#054 人狼討伐の準備はできた!
姉貴達にギルドでの話をする。
俺の対策案を、どうやって形にするかを悩んでいる事を説明した。
「なるほど。……しかし、人狼とは厄介な相手じゃな」
アルトさんも腕を組んで考え込んでしまった。
「人狼の何が厄介なのですか?」
姉貴の問いにジュリーさんがカップから口を離す。
「人狼は人間と同じように、経験を積む事により強くなれるのです。そウですね……、スラバぐらいの強さからグライザムを易々と倒せる位まで。一目見ただけでは強さがどの程度か分かりません」
「それって問題ですよ。スラバならアキト1人で大丈夫ですけど、グライザムより強いとなれば……」
「じゃから、厄介じゃと言ったのじゃ。それに人狼に1人で挑むのは自殺するようなものじゃ。……ジュリー、前に倒した時はどうやったのかの?」
「魔道師による一斉攻撃の後に銀1つのハンターが、4方向から同時に槍で突きました」
足止めした後に避ける事が出来ない方法で倒したって事かな。
しかし、今回はガトルも群れで一緒にいる。足止めは何とかなっても、接近して同時に攻撃するなんて出来ないぞ。
いや……ちょっと待て!出来るかもしれない。
「ところで話は変わるけど、クロスボウの調整は終わったの?」
俺は考え込んでいるアルトさんに聞いてみた。
アルトさんの難しい顔が、笑顔に変わった。
「終わったぞ。しかし、あれを王国の兵に持たせることができぬのが残念じゃ。200D離れて、これくらいの的に当てることができるぞ」
これくらいって手で大きさを示してるけど、ちょっと歳を考えると……。殺気が来た。
「稽古の弓より軽く動かせるのじゃ。ちゃんと的にも当たるし、王都に帰ったらこれで隊長に自慢できるのじゃ」
サーシャさんがルンルン気分で話してくれた。
「前のよりも軽く引ける。少し重くなったけど気ににゃらにゃい」
使えそうだ。姉貴を含めて4方向からの同時攻撃。これしかない!
だが、足止めはどうする。魔道師はジュリーさんとキャサリンさん。姉貴はクロスボウだから2人だけになる。
「ジュリーさん。先ほど魔道師による一斉攻撃と言いましたよね。何人ぐらいで、何の魔法を使用したんですか?」
「聞いた話では5人で【メルト】を連続して放ったそうです」
【メルト】は姉貴とジュリーさんが使える。キャサリンさんは【シュトロー】水の一撃が使える。後は、爆裂球で代用するしかないか……。
「人狼が特定の場所に来れば何とかなるかもしれない」
俺は簡単な図を紙に描いて、テーブルに広げる。
「此処におびき寄せて、この周囲にアルトさん達を配置する。此処にきたら魔法と爆裂球で撹乱し、アルトさん達が一斉にボルトを発射すれば……」
「何本かは当たる訳じゃな。さすれば如何に経験を積んだ人狼であろうとも動きは鈍ろう。そしてアキトとセリウスで2方向から斬撃を与える……。なら人狼も倒せるじゃろう」
「ちょっと違う。最後はセリウスさんとミケランさんに任せる。俺は、此処で拳銃を撃つ。その音を合図に4方向からボルトを発射して欲しい」
「その位置だと、まるで囮ではありませんか。賛成しかねます」
ジュリーさんが険しい顔で俺に言った。
「囮だけど、比較的安全だと思う。回りにロープを張れば、何かあると思って人狼が近づくのが遅くなる。それだけチャンスが膨らむ」
「もう1つの問題はガトルの群れね。少しづつ数を減らすしか手は無いと思うけど」
「だけど、来る方向が判れば罠を張れる。餌を撒いて爆裂球を紐に付けて……」
「地雷ね。場所は、その場で考えましょう」
「どうやら、何とかなりそうじゃの。やはり、此処に来て正解じゃ。退屈とは無縁になる」
今度はグルカナイフをハンカチで拭いている。ひょっとして、人狼との最終決着を付けたかったのかな。
「で、何時出かけるのじゃ?」
そう言いながら、グルカナイフを背中に仕舞ってる。
「セリウスさんは、なるべく早くと言っていた」
「では、明日の朝に出かけるとしよう。サーシャ、ミーア、昼食後は、再度練習じゃ。今度は一斉射撃をやってみるぞ」
2人が頷く。姉貴も一緒に行くみたいだ。自分のクロスボウを取り出してる。
「それでは、私は雑貨屋に行ってまいります。爆裂球と紐が大量に必要ですから」
ジュリーさんはそう言うと席を立ち家を出て行った。
「アキトはセリウスさんと打ち合わせ、お願いね。それと、これお願い」
姉貴は小さな紙片をバッグから取り出した。
これは……、商人の護衛の完了証じゃないか。ギルドに行くなら換金して来いってことだよな。
そんな事を考えながら、ギルドに足を運ぶ。
ギルドにはカウンターのお姉さん、シャロンさんが1人で本を読んでいた。意外と暇な仕事なんだなって思ったけど、口には出さない。
