皆さんは転生とか、そういったものを信じるタイプの人間だろうか?
私は信じる。だって私、いわゆる転生者だし。
皆さんは異世界とか、そういったものを信じるタイプの人間だろうか?
私は信じる。だって私、異世界出身だし。
皆さんは神様とか、そういったものを信じるタイプの人間だろうか?
私は信じない。だって神様が本当にいるなら……、
私はきっと、こんな悲惨な運命は辿っていないはずだ。
私の名前は親船小豆。
元男で『とある魔術の禁書目録』愛読者という前世を持つ。学園都市の統括理事会が一人、親船最中の孫娘にして、原作では存在すら語られなかった『剥離要素』だ。
そんな私の目標は『平穏に暮らすこと』。
ちなみにその目標は、今のところまったく達成できていない。
***
「きりーつ、きょーつけー、れーっ!」
蒼く染めた髪にピアスというどう考えてもヤンキーな風貌の“学級委員”が、その風貌に全く似合わない真面目な号令をかけた。その世界三大テノールばりに低い号令と共に、クラスの全員が立ち上がり、『無人の教卓』に向かって礼をする。
空は青く雲ひとつなく、日は高い。蒸し蒸しとした熱気は減点だが、今日はいつもよりも風が良く吹くから常のそれよりは軽い。総合すると、とても過ごしやすい夏の陽気だ。
今日は七月一九日。そう、七月一九日。七月一九日といえば、誰もが待ちに待った夏休みの前日である。
礼を終え、今この瞬間から夏休みを謳歌できる資格を持った者達は各々の頭の中に描く夏休みの活動計画を友人達と語り合う。そんな彼らを尻目に、私は少な目の持ち物を学生カバンの中に詰めてさっさと帰宅の準備を整えていた。
「じゃー、さよーなら親船さん。今日はあたくし習い事がありますの」
「うん、じゃあね絹子ちゃん」
私よりも先に支度を終えた友人と挨拶を交わしていると、去っていく学生達に『無人の教卓』から可愛らしい声が響く。
「はーい、今学期はこれでおしまいなのですよー! みなさん健全で実りのある夏休みを送ってくださいねー! ただーし! 上条ちゃんは残ってください! 補習がありますー!」
「だーっ!? 不幸だー!!」
『無人の教卓』……の陰に隠れてしまっている身長一三五センチ、外見年齢一〇歳弱の女教師(実年齢は【いい大人】である)、月詠小萌先生の声に、私の隣の席にて、いそいそと帰る準備をしていたツンツン頭の少年が情けない悲鳴を上げた。
彼の名は、上条当麻。私こと親船小豆のクラスメイトであり、私が前世で愛読していた『とある魔術の禁書目録』の主人公だ。
そして、彼は何の能力も検出できない『無』能力者であると同時に、事件に巻き込まれる度に女を堕としていく脅威の女垂らしでもある。その分死亡予告でもあるんだが。
ちなみに、正史では補習は二〇日からだった。それが一日繰り上げになったのは私が絡んだちょっとした事情があるからなのだが……まあ、これはどうでもいいことだ。
ところで、転生してから正味一六年間、主に最中お祖母ちゃんの教育の甲斐あって私の仕草や口調は完璧に女性のものである。仕草が男っぽいなんて小学校に入ってからは一度も言われたことがないくらいだ。
そんな私だが、趣味嗜好は男性のそれに近いものだったりする。部屋は何度か友達を招きいれたことがあるが、そのたびに『飾りっ気が少ない』と評されているし、女性ならばそこまで躊躇しないであろう『肌を見せる』という行為に関しても強い忌避感を覚えている。……いや、自分の体に自信がなければ誰でも露出は避けるんだろうけど、こう言ってはなんだが私は自分自身のことをそこまで醜いとは思っていないし。
