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・『カイン編』と銘打ちつつ、しばらく上条側三人称視点で物語は進みます。
・冒頭部分は『とある魔術の禁書目録②』p37 l14からの引継ぎです。
第二章 カイン その一
01
 ――『本来の筋道から剥離した物語』にて。

「……吸血殺しディープブラッド

 ポツリと。呟いたステイルの顔は、解けない疑問に突き当たった学者のそれ、

 ではなく。

吸血殺しディープブラッド。それを抑える手段くらい、学園都市このまちにはあるんでしょう? それを使わず、野放しにしておくということは、それは――――」

 ステイルはその先が言えなかった。吸血殺しディープブラッド。そう呼ばれるからには、殺すべき『ある生き物』がいなければ話にならない。つまり、吸血殺しディープブラッドを認めるという事は、『ある生き物』が存在する事をも証明してしまう。

 ――……いや、そんなことは・・・・・・・最初から・・・・証明されている・・・・・・・
 つい最近――自分が『今の』インデックスを追いかけ始めている間に、一人の男と二人の少女がイギリス清教を頼ってきた、という情報は入っている。
 そのうちの一人に、他でもない宵闇の祖ヴァンパイアロードがいたというのだ。隙あらば自分を殺そうとする組織を頼るというのだからどれほど切羽詰った事情があるのかと思えば、何でも、呪いにかけられた少女を匿うので、その助力を請う為にイギリス清教の元に下った、という話だったのだから、なんとも肩透かしを食らう話である。
 何故なら、宵闇の祖ヴァンパイアロードは今まで幾度と自分を襲ってきた魔術師を殺すことなく撃退し、しかもその魔術師が悉くカインに心酔してしまう為、肝心の宵闇の祖ヴァンパイアロードの実態は今まで何一つつかめなかったのである。その、性別に関しても。

 宵闇の祖ヴァンパイアロード本人とは、ステイルも面識はある。というのも、インデックスの一件が終わってからイギリス清教に帰還した際、清教の寮で偶然ばったりとあったのだ。あまりにイメージとギャップがあったため、普通の新入り魔術師と思いソレ用の対応をしたのだが、後から宵闇の祖ヴァンパイアロードの信奉者に集団リンチの刑に処されたことで「アレが宵闇の祖ヴァンパイアロードだったのか」と気がつくことになった。
 ……集団リンチの刑を執行した信奉者の中に、死んだことになっていたはずの魔女王ウイッチクイーンまでいたのにはさしものステイルも呆れるほかなかった。
 ちなみに全治二週間の怪我を負ったが、治療魔術でなんとか治ってステイルは今ココにいる。

 閑話休題。

「ふむ、どうやら魔術師きみたち宵闇の祖ヴァンパイアロードに関しては度を過ぎるほどに慎重と見える」

 ステイルの目の前にいる、あらゆる人間の可能性を内包した『人間』は、興味深そうにステイルの言葉を遮った。

 当然だ、とステイルは心の中で噛み締める。宵闇の祖ヴァンパイアロードはそれ個人だけで『聖人』に匹敵するほどの力――つまり、魔術界隈では核兵器並みの戦略的価値を有する。
 さらに始末の悪いことに、宵闇の祖ヴァンパイアロードには多くの信奉者が存在する。それも、信奉者の成り立ちから言ってかなりの高戦力が。ステイルが知るだけでも、魔女術のエキスパートであり今は失われた純粋な“ガードナー派”の魔術を扱う、『魔女王ウイッチクイーン』ドロシー=ガードナー。そして、四大属性のうちの一つ、『火』の属性を扱うことに長けた魔術師(つまり、ステイルとキャラが被っている)、フレッド=ゲティングス。
 フレッドに関してはドロシーに比べれば雑魚もいいところだが、それでも実力で言えばステイルと比肩するほどの凄腕だ。
 しかも、これだけでも氷山の一角。
 噂によれば、流離の獣王やら通りすがりの聖人やらアニメスタッフをやってる空論使いマジカルメイカーやら、粒揃いの連中が揃っているらしい。
 最早冗談である。

 通常、それらの『信奉者』がいっせいに一つの対象に牙を剥くことはない。信奉者とはいえ、彼ら彼女らは魔術師であり、基本的に自分の主義主張によって行動する。
 だが、大恩ある宵闇の祖ヴァンパイアロードが死んだとあれば話は別になる。

