#080 カタツムリは倒したけれど
カタツムリを倒して魔石を手に入れた俺達は、村に向かって歩いている。
初夏の日差しは強いけど、早朝のこの時間だとまだ涼しく感じる。リオン湖から渡ってくる風が心地よい。
森の入口で休憩していたハンターが、テクテクと歩く俺達に手を上げて挨拶する。
俺達も手を上げて軽く挨拶。こんな些細なことでも、ハンター仲間としての連帯感を感じる事ができて少し嬉しくなる。
村の門をくぐると、早朝なのにセリウスさんが両手に双子を抱いて散歩していた。
早速、姉貴がセリウスさんに駆け寄って、片方を受け取って抱っこした。
「すまんな。ところでこんな時間に帰ってくるとは、どんな依頼を受けたのだ?」
「ダラシット退冶です。ちょっと手こずりましたが何とか退治できました。」
「ちょっと待て、ダラシット退治は【メルダム】さえ覚えていれば黒3つ程度でも容易だが、お前達はミズキが確か【メルト】を覚えているだけじゃないのか。…どうやったのだ?」
俺は姉貴と顔を見合わせた。姉貴が頷くのを見て真相を話すことにする。
「姉貴がヌルヌルの無い場所にダラシットを誘き出した所を、俺が両目を潰しました。その後に姉貴がメルで本体を攻撃して、殻に閉じこもった所に周りから薪を積んで焼き殺しました。」
「よく殺せたものだ。今度依頼を受ける時はジュリーを連れて行け。容易に退冶出来るはずだ。」
「覚えておきます。」
「そういえばこの間の礼を言っていなかったな。大きな黒リックだった、ありがとう。ミケランも喜んで食べていたし、こいつ等も魚の味を覚えたみたいだ。」
「また、釣って届けますよ。我が家では2匹もあれば十分ですから。」
姉貴が抱っこしていた赤ちゃんをセリウスさんに返すと、セリウスさんと別れて、ギルドに向かう。ダラシット退冶の報告を行なうためだ。
ギルドの扉を開けてカウンターのシャロンさんの所に向かった。
「おはようございます。ダラシット退冶完了です。これがダラシットの魔石になります。」
姉貴がバッグから黄色の魔石を取り出してシャロンさんに渡す。
「はい。確認しました。これが報酬となります。」
シャロンさんがカウンターの下の方から、銀貨を3枚取り出して、姉貴に差し出す。
「ところで、魔石はどうしますか?ギルドで買取る事も出来ますが…」
「記念にしばらく持っています。何時でも換金できますよね。」
「はい。買取は何時でも可能です。」
それじゃぁ。って片手を上げてシャロンさんとの話を終えると、今度こそ我が家に向かう。
家の扉を開けて「「ただいま!」」と2人で声を合わせる。
「お帰りなさい」とテーブルで針仕事をしていたジュリーさんが答えてくれた。
嬢ちゃんずはいないみたいだ。ルクセムくんと薬草採取にでも出掛けたのだろうか。
テーブル席に着いた俺達に早速お茶を入れてくれる。
「ひょっとして、朝食は食べていないとか?」
決まり悪そうに俺達は頷いた。
「ちょっと待ってくださいね。昨夜の魚のスープが少し残っていたはずです。」
ジュリーさんは席を立つと、鍋を暖炉に掛けて、黒パンを鉄の棒に刺して温める。
そういえば、昨日は俺が釣った魚でスープを作るって言ってたような気がする。
どんな風にあの魚が料理されたのか、ちょっと楽しみだ。美味しいならば、釣りがいがあるというものだ。
黒リックの大物は身がオレンジ色をしていた。ちょっと紅鮭に似ていなくも無い。さっぱりした塩味のスープは魚のいいダシが出ていて、野菜と良く合っている。
何もつけない黒パンの甘みとも合っているし…ジュリーさんはいい奥さんになれるぞ。
食後は暖炉の前のフカフカジュータンでひと休み。姉貴は風呂に入って布団にもぐり込んだ。
ユサユサと体が揺すられる。どうやら寝ていたらしい。目を開けるとアルトさんが俺の体を揺すっている。
「こら、起きぬか。我が座れないではないか。」
どうやら、陣地を明け渡す必要がありそうだ。
ヨイショっと声を出して起き上がり、よろよろと体を動かして井戸に向かう。
「寝起きのグライザムみたいだ。」なんてアルトさんの声が聞えるけど、気にしないことにする。
井戸にロープのついた桶を投げ込み、ロープを手繰って水を汲む。
リオン湖の傍だから、1mぐらいの深さだと思っていたが、この井戸は3m程の深さだ。水脈が異なるのだろうか。
でも、汲んだ水は冷たくて、顔を洗うと寝ぼけた頭がすっきりする。そして、タオルで顔を拭き取りながら家に入り、テーブルに着いた。
「姫様達は、デルトン草採取の依頼をこなして来たみたいです。」
デルトン草って確か、タンポポみたいな薬用だったな。
「結構頻繁にこなしてるみたいですね。」
「ええ…サーシャ様も何時の間にか赤3つですし、狩猟期には赤5つ位にはなれるかも知れません。王宮でも礼儀や作法をこのように一生懸命なされると良いのですが…」
それは、無理だと思う。サーシャちゃんは体を思いっきり動かすのが好きなんだ。行儀作法じゃなくて剣や体術なら意外と真面目にやるかも知れないけど。
夕暮れにはまだ、間がある。
明日の漁に備えて、ちょっと準備をしておく。