現に、今だって私は制服のスカートを穿いているわけだが、スカート以外に何も足を覆うものがないという精神的不安感に耐え切れず夏だと言うのに真っ黒いタイツを穿いて肌を隠している。尤も、学園都市製の通気性抜群性能なので蒸れたりはしないが。我ながら潔癖だと呆れてしまうけれど、本当に駄目なのだから仕方がない。
そんなわけで、私は元男だろうと構わず惚れさせてしまいかねない上条にだけは関わらない様にしようと心に決めていた。いた。
「確か……今日の補習って空間移動系の能力だったよなー……。はぁー、全然ダメだ、絶対できねー……」
そう言って、上条は机に突っ伏した。どうやら先ほどの小萌先生の死刑宣告がよっぽど効いたのだろう。そこに、私よりもさっさと帰宅の準備を整えたツンツン金髪グラサンの(割りに不良ではなく、単にモテたいからこんな格好をしている)少年、土御門元春が通りかかった。
ごく普通のツラで学生をやっているこの男は実は魔術師で、学園都市に巣食う魔術側のスパイ――に見せかけて魔術世界や学園都市外の研究機関を股に駆ける多角スパイである。本所属は学園都市のようだが。
疲弊しきった上条を見て、土御門はグッと笑顔で上条にサムズアップする。その笑顔を見た上条は、土御門が自分のことを助けてくれるのかと淡い期待を顔に表したが、
「諦めるんだにゃー、かみやん。っというわけで、俺は一足先に愛しの義妹の許に行くぜ――っ!!」
「待て土御門おおおおっ!?」
そこは『背中刺す刃』『ウソツキ大魔王』などなど様々な異名を持つ土御門。あっさりと裏切って足早に立ち去ってしまった。
机に臥せった上条は薄情者の友人を捕まえようと腕を伸ばしたが、裏切り者の逃げ足の速さというのは尋常ではない。あっさりと空振り、上条は次の道連れに青髪にピアスといった風貌の学級委員(あだ名の『青髪ピアス』で呼び続けていたら、いつの間にか本名を忘れた)を選ぶ。
「ちくしょう……あの薄情者め! 青髪! お前だけは……」
「いやー、小萌せんせーと二人きりで補習とは胸が高鳴るんやけどー、ボク今日はバイトなんやー、ごめんなー」
「青髪、お前もかーっ!?」
しかし、青髪ピアスはそう言ってピッと上条に敬礼すると、意気揚々と教室から出て行ってしまった。小萌先生一色なコイツでも、ほかの事を優先することって有り得るんだな。
さて、私のほうも準備は終わったし、さっさと帰宅するか。
くどいようだが今日は待ちに待った高校一年生の夏休み前最後の日。此処を乗り切ってしまえば上条は七月二〇日のお昼にベランダに干されてるインデックスと出会い、色々あって彼女を助ける為に自分は一切の記憶を失い、その後はめくるめく魔術生活に飛び込むことになる。学園都市で平穏に暮らす私がどこにいても巻き込まれる事件と言えばヴェント襲撃の時くらいだろうが、ぶっちゃけ私はヴェントに敵意を持ったりする要素なんてないし天罰術式は効かない。放っておけば倒される上に何だか可哀想な過去を持っている人間に敵意を抱くほど私は排他的な性格ではないし。
つまり、私の平穏は確保されたも同然、という訳である。
今後の平穏のことを考え、思わずウキウキしてしまう自分を抑え、迅速かつ正確に鞄を肩にかけて教室を出ようと……、
ガシ。
「……どうしたの? 上条くん」
「親船ぇー、助けてくれぇー」
………………。
……と、まあそんな風に行けたら私は今こんな場所にはいないわけで。今私は上条に肩をガシっとつかまれちゃったりしてる。
ちなみに、私の身長は女子にしては高いほうで、上条よりも少し小さいくらい、体重は五〇キロ台、髪型は茶色がかった黒髪を肩くらいの長さで切り揃え、自分から見て左側の髪は一房ほど結んでサイドテールにしている。正史に登場してきた風斬氷華のものよりも少し大きめの、犬の尻尾とでも形容できそうなサイドテールだ。
