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#094 後継者?

 ユサユサと体を揺すられる。

 どうやら俺は寝ていたらしい…。

 眠りについた記憶が無いんだけど…。なんて思いながら目を開ける。


 「やっと起きたね。もう皆出かけてったよ。」

 そこには俺を覗き込んでいる姉貴がいた。


 「そうなんだ。今起きるから…。」

 そう言って体を起こそうとしたら、両肩にズンと鈍い痛みが広がる。

 その痛みのお蔭でだんだんと記憶が蘇る。


 確か、ダリオンさんと試合をしていたはずだ。

 ダリオンさんの突進と共に繰り出された両腕は俺の両肩をホールドした。

 そして、俺は小さく掌底を繰り出し、それに気を一気に流し込んだはずだ。掌底の当てた場所は体中線よりやや右にずれた場所。人体最大の急所である心臓だ。


 たぶん、掌底を放った後の気の激減により俺は気絶したのだろう。

 となれば、ダリオンさんはどうなった?


 「姉さん…。ダリオンさんは?」

 「ダリオンさん…タイガーマスクの隊長さんね。元気に今夜の獲物を獲りに部下と出かけたわよ。」

 

 姉貴は驚いている俺を見て微笑みを浮かべた。

 「アキト…。あの技は余り使わないで。たまたまカラメルの長老が高まる気に気が付いて様子を見に来てたから良かったものの、でないとダリオンさん死んでたわよ。」

 

 やはり、俺の放った掌底はダリオンさんを一度死なせたようだ。

 確かに試合で簡単に使う技ではないが…あの時のダリオンさんを止めるにはあの技しか思い浮かばなかった。


 「あぁ、約束するよ。使う場所と相手はしっかりと選ぶことにする。…俺は人殺しにはなりたくないからね。」

 「それが分かればいいわ。今度の事は許してあげる。」

 姉貴はそう言って、俺の衣服を出してくれた。といっても洗濯の済んだ迷彩服だけどね。


 痛む両肩を庇いながらテーブルに着くと、姉貴が朝食の黒パンと野菜スープを出してくれた。

 このスープに浸けながら食べる黒パンは結構美味しい。

 ジュリーさんがいると睨まれるんだけど…サーシャちゃんの教育上不味いってことだと思う。上流階級に生まれなくて良かったと思いながら食べ続ける。


 「そういえば、皆は…?」

 「アルトさん達は、アン姫を連れてラッピナ狩りよ。」

 

 そういえば、確かそれが原因でこの村に、あの2人が来たんだっけ。

 あれ、ジュリーさんはどうしたんだろう?


 「ジュリーさんは、クオークさんと妹さんを連れて登り窯の見学に出かけたわ。セリウスさんも一緒だから安心だよね。」

 「でも、クオークさん達の護衛として、ダリオンさん達は来たんだよね。ダリオンさん達はどうしたの?」


 「ダリオンさん達は狩りに出かけたんだと思う。昨日、アキトを担いで家に来た時にそんな事を言ってたわ。

 「よく、ジュリーさんとマハーラさんが許したね。」


 「アルトさんが言ってたわ。『近衛としての城勤めご苦労である。この村におる間は、のびのびと野山の狩りを楽しむがいい。その間のクオークとクオークの嫁の世話位は任せるがいい…。』こう言ったら、ダリオンさんの目が一瞬で喜びに輝いたわ。」


