情報が挙がっていたことからも、上層部が彼女のことを煙たがっていることは分かりきってるし。
「ま、放っておいても沈静化する仕事に私たちを使おうって態度が気に食わなかったから請けるだけ請けて連中が泣き付いてくるまで催促を無視してやるつもりだったけどね。尤も、今回の親船の護衛任務で指名されちゃったから依頼はキャンセルしたけど」
確かに、あの事件はたとえ御坂が動かなかったとしても、脳波ネットワークによる並列演算で木山の教え子達を救う方法を演算し終えた後はワクチンによって被験者の意識は回復するという算段になっていたはずだし、『放っておいても沈静化する』というのは間違いではないな。
……それにしても、そういう背景があったわけだ。つまり、あの状況は御坂達が動いていたからこそ『成った』ということ。アレイスターにしてみれば、『アイテム』が動いても御坂が動いても幻想猛獣が現れるという結果は同じだったわけだ。
だが、『アイテム』が元々この件の鎮圧を任されていたことは分かったが、それがどうして『攻める必要がない』という判断に繋がったん……、いや、まさか。
「……もともと『アイテム』が任されてたってことは」
「ご名答。『アイテム』の代わりに別の暗部組織が始末を受け持つことになったって、」
「その組織が何だか分かるかな」
麦野が言い終わる前に、私は身体を前のめりにして、気持ち早口で麦野に問いかける。
……いや、まさか、本当にまさかだが、万が一『あいつ』が出てきたら大変どころの話ではない。
『メンバー』『ブロック』『迎電部隊』『猟犬部隊』などならまだ良い。木原数多はまだしも、それ以外の連中では多才能力と超電磁砲の戦闘に横槍を入れるのは難しいだろう。唯一突っ込めそうな木原だって、この程度の案件で直接出張ってくる可能性は少ないし。
だが、『あの組織』が合流してしまえば……、
そんな私の焦燥を知ってか知らずか、麦野は顎に手を当てて、勿体振る様な調子で記憶を探っていく。
「……確か、『スクール』……だったかしら。そう、第二位の『未元物質』がいる組織よ。暗部の情報網で幻想御手の原理が公表された途端、目の色変えて『そっちの依頼を俺たちに寄越せ』って煩くて煩くて……。面白かったから絶対譲ってやらねェって思ってたけど、お前の依頼が来たから譲ってやったのよ」
そう言って、麦野は『スクール』の必死な交渉を思い返しているのかうっとりとした表情を浮かべていた。どうでもいいがこいつ、本当にドSだな。
そんな麦野はさておき、私は必死で思案する。
……この状況はマズイ。『スクール』――垣根帝督、そして幻想御手の原理が公表された途端というタイミング。この条件には、何か恣意的なものを感じざるを得ない。
原作――と言っても、私は『超電磁砲』に関してはアニメの知識しかないが――では、幻想猛獣の一件は木山のミスによって生まれた『災害』『事故』というような印象だったが、私はそうは思わない。それにしては、例の『アレ』との類似点が多すぎる。
『アレ』とは即ち――風斬氷華、いや、この場合はヒューズ=カザキリと言った方が正しいか。
並行結合による原作知識確認のお陰で、私は割りと原作の細かいところまで記憶している。例えば、幻想猛獣が発現し暴走したのはネットワークの核となっていた木山の感情によるものだとか、風斬が実体化したのは幻想殺しという死の危険により感情を作り出したからだとか、そんなことまで分かる。
……さて、今挙げた二つの例には、共通点がある。
それは、AIM拡散力場は何らかの『感情の情報』を入力することで実体化を促すことが出来る、という点だ。
アレイスターはおそらく、来る風斬の実体化の為のテストとして、あえて木山を泳がせていたのだろう。でなければ、この街が此処までの大事件を放置するなど考えられない。
そして、この事件が風斬――即ち『プラン』の重要事項に関連するのであれば、アレイスターとの直接交渉権を狙っている垣根もまた動き出すだろう。