そして、私自身自覚はないが、常に目が半分閉じているような無気力そうな無害そうな表情がデフォルト仕様となっている為、大人びているとよく言われる。まあ、前世の分の人生経験もあるし今生も何だかんだで(色んな)経験豊富だから当然かもしれないが。
そのくせ、バストのサイズはあまりないという、よく言えばスレンダー悪く言えば貧乳な体型なのだが、基本的に私はとある理由から気苦労が多い為か、肩こりが絶えない。一応友人である吹寄から肩こりによく効く学園都市製の低周波うんたらとかそういう健康グッズを貸してもらっているものの、マシンがポンコツなのか私の肩こり力が高すぎるのかどうも良くならない。まあ、心労が原因だからなのかもしれないが。
で、何故こんな説明をしているのかというと、私は先ほども言ったとおり若干肩こり気味であり、上条が今つかんでいる風に肩を触られると、ちょうどなんか気持ちいいポイントが揉まれている状態となり、『あんっ』と艶やかな声をあげてしまうという事態が起こる。
くどいようだが私の風貌は大人びていて、大人の女性のようである。そんな大人な女性を艶やかに啼かせた上条は…………、
「まぁた女引っ掛けて貴様は――――っ!!」
「ぎゃあああ!? 冤罪だぁーっ!!」
額部発光こと吹寄制理のアッパーカットを食らい、宙を舞った。……上条、南無。
さて、現実逃避も済んだので正直に告白しよう。私の人生は、先ほど考えた今後の展望が実現するほど順風満帆には進んでいない。
まず、なんだかよく分からないままに転生したと思ったらそこは既に学園都市で、転生早々お祖母ちゃんに転生者であることがバレるのだがお祖母ちゃんが善人だったお陰で何とか命拾いして、当然のように学園都市で生活するのだが、晴れて能力開発を受けて能力を発現したら何故かアレイスターの逆鱗に触れて『直々に』宣戦布告され、捕まったら即死亡という暗部との追いかけっこを演じるアグレッシヴ極まりない小学校時代を過ごすハメになり、中学生になったら暗部との追いかけっこも終わったものの不覚にも同じ学校になってしまった上条の隣の席を何故かずっとキープし続け、嫉妬に狂った女子生徒との逃避行(このころ、私の女に対する幻想は殺された。とんだ幻想殺しである)や上条の巻き起こすさまざまな事件の尻拭いをさせられたり、その上で上条とのフラグを立てないように腐心したりと忙しい中学校時代をすごし、なんとか高校生になってアレイスターから『昔はゴメンネ☆ これからは殺そうとしたりはしないよ!』と『直々に』謝罪を受けて、これでやっと平穏な生活ができる……と思っていたら最中お祖母ちゃんの政敵を名乗る組織から暗殺されそうになり、お祖母ちゃんの助けもあって他の暗部を味方につけたと思ったら今度はそれが原因で大規模な暗部組織同士の抗争が起きてしまったり、尚且つなぜかそれが私の所有権を巡って起こっていることになって便乗犯が現れいよいよ収拾がつかなくなり、それでも不用意に上条に助けを求めたら上条が死ぬか、全部すっきり解決して私が上条に惚れるという最悪の二択なので勝手に絡んでこようとする上条をなんとか宥め賺して誤魔化してフォローするという二重生活を送り、対応をミスして一日学校が潰れ(そのせいで補習が一日繰り上がった)たもののアレイスターの助け(これは今にして思えばの推測なのだが)もあってその騒動が最近やっと収束したところなのだ。
そんな平穏とは程遠い、文章にしたら間違いなく破綻する(というか破綻している)生活、それが私の日常。
だが、このままではいけないのだ!