 カインの末裔――――吸血鬼。
 それは絵本に出てくるような『十字架』や『陽の光』があれば大丈夫、などという易しい生き物ではなく、それ単体が核爆弾に匹敵する『世界の危機』である。
 しかも、その生命力は無限大であり、したがって生命力から生み出される魔力も無限大。『不死身』と『最強』を体現するという、冗談みたいな存在である。

 だが、そんな吸血鬼にも弱みはある。
 それが、この吸血殺しディープブラッド。この血を吸った吸血鬼は、一瞬にして灰燼に帰すこととなる。冗談みたいな存在を、教会にとっては忌わしさの極みである存在を消せる、最強にして最善の武器。

 しかし、この場合それは最悪の形にしか働かない。
 吸血鬼が――『宵闇の祖ヴァンパイアロード』が死ぬということは、世界に散在する粒揃いの強者たちが一気に学園都市に牙を剥くということと同義である。
 そんなことが起こってしまえば、学園都市は大混乱になるだろう。この統括理事長がいる限り、完全崩壊はないと思うが未曾有の事態に陥るのは間違いない。
 確実に、戦争が起こる。それも学園都市内部で。そうなってしまえば、学園都市にいるインデックスはどうなる。つまるところ、ステイルの懸念はそこだった。

「だが安心していい。宵闇の祖ヴァンパイアロードが死ぬことなどないよ。その為に私は手を打っているのだから」

 フフフ。と楽しそうな遊びを思いついた子供のような、それでいて超然とした余裕を持った老人のような笑みを浮かべる『人間』に、ステイルが抱いたのは戦慄――ではなく安心だった。こいつは、この『人間』は、どうまかり間違っても宵闇の祖ヴァンパイアロードを殺さない。
 『人間』の厄介さを知るステイルだからこそ、そこに関しては逆に信頼を置くことができた。

 最早どうしようもないくらいに剥離した世界で、『人間』は笑う。
 吸血殺しディープブラッドの存在が『ある生き物』の存在を証明したのと同じように、幻想殺しイマジンブレイカーが証明する存在を考えて――ではなく。

 これから始まる、もう一人の剥離要素エラーポイントが紡ぎだす物語に思いを馳せて。





***





 とある物語が終わった。
 右腕を切断されて先日何とかそれが繋がった不幸の権化ミスターアンラッキーこと上条当麻は、今日も元気に補習の旅に出る。本来、上条のクラスの補習は七月一九日から七月二八日に行われているべきであるのだが、その彼が今も補習を受けているのには、理由がある。
 それは、『彼が知らないうちに補習をサボっていた』……などという、なんともファンタジーというか、聞く人が聞けばすぐに脳外科を紹介するような現象が起こっていたからだ。
 勿論、彼の脳に重要な欠陥があるわけではない。いや、欠陥が全くないといえばそれは間違いになるのだが――、

 簡単に言うと、彼、上条当麻は七月二八日以前の記憶を持っていなかった。
 記憶を失う前の上条が補習をサボっていたのだから、『今の』上条にサボっていた記憶がないのは当然な話である。そんな、常人であれば相当な大事件の当事者になった上条だが、意外と彼を取り巻く環境に変化はない。
 というのも、上条はとある事件以来、記憶を失った今の自分と記憶を失う前の自分に折り合いをつけることが出来るようになった。今の自分と以前の自分、それが同じものであると不思議と『すんなり納得できた』のである。
 当然、彼が頭の中でそう思考したわけじゃないが、それよりももっと深い部分で納得できたのだから、彼の表情に憂いはない。

 …………いや、訂正しよう。憂いはある。もっと即物的な要因によるものならば。

『「世界を構成する第五の要素エーテル、私に力を貸して! シニカル・マジカル・悪いの悪いの飛んでいけーっ☆」
 説明しよう! 超機動少女マジカルパワードカナミンは呪文を唱えることでエーテルパワーといろんな小難しい理論を用いることで最終的に悪い怪物デーモンを相殺消滅できるのだーっ!』

「おおっ! これはエーテルの持つ『万物と似ている』と五大元素と四大元素の差を用いて顕現したテレズマと魔界の悪魔デーモンを対消滅させてるわけなんだね! まさしくこれはロシア成教の幽霊狩りゴーストハントの理論を応用したものなんだよ! これは最早製作スタッフに魔術師がいるとしか思えないんだよ!!」