この事件に垣根が……『スクール』が介入してしまえば、もう後はどうなるか私にも分からない。御坂と垣根は戦闘をするだろう。垣根は格下相手ならば手心を加える程度にはよく出来た悪党だが、御坂のような引き下がらない超能力者にも手心を加えるほど甘い人間ではあるまい。
最悪、御坂が死ぬ。こんなつまらない事件のつまらない乖離で、そんな大きな誤差を生み出すのは流石に許容できない。
「尚更、動かなきゃ駄目じゃん」
「はぁ? 黙ってても潰されてくれるのにどうしてそんな面倒くせェことするのよ?」
となると、どうにかして麦野を説き伏せないといけなくなってくるわけだ。そんなことを考えながら言った私の言葉に、麦野は不思議そうに首を傾げた。
いや、駄目なのは完全に私の都合の問題であって、麦野には全く関係ないのだが……、要するに、私の都合とは無関係に、麦野にも『これは介入しなくてはまずい』と思わせるような情報をつきつけてやればいいだけの話だ。
「麦野さんたちには言ってなかったね……。幻想御手事件、これって実は、すでに動いてる人たちがいるんだよね」
私がそう言うと、何か不穏な雰囲気を察知したのか麦野の顔色が変わった。それに伴い、滝壺を初めとしたほかの『アイテム』の面々の顔色も厳しくなっていく。それを見た私は、黒花に念話で続きを話すように言う。
「……風紀委員一七七支部の面々と、超能力者第三位『超電磁砲』の御坂美琴が事件解決に動いています」
私の念話を受けて、言葉を引き継ぐようにして言う黒花に、一同が息を呑んだ。
そう、これこそ彼女達に提示する、一番の問題。
御坂が、与謝野に異能略奪を使われるということを危険視している訳ではない。垣根にかかれば、与謝野の能力がどれだけ凶悪だろうと関係ない。異能略奪の射程外から適当な瓦礫を投げつけられたり、翼で叩き潰されて終わりだろう。だから、与謝野自体は脅威ではない。
だが、それは御坂も同じことなのである。
垣根は、一方通行がメインプランの一人であることを知っていた。『プラン』についてもある程度知っている様子だったから、おそらくアレイスターがAIM拡散力場を制御したがっていることについても知っているのだろう。
暗部の情報網で多才能力の情報が公開された途端介入したがりはじめた、というのはおそらく、木山の多才能力が学園都市の学生が発している拡散力場の複合フィールドのシミュレート場のような役割を果たしていると認識し、それを解析することでアレイスターの『プラン』の根幹に至ろうと考えたのだろう。
つまり、垣根は木山の敗北――幻想猛獣の発現までは少なくとも動かないだろう。それは逆に、『確実に御坂と垣根が接触する』ということでもある。
第二位と第三位の力量。第三位と第四位、第三位と第五位の差など比較にもならない。地上から大空へ羽ばたかなくてはならないような、圧倒的な次元の差。アレイスターの『プラン』の『候補』である、ということ。
それだけの、圧倒的差がある敵が相手だろうと……おそらく、御坂は逃げないだろう。上条はじめ、『ヒーロー』という人種は往々にしてそういうものだ。たとえ友人の心を玩んだ人間だとしても、命を懸けて守ろうとする。
そして何度も言う通り、御坂の死亡は私にとって予想外の事態を起こす引き金となるだろう。
「御坂さんは、超能力者。当然、その両親も『保護者会』の中ではかなりの力を持っているからね」
「なるほど、確かに第三位は……駄目ね」
私の、『部外者用』の理由に、麦野は頷いた。
学園都市には、『保護者会』と呼ばれる、生徒達の両親や親戚によって構成される組織が存在している。尤も、規模が大きいというだけで特に権力も持たない、『外』の学校の保護者達の集まりと似たようなものだが、それにしても『規模が大きい』というのはそれだけで大きな力となる。
そして、御坂の母である御坂美鈴はその『保護者会』でもかなりの重鎮である。その娘が、幻想御手事件の解決のために動いている警備員という『表』の人間の目の前で、垣根帝督という『裏』の人間に虐殺されたら、彼女は……『保護者会』は、どう動くだろうか? そして、その結果学園都市はどうなってしまうだろうか?
