#064 カラメルは不思議な種族
カラメル達の依頼を無事終了して10日程経った朝だった。
皆がまだ寝ている中、俺はロフトを下りて暖炉の前に行く。そして暖炉の白い灰をかいて熾き火に細い枝を投げ込み火を強めると、太い薪を投げ込む。
こうしておけば外で顔を洗ってきた後には暖炉の前で暖かく過ごすことができる。
扉を開けて外に出ると、ブルって体が震える。…冬の最中だ。早朝の寒さは半端じゃない。
ザックザックと雪を鳴らして井戸まで歩き、井戸の蓋を開けようとした時だった。
井戸の蓋の上に1振り片手剣が載っている。
持ってみて驚いた。…重量感がまるでないのだ。
不思議に思いながらも鞘から引き抜いてみる。
その片手剣が姿を現した時は、驚きよりも衝撃だった。
薄い黄色の金属。刃の方向に少し曲がった50cm程の刀身。そしてこの軽さは…チタン?
井戸の周りを見ると、大きな足跡がリオン湖に向かって続いていた。
ということは、これは、フェイズ草に対するカラメル達の報酬となるのだろうか。
しかし、俺達の世界でもチタンの加工は困難だったはず…それをこのように刀にまで加工できるとは、カラメルっていったい何なんだろうか…
とりあえず、井戸で顔を洗って暖炉の前で温まる。
ポットに水を入れて暖炉に掛けると、タバコを取り出して一服する。これぐらい、暖炉に近いと煙が暖炉に流れるので、皆の顰蹙をかうこともない。
しばらくすると、ジュリーさんと姉貴が起きてきた。
2人とも顔を洗うと流し台でトントンと何かを刻み、鍋を持って俺の前に来るとポットと鍋を交換していく。
「アキトさん。お茶が入りましたよ。」
ジュリーさんの呼ぶ声で、俺はテーブルに移動した。
お茶を飲みながら姉貴に今朝の出来事を話すと、片手剣を取り出して姉貴に渡す。
「凄いね。…カラメルさんていったい何なんだろうね。これは、アキトが貰ってもいいんじゃないかな。」
刀身をしばらく眺めていた姉貴だが、材質が余りにも異質であることに疑問を持ったようだ。鞘に戻して俺に返してくれた。
「カラメルは不思議な種族です。…神話や昔話にはいっさい登場しませんが、何時の間にか私達の世界に入っていたのです。彼等は魔法は使いませんが不思議な術を使います。そして彼等の武器もまた少し変わっています。その片手剣も、アキトさんが使っていた片手剣を見たことがありますから、余り異質に感じませんが初めて見たなら、相当変わった剣だと思ったはずです。」
へェ~…突然、歴史に出てくるのか。しかも、文化というか技術レベルがまるで違う。リッシーだって彼等の乗り物だし…ひょっとして、カラメルって…宇宙人?
姉貴も考え込んでいるようだ。でも、何時の間にかこの世界の人達の傍にいて、余り影響を与えないように暮している姿は、俺達も参考にできるぞ。できれば一度話し合いの機会を持ちたいと思う。
「一度、話してみたいわね。あの試練の時だって、切断した腕を一瞬でくっ付けたのよ。その時の長老さんの気の練り方といったら、私達の流派の奥義を遥かに凌いでいるわ。」
姉貴は別な意味でカラメルを異質と感じているようだ。でも、ニコニコしながら話していると、リッシーに乗せて欲しいだけなんじゃないかな?なんて思ってしまう。
そんな事を話していると、ぞろぞろと嬢ちゃんずが起きだしてきた。
3人が顔を洗っている間に、黒パンを焼いて朝食を準備する。
「ほほう、それがカラメルの剣か。我のグルカに似ておるの。」
アルトさんは薄い黄色に光る剣を見てそう言っているが、言外に、お前の剣はかえさないよ。って言っているようにも聞える。
「ところで、今日は趣向を変えてチラを釣りたいのだが、貸しては貰えぬか?」
「いいですよ。でも、3人が入れない時はあきらめてくださいね。」
「もちろんじゃ。一緒に釣りをするから楽しいのじゃ。」
朝食を終えると早速準備を始める。皮のテントはもう少し広げても大丈夫だけど、ソリの床板の大きさはそのままだ。
氷の上に乗せると、早速3人が乗り込んできた。小柄な3人だから、随分と余裕があるようだ。姉貴が持ってきたコンロを中に入れると、湖の沖にソリを曳いていく。