 今頃はアクトラス山脈で獣を追っているんだろうなぁ…。でも、一緒にいる近衛兵は少し気の毒な気がする。まぁ、鍛錬と思って諦めて貰わねばならないと思うけど…。


 さて、朝食を食べてどうするかだ。

 そんなことをお茶を飲みながら考えていると、姉貴が身を乗り出してきた。


 「今夜、庭で宴会をする予定なんだけど、…アキト。黒リックを獲ってきてくれない?」

 「黒リックねぇ…。そうだ。姉さんはまだカヌーに乗ってなかったよね。今から出かけようか?」


 「アルトさん達は釣りに行ったんだよね。最後になっちゃったけど行こうか!」

 姉貴がウキウキした顔で立ち上がる。早速出かける気でいるようだ。

 「準備が出来たら庭に来て。先にカヌーを廻しておくから」


 そう言って、庭に出る。

 林の浜辺に押し上げたカヌーを湖に浮かべると、パドルで静かに漕いでいく。

 もう、朝とは言えない時刻だけど今日は風が出ていない。絶好の釣り日和だ。


 庭の擁壁にカヌーを着けると、そこには姉貴が待っていた。

 俺が擁壁に手をかけてカヌーを安定させると、早速籠を手に姉貴が乗り込んできた。


 姉貴がカヌーに腰を落ち着かせた事を確認して、俺はパドルを漕いで沖を目指した。

 湖の色が変わる場所で仕掛けを投入する。


 そして静かにパドルを漕ぐ…。


 「アキトとボートに乗るのは何年振りだろね。たしか、桜の時だっけ?」

 よく覚えてると思う。確かにあれは桜の咲く時だった。町の桜の名所には大きな池があり、そこには貸しボートがあった。

 嫌がる俺をボートに追いやり、姉貴がボートを漕いだのだ。

 あれは俺が5年生の頃だったと思う。姉もまだ中学生ではなかった。

 姉貴は周りも見ずに力一杯オールを漕いで、池の真中近くに行った時、突然『綺麗!』ってボートに立ったものだから…。


 ボッチャン!って落ちたんだよな。そして、助けようと手を伸ばした俺まで池の中に引きづりこんだんだ。

 びしょびしょになって家に帰って母に怒られた記憶まで蘇ってきた。


 「そうだね。今日は立ち上がらないでね。」

 「まだ言ってるの?…あれは、感動したからよ。だって、ホントに綺麗だったんだから。」

 

 姉貴がぷんぷんした顔で弁明してるけど、今日は勘弁して欲しい。

 あの時は、俺達の周りにいたボートが随分と集まって助けてくれたけど、この湖の上には俺達だけだ。いくら泳げるからといっても岸までだいぶあるぞ。


 そんな時に、竿がグングンと引き込まれる。

 掛かったみたいだ。竿を姉貴に任せると、もう片方の仕掛けを素早く手繰り寄せる。

 

 「これ、どうすんの?」

 姉貴が竿と格闘している。

 姉貴に竿を持たせて、俺は紐をどんどんと手繰る。

 最後に釣り糸が手元に来た時、俺は糸を手繰るのを止めて網を持つ。


 「いいかい。俺の持つ網に魚を誘導するんだ。」

 そう言って、網を水中に沈め魚が入るのを待つ。


 姉貴は苦労しながら竿を操作して何とか魚を誘導しようとするが、魚だって抵抗している。アルトさんの時よりは小さいかもしれないが、そこそこの形のようだ。

 それでも、少しづつ魚の抵抗が弱まって、網の中にスイーと入る。すかさず網を持ち上げると、素早くカヌーに放り込む。


 「ねっねっ…アルトさんよりも大きいかな?」

 変なところで対抗心があるようだ。


 「惜しいと思うよ。アルトさんの釣った魚の方が少し大きいような気がする。」

 そうは言ったが、大きさは歴然とした違いがある。

 「そっか…よし。次こそは。」

 姉貴はポチャンと仕掛けを投入する。


 そんな事を繰り返して、昼近くには数匹の黒リックを手に入れた。スープの具には丁度良いだろう。

 そう思いながら家に向かってパドルを漕ぎ始めた。


 家が小さく見え始めた時、姉貴が驚いた顔をして俺の後を指差す。

 口が大きく開きワナワナと振るえ、声がでないみたいだ。


 大体こんな時、俺が振り返ると、そこには大きな口を開けたリッシーがいるなんて事になると相場が決まっている。

 だから無視してパドルを漕ぐ。


 「アキト、止めて。…長老様が歩いてきてるよ。」

 俺は、何?って後を振り向く。

 其処には、水の上を平地みたいにヒョコヒョコと歩いてくるカラメル族の長老の姿があった。

 

 「フォフォフォ…。アキトとやら、お主の思いは感づるだけでも面白いの。」

 2m程に近づいた長老が言った。

 先程の振り向けば、リッシー…を感づいたのかな。


 「長老様。昨日は不肖の弟の始末をして頂きまして有難うございました。」

 「よいよい。久しく見られなかった気の集中。中々のものじゃった。それより、ワシの方が世話になっておる。冬場にフェイズ草を採るのはどれ程大変かは分かっておる。それをお主達は報酬も要求せず、危険を承知で請け負った。あの位は容易いものじゃ。」