私の視点から言ってしまうと、『そんなことになる前にアレイスターがどうにかしてくれるから問題ないよ』なのだが、麦野達からしてみればそんなことは知ったことではないわけで。さらに、『学園都市』という体制の崩壊は自分達の食い扶持を丸々失うということを意味している。『外』で生活するにしても、学園都市の能力者のテクノロジーを盗もうとする連中に命を狙われるというのはあまりよろしい環境ではないからな。
「チッ……。あ゛ー、クソったれ。面倒くせえな……。なんであのクソマザコンの第三位のせいで私達が動かなくちゃならねえのか……」
麦野は、イライラしているのか頭を片手で掻きながらそんなことを言った。
彼女も、垣根と戦うことのリスクについては正しく認識しているんだろうな。あの暗部大抗争では頭に血が上っていたからか、浜面に指摘されるほど無謀な行動に出ていた彼女だが、平常時の彼女はこのくらいのリスクコントロールは出来る人格をしているということなのだろう。伊達に『アイテム』のリーダーをしているわけではなさそうだ。
「麦野、仕方ないわよ。結局、他にやるような奴なんていなさそうなんだし」
そんな麦野に、フレンダは能天気そうな調子で宥めようとする。……あまりの能天気さに、麦野のこめかみが先ほどからひくひく言っているのは気にしないでおこう。いつもあんな風にして麦野の逆鱗に触れてるんだな。そりゃ胴体真っ二つにもなるわ。
「……仕方ないわね。じゃあ、フレンダ下部組織と連絡とっといて。私朝ごはん食べてくる……。まったく、朝っぱらからこんなクソ情報聞かされたこっちの身にもなれってのよ」
「あはは~、ごめんね、麦野さん」
垣根、御坂、麦野(は味方だけど周りを省みたりはしないだろう)、木山、与謝野の怪獣大戦争に巻き込まれた私の身にもなれってのよ。……と言ったら、あまり良い顔はされないだろうな。
『…………なんとか、「アイテム」の協力は取り付けられましたね~』
『まあね。尤も、麦野さんの機嫌は損ねちゃったけど。ともかくこれで、最悪の結末は回避できたかな』
麦野が退室したのと入れ替わりに送られてきた黒花の念話に適当に返しつつ、私も部屋を出る為に動き出す。
「それじゃおやふね、私たちも朝ごはん食べてくるね」
「結局、ここのご飯ってめちゃくちゃおいしいのよね~! 昨日も夕ご飯食べたけど最高だったって訳よ!」
「あれ、フレンダは超サバ缶しか食べてないから、味覚が死んでるのかと思ってましたけど」
「何それ物凄い心外なんだけど」
そして、麦野が部屋を出て行ったのを見て、残りの『アイテム』も動き始めた。……そういえば、私も朝ごはん食べてなかったな。朝食は一日の力なりって言うし、私も『アイテム』の食事にご一緒させてもらうかな。
「あ。そういえば、沿受ちゃんはご飯食べたの?」
「私はメイドですので~。既に朝食は済ませてありますよ」
…………もう突っ込むのはやめよう。
***
「…………『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』」
「……? 麦野、結局どうしたの? いきなり知的なこと口走って。らしくないよ?」
朝食を済ませ、自室に戻って各々好きなことをしていると、ベッドに寝転がっていた麦野が上体を起こしてそんなことを言い出した。どうでもいいけど、女の子のわりに物凄い華麗な上体起こしだった。筋肉凄そうだ。
ちなみに、私は黒花をいじりながら夏休みの宿題を、フレンダと滝壺はスピードを、絹旗はC級映画雑誌を読みながら時間を潰していた。私はともかく、お前ら(特にフレンダと滝壺)はそれしかやることがないのか?