私は平穏が好きだ。
一番好きな言葉が平穏、二番目が平和、三番目が安全というくらい――それこそ学園都市統括理事会の潮岸とかいう全身アーマージジイに勝るとも劣らないくらい平穏な生活が好きだ。
だが、これからの上条とかかわりを持ってしまうと自動的に魔術やら科学やらの面倒ごとに巻き込まれてしまうことになる。そもそも私は前述したとおり相当デリケートな境遇の持ち主だ。対外的には無能力者で実質はメインプランだった上条だったからこそ巻き込まれてもお咎めなしになったような事件に、私が干渉したら即座に報復とかお仕置きというノリで小学生時代の焼き直しが始まるに違いない。
そういうわけで、私としては断固として上条との接触は断たなくてはならない。
「ぐ、ぐふう……吹寄の奴、思い切り殴り飛ばしやがって……。た、頼む親船ぇ」
「ごめんなさい上条くん、私もこれから行くところが……」
「頼むぅぅぅぅ親船ぇぇぇぇ!! いや親船様! お願いしますううううう!!」
「……っていうかそもそも、上条くんはどうして私にお願いなんか?」
それにそもそも、中学校三年間+高校に入ってからの数ヶ月間、上条の隣の席というコイツの信者なら垂涎モノのポジションにいる私が言うべきことではないが、私と上条はそれほど親しくない。学校での会話は世間話をする程度だし、別に一緒に帰ったり互いを幼馴染と意識したこともないしそのネタでからかわれたことも……まあ、あることはあるがそう何度もあったわけじゃない。
つまり、そんな上条が土御門や青髪ピアスの次に私に縋り付くという選択肢を選ぶのがまずおかしいのだが……まさか、フラグ建立の前兆か? 注意せねば、
「確か親船の能力って空間移動系だろ?」
「いや……正確には一一次元を演算することで空間に時空の穴を生み出すだけで、移動とかはできないんだけど……」
そんなことを考えていた私だが、上条にそう言われてやっと得心が行った。確かに、私の能力は……簡単に言うと、何でも収納できる穴を出す能力。系統としては一一次元の計算を用いているので、空間移動系に分類されるのは間違いない。まあ、これも裏があるわけだが……そこについては別に良いか。今はそんなに重要でもないし。
「それでも同じようなもんだろ、時空の穴も一一次元理論とか利用して開けてるんだろうし」
上条にしては珍しく正しい発言だ。
私の能力――割裂空洞は、一一次元上の座標連結を捻じ曲げることで空間に空白を生み出し、通常は認識できない『世界そのもの』を割って裂くことで『次元の狭間』とも呼べる『空洞』を作り出す能力だ。
空間移動も同じように、一一次元上の座標で物質を移動させる能力であって、よくあるフィクションのようにベクトルを超越した能力とは毛色が違うのは公衆の知るとおりだ。
そして、私は同じ一一次元の計算を用いるという共通点から、この空間移動系能力に関しても、厳密な意味で使用できるわけではないものの理論は分かっていた。
「うー……それを言われるとそうなんだけど…………」
上条の言っていることは、補習を受ける人間としては駄目駄目だが一理あるし、普段私が演じている『親船小豆』という人間は、こういう頼まれ方をしたら断れないタイプの人間である。あまり無碍に断るのも憚られるし、かといってこのまま上条の補習に付き合ったら……確か、この後って上条は御坂に夜が明けるまで追い回されるんだったよな? それに巻き込まれるのは流石に勘弁だ。
……だが、このまま拘泥していてもラッキースケベが勃発する可能性がある。
私『いーやーだー!』→上条『頼むぅー!』→滑って転んで押し倒されて胸を揉まれる…………なんて光景が目に浮かぶようだ。っていうかそんな感じでフラグ建てられた奴を見たことあるし。
それに、そんなことをされたら確実にフラグが建つ。建った以上親船ENDまで迎えさせる自信がある。ってそんなの冗談じゃない。
「……分かったよ、でも小萌先生にダメっていわれたら諦めようね?」
「ありがとうございます小豆様あああああ!!」
「お、親船でいいって……」
言われて、私はちょっと苦笑してしまった。