 今日も今日とて、記憶を失う前の上条が一番大事にしていた、そして今の上条が一番大事にしている純白シスター少女はアニメの再放送に夢中だった。

「はぁ……。お前まだそれ見てんのかよ。よく飽きねぇなー……。ってかそれに魔術的意味なんざあるわけねーだろ。ただのアニメだぞ?」
「むむ!! そんなことはないかも!」

 純白シスター少女ことインデックスは憤慨して、

「まず、これを見てほしいかも。カナミンのコスチュームは不自然に胸元と下腹部と臀部が露出してる形になってるけど、」

 それはお金の出所おおきなおともだちを釣る為の武器です、ともいえない上条は黙ってインデックスの講釈を聞く。

「これには、魔女術ウイッチクラフトの伝統的な儀式、『裸の儀式』の応用が組み込まれているんだよ。『裸の儀式』は通常全裸で行われるんだけど、この場合は『心臓』、『子宮』を象徴する『胸元』と『臀部、下腹部』を露出するに留めてその魔術的意味を強調することで、普通に『裸の儀式』を行うよりも効率的に儀式を展開しているんだよ!」

 上条はもうこの解説だけでおなかいっぱいなのだが、インデックスの講釈はまだ続く。

「他にも、四大元素の利用が見て取れるね。火・水・土・風の四大元素と、それにエーテルを加えた五大元素、その二つの要素をあえて両方とも組み込むことで、両方の理論に競合を起こさせ、その時の誤差によって『エーテル』をこの世に存テレ在しない物質ズマとして顕現させ、光線状にして打ち出している、というわけなんだね! こんな強引な魔術理論、並みの魔術師じゃまず思いつかないんだよ! これを思いついた人はもはや魔術師じゃなくて魔導師レベルかも!!」
「ハイハイ、スゴイデスネーインデックスサン」

 目を輝かせているインデックスに、上条は全く取り合わないすぐさま反駁するインデックスを片手で抑えて、上条はふっと考えた。

(にしても、魔術師の専門家がここまで細かく考察できるって凄いよな。真面目にアニメスタッフに魔術師でも紛れ込んでるってのか?)

 全く同時刻、とある場所で『空論使いマジカルメイカー』と呼ばれる、机上の空論をひねくれた理論により現実のモノとしてしまうという桁外れなメガネっ子地味系魔導師がくしゃみをしたりしたのだが、彼にとっては知る由もない話である。

 そんな風に感心していた上条だが、ふとした拍子に見えたデジタル時計の示す時刻に一瞬唖然として、

「あっやっべ! 早く補習行かねぇと遅刻だ遅刻遅刻――っ!!」

 と慌て始める。
 実際は慌てなくても普通に走っていけば間に合う時間なのだが、こういう風にいちいち慌ててしまうのが彼の不幸の一因と言ってもいいかもしれない。

「じゃあインデックス! 飯はそこにあるからちゃんと『ペース配分』して食えよ! 昼には帰ってくるからーッ!」

 そう言って上条はさっさと玄関を出て、補習に向かうのだった。……当然、彼に平穏な日常など待っていない。





***





 まず上条にとって最初の非日常ふこうは、魔術師からの電話だった。

『全く、一々ボタンを押さないといけないだなんて科学そっちの通信手段は面倒くさいね。きみに通信用の霊装が扱えればもっと簡単に連絡が取れるんだけど……ま、幻想殺しそれを持つ君に言っても仕方ないことか』

 何だコイツ、と上条は溜息をついた。急に電話してきたと思ったら、開口一番嫌味これである。コイツは喧嘩を売ってるのだろうか? だとしたら買ってやろうかなどと上条は思う。

「ったく、いきなり何だよ。魔術師ステイル。嫌味言う為に連絡入れたんなら切るぞー上条さんは今学生の本分で忙しいのっ!!」

 半ばヒステリックに叫び声を上げる上条に、しかしステイルは動じない。それはつまり、彼の用事がただの嫌味でないことを指している。

『随分つれないじゃないか超能力者かみじょうとうま。いや、ね――。君に、有難い情報をあげようと思ったんだ。君としても、折角救った女の子を殺されるのは面白くないだろう?』

 電話先の声に、剣呑な色が混じる。上条もそれを察し、思わず立ち止まってステイルの言葉に耳を傾けた。

『おそらく今日、「吸血殺しディープブラッド」が狙われるよ。相手は魔女と吸血鬼と炎の魔術師だ。友人を失いたくないならば、君も学生の本分ではなく主人公ヒーローの本分を果たすことだね』