私は念話での黒花いじりをやめ、いきなり妙なことをのたまった麦野に怪訝な視線を送る。
フレンダの言う通り、麦野ってどちらかというとそんな殊勝なことよりも『心配ねえよ! シィンパイねェェんだよォォ!!』とか言い出しそうなタイプだと思ってたし。……いや、流石にそこまで傲慢な人間ではないと思うけど。
「うるっさいわねー……。ふと思い立ったのよ! 第二位の未元物質の能力は割れてるけど、剥離要素のボス…………名前は……そう、与謝野。与謝野ってヤツの能力は『相手の能力を奪う』とか『味方の能力の強度を上げる』とか、断片的にしか分かってないでしょ? だったら、もしも相手の能力が予想外だったら、ただでさえ第二位っていう強敵がいるのに面倒なことになりかねないってね」
そう言う麦野の右手に握り締められているスマートフォンの画面には、何だかよく分からない文章がズラズラと表示されている。名言のサイトみたいなものだろうか。こうして麦野の名(迷)台詞の数々は生み出されたのかもしれない。
……まあ、このサイトの文章に影響されて適当に呟いてみたのを誤魔化す為の口実ってところだろうか。麦野にも中々可愛いところがあるじゃないか。
それに、私も相手の能力を考察しておくのは重要なことだと思う。勿論、決め付けてかかるとそれが間違っていた場合に動揺が起こってしまうので逆効果だが、『そういう能力かもしれない』と覚悟しておく程度なら結構有益だろう。
「なるほどね。じゃあ、そういうわけで沿受ちゃん。スパイの成果とかあったりする?」
「は、はい。私の知ってる情報なんてこれくらいしかありませんが……」
私が黒花に視線を向けると、彼女は既に空気を呼んで背筋を伸ばした状態で居た。さっきまで私に念話で弄られて内心あうあう言っていた状態ではなく、ピシっとしたメイドモードである。
「まず、私は相手の心を断片的に読む能力を持っています。これに関しては今朝説明しましたね。その能力で、何度か与謝野の思考を読もうとしたことがあります」
黒花の言葉に、私を除いたその場の全員が息を呑んだ。私も初耳だったが、雇い主である私が驚いたらそれはそれで不自然だからな。……それにしても黒花、嫁認定されたからとはいえ結構ぶっ飛んだことをするものだ。
「しかし、彼の心は読めませんでした。それどころか、能力を使ったことが与謝野にバレました」
その言葉に、私は内心で思わず首を傾げた。
……なんだと? それは、いくら何でもおかしいだろう。
心理同調は、あくまで相手の拡散力場の状態から自分だけの現実を観測し、その数値から相手の感情を逆算、逆算結果を自身の脳内に出力することで相手の精神状態に『同調』し、把握する能力だ。滝壺の能力干渉のように自分だけの現実に干渉している訳じゃないから、演算に不具合を感じるなどでバレる類の能力ではない。
……とすると、つまり『そういう』系統の能力というわけか。
「……読めてきたわね…………」
黒花の言葉に、まず麦野が呟き、私もそれに頷いた。他には、『同じ系統』の能力を持っているからか、滝壺も同じように納得したような表情を浮かべていた。しかし、全く無関係の能力を持っている絹旗や、そもそも無能力者のフレンダは何も分かっていない様子。
「……? 麦野、それって超どういう意味ですか?」
「私も分かんないわ。結局、どういうこと?」
黒花に関しても、私が念話で分かっているフリをしておけと伝えているから外面的には訳知り顔だが、実際には何も理解できていないようだ。
「私と、同じ系統。つまり、AIM拡散力場に干渉する能力ってこと」
そして、滝壺が能力の推測を語り始めた。
「そもそも、今朝聞いたくろばなの能力は自分だけの現実に干渉するものじゃなかった。通常、能力者が拡散力場への干渉に気付けるのはそれによって自分だけの現実を乱されるなどして演算を狂わされた時くらい。くろばなの能力では、拡散力場への干渉はそれを読み取る程度のごく軽度なものだから、普通の能力者ならそれに気付くことはできない。でも、よさのっていう人はそれに気付けた」