「こんにちは。あのう、これお願いします。それと、セリウスさんは帰ったんですか?」
シャロンさんに完了証を差し出すと、本をカウンターの下において、依頼書を確認している。
「あの後、直ぐに帰りましたよ。ちょっと待ってくださいね。……はい。町への依頼が銀貨3枚。町からが銀貨2枚になります」
銀貨1枚の差は何なんだろうか。少し気にはなったが、銀貨をバッグに仕舞いこみセリウスさんの家に向かう。
扉を叩くと、「はいにゃ」ってミケランさんの声がする。
そして扉が開くと、其処にはミケランさんがカナヅチを持って立っていた。奥には丸太を鋸でひいているセリウスさんがいる。
セリウスさんが作業を止めて此方を見た。
「アキトか。何とかなりそうか?」
「はい。それで協力をお願いに来たんですが、忙しいですか?」
「忙しいと言えば忙しいが、人狼の件は俺から頼んだものだ。聞かせてくれ」
暖炉の前に板を敷き、厚手のカーペットを敷いている。其処にセリウスさんは座り込むと、俺にも座るように促がした。
ミケランさんがお茶を入れてくれた。そして、その場に座る。
「姉貴達に大まかな話をしました。ジュリーさんが前の人狼討伐のやり方を知っていたのは助かりました。だいたいこんな感じに進めます」
俺は、2人に魔法と爆裂球による足止めと、その後の一斉射撃を話す。
「すると、最後は俺とミケランで止めを差すのか。悪くはないが……、良く剣姫が了承したな」
「クロスボウを使ってみたいようです。でも、次を撃つには時間がかかるでしょうから、乱入するかも知れません」
それを聞いた2人は笑い出した。
「わはは……、それは考えられるな。だが、それ以外の方法はなさそうだ。今朝の話では、場合によっては王都の兵に任せることも考えていたが、討伐できるならそれにこしたことはない。姫の物ねだりが役にたったというわけだな」
「西門の広場で練習してますよ。ミーアちゃんが持っていたクロスボウより強力です。1本でも当たれば動きを押さえる事ができます」
「それは、頼もしい。それで何時出かける」
「明日の朝。家で待ってます。それと、キャサリンさんにも声を掛けてください」
「分かった」
「硬い話は、終わりにゃ。……アキト、手伝ってくれてありがとにゃ」
そうか、ミケランさんは2人でもう此処で生活してるんだ。
「いいえ。たいしたことはしてませんよ。あぁ、そうだ。明り取りに使えそうなものを町で見つけたんで後で持ってきます。甲虫の羽とか言ってましたけど」
「あれか。よく気が着いてくれたな。ありがたく頂くよ。それにしても嬢ちゃん達が暖炉前で足を投出す理由が理解できたぞ。此処で横になるのは気持ちがいい」
確かに、猫族だもんな。暖炉前に丸くなるのは習性だと思う。
セリウスさんは、寝る所と食う所があれば当分困らないと話してくれた。 雪に閉じ込められた時期に、のんびりと内装工事を自分でやるんだと張り切っていた。
さっきの丸太もその時に備えて板を作っていたそうだ。
セリウスさん達の将来設計を色々と、それこそたくさん聞かされて家を出るときには夕暮れ時だった。
家に戻ると全員が揃っている。「遅かったね」なんて姉貴に嫌味を言われたが、これはセリウスさん達のせいだぞ。
テーブルの席に着くと、姉貴にギルドの依頼金を渡し、セリウスさんの了解を得たことを告げた。
「ところで、クロスボウの方は目処が立ったの」
「バッチリよ。私の銃の発射音に合わせて撃つ事を練習したから、アキトの銃の音でも大丈夫よ。音が大きい事はサーシャちゃんに言ってあるから大丈夫」
「なら、問題ないね」
「私の方も、雑貨屋からあるだけの爆裂球を購入してきましたわ。持っていた分と合わせるとサーシャ様とミーアちゃんは無理ですが、他の人には5個づつ渡しても20個程度余ります」
それだけあれば十分だろう。セリウスさん達だって数個は持ってるはずだ。
シチューと黒パンの夕食を取ると、明日の準備に取り掛かる。
姉貴が「はい!」って準備してる時に渡してくれたのは、綿の下着だった。長袖シャツと迷彩パンツの下にはける薄いタイツ。これに俺のザックから取り出したベストを上着の下に着ればこの季節の野宿も問題なさそうだ。マントもあるしね。
装備ベルトのグルカナイフのあった場所にはサバイバルナイフを付けといた。バッグの中だと取出しにくいから丁度いい。
M29にも全弾実弾が入っていることを、弾倉をスイングさせて確認する。
全員が広間に集まると、皆の装備に問題がない事を確認しあった。
食料や水そして食器類を皆で分けてバッグに入れる。明日の食事とお弁当の下準備をすると、今夜は早く寝ることにした。