#494 我等が故郷へ
ネウサナトラムの村で俺達を出迎えてくれたのは、腕白盛りを形にしたようなミクトミト、それにお腹の大きなミケランさん。小さな巻き毛の女の子を連れたスロット夫妻。シャロンさんと小さな男の子は、俺達を見るとヨチヨチ歩きでシャロンさんに隠れてしまった。
確か、家を出るときには林の道を閉じておいた筈なんだけどね。
素朴な疑問は、「はい!」ってミケランさんが渡してくれた鍵を見て解決した。
確か、ギルドのセリウスさんに預けたんだったな。
今日来る事が分ったんで鍵を使って皆が出迎えてくれたようだ。
何時の間にか、知り合いが増えて嬉しく思う。
「お昼には少し早いけど、皆で頂きましょう。マスターも昼にはやって来るわ。」
そう言ってシャロンさんが大きなバスケットを庭のテーブルに持上げた。
「私も、持ってきたわ。」
「私もにゃ。」
3つのバスケットの中身がテーブルに広げられる。
そこに、スロットがホイっと真鍮の水筒のような大型のスキットルに入った酒をのせる。スロットめ、昼から飲む気なのか。
木製の皿とカップが配られ、早速昼食会だ。
イオンクラフトはそんな準備をする間にディーが小屋に入れてくれたし、お茶用のポットはバーベキュー用の炉に乗っている。当然、炉の火は俺が点けたけどね。
黒パン、山菜料理、それにサレパルとラッピナは村で出来る最上の料理だろう。有難く頂いて、お湯割りの蜂蜜酒を飲む。
アルトさんが、製鉄所作りと町作りの顛末を皆に話している。聴衆が興味津々だから、アルトさんも熱がこもった話になってるな。少し誇張しすぎてるようにも思えるが、まぁ、この人達がサマルカンドを訪れる事は殆ど無いから、それで良いのかもしれないな。
「元気そうだな。」
太い声に振り返ると、セリウスさんが立っていた。
「何とか、形にしてきました。セリウスさんもお元気そうで。」
「山村のギルドだ。お前達が早々と対処してくれたお蔭で不安材料は何もない。」
そう言って空いた席に座ると、早速双子が膝に乗ってきた。良い父親だな。
それに引き換え、スロットの方は…、どうやら嫌われてるのかな。ネビアにべったりだ。シャロンさんのところも同じらしい。
「大きくなったわね。お名前は?」
姉貴の声に、ネビアの膝でサレパルと格闘していた女の子が顔を上げるて、「ローリィ」と小さく答えた。
「この子は、マリンよ。」
シャロンさんが教えてくれた。
ローリィにマリンか…。リムちゃんの新しい妹なのかな。きっと良く面倒を見てくれるに違いない。
「ところで、村から大量のタイルという陶器をアキト宛に発送したが、本当にあれで神殿を覆ったのか?」
「本当じゃ。ミズキよ。皆に披露してあげるがよい。村を出て、アトレイムの辺境の町に行く者等、たぶんおらぬ筈じゃ。じゃが、一見の価値はあると我は思うぞ。」
姉貴が情報端末を取りだすとテーブルの上にのせる。直ぐに仮想スクリーンが展開して画像を映し始めた。
何もない砂浜に杭が打ち込まれ製鉄所が建設される様子が最初だな。数台の大型水車が回り出し、高炉の煙突から炎が上がる光景を食い入るように皆が見ている。
そして、川のように銑鉄が流れると溜息が漏れる。
次の場面は水が入っていない貯水池の工事から始まった。
貯水池にタイルが張られ、荒地に沢山の杭が打たれていく。その杭を打っているのはアルトさんで支えているのはリムちゃんだ。
貯水池に北から用水路が伸びて来る頃は、家屋の建設が最盛期を迎えた頃だ。
石工や大工達が忙しそうに働いている。
そして、戦闘工兵の一団がやって来ると、役所やギルドが立ち始める。
風車が水を汲み上げ、町の数箇所に分配する頃には屯田兵の一団がやってきた。
最後の画像は、貯水池からリムちゃんとアルトさんが歩くところから始まる。