 そう言って、通話を打ち切ろうとするステイル。しかし、上条はそれをされては困るとすぐに止める。

「待てよ! もう俺がそれに挑むことになってるのはまあ構わないとして、それを知ってるってのにお前は一体何してんだよ!?」
『……僕は少し、野暮用でね。安心してくれたまえ、前回のように君一人に大役を押し付けようとするほど僕も薄情じゃない。今、その野暮用を終えて学園都市に向かっている最中だよ。君は、三人の魔術師から吸血殺しディープブラッドを護るだけで良い』

 じゃあ、切るよ――というステイルに、上条は思わず制止しようとしたがそれは遅く。プツッ、という音と同時、ステイルとの通話は切断されてしまった。

「――――っ……。切れやがった」

 しばらくポカンとしていた上条だが、やがて苛々を発散するようにつんつん頭を両手で掻き毟ると、覚悟を決めたように前を見る。なんにしても、姫神の命を護る為にはステイルの言うとおり、三人の魔術師相手に戦わなくてはいけないだろう。
 だが、それにしても魔術師相手に三人というのは何とも絶望的な数字である。そもそも、上条は道端の不良相手にだって三人以上なら迷わず逃げるような程度の力量しかない。それが魔術師となれば、勝てる道理などあるはずもない。

 だが、ステイルは三人の魔術師から吸血殺しディープブラッドを護るだけで良い、と言った。そして、彼自身も学園都市に向かっている、とも。
 それはつまり、彼が来ることによって勝算が出てくる、ということでもある。二対三、相変わらず劣勢ではあるが、勝ちの目はある。だから、上条は姫神を見つけ出し、三人の魔術師からステイルが来るまで逃げるだけでいいのだ。

 なら、姫神を見つけ出せば良い。姫神は霧が丘女学院の生徒である為、今も霧が丘女学院の寮にいるのだろう。

「……ったく、俺はただの高校生だってのによ」

 呆れたようにつんつん頭を掻きながら、携帯で大体の方角を調べると、上条は勢いよく足を踏み出した。そして。

 第二の非日常ふこう。パキィン、というおなじみの効果音と共に、目の前に黒衣の女性が現れた。

「なぁっ!?」

 女性は自身の姿があらわになったことに驚愕したのか、上条の方を呆然と眺めていた。
 胸元が不自然に開き、乳房の下端あたりがはみ出るほどに丈の短い黒タンクトップに、ひじから先を覆う振袖のような黒い袖。下は黒いロングスカートだが、それも下腹部をこれでもかというほど露出するように下げられており、左脚部分には深いスリットが入っている。
 スリットから見える左脚には、太腿の半ばまで黒いハイソックス。ウェーブがかった長い金髪の上に、黒くて大きな尖り帽子があることから彼女が『魔女』のようであると辛うじて認識することが出来るが、それがなければただのエロいお姉さんである。

 どこぞの白黒と紅白を混ぜてエロくしたみたいだな――と世界観を越えた考察を入れる上条だったが、そんな思考は次の瞬間に受けた衝撃によって打ち切られることとなる。

「っだらぁ!」

 現れた魔女に、思い切りハイキックを食らわせられたのである。咄嗟に魔術師だからそこまで身体能力は高くないと考えていた上条は、完全に不意を打たれた。
 太腿の隙間から見えた黒く大人っぽいパンツに思わず目を取られた上条は、かわす事さえできず魔女のハイキックをモロに食らってしまった。

「がっぶぁ!」

 女の蹴りだと思って甘く見た上条は、そう考えた一瞬前の自分を殴りつけたい気持ちでいっぱいだった。頬が、途轍もなく痛い。ステイルのような『魔術に頼ってばかりの魔術師』では、決して得られないような体捌きである。
 少なくとも、ただの素人である上条では男女と言う性別の差を差し引いても勝てるかどうか難しいレベルだった。

(コイツ、一体……?)

 呆然と魔女の方を眺めていた上条だが、彼女が踵を返して走り去ったのを見てやっと我に返った。

(そ、そういえば! ついさっきステイルから『魔女が来る』って言われたばっかじゃねぇか! 俺の右手で急に姿を現したこと、『現代』には似つかわしくない服装、そしてあの尖り帽子……十中八九、魔術師!!)

