#053 人狼って何?
村の東の広場でレイトさん達と別れると一旦家に戻る。
一晩中起きていたので、睡眠不足だ。家に着くと同時に皆自分の寝床に潜り込む。
どの位寝ていたのだろうか、余りの寒さに目が覚めた。
隣を見ると、姉貴が俺の布団を横取りしている。下着だけだから寒いはずだ。
取り返すのも可哀想だと思い、急いで上着を着てロフトを下りる。
暖炉にも火の気が無い。暖炉の中に数本の薪で井型を組み、鉈で薪を薄く剥ぎ取り、井型の中にたくさん投入する。
100円ライターで火を点けると、勢いよく燃えだした。其処に粗朶を適当に入れて、細く割った薪を投入する。もう少ししたら太い薪を投入できる。
かじかんだ手足を暖炉で温めながら、一服していると扉を叩く音がする。
タバコを暖炉に投げ捨て、急いで扉を開けると、セリウスさんが立っていた。
「商人に、お前達が戻ったと聞いてやってきたのだが、皆はどうした?」
セリウスさんが見てる、テーブルにも暖炉の前にも誰もいないからな……。
「まだ、寝てますよ。昨日の夜に町を出ましたから」
「そうか、では明日の朝にギルドで会おう。少し厄介なことになるかもしれん」
そう言って、セリウスさんは帰って行った。
あの家もまだ完成には至っていない。しばらく行ってないけど、どうなっているのか少し心配だ。
暖炉の火で少しづつ部屋が暖まってきた。ポットに水を汲んで火に掛けると薪を1本投入する。
そうこうしている内に、皆が起きてきた。
「3人で寝ると暖かい」とか「自分のお布団も掛けてくれたんだね」
とか言ってるけど、俺は寒くて起きたんだ!
何時もの通り暖炉前を追い出され、テーブルの席に着くと、ジュリーさんがお茶を入れてくれる。
「……ところで、昨夜の荷馬車の積荷なんですが、アキトさん宛ての荷物がありました。アキトさんが書いたものが届いたのかも知れませんね」
ジュリーさんが優雅にカップのお茶を飲みながら教えてくれた。
「此処の場所は分らぬじゃろう。アキト頼むぞ。たぶんギルドで保管しているはずじゃ」
「分りました」
早速、マントを羽織るとギルドに向かう。外は夕暮れ時だ。皆3時間程仮眠したことになる。
ギルドに付くと大きな木箱が2つホールに置いてあった。
シャロンさんに確認して、運ぼうとしたが一度に2つは無理だ。
「裏にある一輪車を使って下さい」
親切な言葉に感動しながら木箱を一輪車に載せて家に向かった。
家に着くと、皆が興味深々で見守る中で木箱を開ける。
クロスボーの部品が出てきた。
さすが、王宮職人の仕事だ。どれも丁寧に作られており思わず微笑んでしまう。
「組み立てるのか?」
「あぁ、早く欲しいだろ」
アルトさんの質問にそう答えると、嬢ちゃんずが一斉に暖炉前の席を俺に譲ってくれた。
俺が箱から部品を出すのをテーブルの下から覗いている。
早速、組み立てに取りかかる。クロスボーの台は軽く丈夫な木材を加工してあり、上面にはV形の金属のレールがはめ込まれている。先端部分に穴の開いた四角の金属を木ネジで固定する。
弓は2分割になっており、台座の先端部分の金属の穴に接着剤を流し込んで差し込む。弓の端には金属製の滑車が取り付けられた金具を同じように取付ける。
台座にトリガーを埋め込み、安全装置の機構が作動することを確認する。
足踏み金具、照準器そして少し面倒だが、弦を交差するように弓の両端の滑車を介して取り付ける。少し、弓がしなるように取付けるのがコツだ。
「よし、出来たぞ。……さすが王宮職人、仕上げが丁寧だから修正しなくても簡単に組み立てが出来た」
「そう、褒めるな。普段は美術品ばかり作っておるのだ。たまには、人の役に立つ物を作ってもよい」
アルトさんはそう言ってるけど、これって武器だぞ。
「姫様。矢と矢を入れるバッグが此方にあります」
嬢ちゃんずが、ジュリーさんに群がる。そしてバックを1人づつ肩に掛けて中にボルトを3人で分けながら入れている。
よく見ると、革製のバッグには色の付いた革と糸を使って花の模様が入っている。
ふと、クロスボーの台座を見ると横に同じような模様があった。
造った職人達はこの武器を女の子が使う事を知っていたのだろうか……。
そんな事を思いながら、バッグの模様を確認しながら、3人にクロスボーを渡す。
「照準器の修正が出来ていないから、まだ実戦には使えないよ。明日調整するからね」
俺の言葉で、3人は部屋にクロスボーを片付けに行った。
「3人には、渡しませんでしたけど、これも入ってました」
ジュリーさんが箱の其処から出したのは、先端に爆裂弾の付いたボルトだった。
「保管しておきましょう。使わないで済めばそれが一番です」
嬢ちゃんずが戻ってきた所で夕食だ。野菜と乾燥肉のスープと焼いた黒パンを食べている時、セリウスさんの伝言を思い出した。