正直、小豆という名前はそこまで好きじゃない。私のお祖母ちゃんも最中だし、叔母さんは素甘だし、お父さんは羊羹、お母さんは汁粉という現状を考えたら小豆はまだ人間らしい名前だとは思うけど、一般的な感性で言ったら相当キツいネーミングなのは否めない。どうせなら上条さんちとか御坂さんちみたいな普通のネーミングにしてほしかった。
まあ、それは今更だしどうでも良いんだけど。
「上条ちゃん、上条ちゃーん! さっきから呼んでるのに反応しないとは何事ですかー!? 親船ちゃんも親船ちゃんです! 上条ちゃんはこれから補習なのですよ! 補習にお手伝いさんが付くとは、前代未聞なのですよー!」
「でも、上条さんは『空間移動』をまったく使えませんのですよ? 一一次元の計算なんざサッパリのパーだし。小萌先生だって一一次元の計算に詳しい親船が居たほうが補習楽じゃないかなと上条さんは愚考する次第ですが!」
「う……」
ちょっこりと飛び跳ねるように上条に文句をつけている小萌先生に、上条は必死こいて弁解を始めた。確かに空間移動は結構珍しい能力だし(っていうか何故そんなものを補習のプラグラムに組み込んでるんだ)小萌先生も割りと専門知識を知ってる私がいれば楽だろう。
そんな風に考えたのか、小萌先生は仕方なそうに溜息を吐いて、
「そ、そういうことなら、仕方ないですねー……。特別ですよー?」
「やった! ありがとう小萌先生、親船!」
…………ま、今日だけなら別に良いだろう。
***
「真に、真に申し訳ありませんでした……」
「あ、上条くん顔上げていいよ? 私気にしてないし……」
あんなに青かった空はいつの間にか赤いどころか紫色に染まっている。
私は無様にも土下座を敢行する上条の肩に手を置き、引きつった頬で無理やり笑みを浮かべた。
結局小萌先生の愛と情熱の補習授業は日が没するまで続いていた。
いくら理論を教え込んでも、やっぱり一朝一夕じゃどうにもならず、上条が『空間移動』を発現することはなかった。
まあ、幻想殺しがあるわけだから上条に他の異能を扱うのは不可能だろうな。
「いや、本当にゴメン。あとありがとう。今日はもう暗いし、上条さんが晩飯おごってあげるアーンド送っていきますよー」
「気にしなくてもいいのに……。それに、上条くんこそもう遅いし悪いよ」
明日から夏休みということで浮かれているのか、妙に上機嫌な上条に私は首を横に振って答える。忘れているのか? お前は明日からも補習だということを。
……それに、『今日』コイツと一緒に夕飯なんて冗談じゃない。今日は夏休み前日、正史で言うとインデックスが上条宅に引っかかる前日、上条が御坂に追い回される日である。何気に今日の出来事は幻想御手事件と絡んでいたし、そっちの方も正史と大まかに同じ流れを進んでいるのを確認しているので今日コイツが御坂に追い回されるのはおそらく確実。私まで巻き添えを食らいたくはない。
「忘れたのか? 今日は七月一九日、つまり夏休み前日だ! 心配はご無用のことですよー」
「いやでも、ご飯まで奢ってもらっちゃ悪いよ……。そこまでするようなことしてないし」
「いやいや、結局俺のせいでこんなに遅くなっちまったんだし、さ。何か礼させてくれよ」
しかし、上条も退かない。押し問答である。
……だが、このまま拘泥していてもラッキースケベが勃発する可能性がある。
上条『奢る!』→私『いやだぁー!』→バタフライ効果が発生して私が全裸になる…………なんて光景が目に浮かぶようだ。流石にそんな前例を見たことはないけど。
それに、そんなことをされたら確実にフラグが建つ。建った以上親船ENDまで迎えさせる自信がある。ってそんなの冗談じゃない。
無闇に上条と関わるのはお断りだが……まあ、良く考えたらどうせ上条は記憶喪失になるのだし、そうなれば関係はリセットされる、か。それに、上条が私みたいな女友達と一緒にいれば御坂だってそこまで執拗に追い掛け回したりはしないだろう。
「分かった。良いよ。でもその前に家の人に連絡しなきゃ」
「そっか、親船んちって家族が学園都市にいるんだもんな」
とは言っても、両親は研究やら仕事で忙しいから殆ど家には帰ってこないが。家にいるのはいつもお祖母ちゃんだけだ。……統括理事会の一人で忙しいのになるべく家で仕事をするようにしているのは、私の為なんだろうか……?