滝壺はそこで一旦言葉を切る。ここに至って黒花や絹旗、フレンダも話の筋が読めてきたのか、表情に緊張感が沸いてきた。
「AIM拡散力場の状態に気付くことができるのは、私と同じようにAIM拡散力場に関する能力を持っている能力者だけ。つまり、よさのはほぼ確実に、といって良いくらいの確率でAIM干渉系の能力者だと思う」
『能力を奪う』スキルと、『能力を強める』スキル、この二つを繋ぐ共通点が分からなかったから今まで手を拱いていたが、その共通点が『AIM拡散力場』だと判明してしまえば後は芋づる式に謎が解けていく。
「おそらく、よさのの能力は拡散力場を限定的に操ることで、能力の出力を操作することだろうね。相手の拡散力場に干渉して自分だけの現実にロックをかけて出力をゼロに……つまり能力を『奪う』ことが出来たり、相手の自分だけの現実の出力を意図的に操作することで能力を自分の思いのままに『暴走』させ、能力をコピーするように見せたり、逆に相手の自分だけの現実の出力を高めることで能力の強度を高めているわけだね。尤も、自分だけの現実への干渉ということになると流石に遠距離からの操作は難しいから、ある程度射程距離の制限はあると思うけど」
そういわれて、黒花や絹旗、フレンダも納得したようだ。
恐ろしい能力だが、射程距離があるなら手立てがないわけじゃない。というか、麦野に射程外から原子崩しを連射させておけばそれで片付きそうだしな。
「なんにしても、これで能力の予測が立ったわけだから、戦略も立てられるわね」
「滝壺がいてよかったーっ! 結局、滝壺様様って訳よ!」
麦野が話を締めくくったところで、フレンダが滝壺にだきついて頭を撫で回し始めた。フレンダはどうやら麦野に限らず、『アイテム』のメンバー全員に親しげなようだ。どうして胴体ブッチなんかされたんだろう。麦野の逆鱗に触れたからか。
「それじゃあ、超私から提案があるんですけど――」
一連の流れを見ていた絹旗が、ゆっくりと話を切り出し始めた。
さて、私も作戦会議に参加するかな。今の滝壺の能力考察を踏まえて、いくつか策を考えることも出来たし。
……あれ? 私って、確か護衛対象だったような。何で作戦を考えたりしてるんだろう……。
…………まあいっか。
***
第七学区には、『窓のないビル』と呼ばれる不思議な建物が存在している。
演算型・衝撃拡散性複合素材という、特殊な素材によって構成されているこの建物の強度は核シェルターを優に超えると言われていて、内部の空気を内部で生成可能な為通気口もなく、入り口、窓、その他の外部との連絡口が全く存在していない為、此処に侵入するには空間移動能力を使わないといけないという、建物というよりは牢獄と言うべき場所だ。
「…………動き始めたか」
そんな場所の最奥。闇の中で、その『人間』はそんなことを呟いた。
窓のないビル、その内部。明かりの類は一切存在しておらず、モニターや計器などの機器が発する仄かな明かりだけが、夜空に浮かぶ星のように暗闇を照らしていた。
その中心、赤い色の弱アルカリ性水溶液が詰められたビーカーの中に、『人間』は浮かんでいた。
人間の名は、アレイスター=クロウリー。
世界最悪の魔術師とも、世界最高の科学者とも呼ばれているが、最もメジャーな呼ばれ方はやはり『学園都市統括理事長』だろう。
「予定通り、並行結合、未元物質、能力略奪、超電磁砲が幻想猛獣と対峙することになる。これで、プランの『手順』がいくつ省略できるか……、事件の顛末によっては、プランの『手順』を最大で二〇ほど省略させることも可能、か」
『人間』は老獪な軍師のように、それでいて純粋な少年のように笑う。
「取らぬ狸の皮算用は趣味ではないが、親船小豆のことだ、いつも通り私の予想を超えてくれることを期待しよう」
銀色の髪をビーカーの培養液で揺らめかせている学園都市の統括理事長は、モニターに映し出された気だるげな眼差しの少女を一瞥する。そこには、五人の少女と近い将来に起こる戦いに向けて必死に生きるための策を搾り出している一人の少女の姿があった。
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