西門を出たところにクルミににた木の実がなっていた大きな木が数本生えていたので、その太い枝をちょっと頂いてきたんだ。
鉛筆を削る要領で小さなチップをたくさん作る。結構乾いていたので面白いように削れる。籠に一杯作って、家の中に持ち込んだ。
ジュリーさんに、捨てないでね。って念を押して暖炉脇のカマドに乗せておく。
夕方には姉貴も起きたらしく、あくびをしながらロフトから下りてきた。
早速、ジュリーさんを手伝って夕食の準備を始めるようだ。
そして、夕食には早速ダラシット退冶の話をサーシャちゃんにせがまれた。
姉貴がスプーンを振り回しながらカタツムリ退治の説明をしている。ちょっと行儀が悪いぞ。
「すると、ミズキ達は【メルダム】を使わずにダラシットを退治したのじゃな。」
「【メルダム】って火炎系の上級魔法でしょ。だったら、焼き殺せばいいのかな。って薪を大量にダラシットの周りに積んで火を点けました。」
「何と乱暴な方法を使ったものだ。だが、【メルダム】無しでは致し方ないか…ちょっと待て、【メルダム】は焼き殺すだけが目的ではない。ダラシットの歩く粘液の道を破壊する事も兼ねている。どうやってダラシットの動きを止めたのじゃ?」
此処に至っては仕方ない。真実を話すしかなさそうだ。
「実は、丸太を抱えてダラシットに体当たりしたんです。ダラシットが横になったところを銃で蓋を破壊して、そこに姉貴がタグの女王を殺った時に使用したグレネードという武器を叩き込みました。」
「あれか…あれならかなりの痛手を負わすことが出来たじゃろうな。」
「その後は一晩中ダラシットの上で盛大な焚火を焚いて焼き殺しました。」
「言葉を改める。乱暴な方法ではない。その方法は無茶だ。2度とするでないぞ。まだ生きているダラシットに近づくなぞ、命が幾つあっても足りん。よいか、奴は目だけではない。匂いでも相手の所在を感知できるのじゃ。そして近づく者に容赦なく攻撃を加える。」
「はい。これを足に受けました。」
俺は、布に包んだカタツムリの槍を取り出した。
それを見たジュリーさんとアルトさんが声を飲み込みマジマジと俺の顔を見た。
「これの毒がどの程度のものか知っておろうな?」
「一応…図鑑で読みました。10歩進まぬ内に死ぬとか…」
「そうじゃ。…毒耐性じゃったな。とんでもない身体機能じゃ。」
「でも、かなり痛くて、しばらく片足で移動してましたよ。」
「あたりまえじゃ! 命があるだけマシじゃ。痛いぐらい我慢しろ。」
かなり、無茶を言ってるけど、一応俺のことを心配してるんだよな。
「それと、これは我が預かる。これは、現時点では最高の毒物だ。誰かが利用するとも限らん。」
暗殺用ってことか? まぁ、どちらかと言うとその対象となりそうなアルトさんが持ってる分には問題がないだろう。改めて布に包んでアルトさんの前に置く。
アルトさんは布包みをジュリーさんに渡した。直ぐにジュリーさんは自分のバッグにそれを収納する。
「お前達2人が獲物を狩ることに問題は無い。ハンターなれば当然のことじゃ。じゃがの、獲物の狩り方には、それなりの方法がある。それは先達のハンター達が命と引換えに我等に残してくれたものじゃ。初めての獲物に向かう際には古参のハンターに方法を聞きその理由を理解するのじゃ。よいな。」
俺達の無茶を諭してくれるのが嬉しかった。姉貴なんか涙ぐんでるし…
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そして、次の朝。
昼寝をしたおかげで妙に朝早く起きてしまった。
着替えを済ませてロフトを下りると、嬢ちゃんずの部屋の扉が開き、サーシャちゃんが顔をだした。
「出漁するのじゃな? 今日は、我の番じゃ。」
そう言うと扉を開けて外に出る。
確か、カヌーに乗りたいなんて言っていたような…それなら、一緒に出かけるか。
林の浜に引き上げておいたカヌーを湖に浮かべて、パドルで庭の擁壁まで漕いでいく。
「腰を低くして、ゆっくり乗るんだよ。」
サーシャちゃんはカヌーに片足を乗せると少しづつ体重を移動させて乗り込んだ。
早速、沖に向かって漕ぎ出す。
湖面の色が変わったところで竿を取出し、ルアーとスプーンを流していく。
岸沿いにゆっくりとパドルを操っていくと、竿が引き絞られる。
急いで、サーシャちゃんに反対の竿の糸を引き戻して貰う。
そして、獲物が掛かった竿をサーシャちゃんに渡して、ゆっくりと糸を引いていく。
グングンと竿が引かれるので、サーシャちゃんが一生懸命に竿を立てようと頑張っている。
そして、俺が糸を手繰っていくと、水中に黒い影が見えてきた。
網を水中に入れて、ゆっくりとサーシャちゃんに竿を操って魚を網に誘導して貰う。
魚の頭が網に入ったとき、素早く網を引き上げて獲物をカヌーに投げ入れた。
これも、大きい。やはり60cmはありそうだ。
サーシャちゃんは、ほっと息をついているけど、その顔は満足そうな笑みを浮かべている。
獲物を籠に入れると、再びルアーを湖に投げ入れ、ゆっくりとパドルを漕ぎ出した。