と、そんなことを考えながらスマートフォンタイプの携帯を取り出した私は、ぺたぺたと親指で画面を操作しメールを打ち込んでいく。
『今日、友達とご飯食べて帰るから遅くなるね。ご飯はいらないよ』
お祖母ちゃんにメールを送り、カバンを肩に掛けて先に扉を開ける上条を追おうとして……そこで待っていたかのように返信が帰ってきた。
着信名を見ると……『最中お祖母ちゃん』。……こういうのって、ご老人は機械に疎いっていうのが普通だと思うんだけど。いや、学園都市の統括理事会の一員にそんなことを言っても無駄か。
『了解しました。ところで友達というのは隣の男の子ですか? ご飯はいらないと言っていましたが、赤飯を炊いて待っていますね』
……ツッコミどころ満載の返信だが、とりあえず色恋沙汰だと勘違いしてるところがイタイ。っていうかこの人、転生したての時に私が元男で大人な転生者だって知ってるはずなんだけど……? まあ、私がこの世界のことを小説という形式で見ていたことまでは話していないし、所作も結構女の子っぽくはなっているから忘れているのかもしれないけど。
いや、それ以前に、そもそもどうして私の隣にいるのが上条――男だって分かったんだ?
あれか。滞空回線か? アレイスター直通の情報網を使ってるのか? …………こんな目に遭って、尚且つ御坂と遭遇したらやりきれないな……。
***
「アイツ……悪い親船、ちょっとここで待っててくれ」
「あ、上条くん……」
やりきれなかった。
ファミレスに行ったら、案の定御坂が何人かの男に囲まれてるし。っていうか、上条の登場が正史よりも大分遅れているっていうのにどうして正史どおりになるんだろうか?
……確か、あの男に囲まれている状況は幻想御手の聞き込みだったような。本来ならそれだけ長くなったということなのだろうか。それともあれか、世界の修正力もといアレイスターのプラン修正か。ヤツが元凶なら大抵のことには納得が行く不思議。
でも、このままだとアレか。停電が起こるのは私もイヤだし、適当なところで打って出て御坂の怒りを……鎮められるだろうか? まあ、やってみるだけやってみようか。
などと考えながら手元のスパゲティをくるくる巻いていると、既に不良が上条にガンつけ始めていた。上条……頑張れ。正史と違い、私がいるから上条が食い逃げ呼ばわりされることがないっていうのが唯一の救いだな。
上条が追い回されることになるだろうというのを見越してあえて少な目の料理を注文した(上条には奢ってもらうのが悪いから安いものを注文したと思われているだろう)私は、追い回される上条を見送りながら上条の分のお皿をこちらに寄せる。
ちなみに苦瓜と蝸牛の地獄ラザニアなどという世紀末チックな料理は私の趣味じゃないので、それとなく回避させた。いつも思うけど、カタツムリとかそういう虫とか良く食べられるなあと思う。雑菌とか入ってそうだし口の中で蠢くとか思ったらとても食べる気にはなれないと思うんだが。
十数分。のんびりとマイペースに料理を食べていた私は、使っていたフォークとナイフを丁寧にテーブルに置くと、ナプキンで口元を拭いてから呟く。
「……ふぅ。それじゃ、そろそろ上条君のところに行こうかな」
詳しい位置は分からないが、騒がしいところに行けば会えるだろう。
***
上条の居場所把握は簡単だった。