「そういえば、皆が寝てる時にセリウスさんが来てね。明日、ギルドで待ってるって言ってた。厄介なことになるような事を言ってたけど……」
「たぶん、ガトルの群れの事じゃな」
「でも、今朝はいなかったよね」
「たまたまいなかった、と思うべきでしょう。あるいは、私達に怖気づいたか……」
皆が一斉に話し初めた。確かに、あのガトル群れの退却は不自然だよな。
「じゃぁ、明日はギルドでいいね」
俺が言うと嬢ちゃんずが一斉に首を横に振る
。
「クロスボーが先じゃ。アキト、お前が判断せよ」
アルトさんが、ビシっと俺を指差す。他の2人もうんうんって首を縦に振っている。
「照準器の調整は私でも出来る?」
「あぁ、照星は固定だけど、照門はネジで動く。ネジはマイナスだ」
姉貴の問いに箱まで行ってドライバーを取り出した。
「じゃぁ、アキトがギルドに行ってきて。全権を任せます」
そんな会話があった次の朝。皆は村の西門に歩いてく。門の柵に的を立てて、照準器の調整をするみたいだ。俺は、逆に東に歩く。セリウスさんとギルドで相談だ。
ギルドの扉を開けると、セリウスさんとキャサリンさんがテーブルで待っていた。
俺がテーブルの席に着くと、セリウスさんが不思議な顔をする。
「他の連中はどうしたんだ?」
「俺に任せるって言って、今頃は新型クロスボーの調整をしてます」
「姫の珍しい物好きは昔からだからな。まあいい」
セリウスさんは諦め顔だ。
「ところで、話はなんでしょうか?」
「例のガトルの群れだ。俺達数人で後を追って見たんだが、街道で見失った。街道を走るガトルなぞ聞いたこともない。どうも、人狼が1枚かんでいるようだ」
「人狼の話は聞いたことがあります。でも、あれはおとぎ話ではないのですか?」
キャサリンさんは、そんなはずは無いでしょうって顔をしているが、俺には何の事だか判らんぞ。
「王国内では犬族もいるし、あまり話題にはならぬが確かにいるのだ。ノーランド地方の部族国家の中には人狼だけで構成された戦闘団も存在する」
「あのう……、人狼って何ですか?」
俺は思い切って聞いてみた。人狼が何かわからなくては話にならない。
セリウスさんは俺の方を見ると自分の顔を指差した。
「俺は、猫族だ。猫の特徴を色濃く残している。しかし、犬族の中には、人より犬に近い体を持つものがいる。……それが人狼だ」
「体は人間より2回り程大きく、4本足で野原を駆け抜け、その手に人間の武器を持つことが出来る。そして、人と話せ、獣と意思を交換できる……」
狼人間みたいな奴か……。厄介だな。
「倒すのに銀の武器がいる。なんてことはありませんよね」
「それはない。しかし、1人でグライザムと互角に戦える程の体力を持っている。人狼でない事にこしたことは無いのだが」
「俺達が商人を護衛した時もガトルの群れが襲ってきました。20匹程倒すと引き上げて行ったのですが、……退却が鮮やか過ぎました。確かに強力な群れの統率者がいないと出来ない動きです」
「お前もそう思ったのなら尚更だ。そのガトルの死骸は確認している。その群れの動きが街道で消えたのだ」
「人狼であれば、人間の知恵、グライザムの力、ガトルの素早さを持っています。今更ながらですが、王都の軍を派遣してもらう必要があると思います」
ずっと、考え込んでいたキャサリンさんが言った。
「確かにそれも手ではある。しかし、人狼でなければこの村のギルドの信用は一気に落ちる。少なくとも、ガトルの群れを統率する者の正体を確認する必要があるのだ」
「だとすれば、俺達の仕事は3段階になります。1つ目は、ガトルの群れを探すこと。2つ目はガトルの統率者の正体を確認すること。3つ目は、統率者の討伐が我々で行なえるかどうかを見極める事」
俺の言葉に2人が頷く。
問題はそれをどう進めるかだ。ここは、姉貴とアルトさんの知恵を借りるしかないだろう。
「少し考える時間を貰えませんか」
「あぁ、だが時間が惜しい。段々とアクトラス山脈が白くなってきた。後1週間程度で解決しなければこの村の冬の食料を輸送できなくなる恐れがあるのだ」
「では、これで…」
俺は挨拶もそこそこに急いで家に戻る事にした。
姉貴達に相談するにしても、俺なりの作戦を考えておかないといけない。
家に着くと暖炉の残り火をかきたて薪を放り込む。
雑貨屋で手にいれた粗雑な紙を数枚取出し、鉛筆で村の周辺図をわかる範囲で書いてみる。
ノーランドへ行く街道と分岐路、村への小道、森と荒地……。
セリウスさんは、俺達が襲撃を受けた場所から街道まで追跡して、街道で痕跡が無くなったと言っていたから、この三角地帯が怪しいことになる。
だが、それだと簡単すぎないか?……知恵を持つと言っていたから、俺達の意表をついた場所で次の襲撃を待っている可能性だって捨てきれない。
テーブルに広げた簡単な地図を見ながら唸っている所に姉貴達が帰ってきた。