氷に穴を開け、ソリの穴が真上に来るように移動させると、仕掛けの説明をアルトさんにする。
さて、どの位釣れるのか、それとも全く釣れないのかが少し楽しみだ。
たまにテントを開いて空気を入れ替えるように念を押して、俺は家に帰る事にした。
「とりあえず、3人を置いてきたから、昼に戻らない時は様子を見てきて欲しいんだけど。」
ジュリーさんが「ご苦労様」って言葉と共にだしてくれたお茶を飲みながら姉貴に言った。
「いいよ。私も少し興味あるし。」
「アキトさんは、どうなさるのですか?」
「ちょっと、ギルドを覗いてくる。灰色ガトル騒ぎの後は行っていないから、ちょっと気になって…」
お茶お飲み干すと、帽子を被ってマントを羽織りギルドに出かける。通りまでの道は1m程の雪に掘られた溝になっている。通りも同じように、雪に掘られた溝だ。少し横幅が広くなった程度でしかない。
溝の底は凍っているので滑りやすいから慎重に、ゆっくりと歩いて行く。時々、溝の両側に窪んだ跡があるのは、誰かが転んだ跡だろう。
何度か転びそうになりながらも無事にギルドに着く事ができた。
ギルドに入ると、早速依頼掲示板を確認する。
やはり、1枚も依頼書は無かった。…まぁ、分かってはいたことだが、少し変化を望んでいた事も確かだ。少し残念な気持ちで帰ろうとした時だった。
「アキトじゃないか。依頼を探しに来たようだが春まで待て。それより、ちょっと教えて欲しい。」
セリウスさんがいたようだ。テーブル席でキャサリンさんとチェスをしているようだ。
早速2人の対戦を覗いてみると、セリウスさんの形勢が極めて悪い。2人の指しているところを見てると直ぐに原因が分かった。
「セリウスさん。ひょっとして、駒の動きを余り計算してませんね。」
「どういうことだ。キャサリンの指した後で、自分の配置を見ながら自分の駒を動かしているのだが…それでは足りないのか?」
「そこまでは、いいんですが…その後にキャサリンさんがどの駒を動かすか、そしたら自分はどの駒を動かすのか…このような計算を何度かやったあとで最適な駒をうごかすんですよ。姉貴やジュリーさんだと10手以上先まで計算して動かしてますよ。」
「えぇ~!…道理で勝てないわけだわ。私はせいぜい5手ぐらいしか考えてないもの。」
キャサリンさんは、どうやらあの2人と対戦したことがあるらしい。
「なるほど、如何に先を見るかがこのチェスというものなのか。これはハンターとしての作戦、判断の訓練にもなりそうだ。」
いや、セリウスさん。そこまで考えを持たなくともいいような気がします。
「でも、よくチェス盤が手に入りましたね。」
「マスターが暇ならこれで遊んでいろ。って言いまして…」
「俺の家にもお前が作ったチェス盤はあるが、相手がいなくてな。」
「ミケランさんはスゴロクのほうが好きですからね。」
「そうなのだ。たまには遊びに来い。ミケランも外に出れないのでつまらなそうだ。」
元々2人は、今日来る予定の町からの荷物運びのハンターに、王国の噂を聞きに来たらしい。暇つぶしに始めたチェスにだんだんとのめりこんだようだ。
今夜にでも、とセリウスさんに約束して、我が家に帰ることにした。
俺が家に帰ると、ジュリーさんだけが家にいた。
姉貴は嬢ちゃんずの様子を見にいったらしい。
ギルドでの話しをジュリーさんに話したら、「そうでしょうね。」って肯定されてしまった。
「この王国もそうですが、娯楽というものはあまりありません。貴族や裕福な人達ならば狩りや旅行等をすることも可能ですが、それでも季節や場所は限られています。アキトさんが作られたチェスやスゴロクは、そういった人達にも容易に受け入れられると同時に、今まで娯楽等は無縁だった人達も引きつけるものなのです。」
「先日、トリスタン様から届いた手紙では、王都でチェスの大会を開く予定だと書かれていましたよ。」
俺は思わず天を仰いだ。事態はそこまで進んでいるのか…
「「「ただいま!」」」
扉が開くと元気な声がした。嬢ちゃんずと姉貴のお帰りだ。
「大漁だったぞ。まぁ、我等が釣ればこの位はわけはない。」
アルトさん。それって、自慢してるんですか?