この画像って、ディーの目線で撮影してるのか? そんな感じのウォークスルー的な動画だな。
貯水池に面した商店が左右に並んでいるのが見える。その間にある大通りを東に向かって歩くと、少し大きな商店が店を並べる。
そして、町の中央広場に2人が足を運んでいく。真ん中付近まで歩くと、2人共揃って左に向きを変えた。
その2人の頭越しに巨大な神殿が現れる。
陽光に空の蒼を映したような青のモスクだ。
その神殿に2人が入っていく光景を最後まで映して画像が終った。
「…あれを造ったと言うのか。…たった2年だぞ!」
「想像も出来ませんでしたわ。王都の神殿が分神殿以下に見えます。」
「綺麗にゃ。私も見てみたいにゃ。」
「本当は、あれを造るなんて思わなかったんです。製鉄所が軌道に乗れば従業員だけで千人を越えます。それで町を作る事になったんですが、元々あの辺りは荒野です。少しでも町に誇れるものをという事で始めましたが、殆ど蓄えを使い果たしました。」
驚いて次の言葉も出ない皆に俺が説明した。
ホントに財産が無くなったぞ。今までの給与だと言ってコニーちゃんが渡してくれた金貨4枚が俺達の財産だ。
「本来はアトレイム王国で用意すべき分神殿じゃが、婿殿達の希望となればあのように作ることは可能じゃった。皆が建設資金を殆ど婿殿達が出した事に驚いておったぞ。慌てて途中で援助を始めたが、殆どは婿殿達の資金と考えて良いじゃろう。」
「だが、これでアキトにこの町にも同じ神殿を作れと言う者が出てこよう。」
「それはあるじゃろうな。だが、明確に断れるぞ。あの神殿はテーバイ戦から始まった一連の戦の褒美とこれまでの産業の利益を元にしておると言えばよい。産業の利益はこれからもあるじゃろうが、戦の褒美はもうないじゃろう。だから出来ぬとな。そして、あの神殿は婿殿達が戦った英霊の供養でもあるとな。それならば婿殿達が私財を投げ打って建てる神殿は1つで良い。」
何か、こじつけに聞こえるぞ。
とは言っても、俺達に残った金で出来るのは小さなミニチュアぐらいの物だ。
待てよ…。陶器で作ってお土産にする事は出来るかもしれない。後でクォークさんと相談してみよう。
「まぁ、そんな事で、今度の冬に備えて狩をしなければなりません。」
「所がない奴だ。まぁ、使いどころではあったかもしれんな。大丈夫だ。ギルドの依頼は沢山あるぞ。」
「しばらく依頼を受けてなかったにゃ。最初は採取から始めるにゃ。」
そんなミケランさんのご指摘に皆が笑い声を上げる。
気の良い連中と一緒に食事を楽しみ笑い合えるなら、ここでの暮らしは悪くない。
食事会が終ると、皆がお土産の野菜やお肉を置いて帰って行った。
俺達も、久しぶりの我が家へと足を運ぶ。
「アキトは湯船にお湯を張ったら、ギルドに出かけて! どんな依頼があるか様子を見てきて頂戴。」
早速の姉貴の指示に逆らうことなく、一仕事を終えるとギルドに出掛けていく。
姉貴達は俺のいない間に拭き掃除をするんだろう。
慣れ親しんだ村のギルドだが、王都や町のギルドをずっと見てきたから、ちょっと見劣りがする事は確かだ。それでも、このギルドで俺達はレベルを上げてきたんだよな。
扉を開けると、片手を上げてカウンターのお姉さんにご挨拶。
といっても、そこにいたのはシャロンさんではなくて、すっかり娘さんに代わってしまったルーミーちゃんだった。
「あら、アキトさんじゃないですか。…だいぶご無沙汰でしたね。」
「今度はしばらくこの村にいるよ。俺と姉貴、それにアルトさんとリムちゃん、ディーの5人だ。アテーナイ様も一緒だ。」
「了解です。生憎、マスターもシャロンさんも出払ってます。もう直ぐ帰るとは思うんですが…。」