 逃がす手はない、そう考えた上条は、すぐさま魔女の後を追うことにした。





***





「っ……! クソッタレ! アンタ一体何モンだい!? どうしてアタシのことを襲う!? っていうか何でアタシの『隠匿術式』を打ち消せるんだい! 学園都市め……対魔術用の超能力を開発してたって言うのかい!?」

 魔女は、上条の五メートル程前を走りながら背後の上条に向かって歯を剥いて叫ぶ。対する上条は、『長距離走には自信がある』という自己評価を下方修正しつつ叫び返す。

「っはあ……! はあ、一度にいくつも質問すんな! 俺は聖徳太子じゃねえんだよ! あと俺のコレは超能力でも、魔術でもねえ! 襲う理由なんざテメェの胸に聞いてみやがれっつうんだ!」
「はっ!? まさか強姦目的!?」
「テメェブチコロス!!」

 とても敵同士とは思えないくらい滑稽コミカルなやり取りをしつつ、二人の逃避行の舞台は路地裏に移った。道幅は一メートル程度。足元には障害も置いてあり、中々に走りづらいコースだが、こうした場所を減速せずに走る『知識』を持つ上条は、さほどスピードも落さず走ることが出来た。大変なのは、敵の魔女の方である。

「くっ、そ! この道を選んだのは失敗だった、かね!」

 当然、魔女も何も考えずにこの道を選択したわけではない。本当なら、空を飛んで追っ手を撒く算段だったのだが、上条との距離が予想以上に縮まってしまっていた為飛行するわけにもいかなくなってしまったのだ。

「ちっくしょう埒が明かないね……! なあアンタ! アタシの邪魔するってことは死ぬ覚悟があるってことだよねェ!?」

 魔女が逃走の足を止め上条の方へ向き直る。振り返った魔女の表情は、獲物を目の前にした猛禽のような獰猛さを帯びていた。上条は思わずその表情に戦慄して後ずさりする。

「くっ――――」
「G C D M D G M T W O S A T T L O T W A T G!
(ダーン神族の母ダヌよ、魔女と二柱の理に従い我に救いの水を与えよ!)」

 魔女の声に呼応するように、ゴポポポ!! という音と同時に水塊が発生した。

「くそったれ、空気中の水分の操作と凝結じゃなく、普通に水の発生かよ! 質量保存の法則はどこいった!?」
「あいにく、アタシら魔術師に物理法則じょうしきは通用しないねェ!」
「そいつはテメェの台詞じゃあねえ!」

 今にも押しつぶさんと襲い掛かる水塊に、上条は右拳による防御で以って応える。幻想殺しイマジンブレイカーに触れられた水塊は、パキィィン! と音を響かせてそれまでの質量が嘘のように塵も残さず消えていった。

「チッ……! なるほどねぇ、魔術を打ち消す能力、かい! じゃあこういうのはどうだい!? 
S O F A S O F G M T P!
(火と水の精よ、我に力を貸し与えたまえ!)」

 ゆらり、と。

 瞬間、上条の視界が歪んだ。
 思わず目をこするが、こすった右手に違和感はない。ゆらめいた景色のせいで、魔女との距離感がつかめない。

「く――でも、魔術なら!」

 さぐるようにして手を振るがしかし、景色の歪みは解消されない。

「な、幻想殺しイマジンブレイカーが通用しない!?」
「へぇ、アンタのそれ、幻想殺しイマジンブレイカーって言うのかい。良いこと聞いたね。それに、アンタの動きから察するにどうやら右腕にしか効力は宿っていないみたいだ。それならいくらでも料理法はあるよ!」

 魔女はそういって構え、

「G C D M D G M T W O S A T T L O T W A T G――
(ダーン神族の母ダヌよ、魔女と二柱の理に従い我に救いの水を与えよ-―)」

 魔女の言葉に呼応するように、彼女の傍らを取り巻くように透き通った聖なる水が現れた。

「N S O H A W――
(ニーズヘッグよ、水と地獄の源――)、」

 歌うように紡ぐ魔女の言葉に呼応し、聖なる水は地獄を流れる川の水源のように黒く邪悪な色に変貌する。

「――M E R A S C!
(――一一の川と蛇を対応し、顕現せよ!)」

「な、これは――!?」

 蛇が、現れた。
 それも、ただの蛇ではない。魔女の傍らにある黒い塊から枝分かれするようにして現れた、一一の蠢く蛇。

「『ニーズヘッグ』さ。アンタの『能力』も教えてもらったからね。アタシの手持ちの術式のうち一つくらい・・・・・教えてやるさ」

 魔女はドロドロに溶けたような蛇たちを傍らに従え笑い、

「蛇ってのは日本神道においちゃあ、川の化身とすることが多い。そいつを利用してヘルヘイムに存在するフヴェルゲルミルっていう泉とそいつを源とする一一の川をフヴェルゲルミルに棲む蛇ニーズヘッグと同一視して、一本一本を蛇として扱う術式さ。ちなみに、フヴェルゲルミルを源とする川――エーリヴァーガルには猛毒が存在するから、命中したらお陀仏とまではいかなくても相当酷い目に遭うことになる、よ!」
「だぁーっ!? 一パーセントも理解できなかったがとにかく食らえば死ぬってことは分かった!」
「死ぬこたあないっつってんだろ全く理解できてねぇじゃんか!」