どれどれと籠を覗くと、この前の2倍は入っている。
早速、腸を抜いて数匹づつ串に差していく。暖炉に薪を放り込むとカーペットを捲り、嬢ちゃんずの仕事場を確保してあげた。
お皿に砂糖少しと醤油を入れ、これに着けて2度焼きするように頼む。少し経つと醤油の焼ける香ばしい匂いが辺りにたちこめた。
誘惑に負けたのか、嬢ちゃんずが串を1本づつ持って食べ始める。
「1本だけですよ。もう直ぐ昼食ですから。」
ジュリーさんがそんな3人に優しく声を掛けている。
昼食に食べたチラは美味しかった。本当は味醂でやってみたかったが、砂糖醤油でもまあまあいける。
昼食後にセリウスさんの家に行くといったら、大量の串焼きを持たされた。
ミケランさんが魚好きなのは皆が知っているらしい。そして、そんな心使いを持っている嬢ちゃんずをありがたく思った。
何度か転びそうになりながらもセリウスさんの家についた。
トントンと扉を開くと、ミケランさんが開けてくれる。
「お土産です。」とチラを渡す。
「ありがとにゃ。」って言いながらも目が輝いてる。魚だと直ぐに分かったのだろうか。
「アキトか。まぁ、入れ。そこは寒いぞ。」
セリウスさんが暖炉の前から手招きしてる。
さっそく、暖炉の前のちゃぶ台の所に行ってセリウスさんの対面に座る。
セリウスさんは箱の下をゴソゴソしていたが、2個の小さなカップと水筒のような物を取り出した。カップに琥珀色の液体を注ぐ。
「まぁ、飲め。温まる。」
グイっと喉に流し込むと、カーっと喉が焼ける。結構強い酒だ。
「あまり急に飲むと目が回るぞ。」って良いながら注ぎ足してくれた。
ミケランさんは、そんな俺達を横目で見ながら、チラの串焼きを暖炉で炙り始めた。とたんに、醤油の焼ける良い匂いがたちこめた。
軽く炙って皿に載せちゃぶ台に出してくれた。
「やはり、チラは酒と合うな。」
串焼きを齧りながらセリウスさんが呟く。
ミケランさんのお腹もだいぶ大きくなってきた。2人分だから尚更大きく見えるのだろうか。
「大きくなってきたにゃ。後、一月位にゃ。」
串焼きを食べながらミケランさんが言った。俺の視線を感じたのだろうか。
「ところで、ハンターの噂はどうでした?」
「そうだな。興味があったのは王国ではチェスが爆発的に流行しているようだ。近々に大会を開くそうだ。」
「その話はジュリーさんから聞きました。トリスタンさんが乗り気みたいです。」
「なら、大会の実施は決まったようなものだ。その外には、カンザスとサニーが身を固めるそうだ。あの2人はお前も知っているな。」
「それはおめでたい事ですね。姉貴にも教えてあげます。きっと自分の事のように喜びますよ。」
「俺の方は…そうだ。今朝これをカラメルから貰いました。」
そう言って、背中のグルカナイフをセリウスさんに見せる。
「形は前に見せて貰ったお前の片手剣と同じだが、異様に軽いな。…それよりこれを手に入れた経緯は?」
俺は、10日程前の出来事を話し出した。セリウスさんとミケランさんはジッと話を聞いている。
「しかし、無謀な事だぞ。グライトの谷はこの季節は壁面は凍りついており、谷底は何時雪崩が起きても不思議ではない。それをロープで下りてフェイズ草を手に入れたのか…しかも、わざと雪崩を作って谷を下りるなぞ…」
「今、考えるとかなり無謀だと思います。でも次にやるときには少しマシになるでしょう。装備の不足も自覚できましたし、後は装備を作ればいいんです。」
「まて、それでは凍った壁面を登る方法がある。ということか?」
「はい。かなりの技術は必要ですが、方法はあります。」
「この村が雪にとざされる期間は長い。そのような方法があるのであれば、少しづつ用意をしておいてほしい。どんな依頼があるとも限らん。」
セリウスさんは、カラメルがリオン湖にいることに疑問を持っていない。ひょっとして知っていたのだろうか。
この国とカラメルにはどんな関係があるのだろうか。建国の伝説に突然とカラメルは現れる。ジュリーさんは神話や昔話には現れない。と言っていた。
その後にセリウスさんとチェスをしたのだが、カラメルが気になって敗北してしまった。
セリウスさんは嬉しそうだったが、俺はちょっと残念だ。このままだと俺が一番弱い事になってしまう。