何せ、上条のいる周辺だけ迸る紫電で昼間か何かのように明るくなっているのだから。黒い空に蒼い稲妻のコントラストは、どこぞのエレクトリカル……いや、何でもない。ともかく、上条と御坂は既に交戦しているようだし、さっさと止めに入ろうか。無闇に停電を誘発してもこのあたりの住人さんに申し訳ないしね。皆夏休み初日ってことで夜更かししてるんだろうし。
「ふっざけんなァァァあああああああッッ!!」
御坂の声と同時に、ドオオオオッ!! と空気が弾けるような音を響かせて上条に電撃が突っ込む。しかし、まさしく雷速を誇るその攻撃は、避雷針の要領であらかじめ突き出されていた上条の右手に吸い込まれ、そして簡単に打ち消されてしまう。
「なんッ……でアンタは――!」
「はい、そこまで」
これ以上やると上条が『お前ホント、ついてねえよ』とかどや顔で言い出しそうなので、御坂が呆然としているところで二人の間に入り込んだ。電撃によって空気が焼かれているからか、何か変な匂いがする。……オゾン? ……まさかね。
「……アンタは? 今ちょおーっと取り込み中だから、悪いけど邪魔しないでもらえると、」
「流石に、無抵抗の友達が電撃の危険に晒されてるのを見て黙っていられるほど薄情じゃないんだよね、第三位の御坂美琴さん?」
「……っ!」
そう言って笑いながら御坂を威圧すると、彼女は面白いほど反応した。普通の三下にやっても効かない手法なのだが、彼女くらいに喧嘩慣れしていれば逆に通じてくれるようだ。
「……アンタ、コイツの何なのよ?」
「『ただの』クラスメイトだけど?」
惚けたように言うと御坂は一瞬ぽかんとしていたが、やがて自分が虚仮にされていると思ったのか表情にどんどんと怒りが集まっていく。
まあ、『ただの』とわざわざ強調したのだから、私が上条にとって特別な人物だとは思われないだろう。精精、取り巻きの一人とかそんなものだと思われるはず。上条の取り巻きだと思われるのはそこはかとなくプライドが傷つくが、まあ仕方がない。
「…………だったらアンタさっさとどかないと痛い目、」
「見せられるのはいやだからさっさと退散するね! 上条君付きだけどー!」
「えっ、ちょ、ま」
御坂の言葉を途中で遮るような形で、私は上条の右手を掴んでその場から走って逃げた。停電が起こらない分、正史の流れが変わる(具体的に言うと上条が自業自得で腐った野菜炒めを食べずに済む)が、大筋は変わらないだろう。精精、上条の不幸が少し減るだけだ。
***
そんなこんなで私と上条の二人は、私の自宅である親船邸の前に到着した。私は途中で別れても良いと言ったのだが、上条的には女の子を夜道で一人歩かせるのは男のすることではないのだとか。女扱いは何気に気持ち悪いからやめてほしい。……いや、私の性別は確かに女なのだけれども。
御坂はというと、私と言うイレギュラーがあったせいか、それとも最後の煙に巻くやり方のせいか、後ろから電撃を放ってきたりといった追撃をするようなことはなかった。
……というより、呆然と立ち尽くしているだけだったような気も……? …………もしかして、私が上条の彼女だと勘違いしたとか? ……いや、結構有り得るぞ。そもそもタイミング的に私が上条のことを追っていたとしか思えない登場だったし、その後も見ようによっては手を繋いで逃げているようでさえあった。彼氏彼女だと誤解するには十分……というかこれ誤解されて当然じゃないか?