 ゴッ! と加速した『ニーズヘッグ』を見た上条は、咄嗟に防御することを諦めて飛びのき後退することで攻撃をかわす。上条にかわされ地面に衝突した『ニーズヘッグ』は、衝撃で頭部をぐちゃぐちゃにしながらも地面を溶かす。

「ど、毒っつーか強酸じゃねえかこれ!」

 上条は思わず悲鳴を上げるように叫ぶが、魔女は全く取り合わない。

「アタシの道を邪魔するってこたぁ、そういうことだよ。安心しな。魔女は無駄な殺しはしない。他人に迷惑をかけない範囲で我侭放題するってのがアタシら魔女の信条だからね」

 魔女はそういって路地裏に転がるゴミクズを蹴り飛ばしながら、

「――――まあ、アンタがこれ以上アタシの邪魔をするってんなら話は別だけど」

 絶対零度だった。
 魔術のプロでもなんでもないただの高校生である上条は、その言葉に喉が干上がるような錯覚をおぼえた。指先がしびれ、この場から逃げ出したいという欲求が彼の体を支配する。

 魔女はそんな上条の様子に満足そうに目を細め、

「そう。それでいい。アンタが何のために動いたかしらないけど、わざわざ自分の命を投げ打ってまですることじゃないだろう? 吸血殺しディープブラッドを守るために動いてるのかもしれないが、そもそもアンタに命を懸けて助ける義理なんざないはずさ。そこで止まっててくれればそれでいい。無駄な犠牲は出したくないしね」

 さっきまでとは打って変わった、粗暴ではあるが優しい声色で、魔女は上条を諭す。

 上条は、

「――はは、そうだよな」

 馬鹿らしいものを目にしたかのように、苦笑してうつむく。その表情は、魔女からは読み取れないが、きっと自分の無力さを痛感した表情なのだとあたりをつけた。魔女の表情に、嫌なモノを見てしまったときの嫌悪感――いや、罪悪感のようなものが浮かぶ。

「確かに、命をかけてまで助けてやる義理なんかねえ。最初に会ったのは食い倒れてるアイツを見つけたときだったし、その後も特に何かがあるわけじゃなかった。ただ命を助けたっていうだけで、それ以外何の接点もない。あの時だってそれで腕を切り落とされたんだ。これ以上、命を懸けて何かをするような義理のある人間じゃねえ」

 上条はそこまで言って顔を上げる。

「――その通りだよ」

 その表情に、絶望などなかった。

「助ける義理なんかねえよ。アイツとはまだ知り合って何日も経ってないし、俺はアイツの好きなモンも知らねえ。でもな。それが『助けない』理由になんかならねえ! 黙ってたら殺されるっていう女の子の為に立ち上がらない理由になんかならねえんだよ!!」

 ただただ、純粋な戦意だけがその双眸に灯っていた。

「……………………」

 魔女は信じられないものでも見たような表情のまま上条の言葉を黙って聞いている。その態度から、自分が絶対に姫神を見捨てるとでも思われていたと悟った上条はどこからか沸いてくる怒りのままに目を剥く。

「見くびってんじゃねえぞ魔術師! テメェが何のために姫神を狙ってるのかなんて知らねえ。誰かを助ける為かもしれないし、自分の為かもしれない。だがな、それが姫神の命を狙って良い理由になんかなんねえんだ。もしもテメェがそれでも姫神を狙うって言うんなら――――」

 上条は握り締めた自らの握りこぶしに目を落す。この手に宿る力は、誰かを救う力さえも消してしまう厄介な力だ。
 でも、だからこそ。

「まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」

 自分の大切な誰かを脅かす力くらい、消してしまってやりたいのだ。
・魔術サイド(オリジナル)は、本編にあんまり関連しないのを良いことに好き放題しています。

2012/02/21 修正


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