「さっき昼食をご馳走になったよ。一旦、家に帰ったんだろうと思うよ。」
そう言って、掲示板に歩いて行くと、2人のハンターが依頼書を物色している。
終るまで待っていようとテーブル席に行って腰を下ろした。タバコを取り出しジッポーで火を点けるとゆっくりとタバコを楽しむ事にした。
「あのう…。村のハンターとお見受けします。ちょっとご相談に乗っていただきたいのですが。」
「あぁ、良いよ。…で、どんな依頼なんだい。」
改めてハンターを見ると、若い男女の2人組みだ。まだ18にはなっていないんじゃないかな。
そして、相談を受けた内容は、カルネルの群れの討伐とタルミナ狩か…。難易度は同じ位だな。成功報酬も似たり寄ったりだ。
「得物は何を使うんだい?」
「僕が、槍で彼女が魔法を使います。」
「タルミナは渡りバタムと同じだと思えば良い。結構素早いから、弓か魔法で倒す。そして、カルネルだが…、切り刻むしかない。【メル】より確実だ。だが、問題が一つ。カルネルが多いと上位種のカルネラがいる。出来れば赤7つ程度は欲しい。」
「僕達のレベルは、この間赤4つになったばかりです。となると、この両者とも荷が思い事になりますね。」
「2人ならばそうなるな。だけど、明日でよければ手助け出来るハンターを紹介するよ。女の子2人の組み合わせだ。アルトさんにリムちゃんだから、カウンターのルーミーちゃんに来たら教えて貰えるよう頼んでおくと良い。そして、今日は採取依頼をすると良いよ。」
そう言って俺は立ち上がる。2人の礼を言う声を聞きながら、掲示板に貼り付けてある依頼書を一通り眺めて、家路に着いた。
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「ただいま!」
「どうじゃった? グライザムやイネガルはあったか? ガトルの群れはおらなんだか?」
俺がテーブルに着く間も無く、アルトさんの言葉が続く。
リムちゃんも期待しているような目を俺に向けているし、姉貴もにこにこ笑いながら俺を見ている。
そんな俺に、ディーがお茶を入れてくれた。
「平和だよ。山に大型の肉食獣もいないし、ガトルの群れはまだ近寄っていないみたいだ。」
「つまらんのう…。ミク達を連れてタルミナ狩りをするしかないのじゃな。」
「まぁまぁ、それでちょっとお願いがあるんだけど。」
「なんじゃ?」
「若い2人のハンターがタルミナかカルネルを狩りたいと言っていた。槍と魔道師なんだけど、出来ればカルネルを狩らせたい。だけど、レベルが赤4つだから、カルネラが出ると面倒だ。彼らに付き合って貰えないだろうか?」
「若いハンターの指導じゃな。まぁ、暇じゃから無料で請け負っても良いぞ。途中で適当にタルミナを狩れば小遣い稼ぎにはなるじゃろう。」
「明日の朝に、ギルドでルーミーちゃんを通せば相手が分る筈だ。頼んだよ。」
アルトさんは、言葉遣いと態度があれだけど、面倒見は良い。リムっちゃんも何時の間にか銀1つになってるから、カルネラが纏めて出てきても対応は出来るだろう。
「でも、そうなると私達は採取系で何とか稼がなきゃならないわね。」
「そうなるね。ラッピナはあったけど、たぶんルクセム君が狩るんじゃないかな。数が5つだから丁度良い感じだな。」
そんな訳で、姉貴と俺とディーの3人で次の日から、薬草採取が始まった。
何年ぶりかの依頼作業になるが、何か懐かしい気がするな。
ヨモギ、タンポポと言いながら、サフロン草とデルトン草を探していたのが昨日のように思い出される。
そういえば、俺達にこの薬草を教えてくれたのはキャサリンさんだったな。
意外と、初めての狩って覚えているものだな。アリット狩りはあれからやった事が無いけど、機会があればもう一度やってみたいな。