 「その報酬は既に戴いております。」

 俺は背中のグルカを抜いた。


 「それはワシが200歳の頃使っておったものじゃ。後500歳若ければのう…今夜、お主と戦っておるのじゃが…」

 

 この長老、いったい幾つなんだろう? ふと、考え込んでしまった。


 「それで、私達に何の御用でしょうか?」

 「おぉ、そうじゃった。本来は同族で踏襲すべき事ではあるのだが、カラメル族の寿命を考えるとな、ワシの技を伝授可能な者がおらぬのじゃ。お主達は人族でありながら本来の人族ではない事は知っておる。そしてその寿命が我等一族を凌駕することもな。じゃから、ワシはお主達に技を伝授する。遠慮はいらん。一族にこの技を継ぐだけの技量がないのじゃ。」


 「その技とは何なんですか?」

 「アキトが気という一言で表した、エーテル流の使い方じゃ。本来は次元変流の一種だとワシは理解しておるのじゃがの。」

 

 ちょっと待て、確かエーテルって存在が否定された宇宙を満たす流体じゃないのか。それと気が一緒だというのか?


 「私達は、ある武術の修行を通して、世界には普段目に見えない、感じることが出来ない流れがあることを理解しました。その流れを取り入れ、あるいは乱す事で、通常では不可能な体の動き、攻撃をすることができます。その流れを気と読んでいますが、エーテル流と言われましても…。」


 「フォフォフォ…。それこそ、エーテル流じゃよ。基礎は出来ておる。カラメル族でさえそこまで感じ、そして操作できるまでには200年程かかるじゃろうて。」

 そして、長老は俺達に近づいてきた。


 「ワシの手を握れ。…アキトからじゃ。」

 長老は皺だらけの青い腕を伸ばす。

 その手を握ると、まるでリオン湖のように冷たい手だった。

 

 ビン!っと電撃が俺の体を走り抜ける。

 魔法の伝授の比ではない。強烈な電撃だ。

 一瞬硬直した俺を姉貴が心配そうに見つめる。

 俺は、「大丈夫だ。」と頷きながら呟いた。


 「次はミズキじゃ。」

 姉貴が恐る恐る伸ばされた手を握る。

 「ウッ!」っと一瞬唸り声をあげる。やはり姉貴にもあの電撃はきつかったようだ。

 

 「以上じゃ。確かに伝授したぞ。…それとこれが遺言じゃよ。」

 そういって革の服から小さなキューブを取り出す。材質は水晶だろうか。透明なキューブだ。


 「お前達の気に反応する。そして気で語ってくれる。便利じゃろ。もちろんお前達の気で記録も出来る。確かめてみることじゃ。」

 「これで、最後じゃ。…最後にお前達に会えたことを嬉しく思う…。」

 長老がそう言うと、長老の姿が風の中に溶け込むように薄れていった。


 俺と姉貴はしばし呆然と、さっきまで長老がいた場所を見つめ続けた。

 幻ではない。確かにカラメル族の長老は此処にいたのだ。

 戴いたキューブも姉貴がしっかりと握っている。


 そして、なによりもさっきまでと違うことは、気の流れを敏感に感知できることだ。

 遠くの人の気配も、水面の波紋のように広がって俺には感知できる。

 俺達の家は小さく見えるだけだが、其処に嬢ちゃんず一行が帰ってきていることまで感知できるのだ。


 これが、エーテル流を使いこなすという事なのだろうか。

 姉貴もそれに気が付いたようだ。不安げな顔で俺を見ている。


 「姉さん。長老の技は伝授して貰ったけど、使い方は研究しなければいけないみたいだ。ゆっくりやろうよ。先は長そうだし…。」

 「そうね。魔法とは違う技だとは理解できても、使いこなせるのは先の話ね。」


 俺はゆっくりと家に向かってパドルを漕ぐ。

 寝る前に少しづつキューブを確認すれば、また新しい事が分かるかも知れない。

 カラメル族とは、やはりこの世界の人達とは異なるようだ。

 俺の思っている通りの宇宙人である可能性は高い。だとすれば、この世界の客観的な歴史を知っている可能性は極めて高い。

 クオークさんの言っている洞窟の壁面の文字と、このキューブの語りでこの世界の成り立ちが分かるかもしれない。

 


 

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