うわあああ、私は一体何をやってるんだ。自分からフラグ建てに行ってたら世話しない。……幻想御手事件に少しだけ干渉して、御坂の誤解を解こうか……、いや、リスクが高すぎるな。それに誤解していると決まったわけでもないし。それに、気にするほどのことでもあるまい。御坂が上条に対してちょっと距離を置く可能性もあるが、アレイスターのプラン修正もあるから絶対能力進化計画で上条が介入することはほぼ決定事項。となれば、御坂が上条に対して好意を抱くのも殆ど決定事項だから、少々の精神的距離は誤差の範囲ということで目を瞑れる筈。
と、そんな風に今後のことを考えつつ、上条の様子を確認してみようと視線を少し上げてみると、上条の方も私のことを見ていたようで、ぴったりと目があった。上条が頬を染める。
…………、……。
……うん。なんか気まずいな。
ふい、と互いに顔を背ける。上条も私も、照れのせいで少し顔が赤くなってるかもしれない。
「ホント、何から何までありがとな、親船」
上条が私の方へ目を合わせないままに口を開いた。が、礼を言うときは相手の目を見て話すべきだと思う。まあ、気まずいのは分からないでもないけど。
「いや、良いよ。それよりも彼女、御坂さん……だよね? 大変かもしれないけど、仲良くしてあげてね」
「ん、まあ俺としても仲良くしたいところだけどなー……、向こうから噛み付いてくるもんだからどうにも。でもどうして親船が?」
上条は私の言葉を聞いて不思議そうにこちらを振り返った。
いや、御坂のアレがツンデレだって分かってる立場からしてみたら、ねぇ……。
それに、御坂が上条と疎遠になったら、主に一方通行戦や第三次世界大戦で正史と違う展開になってしまうかもしれないし。まあ、アレイスターのプラン修正もあるから流石にそれは考えすぎだろうけど。
「上条くんは少し、女の子の扱い方を学ぶべきかもねー?」
「うん? それどういう意味だ?」
私は、そう言って適当にはぐらかした。上条は不幸に慣れてしまっているので、そもそも自分が誰かに好かれるはずなんてないと思い込んでしまっているからな。こういう風に、お前実は女の子に好かれてるぞってことを匂わすと最適解を真っ先に排除してくれるから勝手にはぐらかされてくれるのだ。
「それじゃ、ここまでで。上条くん、エスコートありがとね。お礼に夏休み、何か困ったことがあったら一つだけお願い聞いてあげちゃうかも」
「……ホント、何から何までありがとな、親船」
夕食を奢る約束が全然果たせてないことを黙ってるのは私の優しさだ。どうせ、もう『この』上条と会うことはもうあるまい。これは私から彼への、最後の貸しってことにしておこう。
……なんか今生の別れだと思うとセンチな気分になるな。そういえば三年強も隣の席だったんだし、それなりに愛着は沸いてるはずだしな。まあ、簡単に吹っ切れるレベルだが。
上条はというと、私の優しさに思わず涙ぐんでいるようだった。そういえば、彼の周りの女の子は揃いも揃ってアグレッシヴだったような……。頑張れ、上条。
「じゃあね、上条くん。連絡楽しみにしてるよ~、なんちゃって」
あはは、と笑いながら自宅へ帰っていく。お祖母ちゃんへの連絡は済ませてあるから、多分家で起きてる人は誰もいないはず。
ジャラジャラとポケットの中にある鍵束から家の玄関の鍵を探り出し、取り出す。一見誰もいないようだが、実際は物陰に何人もの護衛がいるのだ。防犯警備は万全である。
……さよならだ、上条。
***
私は、自室のベッドの上に寝転びながら考える。
それにしても、今日は少し面倒くさかったが有意義な日々だった。
御坂の暴走を抑えることで翌日起こるはずだった停電も起こってないし、上条ともフラグが立たないまま夏休みに行けた。このまま行けば学園都市が攻められる何回かのイベントさえ回避すれば私は晴れて自由の身だ。私が最後に読んだ二二巻以降のイベントが気になるところだが……学園都市が壊滅するようなイベントはないと思いたい。
っていうか、アレイスターはおそらくローラよりも上手だから、学園都市が攻められるような事態、そもそも起こらないだろう。
にしても、明日何しよっかなー、夏休みは暇だからなー、宿題やりながら、幻想御手事件の確認でもしてよっかな?
・このSSは原作二二巻までに刊行した『とある魔術の禁書目録』シリーズの情報を基に展開を構成しています。よって、新約以降の設定とは食い違う設定が出てくると思います(特に魔術関係)。
・なお、作中で違和感を感じる文章が出てくることがありますが、それが仕様であることもあります。指摘は大歓迎ですが、その場合は指摘して頂いてもスルーすることがあります。
・また、スルーした箇所が重大な伏線ではなくただの小ネタである場合もあります。
2012/04/14 改訂
2012/04/27 修正
2012/05/23 修正
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